星野力 に関する国会発言

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1977-06-08 岡田広 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○理事(岡田広君) ただいまから沖繩及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  去る四月二十七日、渡辺武君が委員を辞任され、その補欠として星野力君が、また、五月二十七日、立木洋君が委員を辞任され、その補欠として小巻敏雄君が選任されました。     —————————————

1977-05-13 星野力 本会議 参議院

星野力君 私は、日本共産党を代表して、日韓大陸棚協定承認案について、福田総理並びに関係大臣に質問いたします。  政府がこの日韓大陸棚協定で行おうとしていることは、五十年間にわたってわが国の主権を外国に向かって放棄し、また、海洋の大汚染と漁場荒廃の危険を冒すという、国家民族の将来にとってまことにゆゆしい重大事なのであります。  この協定は、九州南西沖の石油資源などを韓国政府と共同開発しようというものでありますが、この共同開発区域が二

1977-05-13 前田佳都男 本会議 参議院

○副議長(前田佳都男君) 星野力君。    〔星野力君登壇、拍手〕

1977-04-27 稲嶺一郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○委員長(稲嶺一郎君) ただいまから沖繩及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  去る七日、本特別委員会の委員一名を補充するため、岩本政一君が選任されました。  また、昨二十六日、星野力君が委員を辞任され、その補欠として渡辺武君が選任されました。     —————————————

1977-04-26 柏原ヤス 科学技術振興対策特別委員会 参議院

○委員長(柏原ヤス君) ただいまから科学技術振興対策特別委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  去る四月十八日、中尾辰義君が、二十三日、星野力君がそれぞれ委員を辞任され、その補欠として塩出啓典君及び加藤進君がそれぞれ選任されました。     —————————————

1977-03-29 上田耕一郎 予算委員会 参議院

○上田耕一郎君 私は、ここにもやっぱりアメリカと日本の情報部隊の癒着関係ですね、如実にあらわれていると思う。内島一佐は、私が追及しましたように、米軍の座間基地の五〇OMI部隊、悟報部隊に連日勤務していたんですよ。そこで情報連絡をやっていた。それでアメリカに米軍の旅費持ちでやっぱり行っている。で、情報交換やっている。行ったのは恐らくCIAとか米陸軍の情報部隊ですよ。それと、日本の秘密別班部隊のキャップがその前の年にも行っているということで

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 長官ね、これは国民の側に責任があるとか、問題があるとか、そういう認識ではいけないと思うんですね。いまお話を聞いても、PRが足りなかった、国民のアレルギーを解消しなきゃならぬと。国民の何か体質がこれは間違っておるか、悪いかのようなお考え、そこにやはり重要な問題があると思うんですが、私、いまもう時間余りございませんから、この問題に立ち入ることはいたしませんが、その辺のことはよくよく考えていただかなくちゃいけない。  「むつ」に

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 私は「むつ」を佐世保で修理するということは非常にむずかしい問題だと考えます。それに比べれば事態を政府がしっかり見届けて、「むつ」の佐世保入港を断念するということの方がさほどむずかしくない、いわばその方がずっとたやすいと、こう思うんであります。  原子力船第一号「むつ」の役割りというものは私はすでに果たされたのではないかと、そうも言えると、こう思っております。政府としましても、また科学技術庁としましても、これまでの「むつ」を

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 青森県が追い出して日本のどこの港湾も受け取り手のないそういうしろものを、なぜ長崎が受け取らなければならないのかという長崎県民の政府に対する不満や不信は広がるばかりでありますよ、いま。当然であろうと思うんであります。被爆県であること、水産県であることは先ほど申しましたが、また手近な損得、メリット、デメリットということを考えましても、「むつ」を受け入れてみたところで、それによって十何億円かの修理費の何ほどかが地元の造船業、佐世保

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 長官非常に慎重に答弁しておられるんでまだるっこしいんですが、宇野国務大臣ともあろうもの、もう少しはっきり申し上げたらいいと思うんでありますが、要するに地元の意向はこの問題で尊重すると、知事の回答は尊重すると、その限りにおいてはよろしいですね。

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 これは今月三日の毎日新聞の記事でございますか——見出しは「核抜きならはむつ受け入れ」「長崎県知事表明」こうなっております。それからもう一つは、昨日のこれは朝日の朝刊でありますが、「〃核抜き〃を検討」「「むつ」で辻市長歩み寄り」、こういう見出しの記事をごらんになったろうと思いますが、知事は核抜きなら受け入れてもよろしいと、いままで核抜きの必要はないと言っておった佐世保市長の方も核抜きを検討し出した、こういう意味の記事のようであ

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 大切な点ですから重ねてお聞きするんですが、二十二日ですか、三月の二十三日に安全性に関する研究委員会の結論が出るというふうに伝えられておりますが、それに基づいて知事の回答が行われると、その場合に知事の回答を尊重して政府の方針を決定すると、こういうことでございますか。

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 青森県の方ですね。「むつ」港の期限は先ほども申し上げましたように、これは迫っておるんであります。先ほど長官は近く久保知事の態度、回答が明らかになった上でもって結論を出すと、こういう意味のお話だったように聞きましたが、そうでございますか。

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 そうしますと修理に三年、その後一年を置いて、さらに五年経過してから就航できるということになると九年ですか。約十年近い期間ですが、この地元の人々、長崎県民としては、いま何とかかんとか言って修理のためだと言って佐世保に入港し、そのまま居座ってしまう。正式な定係港になるならぬは別として、ならぬでもそのまま佐世保に十年間、少なくとも十年間ぐらいを居座ってしまうのではないか。事実上佐世保が「むつ」の母港にされるということを非常に恐れて

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 修理が終了しまして新しい定係港に入って、それからもまたいろいろ新しい点検やそれから準備が必要だと思いますが、そういう過程を経て商船として就役できるまでには大体どのくらい考えておられますか。

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 この修理に着手したとしまして、修理完了には三年かかるということでございましたが、仮に三年かかって修理が完了したとしましても、この本来の「むつ」の使用目的であるところの商船として使用できるのはずっと先になると思いますが、どのぐらい先を考えておられるんですか。

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 私は特定のどこと、こうおっしゃってくださいといま言ったんじゃなしに、立神岸壁はこれは横須賀と同じような条件でだめだけれども、そのほかのところにあると。名前を言わぬでもいいですが、そのほかのところにあると、こういうふうに理解してよろしいですか。

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 名前は言えないと、しかしそういうところは確かにこの立神岸壁以外にあると、こうおっしゃることですね。そういう意味ですね。

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 「むつ」の問題にはあなた方はもう十分これは検討なさっておられるはずなんです、そういう具体的な問題にも。それなら一体どこにございますか、佐世保の、そういうところが。候補地をひとつ挙げてみてください。

1977-03-11 星野力 科学技術振興対策特別委員会 参議院

星野力君 それは立神岸壁ということでしょう。先ほど横須賀はこれは日本側で自由に使用できるところのドックもないしというお話でありましたが、ドックだけでなしに、係留地もやはり自由に係留できるところでなければいけないと思うんです。佐世保をずっと考えて見ましても、立神を使う以外ないのではないかと思いますが、立神港区というのは、これは御承知のように、現にまだ米軍が押えておる。米軍基地のわけですね。地位協定の二4(a)項にかかっておると思いますが