越智萌の発言 (外交・安全保障に関する調査会)
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○参考人(越智萌君) 越智と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
現在は、立命館大学国際関係学部及び研究科の准教授として学生に基礎法や国際法、国際機構論などの授業を教えている傍ら、特に国際刑事裁判所、ICCの手続や正義に関する問題に着目して研究をずっと続けてまいりました。今般のパレスチナ、イスラエルの事態に関するICCの動向やこれに対する正義と平和の問題について、社会学的な観点からの分析も行っております。
そこで、この調査会における私の意見陳述の位置付けですけれども、国際社会における法の支配のための具体策について検討するものです。特に、中東情勢においては、国際法遵守の確保は急務になっております。国際法を守らせるためにどのような手段や制度があり、それに対する障壁にはどのようなものがあり、そしてそれらの障壁を克服するには、日本、特に立法府はどのような具体策を取るべきなのかについて、特に、近年急速に発展する国際刑事司法制度の観点から多くの具体例を御紹介しながら意見を述べたいと思います。
それでは、レジュメの一、現代国際社会における国際法遵守確保の規範状況に参ります。やや基本的な、大学の授業で聞かれるような部分もあるかと思いますけれども、まず基本的なところからになりますが、(1)、法遵守論です。
法遵守論は、法に関わる人間の行動を分析する法社会学の分野で発展してきました。例えば、社会における規範を学習して自分のものとして内面化する法的な社会化と呼ばれる現象や、大人になる過程において、子供が大人になる過程において、周りの人と同じことをして社会の一員として認められたいという欲求によって法を守るようになるといった法的発達の理論もあります。そして、その中では、最も伝統的なものが、刑罰の恐怖によって逸脱行動を抑止するという刑罰抑止論がございます。
(2)、他方で、国際社会における国際法遵守というのは、少し違ったアプローチが必要になります。国内での一個人の問題とはやや異なることは御想像のとおりかと思います。それは、伝統的に、国際法を守るというのは国家のことであって、国家の義務と責任を論じることが主流だったためです。
そのため、従来の国際法遵守確保メカニズムというのは、返報と呼ばれるものや対抗措置、国際裁判や、それから、いわゆるネーミング・アンド・シェーミングといったような、評判を気にするといったメカニズムによって、いわゆる一般的には、相互主義というものに基づくものが主流でございました。逆に言えば、国内法遵守確保の基本である刑事制裁の手段というのは、国際法遵守メカニズムとしては従来は余り考慮されてきたものとは言えませんでした。
しかし、実際上、国家といっても、それは実態のない存在であって、実際に行動、国家の行動を決定するのは人間であります。そして、国際法を守るかどうかを決めるのも、国家の政策を決定する権限を有した特定の人間であったり、軍であれば、前線で戦っている一人一人の兵士なわけです。そのため、国際法違反に対する制裁といいますのは、国家という国際責任主体に対するものと、政策決定権を持つ個人に対するものの二段構えになる必要が従来からありました。
そこで、(3)、現代国際社会ですけれども、法遵守確保の手段として刑事制裁の措置が存在する世界であると言えると思います。このことを認識することによって、国際関係における法遵守というものを見る視点が一つ増えているというところをまず御確認いただきたいと思います。
この国の政策を決定する個人に対する刑罰抑止というメカニズムは、近年、国際機関とそれから国家機関の両者で補完し合いながら運営されています。国際機関としては、先ほど名前が出てきました国際刑事裁判所、ICCがメインのものとして運営されているという状況です。
ICCについて少しだけお話ししますと、国際法違反の重大な犯罪、全ての国際法違反ではないですけれども、その中でも重大な犯罪、中核犯罪と呼ばれるカテゴリーのものを行った個人に対して、個人の刑事責任を問い、そして刑事制裁を科す機能を持つ国際機関になっています。
中核犯罪は、レジュメ一ページの最後の方に挙げている四つの犯罪を指しています。これに加えて、各国に訴追義務を定めているのが国際規制条約でして、これらで定義される国際犯罪というのが国際規制犯罪と呼ばれるものとなっています。
