鈴木美枝子 に関する国会発言

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1977-06-07 宮崎正雄 文教委員会 参議院

○委員長(宮崎正雄君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  去る五月二十四日、柄谷道一君及び小林国司君が委員を辞任され、その補欠として中沢伊登子君及び志村愛子君が、同月二十六日、内田善利君が委員を辞任され、その補欠として柏原ヤス君が選任されました。  また、本日、白木義一郎君、久保田藤麿君、内藤誉三郎君、鈴木美枝子君及び宮之原貞光君が委員を辞任され、その補欠として太田淳夫君、戸塚進也

1977-04-27 稲嶺一郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○委員長(稲嶺一郎君) この際、委員の異動について御報告いたします。ただいま、鈴木美枝子君が委員を辞任され、その補欠として森下昭司君が選任されました。     —————————————

1977-04-26 宮崎正雄 文教委員会 参議院

○委員長(宮崎正雄君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  去る二十二日、久保亘君、安永英雄君、赤桐操君、粕谷照美君、佐藤信二君、永野嚴雄君、福井勇君が委員を辞任され、その補欠として宮之原貞光君、鈴木美枝子君、秋山長造君、小野明君、久保田藤麿君、志村愛子君、内藤誉三郎君が、また昨二十五日、小野明君及び宮之原貞光君が委員を辞任され、その補欠として安永英雄君及び小柳勇君がそれぞれ選任されま

1977-04-21 宮崎正雄 文教委員会 参議院

○委員長(宮崎正雄君) 委員の異動について御報告いたします。  ただいま宮之原貞光君、鈴木美枝子君、小野明君、秋山長造君及び久保田藤麿君が委員を辞任され、その補欠として、久保亘君、安永英雄君、赤桐操君、粕谷照美君及び佐藤信二君が選任されました。     —————————————

1977-04-16 河野謙三 本会議 参議院

○議長(河野謙三君) 投票の結果を報告いたします。   投票総数         二百十八票   白色票          百二十二票   青色票           九十六票  よって、三案は可決されました。(拍手)      —————・—————   〔参照〕  賛成者(白色票)氏名      百二十二名       安孫子藤吉君    井上 吉夫君       伊藤 五郎君    岩動 道行君       石

1977-03-31 河野謙三 本会議 参議院

○議長(河野謙三君) 投票の結果を報告いたします。   投票総数         二百十四票   白色票          百二十四票   青色票            九十票  よって、両案は可決されました。(拍手)      —————・—————   〔参照〕  賛成者(白色票)氏名      百二十四名       安孫子藤吉君    青井 政美君       青木 一男君    井上 吉夫君       岩

1977-03-10 稲嶺一郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○委員長(稲嶺一郎君) 理事辞任の件につきましてお諮りいたします。  鈴木美枝子君から、文書をもって、都合により理事を辞任したい旨の申し出がございました。これを許可することに御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1976-12-30 稲嶺一郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○委員長(稲嶺一郎君) 御異議ないと認めます。  それでは理事に岡田広君、佐藤信二君、鈴木美枝子君及び相沢武彦君を指名いたします。  本日はこれにて散会いたします。    午前十時二十一分散会

1976-12-30 鈴木美枝子 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

鈴木美枝子君 委員長の選任は、主宰者の指名に一任することの動議を提出いたします。

1976-12-24 稲嶺一郎 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○委員長(稲嶺一郎君) 御異議ないと認めます。  それでは理事に岡田広君、佐藤信二君、鈴木美枝子君及び相沢武彦君を指名いたします。  本日はこれにて散会いたします。    午後三時三十分散会

1976-12-24 鈴木美枝子 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

鈴木美枝子君 委員長の選任は、主宰者の指名に一任することの動議を提出いたします。

1976-11-04 河野謙三 本会議 参議院

○議長(河野謙三君) 投票の結果を報告いたします。   投票総数         二百四十六票   白色票           百二十六票   青色票            百二十票  よって、国有鉄道運賃法及び日本国有鉄道法の一部を改正する法律案は可決されました。(拍手)      —————・—————   〔参照〕  賛成者(白色票)氏名      百二十六名       安孫子藤吉君    青井 政美君    

