2025-04-15
衆議院
栗田暢之
東日本大震災復興・防災・災害対策に関する特別委員会
栗田暢之の発言 (東日本大震災復興・防災・災害対策に関する特別委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○栗田参考人 まず、私のような者をお呼びいただきまして、感謝申し上げます。
私は、一ページ目でございますが、全国災害ボランティア支援団体ネットワークのJVOADの代表理事を仰せつかっています。その上にあるレスキューストックヤードという、私が所属する団体の代表理事も兼務している。御縁があって代表理事を兼務させていただいていますが、いわば、レスキューストックヤードが虫の目、JVOADが鳥の目、そういう役割分担の中でこのNPO代表理事を兼務させていただいております。
二ページ目です。
このことを最初からやろうということではなくて、やはり三十年の歩みがございます。
御案内のとおり、阪神大震災はボランティア元年と呼ばれました。一方で、ボランティアセンターは今のような形ではなかったですから、ボランティアもどこに行ったらいいか分からない。そういうところで、ボランティアセンターを開設しようという動きが、二〇〇四年には社会福祉協議会が中心となって、そのボランティアセンターを設置するということが確立されていきます。
ただし、この災害ボランティアセンターでできることはやはり限界がありますので、そこに、例えば東日本大震災、先ほど沢渡さんのお話もありましたように、いろいろなNPOが入られましたということでございますが、ただ、その実態がよく分かっていない。何団体入ったのか、誰がどこでやったのかよく分かっていない。
私たちは、次の災害に向けて、このままでは支援の漏れ、むらができるんじゃないかということで、JVOADを設立をして、横の連携を深めようという活動を二〇一六年からスタートして、熊本地震では情報共有会議というのを初めて開催をして、約三百団体が集まった。今回、能登半島地震でも四百二十団体が関わっています。そういうことがやはり分かって、私たちの状況がしっかりと把握されて、そして調整されることによって、支援の漏れとむらがなくなっていくんだろうというふうに思っております。
そうした状況をつくっていったこの三十年の歩みは、原点はやはりボランティア精神ですから、自分たちも何か力になりたい、こういう真心を育んできた三十年と言ってもいいというふうに思っています。
ただ、残念なのは、この動きを全部ひっくるめてボランティアというふうになってしまっていますので、そのちょっと違いがあるんだということを御理解いただきたいための三ページでございます。
一般ボランティアは、一般ボランティアとして社協さんが対応されます。これは先ほど申し上げたとおりです。一方で、左側の、NPO、企業の集まる場所がなかった。ここをJVOADがつくりましょうということで、災害中間支援組織というところを、最低限、都道府県に一つは要るんじゃないかと。要は、いろいろなNPOのアクターがたくさんあっても、そこをどう調整していくんだということの方が重要じゃないかということもございます。今、二十三都道府県で設置されましたので、内閣府の御支援も受けながら、全県設置しようということで動きが進んでおります。
今申し上げたように、ただ、災害救援の柱は行政でありますから、行政とどうやって連携するかということは、本当に永遠の課題というか、課題がまだ山積をしている状況でございます。
ただし、被災者にとってみたら、行政であろうが、NPOであろうが、ボランティアであろうが、やはり自分たちの困り事をしっかりと解決していきたい。こういうことを三者がしっかりとベクトルを合わせて情報共有して、そして課題の解決に取り組んでいく、この姿はむしろ当たり前の状況じゃないかというふうに思います。
四ページですが、実はさっき沢渡さんも御説明されましたが、珠洲市でボランティアセンターが開設されました。ここは社協さんです。ここに、ピースボート災害ボランティア支援センター、ここはNPOです、ここがしっかりと連携をして、珠洲市のボランティアセンターに入ってきたニーズが、この左のところ、約七千三百二十七件です。このうち半分が一般ニーズ、三千九百二件。技術ニーズも三千四百二十五件。
