沖縄及び北方問題に関する特別委員会
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会
会議録情報#0
平成七年十二月六日(水曜日)
午後一時開会
—————————————
委員の異動
十月五日
辞任 補欠選任
星野 朋市君 小川 勝也君
十月十一日
辞任 補欠選任
小川 勝也君 星野 朋市君
—————————————
出席者は左のとおり。
委員長 成瀬 守重君
理 事
木宮 和彦君
坪井 一宇君
風間 昶君
谷本 巍君
委 員
尾辻 秀久君
橋本 聖子君
三浦 一水君
加藤 修一君
高野 博師君
福本 潤一君
星野 朋市君
菅野 久光君
照屋 寛徳君
吉岡 吉典君
武田邦太郎君
島袋 宗康君
奥村 展三君
国務大臣
外 務 大 臣 河野 洋平君
国 務 大 臣
(総務庁長官) 中山 正暉君
国 務 大 臣
(沖縄開発庁長
官) 高木 正明君
政府委員
防衛庁参事官 藤島 正之君
防衛庁防衛局長 秋山 昌廣君
防衛施設庁長官 諸冨 増夫君
防衛施設庁総務
部長 大野 琢也君
防衛施設庁施設
部長 小澤 毅君
防衛施設庁建設
部長 田中 幹雄君
沖縄開発庁総務
局長 嘉手川 勇君
外務政務次官 福田 康夫君
外務省北米局長 折田 正樹君
外務省欧亜局長 浦部 和好君
外務省条約局長 林 暘君
事務局側
第一特別調査室
長 入内島 修君
説明員
運輸省航空局管
制保安部管制課
長 吉田 徹雄君
—————————————
本日の会議に付した案件
○沖縄及び北方問題に関しての対策樹立に関する
調査
(沖縄県における米兵による少女暴行事件に関
する件)
(米軍基地と沖縄振興開発に関する件)
(在沖米軍基地の整理・縮小に関する件)
(日米地位協定の見直しに関する件)
(軍転特措法の見直しに関する件)
(米軍基地の環境汚染対策に関する件)
(米軍用地強制使用問題に関する件)
(戦争マラリア遺族補償に関する件)
(北方領土返還推進問題に関する件)
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この発言だけを見る →午後一時開会
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委員の異動
十月五日
辞任 補欠選任
星野 朋市君 小川 勝也君
十月十一日
辞任 補欠選任
小川 勝也君 星野 朋市君
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出席者は左のとおり。
委員長 成瀬 守重君
理 事
木宮 和彦君
坪井 一宇君
風間 昶君
谷本 巍君
委 員
尾辻 秀久君
橋本 聖子君
三浦 一水君
加藤 修一君
高野 博師君
福本 潤一君
星野 朋市君
菅野 久光君
照屋 寛徳君
吉岡 吉典君
武田邦太郎君
島袋 宗康君
奥村 展三君
国務大臣
外 務 大 臣 河野 洋平君
国 務 大 臣
(総務庁長官) 中山 正暉君
国 務 大 臣
(沖縄開発庁長
官) 高木 正明君
政府委員
防衛庁参事官 藤島 正之君
防衛庁防衛局長 秋山 昌廣君
防衛施設庁長官 諸冨 増夫君
防衛施設庁総務
部長 大野 琢也君
防衛施設庁施設
部長 小澤 毅君
防衛施設庁建設
部長 田中 幹雄君
沖縄開発庁総務
局長 嘉手川 勇君
外務政務次官 福田 康夫君
外務省北米局長 折田 正樹君
外務省欧亜局長 浦部 和好君
外務省条約局長 林 暘君
事務局側
第一特別調査室
長 入内島 修君
説明員
運輸省航空局管
制保安部管制課
長 吉田 徹雄君
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本日の会議に付した案件
○沖縄及び北方問題に関しての対策樹立に関する
調査
(沖縄県における米兵による少女暴行事件に関
する件)
(米軍基地と沖縄振興開発に関する件)
(在沖米軍基地の整理・縮小に関する件)
(日米地位協定の見直しに関する件)
(軍転特措法の見直しに関する件)
(米軍基地の環境汚染対策に関する件)
(米軍用地強制使用問題に関する件)
(戦争マラリア遺族補償に関する件)
(北方領土返還推進問題に関する件)
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成
成瀬守重#1
○委員長(成瀬守重君) ただいまから沖縄及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。
この際、中山総務庁長官から発言を求められておりますので、これを許します。中山総務庁長官。
この発言だけを見る →この際、中山総務庁長官から発言を求められておりますので、これを許します。中山総務庁長官。
中
中山正暉#2
○国務大臣(中山正暉君) このたび総務庁長官に任ぜられ、北方対策本部長として、国民的課題である北方領土問題の解決促進に取り組むことになりました中山正暉でございます。
本年は終戦後五十年を迎えるわけでございますが、我が国固有の領土である北方領土の返還を、国民の総意に基づいて、一日も早く実現することが重要な課題であると強く認識をいたしております。
この北方領土問題の解決のためには、早期返還を求める国民の一致した声がますます重要となっておりますので、国民世論の高揚を図るため諸施策を一層推進してまいる所存でございます。
与えられた職員の重さを痛感し、誠心誠意職務の遂行に当たる所存でございますので、委員長を初め理事、委員の皆様方の御理解と御協力をよろしくお願い申し上げまして、ごあいさつといたします。どうぞよろしくお願いいたします。
この発言だけを見る →本年は終戦後五十年を迎えるわけでございますが、我が国固有の領土である北方領土の返還を、国民の総意に基づいて、一日も早く実現することが重要な課題であると強く認識をいたしております。
この北方領土問題の解決のためには、早期返還を求める国民の一致した声がますます重要となっておりますので、国民世論の高揚を図るため諸施策を一層推進してまいる所存でございます。
与えられた職員の重さを痛感し、誠心誠意職務の遂行に当たる所存でございますので、委員長を初め理事、委員の皆様方の御理解と御協力をよろしくお願い申し上げまして、ごあいさつといたします。どうぞよろしくお願いいたします。
成
福
福田康夫#4
○政府委員(福田康夫君) このたび外務政務次官に就任いたしました福田康夫でございます。
河野外務大臣を補佐いたしまして、微力でありますが、職務を全うするため全力を傾ける所存でございます。
北方領土問題につきましては、さらに粘り強く対ロ外交を進め、また沖縄問題の解決のため努力してまいる所存であります。
成瀬委員長を初め本特別委員会の各委員の御指導、御鞭撻と御協力をお願い申し上げまして、就任のごあいさつとさせていただきます。
この発言だけを見る →河野外務大臣を補佐いたしまして、微力でありますが、職務を全うするため全力を傾ける所存でございます。
北方領土問題につきましては、さらに粘り強く対ロ外交を進め、また沖縄問題の解決のため努力してまいる所存であります。
成瀬委員長を初め本特別委員会の各委員の御指導、御鞭撻と御協力をお願い申し上げまして、就任のごあいさつとさせていただきます。
成
成
尾
尾辻秀久#7
○尾辻秀久君 自民党の尾辻です。私は、昨年の六月からことしの七月まで、沖縄開発庁の政務次官をさせていただきました。その間、沖縄の美しい自然、そして温かい人情、沖縄開発庁の家庭的な雰囲気の中で大変お世話になりまして、楽しい思い出を幾つもつくってもらいました。その沖縄で余りにもむごたらしい事件が起きたのであります。どうしても怒りをあらわしたくて、この時間をいただきました。
事件発生後、直ちに私も沖縄に参りました。かっかかっかしておりましたから、冷静になれと自分に言い聞かせながら、県や県警の方のお話も伺いました。またその後、十月の二十一日であったと思いますが、抗議集会が開かれました。私は一参加者として後ろの方に立っておりました。そんな中から申し上げたいことや質問したいこと、幾つもありますけれども、無理していただいた時間でありますから、一問のみにさせていただきます。
この事件後、総理を初め官房長官、外務大臣、防衛庁長官などの発言が相次ぎました。私は、その皆さんに、まず国民の一人として怒ってほしい、沖縄県民とともに悲しんでほしい、何はともあれ少女には謝ってほしいと思っていたのであります。私も日米安保は大事だと思っておる一人でありますが、それはそれとして、そう言ってほしいな、その気持ちをまず沖縄の皆さんに伝えてほしいなと思いながら聞いておったのでありますが、残念ながら新聞、テレビではその気持ちが伝わらなかったと思います。
