中川一郎 に関する国会発言
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○鈴木宗男君 極めて大事な答弁だと思うんですね。全くこれ他人同士が一緒になって、うまく結婚生活を送れる人もいれば、また破綻する人もいるわけです。それは人様々ですから、他人がどうのこうの言うことじゃありませんけれども、私はやっぱり、妻の果たす役割、配偶者の果たす役割は重いと思いますね。今大臣が感謝していますと言った言葉は重いと思っております。 私自身なんかも、家庭は顧みないで、もう二十一のときから中川一郎という政治家の秘書をやって、三
○鈴木宗男君 阿達委員長、御苦労さまです。国際通の阿達先生にはうってつけの委員長だと思いますので、しっかり頑張ってください。佐藤信二先生に薫陶を受けた者として、阿達さんがその席に座っていると、私はうれしく思っているし、頑張っていただきたいなと、こう思っております。 林大臣、浜田大臣、二人座っていますと、お父さん方を思い出します。二人ともお父さんは昭和四十四年の当選でありますから、当時から私、中川一郎先生の秘書をやっておりまして、指導
○杉本委員 ありがとうございます。 慎重にというのは、前向き、慎重にお願いできればというふうにお願いしておきます。 あと、鈴木参議院議員の話ですが、もう一つだけ、ちょっと、じゃ、せっかく大臣が言っていただいたんですが、松山千春さんがこういうことを言っていました。 中川一郎先生の後を受けて選挙に出馬して、鈴木宗男でございますと後援会の幹部に挨拶に行った。これは松山さんが言っていましたけれども、挨拶をしようとしたところ、鈴木宗男
○鈴木宗男君 茂木大臣にお伺いしますけれども、私は昭和四十四年から国会議員の秘書をやって永田町にいて、昭和五十八年から国会議員として、その間、様々な経験をしながら今に至っておりますけれども、日米通商交渉を見てきて今でも印象に残るとすれば、あの昭和四十七年の日米繊維交渉であります。田中角栄さんとジョン・コネリーさんの、財務長官との会談、あるいは昭和五十三年の中川、ストラウスUSTR代表との牛肉・オレンジ交渉の妥結、あるいは平成七年の橋本龍
○馬場委員 教科書どおりのお答えだと思いますが、目に見える形でやはり安心感を持っていただけるようなアクションを起こさないと、なかなか一般の国民の皆様方に安心感を持っていただくということはできないと思うんですね。 我が党に所属しております鈴木宗男参議院議員に聞きましたら、六ケ所村の再処理施設ですか、「もんじゅ」ですか、あれが建設されたときに、当時、担当大臣だった中川一郎大臣が上の服を脱いで、その「もんじゅ」に抱きついたというんですね。
○伊吹文明君 三十数年にわたり本院議員を務められた前議長町村信孝先生は、去る六月一日、七十歳を一期として天に召されました。ともすれば、目先の問題の処理能力を大切にしがちな現在の政界において、揺るがぬ信念と長期ビジョンを持っていた君には、政界の重鎮としてますますの活躍が期待されていただけに、与野党を問わず多くの人から、君の突然の御逝去に驚きと惜しむ声が相次いだのは、けだし当然のことであります。 思えば三十数年前、君と一緒に当選し、一貫
○松木委員 ざっと目を通したと。 もう一人の議員さんと、これは本当に御自身方がこういうお話をされたのかなというぐらい、ちょっと余りいい内容ではないというふうに思いますけれども。 実は、中川さん、私の姉貴は二つ年上なんですけれども、仲人がいるんですよ。この仲人が、あなたのおじさんに当たるのかな、中川義雄さん、実はこの方が私の姉貴の仲人なんです。ある意味で中川家の皆さんとのおつき合いも、私は大体、中川さんとは党は違ってずっとやってき
○石原(慎)委員 ですから、その憲法を、今の日本の最高指導者であるあなたがこれを廃棄すると仮に言われたときに、これを法的に阻害する根拠というのは実際はないんですよ、どこにも。 それに加えて、最近、北朝鮮はいよいよ核の開発に着手しています。地震も起こして、そういうのが検証されましたが。 かつて、自民党の政調会長をしていた、私の盟友だった中川一郎の息子さんの中川昭一君が、日本もそろそろ核のシミュレーションぐらいしたらいいんじゃないか
○内閣総理大臣(菅直人君) 丸山さんのいろんな御意見はできるだけ私も本当にしっかり聞いてお答えしているつもりですけれども、今おっしゃったことはよく私には理解ができません。 つまり、私は、申し上げてきたことは、幾つかの御質問に対して言いましたように、私なりの考え方は今でも、今から少なくとも三十年近く前あるいは三十年以上前から基本は変わっておりません。そして、今抱えている課題、もちろん大震災のことが優先です、原発事故のことが優先です。何
○議長(横路孝弘君) 本日表彰を受けられました他の議員諸君のあいさつにつきましては、これを会議録に掲載することといたします。 ————————————— 武部 勤君のあいさつ このたび、在職二十五年の表彰を賜り、万感胸に迫るものがあります。この栄誉は、ひとえに私を育ててくれた郷里の皆様及び先輩や同僚のご指導とご支援のおかげであります。また、家族、親族、友人、事務所の皆様にも感謝の誠をささげます。 私の政