この二つの国際犯罪の類型が、次の、レジュメ、次のページの、二ページの一番上のところの図にありますように、実はオーバーラップする関係になっているところが少し混乱を生んでいる部分もあるんですけれども、図のように、戦争犯罪とジェノサイドについては国際規制条約もありながらICCの管轄犯罪でもあるという形になっていて、それから、中核犯罪の一番上にあります人道に対する犯罪、これについては、国連の国際法委員会でただいま条約草案が作成されているところという状況だと思います。
そして、(4)、現代では、国家が立法又は政策を決定する段階で、特に中核犯罪の該当性を考慮する必要性があるということです。特に次の三つを考慮する必要があります。
①、第一に、国自体が中核犯罪を行わないようにするということです。国に中核犯罪を行わない義務を課す条約があります。ジェノサイド条約、日本は加盟しておりませんけれども、ジェノサイド条約や、戦争犯罪について定めるジュネーブ諸条約等によるものです。また、いかなる逸脱も認められない強行規範として、拷問の禁止等が挙げられることがあります。
②、第二に、これら犯罪に責任のある人が自国にいる場合、捜査を行い、訴追を行う義務が発生しています。こちらの方がむしろ日本の立法府にとって関心事になる必要がある部分かと思いますけれども、だと思います。
ICC規程締約国は、特に、ICCから逮捕状が出ている人物を国内で発見した場合、逮捕、引渡しを行う義務を負っています。逆に言うと、何もしない、非協力というのが違法化された状態になっているというわけです。ほとんどのケースでICC締約国はこの義務を守っています。
レジュメ三ページに一旦飛びますけれども、一面に表があると思いますが、表一ですね。ICCにこれまで引き渡された被疑者というのは実は二十名余りこれまでおりまして、それぞれの逮捕は、この表の一番右の列にどういうケースで、どういう経緯でこの人たちが逮捕され引き渡されたかというのを書いておりまして、全て埋めては、埋めれてはいないんですけれども、多くはヨーロッパ諸国、そしてアフリカ諸国が協力したケースになっております。
一つ興味深いのは、ンタガンダという人のケース、二〇一三年のケースですけれども、ルワンダのアメリカ大使館に被疑者が出頭して、そして、アメリカは御承知のとおりICC加盟国ではありませんので、ルワンダ政府と協力して実際に引渡しを実現させたというケースもあります。
あと、ほかにも、表の上の方だと、国連の平和維持軍要員殺害について国が逮捕したりであるとか、一番最初はその平和維持活動の部隊によって身柄が拘束されたりといった形で、国家当局の警察が逮捕する場合もあるし、国連の要員、国際機関の職員が逮捕する場合もあるということで、様々なルートを通ってICCに被疑者が引き渡されてきたと言えると思います。
一旦、またレジュメ二ページに戻りまして、また、現代では、知らなかった、できなかったという言い逃れが難しくなっていると思います。先ほどの表に挙げたように、アフリカの反政府武装勢力の場合ですと、ジャングルの奥深くに逃れていてなかなか見付けられない、そして身柄を、その人が滞在していたということが後で分かったとしても、そのいたときは分からなかったということが、まあ本当に事実としてあったんだろうなと思うんですけれども、現代、これがだんだん難しくなっているということで、これには通信や記録、捜査技術が飛躍的に向上しているということで、誰がどこにいるかというのが多くはSNS等々通じてリアルタイムで分かってしまうということが挙げられます。外国で起きた犯罪でも刑事訴追を行うことが技術的に可能になりつつあるということが背景にあります。
特に、市民社会が国際的なネットワークを通じて、情報網、そしてオープンソースを利用して捜査を続けておりまして、例えばドイツやウクライナなんかでも、市民社会が持ってきた証拠を通じて刑事司法当局が捜査、訴追を開始するといった事例が増加しております。
このような刑事司法の網による違法行為の国際的取締りという国際法遵守確保制度の中では、これに協力しないこと自体が中核犯罪への加担とみなされるという、ややインパクトの高い波及効果があります。
例えば、二〇二五年一月、昨月ですね、ICC被疑者のリビア人の元刑務官がヨーロッパを旅行しているという情報があって、ベルギーなんかにもいたそうなんですけれども、イタリアにいるときに身柄拘束をされたということなんですが、その後、イタリアが引渡しを行わずに当該者をリビアに帰国させたということについて、イタリアのメローニ首相に対し犯罪幇助の疑いが掛けられるという事態にまで発展しております。
