桜井徹の発言 (国民生活・経済及び地方に関する調査会)
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○参考人(桜井徹君) 自己紹介は、時間の都合上省略いたします。
お手元にある報告書といいますか、配付資料に誤りがありました。まずそれをおわびいたします。
表のナンバリングで、十一ページの表四と五があるんですけど、その番号を、表三、表四、表五とあるんですけど、表三の一、表三の二、表三の三というように変更をお願いいたします。
いろいろ難しい問題で、今日の朝まで考えていまして、それで新しい表を入れたところがナンバリングが、後、繰り下げるのを忘れていまして、御迷惑をお掛けいたしました。
そのほかも誤りがありますが、それは報告の中で追ってお知らせしていきます。
私は非常に滑舌が悪いということで、いつも言うんですけれども、学生に評判が悪いんですね。そういうことで、皆様にも御迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします。
さらに、今日は、三十七枚のスライドを用意しているんで、二十分ですから、三十秒に一枚報告しなきゃいけないので、これまた皆さんの脳力アップ、脳活動のスピードアップをお願いいたしたいと思います。
それでは早速、目次は省略いたしまして、三枚目から入ります。
初めに、持続可能な社会と交通、移動ということで、SDGsですね、御存じのSDGsでも交通に関する目標が書かれています。二〇三〇年までに、脆弱な立場にある人々、女性、子供、障害者及び高齢者のニーズに特に配慮し、公共交通機関の拡大などを通じた交通の安全性改善により、全ての人々に、安全かつ安価で容易に利用できる、持続可能な輸送システムへのアクセスを提供すると書いてあります。二〇三〇年までにやるということです。
この今日の委員会との関連でいえば、地方で全ての人々がアクセスし得る持続可能な輸送システムが我が日本で確立されているかどうか、そういう点を述べたいと。なぜ確立されていないのか、まあ結論ですけど、その原因について述べたいということです。
報告の順序は、まず、移動の保障の重要性を社会的共通資本との関連でまず述べます。その後、フランス、ドイツと比較した日本の法律での移動保障がどうなっているかということについての規定、そして、その特徴を指摘します。それが一番目。二番目は、次いで、車社会の進行と公共交通の衰退の下での移動制約者の増加の現状を述べ、これが二と三です。その上で、公共交通衰退の外的、内的要因を分析し、その解決方向を提示します。とはいえ、JR、私、JRを専門にやっておりますけど、JRのローカル線分離問題は、そうした公共交通の衰退の外的、内的要因という分析だけでは解決できない問題があります。JRと自治体との間での摩擦といいますか、あつれき、対立があるからです。これは分割・民営化の問題に端を発しているんですけど、そのことについても触れます。最後に、公共交通を代替、補完する交通手段として最近登場してきているコミュニティーバスとデマンドタクシーの現状と論点を述べる。最後に結論を述べます。
まず、次のページ、権利、失礼、市民的権利としての移動ということであります。
まず、私は、もう亡くなられましたけれども、宇沢弘文という大先生の社会的共通資本論というものに陶酔しております。この社会的共通資本論は、次のページに書いてありますけれども、市民の基本的権利に関わるものとして社会的共通資本の重要性を宇沢さんは訴えているのです。つまり、市民的、基本的権利、市民の基本的権利、生存権ですね、生存権を維持するためには社会的共通資本が重要だ、道路とか公共交通機関、電力、通信施設、上下水道などなど、その場合の管理原則は、営利的な基準で管理してはいけない、社会的管理でなきゃいけない、フィデューシャリーといいますが、信託、国民から信託を受けて、専門的な人々による管理が重要だと言っております。
社会的共通資本の中でも、宇沢先生は徒歩と自転車を重視するんです。歩行者用や自転車用の道路整備の重要性を言います。その上で、鉄道サービスや公共交通の重要性を指摘しております。自家用自動車ですけれども、これについては、市民の基本的権利に重要な関わりは持たないと言っておりまして、それはなぜかというと、それは個人の市場原理に任せて、市場というか、個人の選択の範囲にあるということです。同時に、自動車は、環境問題、交通事故、騒音、渋滞等々、膨大な自動車の社会的費用を発生しているから、これをなくすことが重要だということを宇沢さんは言います。
