江藤洋一 に関する国会発言
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○参考人(江藤洋一君) 大変難しい質問で、私が答えられるかどうか分かりませんけれども。 先ほど来の話の続きになりますけれども、収集した情報をいかに分析するかという問題と、その情報のどこまでが開示されてどこまでが秘匿されなければならないかという問題というのは似て非なる問題で、ちょっと次元が違う問題なんだろうと思うんですね。だから、そのことの立て付けがまずどうなっているかということが大事であって、私どもの基本的な考え方は、やはりより多く
○参考人(江藤洋一君) まず、国会法を見ましても、また参議院情報監視審査会規程を見ましてもその第一条にこの審査会の目的事項がございます。ただ、そこに書かれている権限が非常に、何といいましょうか、迂遠な書き方のように思えて、もっと直截にこうしろというふうな規定ぶりになっていない。だから、その調査というのが何をどこまで調査するのかがよく分からない規定ぶりになっている。 したがって、どうもその調査というのは間接的な調査が主な方法になってい
○参考人(江藤洋一君) 私もそれを申し上げたかったところでございます。 おっしゃるとおりで、じゃ、例えば、我が国の同盟関係にあるアメリカ等々がファイブアイズという国で情報を交流しております。この法律ができて果たしてそういう情報が我が国に来たのか来なかったのか、まずその検証を先行すべきであろうかと思います。来ていないんだったらあんまり意味がなかったと、こういうことになりかねない、それが一点。 それと、もう一つ、この秘密保護法の冒頭
○参考人(江藤洋一君) これは、先生方に申し上げるのは釈迦に説法でございますが、この特定秘密保護法と対照的な情報公開法を見ていただきたい。その開示請求の対象になるのは文書、行政文書、有体物でございます。ですので、その文書が存在しなければ文書不存在という理由で開示が認められないという、こういう立て付けになっております。 ところが、この特定秘密保護法のこれこれのものというものは、物ではなくて平仮名のもの、抽象的な、一般的な、今三木さんお
○参考人(江藤洋一君) 御質問ありがとうございました。 まず、その質問にお答えする前に、先ほど申し上げましたツワネ原則でどうなっているかということを申し上げます。ツワネ原則におきましては情報をした市民の方を処罰してはならないと、こういう原則を確立しております。ただ、これは各国の実定法になっておりませんで、あくまで法原則ということでございますので、そういう理念があるということをまず一つ御理解いただきたいと思います。 さて、その上で
○参考人(江藤洋一君) すぐに終わります、委員長。はい、すぐに終わります。 内部通報制度でございます。内部通報制度は非常に使い勝手の悪いものになっております。まず、その特定秘密を指定したその行政機関の長にまず内部通報をせよと、こういうふうになっているんですが、これはいかにも立て付け上無理があるというふうに思います。ですので、せめて公文書管理監を最初の通報先にしていただくということ、さらにまた、これはちょっと制度論に及びますけれども、
○参考人(江藤洋一君) 弁護士の江藤洋一でございます。 本日は、一党一派のみならず、また一選挙区のみならず、全国民を代表する諸先生方の前でこのように意見陳述の機会を与えていただき、誠にありがとうございます。厚く御礼を申し上げます。 本日の趣旨は、ただいま委員長よりお話ございましたように、主として運用状況、活動についての御下問かと理解をしておりますが、その前提として、まず私どもの基本的な立場を申し述べさせていただきたいと思います。
○会長(藤井基之君) ただいまから情報監視審査会を開会いたします。 行政における特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施の状況に関する調査のうち、特定秘密保護制度の運用状況及び情報監視審査会の活動に関する件を議題といたします。 本日は、本件について三名の参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。 御出席いただいております参考人は、弁護士・日本弁護士連合会秘密保護法・共謀罪法対策本部委員江藤洋一君、特定非営利活動法
○参考人(江藤洋一君) 今先生の御指摘の点は、法案第十二条の中に出てきますテロリズムの定義にかかわることだろうと思います。そこにはどう書かれているかと申しますと、「政治上その他の主義主張に基づき、」、ここで点が打たれております、「国家若しくは他人にこれを強要し、」、ここでまた点が打たれております、「又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、」が一固まりになって、ここでまた点が打たれております、そしてまたその後に、「又は重要な施
