飯島淳子の発言 (行政監視委員会)
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○参考人(飯島淳子君) 飯島でございます。慶應義塾大学法科大学院で行政法を担当しております。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
国と地方の行政の役割分担というこの行政監視委員会のテーマに照らして、地方自治法上の基本原則について確認した上で、地方創生を素材として若干の検討を行いたいと思います。
まず、役割分担原則は、第一次地方分権改革によって二〇〇〇年に地方自治法の基本原則として掲げられました。大本となる地方自治法一条の二は、地方公共団体を地域における総合行政主体とする一方、国は本来果たすべき役割を重点的に担うとし、国の役割を重点化、限定することによって地方公共団体の総合行政主体性を確保しようとしています。この総合性は、縦割りではなく分野横断的であること、また企画立案から執行に至るまで一貫して担い得ることを意味していると解されています。
役割分担原則を具体化した二条十一項、十三項は、国が地方公共団体に関する立法を行う際の立法指針としての性格を有しています。法令による縛りは地方自治の制約を意味しますので、国の法令でどれだけ定め、地方公共団体の裁量にどれだけ委ねるかという法令による規律の在り方は、地方自治の保障の観点において根本的な問題となります。
そこで、二条十三項は、法定自治事務について、国の法令が一律に固定してしまうのではなく、地域的裁量の余地を残して条例制定権に委ねるよう国の側に特に配慮しなければならないと定めています。この規定は、法律による義務付け、枠付けを見直し、条例制定権の拡充をみなす第二次地方分権改革につながっていきます。
このように、役割分担原則は、事務配分の基準として、国の事務を限定し、地方公共団体の事務を増やす意味を有するのに加え、国の関与の基準として、地方公共団体に配分された事務に対する国の関与を抑制する意味を有しています。
役割分担原則は地方自治法上の原則であって、形式的には通常の法律と同一の効力を有するにとどまりますが、地方自治法が地方自治の本旨と国と地方公共団体との適切な役割分担を同列としていることにも鑑みて、憲法規範である地方自治の本旨の内容を役割分担原則は構成し、国の立法者が準拠すべき法規範としての意味を持っているとの解釈が示されております。
役割分担原則は、この四半世紀の間の様々な社会事象の出現、変化等に応じて、その意味、意義が問われてきました。近時は大きく二つの方向での議論がなされています。
一つは、激甚災害の頻発や新型コロナウイルス感染症など、言わば危機が日常化する中で、危機管理における国の役割の強化が必要だとするものです。
コロナ対応においては、国、地方間、地方公共団体相互間の役割分担が不明確、不透明であると、で、調整、連携が十分に機能しなかったとされまして、感染症法、新型インフルエンザ特別措置法の改正に加えて、昨年には地方自治法の改正まで行われました。特例指示権はあくまでも危機時における国の関与の特例であって、個別法律による制度整備までの過渡的な規律であると解されています。
もう一つは、役割分担原則が十分に実現されていないとして、その根本的な見直しを要求するものです。
例えば、全国知事会は、昨年八月一日の地方分権改革の推進についてという提言の中で、ガバナンススコープという言葉を用いて、適切な責任、権限に基づく資源の配分の見直しが必要であることから、早急に役割分担の見直しに着手することを求めています。そこでは、事務配分に関し、全国一律の基準で実施する事務については、国の直轄事務化、地方公共団体からの言わば返上が主張される一方、国の立法権の関与に関しては、義務付け、枠付けの見直しによる自治立法権の拡充が主張されています。
このように、役割分担原則の見直しが行われる中、その本来の意味、意義が試されることがあります。その一つの例として地方創生を取り上げたいと思います。
二〇一四年に制定されたまち・ひと・しごと創生法は、計画の内容と手続に関する規律のみを定める基本法的法律としての性格を有しています。この法律は、まち・ひと・しごとを一体とする包括的な介入を行い、政府、都道府県、市町村の、緩やかであれ、トップダウンの計画体系とKPIに基づく評価によって、人口減少と東京圏への一極集中を制御しようとするものであると言えます。地方創生総合戦略は、交付金を通じたコントロールを伴いつつ、広域連携や公共私の連携をも手段として実現されることになっています。
地方創生は、人口減少を問題として把握し、対応しようとすること自体に大きな意義を有しています。その上で、地域全体を人口減少を前提にした社会につくり変えることを目指して様々な施策が展開されています。
ただし、幾つかの課題も指摘されています。
一つは、この施策が国による緩やかな地方自治体の動員であるというものです。地方公共団体の自主性の名の下での計画と交付金による集権化への懸念が表明されています。もう一つは、地方創生が事業としての行政という性格を有しており、その統制が難しいという問題です。