各大臣に改めてそのことをお聞きしますので、述べていただきたいと思います。
この発言だけを見る →事件発生後、直ちに私も沖縄に参りました。かっかかっかしておりましたから、冷静になれと自分に言い聞かせながら、県や県警の方のお話も伺いました。またその後、十月の二十一日であったと思いますが、抗議集会が開かれました。私は一参加者として後ろの方に立っておりました。そんな中から申し上げたいことや質問したいこと、幾つもありますけれども、無理していただいた時間でありますから、一問のみにさせていただきます。
この事件後、総理を初め官房長官、外務大臣、防衛庁長官などの発言が相次ぎました。私は、その皆さんに、まず国民の一人として怒ってほしい、沖縄県民とともに悲しんでほしい、何はともあれ少女には謝ってほしいと思っていたのであります。私も日米安保は大事だと思っておる一人でありますが、それはそれとして、そう言ってほしいな、その気持ちをまず沖縄の皆さんに伝えてほしいなと思いながら聞いておったのでありますが、残念ながら新聞、テレビではその気持ちが伝わらなかったと思います。
各大臣に改めてそのことをお聞きしますので、述べていただきたいと思います。
河
河野洋平#8
○国務大臣(河野洋平君) 沖縄の皆様の基地問題に対します感情というものは、戦中戦後いろいろないきさつがあって今日を迎えているわけで、定めし複雑な心境でもありましょうし、今議員がお話しのように、お怒りもあるだろうと思います。あるいはまた、あの基地の周辺の方々には不安もあるでしょうし、不満もあるだろうということは私もよくわかります。
そういう状況の中で、今回のあの信じがたい事件が発生をいたしました。私も、今議員がお話しのように、今回のこの事件、少女に対する暴行という余りにも、何といいますか、むごいこうした事件について憤りを禁じ得ません。私は御本人に対して、あるいは御両親に対して、あるいは御関係の皆さんに対して、心からお見舞いをまず申し上げたいと思います。
と同時に、私はそうした気持ちを持ってアメリカ、具体的にはモンデール大使でございますけれども、大使に対して、こうした信じがたいこの事件にアメリカとしての気持ちを述べていただぎたいということを、私は怒りを抑えて申し上げたつもりでございます。御承知のとおり、モンデール大使、あるいはペリー国防長官、クリストファー国務長官、さらにはクリントン大統領に至るまで今回の問題について陳謝の意を表しておられます。
しかしながら、先般、衆議院の委員会におきまして、陳謝の意は聞いた、しかし被害者御自身に対して何をしたのか、お見舞いをきちんとしたかと、こういうお尋ねがございました。
しかし、この問題は、実は沖縄の地元の方々から、個人のプライバシーにかかわる問題であって、住所ももちろん公表しないし、御本人の名前その他も、一切公表しない。したがって、手紙をお出しするようなわけにもいかない。強いて言えば、県知事にお渡しをするとか、あるいは地域の公的な方にお渡しをするということは可能ではあるかもしれないが、モンデール大使はそれができるなら自分はぜひそうしたいというふうに言っておられましたし、私も実はそういう気持ちでございます。心からのお見舞いを申し上げると同時に、沖縄の皆さんの心を心としていきたいというふうに思っております。
この発言だけを見る →そういう状況の中で、今回のあの信じがたい事件が発生をいたしました。私も、今議員がお話しのように、今回のこの事件、少女に対する暴行という余りにも、何といいますか、むごいこうした事件について憤りを禁じ得ません。私は御本人に対して、あるいは御両親に対して、あるいは御関係の皆さんに対して、心からお見舞いをまず申し上げたいと思います。
と同時に、私はそうした気持ちを持ってアメリカ、具体的にはモンデール大使でございますけれども、大使に対して、こうした信じがたいこの事件にアメリカとしての気持ちを述べていただぎたいということを、私は怒りを抑えて申し上げたつもりでございます。御承知のとおり、モンデール大使、あるいはペリー国防長官、クリストファー国務長官、さらにはクリントン大統領に至るまで今回の問題について陳謝の意を表しておられます。
しかしながら、先般、衆議院の委員会におきまして、陳謝の意は聞いた、しかし被害者御自身に対して何をしたのか、お見舞いをきちんとしたかと、こういうお尋ねがございました。
しかし、この問題は、実は沖縄の地元の方々から、個人のプライバシーにかかわる問題であって、住所ももちろん公表しないし、御本人の名前その他も、一切公表しない。したがって、手紙をお出しするようなわけにもいかない。強いて言えば、県知事にお渡しをするとか、あるいは地域の公的な方にお渡しをするということは可能ではあるかもしれないが、モンデール大使はそれができるなら自分はぜひそうしたいというふうに言っておられましたし、私も実はそういう気持ちでございます。心からのお見舞いを申し上げると同時に、沖縄の皆さんの心を心としていきたいというふうに思っております。
中
中山正暉#9
○国務大臣(中山正暉君) 尾辻先生のお気持ち、全く同感でございまして、私どもは沖縄に対しては特別な気持ちがございます。昭和二十年の四月一日に米軍が上陸して、慶良間列島には二十七日に上陸をしておりますが、六月の二十二日、摩文仁の丘で牛島中将が腹を切られるまで、陸上戦闘が唯一日本国土として行われたところでございます。
そういう沖縄という地政学的な問題が、今でもなお基地の七五%が沖縄に集中しているという状況を考えますと、本当に今回の勉学にいそしむために学校のノートを買いに行った子供を、十二歳の少女をレンタカーに拉致してそういう事件に及んだということは、日米間の友好関係を我々大事にしております中で、まことに心ない、モンデール大使も非常に恥ずべき動物的な行為だとおっしゃって、遺憾の意を、今外務大臣がおっしゃいましたように、私どもに対しても示されておられるわけでございます。
私どもも、心痛む問題ではございますが、親告罪でもあるわけでございまして、御本人の将来のためには、まことに御本人に直接そういう意味での接触ができないというもどかしさはございますが、心から私どもの表明する気持ちが御本人に伝わるように我々も念願をいたしておりますし、これからの基地問題に対しましては、基地問題連絡協議会というようなものをつくりまして、各省庁一致協力して今後こういうことがないように大いに日米間の協議の対象にしてまいってはいかがかと、そんなふうに考えながら、本当に御本人に対してはお気の毒でございましたと、心から今後の人生の無事平穏を祈りたいという気持ちでございます。
この発言だけを見る →そういう沖縄という地政学的な問題が、今でもなお基地の七五%が沖縄に集中しているという状況を考えますと、本当に今回の勉学にいそしむために学校のノートを買いに行った子供を、十二歳の少女をレンタカーに拉致してそういう事件に及んだということは、日米間の友好関係を我々大事にしております中で、まことに心ない、モンデール大使も非常に恥ずべき動物的な行為だとおっしゃって、遺憾の意を、今外務大臣がおっしゃいましたように、私どもに対しても示されておられるわけでございます。
私どもも、心痛む問題ではございますが、親告罪でもあるわけでございまして、御本人の将来のためには、まことに御本人に直接そういう意味での接触ができないというもどかしさはございますが、心から私どもの表明する気持ちが御本人に伝わるように我々も念願をいたしておりますし、これからの基地問題に対しましては、基地問題連絡協議会というようなものをつくりまして、各省庁一致協力して今後こういうことがないように大いに日米間の協議の対象にしてまいってはいかがかと、そんなふうに考えながら、本当に御本人に対してはお気の毒でございましたと、心から今後の人生の無事平穏を祈りたいという気持ちでございます。
高
高木正明#10
○国務大臣(高木正明君) 尾辻先生のただいまの話、私も全く同感でありますが、米軍人による女子小学生の痛ましい事件が発生したことは極めて遺憾であると思います。子を持つ親の心情をはかりますと私も激しい憤りを禁じ得ないわけであります。関係者の深い悲しみと強い憤りは、私も県民の方々と全く同じ気持ちであることを申し上げておきたいと思います。
