中島源太郎 に関する国会発言
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○国務大臣(遠山敦子君) 二点ございました。 まず第一点は、免許更新制との関連でございますが、この免許更新制の導入につきましては、平成十四年二月の中央教育審議会からの答申におきまして、現時点における制度上の制約などに加えて、その政策的有効性についても十分検討を進めたところ、導入にはなお慎重にならざるを得ないという結論をいただいたところでございます。ただ、その一方で、教員の専門性の向上ということが大変大事だということで、具体方策としま
○輿石東君 民主党の輿石ですが、与えられた時間が三十分ということですので、単刀直入にお答えをいただきたいと思います。 まず、この教特法の一部改正の法案が提出をされた経緯と背景というのは、もう後藤委員の方からも小林先生の方からもありましたので省きたいと思います。ただ、確認をしておきたいのは、今まで、五年研、十年研、二十年研というのがもう既にあるのになぜ法制化したのと。この答弁に対して、実施が八割、受講者がその三分の二、そういう状況と。
○加藤(六)委員 考えてみますと、平成元年一月七日、平成のおじさんとして小渕官房長官が平成の看板を高々と上げられて、平成の御代が始まりました。そして今日、国会において、この平成の大危機をいかに乗り切っていくかということで、その平成のおじさん、小渕総理が先頭を切って必死の御努力をされておる。このことに、まず冒頭敬意を表しまして、私の質問に入らせていただきます。 いろいろあると思いますけれども、冒頭、ひとつ総理に思い出しておいていただき
○下村泰君 私も初めてこのLDという言葉を聞いたのが八年前なんです。ニューヨークでこういうお子さんたちの教育をしていらっしゃるカニングハム久子さんという方が日本へ参りまして、たまたま向こうへ行っていらっしゃる商社のお子さんたちがニューヨークの方であちらの検査を受けたりしたときに、おたくのお子さんはこういうお子さんですよと言われて、学習障害児だと言われて親が驚いた。ところが、そういうものの専門の先生がいらっしゃらないので、何とかして文部省
○佐藤(信)委員 私が言っているのは、今自分もやってきたと。それは同じ党から出られた方ですから、そういう表現をしたのは間違いないと思うのです。それなら、自民党の中で具体的にあなたは一体何をしていたか、言えますか。言えないでしょう。それはあなたの仲間がやっていた。私がやっていた。そして、死んだ中島源太郎であり、戸塚進也がやっていたわけでしょう。それに対して、残念ながら、私はこの問題を参議院に当選以来二十年間言い続けたが、なかなか結論が出な
○森国務大臣 中島委員にお答えを申し上げます前に、先ほど同僚の井出委員からもお話がございましたように、委員の御尊父は当選以来ずっと商工委員会の重鎮でございました。たまたま、初めて当選をなさいましたとき私と同じ昭和四十四年の同期でございまして、またこういう場で申し上げていいかどうかわかりませんが、群馬県の偉大な指導者でありました福田赳夫先生の門下にも二人ともございまして、同期生として競い合ってきたわけでございます。その中島先生がまさかと思
○下村泰君 それなら結構です。 本来はこの委員会に持ち出すべき問題ではないんでございますけれども、実はNTTの逓信病院がこれを扱っているんですよ。私にとりましては質問をする時間がそうあちらこちらにもあるわけじゃございませんので、少しでも関連していればと思いましてこの委員会でも取り上げたいと思います。 おわかりにならない方がいらっしゃるといけませんので御説明しておきますけれども、学習障害児、LD児というのは、知能的にさほどのおくれ
○緒方事務総長 まず最初に、議長から、故議員中島源太郎先生に対する弔詞贈呈の報告がございまして、弔詞を朗読されます。次いで山口鶴男さんの追悼演説がございます。 次に、動議により、法務委員会の法律案を緊急上程いたしまして、浜田法務委員長の報告がございます。全会一致であります。 次に、農業協同組合法の一部改正案につきまして、田名部農林水産大臣から趣旨の説明がございまして、質疑が行われます。 本日の議事は、以上でございます。
○中西委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決定いたしました。 なお、中島君に対する弔詞につきましては、お手元の印刷物のとおりの弔詞を、理事各位の御了承を得まして、葬儀当日、議長から贈呈していただきましたので、御了承願います。 ――――――――――――― 衆議院は 多年憲政のために尽力し さきに 外務委員長内閣委員長の要職につき また国 務大臣の重任にあたられた議員従三位勲一等 中島源太郎君の長逝