伝統的な行政法は、法律による行政の原理を基本とし、行政による私人の権利利益の侵害に対し裁判所が私人の救済を図ることになっています。これに対して、近時増加している事業としての行政は、地域社会ないし国民社会全体に視点を置き、事業全体の適正な実施、運営を目指すものです。地方創生はその典型例ですが、まち・ひと・しごと創生法がそうであるように、法的規律密度が低く、特定の人の権利義務に関わるものではないため、裁判的統制は必ずしも十分には機能し得ません。
こうした課題をも抱えた地方創生が、二・〇という名の下で再始動されようとしています。現在、その内容がつくられている最中ではありますが、石破茂内閣総理大臣の施政方針演説などを素材に若干の検討を加えたいと思います。
改めて振り返りますと、地方分権改革もその一環を占める統治構造改革は、この国の形をキーワードとして国の成り立ちを変革しようとしたものでした。事前の行政規制から事後の裁判的統制へを標語に、個人や社会の自己決定を基本とする形に変えようとしたのです。
形はあくまでも形であって、その形の下で内容が生み出されなければなりません。地方分権改革でいえば、地方公共団体は自治権の拡充によって住民に対して自治体ならではの行政を行うことで初めて改革の成果を示し得ることになります。しかし、実際には、この国の形の改革の成果を住民、国民が十分に実感するには至っていません。改革は成果を上げていないのではないか、形ではなく内容を問わなければならないのではないか。地方創生二・〇の掲げる国づくりやこの国の在り方という言葉はこうした問題提起を含んでいるようにも見えます。
内容を充填することは一つの正当な選択であると思います。ただし、地方創生も形が整っていなければ、その内容は融通無碍に流れてしまいます。そこで、内容をつくる前提として、地方創生の形を点検しておきたいと思います。
地方創生の形を施政方針演説から読み取るために、地方、地域、自治体という用語法に注目いたします。地方という用語が都市と対置されているのに対し、地域という用語は、様々なレベルにおける場という一般的な意味を与えられています。一方、自治体という用語は、自治体による調達の促進と自治体同士の広域連携という文脈でしか用いられていません。自治体が国と並ぶ行政主体という意味合いでは登場しないということは何を意味するのでしょうか。
自治体は、むしろ官として官民連携や産官学金労言の協働に組み込まれているようにも見えます。官民連携が町づくりや人づくりの主体とされ、産官学金労言はステークホルダーとして利害関係に基づいて協働するとされています。民の役割の重視、しかも生活者ではなく事業者である民の位置付けは地方創生二・〇の一つの特徴であるように見えます。仮に自治体は、官として産学金労言ないし民と同列であるとしますと、そのこと自体は制度設計の一つの選択肢であり得るとしても、地方創生施策の決定、実施について一体誰が責任と権限を負うのかという問題は残るように思います。
また、人の捉え方も問うておくべきかと思います。
人の流れという言葉が、ハードだけではないソフトの魅力が新たな人の流れを生み出す、新たな人の流れを太くするため関係人口に着目するという文脈で用いられています。人は流れるもの、流すものなのか、個人の移動の自由の意味について考えさせられます。
特に、人の中でも若者や女性がフォーカスされています。若者や女性が東京圏への一極集中の主な要因であるから施策の重点対象とするという判断は、施策の側から見れば合理的かもしれません。しかし、若者、女性というカテゴリーが施策によって誘導されること、同時に、若者、女性とそれ以外の者とが区別されることは法的検討の対象になり得ます。
この点に関連し、魅力ある働き方、職場づくりを起点とした地域社会の変革が必要であるという考え方が注意を引きます。若者、女性が仕事の側面から重視されるとしますと、さっき述べた官民連携や産官学金労言の協働とは符合しますが、人も経済政策に吸収されかねません。このことが楽しい日本という価値観の転換に沿うものなのか、一旦は考えてみる必要があるように思います。
地方創生二・〇の形として最も難しいのは統制の仕組みであろうと思います。そして、ここに国会による行政監視が期待されるのではないか。それは、単に裁判的統制が難しいからというだけではなくて、地方創生が、行政、すなわち資源の管理と、財政、すなわち資源の分配とを連動させているという理由によります。総合戦略の策定、事業の実施、KPIを用いた評価、事業の見直しという行政プロセスのPDCAと、予算の配分、交付金等を用いた予算の執行、決算承認等による統制、行政の説明責任等を踏まえた是正という財政プロセスのPDCAが連動して事業が決定、実施されていきます。行政プロセスと財政プロセスが連動するこの事業を統制する役割は、国会が担うのにふさわしいように思います。
仮に国会が統制の役割を果たすとして、問題は統制の基準、規範をどこに求めるかです。この点について、実体面の統制としては、個別法の定める実体的規律のほか、個人、団体、国家の間の守備範囲が問題となり、集権化批判に鑑みても、役割分担原則は一つの規範となり得ると考えております。また、手続面の統制としては、行政に説明責任と見直し義務を果たさせなければならない、それはまさに国会の出番ではないかと考えています。
地方創生二・〇はその内容をつくり上げていく作業において形が問われることから、今議論する必要があるのではないかと考え、問題提起をさせていただきました。
御清聴いただきまして、ありがとうございました。