布柴靖枝の発言 (法務委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○布柴参考人 文教大学の布柴と申します。
 まず、長年の懸案事項であった選択的夫婦別姓、氏と言わずにここでは姓と言わせていただきます、選択的夫婦別姓制度がようやく実質審議に入ったことを大変喜ばしく思い、その御尽力に対して感謝申し上げます。
 この法案は、これ以上先送りはできない喫緊の課題と考えています。早期に審議を進め、是非とも超党派で実現に持ち込んでいただきたく、切に願っております。
 私は長年、様々なことで悩んでおられる御家族の心理的援助をしてまいりました。約四十年間です。本日は、私の専門領域の家族心理学の立場から、そして、悩みを抱えておられる多くの方々の心の声の代弁者としてお話をさせていただきたく思います。
 私は、仕事柄、若い方の声を聞く機会が多いのですが、最近、結婚したくない、子供は欲しくない、一人っ子だから不利益を被っても事実婚をするしかないと思っている、姓を変えるのが嫌だから結婚をちゅうちょしている、ただでさえ女性が不利な状況にある中で、選択的夫婦別姓も認めてくれない日本には失望だ、もう住みたくない、同姓を強いられる今の状況では到底子供を持ちたいとは思えない、アイデンティティーを失うリスクを考えるとパートナーとの人生設計を前向きに考えられないと語る若い女性、そして若者の声を聞く機会が最近とみに増えてきたと思っています。
 これらの言葉は、本当は、好きな人と一緒に住みたい、結婚したい、可能なことなら子供も欲しい、自分らしく、自らの能力が生かせるなら、もっと日本という国を慈しみ、誇りを持って住み続けられるのに、それができないことへの失望、生きづらさ、怒りを通り越した諦めを持つ若者の悲痛な心の声と受け止めています。
 選択的夫婦別姓制度の審議が棚上げされてきたこの約三十年間に、日本の家族や社会の在り方は大きく変化し、多様化してきました。家族は社会の鏡です。家族は、変わり行く社会経済の変動の中で、最適化して何とか生き延びようとして変化してきました。その結果、子供を持たない、結婚しないという選択をする人が増え、少子化、未婚化、非婚化が進んでいるということを私たちは重く受け止めるべきだと思っています。
 少子化は進み、御存じのように、合計特殊出生率も下降の一途です。一人っ子は今や約二〇%に達しています。高度経済成長期には多くいた専業主婦世帯も大幅に減少し、バブル崩壊を境にその数は逆転し、現在は共働き世帯は専業主婦世帯の二倍以上の数に上っています。
 ところで、皆様は、家族というとどのようなイメージをお持ちでしょうか。先ほどサザエさんのお話も出ましたが、サザエさんのようなほのぼのとした三世代の家族をイメージされる方もいらっしゃるかもしれません。けれども、資料にもございますように、今や三世代家族は全世帯の七・七%です。もっと今は下がっているはずです。マイノリティーなんですね。
 そして、じゃ、今どんな世帯が多いかというと、単身世帯で、三八%です。そして、一人親世帯も全体の九%になっています。離婚は結婚件数の約三分の一、再婚は約四分の一になっています。
 このような大きな変化の中で、私たちのライフサイクルも大きく変わってきているということを認識する必要があると思います。夫は仕事、妻は専業主婦の家族モデルは、高度経済成長期には最適化した家族モデルだったかもしれませんが、生産労働人口が減ってオーナス期に入った現在では、女性も働くことが求められているのと同時に、キャリアを積み上げたいという女性も増えてくるのは当然のことかと思います。
 しかし、一方で、働く女性の約七〇%が非正規雇用であり、男女間の賃金格差も約二〇%近くあります。日本の女性の地位は、二〇二四年のグローバルジェンダーギャップ指数によると、百四十六か国中百十八位という惨たんたる数字になっています。G7はもとよりOECDでも、本当に先進諸国としては最下位のランクになっている現状にあります。
 多様化している家族に見合った施策を進め、そして不利益を被って困っている女性たちを救う法律制度を導入していかないと、今後の日本の未来に大きな危惧を覚えています。選択的夫婦別姓制度もその例外ではないと思っています。今まで女性が我慢を強いられてきた家族観の上に成り立った法制度は、人権の観点からも改正すべきであると考えています。