去る十月二十一日に開催された県民の総決起大会は、やはりこうした大きな不安や不満、心からの憤りをあらわしたものとして私はよく理解をするところであります。今回の事件に関連して去る十一月四日、総理が大田知事と会談された際に、総理から心から申しわけない旨のお話をされたと伺っております。私も閣僚の一人として全く同じ気持ちであることを申し上げておきたいと思います。
この発言だけを見る →去る十月二十一日に開催された県民の総決起大会は、やはりこうした大きな不安や不満、心からの憤りをあらわしたものとして私はよく理解をするところであります。今回の事件に関連して去る十一月四日、総理が大田知事と会談された際に、総理から心から申しわけない旨のお話をされたと伺っております。私も閣僚の一人として全く同じ気持ちであることを申し上げておきたいと思います。
尾
尾辻秀久#11
○尾辻秀久君 きょうのただいまの各大臣のお気持ちを原点にして今後のことを考えていただきますようにお願いを申し上げます。
後は新進気鋭の委員にお任せをいたします。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →後は新進気鋭の委員にお任せをいたします。
ありがとうございました。
三
三浦一水#12
○三浦一水君 熊本県選挙区選出自民党の三浦でございます。きょうは沖縄の基地問題と沖縄に関します地域振興の問題につきまして順次質問をしてまいりたいと思います。よろしくお願い申し上げたいと思います。
既に戦後五十年が経過をしております今日でありますが、沖縄は日本の安全保障の面において大変大きな役割を歴史的に果たしてきたものだと認識をいたしております。同時に、それが沖縄の皆さんの大きな犠牲と忍耐の上で行われてきたことに対しても私も尾辻先生同様に深い思いを持つものでございます。そうした中で、このたび米兵の少女暴行事件が発生したことは私といたしましても非常に遺憾なことであることを表明いたしておきたい、そのように思います。
十月二十一日には、主催者側の発表で参加者八万五千人と言われております復帰後最大の抗議集会となりました県民総決起大会が開かれまして、そこで地位協定の見直しなどを求める要求がなされました。しかし、私は沖縄の方々の心情については本当に理解ができるものであります。このような観点から、本日は沖縄の振興開発の大きな制約的な条件ともなっております基地問題について幾つか質問をさせていただきたいと思います。
まず最初に、高木沖縄開発庁長官にお尋ねをいたします。高木長官には、本日は沖縄の現地視察の御予定であったと承っております。日程を変更していただきましてこの特別委員会に御出席いただきましたことにもお礼を申し上げたいと思います。
早速質問でありますけれども、私が先ほど述べましたように、在日米軍の施設の七五%が沖縄の地に集中をしているということで長年にわたり負担を余儀なくされてきている沖縄県の皆さんに対して、今後沖縄振興開発行政を展開する上でどのような御配慮をもって臨まれるのか、その所信を冒頭にお尋ねしたいと思います。
この発言だけを見る →既に戦後五十年が経過をしております今日でありますが、沖縄は日本の安全保障の面において大変大きな役割を歴史的に果たしてきたものだと認識をいたしております。同時に、それが沖縄の皆さんの大きな犠牲と忍耐の上で行われてきたことに対しても私も尾辻先生同様に深い思いを持つものでございます。そうした中で、このたび米兵の少女暴行事件が発生したことは私といたしましても非常に遺憾なことであることを表明いたしておきたい、そのように思います。
十月二十一日には、主催者側の発表で参加者八万五千人と言われております復帰後最大の抗議集会となりました県民総決起大会が開かれまして、そこで地位協定の見直しなどを求める要求がなされました。しかし、私は沖縄の方々の心情については本当に理解ができるものであります。このような観点から、本日は沖縄の振興開発の大きな制約的な条件ともなっております基地問題について幾つか質問をさせていただきたいと思います。
まず最初に、高木沖縄開発庁長官にお尋ねをいたします。高木長官には、本日は沖縄の現地視察の御予定であったと承っております。日程を変更していただきましてこの特別委員会に御出席いただきましたことにもお礼を申し上げたいと思います。
早速質問でありますけれども、私が先ほど述べましたように、在日米軍の施設の七五%が沖縄の地に集中をしているということで長年にわたり負担を余儀なくされてきている沖縄県の皆さんに対して、今後沖縄振興開発行政を展開する上でどのような御配慮をもって臨まれるのか、その所信を冒頭にお尋ねしたいと思います。
高
高木正明#13
○国務大臣(高木正明君) お答えをいたします。
沖縄の振興開発については、復帰以来三次にわたる沖縄振興開発計画に基づきまして所要の予算の確保あるいはいろんな施策の推進を図ってきたところであります。平成八年度の概算要求については、沖縄県の要望を十分に踏まえて取りまとめたものであります。
沖縄開発庁といたしましては、概算要求に盛り込まれた沖縄県の要望の実現に努めるとともに、今後とも第三次沖縄振興開発計画に基づきまして沖縄県民の要望を十二分に踏まえながら沖縄の振興開発を鋭意進めてまいりたいと思っておりますが、平成八年度の概算要求を出しておりまして年末に向けてこの予算が決まるわけでありますが、とりあえずは何とか満額を確保するために全力を挙げて努力をしてまいりたいと考えております。
この発言だけを見る →沖縄の振興開発については、復帰以来三次にわたる沖縄振興開発計画に基づきまして所要の予算の確保あるいはいろんな施策の推進を図ってきたところであります。平成八年度の概算要求については、沖縄県の要望を十分に踏まえて取りまとめたものであります。
沖縄開発庁といたしましては、概算要求に盛り込まれた沖縄県の要望の実現に努めるとともに、今後とも第三次沖縄振興開発計画に基づきまして沖縄県民の要望を十二分に踏まえながら沖縄の振興開発を鋭意進めてまいりたいと思っておりますが、平成八年度の概算要求を出しておりまして年末に向けてこの予算が決まるわけでありますが、とりあえずは何とか満額を確保するために全力を挙げて努力をしてまいりたいと考えております。
三
三浦一水#14
○三浦一水君 ぜひそのようになりますように期待を申し上げたいと思います。
次に、河野外務大臣にお尋ねをいたします。
今回の事件をきっかけに、沖縄県からは地位協定の見直し、あるいはまた沖縄駐留米軍基地の整理縮小等の要求が出されていると承っておりますが、大臣は今後これらの沖縄県側の具体的な要求に対してどのような姿勢で臨まれるのか、まずはその基本姿勢についてお尋ねを申し上げたいと思います。
この発言だけを見る →次に、河野外務大臣にお尋ねをいたします。
今回の事件をきっかけに、沖縄県からは地位協定の見直し、あるいはまた沖縄駐留米軍基地の整理縮小等の要求が出されていると承っておりますが、大臣は今後これらの沖縄県側の具体的な要求に対してどのような姿勢で臨まれるのか、まずはその基本姿勢についてお尋ねを申し上げたいと思います。
河
河野洋平#15
○国務大臣(河野洋平君) 沖縄の皆様から伺っております事項につきまして、できるだけその実現方に努力をいたしたいと考えております。
具体的に幾つか申し上げますと、私とペリー国防長官との間で合意をいたしました特別行動委員会、沖縄の施設・区域に関する特別行動委員会というものを設置することを合意いたしたわけですが、この合意を村山・ゴア会談、先般大阪で開きました村山、ゴア副大統領との間の会談におきまして確認をいたしまして、その翌日、この第一回目の会合を開いたところでございます。
この委員会の目的の中には、沖縄の基地の整理統合、縮小ということがその委員会の目的の一つに挙げられているわけでございますから、この委員会の場を使いまして大いにこの問題、日米間で合意を導き出すための努力をいたしたいと思っております。
現在進んでおりますいわゆる三事案あるいは十事案と言われるものにつきましては、あるいは施設庁長官から御答弁があろうかと思いますが、これらは、ペリー国防長官と衛藤防衛庁長官との間でいろいろ御議論がございまして、今後のこれらの問題についての扱い方、考え方等を詰めているという状況にございます。
これらのことについては、お許しがあれば施設庁長官から御答弁をさせたいと思います。