レジュメ四ページに飛びまして、③に、中核犯罪行為に直接協力するというパターンも義務違反を生じるという法解釈が拡大していることも付け加えておきたいと思います。
二〇二四年三月に、ニカラグアが国際司法裁判所、ICJに対して、ドイツによるイスラエルへの武器輸出について提訴をしています。これは、ジェノサイドや国際人道法違反に協力すること、国として武器を輸出することで協力することがこれら犯罪の防止義務に違反することなどを訴えるものです。まだ本案には進んでおりませんけれども、今後、新たな国際法解釈が見られる可能性があるということで注視しているところになります。
それでは、二、ICCの活動に入ります。
このような国際法遵守制度を背景に、中東情勢、特にイスラエル・パレスチナ紛争を見ると、従来と違った見方が必要になってくることがお分かりかと存じます。
(1)、まず、個人に対する刑罰抑止のメカニズムとしてICCによる捜査と逮捕状発付を見ると、どのように見えるでしょうか。
ICCは、昨年十一月二十一日に、イスラエル側二名及びハマス側一名についてICC予審裁判部が逮捕状を発付しております。ハマス側のICC被疑者となったデイフ氏については先日ハマスにより死亡が確認されましたので、実質的にはイスラエル側二名のみをICCが逮捕状を出しているという状況になっております。この二人に対する容疑のリストは表二を御覧ください。
逮捕状は、ICC検察官が要請をして、そして予審裁判部が発出するというもので、そのときに根拠と必要性があるかを審査した上で発付するという制度になっております。
十一月に出された逮捕状なんですけれども、この表二で挙げていますように、実は五月に検察官が請求した訴因の全てについて認められたわけではなくて、人道に対する犯罪としては、殺人、迫害及びその他の非人道的行為について共同正犯としての責任に関する合理的な疑いがあることが認められています。また、戦争犯罪としては、飢餓を戦争の手段として利用したことと文民の攻撃についてのみ認められています。
ICJ、国際司法裁判所で南アフリカが今提訴を、イスラエルを提訴しているジェノサイドの容疑に関しては、検察官がそもそもこれを要請しなかったということになります。また、ジェノサイドに近い人道に対する犯罪の一番上のところ、絶滅させる罪や、戦争犯罪としての二番目のところ、意図的な苦しみを与えるという戦争犯罪についても認められていません。
これらがなぜなのかについての公式な説明は、逮捕状の決定自体が秘密裏に、秘密として扱われていて公開されていないので、今のところ分かることはできないんですけれども、ただし、これらの二つの罪についてはジェノサイドと非常に要件が近いということで注目がされていたんですが、理由が分からないまま逮捕状の対象とはなっていないということです。ただし、その他の容疑や人物に対しても逮捕状が請求されている可能性もありますし、また既に非公開で発付されている可能性も実はあるということなので、今後の発展がここはある可能性があるということです。
(2)、ネタニヤフ首相に対する逮捕協力の姿勢に関してですが、諸国により態度、立場が分かれております。
図の二と三からは、協力を表明した国と非協力を表明した国に国際社会がぱっくり分かれてしまっていることが分かります。本件については、国がICC加盟国かどうかに加えて、イスラエルがICC非加盟であることによって、国際法上の国家元首免除の規制が適用されるか否かについて立場が分かれていることが主な理由になっています。それ以前に、ICCに入っていない国に関しては、ICC自体の合法性について疑いを掛ける立場もあります。それから、直近ですと、二月六日にトランプ大統領が、アメリカ人及びイスラエルに対する捜査の動き、特に逮捕状発付を踏まえてICCを脅威とみなして協力することを禁じる大統領令を出しております。昨日、当該大統領令の対象として、ICC検察官、カリム・カーン氏が名前、名指しされるということになっております。
アメリカ下院で可決されて上院にて不採択となった非合法裁判対策法案というのがあったんですけれども、これは不採択となっていますが、今回の大統領令、大統領令で元々の法案よりは影響が抑えられた内容にはなっているということなんですけれども、おおむね、二〇二〇年のときの、最初のときの、第一次のトランプ政権のときの制裁法案、制裁の大統領令とほぼ同じ内容になっているということで、これによる実質的な影響も懸念されるところです。