それで、その上で、もう一度四ページに戻ってきていただきまして、そうしたことを踏まえて、私なりに移動手段というのを階層的に把握するということは重要だと思っています。一つは、アクティブモビリティーとパッシブモビリティーの区別です。日本で初めて聞く言葉だと皆さんは思うかもしれませんが、アクティブモビリティーというのは、自分の力で移動するということです、歩行、自転車ですね。パッシブモビリティーというのは、他の力で、基本的には内燃機関なんですけれども、ガソリンであるとか電気であるとか、そういう内燃機関で走る移動手段、これを区別するということはヨーロッパで今一番重要になってきています。そういう意味では、徒歩や自転車を重視する宇沢さんの社会的共通資本論と一致しております。
その上で、パッシブモビリティーにおける公共交通と私的交通を区別する必要があると。だから、一番重要なのは徒歩、自転車で、その次、公共交通、その次、私的交通、自家用自動車、二輪車ということになります。電動は、最近出ている電動アシストというのは、このアクティブモビリティーとパッシブモビリティーのハイブリッドだということになっています。
それでは、もう時間ないので次に行きます。
じゃ、法律で移動権、移動の保障はどうなっているかということで、次に、フランス、ドイツ、日本を大急ぎでぱっとやります。
八ページを御覧ください。
フランスの交通基本法では、一九八二年の国内交通基本法で交通権というものを提示しました。全ての人に移動権を国が保障するんだということになっております。その後、それが二〇一〇年十二月に移動する権利を拡充して、そして、二〇一九年十二月にモビリティー法になりました。当初の交通権、国内交通基本法では単に移動を保障するということだったんですけど、最近のフランスでは、日常交通ですね、新幹線はもう要らない、日常的な交通が大事である、また、地域的な格差が大きくなっているのでそれを是正することが必要だというようになっております。それで、現代のところですね、五年間で百三十四億ユーロの投資で、日常交通への優先投資、投資の四分の三は鉄道にするんだというようになっております。
ここで一番重要なことは、その財源ですけれども、①のbに書きましたように、地域公共交通の財源は各市による交通税、事業所税とも言われますけれども、これがあるんだということで、各自治体がこの交通基本法に基づきまして、経営というか運営をしているということです。
その次、ドイツ。私、ドイツの専門家です。学生から、ドイツ大好き桜井先生ということになっております。
ドイツでは、一九九四年に、まあ日本でいえば民営化になるんですけど、鉄道改革が行われます。その際に、地域鉄道輸送を州に移管し、地域交通の一元的管理を目的に、一九九六年一月に公共近距離旅客輸送地域化に関する法律が制定されます。
そこで、法律の内容に入りますが、公共任務だと言っているんですね。つまり、公共近距離旅客輸送サービスの国民への十分な提供の保障は、これは生存配慮の任務である、ドイツ語ではフォアゾルゲというんですけど、前もって生存を保障するという一九二〇年代にドイツで確立された概念です、そういうようなものだと。ここでいう公共近距離旅客輸送サービスというのは、鉄道やバス、タクシーも含めて五十キロ圏内で輸送されるサービスだということになっています。
そして、ここで重要なのは、これは公益サービスであるということを重視しています。さらに、もっと重要なのが財源でありまして、②の例に書きましたように、資金調達と配分で各州に連邦税収から一定額が交付されます。連邦税収というのは、具体的に言うとガソリン税ですね。ガソリン税から各州に一定割合、一定額を配賦しまして、それで地域公共交通を維持しなさいということを言っております。これ、毎年額が変動いたします。結構大きくなっております。
また、最近の重要な特徴としましては、地球温暖化問題を背景として廃止、一旦廃止した鉄道路線を復活する。あるいは、格安切符というんですけれども、一か月乗り放題で、現在ちょっと値上がりしまして五十八ユーロです。まあ八千円ぐらいですけど、全ての公共近距離旅客輸送が乗り放題だというものも行われております。
その次、資料五を御覧ください。十二ページです。
日本も遅れて交通に関する法律ができます。一九八七年四月に国鉄の分割・民営化が行われ、二〇〇〇年初頭に需給調整規制が廃止あるいは緩和されます。いわゆる市場競争原理が入ってきます。
しかし、二〇〇七年五月に、地域公共交通活性化再生法、これは省略した名前ですけれども、市場競争原理を部分的に転換いたします。
その流れを受けて、二〇一三年十二月に交通政策基本法ができます。ここで重要なのは、交通政策基本法では、交通権には、国民その他の者の基本的な需要を適切に充足することだと言っているんですね。フランスは交通権、ドイツは生存配慮、日本は基本的な需要の充足。違いありますか、どうですか。私はあると思うんですけど。
もっと重要なのは、②のdに書きましたところです。交通手段の選択に係る競争と国民等の自由な選択を踏まえつつそれぞれの特性に応じた役割分担をしなさいと書いてある。
