新坂一雄 に関する国会発言

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1992-02-27 峯山昭範 運輸委員会 参議院

○委員長(峯山昭範君) 委員の異動について御報告いたします。  去る一月二十三日、谷川寛三君が委員を辞任され、その補欠として松浦孝治君が選任されました。  また、同月二十四日、中川嘉美君が委員を辞任され、その補欠として片上公人君が選任されました。  また、去る二月十四日、新坂一雄君の補欠として音田之久君が選任されました。  また、昨二十六日、渕上貞雄君が委員を辞任され、その補欠として三重野栄子君が選任されました。     ——

1992-02-27 峯山昭範 運輸委員会 参議院

○委員長(峯山昭範君) ただいまから運輸委員会を開会いたします。議事に先立ち、一言申し上げます。既に御承知のとおり、本委員会の委員でございました新坂一雄君は、昨年の十二月二十八日、心不全のため逝去されました。  また、昨日、狩野明男君が心不全のため急逝されました。  まことに哀悼痛惜にたえません。  ここに、本委員会における両君の御功績と御活躍をしのび、皆様とともに謹んで黙祷をささげ、御冥福をお祈りしたいと存じます。  御起立を

1992-01-24 戸張正雄 議院運営委員会 参議院

○事務総長(戸張正雄君) 御説明いたします。  本日の議事は、まず、日程第一 議席の指定でございます。議長は、仮議席のとおり議席を指定されます。  次に、議員新坂一雄君逝去につき哀悼の件でございます。議長から、既に弔詞をささげた旨御報告の後、弔詞を朗読されます。その際、一同側起立をお願いいたします。次いで、峯山昭範看から哀悼演説がございます。  次に、特別委員会設置の件でございます。まず、科学技術特別委員会外五特別委員会の設置につ

1992-01-24 峯山昭範 本会議 参議院

○峯山昭範君 本院議員新坂一雄君は、昨年の暮れも押し詰まった十二月二十八日、東京女子医科大学病院において心不全のため逝去されました。最近体調を崩されていると伺い、案じておりましたが、御家族や私どもの一日も早い健康の回復を願う気持ちもむなしく、五十二歳の若さで不帰の客となられました。まことに哀惜の念にたえません。  私は、皆様の御同意を得て、議員一同を代表し、改新坂一雄君のみたまに対し謹んで哀悼の言葉をささげたいと存じます。  新坂一

1992-01-24 長田裕二 本会議 参議院

○議長(長田裕二君) 議員新坂一雄君は、昨年十二月二十八日逝去されました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。  同君に対しましては、議長は、既に弔詞をささげました。  ここにその弔詞を朗読いたします。    〔総員起立〕  参議院はわが国民主政治発展のため力を尽くさ  れました議員従五位勲四等新坂一雄君の長逝に  対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔  詞をささげます     —————————————

1991-12-17 峯山昭範 運輸委員会 参議院

○委員長(峯山昭範君) ただいまから運輸委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  去る五日、粟森喬君が委員を辞任され、その補欠として新坂一雄君が選任されました。  また、去る六日、関根則之君が委員を辞任され、その補欠として伊江朝雄君が選任されました。  また、昨十六日、新坂一雄君が委員を辞任され、その補欠として高井和伸君が選任されました。

1991-12-05 峯山昭範 運輸委員会 参議院

○委員長(峯山昭範君) ただいまから運輸委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  昨四日、新坂一雄君が委員を辞任され、その補欠として粟森喬君が選任されました。  また、本日、伊江朝雄君が委員を辞任され、その補欠として関根則之君が選任されました。     —————————————

1991-11-22 及川順郎 科学技術特別委員会 参議院

○委員長(及川順郎君) ただいまから科学技術特別委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  去る十一月六日、谷川寛三君が委員を辞任され、その補欠として倉田寛之君が選任されました。  また、去る十一月十二日、新坂一雄君が委員を辞任され、その補欠として星川保松君が選任されました。  また、昨日、松前達郎君が委員を辞任され、その補欠として翫正敏君が選任されました。     —————————————