ということは、例えば、この右側に車両救出とあるじゃないですか。これって、能登半島の方々は皆さん、納屋に軽トラックを置いてあるので、それが出れば何とか動けるんだという方々もたくさんいらっしゃった。そこをしっかりとこれ以上納屋が崩れない養生をして、それで、軽トラックが見えるところまでしっかりとチェーンソーなりいろいろなもので障害物を除去して、それをクレーン車でぐっと引っ張ってくる。こういう技術を持ったNPOがいたおかげで、二百二十六台もの軽トラックが救出されたわけですね。これで皆さん動ける。これでお母ちゃんを病院に連れていけるんだ、こういう被災者の喜びの声がすごく大きい。こんなことを誰がやってくれるでしょうか。
一般ボランティアが、今日、ボランティアセンターに並んで、じゃ、軽トラックを出してください、こんなわけにいかないですね。だから、一般のボランティアの話と専門性の高い話は違うということは、ここでよく理解いただけると思います。
次のページです。
ここもレスキューストックヤードが穴水町に入って一月三日から支援しましたけれども、やはり、食べる、出す、寝るという人間の最低限の基本すら脅かされた、その修羅場にあって、被災された方々はいろいろな役割があるんですけれども、地震直後のことの恐怖で震えて、しっかりと今までの自主防災組織の訓練等が発揮されたかというと、なかなか発揮できないんですね。そこに外部からの支援が入った。
その外部からの支援というのが、食べる、出す、寝るのノウハウをやはり持っている。これはふだんの防災、減災活動をしっかりと地元でやった精鋭たちがボランティアとして入って、そして、食べる、出す、寝るの環境を整えていきます。こうした、いっとき、があんと被災者の元々持っている力が落ちるのは当然ですが、そこの何かの穴埋めをしなきゃいけないというところにNPOの果たした役割は非常に大きいということ。
そして、私たちの注意点は、ボランティアとかNPOだからといって、何でもかんでもやってあげるじゃなくて、できれば一緒にやる、一緒に活動する。ここを目指さないと、ボランティアがいなくなったら何もできないとなりますので、だから、トイレ掃除にしたって、そのうち、やはり住民が手が挙がりますよ、私たち当番をやりますと。そういうところをしっかりと連携しながら住民の方と対応していくということが非常に重要じゃないかということでございます。
もう一つ。いろいろな派遣もありますけれども、人がころころ替わって誰と話をしているか分からないみたいな状況にはならない。NPOはずっとそこに基本的にいますから、信頼関係も成就できるということもございました。
次のページです。
NPOの動きみたいなところもそうなんですけれども、やはり連携をして初めてできることもたくさんございました。そのうちの一つがセントラルキッチン方式による炊き出しの実施なんですが、町の施設を開放していただいてセントラルキッチンとして整備していただいて、地元調理人を雇用する。資機材費、食材費、人件費は救助法を活用した。これをできたということがやはり非常に大きかった。
能登半島地震に関しては、御案内のとおり、救助法によるお弁当がなかなか届けられなかったんですね。それは致し方ないところもあるんですが、でも、一か月も二か月もアルファ化米で過ごしなさいということは相当健康に悪い。なので、温かい食事を外から持ってくるんじゃなくて、中から作ろう、こういう発想が生まれてきたのでございます。
それがなぜできたかというと、次のページです。
毎週火曜日に、穴水町と内閣府のリエゾン、県のリエゾン、そして私たち支援団体、社協、そういう人たちが一堂に会する時間を一時間だけ持っていただいた。ここがこの状況をつくった。要するに、官と民がちゃんと連携しなければこうしたセントラルキッチンが生まれないということですね。だから、ここの連携体制の重要性ということは非常に現場で役に立ったということでございます。
次のページ。
ただ、今申し上げたのは、私たちが考える十四分類でございますけれども、ここの、例えば、今、二番の避難所のところ、五番の食と栄養のところ、十一番の家屋保全のところだけを申し上げました。ただ、社会には様々な課題がございまして、この十四分野のそれぞれのNPOがいるわけです。それぞれの得意ジャンルを持った方々がいる。さっきのJDFですね、保健福祉のところの専門家というのがいます。
次のページをお願いします。