レジュメ五ページに参りまして、(3)、国による訴追です。
これらは余り日本では報道されていない部分もあるかもしれませんけれども、二〇二三年の十月七日、ハマスによる襲撃事件に関しては、まずアメリカがこのハマスの指導者、今回もう既に死亡が確認されている人たちも含め、逮捕状を出しています。イスラエル側は逮捕状を一切出していません。これについて、国内の世論では反対する意見があるんですけれども、なぜなのかということは分かっていませんが、一般に言われているのは、人質交換の対象にするためには国内で逮捕状が出ていると進められないということもあって、イスラエルとしては犯罪としては扱わないままになっているということのようです。
イスラエル側の被疑者に関しては、二〇二五年一月六日に、ブラジルで休暇を過ごしていた元イスラエル国防軍兵士に対してNGO等からの通報によって国内捜査が始まるといったことや、また先月、ベルギーでも、この国防軍の兵士が公務で来るというときに、ことに際して、ベルギーにいる市民団体の方から訴追を進めるべきだというような告発がなされるなど、国際的な包囲網があることが分かると思われます。
では、これを踏まえまして、三、最後に、今後の日本の取組の在り方について意見を述べます。
(1)、中核犯罪の被疑者が日本国内で発見される可能性、これ実は年々高まっています。地理的に近いロシアからの旅行客に紛れる可能性もありますし、またウクライナやシリアの難民、それから、今後ガザの難民を受け入れることになれば、その中に紛れた中核犯罪被疑者を受け入れてしまうことなどが現実的に想定されるようになります。そのときにどうするかに関して、捜査、逮捕をするのであれば、それについての対外的な説明のシミュレーションを行っておく必要があると思われます。
また、国家元首、政府の長、そして外務大臣といういわゆるトロイカや、外交官が日本に滞在する際、人的な免除、そして中核犯罪訴追のどちらを優先するべきかといった国際法上の難しい決断を迫られる可能性があります。日本がどのような対応を取るべきか、事前に十分協議し、立法を通じて対応を決めておく必要があると考えます。
それから、(2)、日本による義務違反の可能性なんですけれども、日本による準備状況、概算ですが、半分程度できているのかなと考えています。ICCに対して協力をするための法整備は十分あるとは思いますけれども、ICCとの協力実践がないこと、それから、外国への引渡しは、実践が増えてきてはいますけれども、これら日本刑法に規定がある犯罪についてであるので、実体法上の問題が直接生じるといった事例は今のところないのかなと思っております。
ICC規程上の犯罪であっても、日本で犯罪とならない行為が幾つかあります。これ、二〇〇七年にICCに加盟する際に、こちらの調査会でも検討が十分されましたし、立法府で幅広い調査が行われた結果ではあるんですけれども、そのときの発表がありまして、レジュメの六ページ、一番最後のページに表三を挙げております。
日本がICCに加盟する際、こういった日本の国内法で処罰できない行為をリストアップしていましたけれども、これらはレアケースなので想定が不要という形で処理されていましたが、実際、ロシアのショイグ元国防大臣、そしてゲラシモフ参謀総長は二つ目と三つ目の犯罪について逮捕状が出されているということで、レアケースだと思っていたけれども、そうではなかったということがだんだん分かってきたのかなというふうに思っております。
では、まとめますけれども、また近年のICC、判例変更が幾つかございます。そして、中核犯罪の特徴的な要件である文脈的要件について日本の刑法で要素として取り込めるようにしなければ、日本人がICCで裁判されるという事態が現実的に想定されるようになっております。ですので、可能であれば、中核犯罪に対応する概念を立法で取り込むことが、この議論を新しく始めることが必要なのかなというふうに提案したいと思います。
最後、②ですけれども、ICCや外国、市民社会から特定の中核犯罪について捜査、訴追の義務を指摘された場合に備えて訓練が必要だと言われております。特に、中核犯罪の捜査、訴追のために必要な証拠の類型というのは恐らく通常の国内刑法で想定されるものと違うところがありますので、教育プログラムを作成し、実施していくことが必要だと考えております。
私からは以上になります。ありがとうございました。