この発言だけを見る →具体的に幾つか申し上げますと、私とペリー国防長官との間で合意をいたしました特別行動委員会、沖縄の施設・区域に関する特別行動委員会というものを設置することを合意いたしたわけですが、この合意を村山・ゴア会談、先般大阪で開きました村山、ゴア副大統領との間の会談におきまして確認をいたしまして、その翌日、この第一回目の会合を開いたところでございます。
この委員会の目的の中には、沖縄の基地の整理統合、縮小ということがその委員会の目的の一つに挙げられているわけでございますから、この委員会の場を使いまして大いにこの問題、日米間で合意を導き出すための努力をいたしたいと思っております。
現在進んでおりますいわゆる三事案あるいは十事案と言われるものにつきましては、あるいは施設庁長官から御答弁があろうかと思いますが、これらは、ペリー国防長官と衛藤防衛庁長官との間でいろいろ御議論がございまして、今後のこれらの問題についての扱い方、考え方等を詰めているという状況にございます。
これらのことについては、お許しがあれば施設庁長官から御答弁をさせたいと思います。
諸
諸冨増夫#16
○政府委員(諸冨増夫君) 御答弁いたします。
現在残されております二十三事案のうちの十事案につきましては、年内に事案の取り扱いを含めて検討をするということで現在作業を鋭意進めているところでございます。
なお、三事案につきましては、現在早期に解決したいということで私ども全力を挙げておりますが、三事案のうちの一つでございます那覇軍港の移転問題とそれから読谷飛行場のパラシュート訓練場の移転問題等が、移設先として予定しております浦添市と宜野座村でございますが、そちらの方からの強い反対を受けておりまして、現在私ども何とか御理解を得るべく努力をしておる最中でございます。
なお、もう一つの、三事案のうちの一つの一〇四号線越えの射撃の本土への移転の問題につきましては、私どもとしては現在これの解決については平成八年度に調査費を現在要求しておりまして、その調査を進めながら何とか本土への分散移転という形で、そういう方向で現在努力をしておるという段階でございまして、この点につきましてはもうしばらくお時間をいただきたいというふうに考えておるところでございます。
この発言だけを見る →現在残されております二十三事案のうちの十事案につきましては、年内に事案の取り扱いを含めて検討をするということで現在作業を鋭意進めているところでございます。
なお、三事案につきましては、現在早期に解決したいということで私ども全力を挙げておりますが、三事案のうちの一つでございます那覇軍港の移転問題とそれから読谷飛行場のパラシュート訓練場の移転問題等が、移設先として予定しております浦添市と宜野座村でございますが、そちらの方からの強い反対を受けておりまして、現在私ども何とか御理解を得るべく努力をしておる最中でございます。
なお、もう一つの、三事案のうちの一つの一〇四号線越えの射撃の本土への移転の問題につきましては、私どもとしては現在これの解決については平成八年度に調査費を現在要求しておりまして、その調査を進めながら何とか本土への分散移転という形で、そういう方向で現在努力をしておるという段階でございまして、この点につきましてはもうしばらくお時間をいただきたいというふうに考えておるところでございます。
三
三浦一水#17
○三浦一水君 それでは、若干個別の問題になりますけれども、まず普天間飛行場の返還問題についてお尋ねしたいと思います。
今、御説明の中にもありました七施設十事案のうちの一つとして普天間飛行場がございます。この普天間飛行場は、宜野湾市の中心部に位置しておりまして地域振興の大きな障害にもなっております。住宅や学校等が周辺に多数存在することから、騒音の問題が大きく取り上げられて、かねてから沖縄県を初めとしまして地元の強い返還要求がある施設でございます。しかしながら、同飛行場は海兵隊の施設としてその果たす機能の重要性から、これまで全面的な返還には非常に困難があると見られてまいりました。
しかし、最近地元の新聞で注目すべき記事がございましたのは、十一月三十日付の記事でございますが、米国のアーミテージ元国防次官補に対するインタビュー記事であります。その中でアーミテージ氏は、普天間飛行場を返還し、なおまた嘉手納空軍基地にできるだけ早く統合することが米国としての誠意を示すことになると述べられております。アーミテージ氏は御存じのとおり、これまで日米の安全保障問題につきましては大変貢献をされてこられた方でございます。この発言には注目すべきものがあるものかと思います。
そこで外務大臣にお尋ねをいたしますが、この普天間基地の返還の問題は今後の沖縄の米軍基地の返還問題の一つの象徴的な事案になるかと思われます。地元の意向を踏まえて、米側とどのように協議に取り組んでいただけるものか、大臣の御意向をお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →今、御説明の中にもありました七施設十事案のうちの一つとして普天間飛行場がございます。この普天間飛行場は、宜野湾市の中心部に位置しておりまして地域振興の大きな障害にもなっております。住宅や学校等が周辺に多数存在することから、騒音の問題が大きく取り上げられて、かねてから沖縄県を初めとしまして地元の強い返還要求がある施設でございます。しかしながら、同飛行場は海兵隊の施設としてその果たす機能の重要性から、これまで全面的な返還には非常に困難があると見られてまいりました。
しかし、最近地元の新聞で注目すべき記事がございましたのは、十一月三十日付の記事でございますが、米国のアーミテージ元国防次官補に対するインタビュー記事であります。その中でアーミテージ氏は、普天間飛行場を返還し、なおまた嘉手納空軍基地にできるだけ早く統合することが米国としての誠意を示すことになると述べられております。アーミテージ氏は御存じのとおり、これまで日米の安全保障問題につきましては大変貢献をされてこられた方でございます。この発言には注目すべきものがあるものかと思います。
そこで外務大臣にお尋ねをいたしますが、この普天間基地の返還の問題は今後の沖縄の米軍基地の返還問題の一つの象徴的な事案になるかと思われます。地元の意向を踏まえて、米側とどのように協議に取り組んでいただけるものか、大臣の御意向をお聞かせいただきたいと思います。
河
河野洋平#18
○国務大臣(河野洋平君) 沖縄の皆さんからいろいろと御要請が出ておることは事実でございます。その御要請の中に今御指摘の普天間飛行場の問題も入っておりますのでありますが、御要請をいただいておりますもの一つ一つを慎重に私ども検討いたしまして、どういう対応ができるか、つまりアメリカとの間でどういう交渉をするか、あるいはその順番をどうするかとか、あるいはこれらの問題についてどう考えるべきかということも含めてさまざまな対応を目下検討中でございます。普天間もその中の一つでございまして、今、普天間の問題についてまだここで御答弁を申し上げる状況にございません。
いずれにしても、御要請のあるすべての問題について一つ一つ真剣に検討したい、こう考えておりますことだけ申し上げます。
この発言だけを見る →いずれにしても、御要請のあるすべての問題について一つ一つ真剣に検討したい、こう考えておりますことだけ申し上げます。
三
三浦一水#19
○三浦一水君 一つ一つ真剣にということでございます。現段階においてはそのようなことかなと思います。どうぞそのとおりに御努力方よろしくお願い申し上げたいと思います。
それから、先ほど一〇四号につきましてはお話をいただいたところでございますが、関連をいたしましてその問題で、十一月三十日付の新聞各紙によりますと、野坂官房長官が二十九日の記者会見におきまして、本土の数カ所の演習場の間でローテーション方式を検討していると発言されていたかと思います。その点につきまして少し所見をいただければと思います。
この発言だけを見る →それから、先ほど一〇四号につきましてはお話をいただいたところでございますが、関連をいたしましてその問題で、十一月三十日付の新聞各紙によりますと、野坂官房長官が二十九日の記者会見におきまして、本土の数カ所の演習場の間でローテーション方式を検討していると発言されていたかと思います。その点につきまして少し所見をいただければと思います。
河
河野洋平#20
