東日本大震災復興・防災・災害対策に関する特別委員会
⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。
会
会議録情報#0
令和七年四月十五日(火曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 金子 恭之君
理事 古賀 篤君 理事 土屋 品子君
理事 平沼正二郎君 理事 小熊 慎司君
理事 近藤 和也君 理事 森山 浩行君
理事 林 佑美君 理事 田中 健君
尾崎 正直君 鬼木 誠君
梶山 弘志君 黄川田仁志君
工藤 彰三君 小寺 裕雄君
後藤 茂之君 小森 卓郎君
田畑 裕明君 西田 昭二君
根本 幸典君 松本 洋平君
簗 和生君 阿久津幸彦君
梅谷 守君 岡島 一正君
金子 恵美君 小宮山泰子君
齋藤 裕喜君 竹内 千春君
馬場 雄基君 福田 昭夫君
柳沢 剛君 市村浩一郎君
杉本 和巳君 菊池大二郎君
鳩山紀一郎君 中川 宏昌君
西園 勝秀君 櫛渕 万里君
堀川あきこ君 北神 圭朗君
…………………………………
参考人
(兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科教授) 阪本真由美君
参考人
(日本障害フォーラム(JDF)能登半島地震支援センタースタッフマネージャー) 大野 健志君
参考人
(公益財団法人日本財団ボランティアセンター常務理事) 沢渡 一登君
参考人
(特定非営利活動法人全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)代表理事) 栗田 暢之君
衆議院調査局第三特別調査室長 南 圭次君
―――――――――――――
委員の異動
四月十五日
辞任 補欠選任
田畑 裕明君 黄川田仁志君
同日
辞任 補欠選任
黄川田仁志君 田畑 裕明君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
災害対策基本法等の一部を改正する法律案(内閣提出第一七号)
――――◇―――――
この発言だけを見る →午前九時開議
出席委員
委員長 金子 恭之君
理事 古賀 篤君 理事 土屋 品子君
理事 平沼正二郎君 理事 小熊 慎司君
理事 近藤 和也君 理事 森山 浩行君
理事 林 佑美君 理事 田中 健君
尾崎 正直君 鬼木 誠君
梶山 弘志君 黄川田仁志君
工藤 彰三君 小寺 裕雄君
後藤 茂之君 小森 卓郎君
田畑 裕明君 西田 昭二君
根本 幸典君 松本 洋平君
簗 和生君 阿久津幸彦君
梅谷 守君 岡島 一正君
金子 恵美君 小宮山泰子君
齋藤 裕喜君 竹内 千春君
馬場 雄基君 福田 昭夫君
柳沢 剛君 市村浩一郎君
杉本 和巳君 菊池大二郎君
鳩山紀一郎君 中川 宏昌君
西園 勝秀君 櫛渕 万里君
堀川あきこ君 北神 圭朗君
…………………………………
参考人
(兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科教授) 阪本真由美君
参考人
(日本障害フォーラム(JDF)能登半島地震支援センタースタッフマネージャー) 大野 健志君
参考人
(公益財団法人日本財団ボランティアセンター常務理事) 沢渡 一登君
参考人
(特定非営利活動法人全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)代表理事) 栗田 暢之君
衆議院調査局第三特別調査室長 南 圭次君
―――――――――――――
委員の異動
四月十五日
辞任 補欠選任
田畑 裕明君 黄川田仁志君
同日
辞任 補欠選任
黄川田仁志君 田畑 裕明君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
災害対策基本法等の一部を改正する法律案(内閣提出第一七号)
――――◇―――――
金
金子恭之#1
○金子委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、災害対策基本法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
これより質疑に入ります。
本日は、本案審査のため、参考人として、兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科教授阪本真由美君、日本障害フォーラム(JDF)能登半島地震支援センタースタッフマネージャー大野健志君、公益財団法人日本財団ボランティアセンター常務理事沢渡一登君、特定非営利活動法人全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)代表理事栗田暢之君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用のところ本委員会に御出席を賜りまして、誠にありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、参考人各位からそれぞれ十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、御発言の際にはその都度委員長の許可を得て御発言くださいますようお願いいたします。また、参考人は委員に対し質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御了承願います。
それでは、まず阪本参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →内閣提出、災害対策基本法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
これより質疑に入ります。
本日は、本案審査のため、参考人として、兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科教授阪本真由美君、日本障害フォーラム(JDF)能登半島地震支援センタースタッフマネージャー大野健志君、公益財団法人日本財団ボランティアセンター常務理事沢渡一登君、特定非営利活動法人全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)代表理事栗田暢之君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用のところ本委員会に御出席を賜りまして、誠にありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、参考人各位からそれぞれ十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、御発言の際にはその都度委員長の許可を得て御発言くださいますようお願いいたします。また、参考人は委員に対し質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御了承願います。
それでは、まず阪本参考人にお願いいたします。
阪
阪本真由美#2
○阪本参考人 本日は、災害対策基本法の改正という大切な場で発言の機会をいただきましたこと、心より感謝いたします。
私は、災害危機管理ですとか被災者支援について研究しており、その研究成果を生かした防災対策の推進、そして地域防災力の向上に取り組んでおります。
今回の災害対策基本法の改正は、能登半島地震の経験を踏まえて、当時明らかになった課題解決に向けた内容になっており、特に被災者支援においては大変意義の高い内容になっているものと思います。
本日は、冒頭に、能登半島地震等を踏まえて明らかになった災害対策の課題を整理するとともに、今後のそれらの問題の解決に向けた方策を大きく三点お伝えしたいと思います。
現在の災害対策の最大の課題は、災害関連死を減らすことが難しいという点にあります。
お手元の資料一ページ目の二番のスライド、左側の図を御覧ください。
この図は、近年発生した災害における直接死、災害関連死の割合を示しているものです。災害関連死の占める割合は、新潟県中越地震、熊本地震、そして昨年の能登半島地震においても直接死を上回っています。昨年の能登半島地震による死者五百四十九人のうち、災害関連死として認定された方は、三月十一日の時点で三百二十一人に上っております。新聞報道では、死者の九四%が七十歳代以上、既往症があった人は九三%となっています。つまり、高齢者、障害者が災害関連死に至るリスクは極めて高いことが分かります。
東日本大震災の後には災害関連死の原因分析が行われており、その結果を右側の図に示しています。それによると、災害関連死の最大の要因は、避難生活の精神的、肉体的ストレスとなっています。避難生活の生活環境を改善しない限り、災害関連死を減らすことは困難です。
避難所の問題については、阪神・淡路大震災以降、繰り返し問題が指摘されています。しかしながら、大地震が起こると、避難所の状況は劣悪です。
次のページ、三枚目のスライドに、能登半島地震で実際に私が撮った写真をお示ししています。
今回は、正月に地震が起きたこともあり、帰省されていた方や旅行者も避難し、それにより避難所はどこも大変混雑いたしました。物資が十分ではなく、滞在するスペースもなく、廊下も避難して寝泊まりする人であふれていました。直接床にシートや毛布を敷いただけの状況で寝泊まりしており、避難している方の中には近隣のグループホームから避難していた方もいましたが、介護サービス等もストップし、何ら支援が受けられない状況でした。
トイレの状況は特に劣悪でした。物資が届かない中、トイレの凝固剤、廃棄するものも十分ではなく、トイレには新聞紙が積み上げられて、排せつ物は新聞紙に吸わせて、それをビニール袋に入れて捨てる。けれども、ごみ収集の車も来ておらず、トイレは悪臭が漂っていました。
このような状況で生活を続けることがストレスになり、高齢者、障害者の中には体調を崩す方が相次ぎました。現在、高齢者や障害者を災害時に支援するため、個別避難計画の策定等が進められていますが、避難の支援だけではなく、避難後の生活における支援体制を整えることは大切です。
そのような状況で、助かった命を守るため、そして災害関連死を防ぐための対策として、能登半島地震では、広域避難を含めた多様な形の避難生活の支援が行われました。四枚目のスライドでお示ししています。
市町村が指定する指定避難所への避難を一次避難とすると、生活環境が整っているほかの都道府県や市町村への二次避難、さらには、医療・福祉サービスや子育て支援を必要とする要配慮者をこれらのサービスが得られる環境へつなぐための一・五次避難という避難支援が行われました。二次避難については、指定避難所だけではなく、ホテル、旅館、民泊、研修所などの民間施設を活用し、多様な形で避難支援が行われました。
このような取組は、南海トラフ巨大地震や首都直下地震でも必要になってきます。
政府は、三月末に南海トラフ巨大地震の新たな被害想定を発表しました。それによると、地震、津波により避難が必要な方は千二百三十万人と想定されています。災害関連死に至る可能性がある方は五万二千人となっています。さらに、必要な医療支援や社会機能の維持が困難になることにより、命は守られても死に至る可能性がある難病患者や停電することにより人工呼吸器が使えなくなってしまう方の存在も示されています。
南海トラフ巨大地震では、同時に複数の自治体が被害を受けます。さらに、地盤沈下や破堤等により浸水被害が長期化する地域も出てきます。災害関連死を減らすには、現在取組が進められているような個別避難計画の策定、あるいは、「ひなんさんぽ」、避難訓練などの避難のための実践だけではなく、多様な形の生活をできる場を整備し、被災者がどこへ避難しても支援が届く体制をつくらなければいけません。
この点、現行の災害対策基本法第八十六条の七では、避難所に滞在することが難しい被災者に対しても、必要な生活関連物資を提供するであったり、保健医療サービスを提供するであったり、情報を提供するであったり、必要な措置が必要なことを定めています。
また、内閣府は令和五年に、避難生活の環境変化に対応した支援の実施に関する検討会を設置し、これらの人々にどのように支援を提供するのかを議論しております。私も検討会の座長として必要な対策を検討し、現在の被災者支援は、避難所という場所に対する支援しか行っておらず、そうではなく、人への支援に切り替えることを提言として出しています。
また、検討会を行っている最中に能登半島地震が起きたため、地震発生直後から、内閣府より被災都道府県宛てに、避難所外に避難している方々へ支援を届かせるよう複数の通知が出されましたが、残念ながら、それらの方々への支援を届けるには至りませんでした。
災害対策法において制度が規定されているにもかかわらず、災害対応の現場で運用が難しいのは、以下の課題があるためだと考えています。
まず、災害対策基本法では市町村が被災者に支援を提供することになっていますが、市町村の職員もまた地域住民です。人的、物的被害を受け、マンパワーや物理的な問題から支援を行うことが困難な状況があります。また、避難所外に避難している方々の状況把握を誰がどのように行うのか、また、それらの情報をどのように集約していくのか、そのような体制は具体的には定められていません。実際のところは、状況把握には、保健師や福祉専門職、NPO等の民間のボランティア団体が関わることが多いけれども、行政が持つ避難行動要支援者名簿などが共有されないという問題もあります。また、被災された方の中には、平常時に福祉サービスを受けていない、行政とつながっていない方もおり、それら要配慮者の状況把握をするのは困難な状況です。
それでは、これらの問題にどのように対応していけばよいのでしょうか。人への支援を拡充するための方策として、三点提案させていただきます。
第一に、多様な場に避難した被災者の情報把握と、それらの情報を活用した避難先での支援の拡充です。
能登半島地震では、石川県の調整により、最大時には五千二百七十五人が二次避難しました。当初は、被災市町は避難した住民がどこにいるのか把握することが難しかったのですが、途中で石川県がコールセンターを設置する、あるいはLINEで登録をするというDXを活用した取組を行うことにより、被災者自らが情報登録をするという取組が進められました。これにより、住民がどこに避難しているのかが徐々に分かってきました。
とはいえ、元々市町が持っていた住民台帳との突合は後で時間を要しました。住民台帳や被災者台帳の情報は、それぞれの市町が独自に整備しているため、ほかの市町との情報共有、相互利用が難しい現状があります。この点については、マイナンバーカードを活用するなど、全国共通の住民データベースを整備し、それを活用して被災者支援を行える体制を整えていく必要があります。
このような取組は、既に海外では進められています。二〇二三年二月に大きな地震で被害を受けたトルコでは、内務省が持つ住民基礎データを活用し、緊急事態危機管理庁が被災者全てに支援金を提供するということが行われています。被災された方は、住民番号と電子サインを用いれば全国どこからでも支援を申請できる仕組みとなっていました。このような仕組みを今後日本でも整備していく必要があります。
第二に、福祉支援を支えるための体制の整備です。
災害発生直後の応急対応については、災害救助法を適用して支援が行われています。災害救助法は、昭和二十一年に起きました南海地震を経て整備された法律です。当時は、第二次世界大戦直後ということもあって、物資が不足している状況の中、さらに、地震、津波により物資不足は深刻化し、インフレとなりました。物価が高騰したために、現金給付を行うのではなく、現物給付によって被災者を支援しようとした仕組みです。けれども、法律が制定されてからかなり時間がたっており、現在の社会状況と合っていない部分があります。
災害救助法は、第四条において支援する項目を示しています。支援先としては、避難所、仮設住宅の記載はありますが、今回お伝えしているような在宅被災者への支援の仕組みというのは記載されていません。また、医療及び助産の支援については記載されているものの、福祉という言葉はありません。
災害関連死を防ぐには、福祉支援が何よりも重要です。災害救助法に福祉サービスを位置づけるとともに、場所を問わず、どこに避難しても支援が届く体制を整えることが必要です。
