山本健人の発言 (憲法審査会)
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○参考人(山本健人君) 本日は、参議院憲法審査会という貴重な場で意見を述べる機会を賜り、大変光栄に存じます。
私は憲法学を専門としており、本日の議題との関係では、デジタル立憲主義という観点から、デジタル空間を立憲化するための憲法理論について検討をしてまいりました。
本日は、より具体的な問題として、憲法学の観点から、日本国憲法の改正手続に関する法律の下で実施されることになる国民投票において、インターネット上の偽情報等への対策をどのように考えるべきかという論点について私見を述べさせていただきます。
私の意見の概要を簡単にまとめますと、まず、この問題については、現時点で決定打となる対策はなく、様々な対策を多面的、同時並行的に実施していくほかないというふうに考えております。対策の検討に当たっては、想定される対策の効果及び選挙運動の自由、表現の自由に与える影響を考慮し、何を実施し、何を実施しないかを検討すべきというふうに考えます。
他方で、国民投票の実施に際して、国家が偽情報等への対策をすることは望ましいというふうに考えます。また、選挙の公正や有権者の判断の自由の確保といった対策を行うための正当な理由も存在しているというふうに考えます。
なお、偽情報やフェイクニュースという言葉の定義自体にも議論があるところですが、以下では基本的には偽情報と呼ばれるものを念頭に置きます。ただし、私の資料の一ページ目、そして二ページ目の図にあるとおり、それぞれは重なり合う概念であるため、対策ごとに対象とする情報のどの側面にフォーカスするかを意識しておく必要があるというふうに考えます。
それでは、時間も限られておりますので、2の対策の基本的方向性に進みます。
インターネット上の偽情報等の根絶や影響力の無効化はほぼ不可能だと思われます。その根絶を目標に設定できない中で、基本的な対策は次の三つの方向性になるというふうに考えております。
第一に、偽情報等の量あるいは接触機会を減らすという方向性です。第二に、正確な情報やファクトチェック記事の配信によって偽情報等に対抗する言論を増やすという方向性。そして第三に、情報受領者のメディアリテラシーやICTリテラシーを高めるという方向性です。
いずれの方向性も重要ですが、憲法学の観点からは第一、第二の方向性について慎重な検討が必要になるというふうに考えられます。本日はこの第一、第二の点について意見を述べたいというふうに考えております。
また、インターネット上の偽情報等がSNS等のプラットフォーム事業者の提供するサービスを通じて流通、拡散することを踏まえれば、対策の検討に当たっては対策のターゲットを念頭に置いていくことも重要と考えます。すなわち、各対策のターゲットが偽情報等の発信者なのか、SNS等のサービスを展開するプラットフォーム事業者なのか、SNS等を利用して情報を摂取するユーザーのいずれになるのかという、こういう視点ということになります。
それでは、3のところに入ります。
この方向性の対策としては、選挙時ないし国民投票時における偽情報等の違法化というものが挙げられます。
選挙や国民投票に際して偽情報等を発信することが違法であれば、偽情報等の発信者に対して当該発信を思いとどまらせることになります。
この点、公職選挙法は二百三十五条で虚偽事項公表罪を規定しています。同条についてかつて最高裁は、選挙人の候補者に対する公正な判断を誤らしめないようにするための一連の規定というふうに評価して、選挙人の判断の自由を保護しようとするものだというふうに述べております。
これと対比したとき、現行の国民投票法では同様の規定が欠けております。公職選挙法は公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者に関する虚偽事項の公表を問題にしているため、そのまま国民投票法にこの規定をスライドすることはできません。国民投票法では、国民投票の論点に関する虚偽事項の公表を規律する条項が必要になるのではないかというふうに考えます。
ただし、注意が必要なのは、国民投票においていかなる事項を虚偽事項として絞り込むかということになります。例えば、発議された憲法改正原案など正本が存在していて、それとの対比によって客観的かつ明らかに真偽が判断できるものなどをこれに指定することは問題ないというふうに思われます。しかし、それを超えて何を指定するのかや、事実をゆがめることのような解釈の余地のある範疇というものを認めるのか、こういった点は表現の自由との関係で慎重な検討が必要になるというふうに考えます。また、少なくとも、意見、評価を指定することは困難というふうに考えます。
この点、虚偽の表現も表現の自由の保護の対象になるとの見解がありますが、その保護が強力なものになるとは考え難く、有権者の判断の自由や選挙の公正といった正当な規制利益に基づき適切に絞り込まれた規制であれば、虚偽の表現の制約は正当化の余地があるというふうに考えます。
次に、この方向性では、偽情報等の削除ということも想定される対策になろうかと思います。
といいますのは、国民投票時に偽情報等を発信することを違法とすれば、当然罰則を科すことになりますし、事後的に発信者の責任を追及することは可能となるわけですが、国民投票時に偽情報等の影響を受けて有権者が投票したことが事後的に明らかになったとしても、投票結果は覆らないということになるからです。