○国務大臣(河野洋平君) 県道一〇四号越えの射撃訓練場の問題につきましては、ことしの一月、村山・クリントン会談、ワシントンで行われた日米首脳会談におきまして、村山総理からいわゆる三事案について提案をいたしました。クリントン大統領もこの三事案についてはこれを受けてくださったわけでございます。首脳会談ではこの三事案について実行をしようということになったわけでございますから、私はこの問題は日米間ではもう基本的な了解はできた、問題は我が国の国内の問題であるという認識をいたしております。
具体的に進めるに当たっては細部米軍とも詰めなければならないことはもちろんでございますが、基本的には国内におきます判断、決定が必要になってきたわけでございます。これは、この手の話が総論賛成各論何とかと、なかなか各論になりますと進まないという状況がよくありますけれども、ぜひこれは国内各地それぞれの状況を判断し、あるいは御相談を申し上げて、この三事案についてはいかなる形になるかはまだ申し上げる状況ではございませんけれども、何とかこの県道一〇四号越えの実弾射撃訓練場の問題については結論を出したいというふうに考えておるところでございます。
今御指摘のようにローテーションとかいろいろなアイデアといいますか知恵がいろいろあちこちから出ておりますけれども、どういうふうにするかということについてはまだまとまっておらない段階でございます。
この発言だけを見る →具体的に進めるに当たっては細部米軍とも詰めなければならないことはもちろんでございますが、基本的には国内におきます判断、決定が必要になってきたわけでございます。これは、この手の話が総論賛成各論何とかと、なかなか各論になりますと進まないという状況がよくありますけれども、ぜひこれは国内各地それぞれの状況を判断し、あるいは御相談を申し上げて、この三事案についてはいかなる形になるかはまだ申し上げる状況ではございませんけれども、何とかこの県道一〇四号越えの実弾射撃訓練場の問題については結論を出したいというふうに考えておるところでございます。
今御指摘のようにローテーションとかいろいろなアイデアといいますか知恵がいろいろあちこちから出ておりますけれども、どういうふうにするかということについてはまだまとまっておらない段階でございます。
三
三浦一水#21
○三浦一水君 今回の事件を契機としまして、在日米軍の専用施設面積では七五%が沖縄に存在しているという現状であります。そういうことでは、今、大臣お話しになりましたように、総論と各論の矛盾でありますが、それを乗り越えなければならないものかと私は認識をしております。今後の御努力もよろしくお願い申し上げたいと思います。
それから、軍転法について一点お尋ねをしたいと思います。
さきの通常国会におきまして軍転法、すなわち沖縄県における駐留軍用地の返還に伴う特別措置に関する法律が成立をいたしました。これは沖縄県民の皆さんの強い要望を背景に、先輩の諸先生方が大変な努力の末、議員立法として成立にこぎつけたものかと思っております。いかんせん、まず成立することを最優先にしたという背景もあったのかと思います。私が言うのは僭越ですが、必ずしも一〇〇%完璧な法律であるというよりは、むしろ今後の実際の適用の実情に応じて一層の充実を図っていくべきことを意図した法律であるかと理解をいたしております。したがって、今後さらに一層の充実を図るべき点があれば、これらに前向きに取り組むべきであろうと私なりに思うところでございます。
そのような観点から、返還後の地主への補償期間を延長することについても一つの検討課題ではないかまた議論も多いところかと思います。この点につきまして防衛施設庁のお考えをお尋ねしたいと思います。
この発言だけを見る →それから、軍転法について一点お尋ねをしたいと思います。
さきの通常国会におきまして軍転法、すなわち沖縄県における駐留軍用地の返還に伴う特別措置に関する法律が成立をいたしました。これは沖縄県民の皆さんの強い要望を背景に、先輩の諸先生方が大変な努力の末、議員立法として成立にこぎつけたものかと思っております。いかんせん、まず成立することを最優先にしたという背景もあったのかと思います。私が言うのは僭越ですが、必ずしも一〇〇%完璧な法律であるというよりは、むしろ今後の実際の適用の実情に応じて一層の充実を図っていくべきことを意図した法律であるかと理解をいたしております。したがって、今後さらに一層の充実を図るべき点があれば、これらに前向きに取り組むべきであろうと私なりに思うところでございます。
そのような観点から、返還後の地主への補償期間を延長することについても一つの検討課題ではないかまた議論も多いところかと思います。この点につきまして防衛施設庁のお考えをお尋ねしたいと思います。
小
小澤毅#22
○政府委員(小澤毅君) 先生ただいま御指摘されましたように、本年五月、沖縄県における駐留軍用地の返還に伴う特別措置に関する法律が制定されました。この法律の第八条では、要するに返還後三年間は賃借料相当額を給付金として支給するというふうになっております。
これにつきましては、平成八年度の概算要求におきまして、平成七年度に返還されます恩納通信所等に係るものとして、当庁としては約一億八百万円の額を要求しております。これの執行等につきましては今後の課題としていろいろあろうかと思います。いずれにしましても、平成七年度に返還される提供施設に対しまして、平成八年度に初めて給付金が支給されることとなります。
このようなことから、今後におけるこの法律の運用の状況を注意深く見守っていき、どのような点について考えていかなければならないか等、今後とも注意深くこの辺を見てまいりたいと思います。
いずれにしましても、今はその制度が動き出したばかりでございます。我々としましては、返還給付金の運用等につきまして、法の制定の趣旨を踏まえ適切に執行していくことが大切だというふうに感じておるところでございます。
この発言だけを見る →これにつきましては、平成八年度の概算要求におきまして、平成七年度に返還されます恩納通信所等に係るものとして、当庁としては約一億八百万円の額を要求しております。これの執行等につきましては今後の課題としていろいろあろうかと思います。いずれにしましても、平成七年度に返還される提供施設に対しまして、平成八年度に初めて給付金が支給されることとなります。
このようなことから、今後におけるこの法律の運用の状況を注意深く見守っていき、どのような点について考えていかなければならないか等、今後とも注意深くこの辺を見てまいりたいと思います。
いずれにしましても、今はその制度が動き出したばかりでございます。我々としましては、返還給付金の運用等につきまして、法の制定の趣旨を踏まえ適切に執行していくことが大切だというふうに感じておるところでございます。
三
三浦一水#23
○三浦一水君 最後になりましたけれども、地位協定の見直し云々については私は所見は述べませんが、一点、具体的にやれるものからやったらいいんじゃないかという趣旨で御要望申し上げたいと思います。
航空機騒音の問題でございます。この問題につきましては、地元の方でも航空機騒音防止協定の締結を求める動きがあります。この点も含めて、要望と申しましたが、時間が許しますれば答弁もお願い申し上げたいと思います。
この発言だけを見る →航空機騒音の問題でございます。この問題につきましては、地元の方でも航空機騒音防止協定の締結を求める動きがあります。この点も含めて、要望と申しましたが、時間が許しますれば答弁もお願い申し上げたいと思います。
折
折田正樹#24
○政府委員(折田正樹君) 二十五日に開催されました沖縄米軍基地問題協議会の第一回会合で、委員御指摘の騒音防止協定の早期締結の御要望をいただいております。嘉手納と普天間両飛行場についてでございます。
この件につきましては、それよりも前に沖縄県軍用地転用促進基地問題協議会からも御要請を受けております。ほかのところと違いまして、騒音に関するいわゆる合同委員会合意というのがないわけでございます。飛行場の運用というのは個々の飛行場においてその性格、使用の態様等違う面もございますけれども、私どもといたしましては日米安保条約の目的達成との調和を図りつつ、地域の住民の方々の影響を最小限にするために何ができるかについて、沖縄県からの御説明を伺いながら日米間で設置いたしました特別行動委員会における米側との協議等を通じまして、政府としても真剣に取り組んでまいりたいと思っているところでございます。
