伊関佑二郎 に関する国会発言
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○松永忠二君 野上議員からの御質問は二点でありますので、少し時間は長引くかと思うのでありますが、お許しをいただきたいと思うわけであります。 まず第一点は、十二月四日の日韓特別委員会のあのような状況のもとに、それを基盤として行なわれているところの参議院の審議というものは、これは全くまぼろしではないかというようなことであります。また、こういうふうなことをあえてやってきた河野副議長は、不信任に値するのではないかという、こういうような御質問
○岡田宗司君 私がいまどうも会談のかっこうが対等の立場が貫かれてなかった。と申し上げるのは、この条約が効力を発生するようになりましてから、はたしてこの対等の立場が維持されていくかどうか。常に言いがかりをつけられたり、あるいはまた、向こう側が条約のかってな解釈をして押しつけてきたり、そういうことがしばしば行なわれるのではないかということを懸念するからであります。新聞の伝えるところによりますというと、伊関佑二郎氏が初代の韓国大使に任命される
○小川説明員 ただいまの御質問にお答え申し上げますが、入管局長が伊関佑二郎君から勝野康助君にかわりました事情、並びに当時の東京入管の所長でございます狩野謙重から山本紀綱にかわりました事情、これは全然本件とは関係はございません。と申しますのは、事件が発覚いたしましたのはその後でございます。通常の人事異動に基づきまして交代しておるようでございます。
○木村(公)委員 おそらく回収はできますまい。しかし仮放免の保証金というものは、先ほどの御答弁では、全国的に見ますると、三十三年−三十四年の一カ年間において一億七千万円もあった。漸減の傾向にあるでしょうけれども、相当の額なんですが、これを使い込んで、刑事上の処罰はできるけれども、いわゆる国が損害の受けっぱなしだということがひんぴんとして起これば、これは容易ならぬ問題だと思いますので、その点は一つ十分御戒心を願いたいと思うのです。 そ
○政府委員(伊関佑二郎君) 全然そういう記憶はございません。
○政府委員(伊関佑二郎君) 私は詳しいことを何も存じませんので、十分検討をいたしませんと、ちょっとこの場でお答え申し上げかねる次第であります。
○政府委員(伊関佑二郎君) どうも申しわけありませんが、私はまだ聞いておりません。
○政府委員(伊関佑二郎君) 外蒙からの入国につきましては、たしか二つほどケースがございまして、向こうの持って参りました旅券に査証をしておるということだと存じます。ですから、外蒙といっても、旅券に関する限りは、もう普通の国交のある国と同じに扱っております。 それから今、承認の問題でありますけれども、これは、国連に入るときに、日本も賛成をしたということによりまして、外務省といたしましては、事実上の承認は行なったものというふうに判断してお
○政府委員(伊関佑二郎君) 事実問題として、立川から入ったのであるか、羽田で入ったのであるか、それは私は存じませんが、もちろん偽名で入ったという行為自体も、おもしろくない行為でありますが、あとでいわゆる代表部の職員として入って参りまして、まあこういうやむを得ない事情がふったのだということでございますから、それは代表部の職員でありましても、好ましからざる人物として、国外退去ということもあり得ますが、その辺のところは、いろいろな判断をいたし
○政府委員(伊関佑二郎君) 私は専門でございませんが、法を曲げているとは思っておりません。
○政府委員(伊関佑二郎君) 入国をさせるかどうかということは、これはまさに政治的な判断でいいんじゃないかと思っております。
○政府委員(伊関佑二郎君) 日本にとりまして、韓国と北鮮とを同列に驚いては考えておりません。韓国とは、事実上の国交もございますし、近く国交を正常化しようというわけでありまして、非常に違った立場において問題を見ております。
○政府委員(伊関佑二郎君) 一回だけそういう名前で入って来た。そのときは特殊の任務を帯びておったので、本職を明らかにせずに来たんだということを向こうでは申しております。その後、代表部の参事官として参りまして、すぐ私の所へ参りまして、前回は、こういう特別の理由で、そういう別な名前で入ったから、それはそういう事情があったので、御了承を得たいということを言って参りましたので、そのケースに限っては、先方からそういうあれがございましたから、大目に
○政府委員(伊関佑二郎君) 全般論といたしまして、共産圏の中で、北鮮だけが一番厳格な扱いを受けておりますこれは不思然な姿であるということは承知しております。
○政府委員(伊関佑二郎君) 今すぐ緩和するというふうに了解になるのは早過ぎるのではないかと思います。
○政府委員(伊関佑二郎君) 貿易についても、初めは全然認めなかったというような実情でございましたが、逐次拡げて参りまして、いろいろ御要望に沿いまして、昨年の四月にも多少ゆるめております。一つゆるめますと、またすぐ次に、これもやってくれ、あれもやってくれという御要望が出てくるわけであります。もちろん、完全に自由になれば一番いいわけでありますが、そう矢つぎばやにやるのは早過ぎる、徐々にやっていこう、こう考えております。
○政府委員(伊関佑二郎君) その放送施設の話は解決したようにも聞いておりますが、私もはっきりいたしませんが、これは、通産省が許可したと申しましても、はたして正式に許可されたものかどうか、人を入れる入れぬの許可は外務省に権限があるわけでありまして、外務省が許可しない限りは、許可したことにはならぬわけであります。一たん認めたものを取り消したということにはならないわけでございます。大体一般的な方針に従いまして、そのケースも、私どものほうでは、
○政府委員(伊関佑二郎君) 北鮮については、昭和三十年の次官会議決宙というものがありまして、非常に厳格にやっておったわけでございますが、最近は、貿易等はかなりゆるめておりますので、そういう方向にはなっておりますけれども、まだ人事の交流を認めるのは過早であるというように判断いたしております。
○政府委員(伊関佑二郎君) まあ政府の高官が来るということは、ある意味で、公的な色彩が濃くなるという点がございます。南ベトナム側からも、かねていろいろなことを言ってきておりますので、その辺を考えまして、実際の目的は達し得るようにというふうに、すこぶる現実的に考えてやっているわけであります。
○政府委員(伊関佑二郎君) そういう内規というものはございませんが、個々のケースにあたりまして、これが及ぼす影響、利害得失等を判断してきめております。