半藤一利 に関する国会発言

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2022-05-30 有田芳生 予算委員会 参議院

○有田芳生君 しかし、軍事的関与という発言があったことをきっかけにして様々な防衛力強化の声が広がりつつあるというのは事実だと思うんです、メディアも含めて。  作家の昭和史研究の半藤一利さんが遺言のように何度もおっしゃっていたけれども、国民的熱狂をつくったら危ないんだ、そういう局面に今入りつつあるように見えてしまうんですよね、とにかく軍備増強ということが強調されて。  防衛省にお聞きをします。  アメリカが軍事的関与をするという発言

2022-01-20 水岡俊一 本会議 参議院

○水岡俊一君 立憲民主・社民の水岡俊一です。  会派を代表して、岸田総理、関係大臣に対し、質問をいたします。  六千四百三十四人もの人々が亡くなられた阪神・淡路大震災から二十七年。被災地の神戸では、一月十七日に追悼の集いが行われました。灯籠により浮かび上がった一・一七と忘れないという文字は、忘れてしまわないようにという願いだけでなく、余りにつら過ぎて忘れたいという思い、そして、忘れ去られてしまうのではないかという危機感などの意味が込

2021-03-19 杉本和巳 外務委員会 衆議院

○杉本委員 維新の杉本和巳であります。よろしくお願いします。  まず、ちょっとこの場をおかりして恐縮なんですけれども、去る一月十二日に亡くなられました歴史研究家、近現代史の大家であられた半藤一利さん、御冥福をお祈りさせていただきたいと思います。  それで、半藤さんの書物で、茂木大臣は博識なのでもう御存じだと思うんですけれども、この場の皆さんが御存じないことかと思ったので、ちょっと一つトピックスを紹介させていただきます。半藤さんの研究

2021-01-26 辻元清美 予算委員会 衆議院

○辻元委員 総理、歴史家の半藤一利さんがこの間亡くなりました。あの方、私、尊敬しています。こういうことをおっしゃっています。ある時点での人間の小さな判断が、歴史をとんでもない方向に引っ張っていくことがある。総理の一つ一つの、小さいかもしれない。これは戦争の教訓なんですよ。この言葉を胸に刻んでやっていただきたいと思います。  終わります。

2017-03-09 三宅伸吾 予算委員会公聴会 参議院

○三宅伸吾君 おはようございます。自由民主党の三宅伸吾でございます。  三人の公述人の皆様、すばらしい有意義なお話を本当にありがとうございました。  世界の安全保障の行方を占う話題の人といえば、もう言うまでもなくアメリカ・トランプ新大統領でございます。  新聞を最近見ておりましたら、こういう書き出しで始まるコラムがございました、何でこんな人を大統領にしたのか。ここから始まるコラムでございまして、コラムは次のように続いておりました。

2012-06-11 赤松正雄 決算行政監視委員会 衆議院

○赤松(正)委員 大変に貴重なお話をありがとうございました。  今お話を聞きながら、さっき私もちらっと申し上げましたが、半藤一利氏が日本社会四十年変換説ということを言っていて、四十年ごとに日本は大きく変化をしてきている、こういう話をして、私も大変に共鳴するところがあるんです。  ちょうど今から四十年前に中国と日本の間に国交回復、今、周恩来氏の話が出ましたけれども、日中国交回復は昭和四十七年であります。以来四十年。当時の中国と今の中国

2008-02-22 赤松正雄 予算委員会公聴会 衆議院

○赤松(正)委員 島田先生は、両方に極めてバランスのとれた、すばらしい見解を示していただきました。  私は、ここで、与野党、特に大きい政党、自由民主党と民主党、特に民主党の皆さんの、きょうここに座っておられる多くの皆さんの極めてしっかりと研さんを積み重ねられた上での鋭い議論の展開にいつも感心をしておるわけですけれども、自由民主党という政党は極めて懐の深い政党だなという思いを、きょうは具体的実例は申し上げませんが、幾たびも感じています。

2007-02-07 半藤一利 国際問題に関する調査会 参議院

○参考人(半藤一利君) それで、別に私は回収いたしませんので、どうぞお持ち帰りくださいませ。  ただ解答だけ申し上げます。よろしいでしょうか。御自分でお付けになっていただいて。  一番は、要するにこれは先ほど申しました、ドイツでございますから、これは。  二番目は、cの七〇%です。ただ、これ、ちょっと問題がありますのは、ここの死傷者の数は一九六四年三月の厚生省の発表なんですが、その後どんどん増えておりまして、一九七六年の引揚援護局