1976-11-04 河野謙三 本会議 参議院

○議長(河野謙三君) 投票の結果を報告いたします。   投票総数        二百四十三票   白色票          百二十六票   青色票           百十七票  よって、公衆電気通信法の一部を改正する法律案は可決されました。(拍手)      ─────・─────   〔参照〕  賛成者(白色票)氏名      百二十六名       安孫子藤吉君    青井 政美君       青木 一男君   

1976-11-02 鈴木美枝子 文教委員会 参議院

鈴木美枝子君 関連。永井文部大臣に、家庭科の問題なんでございますけれども、中学校から選択科目として選ぶ女性の生徒に、女性であるということの意識を男女別の中で教育されるわけですけれども、女性の意識を持たせる最初がこの選択の家庭科にあるんじゃないか、こういうふうに思うんでございますね。そしてそれが中学校、高校にまいりますうちに、育児の問題とか、家庭経済の問題ということを分類しながらやっていく。その方向は、女性の意識というものを中学生の十歳

1976-10-21 鈴木美枝子 文教委員会 参議院

鈴木美枝子君 学生だったから社会保障がないわけです。働いていて積み立てをしているわけじゃないんですから。ですから、学校内でけがをして、そのまま学校へ行かなくなって社会に出た場合には、親の社会保障の中でやっていかなければならない。だから、一生の間、親がいなければもうとてもやれないという状態が現実にある。そしてそれは日本のスポーツに大いにかかわってくる問題なのです。日本のスポーツでこのオリンピックに出た選手の方が、いま日本体育大学の教授を

1976-10-21 鈴木美枝子 文教委員会 参議院

鈴木美枝子君 それではおつくりになったものに対して国家が補償する、文部省が補償する段階にはなっていっているのですね。

1976-10-21 鈴木美枝子 文教委員会 参議院

鈴木美枝子君 そういう制度があるということは私も調べてわかりました。ですけれど、現実に事故が起きた人々が学生のことですから、十八歳、十九歳の人がすぐに死ぬというわけじゃないんです。一生生きて、あなたも一生生きると同じように一生生きていくのに下半身がぐあいが悪ければ、上半身でできる仕事を大学でも保障する。松田先生がおっしゃるのは私もその通りだと思ったのです。このオリンピックに出た松田先生がおっしゃるのも、体育学校の中でできる仕事を、あと

1976-10-21 鈴木美枝子 文教委員会 参議院

鈴木美枝子君 自分で勝手にけがをしたんだとか、好きでスポーツをしているんだという言い方になりますと、専門学校の日本の体育学校とか、日本に幾つかある専門大学に対しての考え方がまるで違うのじゃないか。永井文部大臣もそう思いませんか。学校内での事故ですね。体育をやっている最中の事故なんです。その補償金について、いまあるスポーツ安全協会にしましても、これは元岸総理大臣が会長になっているようなぐあいになって、東京の中で、日本体育協会の一室に小さ

1976-10-21 鈴木美枝子 文教委員会 参議院

鈴木美枝子君 私が労災病院へ行きまして、現実的に事故に遭った峯岸さん。それからもう一人柔道で事故を起こした日本体育大学の学生でございますが、その方たちに会ってみますと、医者は病名として頸椎第四第五骨折とつけている。現実に会ってみると、ほとんど立つことができない、歩くことができない、そして便所へ行くこともできないというわけでございます。だけれども意識ははっきりしております。その状態をすべて話すことができるので、その話を聞いてまいりました

1976-10-21 鈴木美枝子 文教委員会 参議院

鈴木美枝子君 児童、学生の安全を守るという意味において日本学校安全会、それから大学のスポーツ安全協会、この二通りの会があることがよくわかりました。たとえば、スポーツ安全協会——大学の問題なんでございますが、これはオリンピックの選手にまでかかわる問題、スポーツ全体の問題なんです。どうも、このスポーツ安全協会を調べてみますと、一般大学は民間の保険会社に入る、保険会社の形式をとっていると思われる節があるんでございます。永井文部大臣がいまおっ