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 終わります。

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 最後に。  いわゆる四全総でも一極集中の悪弊というのはもう言われるとおりでございます。企業の方もアンケート調査によれば、関西というか大阪の拠点化を図りたいという企業もふえているような現状でございますので、要するに大阪-東京をとにかく一時間でできるだけ至近距離で結べるという大動脈をつくるということがやはりこれからの日本の国民生活の基本になるんじゃないかというふうに考えております。  もし、大臣ございましたら、最後にお伺い

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 やっぱり大変な緊急必要性ということで、東京-大阪間の大動脈が今の新幹線ではとにかくもうバンクするという時点にだんだんなりつつある現状では、やはりこれは緊急処置として何かの、例えばリニア特別立法とかそういうものをつくった上で財源手当てをしていかないと、これはやっぱり告示されてから二十年間近く過ぎているわけですから、何らかの手当て、処置が必要ではないかという気がいたします。それから、これは段階的に踏んでも二十一世紀、二〇〇〇年

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 これは段階的にステップを踏んでいくことでございますけれども、最終的にこのリニアがゴーになったという場合には、最終的にはやっぱり財源だと思うんです。これはやっぱり、ことしやっと残っておった三線の整備新幹線にお金を出すための財源プールをつくって大変御苦労。されたということでございますので、普通の一般会計の中から取ってくるのは、大変なこれは財源の大蔵省との査定の競合になると思うのでございますけれども、財源措置というのは、もしゴー

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 これは巷間言われておりますように、リニアで五百キロで東京-大阪一時間ということになれば、効率的には直線で線を引くのが一番理想的なわけなんで、それが蛇行するようなことになればその分だけロスするのは当たり前の話なんです。  ただ、これからもう実際に現地調査されて、岩盤が固かったりあるいは水が非常によく出るというようなところで路線としてふさわしくないというようなこともそれは考えられるので、若干のカーブはいたし方ないとしても、例

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 それから、もう一つ確認しておきたいんですけれども、この四十八年の運輸省告示の基本計画で東京から大阪、ここを結ぶために甲府市、名古屋市、奈良市付近を通過すると。これはまだ生きているというか、このとおりでいいのでございますか。要するに、この明示している地域以外を走らすということはないというふうに考えていいのかどうか。

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 そうすると、それはいわゆるこの実験が成功という段階のときにそういう整備計画へ記録されるわけですね。

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 だけど、それは実験が成功したとして、リニアはすばらしいということになったら、在来線の新幹線でなくてリニア方式でいくんだということを後明言しないと、片一方でまたそれじゃ、在来の新幹線で例えばJR東海が今企画している三百キロくらいのでいこうかという話と並行した形で中央新幹線をつくるということになれば混乱を起こしませんかということを言っているんです。

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 ちょっとぼやっとしてよくわからないんですけれども、この告示によれば、その当時にはリニアという発想はなかったと思うんですよ。その後リニアというのが出てきたわけなんで、いわゆる告示のときには既存の新幹線でやろうということで告示されたと思います。  それで、今リニアが山梨でスタートされておりますけれども、この実用化へのテストでゴーだ、これでいけるということになった場合は、この四十八年の告示の中央新幹線、これはリニアでいくんだよ

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 一つは飛行機ということもございますけれども、飛行場から都心に入るまでの大変な自動車の込みぐあい、要するに高速道路一つとっても非常に時間帯によって不安定であるということから見ますと、やはり鉄道輸送というのは、それがより確実だと思います。  そういう意味で、今お話ありましたように、やはり既存の鉄道あるいは飛行機についてもかなり限界に近いところにきているんじゃないかという意味で言いますと、急がれますのは、大動脈にもう一本線を早

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 陸といいますか鉄道がだめなら飛行機という手もありますけれども、伊丹-羽田間の輸送の現状というのはどうでございましょうか、かなりこれも逼迫しているような感じも受けますけれども。

1991-09-19 新坂一雄 運輸委員会 参議院

新坂一雄君 リニアモーターカーの実験は実験として、実用化のためにスタートするということは、一方でやはり東海道新幹線のいわゆる輸送力がかなり限界に近いところにきているんじゃないか。これのやはり代替線といいますかその選択がないと、一方で輸送力もそうですし、それからオリンピックの年に完成したものですから、いわゆる施設なんかの補修、要するにドックも定期的にやらなきゃいけないだろうし、あるいは何かの災害のとき、あるいはよく言われる冬の雪に対して