中山正 に関する国会発言
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○証人(籠池康博君) 畠成章先生は、私が住んでおります淀川区選出の府会議員でございまして、中山正暉先生の秘書をされて、郵政秘書をされて、それから府会議員に転じられたという方ですが、私の先代と非常にじっこんでありまして、先代亡くなりましてからも私はじっこんにさしていただいたということなんでございます。その先生は松井知事の御実父であられる府会議員の先生と非常にじっこんでありまして、その辺のところでお願いを申し上げて、非常に熱心に動いていただ
○中山(泰)委員 いや、実にもったいないなと私は思うんですよ。同時に、拉致の生き証人というものが今英雄に、北朝鮮ではなっていることというのを、本当に常軌を逸していると私は思います。 この間、参考人で、共同通信においでの春名さんという方がこの部屋に来られて、いろいろな御意見を述べられました。その春名さんが昔書かれた記事がここにあるんです。遅かった辛光洙の立件、めぐみさんらの教育係と。ここには何が書かれてあるかというと、この時点で日本の
○松木委員 民主党の松木謙公でございます。質問をさせていただきます。 高村大臣、当選されてもう二十五年ですね。実は、年はまだ四十九なんですけれども、私は藤波孝生の秘書をやっていまして、この世界もう三十年、十九歳のときから秘書をやっていまして、随分時間がたっちゃったなと思うんですよ。 ぱっと前を見ますと、私が秘書をやっていたころの活躍した先生方がそれぞれ、天国に召された方もいるし、お元気な方もいる。しかし、三十年という年月がたつと
○中山正邦君 他の都市になくて浜松独自というのも、これはというようなものはそうあるわけではないわけなんですけれども。 我々の商工会議所も、浜松市内の一万四千の事業所を持っております。そして、一万四千といいますと、組織率でいいますと約五〇%ということで、今八十二万余になったわけですけれども、これだけの都市で五〇%の組織率を維持するというのは非常に大変なことだと思いますので、会議所に入ってどういう形のメリットがあるかというようなことをや
○中山正邦君 私ども、この西部地域は、確かに企業数の増加だとかそういうことで、またいわゆる製造業出荷額その他、非常に恵まれた地域だというふうに思っております。それはこの地域のいわゆる非常にオープンな気性といいましょうか、何でも物を言うというような気性もあるかもしれませんけれども、大きいのはやはり大学等との連携ですね。それと、やはり多くの企業があるものですから、そういうところのスピンアウトした連中といわゆる新規創造をしていく企業をサポート
○中山正邦君 この地域におきましても、いろいろな企業が、物づくりのメーカーがたくさんありまして、また、各企業の戦略によりまして、今、別の地域へ出ていくとかいろいろな動きが実はあるわけですけれども、いろいろなことが考えられるというふうに思っております。 今、浜松ということで、単に浜松市が悪いということではなくて、グローバルな社会の中で企業はどうやって生きていくかということが第一でございますし、やはりマザー工場はどちらか大きい、広い場所
○中山正邦君 先ほど、私が浜松の行財政改革推進審議会の答申書というのを市の方へ提出したということで御報告申し上げましたけれども、その中にも、監査制度の拡充強化という一項目がございます。 今、市では監査委員による内部監査や包括外部監査というのが行われておるわけでございますが、これだけでは政策実施方法や目標の合理性、効率性のチェックが不十分であるというふうに我々は考えております。それゆえ、どうしてもやはり常勤の監査委員は、市の中をよくわ
○中山正邦君 浜松商工会議所の会頭をしております中山でございます。 民間人の私が、地方分権改革推進法案の地方公聴会において意見を述べさせていただく機会を得ましたことを、まずもって御礼を申し上げたいというふうに思っております。 私からは、最近の経済界の取り組みと期待について述べさせていただきたいというふうに思っております。地方分権が言われる中、受け皿としての自治体の強化の必要性というのは言うまでもございませんが、浜松市における具体
○林座長 ありがとうございました。 続きまして、中山正邦君にお願いいたします。
○林座長 これより会議を開きます。 衆議院総務委員会派遣委員団団長の林幹雄でございます。 この会議の座長を務めさせていただきますので、よろしくお願いを申し上げます。 この際、派遣委員団を代表いたしまして一言ごあいさつを申し上げます。 皆様御承知のとおり、当委員会では、地方分権改革推進法案の審査を進めているところでございます。 当委員会といたしましては、本案の審査に当たり、国民各界各層の皆様方からの御意見を承るため、当
