佐高信 に関する国会発言
77件 / 4ページ / 1 ページ目
○参考人(常見陽平君) 千葉商科大学の常見でございます。よろしくお願いいたします。 私は、労働参加の拡大、能力開発という側面から発言をさせていただきます。その中でも、大卒者の就職活動といったものをテーマに、この問題を掘り下げつつ、この労働参加の問題というものを考えてみたいと思います。(資料映写) 済みません、自己紹介のスライドを付けてしまいましたが、私は、最初から大学教員になっていたわけではなく、会社員を経て、途中からフリーラン
○荒井広幸君 大体私も、講演や物の本に私自身も書いております。落選しまして非常に心にすとんときたんです。佐高信さんによれば、司馬遼太郎という人は恐らく太田道灌と答えると、しかし藤沢周平さんならば笑わずに、笑わずに真顔で大工さんと答えると。 私は、やっぱり今リーダーシップも求められていますが、しかし、一人一人の草の根の、一人一人の生活の汗と涙、一人一人の観点に立った視点というものが今非常に見直される、あるいはもっと比重を置かれていいん
○荒井広幸君 おはようございます。 やはり、こうして委員会で質問をさせていただくとなりますと非常に緊張しまして、お手洗いに先ほど行かせていただきました。 大変お忙しい中、大臣、総裁ありがとうございます。ちょっと緊張しておりますので、大臣、長官にお尋ねをしたいと思います。 三大臣、長官にお尋ねします。江戸城はだれが造ったかと。 私が大変感化されています、評論家で作家で佐高信さんという人がいらっしゃいます。江戸城はだれが造っ
○大島(令)委員 ありがとうございました。 評論家の佐高信さんが、会社というのは憲法番外地であるというふうにおっしゃっていましたので、一言こういう産業界で働く方々の労働条件に関してもお尋ねをさせていただきました。ありがとうございました。
○参考人(佐高信君) では、一言だけ。 私は、勲章というものそのものに疑問を持っておりまして、勲章というのは、伊東正義さん、日銀総裁の前川春雄さん、国鉄総裁をやった石田礼助さん、断った人に立派な人がいるということだけを考えています。
○参考人(佐高信君) 佐藤道夫さんらしい、ちょっと不意をつかれた感じの質問でしたけれども、今お話を聞きながら、私は政党助成金というのはじゃどうなんだろうなという感じがしていました。政党助成金というのとはもちろん違うんでしょうけれども。 ある種、例えば企業の場合でも、日本の最初の出発は官営八幡製鉄所という形の出発でありましたし、民間企業といえども、それが払い下げられてある種の民間になっていくという日本の事情を考えれば、発展途上といいま
○参考人(佐高信君) 知りません。
○参考人(佐高信君) 前に私が平野さんと相まみえましたときは盗聴法の審議で、全く敵対する関係でございまして、最初に持ち上げられて、これはやばいなと思って、また同じことかなと思ったら、きょうは非常に発言が切れ味がよろしくて、野党になるとこうも変わるものかという感じがいたします。 それで、私は、さっき高知というお話がありましたけれども、高知には非常に親しみを持っております。あれは高知市のあれになるんでしょうか、自由民権記念館ってあります
○参考人(佐高信君) 初耳でした。
○参考人(佐高信君) 水野さんは経営者、元ですか今か、経営者らしくそういうふうにおっしゃるのはそのとおりだと思います。企業自身が社会の枠組みの中での発展というのは遂げてこなかったと。 それから、もう一つちょっと余計なことを申し上げれば、日本の社長というのはやたら説教が好きで、朝会を開いては訓示を垂れる、別に社長にそれを頼んでいる社員はいないと思うんですけれども。その辺も会社の枠を勝手に超えているという傾向があるというふうに思います。
○参考人(佐高信君) 憲法というのは日本国憲法というふうにうたってあるけれども、九条を初め、世界に私は開かれた憲法というふうな方向がいいと思いますし、それで全然矛盾なく私の中では、西部さんからは民主主義途上国の考え方だというふうに言われるかもしれないけれども、私の中では矛盾なくあります。