地位協定に関連いたしまして、さらに十項目の御要求もいただいております。これらの事項につきましては、慎重かつ十分な検討が必要でございますので、現段階で一つ一つについて政府の立場を申し上げる段階にはございませんが、この騒音防止協定の問題も含め、やれるものからやっていくという今、先生がおっしゃられたそういう精神で私ども片づけていきたいというふうに思っております。
この発言だけを見る →この件につきましては、それよりも前に沖縄県軍用地転用促進基地問題協議会からも御要請を受けております。ほかのところと違いまして、騒音に関するいわゆる合同委員会合意というのがないわけでございます。飛行場の運用というのは個々の飛行場においてその性格、使用の態様等違う面もございますけれども、私どもといたしましては日米安保条約の目的達成との調和を図りつつ、地域の住民の方々の影響を最小限にするために何ができるかについて、沖縄県からの御説明を伺いながら日米間で設置いたしました特別行動委員会における米側との協議等を通じまして、政府としても真剣に取り組んでまいりたいと思っているところでございます。
地位協定に関連いたしまして、さらに十項目の御要求もいただいております。これらの事項につきましては、慎重かつ十分な検討が必要でございますので、現段階で一つ一つについて政府の立場を申し上げる段階にはございませんが、この騒音防止協定の問題も含め、やれるものからやっていくという今、先生がおっしゃられたそういう精神で私ども片づけていきたいというふうに思っております。
三
橋
橋本聖子#26
○橋本聖子君 自由民主党の橋本聖子でございます。
本日は、沖縄及び北方領土問題につきまして、この席をおかりして質問の機会を与えていただきましたことに心より感謝申し上げます。ありがとうございます。
戦後五十年、我が国にとりまして、北方領土問題には多くの先輩たちが御苦労を重ね、国民がひとしくその返還運動に頑張ってこられました。私は今までの御努力に対し心から敬意と感謝を申し上げます。
さて、本日は、北方対策本部長でいらっしゃいます中山総務庁長官も御出席されていらっしゃいますので、私も北海道の出身のよしみとして、まず初めに北海道の北方領土問題についてお伺いさせていただきます。
私の知り合いも、数年前なんですけれども北方領土四島に向かって遊びで泳いているときにソ連船に揚げられてしまったということで、近くて遠い島ということになっているんですけれども、北方領土返還要求運動のスタートは古くからさかのぼりまして、昭和二十年の十二月一日に、当時の根室町長でいらっしゃいました安藤さんが、北方四島は日本国有の領土であり、歴史的に見ても地理的にも北海道に帰属するこれらの島々を米軍の占領下に置かれ、住民が安心して生活できるように置いてほしい、住民が安心して生活できるようにということで当時の占領軍司令官であられましたマッカーサー元帥に陳情されたのが始まりだと伺っております。
いみじくもことしのちょうど十二月で五十年の歳月が流れましたが、その間、北方四島の返還要求運動は国民を挙げていろいろな取り組みをされてこられたと聞いております。返還署名運動は一昨年で六千万人を超え、さらに現在は七千万人に向けて鋭意努力していらっしゃるそうでございますが、その責任者としての中山総務庁長官に北方領土に対する基本的な考え方と今後の返還要求運動への取り組み方針、その御決意のほどをお願いいたします。
この発言だけを見る →本日は、沖縄及び北方領土問題につきまして、この席をおかりして質問の機会を与えていただきましたことに心より感謝申し上げます。ありがとうございます。
戦後五十年、我が国にとりまして、北方領土問題には多くの先輩たちが御苦労を重ね、国民がひとしくその返還運動に頑張ってこられました。私は今までの御努力に対し心から敬意と感謝を申し上げます。
さて、本日は、北方対策本部長でいらっしゃいます中山総務庁長官も御出席されていらっしゃいますので、私も北海道の出身のよしみとして、まず初めに北海道の北方領土問題についてお伺いさせていただきます。
私の知り合いも、数年前なんですけれども北方領土四島に向かって遊びで泳いているときにソ連船に揚げられてしまったということで、近くて遠い島ということになっているんですけれども、北方領土返還要求運動のスタートは古くからさかのぼりまして、昭和二十年の十二月一日に、当時の根室町長でいらっしゃいました安藤さんが、北方四島は日本国有の領土であり、歴史的に見ても地理的にも北海道に帰属するこれらの島々を米軍の占領下に置かれ、住民が安心して生活できるように置いてほしい、住民が安心して生活できるようにということで当時の占領軍司令官であられましたマッカーサー元帥に陳情されたのが始まりだと伺っております。
いみじくもことしのちょうど十二月で五十年の歳月が流れましたが、その間、北方四島の返還要求運動は国民を挙げていろいろな取り組みをされてこられたと聞いております。返還署名運動は一昨年で六千万人を超え、さらに現在は七千万人に向けて鋭意努力していらっしゃるそうでございますが、その責任者としての中山総務庁長官に北方領土に対する基本的な考え方と今後の返還要求運動への取り組み方針、その御決意のほどをお願いいたします。
中
中山正暉#27
○国務大臣(中山正暉君) 北方領土問題というのは、御承知のように、終戦の年、昭和二十年の二月四日から十一日までヤルタ会談というのがございまして、四月十二日にルーズベルトは脳溢血で亡くなっていかれるわけでございますが、お体を大変悪くしておられたルーズベルトとスターリンとの間の話がこれの私は発端だと思っております。
つまり、中国における日本の作戦行動が大変成功しておりましたので、ルーズベルトは焦りを感じまして、ぜひ日本に対する戦争に参加してほしいということをスターリンに要請したわけでございます。それに対しましてスターリンが要求をした場所というのが、満州それから北朝鮮、樺太、千島列島というような地域であったわけでございます。
ドイツとの戦争が進んで五月九日に終戦を迎えておりますが、その後、三カ月後に日本との戦争に参加するということをそのときルーズベルトに約束をしておりますが、御承知のように七月十六日に原爆の実験に成功いたしまして、十七日から始まりましたポツダム会議、これはソ連はこのポツダム宣言には現地のポツダムでは署名をしておりません。八月二日でこのポツダム会議は終了するわけでございますが、原爆の投下によって突然に日本が終戦に向かった。
これはまことに残念なことでございますが、日本の天皇陛下の玉音放送が御承知のように八月十五日の正午にございました。杉野、佐藤両旅団長のもとに八月十八日の午後四時ということで三宅坂の陸軍参謀本部からもう停戦命令が出ておりましたものですから、占守島第九十一師団の堤不夾貴中将はまさかその後に攻撃があると思っていなかったのでございますが、慌てたソ連軍は、戦争が済んで三日目に極東軍司令官のワシレフスキーがカムチャツカ半島にいたグネチコという将軍に対して攻撃命令を天皇の玉音放送の三時間後に発しております。
それで、八千六百名の兵士、三十隻の上陸用舟艇、それから二十四隻の護衛艦、八十機の飛行機、これで突然攻撃を開始して、その島は八月十八日から九月三日、日本の終戦記念日は八月十五日でございますが、アメリカの日本に対する戦勝記念日は九月二日、ソ連の日本に対する戦勝記念日は九月三日となっております。
終戦記念日とアメリカとロシアの戦勝記念日の間に半月の差があるのは、私はこれが大変な北方領土問題の根底を示すものだと思っておりますが、実は八月十六日に発せられた日本の占領行政命令第一号の中に、ルーズベルトがスターリンに約束した四つの場所の中で一つだけが欠けておりました。それが北方領土であったわけでございます。
ロシアは千島列島に対する要求を突きつけてまいりまして、半月の間に次の大統領になりましたトルーマンとスターリンの間に書簡のやりとりがあって、ついにアリューシャン列島の中に一つソ連軍の基地を確保する、千島列島の中に米軍の基地を確保するということを条件に折り合ったのが事実上の戦勝記念日になったということでございます。
私ども日本人としては、一八五五年のプチャーチンと日本の幕府との話し合いの中で、得撫島とそれから択捉島との間、これを国境として日本の領土ということから、七つの島、北方四島と言われておりますが、小さな島を入れて七つの島があるわけでございますが、その島の返還の運動は、今お話がありました、米軍の占領下であればよかったという当時の町長さんのお話が先生の御質問の中に出ておりましたが、米軍がいるのではないかと機関銃を構えて上陸してきたロシア兵は、米軍はいないかというのが最初の島民に対する質問であったようでございます。