第三に、官民連携の促進と、そのための人材育成です。
被災した市町村だけでは被災者に支援を届けることが難しいことは、東日本大震災の経験から分かっています。二〇一三年の災害対策基本法の改正においては、国及び地方公共団体はボランティアの自主性を尊重しつつも連携に努めなければならないという項目が加えられました。さらに、防災基本計画も修正され、地方公共団体とボランティア団体との情報共有や連携の重要性が示されています。
能登半島地震においても、迅速にボランティア団体による支援が行われていました。十一枚目のスライドには、実際に地震発生直後、被災現場に駆けつけたボランティア団体の様子が示されています。一月一日、地震発生直後から、あらゆる交通手段を利用して被災地にはボランティア団体が駆けつけて、それぞれ行政と連携しながら被災者支援に当たっていました。
このように、地震発生直後から災害対応の専門性が高いボランティア団体がいたにもかかわらず、石川県知事は、災害発生直後の一月六日には、ボランティア活動を控えてほしいという見解を示しました。同様の発言は、令和二年七月豪雨のときにも熊本県知事から示されています。当時は新型コロナウイルスの感染拡大が見られたことから、地域外から訪れるボランティアではなく、県内ボランティアを優先するというコメントが出されました。
ボランティアを控えてほしいというコメントが出されたことにより、ボランティアによる被災者支援活動は出遅れました。それにより、被災地の復興や生活再建も遅れていきました。途中でその問題を強く認識したことから、ボランティアに来てくださいという発言に切り替えられましたが、その時点ではボランティアの参加者が減っていました。
このような発言が多々として見られるのも、自治体におけるボランティアに対する理解が十分ではないことによります。災害発生直後の早い段階から、避難生活にある人を支援するのもボランティアです。ボランティアがいち早く被災地で活動できる体制を整備していく必要があります。
一部の自治体では、ボランティアの専門性を生かした連携調整体制が整備されています。十三枚目のスライドには神戸市の災害時受援計画を示していますが、医師、看護師、通訳、建築士など専門性の高いボランティアについては、災害発生直後からそれぞれの関係部局が直接受け入れるという方針が示されています。
今回の災害対策基本法の改正では、被災者支援における専門性が高い団体をあらかじめ被災者援護協力団体として登録し、平常時から行政とボランティアが連携して支援を提供できる体制づくりを示しています。被災者援護協力団体と行政の持つ被災者情報を共有することや、災害救助法をこれらの団体による活動に適用することも示されています。官民連携による被災者支援は、被災した人の生活の質を上げ、早期の生活再建を実現するには重要です。
ただし、現時点で、災害対応に従事できる専門ボランティアの数はまだ限られています。今回の法案の改正をきっかけとして、これから専門性が高いボランティア団体を育成していくことが何よりも大事になると思います。今後、災害対応の人材育成などの仕組みづくりについても検討が求められます。
それでは、私の報告は以上で終わりにさせていただきます。
どうもありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →私は、災害危機管理ですとか被災者支援について研究しており、その研究成果を生かした防災対策の推進、そして地域防災力の向上に取り組んでおります。
今回の災害対策基本法の改正は、能登半島地震の経験を踏まえて、当時明らかになった課題解決に向けた内容になっており、特に被災者支援においては大変意義の高い内容になっているものと思います。
本日は、冒頭に、能登半島地震等を踏まえて明らかになった災害対策の課題を整理するとともに、今後のそれらの問題の解決に向けた方策を大きく三点お伝えしたいと思います。
現在の災害対策の最大の課題は、災害関連死を減らすことが難しいという点にあります。
お手元の資料一ページ目の二番のスライド、左側の図を御覧ください。
この図は、近年発生した災害における直接死、災害関連死の割合を示しているものです。災害関連死の占める割合は、新潟県中越地震、熊本地震、そして昨年の能登半島地震においても直接死を上回っています。昨年の能登半島地震による死者五百四十九人のうち、災害関連死として認定された方は、三月十一日の時点で三百二十一人に上っております。新聞報道では、死者の九四%が七十歳代以上、既往症があった人は九三%となっています。つまり、高齢者、障害者が災害関連死に至るリスクは極めて高いことが分かります。
東日本大震災の後には災害関連死の原因分析が行われており、その結果を右側の図に示しています。それによると、災害関連死の最大の要因は、避難生活の精神的、肉体的ストレスとなっています。避難生活の生活環境を改善しない限り、災害関連死を減らすことは困難です。
避難所の問題については、阪神・淡路大震災以降、繰り返し問題が指摘されています。しかしながら、大地震が起こると、避難所の状況は劣悪です。
次のページ、三枚目のスライドに、能登半島地震で実際に私が撮った写真をお示ししています。
今回は、正月に地震が起きたこともあり、帰省されていた方や旅行者も避難し、それにより避難所はどこも大変混雑いたしました。物資が十分ではなく、滞在するスペースもなく、廊下も避難して寝泊まりする人であふれていました。直接床にシートや毛布を敷いただけの状況で寝泊まりしており、避難している方の中には近隣のグループホームから避難していた方もいましたが、介護サービス等もストップし、何ら支援が受けられない状況でした。
トイレの状況は特に劣悪でした。物資が届かない中、トイレの凝固剤、廃棄するものも十分ではなく、トイレには新聞紙が積み上げられて、排せつ物は新聞紙に吸わせて、それをビニール袋に入れて捨てる。けれども、ごみ収集の車も来ておらず、トイレは悪臭が漂っていました。
このような状況で生活を続けることがストレスになり、高齢者、障害者の中には体調を崩す方が相次ぎました。現在、高齢者や障害者を災害時に支援するため、個別避難計画の策定等が進められていますが、避難の支援だけではなく、避難後の生活における支援体制を整えることは大切です。
そのような状況で、助かった命を守るため、そして災害関連死を防ぐための対策として、能登半島地震では、広域避難を含めた多様な形の避難生活の支援が行われました。四枚目のスライドでお示ししています。
市町村が指定する指定避難所への避難を一次避難とすると、生活環境が整っているほかの都道府県や市町村への二次避難、さらには、医療・福祉サービスや子育て支援を必要とする要配慮者をこれらのサービスが得られる環境へつなぐための一・五次避難という避難支援が行われました。二次避難については、指定避難所だけではなく、ホテル、旅館、民泊、研修所などの民間施設を活用し、多様な形で避難支援が行われました。
このような取組は、南海トラフ巨大地震や首都直下地震でも必要になってきます。
政府は、三月末に南海トラフ巨大地震の新たな被害想定を発表しました。それによると、地震、津波により避難が必要な方は千二百三十万人と想定されています。災害関連死に至る可能性がある方は五万二千人となっています。さらに、必要な医療支援や社会機能の維持が困難になることにより、命は守られても死に至る可能性がある難病患者や停電することにより人工呼吸器が使えなくなってしまう方の存在も示されています。
南海トラフ巨大地震では、同時に複数の自治体が被害を受けます。さらに、地盤沈下や破堤等により浸水被害が長期化する地域も出てきます。災害関連死を減らすには、現在取組が進められているような個別避難計画の策定、あるいは、「ひなんさんぽ」、避難訓練などの避難のための実践だけではなく、多様な形の生活をできる場を整備し、被災者がどこへ避難しても支援が届く体制をつくらなければいけません。
この点、現行の災害対策基本法第八十六条の七では、避難所に滞在することが難しい被災者に対しても、必要な生活関連物資を提供するであったり、保健医療サービスを提供するであったり、情報を提供するであったり、必要な措置が必要なことを定めています。
また、内閣府は令和五年に、避難生活の環境変化に対応した支援の実施に関する検討会を設置し、これらの人々にどのように支援を提供するのかを議論しております。私も検討会の座長として必要な対策を検討し、現在の被災者支援は、避難所という場所に対する支援しか行っておらず、そうではなく、人への支援に切り替えることを提言として出しています。
また、検討会を行っている最中に能登半島地震が起きたため、地震発生直後から、内閣府より被災都道府県宛てに、避難所外に避難している方々へ支援を届かせるよう複数の通知が出されましたが、残念ながら、それらの方々への支援を届けるには至りませんでした。
災害対策法において制度が規定されているにもかかわらず、災害対応の現場で運用が難しいのは、以下の課題があるためだと考えています。
まず、災害対策基本法では市町村が被災者に支援を提供することになっていますが、市町村の職員もまた地域住民です。人的、物的被害を受け、マンパワーや物理的な問題から支援を行うことが困難な状況があります。また、避難所外に避難している方々の状況把握を誰がどのように行うのか、また、それらの情報をどのように集約していくのか、そのような体制は具体的には定められていません。実際のところは、状況把握には、保健師や福祉専門職、NPO等の民間のボランティア団体が関わることが多いけれども、行政が持つ避難行動要支援者名簿などが共有されないという問題もあります。また、被災された方の中には、平常時に福祉サービスを受けていない、行政とつながっていない方もおり、それら要配慮者の状況把握をするのは困難な状況です。
それでは、これらの問題にどのように対応していけばよいのでしょうか。人への支援を拡充するための方策として、三点提案させていただきます。
第一に、多様な場に避難した被災者の情報把握と、それらの情報を活用した避難先での支援の拡充です。
能登半島地震では、石川県の調整により、最大時には五千二百七十五人が二次避難しました。当初は、被災市町は避難した住民がどこにいるのか把握することが難しかったのですが、途中で石川県がコールセンターを設置する、あるいはLINEで登録をするというDXを活用した取組を行うことにより、被災者自らが情報登録をするという取組が進められました。これにより、住民がどこに避難しているのかが徐々に分かってきました。
とはいえ、元々市町が持っていた住民台帳との突合は後で時間を要しました。住民台帳や被災者台帳の情報は、それぞれの市町が独自に整備しているため、ほかの市町との情報共有、相互利用が難しい現状があります。この点については、マイナンバーカードを活用するなど、全国共通の住民データベースを整備し、それを活用して被災者支援を行える体制を整えていく必要があります。
このような取組は、既に海外では進められています。二〇二三年二月に大きな地震で被害を受けたトルコでは、内務省が持つ住民基礎データを活用し、緊急事態危機管理庁が被災者全てに支援金を提供するということが行われています。被災された方は、住民番号と電子サインを用いれば全国どこからでも支援を申請できる仕組みとなっていました。このような仕組みを今後日本でも整備していく必要があります。
第二に、福祉支援を支えるための体制の整備です。
災害発生直後の応急対応については、災害救助法を適用して支援が行われています。災害救助法は、昭和二十一年に起きました南海地震を経て整備された法律です。当時は、第二次世界大戦直後ということもあって、物資が不足している状況の中、さらに、地震、津波により物資不足は深刻化し、インフレとなりました。物価が高騰したために、現金給付を行うのではなく、現物給付によって被災者を支援しようとした仕組みです。けれども、法律が制定されてからかなり時間がたっており、現在の社会状況と合っていない部分があります。
災害救助法は、第四条において支援する項目を示しています。支援先としては、避難所、仮設住宅の記載はありますが、今回お伝えしているような在宅被災者への支援の仕組みというのは記載されていません。また、医療及び助産の支援については記載されているものの、福祉という言葉はありません。
災害関連死を防ぐには、福祉支援が何よりも重要です。災害救助法に福祉サービスを位置づけるとともに、場所を問わず、どこに避難しても支援が届く体制を整えることが必要です。
第三に、官民連携の促進と、そのための人材育成です。
被災した市町村だけでは被災者に支援を届けることが難しいことは、東日本大震災の経験から分かっています。二〇一三年の災害対策基本法の改正においては、国及び地方公共団体はボランティアの自主性を尊重しつつも連携に努めなければならないという項目が加えられました。さらに、防災基本計画も修正され、地方公共団体とボランティア団体との情報共有や連携の重要性が示されています。
能登半島地震においても、迅速にボランティア団体による支援が行われていました。十一枚目のスライドには、実際に地震発生直後、被災現場に駆けつけたボランティア団体の様子が示されています。一月一日、地震発生直後から、あらゆる交通手段を利用して被災地にはボランティア団体が駆けつけて、それぞれ行政と連携しながら被災者支援に当たっていました。
このように、地震発生直後から災害対応の専門性が高いボランティア団体がいたにもかかわらず、石川県知事は、災害発生直後の一月六日には、ボランティア活動を控えてほしいという見解を示しました。同様の発言は、令和二年七月豪雨のときにも熊本県知事から示されています。当時は新型コロナウイルスの感染拡大が見られたことから、地域外から訪れるボランティアではなく、県内ボランティアを優先するというコメントが出されました。
ボランティアを控えてほしいというコメントが出されたことにより、ボランティアによる被災者支援活動は出遅れました。それにより、被災地の復興や生活再建も遅れていきました。途中でその問題を強く認識したことから、ボランティアに来てくださいという発言に切り替えられましたが、その時点ではボランティアの参加者が減っていました。
このような発言が多々として見られるのも、自治体におけるボランティアに対する理解が十分ではないことによります。災害発生直後の早い段階から、避難生活にある人を支援するのもボランティアです。ボランティアがいち早く被災地で活動できる体制を整備していく必要があります。
一部の自治体では、ボランティアの専門性を生かした連携調整体制が整備されています。十三枚目のスライドには神戸市の災害時受援計画を示していますが、医師、看護師、通訳、建築士など専門性の高いボランティアについては、災害発生直後からそれぞれの関係部局が直接受け入れるという方針が示されています。
今回の災害対策基本法の改正では、被災者支援における専門性が高い団体をあらかじめ被災者援護協力団体として登録し、平常時から行政とボランティアが連携して支援を提供できる体制づくりを示しています。被災者援護協力団体と行政の持つ被災者情報を共有することや、災害救助法をこれらの団体による活動に適用することも示されています。官民連携による被災者支援は、被災した人の生活の質を上げ、早期の生活再建を実現するには重要です。
ただし、現時点で、災害対応に従事できる専門ボランティアの数はまだ限られています。今回の法案の改正をきっかけとして、これから専門性が高いボランティア団体を育成していくことが何よりも大事になると思います。今後、災害対応の人材育成などの仕組みづくりについても検討が求められます。
それでは、私の報告は以上で終わりにさせていただきます。
どうもありがとうございました。拍手
金
大
大野健志#4
○大野参考人 私は、日本障害フォーラム、略称JDF、能登半島地震支援センターのスタッフマネージャーをしています大野健志といいます。
本日は、東日本大震災復興・防災・災害対策に関する特別委員会に参考人として招致していただき、ありがとうございます。
この後、資料集の二十五ページから二十七ページに沿って、五点述べていきたいと思います。
一つ目は、JDFの紹介です。