○参考人(佐高信君) 私はもちろん基本的に賛成でありますけれども、大体その永住、いつから日本に住んでいるのかというのは、みんなたどっていけばかなりの年数はずれがあるわけでしょう。そうすると、ほとんど最初からいたという人はいなくなるかもしれないわけですよね。その中で今この社会、この国を形成しているということについては、私はむしろ積極的に参加の中でいろんなことを決めていった方がいいというふうに思います。
○参考人(佐高信君) 私は、まさに戦争はすべてほとんど自衛の名において行われたというふうに思います。 それから、石原莞爾のことを書いた限りで、当時の大日本帝国陸軍のスター参謀としての石原莞爾がいるわけですけれども、その人が中国はそういう政治的能力がないから最初は占領をするんだ、だんだん自治を認めるとかいうふうな話になっていくんですね。 だから、その辺もすべてかなり恣意的なことで行われているということは、私は歴史に照らして明らかだ
○参考人(佐高信君) 私の認識では、家庭や学校や地域には括弧つきながら民主主義や憲法は入っていったんだろうと思うんです。ところが、その中で会社だけは除外されていたというか受け付けなかった。それで、経済成長とかなんとかで会社の占めるウエートというのが大きくなってきて、その憲法番外地の状況が家庭や地域や学校にも覆いかぶさってきたという状況なんじゃないかと。 ただ、改めて、憲法の価値というのは今こそ逆に高まっているという感じがいたします。
○参考人(佐高信君) 日本に外交があるのかどうかというのは非常に難しい問題で、森さんがあんなことまでしゃべってしまうということはほとんど外交はないということに等しいわけですけれども、そういう中で、あえてやっぱり私は、非武装平和というのを世界に冠たるあれとして推進していくというのがまさに日本に特有のといいますか、日本にしかできない平和外交なんじゃないかというふうな感じがいたします。
○参考人(佐高信君) これなんか、西部さんに聞いた方がいいような感じもしますけれども、一応はあれですけれども。 たしか昭和の日制定か何かの参考人でもここで話したような気がしますけれども、いわゆる日本民族というのは単一民族なのか混合民族なのかという話にも絡んで、要するに結構いいかげんなこと、いいかげんなことというか、調子いいことをやっているわけですよ。 戦争中はいわゆる満州、旧満州というんですか、に王道楽土をつくるんだということで
○参考人(佐高信君) まさにそのとおりでありまして、ガイドラインのときに、私はさっき石原莞爾という人の話をしましたけれども、同郷ということもあって、ちょっと石原莞爾という人のことを同郷者の責任として評伝を書いたんですけれども、そのときに、いわゆる満州国というかいらい国家があって、それを日本が支配していた。そのときに、日本と満州の関係がまさにアメリカと日本の今の関係に酷似しているというふうなことを書いたんですけれども、だから押しつけという
○参考人(佐高信君) ベルリン・オリンピック、ありがとうございます。 そのときに併合していたわけで、それで孫さんにとっては日の丸の押しつけですね。それを当時の東亜日報が日の丸の部分を黒く塗りつぶして報道した。それで大日本帝国朝鮮総督府はすぐに東亜日報を無期停刊にするんですね。 そういうときに、国というものが受益というふうなものだけでない側面を持つというふうなことを私はもう少し考えた方がいいんじゃないかという感じもするわけですね。
○参考人(佐高信君) まさにおっしゃるとおりだと思いますけれども、押しつけということに関して、今までの議論を聞いていてちょっと思い出したことがあるんですね。 それはどういうことかといいますと、国民というふうな概念の問題がいろいろあるわけですけれども、私は、この間のオリンピックのマラソンの高橋尚子さんの優勝、金メダルというのに、私もマラソンは好きなので拍手を惜しまなかったものなんですけれども、そのときに六十四年ぶりの金メダルというふう
○参考人(佐高信君) お説のとおりだと思います。