大森直樹の発言 (文部科学委員会)
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○大森参考人 私からは、教育課程基準の問題点と改訂の課題について、カリキュラムオーバーロード論も手がかりにしながらお話をさせていただきます。
カリキュラムオーバーロードという言葉が日本語の文献に表れるようになったのは、二〇二〇年頃からです。文部省からOECDに出向して、小中の指導要領が二〇一七年に告示された直後に文部科学省に戻る、そうした経歴の白井俊は、その語義について、一般に、カリキュラムにおいて、学校や教師、生徒に過大な負担がかかっている状態と説明しています。お手元の資料には、私と同じく大学教員の奈須正裕の説明と、私の説明も載せています。
論者により語義の説明に違いはありますが、共通しているところが三点ございます。第一、カリキュラムの子供への過大な負担を問題にしていること。第二、二〇一七、告示された小中の学習指導要領、これを以下、二〇一七学習指導要領と略称します、その下での学校をカリキュラムオーバーロードと判断することがこの論の前提になっていること。第三、ある学校の教育課程がいかなる条件を満たせばカリキュラムオーバーロードと判断されるのか、まだ明確な判断基準の説明はしていないことです。
判断基準がないのに、なぜ二〇一七指導要領下の学校をカリキュラムオーバーロードと判断しているのか。
二〇〇八の指導要領と比べたときに、削除した内容基準は皆無で、追加が多数ございました。子供にとっても教員にとっても、二〇〇三年頃以降、学校は多忙になっております。それらのことから、誰がどう見ても今の学校はカリキュラムオーバーロードという相対的な判断を行ったものとなっています。判断よりは解消の道筋に重点を置いた論ということになっております。
教育課程基準と教育課程の関係についても説明をいたします。
日本の教育課程は、国が省令と告示で教育課程基準を定めて、国がその法的拘束力を主張し、それらに基づき学校が定めるという制度の下に置かれております。
教育課程基準の範囲も明確にしておきたいと思います。三つを整理しておきます。
一つ、学校教育法施行規則五十条が定める教科と領域、二つ、同五十一条が定める標準時数、三つ、同五十二条に基づく学習指導要領が別に定める内容に関する事項となります。
これまで、教育課程基準といいますと、どうしても学習指導要領が論じられることが一般的でした。学校への影響の大きさを考えたとき、それ自体は間違ったことではございません。ただし、標準時数についても、それに負けるとも劣らない学校への影響力の大きさがあります。
十一年ほど前のことです。私は、埼玉県所沢市において、学童保育の指導員の言葉に接しました。近頃は子供たちがなかなか学校から学童に来ない、やっと来ても、ぐったりしている、放課後の遊びを通じて子供は育ってきたのに。放課後の子供の様子を一つの場所でずっと見詰めてきたベテラン指導員の言葉は重かったです。
そこから標準時数の研究に着手してまいりましたので、そこから見えたことを陳述してまいります。
まず、制度的な変遷を振り返っておきます。
戦前は、国が省令で週当たりの時数を定めておりました。
四七年に施行規則が出されて、週時数を国定した制度は廃止となります。
五八年、省令改正により、今度は、年当たりの最低時数の国定が始まります。ここで言う最低とは、最低でも○○時数は教えなければならないということを意味しました。
六八年、省令改正により、この最低という言葉を標準に置き換えることが行われました。○○時間を上回ってもよいし、下回ってもよいという意味になりまして、この制度がずっと運用されてまいりました。
ただし、二〇〇三年に文科から通知が出されてから、この標準という言葉の意味に実質的な変更が行われます。通知には「標準を上回る適切な指導時間を確保」という文言がありました。上回っても下回ってもよかった制度が、下回ってはいけない制度になり、今日に及んでいます。
これまで標準時数の変遷はどう捉えられてきたのか。この点については、文部科学調査室の整理を見ておきたいと思います。
四ページの上にある表を御覧ください。
国は、小中全学年の総標準時数の合計を見ることを基本にしているようです。ここでは、小学校の一九七七と二〇一七の標準時数がいずれも五千七百八十五であることに着目します。それぞれの時期の把握としては正確なものとなっていますが、変遷を見るには不都合があります。この二つの五千七百八十五を同じ数字と見てよいのか。子供への影響を考えるときには違うだろうというのが私の考えです。
理由は三つございます。
一つは、五千七百八十五における特別活動の内訳が異なっていることです。一九七七標準時数は三百十四を数えているが、二〇一七は二百九だけです。この間、小学校の指導要領の特別活動の内容の柱は変わっていないので、二〇一七の教育課程の方が、子供にとっては実際にはより多くの時数を学ぶことを求めている標準時数ということになります。変遷を捉えるときは補正が必要です。
二つは、同じ五千七百八十五でも、一方は週六日で行い、もう一方は週五日で行っているということがございます。
五ページの折れ線グラフを御覧ください。
標準時数の子供への影響を考えるときには、平日一日時数を見る必要があります。平日一日時数とは、各学年の標準時数について、特別活動の数え方のばらつきを補正、六日制の標準時数については、土曜の時数を引いた値を基礎にして平日一日当たりの時数を求めるものです。
