瀬谷英行 に関する国会発言
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○事務総長(小幡幹雄君) 御説明申し上げます。 本日の議事は、最初に、元本院副議長瀬谷英行君逝去につき哀悼の件でございます。議長は、既に弔詞をささげた旨御報告の後、弔詞を朗読されます。その際、一同御起立をお願いいたします。 次に、本日委員会を議了いたしました日程第一の請願及び緊急上程請願でございます。これらの請願を一括して議題とすることを異議の有無をもってお諮りいたします。異議がないと決しますと、これらの請願は、委員長の報告を省
○議長(江田五月君) これより会議を開きます。 元本院副議長瀬谷英行君は、去る十六日逝去されました。誠に痛惜の極みであり、哀悼の念に堪えません。 同君に対しましては、既に弔詞をささげました。 ここにその弔詞を朗読いたします。 〔総員起立〕 参議院は わが国 民主政治発展のため力を尽くされ さきに参議院副議長として憲政の発揚につとめ 特に院議をもって永年の功労を表彰せられました 元議員正三位勲一等瀬谷英行君の長逝に
○委員長(大島慶久君) ただいまから文教・科学委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 去る五日、瀬谷英行君及び山本一太君が委員を辞任され、その補欠として上山和人君及び田沢智治君が選任されました。 また、去る九日、但馬久美君が委員を辞任され、その補欠として山下栄一君が選任されました。 —————————————
○委員長(藁科滿治君) ただいまから地方行政・警察委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 去る五月十五日、長谷川道郎君、馳浩君、海老原義彦君、小山孝雄君、山本一太君及び瀬谷英行君が委員を辞任され、その補欠として芦尾長司君、大木浩君、下稲葉耕吉君、鈴木省吾君、田村公平君及び大渕絹子君が選任されました。 また、去る五月十八日、菅野久光君が委員を辞任され、その補欠として小山峰男君が選任されました。
○委員長(大島慶久君) ただいまから文教・科学委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 本日、上山和人君が委員を辞任され、その補欠として瀬谷英行君が選任されました。 ―――――――――――――
○委員長(関根則之君) ただいまから国土・環境委員会を再開いたします。 この際、委員の異動について御報告いたします。 本日、瀬谷英行君、泉信也君及び奥村展三君が委員を辞任され、その補欠として青木薪次君、田村秀昭君及び堂本暁子君が選任されました。 ―――――――――――――
○瀬谷英行君 最後にもう一度片方参考人に。 今後の二十一世紀の問題としていろいろお話がございましたけれども、具体的に一体どういうふうにしたらいいのか、これは技術的な問題すべてを含めて、総括して御意見を伺いたいと思います。
○瀬谷英行君 私の体験はやはり幼児のころでしたから、横抱きにして母親が表へ飛び出した。ところがどこの家でもみんなはだしで表へ飛び出した、そういう状況だったんです。だけれども、その割に家屋の倒壊というのはなかったんです。それはかわら屋根が落ちたということはあるけれども、かわら屋根よりもトタン屋根の家の方が多かったのですから、トタン屋根の方はむしろそういうことはなかった。家屋というのは案外強いものだなと思いました。だから、それは長年の勘でも
○瀬谷英行君 私は関東大震災を東京で体験しました。と言っても、四つのときですから余り正確な記憶はないんです。ただ、うちの前の二階屋のかわら屋根が崩れて落下したということはあったんです。だけれども、家がつぶれたとか倒れたとかというのはなかったんです。当時住んでいたところは今の文京区です、昔は小石川と言いましたが。文京区とか豊島区とか、あのかいわいではそういう大きな被害を受けた家はなかったんです。被害の多かったのは浅草とか、いわゆる下町、本
○瀬谷英行君 今までの御意見を伺っておりますと、片方参考人が反対であるということを明確におっしゃっておりますが、まずどこが悪いのか、どうしたらいいのか、条文的にはどうやったらいいのか、問題点を指摘していただければ幸いであると思います。 それから、神田参考人は、法律はおくれがちである、政令にすべてをゆだねたのではどういうものだろうか、こういう疑問を示されております。ここもまた、法律の盲点といいますか、そういう点があってはならないという
○委員長(関根則之君) ただいまから国土・環境委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る五月二十八日、村沢牧君が委員を辞任され、その補欠として青木薪次君が選任されました。 また、本日、青木薪次君が委員を辞任され、その補欠として瀬谷英行君が選任されました。
