苫米地英俊 に関する国会発言

← 検索ページへ

576件  /  29ページ  /  1 ページ目

1962-05-04 井上清一 外務委員会 参議院

○委員長(井上清一君) ただいま委員の異動がございました。川上為治君が辞任され、その補欠として苫米地英俊君が選任されました。   ―――――――――――――

1962-05-04 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) 投票の結果を報告いたします。   投票総数     百四十七票   白色票       九十六票   青色票       五十一票  よって本件は承認することに決しました。(拍手)      —————・—————   〔参照〕  賛成者(白色票)氏名      九十六名       杉山 昌作君    石田 次男君       谷口 慶吉君    森 八三一君       牛田  寛君    

1962-05-04 苫米地英俊 本会議 参議院

苫米地英俊君(続) 多年にわたる日米間戦後処理の重大懸案の解決により、真に日米対等の立場で友好協力の時代に入ることになり、わが国の国際的地位の向上、世界の平和及び繁栄に寄与するところきわめて大であります。  以上の理由により、私は、本協定に対し、全幅の賛意を表するものであります。これをもって私の賛成討論を終わります。(拍手)   —————————————

1962-05-04 苫米地英俊 本会議 参議院

苫米地英俊君(続) 衷心から歓迎するところであります。しかるに、一部には、この金が米国の手を経て、韓国、台湾、ベトナム等の軍事援助に転用されるおそれがあるとして非難する向きもありますが、かかる議論は全くの杞憂か、しからずんば故意に歪曲した邪推と申さなければなりません。  これを要するに、米国側が当初から債務として何らかの処理を求めている以上、これらの援助のおかげで現在のような目ざましい復興を遂げ、相当な支払い能力を持つに至った今日、

1962-05-04 苫米地英俊 本会議 参議院

苫米地英俊君(続) 日本側は、援助物資として確実に受領したもののみを集計した数字を日米交渉の基礎とし、この総額から控除すべき各種の項目を差し引き、西独処理方式を適用し、さらに、対米債務として処理すべきものを差し引く等、十分わがほうの主張を認めさせ、総額の三分の一以下に減額したものを支払額と決定したのであります。これは、西独の場合に比し有利な解決であり、きわめて妥当な額であると考えるのであります。  また、支払金は、その一部が日米文化

1962-05-04 苫米地英俊 本会議 参議院

苫米地英俊君 私は、自由民主党を代表し、ただいま議題となりました日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件に対し、賛成の討論を行なわんとするものであります。  今回の協定によって、わが国が戦後米国から受けた経済援助に対し、最終的解決が行なわれるのでありますが、この際、私は、皆さんとともに、まず終戦当時わが国民が置かれた姿を想起せざるを得ないのであります。当時、わが国土は

1962-05-04 松野鶴平 本会議 参議院

○議長(松野鶴平君) 苫米地英俊君。   〔苫米地英俊君登壇、拍手〕

1962-05-02 井上清一 外務委員会 参議院

○委員長(井上清一君) ただいま委員の異動がございました。苫米地英俊君が辞任され、その補欠として川上為治君が選任されました。   —————————————

1962-03-22 湯澤三千男 予算委員会 参議院

○委員長(湯澤三千男君) この際、委員の変更につきまして報告をいたします。  本日、苫米地英俊君及び牛田寛君が辞任せられ、その補欠として、古池信三君及び小平芳平君が選任せられました。  一時三十分に再開することにいたしまして、休憩をいたします。  午後零時三十分休憩    ————・————  午後一時五十分開会

1962-03-19 湯澤三千男 予算委員会 参議院

○委員長(湯澤三千男君) これより予算委員会を再開いたします。  委員の変更について報告をいたします。  本日青田源太郎君が辞任せられ、その補欠として苫米地英俊君が選任せられました。   —————————————

1962-03-06 苫米地英俊 外務委員会 参議院

苫米地英俊君 できないとすれば、ひとつ来年あたりの予算ではそういうことを十分に御考慮になる必要があるのじゃないかと思いますが、その点を私はぜひ必要な一部分だと考えておるわけであります、この住居という問題について。  それからその次にもう一つ、アメリカあたりでは教育手当というやつを出していますが、日本の家族手当、子供が外国へ行ったって、日本の家族手当もらったってこれは何にもならない現状ですが、向こうへ出ておって、子弟の教育のために相当