JDFは、二〇〇四年に、全国十三の障害当事者団体を中心に、障害者施策、障害のある人の権利を推進することを目的に設立されました。現在、障害者権利条約の実施などの事業に取り組んでいます。JDFは、災害支援においても障害者権利条約をベースに、特に第十一条の「危険な状況及び人道上の緊急事態」の立場を踏まえ、活動を行っています。
JDFは災害総合支援本部を常設しており、被災地支援活動は、東日本大震災、熊本地震、そして能登半島地震、奥能登豪雨で三回目となります。
能登半島地震については、二〇二四年五月から支援センターを立ち上げ、毎週、全国のJDF加盟団体から六人程度の支援スタッフが七尾市和倉町の支援センターに集まり、奥能登地域や七尾市周辺などで活動を行っています。
二つ目は、障害のある人の声についてです。
今年の二月下旬に、珠洲市にある障害福祉事業所であるすず椿の知的障害のある利用者七人に、地震や豪雨で困ったこと、支援でうれしかったこと、これから不安なことについてアンケートを行いました。
困ったことで多かったのは、水が出なくてトイレやお風呂が使えなかったことでした。うれしかったことでは、炊き出しやお弁当の支援や、ボランティアが来て励ましをしてくれたという声がありました。不安なことでは、能登に人がいなくならないか心配ですという声や、仮設住宅にずっと住んでいたけど、いつまでおれるか分からないことが不安ですという声が出ていました。
そして、すず椿がなくなるのが不安ですや、椿で皆とまた会いたいですという声もありました。地震、豪雨の後、多くの利用者や職員が珠洲市から離れていきました。そういったことが背景にあるわけですが、すず椿の理事長は、力強く、すず椿は大丈夫ですとみんなの不安を打ち消し、大きな拍手が沸き上がりました。でも、後で理事長は、大野さん、あの言葉にどきっとしたよと話されていました。多くの障害福祉事業所で職員が減っており、新たな職員確保の見通しが立っていません。
三つ目は、JDF能登半島地震支援センターの活動についてです。
二つの柱で活動を行っています。事業所支援と個別支援です。
事業所支援については、輪島市、能登町、七尾市にある四か所の就労継続支援B型事業所などで、利用者の仕事の手伝いや見守りなどに取り組んでいます。また、通所送迎の支援として、三十キロ離れた仮設団地から四十分ほどかけて行っています。四か所全て、地震、豪雨の影響で職員が退職して、人手不足になっています。この間、支援日を増やしてほしいという声や、他の事業所からも人手不足という声が出ていますが、現在の支援スタッフの体制では、支援を行うことが難しい状況です。
続いて、個別支援についてです。現在、支援件数が八十二件、継続支援の件数が二十二件となっています。障害の状況は、身体、知的、精神障害と様々な方がいます。支援内容の特徴は、自宅の片づけや、車での移動支援となります。自宅の片づけは減ってきていますけれども、公費解体前に必要なものを運び出したいという依頼が入っています。
車での移動支援の状況について紹介します。奥能登は元々公共交通機関が脆弱な地域でしたが、震災で更に不便になっています。そのため、事業所への送迎が二件、通院の送迎が十四件、計十六件となっています。特に、車での移動支援については、JDFが二〇二五年九月に支援を終了した後に地元の事業所に引き継ぐ見通しが立っていません。
個別支援に関わって、輪島市門前町の夢かぼちゃという日中一時支援事業所を利用されている障害当事者の女性がJDFの報告会で話されたことを紹介します。
私は能登地震で家に住めなくなったので、広島の弟のところへ避難しました。六月に輪島に戻ってきましたが、家のトイレは簡易トイレで大変でした。テレビも見れないし、WiFiも使えませんでした。八月から仮設住宅へ移りました。テレビも見れて、WiFiも使えるようになってよかったです。だけど、九月の大雨で仮設は浸水してしまい、避難所へ行きました。その後、仮設に戻りましたが、家の泥掃除で和倉温泉に避難しました。お父さんが、避難したところから夢かぼちゃまで送ってくれました。送るのが大変になってきたので、JDFの皆さんに約一か月送迎をしてもらいました。皆さん優しくて、たくさん話ができてうれしかったです。買物に連れていってくれました。ありがとうございます。皆さん、今度、夢かぼちゃへコーヒー飲みに来てくださいね。
こんな報告をしていただきました。
このように、片道約四十五キロ、約一時間十五分かけて、二次避難をしていた場所から日中活動の場への車での送迎支援を行いました。このことで当事者の女性は、二次避難所に閉じこもらない環境ができ、高齢の父親の負担を減らすことにつながりました。
四つ目は、災害対策基本法、救助法の改正案に対する意見についてです。
まず、障害を理由とする欠格条項は削除してください。
災害対策基本法改正案の三十三条の二の三のホに、「心身の障害により被災者援護協力業務を適正に行うことができない者として内閣府令で定めるもの」とあり、これは障害を理由とした欠格条項なので、削除してほしいと思います。この規定に沿えば、JDFも団体登録できません。能登半島地震や過去の災害支援において、障害当事者が支援スタッフとして救援活動の担い手になり、障害当事者目線で大きな成果を上げてきました。私たち抜きに私たちのことを決めないで、これは障害者権利条約のスローガンです。欠格条項を削除することは不可欠、当たり前のことです。
続いて、JDFは今年二月二十七日に、改正案についての「災害時の障害者等の支援に関する要望」を担当大臣に提出しました。三点のことについて述べられていますので、紹介します。
一つ目は、スタッフの応援派遣や必要物資、機材の調達など、福祉事業所や福祉サービスの機能回復に関わる経費を災害救助法の対象にという要望の背景について説明します。
JDF支援スタッフが活動する人件費は、所属する団体や法人負担となっています。中には、有給休暇を使って参加する支援スタッフもいます。所属法人などの所在地から七尾市和倉町の支援センターまで行くための交通費は、支援スタッフを派遣する加盟団体ごとに対応することになっているため、大きな負担になっており、支援に行きたくても交通費がかかるので行くことができないという声も聞いています。
また、支援活動で使う四台の車は、社会福祉法人などから無償で貸し出してもらっています。ガソリン代などの活動にかかる費用や宿泊費などの費用はJDFが負担しており、その財源は全て寄附で賄っている状況です。
二つ目の要望は、災害時における専門的な技能を持つ民間支援団体の登録制度に障害者団体、支援団体も積極的に登録することの要望についてです。
災害対策基本法の改正案に、被災者援護協力団体の登録が示されています。登録することでの課題が何なのか、見ていくことが必要です。国や地方公共団体の下請としての活動にとどまらずに、スフィア基準に基づき、障害のある人の災害時の支援活動が行えるようにしていくことが必要です。
三つ目の要望です。障害者等の訪問調査にも専門的な技能を持つ障害者団体などが参加できるようにという要望についてです。
熊本地震から、安否確認やニーズ把握を行う被災高齢者等把握事業が本格化しました。能登半島地震でも、厚生労働省が民間団体などに委託し、安否確認とニーズ把握を行いました。しかし、ここで得られた情報が障害のある人の生活支援にどう結びついたのか、見えていません。
JDFの活動は震災後に出てくる様々なニーズに寄り添いながら対応しており、このような活動を被災高齢者等把握事業そして被災者見守り・相談支援等事業と連携して、連続的に支援活動を行う仕組みが必要です。
そして、災害救助法改正案に福祉サービスの提供を位置づけることになっていますが、その際に、JDFのような支援活動を含め、幅広い活動を対象にしていただきたいと思います。
一方、能登半島地震のJDF支援スタッフのワンクールの派遣人数は六人です。これは、六人で足りているのではなくて、全国各地からの支援スタッフ派遣が六人で精いっぱいという状況が背景にあります。東日本大震災の宮城支援では最大五十人、熊本地震では十五人が支援スタッフとして活動しました。障害福祉分野における人手不足が、災害時に支援に行きたくても行くことができないという形で表れています。
福祉サービスの提供は、避難所を中心とする災害福祉派遣チームによる支援などにとどまらず、JDFなどの支援活動を含め、長期にわたり広く福祉サービスや事業所を支えることによって、被災地の多くの障害者等に届くものでなければなりません。
最後に一言述べて、発言を終わります。
すず椿の障害のある人が、南海トラフ地震が起きないことを祈りますとアンケートに書いてくれました。つらいことですが、必ず桁外れの被害を及ぼす災害は起きます。そのときに、あの東日本大震災で明らかになった、障害者の死亡率が全住民の死亡率の二倍、これを繰り返してはなりません。これまでの災害で置き去りにされてきた障害のある人や家族、事業所、支援者の教訓を踏まえ、人権をベースとした支援、人権に基づいた制度、政策を今回の改正において実現していただくことをお願いして、発言を終わります。
ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日は、東日本大震災復興・防災・災害対策に関する特別委員会に参考人として招致していただき、ありがとうございます。
この後、資料集の二十五ページから二十七ページに沿って、五点述べていきたいと思います。
一つ目は、JDFの紹介です。
JDFは、二〇〇四年に、全国十三の障害当事者団体を中心に、障害者施策、障害のある人の権利を推進することを目的に設立されました。現在、障害者権利条約の実施などの事業に取り組んでいます。JDFは、災害支援においても障害者権利条約をベースに、特に第十一条の「危険な状況及び人道上の緊急事態」の立場を踏まえ、活動を行っています。
JDFは災害総合支援本部を常設しており、被災地支援活動は、東日本大震災、熊本地震、そして能登半島地震、奥能登豪雨で三回目となります。
能登半島地震については、二〇二四年五月から支援センターを立ち上げ、毎週、全国のJDF加盟団体から六人程度の支援スタッフが七尾市和倉町の支援センターに集まり、奥能登地域や七尾市周辺などで活動を行っています。
二つ目は、障害のある人の声についてです。
今年の二月下旬に、珠洲市にある障害福祉事業所であるすず椿の知的障害のある利用者七人に、地震や豪雨で困ったこと、支援でうれしかったこと、これから不安なことについてアンケートを行いました。
困ったことで多かったのは、水が出なくてトイレやお風呂が使えなかったことでした。うれしかったことでは、炊き出しやお弁当の支援や、ボランティアが来て励ましをしてくれたという声がありました。不安なことでは、能登に人がいなくならないか心配ですという声や、仮設住宅にずっと住んでいたけど、いつまでおれるか分からないことが不安ですという声が出ていました。
そして、すず椿がなくなるのが不安ですや、椿で皆とまた会いたいですという声もありました。地震、豪雨の後、多くの利用者や職員が珠洲市から離れていきました。そういったことが背景にあるわけですが、すず椿の理事長は、力強く、すず椿は大丈夫ですとみんなの不安を打ち消し、大きな拍手が沸き上がりました。でも、後で理事長は、大野さん、あの言葉にどきっとしたよと話されていました。多くの障害福祉事業所で職員が減っており、新たな職員確保の見通しが立っていません。
三つ目は、JDF能登半島地震支援センターの活動についてです。
二つの柱で活動を行っています。事業所支援と個別支援です。
事業所支援については、輪島市、能登町、七尾市にある四か所の就労継続支援B型事業所などで、利用者の仕事の手伝いや見守りなどに取り組んでいます。また、通所送迎の支援として、三十キロ離れた仮設団地から四十分ほどかけて行っています。四か所全て、地震、豪雨の影響で職員が退職して、人手不足になっています。この間、支援日を増やしてほしいという声や、他の事業所からも人手不足という声が出ていますが、現在の支援スタッフの体制では、支援を行うことが難しい状況です。
続いて、個別支援についてです。現在、支援件数が八十二件、継続支援の件数が二十二件となっています。障害の状況は、身体、知的、精神障害と様々な方がいます。支援内容の特徴は、自宅の片づけや、車での移動支援となります。自宅の片づけは減ってきていますけれども、公費解体前に必要なものを運び出したいという依頼が入っています。
車での移動支援の状況について紹介します。奥能登は元々公共交通機関が脆弱な地域でしたが、震災で更に不便になっています。そのため、事業所への送迎が二件、通院の送迎が十四件、計十六件となっています。特に、車での移動支援については、JDFが二〇二五年九月に支援を終了した後に地元の事業所に引き継ぐ見通しが立っていません。
個別支援に関わって、輪島市門前町の夢かぼちゃという日中一時支援事業所を利用されている障害当事者の女性がJDFの報告会で話されたことを紹介します。
私は能登地震で家に住めなくなったので、広島の弟のところへ避難しました。六月に輪島に戻ってきましたが、家のトイレは簡易トイレで大変でした。テレビも見れないし、WiFiも使えませんでした。八月から仮設住宅へ移りました。テレビも見れて、WiFiも使えるようになってよかったです。だけど、九月の大雨で仮設は浸水してしまい、避難所へ行きました。その後、仮設に戻りましたが、家の泥掃除で和倉温泉に避難しました。お父さんが、避難したところから夢かぼちゃまで送ってくれました。送るのが大変になってきたので、JDFの皆さんに約一か月送迎をしてもらいました。皆さん優しくて、たくさん話ができてうれしかったです。買物に連れていってくれました。ありがとうございます。皆さん、今度、夢かぼちゃへコーヒー飲みに来てくださいね。
こんな報告をしていただきました。
このように、片道約四十五キロ、約一時間十五分かけて、二次避難をしていた場所から日中活動の場への車での送迎支援を行いました。このことで当事者の女性は、二次避難所に閉じこもらない環境ができ、高齢の父親の負担を減らすことにつながりました。
四つ目は、災害対策基本法、救助法の改正案に対する意見についてです。
まず、障害を理由とする欠格条項は削除してください。
災害対策基本法改正案の三十三条の二の三のホに、「心身の障害により被災者援護協力業務を適正に行うことができない者として内閣府令で定めるもの」とあり、これは障害を理由とした欠格条項なので、削除してほしいと思います。この規定に沿えば、JDFも団体登録できません。能登半島地震や過去の災害支援において、障害当事者が支援スタッフとして救援活動の担い手になり、障害当事者目線で大きな成果を上げてきました。私たち抜きに私たちのことを決めないで、これは障害者権利条約のスローガンです。欠格条項を削除することは不可欠、当たり前のことです。
続いて、JDFは今年二月二十七日に、改正案についての「災害時の障害者等の支援に関する要望」を担当大臣に提出しました。三点のことについて述べられていますので、紹介します。
一つ目は、スタッフの応援派遣や必要物資、機材の調達など、福祉事業所や福祉サービスの機能回復に関わる経費を災害救助法の対象にという要望の背景について説明します。
JDF支援スタッフが活動する人件費は、所属する団体や法人負担となっています。中には、有給休暇を使って参加する支援スタッフもいます。所属法人などの所在地から七尾市和倉町の支援センターまで行くための交通費は、支援スタッフを派遣する加盟団体ごとに対応することになっているため、大きな負担になっており、支援に行きたくても交通費がかかるので行くことができないという声も聞いています。
また、支援活動で使う四台の車は、社会福祉法人などから無償で貸し出してもらっています。ガソリン代などの活動にかかる費用や宿泊費などの費用はJDFが負担しており、その財源は全て寄附で賄っている状況です。
二つ目の要望は、災害時における専門的な技能を持つ民間支援団体の登録制度に障害者団体、支援団体も積極的に登録することの要望についてです。
災害対策基本法の改正案に、被災者援護協力団体の登録が示されています。登録することでの課題が何なのか、見ていくことが必要です。国や地方公共団体の下請としての活動にとどまらずに、スフィア基準に基づき、障害のある人の災害時の支援活動が行えるようにしていくことが必要です。
三つ目の要望です。障害者等の訪問調査にも専門的な技能を持つ障害者団体などが参加できるようにという要望についてです。