何回もくどいですが、個人の問題と組織の問題、両方大事なんです。両方大事なんですが、連携のを今回の登録制度に絡めるとどのように考えていけばいいのかということを考えたところ、小さく始めるということが重要だと思っています。余り大きく広げてもうまくいかないかもしれない。
なので、この左の下の方、いわゆる全国的にすぐに被災地に行ってくれるような団体、こことまずは結ぶことがいいんじゃないかと私は思っていますが、ただし、それだけでは全然不足しますので、今後、平常時の中で、やはり各都道府県ということを単位にしながら、災害中間支援組織を軸とした平時からの連携調整の深化とか強化を図っていくべきじゃないか。
右の下のNPOはたくさんありますけれども、災害時に動くかどうか分からない。だけれども、災害が起こったら、せめて自分の県が災害が起こったときには一緒にやろうよ、こういう雰囲気をどんどんつくって、そうした専門性の高いNPOの活動を被災地でも広げていく必要があるんじゃないか。先ほど申し上げたように、分野ごとにそれが必要だということ。
そして、フェーズが変化していきますから、全国からの支援から、徐々に地元の支援に変遷していきます。ここを支えるという意味でも、平時から都道府県単位でしっかりとそうした体制をつくっていくということが必要なんだと思います。
その上で、十ページ目。
二つの施策をやっていただいたことは歓迎いたしますけれども、ただ、ボランティアの交通費補助に関しましては、やはり、ボランティアの自主性、自発性、自律性、多様性を考えたときには、例えば、大学生はお金がないからこれは助かるんだという声もありますよ、あるんですが、大学生ならば、大学がきちっと支援したり、あるいは、大人にちゃんと言って資金をもらって自分たちの団体を立ち上げていくぐらいの自発性が本当はボランティアに必要なんだろうなと。これからの若い人たちが、ボランティアに行くときにいつも国からお金が出るんだみたいなことで本当にいいのかという懸念はございます。
一方で、そうした財源があるならば、今申し上げたような、平時の災害中間支援組織の推進、強化だとか、NPOの担い手育成だとか、官民連携の強化策に使うことの方がいいんじゃないかというふうに私は思っています。
登録制度に関しましても、いいんですけれども、やはり、蓋を開けたらNPOのことは知らなかった、分からないといったところがまだまだ多いと思います。
今私たちは、JVOADとしては、国としっかりと、内閣府の担当者としっかりと連携させていただいてやってはいるんですけれども、ただ、これが都道府県ならどうか。現場は市町村ですから、市町村がNPOのことを分かるということはなかなか今少ないんじゃないかということがありますので。あるいは、救助法でお金をいただくと、これは何か下請になってしまうというか。私たちはお金をもらってやることが目的じゃありませんから、やるときはやるんです、お金があってもなくても。ただし、それを補填していただければ助かることはあります。
ということで、そうした下請じゃないんだということをどうやって周知いただくか。ここにはやはり、官民の対話を継続して続けていただきたいということでございます。
最後でございます。
広域避難者への支援の課題は先ほど阪本先生も触れられましたけれども、一部改正の中で、この黒の三つのところが指摘されたところで、概要として承知しているところでございます。ただ、ここにも私は官民連携が必要だと思います。
今回、県外に避難した方々には、既に一月三日に、石川県知事から全国の市町村に、公営住宅が空いているなら貸してほしい、補填は石川県がします、こんな文書を出されて、全国に推計で七百人ぐらいが避難されています。
でも、公営住宅を貸しただけじゃ駄目なんですね。だって、私たちのような民間がしっかり関わりながらいろいろ話を聞くと、今一番欲しいのは物ではなくて輪島の空気だと言われたおばあちゃんがいましたよ。土地も何にも分からないので、ずっと閉じこもっているおじいちゃんもいましたよ。そういう方々に、お元気でしたか、大変でしたね、こういうソフト面の充実を図っていかないと、広域避難の問題はなかなか一筋縄ではいかないんじゃないか。
南トラは避難者千二百三十万人と言われていますけれども、県外避難者の問題というところに関する官民連携という議論がまだ不十分だということを私は思っていますので、また是非このことも触れさせていただける機会を頂戴いたしたいと思っております。
私からは以上でございます。失礼しました。(拍手)