そのため、違法化した偽情報等については、国民投票の期間中、迅速な対応義務あるいは削除義務をプラットフォーム事業者に課すべきとの主張があり得ます。ただ、これには、選挙運動の自由、表現の自由との関係で更なる検討が必要と思われます。といいますのは、削除は表現の可視性に直接的な影響を与えることになるため、事後的に虚偽でないと反対に明らかになった場合、当該表現が国民投票で持つはずだった影響力を不当に排除することになるためです。
一般的に、偽情報等には、もう明らかな虚偽事項から真偽不明な情報まで幅広いグラデーションがあり、直ちに真偽を判断することが困難なケースが多いというふうに言えます。違法化の範囲をどの程度絞り込むかとも関連しますが、削除を義務付けられるのは、客観的かつ明確に虚偽事項該当性を判断できるものに限定されるというふうに考えます。
なお、違法化されていない有害な偽情報等については、削除を含む対応義務を課すことは困難というふうに考えます。有害な偽情報等については、プラットフォーム事業者に対して、例えば真偽不明の情報などに警告表示のラベルを付す等の対応を求めるといった対策もあり得るかと思いますが、これは基本的には自主的な対応を促す方向性ということになろうかと思われます。
三つ目としまして、国民投票運動のための広告規制という対策もあります。
国民投票運動は原則として自由に行うことができるというふうにされておりますが、例外的に、投票期日の十四日前から国民投票運動のための広告放送を制限しています。その趣旨は、時として国民の感情に訴え、扇情的なものとなる可能性もある放送メディアの広告については、全く規制がない場合、国民の冷静な判断を阻害するおそれがあるというふうに説明されております。
この点、インターネットを介したデジタル広告は、この趣旨とほぼ完全に整合する懸念を持つというふうに考えられます。
現在のデジタル広告ではターゲティング技術が利用可能となっておりまして、広告の出稿者は、有権者の属性や特性を分析し、各有権者グループに効果的にリーチするようにカスタマイズした広告を表示させることが可能となっております。そして、デジタル広告に偽情報などを含ませ、有権者を誘導、操作するように活用されることがあれば、デジタル広告の持つ懸念が強調されます。ケンブリッジ・アナリティカ事件などを思い起こせば、この懸念は現実に起こり得るものと想定しておくべきというふうに思われます。
憲法学の観点からは、こうした懸念は、有権者の思想、良心の自由や判断の自由を保護する国家の責務とも関連します。
しかし、他方で、各有権者グループが欲する情報を的確に分析し、当該情報を届けるために利用されるのであれば、デジタル広告は有権者の政治的関心や論点への理解を深める契機ともなります。
デジタル広告に功罪があることを踏まえれば、一律禁止といった方向性はあり得ないとまでは言えませんが、もう少し穏当な方法もあり得るのではないかというふうに思われます。例えば、プラットフォーム事業者に対して、広告放送と同じく、期日前の一定期間においてデジタル広告の配信を制限すること、あるいは配信されたデジタル広告をライブラリー化し、一定期間の保存、公開義務を課す、こういった規制を行うことが考えられます。
それでは、私の意見としては、最後に4に移りたいと思います。
この方向性では、まず、正確な情報の発信という対策が考えられます。
この点、国民投票法は、国民投票広報協議会を設置し、広報に関する事務等を行わせるというふうにしております。この広報に関する事務の一環として、国民投票の論点に関する正確な情報を分かりやすく発信することで、情報受領者の判断を支援することが望ましいというふうに考えられます。
例えば、とりわけ若者の情報接触行動の変容を踏まえれば、SNS等を通じた配信も望まれます。また、私見では、広報協議会の保有する正確な情報を公開、保存するウェブサイトを開設することが特に重要と考えます。偽情報等が流通、拡散することになったとしても、国民投票の論点に関する基礎的かつ正確な情報を閲覧できる場所の確保は貴重な意義を持つと考えます。
他方で、SNS等での発信を含め積極的な広報を行うのだとすれば、その実施に当たって、広報協議会から発信する情報に誤りが含まれないようにする制度的、組織的な手当ても必要であるというふうに考えます。国民投票法では、客観的、中立的、公平かつ平等な広報が想定されておりますが、その実効性を担保する仕組みの確立も求められるというふうに思われるからです。
また、この方向としては、ファクトチェックとの関係も議論になります。ファクトチェックと政府の関係ですね。
ファクトチェック記事は、情報受領者の判断を支援する上で重要なものなんですけれども、ファクトチェック機関への政府支援の在り方が度々課題となってまいりました。とりわけ、政府の資金がファクトチェック機関の財源となることで、ファクトチェック機関の独立性との関係が懸念されています。
しかし、ファクトチェックの持続可能性もまた重要な課題というふうに言えます。これまで、大手プラットフォーム事業者などがファクトチェックを支援してきましたが、これも徐々に撤退しているという現状もあります。また、ファクトチェック自体をビジネスとして確立させるためには、まだ明確なビジョンが見えていない段階にあるのではないかというふうに思われます。
この点は、私よりも後ほどの古田参考人の方が詳しいでしょうから、訂正があるのかもしれませんが、そのような認識を持っております。
これらの点を踏まえ、また、ファクトチェックが情報を削除するようなものではなく、情報を追加する作用だとすれば……