熊本地震から、安否確認やニーズ把握を行う被災高齢者等把握事業が本格化しました。能登半島地震でも、厚生労働省が民間団体などに委託し、安否確認とニーズ把握を行いました。しかし、ここで得られた情報が障害のある人の生活支援にどう結びついたのか、見えていません。
JDFの活動は震災後に出てくる様々なニーズに寄り添いながら対応しており、このような活動を被災高齢者等把握事業そして被災者見守り・相談支援等事業と連携して、連続的に支援活動を行う仕組みが必要です。
そして、災害救助法改正案に福祉サービスの提供を位置づけることになっていますが、その際に、JDFのような支援活動を含め、幅広い活動を対象にしていただきたいと思います。
一方、能登半島地震のJDF支援スタッフのワンクールの派遣人数は六人です。これは、六人で足りているのではなくて、全国各地からの支援スタッフ派遣が六人で精いっぱいという状況が背景にあります。東日本大震災の宮城支援では最大五十人、熊本地震では十五人が支援スタッフとして活動しました。障害福祉分野における人手不足が、災害時に支援に行きたくても行くことができないという形で表れています。
福祉サービスの提供は、避難所を中心とする災害福祉派遣チームによる支援などにとどまらず、JDFなどの支援活動を含め、長期にわたり広く福祉サービスや事業所を支えることによって、被災地の多くの障害者等に届くものでなければなりません。
最後に一言述べて、発言を終わります。
すず椿の障害のある人が、南海トラフ地震が起きないことを祈りますとアンケートに書いてくれました。つらいことですが、必ず桁外れの被害を及ぼす災害は起きます。そのときに、あの東日本大震災で明らかになった、障害者の死亡率が全住民の死亡率の二倍、これを繰り返してはなりません。これまでの災害で置き去りにされてきた障害のある人や家族、事業所、支援者の教訓を踏まえ、人権をベースとした支援、人権に基づいた制度、政策を今回の改正において実現していただくことをお願いして、発言を終わります。
ありがとうございました。拍手
金
沢
沢渡一登#6
○沢渡参考人 皆様、おはようございます。
日本財団ボランティアセンターの常務理事をしております沢渡と申します。
本日は、このような発言の機会をいただき、誠にありがとうございます。
私は、二〇〇七年に発生した中越沖地震以来、ボランティアという観点から、様々な災害現場に携わってまいりました。特に東日本大震災では、発災直後から現場に入り、現地コーディネーターとして、千名を超える学生ボランティアの受入れやボランティア現場の調整を行ってまいりました。また、昨年、能登半島地震では、民間のボランティア団体として、延べで九百名を超えるボランティアと職員の派遣を行っております。このような経験を基に、本日は、ボランティア団体の事前登録制度について意見を述べさせていただきます。
まず最初に、ボランティア団体の事前登録制度が創設されることは大変喜ばしいことだと考えております。
最近でこそ、被災地の社会福祉協議会が立ち上げる災害ボランティアセンターには、過去に災害ボランティアセンターを運営した経験のある応援職員が迅速に派遣されますので、ボランティア団体との面識があり、連携がスムーズに進むことも多くなってまいりました。
しかし、これまでの被災地では、発災直後でただでさえ多忙を極めている自治体の災害対策本部や災害ボランティアセンターに、自分たちが何者であり、どのようなことができるのかという専門性を理解してもらうというのに時間と労力を要していました。
今回の事前登録制度が創設されることで、登録の有無や登録内容を確認することが可能になり、初動期における災害対策本部や災害ボランティアセンターとボランティア団体との連携が格段にスムーズになると期待しております。
また、初動期という観点では、大規模災害時には、高速道路や主要な一般道において緊急通行車両以外の車両の通行が禁止されますが、この事前登録制度が根拠となって、登録を受けたボランティア団体の車両も緊急対策に従事する車両として緊急交通路を通行するための確認標章を受けることができるようになることを強く望みます。
東日本大震災の際には、この緊急通行車両確認標章を得るために大変な苦労がありました。何か所も都内の警察署を回りましたが、確認標章を発行してくれることはありませんでした。最終的に、日本財団の所管官庁である国土交通省の協力により確認標章を受け、車両の燃料の確保や、現地までの一般道の渋滞を回避することが可能となり、支援のスピードを格段にアップさせることができました。
能登半島地震の発生直後には、半島特有の道路事情により、SNSを中心に、現地に向かうボランティアへの非難が起こり、最終的には、県からの自粛要請へとつながりました。これはあくまでも個人のボランティアへの自粛要請ということでしたが、一般的にはまだまだ、個人ボランティアとボランティア団体との違いというところは十分に理解されておりませんので、ボランティア団体は、非難を覚悟で現地入りするか、現地に入ることに二の足を踏むかという結果になってしまいました。
今回の事前登録制度が、災害発生時において専門性のあるNPOやボランティア団体の存在は必要不可欠なものであるということの認知を高める後押しになることを期待しています。
専門性のあるNPOやボランティア団体が、事前登録制度が創出されることで、ある意味、国のお墨つきを得て、緊急通行車両として迅速に被災地に入り、スムーズに自治体や災害ボランティアセンターと連携し活動を開始することができるということは、NPOやボランティア団体にとって、事前登録制度を利用する大きなメリットとなり、事前登録制度に登録する大きなモチベーションになるというふうに考えております。
ここまで、事前登録制度が創出されることにおいてのメリットについてお話しさせていただきましたが、ここからは、事前登録制度を創出するに当たっての注意点についてお話しさせていただければと思います。
ボランティア元年と言われる阪神大震災から三十年を迎えましたが、この間に、災害ボランティアを取り巻く環境は大きく変化してまいりました。
阪神大震災では、テレビから流れる神戸の惨状にいても立ってもいられなくなり、百万人を超えるボランティアが全国から駆けつけました。この阪神大震災が大きなうねりとなり、ボランティアは災害支援の担い手として日本に定着しました。
そして、阪神大震災をきっかけに、被災地の社会福祉協議会が災害ボランティアセンターを立ち上げ、全国から集まるボランティアを受け入れ、支援が必要な被災者とマッチングをするという役割を担うようになりました。
その後、災害が発生すると、災害ボランティアセンターが迅速に立ち上がり、ボランティアの受入れがスムーズになった一方で、システマチックになり、様々なことがルール化されたことの弊害として、災害ボランティアとして対応できない案件が増えるということが起こりました。
例えば、住民の安全確保のために自治体が実施主体となって被災した建物を調査する被災建物応急危険度判定というものがあり、赤色が危険、黄色の要注意、緑色の調査済みという判定ステッカーが建物に貼付されますが、災害ボランティアセンターから派遣される個人ボランティアは、基本的には、緑色の調査済みの建物でしか活動することができません。
この判定ステッカーは、あくまでも建物の外観により、余震等による二次被害を防止するものであり、建物に問題がなくても、門柱や外壁が傾いているだけで、赤色の危険、黄色の要注意になることもあります。そのような場合、災害ボランティアセンターから派遣されるボランティアは活動することができませんので、最終的には、住民さんだけで後片づけを行わなければならないということがございます。
二〇〇七年に発生した中越沖地震では、ブロック塀が傾いたり、完全に倒れてしまっているケースが多くありました。そのため、ブロック塀が倒壊した家屋にはボランティアを派遣できないことがありました。
そこで、日本財団と技術系NPOは、柏崎市災害ボランティアセンターと連携し、災害ボランティアセンターから派遣されるボランティア、一般ボランティアでは対応できない案件を特殊案件として引き受けることになりました。ブロック塀の処理には、コンクリートカッター、電動はつり機、大ハンマーなどの工具を使い、ブロック塀を細かく破壊し、土のう袋に詰めるという作業が必要でした。このような工具を用いたボランティアは、ボランティア保険の関係もあり、一般ボランティアで処理することが難しいため、災害ボランティアセンターからの依頼に基づき、特殊ニーズとして、技術系NPOが案件の処理を担いました。
このように、災害ボランティアセンターと技術系NPOが連携し、災害ボランティアセンターでは対応できない案件を技術系NPOが対応するという案件のすみ分けが行われたのは、この中越沖地震が最初ではないかと思います。
その後、東日本大震災をきっかけに、NPOやボランティア団体が急拡大しました。
阪神大震災をきっかけに、市民活動が活性化し、様々なNPOやNGOが誕生しました。それらの団体が、東日本大震災で災害支援に立ち上がったのです。未曽有の大災害にあって、これまでNPOやNGOが培ってきたノウハウや専門性を生かそうと、次々に東北に向かいました。その中には、ふだんは海外支援を行っているNGO、障害のある方の支援を行っているNPO、障害がある方の当事者団体、マイノリティー支援を行っている団体、看護師の職能団体、移送サービスを行っているNPOなど、様々なバックグラウンドを持つNPOやボランティア団体の姿がありました。
それまで、災害というと、災害支援に特化した災害系のNPOやNGOが被災地に入ることはありましたが、災害という枠を超えて様々なNPOやボランティア団体が躍動する姿に、新しい時代の幕開けを感じました。
私が支援に入っていた宮城県石巻市では、石巻専修大学に石巻市災害ボランティアセンターが設置され、個人ボランティアの拠点となりました。また、石巻市災害ボランティアセンターの声がけで、石巻市で活動を行うNPOやボランティア団体との情報共有を目的に、NPO・NGO連絡会も設置されました。このNPO・NGO連絡会は基本的に毎晩開催され、石巻市内で活動を行うNPOやボランティア団体が石巻専修大学に集まり、炊き出し、瓦れき撤去、生活支援、子供支援など様々な分野において、支援の重複や、逆に支援が入らない地域をなくすための調整が行われていました。
また、NPOやボランティア団体から上がってくる、自治体との調整が必要な案件や地元の方に間に入ってもらいたいような案件があれば、このNPO・NGO連絡会が窓口となって調整を行うという機能を果たしていました。この同様の取組は、その後の災害においても引き継がれ、その後の災害においても行われております。
昨年発生した能登半島地震では、ボランティアが扱う重機がクローズアップされました。半島特有の交通事情もあり、発災直後には多くの道路が寸断されました。それにより緊急車両も足止めをされ、人命救助や捜索、その後の復旧にも大きな遅れが生じたと言われています。
そのような中、技術系NPOは機動力を生かし、自ら持ち込んだ重機やチェーンソーを駆使し、次々と道を切り開いていきました。また、警察や消防からの要請により、技術系NPOが行方不明者の捜索に加わるということもありました。雪の降った日には、緊急車両がすぐに出発できるよう早朝から雪かきを行っていたのも技術系NPOだということを忘れてはいけません。
そして、能登半島地震では、ボランティアの自粛要請により、現場では慢性的な人手不足の中、災害関連死を防ぐために、温かい食事を提供し、被災者に寄り添った活動を行っていたのもNPOやボランティア団体でした。一般ボランティアが入ってくることができない時期に能登半島を支えていたのは、間違いなくNPOやボランティア団体だと言えます。
被災者に寄り添った活動を続けてきた結果、この二十年で、技術系NPOの技術力は格段の進歩を遂げました。二〇〇七年の中越沖地震ではコンクリートカッターや電動はつり機を使用したことを先ほどお話ししましたが、現在では、重機でその作業を行うことも多くなりました。重機一台で約百名分の仕事をこなすと言われています。重機を活用することで、人にしかできない作業に人員を割くことも可能になります。
このように、自分が携わってきた災害現場を振り返っただけでも、NPOやボランティア団体の守備範囲は広く、専門性は多岐にわたります。そのため、NPOやボランティア団体の登録制度の創出に当たっては、技術系、炊き出し、避難所支援、メディカル、福祉など、それぞれの団体の専門性を生かすことのできるカテゴリーごとの登録制が必要なのではないかと考えます。
また、登録制が、ただ登録するだけで終わりではなく、カテゴリーごとに、日頃からの連携を深めるためのネットワーキングや、支援の力を高めるための研修や勉強会を開催することも必要ではないでしょうか。また、局地的な災害も多く発生しておることから、地域やブロックごとでネットワーキングすることも重要だと考えます。
加えて、技術系に関しましては、先ほども御説明させていただいたとおり、重機一台で百名の仕事をこなす反面、万が一事故が起きた場合には、命に直結するような大きな被害をもたらす可能性もあります。そのため、日頃からの訓練や新たな技術の習得が重要になります。
私が常務理事をしております日本財団ボランティアセンターでは、本年三月に、茨城県つくば市に日本財団災害ボランティアトレーニングセンターを開設しました。このトレーニングセンターには、自前の重機やダンプを常設し、平時は訓練を、有事の際には、重機をダンプに搭載し、重機のオペレーションが可能なメンバーが迅速に現場に入るという体制を構築しました。
このようなトレーニングセンターも活用いただきながら、技術系NPOの登録団体の定期的な訓練や技術力を見定めた上でレベル分けしていくことも今後必要かもしれません。
ドイツのTHWと呼ばれる連邦災害技術支援庁では、八万人を超えるボランティアを育成し、災害時に出動できる体制をつくっていますが、ボランティアになるためには、一週間単位でのトレーニングの受講と試験を受けることがマストになっています。その試験においては、二回目の試験に落第するとボランティアを辞めなければならないという厳しいルールがあると聞きます。
災害大国である日本も、NPOやボランティア団体の事前登録の創出とともに、特に技術系NPOにおいては、受講が必須となるトレーニングプログラムの開発やレベル別の試験の実施も今後検討する必要があるのではないかと考えます。
一方で、ボランティアの語源であるラテン語のウォロは、英語のウィルの語源でもあるように、ボランティアの最も中心となるものが自発性です。この自発性に基づき、これからも起こるであろう大災害において、きっと新たなNPOやボランティア団体が誕生すると思います。そのときに、この事前登録制度が、新たなものを排除するのではなく、新たなものを受け入れるプラットフォームでなければなりません。
登録制度の入口のハードルは低く、でも、その中でしっかりと、カテゴリーや地域ごとのネットワーキングや能力に応じたレベル分けと成長の機会を提供することで、個々の被災地での経験をリセットするのではなく、次の災害につなげていくことが重要であるということを強調し、私の発言を終えたいと思います。
ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →日本財団ボランティアセンターの常務理事をしております沢渡と申します。
本日は、このような発言の機会をいただき、誠にありがとうございます。
私は、二〇〇七年に発生した中越沖地震以来、ボランティアという観点から、様々な災害現場に携わってまいりました。特に東日本大震災では、発災直後から現場に入り、現地コーディネーターとして、千名を超える学生ボランティアの受入れやボランティア現場の調整を行ってまいりました。また、昨年、能登半島地震では、民間のボランティア団体として、延べで九百名を超えるボランティアと職員の派遣を行っております。このような経験を基に、本日は、ボランティア団体の事前登録制度について意見を述べさせていただきます。
まず最初に、ボランティア団体の事前登録制度が創設されることは大変喜ばしいことだと考えております。
最近でこそ、被災地の社会福祉協議会が立ち上げる災害ボランティアセンターには、過去に災害ボランティアセンターを運営した経験のある応援職員が迅速に派遣されますので、ボランティア団体との面識があり、連携がスムーズに進むことも多くなってまいりました。
