加賀田進 に関する国会発言

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1966-11-10 天野公義 商工委員会 衆議院

○天野委員長 御異議なしと認めます。よって、加賀田進君を理事に指名いたします。      ————◇—————

1966-10-18 天野公義 商工委員会 衆議院

○天野委員長 これより会議を開きます。  理事の辞任の許可並びに補欠選任の件についておはかりいたします。  理事の加賀田進君より理事辞任の申し出がございます。これを許可するに御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1966-06-22 天野公義 商工委員会 衆議院

○天野委員長 加賀田進君。

1966-05-24 天野公義 商工委員会 衆議院

○天野委員長 加賀田進君。

1966-05-10 天野公義 商工委員会 衆議院

○天野委員長 御異議なしと認めます。よって、加賀田進君を理事に指名いたします。      ————◇—————

1966-03-23 天野公義 商工委員会 衆議院

○天野委員長 これより会議を開きます。  去る十日付託になりました加賀田進君外十八名提出の中小企業者の事業分野の確保に関する法律案を議題とし、提出者から趣旨の説明を聴取することといたします。中村重光君。     —————————————     —————————————

1966-03-18 天野公義 商工委員会 衆議院

○天野委員長 御異議なしと認めます。よって、許可するに決しました。  ただいま加賀田進君が理事を辞任されましたのに伴いまして、理事に欠員を生じましたので、その補欠選任を行なうのでありますが、従来の慣例によりまして、委員長において指名するに御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1966-03-18 天野公義 商工委員会 衆議院

○天野委員長 これより会議を開きます。  おはかりいたします。  理事加賀田進君から理事辞任の申し出があります。これを許可するに御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1965-11-10 加賀田進 本会議 衆議院

加賀田進君(続) 日本の財界にすべての財政を負担させて、政府は単なる行政的な指導だけに逃げようとする観のある、この二点に対して、私はここに三木通産大臣の責任を問わなければならぬと存じます。  これらの総計しての六点を総合いたしまして、中村重光君の答弁を私は心からお願い申し上げまして、降壇をいたします。(拍手)   〔中村重光君登壇〕

1965-11-10 加賀田進 本会議 衆議院

加賀田進君(続) 財政的な裏づけを明確にしないということ、さらに、間違えば……

1965-11-10 加賀田進 本会議 衆議院

加賀田進君(続) しかしながら、三木通産大臣の努力はあったにいたしましても、今日までその重大な最高責任者である会長の就任が、皆さん、ないではございませんか。その大きな一つの理由としては、政府自体が博覧会に対しての……

1965-11-10 加賀田進 本会議 衆議院

加賀田進君(続) しかし、これらの各役員の中で、なぜ会長がきまっていないのでしょう。今日、三木通産大臣がその最高責任者として、会長の選任の担当者として……

1965-11-10 加賀田進 本会議 衆議院

加賀田進君(続) 昭和四十五年に大阪の千里山において、国民的期待の上に立って国際博覧会が、今日具体的に計画を持って進行されております。

1965-11-10 加賀田進 本会議 衆議院

加賀田進君(続) 進行いたしております。自後、五年後の……

1965-11-10 加賀田進 本会議 衆議院

加賀田進君(続) 関西において国際博覧会が……

1965-11-10 加賀田進 本会議 衆議院

加賀田進君(続) したがって、私は、通産大臣が責任を負うて、今日の本会議揚の決定に基づいて、あるいは決定がなしとしても、今日の財界の要請にこたえ、みずからその責任をとって退陣すべきが妥当な姿だと私は信じます。  なお、今日……

1965-11-10 加賀田進 本会議 衆議院

加賀田進君(続) 行なおうといたしておりました自動車産業の自由化を、三木通産大臣は十月一日実施したじゃありませんか。強行したのです。今日の日本の新興産業として期待されている自動車産業の中で、乗用車の自由化が各カー・メーカーにどんなに困難な状態を来たしているかは、すでに皆さんも御存じのとおりだと存じます。国際的な競争力は、はたして完ぺきであるかどうか。カー・メーカーの圧力に基づいて下請企業や零細企業が今日どのような状態になっているか。そ

1965-11-10 加賀田進 本会議 衆議院

加賀田進君(続) 新聞を通じ、あるいは報道機関を通じて、佐藤内閣が、中小企業を助ける、金融を緩和する、減税政策を講ずと言いながらも、今日の中小企業のいずれが佐藤政策によって救われたでしょうか。依然として戦後最大の倒産がここに続いております。しかも、日本の経済の現状は、中小企業から中堅企業へと倒産が波及しておるじゃありませんか。この日本の産業の状態を救うのは、三木通産大臣の重責にかかっておるわけであります。このように、三木通産大臣は就任

1965-11-10 加賀田進 本会議 衆議院

加賀田進君 私は、ただいま議題となっておりまする通産大臣三木武夫君の不信任決議案につきまして、賛成の立場を明らかにしつつ、提案理由の説明をいたしましたわが党の中村重光君に対して、五島虎雄君に次いで、若干の質問をいたそうとするものでございます。(拍手)  佐藤内閣が池田前総理の病気退陣のあとを継いで誕生いたしましたのは、ちょうど昨年の十一月の九日でございました。いわゆるまる一年は昨日でございました。個人で言えば、ちょうど一周忌を迎える

1965-11-10 田中伊三次 本会議 衆議院

○副議長(田中伊三次君) 加賀田進君。   〔加賀田進君登壇〕