○参考人(江藤洋一君) 今の先生のお話はいろんな角度から検証されるべき問題だと思いますが、自由闊達な民主主義社会というのは、やはり思想的な自由、そしてその思想的な自由は何によって維持されるかといえば、環境あるいはそういうふうな監視の目が自分に働いていないということによって維持されるんだろうというふうに思います。そういう意味で、大変危険な内容になっているかと思います。
○参考人(江藤洋一君) 逮捕状にも捜索差押令状にも、また起訴状にも、起訴状はまた後でお話しします、令状には犯罪事実というものが記載されなければなりません。その記載の内容というのはできる限り具体的であることが望まれるわけですが、今おっしゃったように、その秘密を公にすることができませんので、その記載もなされないまま恐らくそういう令状実務が執行されるだろうというふうに思われます。ですから、分からないままだというのはおっしゃるとおりだと思います
○参考人(江藤洋一君) それは先生のおっしゃるとおりだと思います。
○参考人(江藤洋一君) 先生がただいまおっしゃられたことは、いわゆる独立教唆、独立共謀のことだと思います。 それは先生の御指摘のとおりだというふうに思います。大変危険な条文なんですが、それ以上に問題なのは、今先生がおっしゃられたように、これは秘密かもしれない、分からない、しかしそれは、実際の裁判においては未必の故意といって、故意があるという認定に傾く可能性を秘めております。ですから、そういう意味でもまた危険な内容になっているというふ
○参考人(江藤洋一君) 我が国では、多分、法の支配とか法治主義というのが、その本来の意味と違った意味で用いられているのではないかというふうに思います。すなわち、法治主義とは国民を法で縛るものだという理解がどこかにあるんではないかなという危惧を抱くところでございます。しかし、そうではなくて、政府の公権力の行使を法で縛るというところに法の支配、法治主義ということの意味があるんではないかというふうに思うわけでございます。 その辺の履き違え
○参考人(江藤洋一君) それは文字どおり、私ども日弁連が常々申し上げてきたところとおおむね一致をしております。 やはり、国民が情報にアクセスできないということの危険性、それは、大丈夫だと言われても、そのこと自体が分からないというところに最大の問題があるわけでございまして、知らされなければいけないのは当然ですが、仮に秘密にしなければいけないとしても、それをどういう形で制約するかということがまず考えられなければいけないんではないかと思い
○参考人(江藤洋一君) 先生がおっしゃっているのは現行の二十四条のことだろうと思いますが、先ほど申し上げました問題点があることに加え、確かにその犯罪が成立するまでには長い道のりがあるなというふうには感じます。 いずれにしろ、こういう目的があるか否かということは裁判でようやく明らかになってくることでございます。捜査の段階では、この辺がまだ曖昧なまま進む可能性がないわけではございません。ですので、特に捜索を受けたり、あるいは逮捕されたり
○参考人(江藤洋一君) まず、中野先生方始めこの第九条に御尽力いただいて、私は大変敬意を表するものでございます。国民が一番不安に思っておられるところをどうやって条文に盛り込もうかという御努力の結果ではないかというふうに思っております。 ただ、第三者機関制ということには、先ほども申し上げたような問題性がございます。ですので、そこは重ねて申しませんが、さらにもう一つ、この九条で少し気になりますのは、特定秘密の指定及び解除について検証する
○参考人(江藤洋一君) それは、根底に国民がこの問題に対する不安感を持っているんだろうと思います。確かにそれは漠とした不安だろうと思いますが、その実態が分からないからこそますます不安になっているという現実があるように思います。 私ども、二年前からこの問題を指摘させていただきました。開示を求めましたが、その法案の中身は全て黒塗りでございました。おっしゃるように、やっと一か月足らずの間にこうなったわけですが、その前にこの法案の概要につい
○参考人(江藤洋一君) ですから、第三者機関の一番の問題点はその第三者性にあるということでございます。我々はなぜ裁判官の判断に従うか、公正な裁判所とは何かということをよく言われるんですけれども、それは構成が、裁判所の構成が公正なものでなければいけない。つまり、当事者と一定の関係にある人はその裁判所から排除される、排除される第三者だからこそその判断は手続的に公正なものだと、こういうふうに認められる。それは常識的な見方だろうと思います。
○参考人(江藤洋一君) 私も全くそう考えておりまして、先ほど申し上げた点もその点でございます。その六十年のチェックすら利かない幾つかの項目を見ましたけれども、私は暗号はやむを得ないんではないかと先ほど申し上げましたけれども、六十年前の暗号なんてほとんど子供だましのような内容かもしれないし、そんなことを本当に守る必要があるのかなという疑問があるわけでございます。 やはり、先ほどの質問にもございましたけれども、六十年たったときというのは