しかし、これまでの被災地では、発災直後でただでさえ多忙を極めている自治体の災害対策本部や災害ボランティアセンターに、自分たちが何者であり、どのようなことができるのかという専門性を理解してもらうというのに時間と労力を要していました。
今回の事前登録制度が創設されることで、登録の有無や登録内容を確認することが可能になり、初動期における災害対策本部や災害ボランティアセンターとボランティア団体との連携が格段にスムーズになると期待しております。
また、初動期という観点では、大規模災害時には、高速道路や主要な一般道において緊急通行車両以外の車両の通行が禁止されますが、この事前登録制度が根拠となって、登録を受けたボランティア団体の車両も緊急対策に従事する車両として緊急交通路を通行するための確認標章を受けることができるようになることを強く望みます。
東日本大震災の際には、この緊急通行車両確認標章を得るために大変な苦労がありました。何か所も都内の警察署を回りましたが、確認標章を発行してくれることはありませんでした。最終的に、日本財団の所管官庁である国土交通省の協力により確認標章を受け、車両の燃料の確保や、現地までの一般道の渋滞を回避することが可能となり、支援のスピードを格段にアップさせることができました。
能登半島地震の発生直後には、半島特有の道路事情により、SNSを中心に、現地に向かうボランティアへの非難が起こり、最終的には、県からの自粛要請へとつながりました。これはあくまでも個人のボランティアへの自粛要請ということでしたが、一般的にはまだまだ、個人ボランティアとボランティア団体との違いというところは十分に理解されておりませんので、ボランティア団体は、非難を覚悟で現地入りするか、現地に入ることに二の足を踏むかという結果になってしまいました。
今回の事前登録制度が、災害発生時において専門性のあるNPOやボランティア団体の存在は必要不可欠なものであるということの認知を高める後押しになることを期待しています。
専門性のあるNPOやボランティア団体が、事前登録制度が創出されることで、ある意味、国のお墨つきを得て、緊急通行車両として迅速に被災地に入り、スムーズに自治体や災害ボランティアセンターと連携し活動を開始することができるということは、NPOやボランティア団体にとって、事前登録制度を利用する大きなメリットとなり、事前登録制度に登録する大きなモチベーションになるというふうに考えております。
ここまで、事前登録制度が創出されることにおいてのメリットについてお話しさせていただきましたが、ここからは、事前登録制度を創出するに当たっての注意点についてお話しさせていただければと思います。
ボランティア元年と言われる阪神大震災から三十年を迎えましたが、この間に、災害ボランティアを取り巻く環境は大きく変化してまいりました。
阪神大震災では、テレビから流れる神戸の惨状にいても立ってもいられなくなり、百万人を超えるボランティアが全国から駆けつけました。この阪神大震災が大きなうねりとなり、ボランティアは災害支援の担い手として日本に定着しました。
そして、阪神大震災をきっかけに、被災地の社会福祉協議会が災害ボランティアセンターを立ち上げ、全国から集まるボランティアを受け入れ、支援が必要な被災者とマッチングをするという役割を担うようになりました。
その後、災害が発生すると、災害ボランティアセンターが迅速に立ち上がり、ボランティアの受入れがスムーズになった一方で、システマチックになり、様々なことがルール化されたことの弊害として、災害ボランティアとして対応できない案件が増えるということが起こりました。
例えば、住民の安全確保のために自治体が実施主体となって被災した建物を調査する被災建物応急危険度判定というものがあり、赤色が危険、黄色の要注意、緑色の調査済みという判定ステッカーが建物に貼付されますが、災害ボランティアセンターから派遣される個人ボランティアは、基本的には、緑色の調査済みの建物でしか活動することができません。
この判定ステッカーは、あくまでも建物の外観により、余震等による二次被害を防止するものであり、建物に問題がなくても、門柱や外壁が傾いているだけで、赤色の危険、黄色の要注意になることもあります。そのような場合、災害ボランティアセンターから派遣されるボランティアは活動することができませんので、最終的には、住民さんだけで後片づけを行わなければならないということがございます。
二〇〇七年に発生した中越沖地震では、ブロック塀が傾いたり、完全に倒れてしまっているケースが多くありました。そのため、ブロック塀が倒壊した家屋にはボランティアを派遣できないことがありました。
そこで、日本財団と技術系NPOは、柏崎市災害ボランティアセンターと連携し、災害ボランティアセンターから派遣されるボランティア、一般ボランティアでは対応できない案件を特殊案件として引き受けることになりました。ブロック塀の処理には、コンクリートカッター、電動はつり機、大ハンマーなどの工具を使い、ブロック塀を細かく破壊し、土のう袋に詰めるという作業が必要でした。このような工具を用いたボランティアは、ボランティア保険の関係もあり、一般ボランティアで処理することが難しいため、災害ボランティアセンターからの依頼に基づき、特殊ニーズとして、技術系NPOが案件の処理を担いました。
このように、災害ボランティアセンターと技術系NPOが連携し、災害ボランティアセンターでは対応できない案件を技術系NPOが対応するという案件のすみ分けが行われたのは、この中越沖地震が最初ではないかと思います。
その後、東日本大震災をきっかけに、NPOやボランティア団体が急拡大しました。
阪神大震災をきっかけに、市民活動が活性化し、様々なNPOやNGOが誕生しました。それらの団体が、東日本大震災で災害支援に立ち上がったのです。未曽有の大災害にあって、これまでNPOやNGOが培ってきたノウハウや専門性を生かそうと、次々に東北に向かいました。その中には、ふだんは海外支援を行っているNGO、障害のある方の支援を行っているNPO、障害がある方の当事者団体、マイノリティー支援を行っている団体、看護師の職能団体、移送サービスを行っているNPOなど、様々なバックグラウンドを持つNPOやボランティア団体の姿がありました。
それまで、災害というと、災害支援に特化した災害系のNPOやNGOが被災地に入ることはありましたが、災害という枠を超えて様々なNPOやボランティア団体が躍動する姿に、新しい時代の幕開けを感じました。
私が支援に入っていた宮城県石巻市では、石巻専修大学に石巻市災害ボランティアセンターが設置され、個人ボランティアの拠点となりました。また、石巻市災害ボランティアセンターの声がけで、石巻市で活動を行うNPOやボランティア団体との情報共有を目的に、NPO・NGO連絡会も設置されました。このNPO・NGO連絡会は基本的に毎晩開催され、石巻市内で活動を行うNPOやボランティア団体が石巻専修大学に集まり、炊き出し、瓦れき撤去、生活支援、子供支援など様々な分野において、支援の重複や、逆に支援が入らない地域をなくすための調整が行われていました。
また、NPOやボランティア団体から上がってくる、自治体との調整が必要な案件や地元の方に間に入ってもらいたいような案件があれば、このNPO・NGO連絡会が窓口となって調整を行うという機能を果たしていました。この同様の取組は、その後の災害においても引き継がれ、その後の災害においても行われております。
昨年発生した能登半島地震では、ボランティアが扱う重機がクローズアップされました。半島特有の交通事情もあり、発災直後には多くの道路が寸断されました。それにより緊急車両も足止めをされ、人命救助や捜索、その後の復旧にも大きな遅れが生じたと言われています。
そのような中、技術系NPOは機動力を生かし、自ら持ち込んだ重機やチェーンソーを駆使し、次々と道を切り開いていきました。また、警察や消防からの要請により、技術系NPOが行方不明者の捜索に加わるということもありました。雪の降った日には、緊急車両がすぐに出発できるよう早朝から雪かきを行っていたのも技術系NPOだということを忘れてはいけません。
そして、能登半島地震では、ボランティアの自粛要請により、現場では慢性的な人手不足の中、災害関連死を防ぐために、温かい食事を提供し、被災者に寄り添った活動を行っていたのもNPOやボランティア団体でした。一般ボランティアが入ってくることができない時期に能登半島を支えていたのは、間違いなくNPOやボランティア団体だと言えます。
被災者に寄り添った活動を続けてきた結果、この二十年で、技術系NPOの技術力は格段の進歩を遂げました。二〇〇七年の中越沖地震ではコンクリートカッターや電動はつり機を使用したことを先ほどお話ししましたが、現在では、重機でその作業を行うことも多くなりました。重機一台で約百名分の仕事をこなすと言われています。重機を活用することで、人にしかできない作業に人員を割くことも可能になります。
このように、自分が携わってきた災害現場を振り返っただけでも、NPOやボランティア団体の守備範囲は広く、専門性は多岐にわたります。そのため、NPOやボランティア団体の登録制度の創出に当たっては、技術系、炊き出し、避難所支援、メディカル、福祉など、それぞれの団体の専門性を生かすことのできるカテゴリーごとの登録制が必要なのではないかと考えます。
また、登録制が、ただ登録するだけで終わりではなく、カテゴリーごとに、日頃からの連携を深めるためのネットワーキングや、支援の力を高めるための研修や勉強会を開催することも必要ではないでしょうか。また、局地的な災害も多く発生しておることから、地域やブロックごとでネットワーキングすることも重要だと考えます。
加えて、技術系に関しましては、先ほども御説明させていただいたとおり、重機一台で百名の仕事をこなす反面、万が一事故が起きた場合には、命に直結するような大きな被害をもたらす可能性もあります。そのため、日頃からの訓練や新たな技術の習得が重要になります。
私が常務理事をしております日本財団ボランティアセンターでは、本年三月に、茨城県つくば市に日本財団災害ボランティアトレーニングセンターを開設しました。このトレーニングセンターには、自前の重機やダンプを常設し、平時は訓練を、有事の際には、重機をダンプに搭載し、重機のオペレーションが可能なメンバーが迅速に現場に入るという体制を構築しました。
このようなトレーニングセンターも活用いただきながら、技術系NPOの登録団体の定期的な訓練や技術力を見定めた上でレベル分けしていくことも今後必要かもしれません。
ドイツのTHWと呼ばれる連邦災害技術支援庁では、八万人を超えるボランティアを育成し、災害時に出動できる体制をつくっていますが、ボランティアになるためには、一週間単位でのトレーニングの受講と試験を受けることがマストになっています。その試験においては、二回目の試験に落第するとボランティアを辞めなければならないという厳しいルールがあると聞きます。
災害大国である日本も、NPOやボランティア団体の事前登録の創出とともに、特に技術系NPOにおいては、受講が必須となるトレーニングプログラムの開発やレベル別の試験の実施も今後検討する必要があるのではないかと考えます。
一方で、ボランティアの語源であるラテン語のウォロは、英語のウィルの語源でもあるように、ボランティアの最も中心となるものが自発性です。この自発性に基づき、これからも起こるであろう大災害において、きっと新たなNPOやボランティア団体が誕生すると思います。そのときに、この事前登録制度が、新たなものを排除するのではなく、新たなものを受け入れるプラットフォームでなければなりません。
登録制度の入口のハードルは低く、でも、その中でしっかりと、カテゴリーや地域ごとのネットワーキングや能力に応じたレベル分けと成長の機会を提供することで、個々の被災地での経験をリセットするのではなく、次の災害につなげていくことが重要であるということを強調し、私の発言を終えたいと思います。
ありがとうございました。拍手
金
栗
栗田暢之#8
○栗田参考人 まず、私のような者をお呼びいただきまして、感謝申し上げます。
私は、一ページ目でございますが、全国災害ボランティア支援団体ネットワークのJVOADの代表理事を仰せつかっています。その上にあるレスキューストックヤードという、私が所属する団体の代表理事も兼務している。御縁があって代表理事を兼務させていただいていますが、いわば、レスキューストックヤードが虫の目、JVOADが鳥の目、そういう役割分担の中でこのNPO代表理事を兼務させていただいております。
二ページ目です。
このことを最初からやろうということではなくて、やはり三十年の歩みがございます。
御案内のとおり、阪神大震災はボランティア元年と呼ばれました。一方で、ボランティアセンターは今のような形ではなかったですから、ボランティアもどこに行ったらいいか分からない。そういうところで、ボランティアセンターを開設しようという動きが、二〇〇四年には社会福祉協議会が中心となって、そのボランティアセンターを設置するということが確立されていきます。
ただし、この災害ボランティアセンターでできることはやはり限界がありますので、そこに、例えば東日本大震災、先ほど沢渡さんのお話もありましたように、いろいろなNPOが入られましたということでございますが、ただ、その実態がよく分かっていない。何団体入ったのか、誰がどこでやったのかよく分かっていない。
私たちは、次の災害に向けて、このままでは支援の漏れ、むらができるんじゃないかということで、JVOADを設立をして、横の連携を深めようという活動を二〇一六年からスタートして、熊本地震では情報共有会議というのを初めて開催をして、約三百団体が集まった。今回、能登半島地震でも四百二十団体が関わっています。そういうことがやはり分かって、私たちの状況がしっかりと把握されて、そして調整されることによって、支援の漏れとむらがなくなっていくんだろうというふうに思っております。
そうした状況をつくっていったこの三十年の歩みは、原点はやはりボランティア精神ですから、自分たちも何か力になりたい、こういう真心を育んできた三十年と言ってもいいというふうに思っています。
ただ、残念なのは、この動きを全部ひっくるめてボランティアというふうになってしまっていますので、そのちょっと違いがあるんだということを御理解いただきたいための三ページでございます。
一般ボランティアは、一般ボランティアとして社協さんが対応されます。これは先ほど申し上げたとおりです。一方で、左側の、NPO、企業の集まる場所がなかった。ここをJVOADがつくりましょうということで、災害中間支援組織というところを、最低限、都道府県に一つは要るんじゃないかと。要は、いろいろなNPOのアクターがたくさんあっても、そこをどう調整していくんだということの方が重要じゃないかということもございます。今、二十三都道府県で設置されましたので、内閣府の御支援も受けながら、全県設置しようということで動きが進んでおります。
今申し上げたように、ただ、災害救援の柱は行政でありますから、行政とどうやって連携するかということは、本当に永遠の課題というか、課題がまだ山積をしている状況でございます。
ただし、被災者にとってみたら、行政であろうが、NPOであろうが、ボランティアであろうが、やはり自分たちの困り事をしっかりと解決していきたい。こういうことを三者がしっかりとベクトルを合わせて情報共有して、そして課題の解決に取り組んでいく、この姿はむしろ当たり前の状況じゃないかというふうに思います。
四ページですが、実はさっき沢渡さんも御説明されましたが、珠洲市でボランティアセンターが開設されました。ここは社協さんです。ここに、ピースボート災害ボランティア支援センター、ここはNPOです、ここがしっかりと連携をして、珠洲市のボランティアセンターに入ってきたニーズが、この左のところ、約七千三百二十七件です。このうち半分が一般ニーズ、三千九百二件。技術ニーズも三千四百二十五件。
