根本龍太郎 に関する国会発言

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2007-02-28 笠井亮 予算委員会第八分科会 衆議院

○笠井分科員 日本共産党の笠井亮です。  きょうは、東京外郭環状道路、外環道について質問をいたします。  外環道の関越道から東名高速に至る十六キロの区間というのは、一九七〇年にいわゆる凍結宣言がされて以来、凍結をされてきた。しかし、大深度地下を活用した都市計画の変更案が、来月、三月十六日の東京都都市計画審議会で審議されようとしております。  この区間は、練馬区、杉並区、武蔵野市、三鷹市、調布市、狛江市、世田谷区という七区市にまたが

2002-05-15 石原慎太郎 国会等の移転に関する特別委員会 参議院

○参考人(石原慎太郎君) 石原でございます。  今日はお招きをいただきましてありがとうございましたと言いたいんですが、衆議院では二回も行きまして、同じ話なんでもういいだろうと言いましたら、参議院の与党の某大幹部が、衆議院と違って参議院ははるかに品がいいし、良識の府であるから、どうもちょっとそう思えない節もあるけれども、このごろ、まあ是非、トーンも違うし話をしたらどうかということでまかり出ました。  当然、私は反対の立場でいろいろ申し

2001-03-16 緒方靖夫 予算委員会 参議院

○緒方靖夫君 やはり今大きな疑いが、税金の使い方、報償費がどう使われているかということについて大きな問題になっているわけですから、こうした問題がこの国会で出された以上、私は、官房の報償費の使用の責任者であるあなたがこの点についてきちっとはっきりさせる、このことが必要だと思います。しかし、それをやらないと今言われました、野坂氏については。  私は、御両人に対して、私がここできょう問うこと、新たにいろいろ問うてまいりますので、そのことにつ

2000-05-22 中山正暉 行政監視委員会 参議院

○国務大臣(中山正暉君) はい。  石原愼太郎氏が十一月一日に来られまして、ぜひやってくれというので、昭和四十五年、根本龍太郎建設大臣以来凍結されておりますから、こんなことは早く解決しなければ先生の御心配なさっていらっしゃるような経済効果は出てこないと思いますので、頑張りたいと思っております。

2000-04-26 中山正暉 建設委員会 衆議院

○中山国務大臣 先ほど私の兄貴の医者の話を引用されたものですから、私がその話をして、けさも放送を聞いていましたら、中国の昔の医者は治らない限りは治療代を取らなかったというような話をきょうテレビでしておったものですから、ついそれを引用したわけでございます。  私は、道路行政の責任者として、六十一年とおっしゃいましたが、簡単に道路なんというのはできるものじゃございませんで、その出発した時点から、早く道路などを仕上げるようにと会計検査院から

2000-04-20 中山正暉 決算行政監視委員会第四分科会 衆議院

○中山国務大臣 おっしゃるとおり、先ほど一川先生の御質問にもございました。三百キロといいますと東京—名古屋間ぐらいで、大阪—東京が五百五十キロでしたか、ですから、幻の道路とおっしゃいましたが、まことに残念なことです。日本はサミットでも何でも、この間、蔵相会議に行かれた大蔵大臣も、インフラ、内需拡大をしてくれということを注文されておられますが、その基本をなすのは私はやはり道路だと思っております。  いつも言うことでございますが、これは、

2000-03-23 中山正暉 国会等の移転に関する特別委員会 衆議院

○中山国務大臣 石原知事が去年の十一月一日に来ましたので、あなたも国会にいたじゃないかという話をしたのです、決議の出たときから調査会法案から審議会法案から。三十年来の友達でございますから、そういうことを遠慮なしに言えるわけでございます。  そのときに来たのは、圏央道の昭和四十五年、根本龍太郎建設大臣以来の道路の凍結を解除してくれということを言いに来ましたので、それでは私の方からは、あなたも国会にいて、首都機能移転の決議にも参加している

2000-03-15 中山正暉 建設委員会 衆議院

○中山国務大臣 先般、十一月一日に石原都知事も私の部屋へ来てくださいまして、昭和四十五年から、根本龍太郎大臣のときから圏央道が凍結をされている、何とか凍結を解除してくれということでございましたし、反対の地権者の方々をお連れになってこられた先生もおられまして、私はそのときに、現場へ行きますというお約束をいたしました。そして小林先生にも、十二月二十一日でございましたか、大変お世話になりましたことをありがたく感謝を申し上げたいと思います。

2000-02-21 中山正暉 予算委員会 衆議院

○中山国務大臣 お答えを申し上げます。  先般も石原慎太郎知事が来られて、例えば東京の圏央道に対して、これは昭和四十五年、根本龍太郎建設大臣以来凍結をされておるので何とかしてほしいということでございましたので、私は現場へも行きました。反対の関係の方、例えば九百人が賛成をしていまして、あと十四件の方のうちの一件に六十八人の一坪地主が入っていまして、私の部屋でお話ししてから現場へ入りますまでに二十日間ぐらいしか期間がありませんでしたが、イ

1999-11-16 中山正暉 国土・環境委員会 参議院

○国務大臣(中山正暉君) この間、これは閣議でも申したのでございますが、私は、百八十七ぐらいの国との交流がありますのに六十四も東京に大使館がない、それから二十二の大使館が北京から日本を兼轄しているという、そんなことでいいのかなと。  東京に大使館が持てないようなもの、これは首都機能移転とも私は関連をしてくると思いますが、やっぱり国際競争力というのは、そういう外国の方が日本に来ていただけるような国土づくり、土地政策。  それからまた、