2007-02-07 半藤一利 国際問題に関する調査会 参議院

○参考人(半藤一利君) それじゃ、会長さんのお許しを得て、このアンケートの御解答だけ申し上げます。

2007-02-07 半藤一利 国際問題に関する調査会 参議院

○参考人(半藤一利君) それじゃ、済みませんが。

2007-02-07 半藤一利 国際問題に関する調査会 参議院

○参考人(半藤一利君) 新聞、マスコミの問題です。本にも書いたんですけれども、ちょっと申し上げますと、マスコミ、日本の新聞、まあ言論は軍部の台頭に対してかなり厳しく立ち向かっていたんです、これは昭和の初めぐらいは。それが、昭和の六年の満州事変のときに言論がひっくり返っちゃったということになるんですが、これはもう本当にそのとおりにひっくり返っちゃったんですね。それで、むしろ陸軍の言うとおりのスローガンのとおりに報道を始めて、そして勝った勝

2007-02-07 半藤一利 国際問題に関する調査会 参議院

○参考人(半藤一利君) 松岡さんのことでございますが、なぜこの人がこんなに力があったのかということ、これはなかなか難しい話なんです。ただ、簡単に申し上げますと、この方は満鉄の副総裁をやっておりまして、満鉄の副総裁のときに非常に満州に対する資本、こっちの日本の本土の資本が入っていくことに対して物すごく力があったわけですね。そのために、財界からも後押しが物すごくあったということ。  それから、もう一つ言うと、この方がいわゆる満蒙は日本の生

2007-02-07 半藤一利 国際問題に関する調査会 参議院

○参考人(半藤一利君) 今の橋爪参考人がおっしゃったとおり、明治維新、幕末から明治の時代、それから大正ぐらいまでの時代の日本の外交官というのは非常に優秀だと私は思います。これはもう本当に驚くほどきちっと、国際人でもあったし、国際感覚もあったし、視野も広かったと思います。ところが、昭和の外交官が駄目になったとさっきも私ちょっと申しましたが、昭和八年以来もう全然駄目になったというのが率直な意見です。  そういえば、昔、朝鮮半島で閔妃を暗殺

2007-02-07 半藤一利 国際問題に関する調査会 参議院

○参考人(半藤一利君) 一言だけですが、ここに、これお手元にあるんでしょうか。これ、私、国連次席大使の方と対談をしておるんですけど、この方の話を聞いていて、これに出ていない話なんですが。というのは、日本の外交官は、一つは忙し過ぎるというのは、まあだれでも言っていることなんですが、それよりも何よりも、何か非常に、本省の方にだけ目を配っていて、本省から怒られたり、何か問題とかそういうのがあったりするのだけを気にしていて、誠に裁量が、もう自分

2007-02-07 半藤一利 国際問題に関する調査会 参議院

○参考人(半藤一利君) お話しのことは誠に同感でございまして、というのは、現在非常に日本という国は出版事情が悪くなりまして、もう本当に悪くなりました。一般の人が本を読まなくなりました。そのために、例えば大事な資料であると、例えばですが、近衛文麿の本が幾つかあるわけなんですが、これを今読もうとしても本当に読めないんですね。ですから、国会図書館にはあるんです。ところが、国会図書館だけなんですね、そういうものを全部そろえているのは。ですから、

2007-02-07 半藤一利 国際問題に関する調査会 参議院

○参考人(半藤一利君) 半藤でございます。  私は、昭和五年、つまり一九三〇年生まれの、私の同級生の言葉をかりれば老廃物の一人でございまして、今日も、このようなところへ来て、お呼びいただきまして話をするというのは非常に光栄なんですが、一体何が話せるだろうかと、実は余り自信がないんでございます。先生方のように、特に一つのテーマで研究をしている人間ではなく、市井にあって一人でこつこつと勉強しているだけの人間でございますので、余り参考になる

2007-02-07 田中直紀 国際問題に関する調査会 参議院

○会長(田中直紀君) 国際問題に関する調査を議題といたします。  本日は、本調査会の調査テーマであります多極化時代における新たな日本外交について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。  本日は、作家半藤一利参考人、東京工業大学大学院社会理工学研究科教授橋爪大三郎参考人及び敬愛大学国際学部助教授水口章参考人に御出席いただいております。  この際、一言ごあいさつを申し上げます。  各参考人におかれましては、御多忙中のところ

2002-05-22 赤松正雄 予算委員会 衆議院

○赤松(正)委員 公明党の赤松正雄でございます。おはようございます。  きょうは予算委員会、この場で、ロシア支援委員会の問題及び瀋陽の総領事館の事件、この二つの集中審議であるということでございますが、まず冒頭に、総理に一つの私自身の感慨を込めて申し上げることがありますので、それに対するお答えを冒頭にいただきたいと思います。  まず、こういう話を聞いていただきたいと思います。  この日曜日、十九日の日、私の住みます兵庫県の姫路市で、