ということは、例えば、この右側に車両救出とあるじゃないですか。これって、能登半島の方々は皆さん、納屋に軽トラックを置いてあるので、それが出れば何とか動けるんだという方々もたくさんいらっしゃった。そこをしっかりとこれ以上納屋が崩れない養生をして、それで、軽トラックが見えるところまでしっかりとチェーンソーなりいろいろなもので障害物を除去して、それをクレーン車でぐっと引っ張ってくる。こういう技術を持ったNPOがいたおかげで、二百二十六台もの軽トラックが救出されたわけですね。これで皆さん動ける。これでお母ちゃんを病院に連れていけるんだ、こういう被災者の喜びの声がすごく大きい。こんなことを誰がやってくれるでしょうか。
一般ボランティアが、今日、ボランティアセンターに並んで、じゃ、軽トラックを出してください、こんなわけにいかないですね。だから、一般のボランティアの話と専門性の高い話は違うということは、ここでよく理解いただけると思います。
次のページです。
ここもレスキューストックヤードが穴水町に入って一月三日から支援しましたけれども、やはり、食べる、出す、寝るという人間の最低限の基本すら脅かされた、その修羅場にあって、被災された方々はいろいろな役割があるんですけれども、地震直後のことの恐怖で震えて、しっかりと今までの自主防災組織の訓練等が発揮されたかというと、なかなか発揮できないんですね。そこに外部からの支援が入った。
その外部からの支援というのが、食べる、出す、寝るのノウハウをやはり持っている。これはふだんの防災、減災活動をしっかりと地元でやった精鋭たちがボランティアとして入って、そして、食べる、出す、寝るの環境を整えていきます。こうした、いっとき、があんと被災者の元々持っている力が落ちるのは当然ですが、そこの何かの穴埋めをしなきゃいけないというところにNPOの果たした役割は非常に大きいということ。
そして、私たちの注意点は、ボランティアとかNPOだからといって、何でもかんでもやってあげるじゃなくて、できれば一緒にやる、一緒に活動する。ここを目指さないと、ボランティアがいなくなったら何もできないとなりますので、だから、トイレ掃除にしたって、そのうち、やはり住民が手が挙がりますよ、私たち当番をやりますと。そういうところをしっかりと連携しながら住民の方と対応していくということが非常に重要じゃないかということでございます。
もう一つ。いろいろな派遣もありますけれども、人がころころ替わって誰と話をしているか分からないみたいな状況にはならない。NPOはずっとそこに基本的にいますから、信頼関係も成就できるということもございました。
次のページです。
NPOの動きみたいなところもそうなんですけれども、やはり連携をして初めてできることもたくさんございました。そのうちの一つがセントラルキッチン方式による炊き出しの実施なんですが、町の施設を開放していただいてセントラルキッチンとして整備していただいて、地元調理人を雇用する。資機材費、食材費、人件費は救助法を活用した。これをできたということがやはり非常に大きかった。
能登半島地震に関しては、御案内のとおり、救助法によるお弁当がなかなか届けられなかったんですね。それは致し方ないところもあるんですが、でも、一か月も二か月もアルファ化米で過ごしなさいということは相当健康に悪い。なので、温かい食事を外から持ってくるんじゃなくて、中から作ろう、こういう発想が生まれてきたのでございます。
それがなぜできたかというと、次のページです。
毎週火曜日に、穴水町と内閣府のリエゾン、県のリエゾン、そして私たち支援団体、社協、そういう人たちが一堂に会する時間を一時間だけ持っていただいた。ここがこの状況をつくった。要するに、官と民がちゃんと連携しなければこうしたセントラルキッチンが生まれないということですね。だから、ここの連携体制の重要性ということは非常に現場で役に立ったということでございます。
次のページ。
ただ、今申し上げたのは、私たちが考える十四分類でございますけれども、ここの、例えば、今、二番の避難所のところ、五番の食と栄養のところ、十一番の家屋保全のところだけを申し上げました。ただ、社会には様々な課題がございまして、この十四分野のそれぞれのNPOがいるわけです。それぞれの得意ジャンルを持った方々がいる。さっきのJDFですね、保健福祉のところの専門家というのがいます。
次のページをお願いします。
何回もくどいですが、個人の問題と組織の問題、両方大事なんです。両方大事なんですが、連携のを今回の登録制度に絡めるとどのように考えていけばいいのかということを考えたところ、小さく始めるということが重要だと思っています。余り大きく広げてもうまくいかないかもしれない。
なので、この左の下の方、いわゆる全国的にすぐに被災地に行ってくれるような団体、こことまずは結ぶことがいいんじゃないかと私は思っていますが、ただし、それだけでは全然不足しますので、今後、平常時の中で、やはり各都道府県ということを単位にしながら、災害中間支援組織を軸とした平時からの連携調整の深化とか強化を図っていくべきじゃないか。
右の下のNPOはたくさんありますけれども、災害時に動くかどうか分からない。だけれども、災害が起こったら、せめて自分の県が災害が起こったときには一緒にやろうよ、こういう雰囲気をどんどんつくって、そうした専門性の高いNPOの活動を被災地でも広げていく必要があるんじゃないか。先ほど申し上げたように、分野ごとにそれが必要だということ。
そして、フェーズが変化していきますから、全国からの支援から、徐々に地元の支援に変遷していきます。ここを支えるという意味でも、平時から都道府県単位でしっかりとそうした体制をつくっていくということが必要なんだと思います。
その上で、十ページ目。
二つの施策をやっていただいたことは歓迎いたしますけれども、ただ、ボランティアの交通費補助に関しましては、やはり、ボランティアの自主性、自発性、自律性、多様性を考えたときには、例えば、大学生はお金がないからこれは助かるんだという声もありますよ、あるんですが、大学生ならば、大学がきちっと支援したり、あるいは、大人にちゃんと言って資金をもらって自分たちの団体を立ち上げていくぐらいの自発性が本当はボランティアに必要なんだろうなと。これからの若い人たちが、ボランティアに行くときにいつも国からお金が出るんだみたいなことで本当にいいのかという懸念はございます。
一方で、そうした財源があるならば、今申し上げたような、平時の災害中間支援組織の推進、強化だとか、NPOの担い手育成だとか、官民連携の強化策に使うことの方がいいんじゃないかというふうに私は思っています。
登録制度に関しましても、いいんですけれども、やはり、蓋を開けたらNPOのことは知らなかった、分からないといったところがまだまだ多いと思います。
今私たちは、JVOADとしては、国としっかりと、内閣府の担当者としっかりと連携させていただいてやってはいるんですけれども、ただ、これが都道府県ならどうか。現場は市町村ですから、市町村がNPOのことを分かるということはなかなか今少ないんじゃないかということがありますので。あるいは、救助法でお金をいただくと、これは何か下請になってしまうというか。私たちはお金をもらってやることが目的じゃありませんから、やるときはやるんです、お金があってもなくても。ただし、それを補填していただければ助かることはあります。
ということで、そうした下請じゃないんだということをどうやって周知いただくか。ここにはやはり、官民の対話を継続して続けていただきたいということでございます。
最後でございます。
広域避難者への支援の課題は先ほど阪本先生も触れられましたけれども、一部改正の中で、この黒の三つのところが指摘されたところで、概要として承知しているところでございます。ただ、ここにも私は官民連携が必要だと思います。
今回、県外に避難した方々には、既に一月三日に、石川県知事から全国の市町村に、公営住宅が空いているなら貸してほしい、補填は石川県がします、こんな文書を出されて、全国に推計で七百人ぐらいが避難されています。
でも、公営住宅を貸しただけじゃ駄目なんですね。だって、私たちのような民間がしっかり関わりながらいろいろ話を聞くと、今一番欲しいのは物ではなくて輪島の空気だと言われたおばあちゃんがいましたよ。土地も何にも分からないので、ずっと閉じこもっているおじいちゃんもいましたよ。そういう方々に、お元気でしたか、大変でしたね、こういうソフト面の充実を図っていかないと、広域避難の問題はなかなか一筋縄ではいかないんじゃないか。
南トラは避難者千二百三十万人と言われていますけれども、県外避難者の問題というところに関する官民連携という議論がまだ不十分だということを私は思っていますので、また是非このことも触れさせていただける機会を頂戴いたしたいと思っております。
私からは以上でございます。失礼しました。拍手
この発言だけを見る →私は、一ページ目でございますが、全国災害ボランティア支援団体ネットワークのJVOADの代表理事を仰せつかっています。その上にあるレスキューストックヤードという、私が所属する団体の代表理事も兼務している。御縁があって代表理事を兼務させていただいていますが、いわば、レスキューストックヤードが虫の目、JVOADが鳥の目、そういう役割分担の中でこのNPO代表理事を兼務させていただいております。
二ページ目です。
このことを最初からやろうということではなくて、やはり三十年の歩みがございます。
御案内のとおり、阪神大震災はボランティア元年と呼ばれました。一方で、ボランティアセンターは今のような形ではなかったですから、ボランティアもどこに行ったらいいか分からない。そういうところで、ボランティアセンターを開設しようという動きが、二〇〇四年には社会福祉協議会が中心となって、そのボランティアセンターを設置するということが確立されていきます。
ただし、この災害ボランティアセンターでできることはやはり限界がありますので、そこに、例えば東日本大震災、先ほど沢渡さんのお話もありましたように、いろいろなNPOが入られましたということでございますが、ただ、その実態がよく分かっていない。何団体入ったのか、誰がどこでやったのかよく分かっていない。
私たちは、次の災害に向けて、このままでは支援の漏れ、むらができるんじゃないかということで、JVOADを設立をして、横の連携を深めようという活動を二〇一六年からスタートして、熊本地震では情報共有会議というのを初めて開催をして、約三百団体が集まった。今回、能登半島地震でも四百二十団体が関わっています。そういうことがやはり分かって、私たちの状況がしっかりと把握されて、そして調整されることによって、支援の漏れとむらがなくなっていくんだろうというふうに思っております。
そうした状況をつくっていったこの三十年の歩みは、原点はやはりボランティア精神ですから、自分たちも何か力になりたい、こういう真心を育んできた三十年と言ってもいいというふうに思っています。
ただ、残念なのは、この動きを全部ひっくるめてボランティアというふうになってしまっていますので、そのちょっと違いがあるんだということを御理解いただきたいための三ページでございます。
一般ボランティアは、一般ボランティアとして社協さんが対応されます。これは先ほど申し上げたとおりです。一方で、左側の、NPO、企業の集まる場所がなかった。ここをJVOADがつくりましょうということで、災害中間支援組織というところを、最低限、都道府県に一つは要るんじゃないかと。要は、いろいろなNPOのアクターがたくさんあっても、そこをどう調整していくんだということの方が重要じゃないかということもございます。今、二十三都道府県で設置されましたので、内閣府の御支援も受けながら、全県設置しようということで動きが進んでおります。
今申し上げたように、ただ、災害救援の柱は行政でありますから、行政とどうやって連携するかということは、本当に永遠の課題というか、課題がまだ山積をしている状況でございます。
ただし、被災者にとってみたら、行政であろうが、NPOであろうが、ボランティアであろうが、やはり自分たちの困り事をしっかりと解決していきたい。こういうことを三者がしっかりとベクトルを合わせて情報共有して、そして課題の解決に取り組んでいく、この姿はむしろ当たり前の状況じゃないかというふうに思います。
四ページですが、実はさっき沢渡さんも御説明されましたが、珠洲市でボランティアセンターが開設されました。ここは社協さんです。ここに、ピースボート災害ボランティア支援センター、ここはNPOです、ここがしっかりと連携をして、珠洲市のボランティアセンターに入ってきたニーズが、この左のところ、約七千三百二十七件です。このうち半分が一般ニーズ、三千九百二件。技術ニーズも三千四百二十五件。
ということは、例えば、この右側に車両救出とあるじゃないですか。これって、能登半島の方々は皆さん、納屋に軽トラックを置いてあるので、それが出れば何とか動けるんだという方々もたくさんいらっしゃった。そこをしっかりとこれ以上納屋が崩れない養生をして、それで、軽トラックが見えるところまでしっかりとチェーンソーなりいろいろなもので障害物を除去して、それをクレーン車でぐっと引っ張ってくる。こういう技術を持ったNPOがいたおかげで、二百二十六台もの軽トラックが救出されたわけですね。これで皆さん動ける。これでお母ちゃんを病院に連れていけるんだ、こういう被災者の喜びの声がすごく大きい。こんなことを誰がやってくれるでしょうか。
一般ボランティアが、今日、ボランティアセンターに並んで、じゃ、軽トラックを出してください、こんなわけにいかないですね。だから、一般のボランティアの話と専門性の高い話は違うということは、ここでよく理解いただけると思います。
次のページです。
ここもレスキューストックヤードが穴水町に入って一月三日から支援しましたけれども、やはり、食べる、出す、寝るという人間の最低限の基本すら脅かされた、その修羅場にあって、被災された方々はいろいろな役割があるんですけれども、地震直後のことの恐怖で震えて、しっかりと今までの自主防災組織の訓練等が発揮されたかというと、なかなか発揮できないんですね。そこに外部からの支援が入った。
その外部からの支援というのが、食べる、出す、寝るのノウハウをやはり持っている。これはふだんの防災、減災活動をしっかりと地元でやった精鋭たちがボランティアとして入って、そして、食べる、出す、寝るの環境を整えていきます。こうした、いっとき、があんと被災者の元々持っている力が落ちるのは当然ですが、そこの何かの穴埋めをしなきゃいけないというところにNPOの果たした役割は非常に大きいということ。
そして、私たちの注意点は、ボランティアとかNPOだからといって、何でもかんでもやってあげるじゃなくて、できれば一緒にやる、一緒に活動する。ここを目指さないと、ボランティアがいなくなったら何もできないとなりますので、だから、トイレ掃除にしたって、そのうち、やはり住民が手が挙がりますよ、私たち当番をやりますと。そういうところをしっかりと連携しながら住民の方と対応していくということが非常に重要じゃないかということでございます。
もう一つ。いろいろな派遣もありますけれども、人がころころ替わって誰と話をしているか分からないみたいな状況にはならない。NPOはずっとそこに基本的にいますから、信頼関係も成就できるということもございました。
次のページです。
NPOの動きみたいなところもそうなんですけれども、やはり連携をして初めてできることもたくさんございました。そのうちの一つがセントラルキッチン方式による炊き出しの実施なんですが、町の施設を開放していただいてセントラルキッチンとして整備していただいて、地元調理人を雇用する。資機材費、食材費、人件費は救助法を活用した。これをできたということがやはり非常に大きかった。
能登半島地震に関しては、御案内のとおり、救助法によるお弁当がなかなか届けられなかったんですね。それは致し方ないところもあるんですが、でも、一か月も二か月もアルファ化米で過ごしなさいということは相当健康に悪い。なので、温かい食事を外から持ってくるんじゃなくて、中から作ろう、こういう発想が生まれてきたのでございます。
それがなぜできたかというと、次のページです。
毎週火曜日に、穴水町と内閣府のリエゾン、県のリエゾン、そして私たち支援団体、社協、そういう人たちが一堂に会する時間を一時間だけ持っていただいた。ここがこの状況をつくった。要するに、官と民がちゃんと連携しなければこうしたセントラルキッチンが生まれないということですね。だから、ここの連携体制の重要性ということは非常に現場で役に立ったということでございます。