1999-11-10 中山正暉 建設委員会 衆議院

○中山国務大臣 私は、これは企業でもそうでございますが、経常的な経費を銀行から借りるようになって、社員の給料を銀行から借りて払うようになったら、もうこの企業は危ないと。しかし、設備投資をして、これから企業を伸ばすために借りる借金というのは、これは大変いい性質の借金でございますから。私は、今のところの日本というのは、そういう意味で、これはしっかり経済再生に備えるために、先生のおっしゃるように適正なそういう公共投資というものをする必要はある

1998-03-12 西村眞悟 安全保障委員会 衆議院

○西村(眞)委員 ぜひよろしくお願いいたします。  北朝鮮は行方不明者の捜索には協力するというようなことを言っておりますけれども、実は、それを聞いて一番危惧しましたのは、結局日本が捜している行方不明者は我が国にはおりませんよ、いろいろリストを上げましたけれども結局おりませんよ、こういうふうに存在そのものがおらないという状況にして言ってくる可能性がある、こういうふうな危惧を私は持ちました。  また、外交の御努力は私もよく心得ております

1990-04-19 緒方信一郎 議院運営委員会 衆議院

○緒方事務総長 まず最初に、議長から、永年在職議員として表彰されました故元議員根本龍太郎先生に対する弔詞贈呈の報告がございまして、弔詞を朗読されます。  次に、議員請暇の件についてお諮りをいたします。  次に、日程第一につき、衛藤大蔵委員長の報告がございまして、共産党が反対でございます。  次に、日程第二につき、上田沖縄及び北方問題に関する特別委員長の報告がございまして、全会一致であります。  次に、日程第三につき、亀井農林水産

1990-04-19 山下徳夫 議院運営委員会 衆議院

○山下委員長 これより会議を開きます。  まず、元議員根本龍太郎君逝去につき弔詞贈呈報告の件についてでありますが、去る三月十九日、永年在職議員として表彰された元議員根本龍太郎君が逝去されました。  ここに謹んで哀悼の意を表します。  弔詞につきましては、お手元の印刷物のとおりの特別弔詞を、理事各位の御了承を得まして、葬儀当日、議長から贈呈していただきましたので、御了承願います。     ─────────────  衆議院は 

1990-04-19 櫻内義雄 本会議 衆議院

○議長(櫻内義雄君) 御報告いたすことがあります。  永年在職議員として表彰された元議員根本龍太郎君は、去る三月十九日逝去されました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。  同君に対する弔詞は、議長において去る四月十六日贈呈いたしました。これを朗読いたします。     〔総員起立〕  衆議院は 多年憲政のために尽力し 特に院議  をもってその功労を表彰され さきに予算委員  長の要職につき またしばしば国務大臣の重任  に

1988-03-24 角屋堅次郎 内閣委員会 衆議院

○角屋委員 米の問題について少しくお尋ねをいたしたいと思います。  米の問題ということになれば、食管制度の問題あるいは米の流通にかかわる問題では米流通研究会報告というのがあったりして、また同時に、農政審議会ではセクション別にいろいろ検討して、まあ三月末というのは少しずれるかと思うのですけれども、焦点の問題についてはひとつ議論の取りまとめをやろうという段階に来ておるわけです。そういう問題については時間の関係上触れるゆとりはございませんが

1985-10-30 川俣健二郎 予算委員会 衆議院

○川俣委員 今から十五年前の建設大臣というのは根本龍太郎先生、大変に農業にも明るい、見識の深い方でございますが、この方が、結局私の質問に対して、結論的には、そういうところまでは考えていないんだ、田んぼの水までは考えていないんだ、慣行水利権というのはずっと徳川時代からあるんだというような話をされておるのが議事録に出てきたのですが、これは御存じですか。

1985-03-07 小沢貞孝 予算委員会第二分科会 衆議院

○小沢(貞)分科員 大臣も十分御承知だと思いますが、今度は一転、大変易しい質問でありますので、ひとつどうぞ建設的な御答弁をお願いいたしたいと思います。  差し上げた資料の中にありますように、我々は大変ユニークな議員連盟をつくっているわけです。米消費拡大・純米酒推進議員連盟、こういうのをつくって約二百六十名が加盟をいたしております。差し上げた資料の中にも役員の名前が出ておりますが、つい最近までは根本龍太郎先生、今度は長谷川峻先生を会長に

1984-04-10 内藤功 予算委員会 参議院

○内藤功君 実は自民党がまとめた政党法要綱をおつくりになった吉村正先生が昨夜逝去されたそうでございます。そこで、この吉村先生の中心にたってつくった案があるわけですね、吉村私案という。これは根本龍太郎基本問題調査会会長からたたき台としてつくってくれと言われて二週間でつくったと吉村さんは言っておられました。さて総理、この吉村私案というのはまさに自民党の案のたたき台、素案じゃないんですか。

1983-05-24 福田一 本会議 衆議院

○議長(福田一君) 右の結果、中曽根内閣不信任決議案は否決されました。(拍手)     ─────────────  飛鳥田一雄君外四名提出中曽根内閣不信任決議案を可とする議員の氏名       阿部 助哉君    阿部未喜男君       飛鳥田一雄君    五十嵐広三君       井岡 大治君    井上  泉君       井上 一成君    井上 普方君       伊賀 定盛君    伊藤  茂君