そういう米軍に占領されていればその島の返還が容易になるのではないかと考えられた地域の皆さん方のお心持ちがよく私はその言葉の中にあらわれていると思うのでございますが、それから五十年、外務省を通じての返還交渉、いろいろなことがございました。先般、ゴルバチョフ、中山太郎外務大臣、そして海部総理大臣との間での十五の協定で自由に島との行き来ができる協定もできたようでございますし、これからいよいよこの島の返還に向かって私は本当の話し合いをするべきではないかと。
私もロシアを訪問したときに、これは革命で失脚をいたしましたが、向こうの参謀総長と私と議論をしたことがございます。アメリカは、先ほどから出ております沖縄の問題にしても、一万八千人の戦死者を沖縄で出していながら、四年間の戦闘の結果米軍は沖縄を返してくれた、しかし戦争が済んで三日目に攻めてこられたあなた方はいまだに島を返してくださらない、これは問題があるのではないかということを申しました。
実際には、第三自動車化狙撃師団一個師団とそれから第百十四国境警備隊、これはKGB傘下でございますが、これが三千五百、一万八千五百の軍隊が、現に一個軍団が駐留をしているのではないか、択捉、国後にいるのではないかと言われております。飛行機が四十八機、A型が五機、G型が四十三機と言われておりますが、大変な軍事力がまだ北方領土に存在をしておるようでございますので、私はソ連の参謀総長に、ちょうど当時私は衆議院の安全保障特別委員長でございましたものですから、私ども与野党を通じて、我々の北方領土に視察団を受け入れていただけないかという話をいたしましたら、日本へ帰ってからひとつ手続をしてくれというので、私は手続をいたしました。そうしましたら大使館の方から拒否をしてまいりました。
今までに七人の国会議員の方が行かれているようでございますが、私は今回総務庁長官に就任をしました機会に今度は島の状況を見せていただくような申し入れをいたしたい、ロシアの大使館にもこれは通告をいたしておりまして、内容はまだ通告をいたしておりませんが、大使にぜひお目にかかりたいという申し入れをいたしております。
終戦後五十年ということでございますから、私どもは真摯に、古来の私どもの先祖伝来の土地、そして一万数千名おられた島民の方がすべて北海道に引き揚げてこられて、帰化をした人、亡命をした人は一人もいないわけでございます。そういう、国家に対して誇りと日本人としての威厳を保っていただいた北方領土からの引き揚げをされた方々のお心持ち、もう随分亡くなられておられます。あと残っていらっしゃる方々とそれから子孫の方々に日本人としての誇りを保っていただく、そんな対応を私どもは北方領土返還運動としてやっていかなければならない。
私自身、議員立法をいたしまして、北海道から二十億、政府から八十億を積み立てまして基金をつくって、今まで四十二億ぐらいの事業をいたしておりますが、議員立法、三年間苦労いたしましたが、これで周辺対策、それから啓蒙啓発を助成する運動をいたしておるような、いろいろな思いがこもっております。
先生からまたいろいろな御示唆をいただきながら、今後この問題が持続して北方領土の返ってくる日が一日も早からんことを、またその根底にはそれを解決して戦争を終わらせる条約でございます平和条約を一日も早くロシアと結びたい。ただ一つまだ法律的には戦闘状態が続いている状態がロシアとの関係ではないかと私は思っておりますが、一日も早く平和条約を結べる雰囲気を両国の間につくることが私は日本の政治課題として、平和を望む日本国民の意思として大変尊重しなければならないことではないかと思います。
長くなりましたが、御答弁にいたします。
この発言だけを見る →つまり、中国における日本の作戦行動が大変成功しておりましたので、ルーズベルトは焦りを感じまして、ぜひ日本に対する戦争に参加してほしいということをスターリンに要請したわけでございます。それに対しましてスターリンが要求をした場所というのが、満州それから北朝鮮、樺太、千島列島というような地域であったわけでございます。
ドイツとの戦争が進んで五月九日に終戦を迎えておりますが、その後、三カ月後に日本との戦争に参加するということをそのときルーズベルトに約束をしておりますが、御承知のように七月十六日に原爆の実験に成功いたしまして、十七日から始まりましたポツダム会議、これはソ連はこのポツダム宣言には現地のポツダムでは署名をしておりません。八月二日でこのポツダム会議は終了するわけでございますが、原爆の投下によって突然に日本が終戦に向かった。
これはまことに残念なことでございますが、日本の天皇陛下の玉音放送が御承知のように八月十五日の正午にございました。杉野、佐藤両旅団長のもとに八月十八日の午後四時ということで三宅坂の陸軍参謀本部からもう停戦命令が出ておりましたものですから、占守島第九十一師団の堤不夾貴中将はまさかその後に攻撃があると思っていなかったのでございますが、慌てたソ連軍は、戦争が済んで三日目に極東軍司令官のワシレフスキーがカムチャツカ半島にいたグネチコという将軍に対して攻撃命令を天皇の玉音放送の三時間後に発しております。
それで、八千六百名の兵士、三十隻の上陸用舟艇、それから二十四隻の護衛艦、八十機の飛行機、これで突然攻撃を開始して、その島は八月十八日から九月三日、日本の終戦記念日は八月十五日でございますが、アメリカの日本に対する戦勝記念日は九月二日、ソ連の日本に対する戦勝記念日は九月三日となっております。
終戦記念日とアメリカとロシアの戦勝記念日の間に半月の差があるのは、私はこれが大変な北方領土問題の根底を示すものだと思っておりますが、実は八月十六日に発せられた日本の占領行政命令第一号の中に、ルーズベルトがスターリンに約束した四つの場所の中で一つだけが欠けておりました。それが北方領土であったわけでございます。
ロシアは千島列島に対する要求を突きつけてまいりまして、半月の間に次の大統領になりましたトルーマンとスターリンの間に書簡のやりとりがあって、ついにアリューシャン列島の中に一つソ連軍の基地を確保する、千島列島の中に米軍の基地を確保するということを条件に折り合ったのが事実上の戦勝記念日になったということでございます。
私ども日本人としては、一八五五年のプチャーチンと日本の幕府との話し合いの中で、得撫島とそれから択捉島との間、これを国境として日本の領土ということから、七つの島、北方四島と言われておりますが、小さな島を入れて七つの島があるわけでございますが、その島の返還の運動は、今お話がありました、米軍の占領下であればよかったという当時の町長さんのお話が先生の御質問の中に出ておりましたが、米軍がいるのではないかと機関銃を構えて上陸してきたロシア兵は、米軍はいないかというのが最初の島民に対する質問であったようでございます。
そういう米軍に占領されていればその島の返還が容易になるのではないかと考えられた地域の皆さん方のお心持ちがよく私はその言葉の中にあらわれていると思うのでございますが、それから五十年、外務省を通じての返還交渉、いろいろなことがございました。先般、ゴルバチョフ、中山太郎外務大臣、そして海部総理大臣との間での十五の協定で自由に島との行き来ができる協定もできたようでございますし、これからいよいよこの島の返還に向かって私は本当の話し合いをするべきではないかと。
私もロシアを訪問したときに、これは革命で失脚をいたしましたが、向こうの参謀総長と私と議論をしたことがございます。アメリカは、先ほどから出ております沖縄の問題にしても、一万八千人の戦死者を沖縄で出していながら、四年間の戦闘の結果米軍は沖縄を返してくれた、しかし戦争が済んで三日目に攻めてこられたあなた方はいまだに島を返してくださらない、これは問題があるのではないかということを申しました。
実際には、第三自動車化狙撃師団一個師団とそれから第百十四国境警備隊、これはKGB傘下でございますが、これが三千五百、一万八千五百の軍隊が、現に一個軍団が駐留をしているのではないか、択捉、国後にいるのではないかと言われております。飛行機が四十八機、A型が五機、G型が四十三機と言われておりますが、大変な軍事力がまだ北方領土に存在をしておるようでございますので、私はソ連の参謀総長に、ちょうど当時私は衆議院の安全保障特別委員長でございましたものですから、私ども与野党を通じて、我々の北方領土に視察団を受け入れていただけないかという話をいたしましたら、日本へ帰ってからひとつ手続をしてくれというので、私は手続をいたしました。そうしましたら大使館の方から拒否をしてまいりました。