次のページ。
ただ、今申し上げたのは、私たちが考える十四分類でございますけれども、ここの、例えば、今、二番の避難所のところ、五番の食と栄養のところ、十一番の家屋保全のところだけを申し上げました。ただ、社会には様々な課題がございまして、この十四分野のそれぞれのNPOがいるわけです。それぞれの得意ジャンルを持った方々がいる。さっきのJDFですね、保健福祉のところの専門家というのがいます。
次のページをお願いします。
何回もくどいですが、個人の問題と組織の問題、両方大事なんです。両方大事なんですが、連携のを今回の登録制度に絡めるとどのように考えていけばいいのかということを考えたところ、小さく始めるということが重要だと思っています。余り大きく広げてもうまくいかないかもしれない。
なので、この左の下の方、いわゆる全国的にすぐに被災地に行ってくれるような団体、こことまずは結ぶことがいいんじゃないかと私は思っていますが、ただし、それだけでは全然不足しますので、今後、平常時の中で、やはり各都道府県ということを単位にしながら、災害中間支援組織を軸とした平時からの連携調整の深化とか強化を図っていくべきじゃないか。
右の下のNPOはたくさんありますけれども、災害時に動くかどうか分からない。だけれども、災害が起こったら、せめて自分の県が災害が起こったときには一緒にやろうよ、こういう雰囲気をどんどんつくって、そうした専門性の高いNPOの活動を被災地でも広げていく必要があるんじゃないか。先ほど申し上げたように、分野ごとにそれが必要だということ。
そして、フェーズが変化していきますから、全国からの支援から、徐々に地元の支援に変遷していきます。ここを支えるという意味でも、平時から都道府県単位でしっかりとそうした体制をつくっていくということが必要なんだと思います。
その上で、十ページ目。
二つの施策をやっていただいたことは歓迎いたしますけれども、ただ、ボランティアの交通費補助に関しましては、やはり、ボランティアの自主性、自発性、自律性、多様性を考えたときには、例えば、大学生はお金がないからこれは助かるんだという声もありますよ、あるんですが、大学生ならば、大学がきちっと支援したり、あるいは、大人にちゃんと言って資金をもらって自分たちの団体を立ち上げていくぐらいの自発性が本当はボランティアに必要なんだろうなと。これからの若い人たちが、ボランティアに行くときにいつも国からお金が出るんだみたいなことで本当にいいのかという懸念はございます。
一方で、そうした財源があるならば、今申し上げたような、平時の災害中間支援組織の推進、強化だとか、NPOの担い手育成だとか、官民連携の強化策に使うことの方がいいんじゃないかというふうに私は思っています。
登録制度に関しましても、いいんですけれども、やはり、蓋を開けたらNPOのことは知らなかった、分からないといったところがまだまだ多いと思います。
今私たちは、JVOADとしては、国としっかりと、内閣府の担当者としっかりと連携させていただいてやってはいるんですけれども、ただ、これが都道府県ならどうか。現場は市町村ですから、市町村がNPOのことを分かるということはなかなか今少ないんじゃないかということがありますので。あるいは、救助法でお金をいただくと、これは何か下請になってしまうというか。私たちはお金をもらってやることが目的じゃありませんから、やるときはやるんです、お金があってもなくても。ただし、それを補填していただければ助かることはあります。
ということで、そうした下請じゃないんだということをどうやって周知いただくか。ここにはやはり、官民の対話を継続して続けていただきたいということでございます。
最後でございます。
広域避難者への支援の課題は先ほど阪本先生も触れられましたけれども、一部改正の中で、この黒の三つのところが指摘されたところで、概要として承知しているところでございます。ただ、ここにも私は官民連携が必要だと思います。
今回、県外に避難した方々には、既に一月三日に、石川県知事から全国の市町村に、公営住宅が空いているなら貸してほしい、補填は石川県がします、こんな文書を出されて、全国に推計で七百人ぐらいが避難されています。
でも、公営住宅を貸しただけじゃ駄目なんですね。だって、私たちのような民間がしっかり関わりながらいろいろ話を聞くと、今一番欲しいのは物ではなくて輪島の空気だと言われたおばあちゃんがいましたよ。土地も何にも分からないので、ずっと閉じこもっているおじいちゃんもいましたよ。そういう方々に、お元気でしたか、大変でしたね、こういうソフト面の充実を図っていかないと、広域避難の問題はなかなか一筋縄ではいかないんじゃないか。
南トラは避難者千二百三十万人と言われていますけれども、県外避難者の問題というところに関する官民連携という議論がまだ不十分だということを私は思っていますので、また是非このことも触れさせていただける機会を頂戴いたしたいと思っております。
私からは以上でございます。失礼しました。拍手
金
金
平
平沼正二郎#11
○平沼委員 おはようございます。自由民主党の平沼正二郎でございます。
今日は、参考人の皆様方、お忙しい中、こうして御足労いただきまして、そして、それぞれからの知見のある御意見をいただきましたことを改めて心より御礼を申し上げる次第でございます。
私も、能登半島地震発災当時、防災担当の政務官として現地対策本部にも入らせていただきましたし、ここにいる理事の古賀先生とも一緒に、現地対策本部長として現場の対応に当たらせていただきました。今日は、本当にいろいろな、当時のことも思い出しながらお話をお伺いしておりましたけれども、その中において、その教訓も踏まえてということで、今回、この基本法の改正という形になっているわけでございます。
その中で、ちょっとそれぞれの参考人の皆様方にまずお伺いをしたいのは、今回、この改正の中において、先ほど来からありますとおり、被災者援護協力団体の登録制度というのを設けるという形になりました。当然のことながら、今回、災害の中においても様々な皆様方に自主的また要望を含めて御協力をいただいたわけでございますけれども、こうしたものをもう少ししっかりと明確化して、しっかりと入っていただこう、そして御協力をいただこうということになっているわけでございますけれども、これも先ほど来何人かの参考人の皆様方からありましたけれども、これは登録するだけではなくてやはり実効性のあるものにしていかなければならないと考えております。
登録だけをしてあっても、実際にどういったところが協力体制で動けるのか、どういったところに連携、例えば先般もこちらも古賀先生と一緒に現地にも改めて入らせていただいたんですけれども、当時とはまたフェーズが変わってきておりまして、フェーズごとに対応の内容が非常に変化をしているわけでございますので、今回の登録制度に関して、やはり実効性を担保するという観点から、それぞれの参考人のお立場からちょっと御意見をいただければなと思っております。よろしくお願いいたします。
この発言だけを見る →今日は、参考人の皆様方、お忙しい中、こうして御足労いただきまして、そして、それぞれからの知見のある御意見をいただきましたことを改めて心より御礼を申し上げる次第でございます。
私も、能登半島地震発災当時、防災担当の政務官として現地対策本部にも入らせていただきましたし、ここにいる理事の古賀先生とも一緒に、現地対策本部長として現場の対応に当たらせていただきました。今日は、本当にいろいろな、当時のことも思い出しながらお話をお伺いしておりましたけれども、その中において、その教訓も踏まえてということで、今回、この基本法の改正という形になっているわけでございます。
その中で、ちょっとそれぞれの参考人の皆様方にまずお伺いをしたいのは、今回、この改正の中において、先ほど来からありますとおり、被災者援護協力団体の登録制度というのを設けるという形になりました。当然のことながら、今回、災害の中においても様々な皆様方に自主的また要望を含めて御協力をいただいたわけでございますけれども、こうしたものをもう少ししっかりと明確化して、しっかりと入っていただこう、そして御協力をいただこうということになっているわけでございますけれども、これも先ほど来何人かの参考人の皆様方からありましたけれども、これは登録するだけではなくてやはり実効性のあるものにしていかなければならないと考えております。
登録だけをしてあっても、実際にどういったところが協力体制で動けるのか、どういったところに連携、例えば先般もこちらも古賀先生と一緒に現地にも改めて入らせていただいたんですけれども、当時とはまたフェーズが変わってきておりまして、フェーズごとに対応の内容が非常に変化をしているわけでございますので、今回の登録制度に関して、やはり実効性を担保するという観点から、それぞれの参考人のお立場からちょっと御意見をいただければなと思っております。よろしくお願いいたします。
阪
阪本真由美#12
○阪本参考人 どうもありがとうございます。
おっしゃるとおり、登録制度については、災害対応のフェーズに応じたものにする必要があると思います。特に災害発生直後というのはスピード感が求められます。また、先ほどから話にある瓦れきの除去であったり、避難している方をサポートできる避難所支援ができる団体が有効だと考えます。
その一方で、時間が経過すると生業への支援というのが重要になっています。ですので、農業作業ができるボランティアであったり、地域の活性化に結びつく活動ができる団体などが重要になってくると思います。ですので、災害発生後のタイムラインを見ながら、それぞれの段階に応じて、現在足りているものは何か、足りていないものは何かをきちんと整理して、十分ではない分野については人材育成を拡充していくというのが大事になると思います。
以上です。
この発言だけを見る →おっしゃるとおり、登録制度については、災害対応のフェーズに応じたものにする必要があると思います。特に災害発生直後というのはスピード感が求められます。また、先ほどから話にある瓦れきの除去であったり、避難している方をサポートできる避難所支援ができる団体が有効だと考えます。
その一方で、時間が経過すると生業への支援というのが重要になっています。ですので、農業作業ができるボランティアであったり、地域の活性化に結びつく活動ができる団体などが重要になってくると思います。ですので、災害発生後のタイムラインを見ながら、それぞれの段階に応じて、現在足りているものは何か、足りていないものは何かをきちんと整理して、十分ではない分野については人材育成を拡充していくというのが大事になると思います。
以上です。
大
大野健志#13
○大野参考人 ありがとうございます。
ニーズ把握の難しさということを感じています。能登は優しや土までもという言葉を支援の中で知りました。優しい方が本当に多いんですけれども、本当にそのことが遠慮や我慢につながっているということを感じました。奥能登が大変だからといって、皆さん、奥能登を助けてあげてほしいというふうに言われていました。輪島に行ったら珠洲が大変だから、珠洲に行ったら輪島が大変だからということを言われました。このことは、東日本大震災のときに内陸よりも沿岸部をというような言葉であったりとか、熊本地震の益城町をという言葉ともつながるなというふうに思っています。
だから、何度も何度も訪問をしてお話をして、その積み重ねの中でぽろっと本音を言って、そういった中でこういうニーズがあるんだということを知って入っていく、一度だけ行くのではなくて、何度も何度もフェーズごとに行ってニーズをつかんでいくということが大事だなというふうに思っています。
以上です。
この発言だけを見る →ニーズ把握の難しさということを感じています。能登は優しや土までもという言葉を支援の中で知りました。優しい方が本当に多いんですけれども、本当にそのことが遠慮や我慢につながっているということを感じました。奥能登が大変だからといって、皆さん、奥能登を助けてあげてほしいというふうに言われていました。輪島に行ったら珠洲が大変だから、珠洲に行ったら輪島が大変だからということを言われました。このことは、東日本大震災のときに内陸よりも沿岸部をというような言葉であったりとか、熊本地震の益城町をという言葉ともつながるなというふうに思っています。
だから、何度も何度も訪問をしてお話をして、その積み重ねの中でぽろっと本音を言って、そういった中でこういうニーズがあるんだということを知って入っていく、一度だけ行くのではなくて、何度も何度もフェーズごとに行ってニーズをつかんでいくということが大事だなというふうに思っています。
以上です。
沢
沢渡一登#14
○沢渡参考人 登録制度をより実効性のあるものにするというところでは、先ほどの発言の繰り返しになりますけれども、カテゴリーごとのネットワーキングがとても重要だと思いますので、発災前から、日頃から顔の見える関係性というのをしっかりつくっていくことが重要じゃないかと思います。
あと、国の担当の方は比較的短いスパンで替わることが多いとは思うんですけれども、やはりそこでちょっと、ノウハウがちゃんと蓄積されるように、ある程度長期的なところで関わっていただけるといいのかなというふうに考えております。
以上でございます。
この発言だけを見る →あと、国の担当の方は比較的短いスパンで替わることが多いとは思うんですけれども、やはりそこでちょっと、ノウハウがちゃんと蓄積されるように、ある程度長期的なところで関わっていただけるといいのかなというふうに考えております。
以上でございます。
栗
栗田暢之#15
○栗田参考人 私も、国レベルの対応と、あと都道府県レベルの対応の両方が必要じゃないかというふうに思っています。
ふだんから顔の見える関係、平常時の構築をしていくのは基本は都道府県、本当は市町村がいいんでしょうけれどもなかなか難しいかもしれないので、せめて都道府県単位で、こうしたNPOの登録制度をしっかりと都道府県が把握して、災害時のときには一緒にやろうということを平時から、やはり顔の見える関係を構築していくことが非常に重要じゃないかなというふうに思います。
この発言だけを見る →ふだんから顔の見える関係、平常時の構築をしていくのは基本は都道府県、本当は市町村がいいんでしょうけれどもなかなか難しいかもしれないので、せめて都道府県単位で、こうしたNPOの登録制度をしっかりと都道府県が把握して、災害時のときには一緒にやろうということを平時から、やはり顔の見える関係を構築していくことが非常に重要じゃないかなというふうに思います。
平
平沼正二郎#16
○平沼委員 ありがとうございます。
改めて、やはり実効性を持たせるためには、それぞれの知見をいただいたことから、それぞれ様々な状況が生まれますので、やはりそこに平時からの連携の必要性というのを非常に今感じた次第でございます。
続きまして、これは先ほどの質問ともちょっと関連をするんですけれども、先ほど来から、平時からの連携が非常に重要であるということでございます。これも参考人の御意見の中にもありましたけれども、やはり自治体が最初は協力してという形になるんですけれども、なかなか、自治体も被災しているということにおいて、そこの、フェーズフリーにいろいろと災害対応を移行させていくというのが大変重要であると思っております。
そして、今日の御意見を伺った中でちょっと感じたのが、ボランティアといっても様々であるということでありまして、特に強調されていましたのが、専門性のあるボランティアというものと、いわゆる一般ボランティアと呼ぶのが正しいのか分からないんですけれども、というのがいらっしゃるということで、やはり、自治体、そして専門ボランティア、一般ボランティアというこの連携をつくっていかないといけないと思っておるんです。
ここはちょっと沢渡参考人と栗田参考人にお伺いしたいんですけれども、先ほど来ちょっとお話もありましたけれども、自治体と専門NPO、そして専門ボランティアというのはお話があったんですけれども、ここと専門ボランティアと一般ボランティアということの連携性というのはどういうふうに構築していく、また、どういったフェーズでどういうふうに移行していくというところを是非お伺いをできればなと思います。
この発言だけを見る →改めて、やはり実効性を持たせるためには、それぞれの知見をいただいたことから、それぞれ様々な状況が生まれますので、やはりそこに平時からの連携の必要性というのを非常に今感じた次第でございます。