○林(幹)委員 静岡県に派遣された委員を代表いたしまして、私からその概要を御報告申し上げます。 派遣委員は、理事岡本芳郎君、寺田学君、谷口隆義君、委員片山さつき君、実川幸夫君、萩生田光一君、萩原誠司君、逢坂誠二君、重野安正君及び私、林幹雄の十名であります。 会議は、去る十五日午後一時より浜松市内のオークラアクトシティホテル浜松において開催し、意見陳述者の方々から、現在本委員会で審査中の本法案について意見を聴取した後、これに対して
○齋藤勁君 本来はカラー刷りなんですけれども、ちょっと費用の関係でモノクロになっていることをごしんしゃくいただきまして、構想をしていただいて見ていただければ有り難いと思います。 資料の配付ですから、正確にまず役所の方と確認したいと思います。 一番上の「池子の森。六分の五の緑は、残します。」。これは発行は自由民主党さんです。連絡先、国民運動本部長中山正暉先生ですが、中山先生は昭和五十年代後半に御自身の経歴でも国民運動本部長をされて
○中山会長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 それでは、幹事に中山正暉君を指名いたします。 ————◇—————
○中山(正)委員 自由民主党の中山正暉です。 先ほど、時実利彦先生がおっしゃったこと、ちょっと欠落いたしましたので申し上げておきます。 人間の前頭葉の中に百四十億の細胞がある。それが、三歳から十歳までの間にその細胞の突起、五十本ぐらいが結びつく。その中で人に対する対応というのは決まってくる。このごろ、少年犯罪を見ましても、少年というのはなかなか残虐なところがあるということが証明されているわけですが、野蛮人から文明人になる過程みた
○中山(正)委員 自由民主党の中山正暉でございます。 この中にももう戦争体験のないお若い先生方は大勢いらっしゃいますが、私ですら、ことし七十一、戦争が済んだときに中学一年生でございました。私は、大阪で、B29が頭の上から、一万メートルも上から爆弾を落として、そして焦土と化していくその町の中で、私は生駒山という山の下に疎開をしておりましたが、市内の中学校に通っておりましたので、焼夷弾が降ってくる中、爆弾が降ってくる中、スリルを味わうみ
○春名小委員 済みません、一言。 葉梨先生に一つだけちょっとお聞かせいただきたいんですけれども、世界の平和、そして国際貢献、日本は国の力も大きいですので、二十一世紀に本当にもっともっと努力する必要があると思うんです。全く共通しています。ただ、それが非軍事の分野ではなぜだめなのかということが聞きたいのです。 なぜ国際貢献イコール軍隊、自衛隊を出すということとイコールになってしまうのか。そこを、例えば国連に入ったときに、そのときに、
○中山(正)小委員 重ねて中山正暉に発言させていただいて感謝をいたします。 アメリカが今現実の世界で大変ないろいろなことをやっているとおっしゃる皆さんが、一九四五年、戦争が済んだときのアメリカの世界戦略の中で、日本を永久に属国にして、もう二度と立ち上がらない、アメリカの言うことを聞く国にしようと思って与えた憲法を何で守ろうとされるのか、私はそれがまことに不思議でなりません。 これから私は、二十一世紀、悲劇の予想をするならば、多分
○中山(正)小委員 自民党の中山正暉です。 いろいろ議論を聞いていまして、日本は本当にタイミングをすべて逸してしまったなと思います。 自民党の方でも、国会議員のときには憲法改正をおれが総理大臣になったらすると言っていた人がいて、総理大臣になると、おれの在任中は改正しない。その繰り返しで、野党は野党で、冷戦構造で二つの対立点があった中で、日本にこういう武力を持たないという憲法があった方が革命がしやすいだろう、そういう魂胆と言ってい
○中山(正)委員 自民党の中山正暉でございます。 再度発言を許していただくということに感謝をいたします。 古きをたずね新しきを知るというのが将来の予測を立てるのに非常に大事なことだと私は思うんです。 日本で二・二六事件という事件が起こりました。真崎甚三郎、真三郎という兄弟の大将を首班にする軍事政権樹立が目的でした。自由主義政治家を皆殺す計画でした。例えば高橋是清のように明治の日露戦争のとき、十八億の戦費のうち六億を外債、ユダ
○中山(正)委員 自民党の中山正暉でございます。 ヘーゲルという人の言葉に、「神は世界を統治する、その統治の内容、その計画の遂行、それが世界史である」という言葉があります。一七七六年にアメリカは独立をしまして、五十の種族による二百二十七年間の今、アメリカの歴史が経過しました。 アメリカというのは、いわゆる世界統一の縮図だと私は思います。今、世界の軍事費の三七%、ことしだけでも四十四兆ばかりの軍事費を使っております。アメリカは世界