今までに七人の国会議員の方が行かれているようでございますが、私は今回総務庁長官に就任をしました機会に今度は島の状況を見せていただくような申し入れをいたしたい、ロシアの大使館にもこれは通告をいたしておりまして、内容はまだ通告をいたしておりませんが、大使にぜひお目にかかりたいという申し入れをいたしております。
終戦後五十年ということでございますから、私どもは真摯に、古来の私どもの先祖伝来の土地、そして一万数千名おられた島民の方がすべて北海道に引き揚げてこられて、帰化をした人、亡命をした人は一人もいないわけでございます。そういう、国家に対して誇りと日本人としての威厳を保っていただいた北方領土からの引き揚げをされた方々のお心持ち、もう随分亡くなられておられます。あと残っていらっしゃる方々とそれから子孫の方々に日本人としての誇りを保っていただく、そんな対応を私どもは北方領土返還運動としてやっていかなければならない。
私自身、議員立法をいたしまして、北海道から二十億、政府から八十億を積み立てまして基金をつくって、今まで四十二億ぐらいの事業をいたしておりますが、議員立法、三年間苦労いたしましたが、これで周辺対策、それから啓蒙啓発を助成する運動をいたしておるような、いろいろな思いがこもっております。
先生からまたいろいろな御示唆をいただきながら、今後この問題が持続して北方領土の返ってくる日が一日も早からんことを、またその根底にはそれを解決して戦争を終わらせる条約でございます平和条約を一日も早くロシアと結びたい。ただ一つまだ法律的には戦闘状態が続いている状態がロシアとの関係ではないかと私は思っておりますが、一日も早く平和条約を結べる雰囲気を両国の間につくることが私は日本の政治課題として、平和を望む日本国民の意思として大変尊重しなければならないことではないかと思います。
長くなりましたが、御答弁にいたします。
橋
橋本聖子#28
○橋本聖子君 ありがとうございました。
次に河野外務大臣にお伺いいたします。
今、沖縄は九月の米兵による少女暴行事件以来大変揺れ動いております。今回の事件は米兵三人による幼い少女への計画的な暴行として、同じ女性として大変許しがたいものと感じております。この事件後、十月二十一日には沖縄県で八万五千人もの人が集まって県民総決起大会が開かれました。その中で、地位協定の見直し、基地の整理縮小、米軍人の綱紀粛正、被害者への謝罪と完全な補償、以上の四項目が決議されました。また、十一月四日の村山総理と大田県知事との会談では、県から、被疑者の拘禁をどのような場合にでも日本側ができるよう明記することなどの十項目が、地位協定の見直し案が出されております。
日米安保体制を保持していきながら、このような沖縄県の要望を踏まえて、地位協定の改善について今までどのように取り組んでこられたのか、またこれからどのように取り組んでいかれるのかを河野外務大臣にお願いいたします。
この発言だけを見る →次に河野外務大臣にお伺いいたします。
今、沖縄は九月の米兵による少女暴行事件以来大変揺れ動いております。今回の事件は米兵三人による幼い少女への計画的な暴行として、同じ女性として大変許しがたいものと感じております。この事件後、十月二十一日には沖縄県で八万五千人もの人が集まって県民総決起大会が開かれました。その中で、地位協定の見直し、基地の整理縮小、米軍人の綱紀粛正、被害者への謝罪と完全な補償、以上の四項目が決議されました。また、十一月四日の村山総理と大田県知事との会談では、県から、被疑者の拘禁をどのような場合にでも日本側ができるよう明記することなどの十項目が、地位協定の見直し案が出されております。
日米安保体制を保持していきながら、このような沖縄県の要望を踏まえて、地位協定の改善について今までどのように取り組んでこられたのか、またこれからどのように取り組んでいかれるのかを河野外務大臣にお願いいたします。
河
河野洋平#29
○国務大臣(河野洋平君) 沖縄の事件はまことに忌まわしい事件でございまして、被害に遭われた方々には、御本人及びその御家族の皆さんには本当に心からお見舞いを申し上げたいと思います。
今、議員からお話がありましたように、この沖縄の基地は戦中戦後いろいろないきさつがあって今日を迎えている。しかも在日米軍の基地の七五%が沖縄一県に集中している、こういった状況もございます。そうした状況の中で、これまでにもいろいろな事件が起きていたということもあって、沖縄県民の怒りといいますか、沖縄県民の声というものは大変厳しく高くなってきておりますし、そのお気持ちは重く受けとめなければならないというふうに思います。
今、議員がおっしゃった県民の大集会、あの大集会でそれぞれの立場の方々、党派を超えて、世代を超えてさまざまな立場の方々が集まられて、幾つかの要望事項といいますか決議を採択されて、私どもそれをちょうだいいたしました。この要請事項、決議事項というものは我々はやはり真剣に受けとめていかなければならないというふうに思っております。その中に地位協定の問題も入っているわけでございまして、この地位協定の問題については我々真剣に考えているところでございます。
ただ、私は、沖縄県民の皆様の日常生活の中で、もちろん基地あるがゆえにさまざまな問題が起きておる、そういう状況の中で、そうした日常生活の中の不安とか不満とかいうものを、あるいは不便、こういったものを解決する、解消する、あるいは改善する、そういう具体的なことにまず着手をするべきではないか。それは合同委員会もございますし、先ほど申し上げました日米間にこの問題について特別行動委員会も設置をいたしました。そういう中で日米間で話し合って改善策が導き出されるなら、解決することができるなら、それはそれでいいのではないか。いろいろやってみてなかなか解決ができないというときに次の問題として考えるべきではないかというふうに考えているわけでございます。
私はこの問題、つまり沖縄の問題についてでき得る限りの努力をしたいという気持ちから、一つ一つの具体的な問題解決のために全力を挙げたいというふうに思っておりまして、その問題解決のための過程にあってやらなければならないことがあれば、それは真剣に取り組んでいかなきゃならぬというふうに思っているところでございます。
この発言だけを見る →今、議員からお話がありましたように、この沖縄の基地は戦中戦後いろいろないきさつがあって今日を迎えている。しかも在日米軍の基地の七五%が沖縄一県に集中している、こういった状況もございます。そうした状況の中で、これまでにもいろいろな事件が起きていたということもあって、沖縄県民の怒りといいますか、沖縄県民の声というものは大変厳しく高くなってきておりますし、そのお気持ちは重く受けとめなければならないというふうに思います。
今、議員がおっしゃった県民の大集会、あの大集会でそれぞれの立場の方々、党派を超えて、世代を超えてさまざまな立場の方々が集まられて、幾つかの要望事項といいますか決議を採択されて、私どもそれをちょうだいいたしました。この要請事項、決議事項というものは我々はやはり真剣に受けとめていかなければならないというふうに思っております。その中に地位協定の問題も入っているわけでございまして、この地位協定の問題については我々真剣に考えているところでございます。
ただ、私は、沖縄県民の皆様の日常生活の中で、もちろん基地あるがゆえにさまざまな問題が起きておる、そういう状況の中で、そうした日常生活の中の不安とか不満とかいうものを、あるいは不便、こういったものを解決する、解消する、あるいは改善する、そういう具体的なことにまず着手をするべきではないか。それは合同委員会もございますし、先ほど申し上げました日米間にこの問題について特別行動委員会も設置をいたしました。そういう中で日米間で話し合って改善策が導き出されるなら、解決することができるなら、それはそれでいいのではないか。いろいろやってみてなかなか解決ができないというときに次の問題として考えるべきではないかというふうに考えているわけでございます。
私はこの問題、つまり沖縄の問題についてでき得る限りの努力をしたいという気持ちから、一つ一つの具体的な問題解決のために全力を挙げたいというふうに思っておりまして、その問題解決のための過程にあってやらなければならないことがあれば、それは真剣に取り組んでいかなきゃならぬというふうに思っているところでございます。