私が引っかかっているのは、交通手段の選択に係る競争なんですよ。総合交通体系というものを否定しているところに日本の現在の交通問題があるんですけれども、そういう輸送機関の間で競争しなさい、競争原理は重要ですよということで、国鉄分割・民営化のときに言った、あるいは二〇〇〇年の需給調整規制の緩和のときに言われた、市場競争原理を修正すると言いながら、修正できていないんですね。ここに最大の問題があります。
それでも、③に書きましたように、地域公共交通活性化再生法が数次に改正されていきます。少しずつ公的関与を増やしていくわけですね。ただ、その場合に、自治体の関与を増やすんですけど、国の関与は余り増やさないという方向で行きます。
そして、一昨年、二〇二三年四月に、私もこの国土交通委員会で発言させていただきましたけれども、JRのローカル線の分離の促進の問題が出てきます。これは後で言います。
そういうことで、日本の交通政策基本法は、一つには国の関与が十分行われていない。二番目は財源ですね。財源については法律で何も書いていないです。適切に維持するということだけです。じゃ、どれだけの規模で維持するのかというのは、本来は法律で、直接数字を明記しなくてもいいけど、ある程度は明記する必要があると思います。
その上で、十三枚目行きます。
車依存社会の進行と移動制約者の増加。ここはもう図を見ていただければいいので省略したいんですけど、車依存社会が進行しております。乗用車保有台数が、二〇〇〇年でも五千百二十二万台あったものが更に増えまして、二〇二四年で六千百九十七万台になっております。さらに、都道府県別見ますと、地方ですね、群馬県であるとか福井県であるとか富山県であるとか、そういうところが保有率が高いです。
なぜそういう車依存社会が生まれてきているかというと、もちろん車というのは非常に便利です。ドア・ツー・ドアですと歩かなくてもいい。本当は歩けと私言いたいんですけど、歩かなくてもいいと。
政策的要因としては、自動車のための道路投資。道路中心の町づくり、郊外大型ショッピングセンター。私も、焼津であるとかいろんなところに、町行きましたけど、ほとんど商店街空っぽですよ。実は自動車でですね、四国の西条市にも行きましたけど、歩いている人はほとんどいない、昼間。皆、車でどっか行くんですよ。そういう町でいいのかどうかというのが問題です。それからさらに、三番目に公共交通が不便だから乗用車が増加するという相互作用があります。
その上で、次のところはもう表になって、その上で、特に図六を見てください。群馬県の距離別代表手段構成比、十四ページ。百メートル未満の移動でも二六・九%の人が自動車を使うというんです。ということで、とにかく非常にすごい状況です。車なしでは生きていけないというこの状況ですね。
その次、十五ページ行きます。
車依存社会の進行と移動制約者の増加ということで、移動制約者が増加しております。
自動車事故の問題、省略。障害者の増加も省略。
運転免許の非保有者ですけど、これは運転免許を所有している人じゃなく、人口の中で運転免許を所有していない人を計算いたしました。そうすると、そういうような数字になりまして、だんだん運転免許を持っていない人の数が減っています。つまり、多くの人が持つようになってきているわけです。
ただ、七十五歳以上の運転免許非保有者数は、二〇〇一年、七百九十九万人ですけど、二〇二三年に千二百七十九万人と増えています。
もう一つ、十六歳から十九歳及び二十歳から二十九歳の運転免許を持たない人が増えているんですよ。運転免許は、若い人は、運転免許、昔は取ったんですけど、今は取らない。これも、次の車社会の崩壊を暗示するんですけれども。
それで、d行きます、②のd。
高齢者の運転免許返納者、これは増えているんですけれども、二〇一九年のあの痛ましい池袋の事故がありましたが、お母さんと子供が亡くなった事故がありましたけれども、それ以降、それまでは運転免許返納者数が増えているんですけど、それ以降は減っているんですよ、コロナ禍の下で。減っているので、これは私の独断ですけど、高齢者の死亡事故が増えているんです。
特に、返納率を東京都と群馬県で比較しますと、群馬県の方が返納率は低いんですよ。やっぱり車なしでは生きていけないわということなんです。それは、表五ですね、十九ページの表五に書いてあります。後でよく見てください。
それでは、三行きます。
ここが本来のメインではないんですけど、公共交通の衰退に基づきまして空白地域が増加しているということを書いてあります。ここはちょっと省略いたします。ここで重要なことは、鉄道が駄目になったらバス転換という風潮が強いんですけど、バスにするともっと不便になるということをここでも言いたいわけです。
それでは、二十三ページ行きます。
もう時間でしょうか。