小学六年の変遷を概観してみます。一九六八標準時数のとき五・八時間、これは一九五八年の最低時数の値を引き継いだものです。これらの時期の学校の様子については、数学者で教育学者の遠山啓が、肥大なカリキュラムという言葉を用いて二つの弊害を指摘しています。一つは、内容も時数も多過ぎて、多くの子供がついていけない。二つは、何とかついていく子供も、上から注入される内容を消化するのに忙しくて、自分の頭で考える習慣を奪われてしまっている。こうした認識は、国と現場と研究者の共通認識となりました。これを肥大型標準時数と呼びます。
一九七七時数のとき、五時間になります。これを第一次ゆとり標準時数と呼んでおきます。教育界は二つの弊害を追放しようとしたわけです。これが次にも踏襲されます。
一九九八標準時数のとき、五・六時間に増えています。五日制の導入と総合的な学習の時間の導入がございました。国も既存の教科の時数の削減に努力をしましたが、二つのことを行うにはその削減幅は足りないものだったようです。これを一応は第二次ゆとり標準時数と呼ぶことにしますが、現場の事実はゆとりとは離れていきました。
二〇〇八標準時数のときに五・八時間。外国語活動の新設。一九六八標準時数のときと同じになっていることを踏まえ、肥大型標準時数の再来と押さえます。
二〇一七のとき、六時間になります。外国語科を新設したからです。肥大型標準時数がスケールアップして踏襲されました。
教育課程基準の変遷と不登校率についてもお示ししたいと思います。
まず、教科と領域の数が、かつては九だったのが、今では十四、一・五倍になっています。
不登校率とは、学校に在籍する児童生徒数に占める不登校児童生徒数の割合を百分率で示したものです。一九九三年の中学校生徒は一・二%、これが二〇二三年には六・七%です。全国の中学生の十五人に一人が不登校です。小学生を見ても四十七人に一人。
これが日本の義務教育諸学校の現実です。国が定める教育課程基準が学校の教育課程を通じて子供に与える影響の大きさを踏まえますと、その在り方を根本から捉え直すことは待ったなしの課題である。ここまで見てきた教育史的な整理からは、そのような結論を導くことができます。
一昨年度と昨年度、現場の先生方の声も聞いてみました。次のページになりますけれども、一九八九の標準時数から二〇一七の標準時数まで四期の標準時数を経験した教員に、各期の標準時数下の教育課程は子供の生活に合っていたかを尋ねると、七ページの結果となりました。
第一次ゆとり標準時数については、七七%が合っていた、やや合っていたと回答。第二次ゆとり標準時数については、プラスの評価が四八%、マイナスの評価が五二%で拮抗。これは、五日制と総合が子供に好感されて、それと同時に肥大型標準時数に近づきつつあった、そうした評価の難しさが表れたものと分析しています。二〇〇八からは逆転です。八二%がやや合っていなかった、合っていなかった。二〇一七については、九〇%がそのような回答になっています。中学校についても、大きくは同じ傾向の回答でした。
自由記述から先生方の声も御紹介します。低学年の五時間、高学年の六時間の多さが子供たちにゆとりをなくしている。一日六時間の授業に苦痛を感じる児童もいる。六時間が増え、どんどん日々、教師、児童とも忙しくなり、授業の準備時間や対話時間が減り、一時間の授業を充実させることが難しくなってきた気がします。放課後にのんびりと子供たちとたわいのない話をして、ゆったり過ごす時間はない。
平日一日時数と不登校増の関係についても、先生方の声が寄せられています。中学校の先生、これは二つのタイプを経験した先生ですけれども、授業時数の確保のため、夏休みは短縮され、土曜授業が増え、終業式やテストの日まで授業がある。働き方改革の名の下に、子供たちが発散するはずの行事はカットされ、授業ばかりの毎日。唯一カットされないのは、本来存在しないはずの全国学テのためのプレテストや問題演習の時間。勉強や点数、宿題のことばかり先生から言われ、息抜きの行事はなくなっていくのだから、不登校の子供たちが増えるのは当然であろう。
では、この七七と八九の標準時数下の教育課程はなぜ高評価なのか、裁量の視点から分析をしてみました。三つの理由がございます。
一つ目、放課後の教員と子供の裁量がこのときにはございました。やりくりしなくても、放課後に遊び、絵本読み、話合い、居残り勉強が自由にできました。二つ目、特別活動の子供の裁量がありました。これは時間がかかりますが、子供たちがゆっくり決められた。時間割り組替えの裁量もございました。
では、どうしたらよいかということです。カリキュラムオーバーロードを解消するために、私は以下の提案をしています。
一つ目、時数の過多からの見直しです。授業は小学校一日五時間までに、中学校も週五日のうち六時間授業は二日までに。
二番、特別活動の時数は七十時間に。
三番、教科、領域の時数は三十五の倍数に、これが時間割りを分かりやすくするメカニズムのところになっております。
二〇〇三年の通知の見直しも必要です。これが時数の積み増しを助長しています。
もちろん、学習内容の削減も一つです。これが時数の積み増しを助長しております。
六番、全国学力調査を抽出調査にすることも必要です。悉皆調査が続いておりまして、時数を減らしたら学力調査の点数が下がるという強迫観念が現場を覆っております。
最後に、カリキュラムオーバーロードには、論者により違いもありますが、子供への過大な負担を問題視し、その解消を必要とする点では一致しております。時数基準の歴史、教員の見解を踏まえると、その解消の道筋とは、子供の生活と学習に合った標準時数を定めて、その枠内で内容基準を定めることになるべきです。
今、標準時数と学習指導要領の不合理を解消して、八〇年代、九〇年代の学校では普通にあった教員と子供の裁量を教育課程から取り戻すことこそが急務であると考える次第です。
以上になります。(拍手)