春日由三 に関する国会発言

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2025-12-02 松田学 総務委員会 参議院

○松田学君 終戦直後のNHKの、統治下におきまして、終戦した年の一九四五年十二月九日の日曜日の夜八時からのゴールデンアワーに、NHKのラジオで、太平洋戦争史と劇仕立てにした毎週一回の三十分番組、「真相はこうだ」というのが放送されて、夜だけでなくて昼間でも再放送もなされていたと、繰り返し放送されていたという話があります。  このラジオ放送とは、当時、NHKがGHQの指令に従ってなされたもので、日本軍がいかに残虐だったかなど、その後の日本

1970-03-26 高見三郎 文教委員会著作権法案審査小委員会 衆議院

○高見小委員長 これより著作権法案審査小委員会を開会いたします。  著作権法案を議題とし、審査を進めます。  本案について、まず参考人より御意見を聴取することといたします。  本日御出席をいただきました参考人の方々は、日本放送協会法規室長青木幸治君、日本音楽著作権協会理事長春日由三君、全国社交業環境衛生同業組合会長加藤幸三郎君、日本民間放送連盟専務理事酒井三郎君、日本音楽著作家組合委員長藤田正人君、以上五名の方々でございます。

1969-06-04 安達健二 文教委員会 衆議院

○安達政府委員 順次申しますと、国士館大学教授の東季彦氏、それから日本レコード協会会長安藤穰氏、それから作曲家・東京芸術大学教授の池内友次郎氏、それから東京大学教授、これは国際私法の専門の人ですが、池原季雄氏、それから文化財保護審議会の会長稲田清助氏、それから評論家の浦松佐美太郎氏、日本新聞協会事務局長江尻進氏、それから弁護士の戒能通孝氏、それから日本音楽著作権協会理事長春日由三氏、それから愛知学院大学教授勝本正晃氏、それから音楽家・日

1966-07-27 安達健二 文教委員会 衆議院

○安達説明員 日本音楽著作権協会と申しますのは、社団法人でございますが、著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律によってその事業を認可された団体でございまして、昭和十四年につくられまして、会員は国内の作詞作曲家約千百人、それから会員以外で音楽の著作権を信託譲渡しておる者が千八百名程度ございます。それからまた外国の団体とも相互契約を結びまして、内外の音楽著作権の使用の許諾と使用料の徴収、分配の業務を行なっておる団体でございます。  この団体に

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 通常、出演者を選びます場合には、私どもの番組の企画に合った、たとえば満一歳なら満一歳の子供さんを出すという場合には、そういうものを募集するとか、あるいは、いまの子供のような場合には、幾つの子供でどういう母親でというふうな出演選定を、公平にできるだけ集めるように努力をいたしております。しかし、たとえば全国民の中から出るわけでございますから、必ずしも全く公平に行なわれているかどうかというふうな御指摘を受ければ、出演者

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 先生がただいま御指摘になりましたのは、三月の三日のおひなさまの日の夜の七時のニュースに続いた「生活の知恵」の時間を御指摘になっておると思うのですが、あれはおひなさまの一つの特集といたしまして、おもちゃというものに対して、母親が子供のためよかれというものを選んだ場合と、子供自体がほしがっている場合との違いというもの、それはどこから出てくるか、一種の心理的な生活の知恵の番組でございます。たまたま、そのときに一個九百七

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 昨年もそういうふうな御意見をちょうだいいたしておりますんですが、中学生を出しましたのは、過去三回でございますが、御指摘のとおり、数は少のうございますが、やはり私どもといたしましては、中学生に外国の生活とか文化というものを見させ、同時に、外国の中学生の生活の実態を知らせ、また、交換をして国際親善を高め、その結果が学校放送や子供向けの番組に持ち出されるというふうな効果をねらっておるわけでございます。ただ、人数の点とか

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 御指摘のように、たまたまその場に取材する人間がい合わせなかったかどうかは、つまびらかにいたしておりませんが、一般に私ども、ああいうルポルタージュ的な番組を編成いたしますときには、やはりそれの訴える力と同時に、それが家庭に入っていく場合に、どの限度にとどむべきかという判断が加わりますものですから、たとえば瀕死の重傷を負っておる方々に、あくまでもマイクロホンを突きつけて最後まで聞くとか、そういったところの限界の問題が

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 手元にございます十一月の調査で、一二%という聴視率が出てておりますから、七十三万の十二、三倍でございますから、八百万くらいの推定でございます。

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) ラジオの場合は、テレビジョンと対比いたしまして、かなり低くなっておりますが、慰安番組で一二%くらいが最高でございます。

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 「赤穂浪士」につきましては、最終、つまり、討ち入りから引き揚げ、あの辺の聴視率といたしましては五四%程度のものが出ております。で、一%は七十三万人に当たりますから、五〇%といいますのは、三千五百万人くらいが視聴しているという例でございます、

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 万般の希望が出ておりますが、一番多いのは、やはり夜間の慰安番組のあり方で、NHKの慰安番組はやはり親子一緒に見てちっとも差しつかえないようなもので、しかも健全明朗なおもしろいものをやってくれという、慰安番組についての意見がございます。そのほか、報道の拡充とか海外取材的な番組をもっと充実しろ、それから教育番組に力を入れろとか、万般の御意見がございますが、私どもは、そういうふうな御意見を全部集計いたしまして、番組の改

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) まことに申しわけございませんが、富士山の山頂から中継に要した経費というのを手元に持っておりませんのでございますけれども、この場合は、出演謝金と違いまして、職長の旅費とか、それから機材の運搬費とか、そういったていのものでございますから、出演謝金的なものは全然使っていないわけでございます。

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 「若い河」の実行予算はいまのところ確定いたしておりません。が、いずれにいたしましても、「赤穂浪士」以下であることは間違いございません。

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 番組一本当たり二百三十一万円ですから……。

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 年間合計でございますか。

1965-03-30 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) お答え申し上げます。  直接番組制作費は、一本出たり二百三十一万円以上……。

1965-03-25 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 私の御説明申し上げたことばが若干不足であったと思いますが、サイゴンは四十年度に新設する計画でございますけれども、すでに現在クアラルンプールとかその他に駐在しておりますから、そこに、長期駐在をいたさしておりますので、新たに一名サイゴンに加えることによって、複数になるわけでございます。なお、先生御指摘のように、一名は非常に忙しいということでございますが、ほかに、その地点に突発的な大きな国際的ニュースなどが起きました場

1965-03-25 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) 御指摘のとおり、一支局一名がとりあえずのあれでございます。

1965-03-25 春日由三 逓信委員会 参議院

○参考人(春日由三君) お答え申し上げます。国内の報道取材綱の拡充計画につきましては、四十年度の計画では、放送記者総計七百七十名、カメラマン総計二百二十四名、ほかに通信部の総計百八十五カ所、これは前年度に比較しまして二十カ所の増でございます。そのほか国内通信員百五十名、こういう形の増員計画の四十年度の目標でございます。海外通信につきましては、現在総支局二十局及び三駐在で二十三でございますが、四十年度はその場所を新たに二カ所、ただいまのと