1962-03-06 苫米地英俊 外務委員会 参議院

苫米地英俊君 関連してちょっとお伺いしますが、前にも私この会議で言うたことがあると思っておりますが、まあこれは予算関係で御考慮できなかったのだと思いますけれども、ところによっては、在外公館におられる方々が住宅を求めること自身が困難なんですね。それからして、それに対して前金で払わなくちゃならないというようなことで、宿屋住いをしておられる、借金して。こういうところを私各所で見かけて、これじゃ外国へ来て安心して仕事をするのに心細いのじゃない

1962-02-20 苫米地英俊 外務委員会 参議院

苫米地英俊君 汽車やバスよりは少し料金が高くてもいいのですが、飛行場をこしらえるとか、ヘリコプター自身の原価に対して政府が補助するとか、その旅客運賃のほうではなくて、そういう施設とか、いろいろのものに補助をしていくということは、比較的楽じゃないかと思うのですがね。まあひとつ研究していただきたいと思います。

1962-02-20 苫米地英俊 外務委員会 参議院

苫米地英俊君 アフリカへ行きましたときに、飛行バスと称して、飛行機が都会から農村へ定期に、非常に安い賃金で出ているんです。聞いてみると、道路を作るより飛行場をこしらえて、そうして飛行機に乗せて人間を運んだほうが安上がりだと言うんです。これは国が補助しているらしいんですが、日本ではそういうわけにはいかないけれども、ヘリコプターなどを使うときには、政府が補助して、安く運航するようなことは、私可能じゃないかと思うんですがね、どうですかね。

1962-02-20 苫米地英俊 外務委員会 参議院

苫米地英俊君 そうすると、機数がふえるというとまた狂いが生ずるわけですね。

1962-02-20 苫米地英俊 外務委員会 参議院

苫米地英俊君 それでは一機に対して二十名ということで今計算ができておるわけですね。

1962-02-20 苫米地英俊 外務委員会 参議院

苫米地英俊君 四十一年になれば自給ができるということはまことにけっこうなんですが、この間に機種の変化もあるだろうし、増加もあるだろうと思うのですが、機種の変化があるから一機について何人のパイロットが必要かということははっきり表わすことはできないと思いますけれども、大体平均して、まあジェット機を動かすとして、一機に一人というわけにいかないと思う、交替になるから。何人くらい割り当てたらいいことになるのでございますか。

1962-02-20 苫米地英俊 外務委員会 参議院

苫米地英俊君 これは漸次なくしていかなければならないと思うのですけれども、その計画が立っておりますですか。おるといたしますれば、何年ぐらいまでに日本人だけでやることができるか。日本の明治時代の船舶の船長も、外国人がだいぶ長い間牛耳っておった。まあ日清、日露の戦争を経てようやく日本の船長が全部占めるようになったのですが、今のところは、早く養成さえすればどんどん取りかえていかれると思うのですが、その見通しはどんなふうになっていますか。

1962-02-20 苫米地英俊 外務委員会 参議院

苫米地英俊君 私は日本としては早い時期に豪州、ニュージーランド、それからアフリカ、こういうところへ——今でもアフリカには相当飛行機が入っていますけれども、これはことごとくヨーロッパを基地として入っておりますので、こちらのほうから行く人はヨーロッパへ行ってから行かなければならぬというようになっておりますので、こういう点は早くに研究していただいたらどうだろうかと思っています。  さらにお聞きしておきたいのは、今でも外国人のパイロットを使

1962-02-20 苫米地英俊 外務委員会 参議院

苫米地英俊君 大体わかりましたけれども、そこで日本の航空業を国際的に伸ばしていく余地がだんだん狭まってくると思うのですが、そのためにはなるべく早く航空協定を、すき間のあるところへ割り込んでいく必要があるかと思うのですけれども、今それに対する可能性はどうなんでございましょうか。