○瀬谷英行君 きょうの議題と一緒に考えていきますと、ICAOの問題については、一々事例を挙げると長くなりますし、昔の話になりますから、長い話をするのはやめておきたいと思います。 しかし、私どもの研究の結果は、ICAOの過去における大韓航空の報告というのはどうもおかしい。おかしいということを立証する材料の方が多い。だからその点を、昔の話であっても今後の航空事故対策という点から考えるとゆるがせにできないなと、こう思いますので、この点は続
○瀬谷英行君 今までの質疑の中でもICAOがいろいろと出てまいりましたが、私も十五年前の大韓航空機の事故の問題で、真相究明の会と協力いたしましていろいろ真相究明に当たってみたんですけれども、ICAOの報告というのはどうも余り信用できないという面が出てきたんです。 つまり、当時の大韓航空機の事故は、日本の国内じゃなくて、千島列島をずっと南下してきた大韓航空機がソ連軍の飛行機によって撃墜されたと、こういう事件です。 当時の新聞論調と
○瀬谷英行君 大型の旅客機を使う場合と自衛隊の飛行機を使う場合では、やっぱり輸送力が全然違うだろうと思うのです。だから、自衛隊の飛行機を使うということになると、これは憲法上いいとか悪いとかという問題よりも、現実の問題としてたくさんの人をなるべく早く運ぶということに主眼を置くべきではないのか、こういう気がするんです。 その意味で、民間機をフルに使い得る体制をとっておく必要があるんじゃないだろうか。めったにこんなことは起きないとは思うけ
○瀬谷英行君 私はまず、安全面についていろいろお伺いをしたいと思っております。 今、自動車の方も渋滞でもって東京近辺なんかは大変な様相を呈しているんですが、ただ、自動車の場合は多少ぶつかっても、正面衝突するとかあるいは追突するとかということでかなりの犠牲者を出すという例もありますけれども、ちょっとかすったぐらいじゃ、かすり傷程度で終わってしまう。ところが、飛行機の場合はかすり傷で済まないわけですね、必ず落っこってしまう。したがって犠
○瀬谷英行君 ディーゼルの問題については、船でもディーゼルは使われるようになっているわけです。だから、車のように、船に比べればずっと大きさも違うし、簡単に行けるような気がするんです。電池でも何でも、昔のように大がかりな騒ぎをしなくたって電力というものは圧縮をされて使われるというような時代になってきたんだから、これらの点について、日本はやはりそういう発明やら何やらの方では結構すぐれていると思うのです。そういう点でもう少し研究に力を入れて、
○瀬谷英行君 ジャカルタでいろいろ暴動があって、自動車をひっくり返して火をつけるといったようなことがありましたけれども、あれはやっぱりガソリンを使っているから火をつけるとすぐに燃えてしまうということになると思うんです。電気自動車だったり、あるいは昔の木炭自動車だったりすればそう簡単に火をつけられませんからそうはならないと思うんです。 燃料そのものの研究とか開発というものは今どの程度研究をされて、将来の見通しとしてはどんなものがあるの
○瀬谷英行君 自動車事故の中で怖いのは、やはり燃料がガソリンですよ、今のところは。戦争中あるいは戦後しばらくは木炭自動車というのがあったんです。あれはガソリンに比べれば危険度が少なかったと思うんだけれども、そのかわり余り能率はよくなかった。こんなものを使わなきゃならないのかなと昔思ったことがあるんですけれども、時代の変化に伴って燃料が安全な簡単に火がつかないような燃料にかえられるという可能性があるのかどうかということ。 それから、問
○瀬谷英行君 煩雑な手続をなるべく省略していくということは、自動車が今日のように普及をしてきた以上はこれはやむを得ないことだと思います。 しかし、五十年前のことを考えますと、私のような大正生まれの者は、昔は明治は遠くなりにけりという話があったけれども、大正も結構遠くなっちゃった。あのころ二十代だった自分の周辺のことを考えますと、自動車を買うなんということは、おもちゃなら別だけれども、大人が乗る自動車というものは我々の買えるものじゃな
○瀬谷英行君 社会民主党の瀬谷です。 〔委員長退席、理事寺崎昭久君着席〕 この現行法を制定した当時は昭和二十六年なんですね。約半世紀前なんです。だから、手続上の問題についていろいろと改正を加えて簡略化するという趣旨についてはもっともだというふうに思いますから、私はそれはそれなりに結構なことだと思うんです。 この中で、検査対象外の軽自動車及び小型特殊自動車を除く、こういうふうにあります。この検査対象外となっている軽自動車と