続きまして、これは先ほどの質問ともちょっと関連をするんですけれども、先ほど来から、平時からの連携が非常に重要であるということでございます。これも参考人の御意見の中にもありましたけれども、やはり自治体が最初は協力してという形になるんですけれども、なかなか、自治体も被災しているということにおいて、そこの、フェーズフリーにいろいろと災害対応を移行させていくというのが大変重要であると思っております。
そして、今日の御意見を伺った中でちょっと感じたのが、ボランティアといっても様々であるということでありまして、特に強調されていましたのが、専門性のあるボランティアというものと、いわゆる一般ボランティアと呼ぶのが正しいのか分からないんですけれども、というのがいらっしゃるということで、やはり、自治体、そして専門ボランティア、一般ボランティアというこの連携をつくっていかないといけないと思っておるんです。
ここはちょっと沢渡参考人と栗田参考人にお伺いしたいんですけれども、先ほど来ちょっとお話もありましたけれども、自治体と専門NPO、そして専門ボランティアというのはお話があったんですけれども、ここと専門ボランティアと一般ボランティアということの連携性というのはどういうふうに構築していく、また、どういったフェーズでどういうふうに移行していくというところを是非お伺いをできればなと思います。
沢
沢渡一登#17
○沢渡参考人 一般ボランティア、専門ボランティアと分かれておりますけれども、基本的には入口の違いかなと思っておりまして、一般ボランティアは、基本的には社会福祉協議会さんが立ち上げる災害ボランティアセンターに個人で行くということですけれども、それぞれのボランティア団体も当然ボランティアで構成されていますので、我々もボランティア団体の一つとして、日本財団ボランティアセンターとしても、ボランティアの募集をして自分たちで自己完結で現場をコーディネートするということもございますので、そういった入口の違いなのかなと思います。
なかなか、一般の方が被災地に自己完結で行くというのはかなりハードルの高いことではございますので、逆にNPOなどのボランティア募集の方が、例えば、東京から一緒に行くとか、装備を貸すことができたりとか、そういう意味では参加のハードルは低いのかなと思いますので、ボランティアという、長期的に災害地に関わらないといけないと思いますので、そういうところでは、ボランティアをしたい方がその都度、災害ボランティアセンターなのか、ボランティア団体、NPOにするのかとか、チョイスするということがあるのかなと思います。
この発言だけを見る →なかなか、一般の方が被災地に自己完結で行くというのはかなりハードルの高いことではございますので、逆にNPOなどのボランティア募集の方が、例えば、東京から一緒に行くとか、装備を貸すことができたりとか、そういう意味では参加のハードルは低いのかなと思いますので、ボランティアという、長期的に災害地に関わらないといけないと思いますので、そういうところでは、ボランティアをしたい方がその都度、災害ボランティアセンターなのか、ボランティア団体、NPOにするのかとか、チョイスするということがあるのかなと思います。
栗
栗田暢之#18
○栗田参考人 私の場合も、一般ボランティアのやはりこうした真心を持った行動というのは非常に重要なので、そこは育んでいただきたい。ボランティアセンターとしてしっかりと社協が対応していただきますので、そこに多くの方が集まるということと、私たちのようなNPOという方たちとの連携というのがやはりないといけない。
被災された方にとってみたら、どちらがやってくれてもいいんですよ。だけれども、私たちが連携することによって更にやれることが増えたといいますか、例えば、今までの、専門NPOがまだこれだけ成就していないときには、社協ボランティアセンターでは、これ以上のことはできませんというふうに、ノーを突きつけていたんですね。例えば床下の対応とか屋根瓦を直すとか、そういうことはちょっと難しいじゃないですか。でも、それもできる人たちがどんどん育って、今日に至っていますので。
社協ボランティアセンターの、やはり地元の社協はニーズを受けやすいですから、地元ですからね。だから、私たちのようなよそ者が入っていっても、あんたたち誰やと住民が思いますから。だけれども、社協と連携をしてちゃんとやるということの中で、でも、社協は、一般ボランティアはできませんからと断っていた時代から、どんどんできる範囲が広がっていった。というのは、社協と専門性の高いNPOとちゃんと連携するから、一般ではできないけれどもこっちに聞いてみるね、そういうことができたのが先ほどの珠洲の事例であったりするわけですね。
一方で、もう一言だけ加えさせていただくと、私たちNPOにとっても、たくさん人がいるときとかイベントをやるときに、皆さん何かいろいろ手伝ってほしいというときには、地元のボランティアセンターに言うと、NPOのイベントにもいろいろ、ボランティアセンターから人を派遣していただいたり、したりされたり、こういう関係が、人の融通みたいなところが非常に連携すればできるということ。
プラスして、行政と連携しなきゃいけないとも思っていて、例えば、救助法が適用されますと、住宅の応急修理制度で七十万六千円でしたっけ、今ありますけれども、要するに、半壊以上の家に対してそういう制度がありますよというのは法律で決まっていますから、ボランティアだろうとNPOであろうと、そこをちゃんと理解しながら行くと、いや、これはちゃんと国が直してくれるよとか話もできるじゃないですか。ある程度私たちもそういう知識を持っていろいろ対応する、そこにはやはり行政がしっかり私たちのところにいていただかないと。一回行っても分からないので、多分、行政も紙を配るだけなので、あれじゃなかなか理解できないというところで、場合によっては司法の先生方を呼んで説明会を開いてあげたりということも、ボランティアセンターとNPOと行政と連携でもできますからね。
そういう意味では、被災者を真ん中に置いて、そこに対してどこができるんだろうかということに対しての連携というのは不可欠だなというふうには感じています。
この発言だけを見る →被災された方にとってみたら、どちらがやってくれてもいいんですよ。だけれども、私たちが連携することによって更にやれることが増えたといいますか、例えば、今までの、専門NPOがまだこれだけ成就していないときには、社協ボランティアセンターでは、これ以上のことはできませんというふうに、ノーを突きつけていたんですね。例えば床下の対応とか屋根瓦を直すとか、そういうことはちょっと難しいじゃないですか。でも、それもできる人たちがどんどん育って、今日に至っていますので。
社協ボランティアセンターの、やはり地元の社協はニーズを受けやすいですから、地元ですからね。だから、私たちのようなよそ者が入っていっても、あんたたち誰やと住民が思いますから。だけれども、社協と連携をしてちゃんとやるということの中で、でも、社協は、一般ボランティアはできませんからと断っていた時代から、どんどんできる範囲が広がっていった。というのは、社協と専門性の高いNPOとちゃんと連携するから、一般ではできないけれどもこっちに聞いてみるね、そういうことができたのが先ほどの珠洲の事例であったりするわけですね。
一方で、もう一言だけ加えさせていただくと、私たちNPOにとっても、たくさん人がいるときとかイベントをやるときに、皆さん何かいろいろ手伝ってほしいというときには、地元のボランティアセンターに言うと、NPOのイベントにもいろいろ、ボランティアセンターから人を派遣していただいたり、したりされたり、こういう関係が、人の融通みたいなところが非常に連携すればできるということ。
プラスして、行政と連携しなきゃいけないとも思っていて、例えば、救助法が適用されますと、住宅の応急修理制度で七十万六千円でしたっけ、今ありますけれども、要するに、半壊以上の家に対してそういう制度がありますよというのは法律で決まっていますから、ボランティアだろうとNPOであろうと、そこをちゃんと理解しながら行くと、いや、これはちゃんと国が直してくれるよとか話もできるじゃないですか。ある程度私たちもそういう知識を持っていろいろ対応する、そこにはやはり行政がしっかり私たちのところにいていただかないと。一回行っても分からないので、多分、行政も紙を配るだけなので、あれじゃなかなか理解できないというところで、場合によっては司法の先生方を呼んで説明会を開いてあげたりということも、ボランティアセンターとNPOと行政と連携でもできますからね。
そういう意味では、被災者を真ん中に置いて、そこに対してどこができるんだろうかということに対しての連携というのは不可欠だなというふうには感じています。
平
平沼正二郎#19
○平沼委員 ありがとうございます。非常に参考になる御意見をいただいたと思っております。
同じことをやはり繰り返してはいけないんだなと思っております。私も現場に入ったときに思いましたけれども、やはり、今まで起こっていたことを次は起こさない、これが教訓なんだと思っております。やはり、そういった教訓を平時から培っていって連携を強化していくことが、真なる減災、防災の対応なのかなと思っております。
そして、ちょっと時間もないんですけれども、最後にちょっとお伺いしたいんですけれども、これは参考人の皆様全員にお伺いしたいんですけれども、将来、南海トラフ、いわゆる首都直下というのがありますけれども、ここにおいて、教訓を生かすという意味では何が重要かとお考えになるかというのを簡単にお伺いできればと思いますので、よろしくお願いいたします。
この発言だけを見る →同じことをやはり繰り返してはいけないんだなと思っております。私も現場に入ったときに思いましたけれども、やはり、今まで起こっていたことを次は起こさない、これが教訓なんだと思っております。やはり、そういった教訓を平時から培っていって連携を強化していくことが、真なる減災、防災の対応なのかなと思っております。
そして、ちょっと時間もないんですけれども、最後にちょっとお伺いしたいんですけれども、これは参考人の皆様全員にお伺いしたいんですけれども、将来、南海トラフ、いわゆる首都直下というのがありますけれども、ここにおいて、教訓を生かすという意味では何が重要かとお考えになるかというのを簡単にお伺いできればと思いますので、よろしくお願いいたします。
阪
大
沢
栗
平
金
齋
齋藤裕喜#26
○齋藤(裕)委員 立憲民主党の齋藤裕喜と申します。
本日、参考人の方々、お忙しい中お越しいただきまして、誠にありがとうございます。
何度もこの委員会では、私は、福島の原子力災害地から一番近い国会議員として、今現在も七キロぐらいのところに住んでいますが、この間、東日本大震災でも当然被災をしましたし、豪雨災害にいわき市等で見舞われたときには、私も救助に行ったりとかいろいろさせていただいた中で、人の命の問題について、先ほどからお話を参考人の方々からいただいておりますが、させていただきたいと思います。
特に、災害発生時に、豪雨とかそういったときには、地域全体、何万人避難しろというのがNHKの避難情報で出されるんですけれども、皆さん必ず戸惑うのは、どこに行ったらいいのかというのは、避難所は分かっているんですけれども、実際問題として、避難所に行ったらもう受け入れていただけないというところが大半でして、私も実際、豪雨のときに避難した際に、寝たのはやはり車の中でした。車の中で一夜を明かしてそれで難をしのいだというのもありますが、その中で、命を大切にするという意味では、見えない避難者について、参考人の方々にも是非、アドバイスと現状とこれからの対応についてお聞きしたいと思っているんです。
今回、災害対策基本法の中に、福祉サービスの提供という文言が、それぞれ災害救助法と災害対策基本法に追加されたと思うんです。これは非常に重要なことだと思うんですけれども、要支援者、例えば、乳幼児、妊婦、高齢者、障害者、この中で、それぞれ避難所があるに当たって、指定避難所、福祉避難所、周産期避難所というのがあると思うんですけれども、皆さん御活動されて、そういったものについて、一次避難ですね、避難場所としてそういう場所に誘導するに当たってどういう障害があったのか、皆さん、ちょっと教えていただけますでしょうか。よろしくお願いします。それぞれお願いします。
この発言だけを見る →本日、参考人の方々、お忙しい中お越しいただきまして、誠にありがとうございます。
何度もこの委員会では、私は、福島の原子力災害地から一番近い国会議員として、今現在も七キロぐらいのところに住んでいますが、この間、東日本大震災でも当然被災をしましたし、豪雨災害にいわき市等で見舞われたときには、私も救助に行ったりとかいろいろさせていただいた中で、人の命の問題について、先ほどからお話を参考人の方々からいただいておりますが、させていただきたいと思います。
特に、災害発生時に、豪雨とかそういったときには、地域全体、何万人避難しろというのがNHKの避難情報で出されるんですけれども、皆さん必ず戸惑うのは、どこに行ったらいいのかというのは、避難所は分かっているんですけれども、実際問題として、避難所に行ったらもう受け入れていただけないというところが大半でして、私も実際、豪雨のときに避難した際に、寝たのはやはり車の中でした。車の中で一夜を明かしてそれで難をしのいだというのもありますが、その中で、命を大切にするという意味では、見えない避難者について、参考人の方々にも是非、アドバイスと現状とこれからの対応についてお聞きしたいと思っているんです。
今回、災害対策基本法の中に、福祉サービスの提供という文言が、それぞれ災害救助法と災害対策基本法に追加されたと思うんです。これは非常に重要なことだと思うんですけれども、要支援者、例えば、乳幼児、妊婦、高齢者、障害者、この中で、それぞれ避難所があるに当たって、指定避難所、福祉避難所、周産期避難所というのがあると思うんですけれども、皆さん御活動されて、そういったものについて、一次避難ですね、避難場所としてそういう場所に誘導するに当たってどういう障害があったのか、皆さん、ちょっと教えていただけますでしょうか。よろしくお願いします。それぞれお願いします。
阪
阪本真由美#27
○阪本参考人 指定避難所以外の一次避難所については集会所などが使われる事例が多いんですが、そういうところには支援が届きにくいという課題があります。行政からの物資が届かない、食料が届かない、自分たちで何とかして生活しているのが現状です。
ですので、そういうところへも支援が届かせられる仕組みが必要になると思います。
この発言だけを見る →ですので、そういうところへも支援が届かせられる仕組みが必要になると思います。
大
大野健志#28
○大野参考人 大野ですけれども、映画「星に語りて」というのがありますけれども、そこの中のせりふで、障害者が消えたというせりふがあります。避難所を回っても障害のある人がいない。なぜか。バリアフリーではなかったりとか、大きな声を出してしまう障害のある人とか不安定になってしまう人、そういった人たちが避難所で生活することが難しいという実態が、東日本、熊本、能登でもありました。ここをどうインクルーシブな避難所にしていくのか、とても大事なことかなというふうに考えています。
この発言だけを見る →沢
沢渡一登#29
○沢渡参考人 まさに、技術系NPOとして現場に入っていると、見えない避難者に遭遇することがたくさんございます。やはり、迷惑をかけられないということで、在宅避難を続けている方に多く遭遇します。
能登半島地震では、おばあちゃんが、ここが私の死に場なんだと言って、どうしても避難所に移動してくれなかったというケースがありましたので、技術系のボランティアと力を合わせて、そのおばあちゃまの家を少しでも直して住みやすいような、そこでの避難生活を続けられるような環境整備というのを行ったという事例がございます。
この発言だけを見る →能登半島地震では、おばあちゃんが、ここが私の死に場なんだと言って、どうしても避難所に移動してくれなかったというケースがありましたので、技術系のボランティアと力を合わせて、そのおばあちゃまの家を少しでも直して住みやすいような、そこでの避難生活を続けられるような環境整備というのを行ったという事例がございます。