 慎重派の方の中には、家族の一体感や伝統が壊れるのではないかと懸念する声も聞きますが、そもそも、家族の一体感は氏のみで規定されるものではなく、もっと深い心の交流のきずなの中で培われるものです。また、家族の伝統をどう捉えるかは、その方の御経験や、よって立つ歴史観、価値観によって多岐にわたると思います。どれが正しくて、どれが間違っているというものではないと思っています。
 大切なのは、意見や価値観は異なっていても、一人一人の尊厳が認められ、多様な意見を包含できる仕組みとして法律制度を整えていくということが必須だと思っています。簡単でないことは百も承知ですが、当事者の声を聞き、真に国民のニーズに寄り添った、多くの方が納得できる法制度を一刻も早くつくっていただきたいと心から願っている次第でございます。
 さて、導入に慎重派の方が理由によく挙げることが、親子で姓が異なれば子供に悪影響を与えてしまうのではないかという考えですが、結論から言えば、親子や兄弟で姓が異なることだけが、それだけが理由で子供の心の成長に悪影響を与えるということは、私の四十年間の臨床ではございません。夫婦同氏を法律で強制している国は今や日本のみになっていますが、既に導入された海外では、別姓であっても家族愛や夫婦愛は何ら変わることはなく、ましてや家族の一体感を失うとか子供の精神に悪影響を与えるという報告は、私が聞いたところではございません。
 また、既に国内でも親子別姓の家族は存在します。例えば、国際結婚、事実婚、離婚、再婚をしたケース等です。今まで多くの御家族の相談に乗ってきましたが、夫婦、親子が別姓であっても家族のきずなが大変強く、とてもすてきな御家族はたくさんいらっしゃいます。そういった方にも多く出会ってきました。また、一方で、名前が一緒で、同姓であっても家族の心がばらばらで、とても悩んでいる御家族の相談にもたくさん乗ってきています。
 ですので、選択的夫婦別姓導入と家族のきずな、帰属感、子供への悪影響を理由に導入に反対するというのは、私の観点からは全く理由にはならないというふうに感じております。
 大切なことは、別姓を選ぶ場合は、子供の発達に応じて、なぜ我が家は別姓なのかを理解できるように説明することが重要です。夫婦や親子で話し合い、お互いが納得する過程を通じ、むしろ家族としてのアイデンティティーや家族のきずなは深まると考えています。
 姓が異なるために学校でいじめに遭うのではないかという懸念も指摘されますが、そもそもいじめ自体が、どんな理由があろうとも許されないものです。親と姓が違ってかわいそうという見方もありますが、かわいそうというのはその人の価値観の物の見方です。一歩間違うと価値観の押しつけになり、逆に、言われた子供の自己肯定感を下げかねません。
 子供は何か違うことがあると、素朴に、なぜ、どうしてと質問するので、大人がしっかりと説明する必要があります。納得し、周囲に同じような子供が多くなれば、これが普通だと受け止められるようになるでしょう。
 さて、今回提出された案を見ますと、いずれも現戸籍制度を維持することを前提にした上での案、そして議論になっているかと思います。ここは少なくとも合意形成されているのかというふうに私は理解しています。
 一方で、旧姓の通称使用拡大で不便は解消されるのではないかという意見もございます。それも一つの在り方であるとは思いますが、内閣府、二〇二一の調査では、不便、不利益があると答えた方の五九・三%の人が、たとえ通称を使うことができても、それだけでは対処し切れない不便、不利益があると思うと答えています。そういう方々にとって、通称名は所詮通称名なのです。戸籍に記載されて初めて、法的にも心理的にも一貫性を持ったアイデンティティーが認められたと思うのです。
 旧姓使用拡大は、一部の方の困り感を和らげても、選択肢がないことによる不利益の根本的な解消にはつながらないと思っています。選択できるということは、心理学の中でも、幸福感を高めるということは実証研究でも実践研究でも明らかになっています。
 人権尊重という意味でも、戸籍制度の運用を柔軟に、現在のニーズに合ったものにしていくということは必須であると思っています。そういう意味でも、選択的夫婦別姓制度が一日も早く成立することを願ってやみません。
 以上で私の意見陳述を終えます。御清聴いただきまして、ありがとうございました。(拍手)

発言情報

speech_id: 121705206X02120250610_020

発言者: 布柴靖枝

speaker_id: 17745

日付: 2025-06-10

院: 衆議院

会議名: 法務委員会