○武部委員 農家の所得の向上、これは言うまでもないことですね。 北海道でもどこでもそうだろうと思いますけれども、今、現場での一番大きい問題は農家間の格差だと思いますね。同じ面積で、同じ土地柄で、そして年齢的にも同じような担い手であっても、中には五千万借金がある人もいれば、五千万貯金を持っている人もいる。だから、やはり農業構造を変えていくということが大事なんだろうと思いますよ。 先般、我々は子ども手当の議論をいたしました。子ども手
○渕上貞雄君 自動車新税の直接の契機というのは、先ほども説明ありましたが、一九七〇年に始まって、第六次道路整備五か年計画にあったようですが、当時の大蔵委員会では、目的税にすると財政硬直化を招くとか、自動車、モータリゼーションが過度にならないようにしていく、それから、スムーズな交通や、環境悪化、交通事故の防止を達成できないのでとか、鉄道、航空、海運を含め総合交通の樹立という観点から広く交通関係社会資本整備に充当していくという考え方に立って
○鈴木(宗)委員 森法務大臣、ぜひともここは、参考人や証人というのは検察から呼び出されただけで実際は萎縮していますから、どうしても自分の本心を言えません。だから、私が今やっている裁判でも、賄賂を贈ったという人はみんな裁判所に陳述書を出してくれていますよ、賄賂は贈っておりません、正式な領収書もいただいた政治献金ですと。しかし、それでも検察側はしゃにむに事件に持っていったんですよ。当時言われたことが事件にできなかったからです。そのためにも、
○議長(河野洋平君) 本日表彰を受けられました他の議員諸君のあいさつにつきましては、これを会議録に掲載することといたします。 ————————————— 伊吹 文明君のあいさつ 此度、院議により在職二十五年の表彰を賜わりました。昭和五十八年の初当選以来、苦しかったこと、政治家冥利であったこと等々、過ぎし歳月を想い、万感胸に迫るものがあります。この表彰は身に余る光栄でありますが、ひとえに先輩、同僚の皆さまのご指導
○篠原委員 そういうバランスのとれた態度をずっととり続けていただきたいと思います。 次に、安全保障問題をいろいろ考えるのは非常にいいことだと私は思います。こういう危機管理も安全保障です。それから、通常兵器をどうするかというようなのも大事なことだと思います。 次の三ページを見ていただきたいんですが、これは一度使った表なんですが、もうちょっとわかりやすくいたしました。これはきちんと見ていただきたいと思います。またこれは何かエデュケー
○篠原委員 いろいろな訳し方があると思いますけれども、それは余りにも美しく聞こえ過ぎているんじゃないですかね。やはりシンパシーバジェットとか、そういう直訳の方がぴったりなような気がします。 それで、皆さんにA3の資料をちょっと配りましたが、これは、皆さんに見ていただきたいというよりは、私の頭がこんがらがっているので、この在日米軍駐留経費負担がどのように動いてきたかというのを整理するためにつくった表です。それなりのできだと思いますので
○河村建夫君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員松岡利勝先生は、去る五月二十八日、逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。 農林水産大臣の重職にあって、「攻めの農政」の陣頭指揮に当たっておられた中での突然の訃報に、言葉もなく、ただただ今もって信じがたい思いであります。御遺族の御心痛はいかばかりかと察するに余りあります。 私は、ここに、皆様の御同意を得て、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し述べさせていた
○松岡国務大臣 まず、この経過がございまして、やはり国有林の役割というのは、時代時代に応じていろいろ大きな役割があったと思うんです。 戦後は、とにかく木材が足りない、そしてまた外貨もありませんから、当時、三十六年ぐらいまでだったと思うんですが、管理貿易で、外貨というのは日本にない鉄鉱とか石油とかそういうものにしか枠がない。したがって、戦災復興ということもあって、経済復興ということもあって、必要となる木材は極力国内で賄え、こんなような
○中川昭一君 私は、自由民主党を代表して、安倍総理の施政方針演説に対し、質問をさせていただきます。(拍手) 総理は、最初の国会において、美しい国づくりを高らかに宣言されました。国の骨格をなすものは、憲法、安全保障、教育であります。総理は、最初の国会で、教育の憲法とも言える教育基本法の改正をなし遂げ、また、安全保障のかなめとなる防衛省を実現しました。このことは、美しい国づくりの礎を築く大きな第一歩でありました。(拍手) 平成十九年
○尾身国務大臣 当時の科学技術庁の官房総務課長として中川一郎大臣にお仕えをいたしましたときの政務の秘書官が鈴木議員でございまして、大変お世話になりました。ありがとうございました。 財政は非常に厳しい折でございまして、国、地方合わせた債務残高がGDPの一五〇%ということでありまして、財政を再建するということが我が国の最大の課題であると考えております。成長なくして財政再建なしという考え方のもとで全力を尽くして財政再建を実現したいと考えて