○中西委員長 これより会議を開きます。 まず、議員中島源太郎君逝去の件についてでありますが、去る二月七日、群馬県第二区選出議員中島源太郎君が逝去されました。 ここに謹んで哀悼の意を表します。 中島君に対する追悼演説は、本日の本会議において行うこととし、演説者は、日本社会党・護憲共同の山口鶴男君にお願いいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○山口鶴男君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員中島源太郎君は、去る二月七日、急性肝不全のため、慶応大学病院において逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。 中島君とは、同じ群馬県選出の議員として、内外の政情あるいは郷土の将来についてともに議論し、ともに語り合ううち、私は、君の豊かな学識と清廉潔白でさわやかなお人柄に深く魅せられ、また、君の政治に対する真摯な姿勢に心から敬服いたしておったところであります。
○議長(櫻内義雄君) 御報告いたすことがあります。 議員中島源太郎君は、去る二月七日逝去されました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。 同君に対する弔詞は、議長において去る二月二十一日贈呈いたしました。これを朗読いたします。 〔総員起立〕 衆議院は 多年憲政のために尽力し さきに 外務委員長内閣委員長の要職につき また国 務大臣の重任にあたられた議員従三位勲一等 中島源太郎君の長逝を哀悼し つつしんで
○日笠分科員 続きまして、もう四年前から取り上げております小児成人病対策でございます。実は四年前の三月一日に、亡くなられた当時の中島源太郎文部大臣と初めてこの場で質疑をしたのですね。そのときには前向き、積極的に、もうおっしゃることは取り入れていきますという、まあ会議録を見ていただければおわかりでございますが、御返事がございました。それ以降確かに文部省の皆様方も鋭意御努力をいただきまして、平成四年度より尿検査の中に尿糖検査を取り入れる、こ
○元信分科員 私は、過去二回、この分科会におきまして、国会会議録のデータベース化など情報化について質問をさせていただいてまいりました。衆議院においてもこの間、部分的ながらワープロの導入を図られるなど努力をされておりますことは評価すべきことだというふうに思っております。そういうものを踏まえて、きょうは、今後の方向性について幾つか御質問したいというふうに思います。 まず、そもそも会議録というものについて議員がどのようなニーズを持っている
○吉田(正)委員 今答弁をいただいたように、やはり委員の赴選任というのは極めて重要な任務を持ったものでありますから、ひとつ厳正といいますか疑惑を招かないような人選をやっていただきたいというふうに思います。 次に、昭和六十三年五月二十七日、帝京大学が設立を予定されていた福岡の生涯学習振興財団に八億円寄附することを理事会が決定をいたしました。このとき高石邦男氏は文部事務次官に在任中であり、翌六月十日に退職し、当敵財団の理事長に就任が予定
○浜田委員長 これより会議を開きます。 この際、御報告申し上げます。 本委員会の委員でありました中島源太郎君が、去る七日、逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。 ここに、委員各位とともに故中島源太郎君の御冥福を祈り、謹んで黙祷をささげたいと存じます。 御起立をお願いいたします。——黙祷。 〔総員起立、黙祷〕
○議長(櫻内義雄君) 右の結果、国際緊急援助隊の派遣に関する法律の一部を改正する法律案は委員長報告のとおり可決いたしました。(拍手) ――――――――――――― 国際緊急援助隊の派遣に関する法律の一部を改正する法律案を委員長報告の通り決するを可とする議員の氏名 阿部 文男君 相沢 英之君 逢沢 一郎君 愛知 和男君 愛野興一郎君 青木 正久君 赤城
○議長(櫻内義雄君) 右の結果、国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律案は委員長報告のとおり決しました。(拍手) ――――――――――――― 国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律案を委員長報告の通り決するを可とする議員の氏名 阿部 文男君 相沢 英之君 逢沢 一郎君 愛知 和男君 愛野興一郎君 青木 正久君 赤城 徳彦君 浅野
○議長(櫻内義雄君) 右の結果、宮澤喜一君を、衆議院規則第十八条第二項により、本院において内閣総理大臣に指名することに決しました。 〔拍手〕 宮澤喜一君に投票した者の氏名 阿部 文男君 相沢 英之君 逢沢 一郎君 愛知 和男君 愛野興一郎君 青木 正久君 赤城 徳彦君 浅野 勝人君 麻生 太郎君 甘利 明君
○渡部委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。中島源太郎君。