国土・環境委員会
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会
会議録情報#0
平成十二年五月九日(火曜日)
午前十時開会
─────────────
委員の異動
四月二十七日
辞任 補欠選任
吉川 春子君 緒方 靖夫君
四月二十八日
辞任 補欠選任
佐々木知子君 長峯 基君
前川 忠夫君 岡崎トミ子君
五月一日
辞任 補欠選任
長峯 基君 坂野 重信君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 石渡 清元君
理 事
市川 一朗君
田村 公平君
福山 哲郎君
高野 博師君
緒方 靖夫君
委 員
上野 公成君
太田 豊秋君
末広まきこ君
月原 茂皓君
山下 善彦君
脇 雅史君
岡崎トミ子君
北澤 俊美君
佐藤 雄平君
森本 晃司君
岩佐 恵美君
大渕 絹子君
島袋 宗康君
国務大臣
建設大臣 中山 正暉君
政務次官
建設政務次官 加藤 卓二君
建設政務次官 岸田 文雄君
事務局側
常任委員会専門
員 杉谷 洸大君
政府参考人
沖縄開発庁振興
局長 襲田 正徳君
国土庁土地局長 小林 新一君
通商産業大臣官
房商務流通審議
官 杉山 秀二君
中小企業庁長官 岩田 満泰君
建設省建設経済
局長 風岡 典之君
建設省都市局長 山本 正堯君
建設省道路局長 大石 久和君
建設省住宅局長 那珂 正君
─────────────
本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○政府参考人の出席要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○都市計画法及び建築基準法の一部を改正する法
律案(内閣提出、衆議院送付)
─────────────
この発言だけを見る →午前十時開会
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委員の異動
四月二十七日
辞任 補欠選任
吉川 春子君 緒方 靖夫君
四月二十八日
辞任 補欠選任
佐々木知子君 長峯 基君
前川 忠夫君 岡崎トミ子君
五月一日
辞任 補欠選任
長峯 基君 坂野 重信君
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出席者は左のとおり。
委員長 石渡 清元君
理 事
市川 一朗君
田村 公平君
福山 哲郎君
高野 博師君
緒方 靖夫君
委 員
上野 公成君
太田 豊秋君
末広まきこ君
月原 茂皓君
山下 善彦君
脇 雅史君
岡崎トミ子君
北澤 俊美君
佐藤 雄平君
森本 晃司君
岩佐 恵美君
大渕 絹子君
島袋 宗康君
国務大臣
建設大臣 中山 正暉君
政務次官
建設政務次官 加藤 卓二君
建設政務次官 岸田 文雄君
事務局側
常任委員会専門
員 杉谷 洸大君
政府参考人
沖縄開発庁振興
局長 襲田 正徳君
国土庁土地局長 小林 新一君
通商産業大臣官
房商務流通審議
官 杉山 秀二君
中小企業庁長官 岩田 満泰君
建設省建設経済
局長 風岡 典之君
建設省都市局長 山本 正堯君
建設省道路局長 大石 久和君
建設省住宅局長 那珂 正君
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本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○政府参考人の出席要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○都市計画法及び建築基準法の一部を改正する法
律案(内閣提出、衆議院送付)
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石
石渡清元#1
○委員長(石渡清元君) ただいまから国土・環境委員会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
去る四月二十七日、吉川春子君が委員を辞任され、その補欠として緒方靖夫君が選任されました。
また、去る四月二十八日、前川忠夫君及び佐々木知子君が委員を辞任され、その補欠として岡崎トミ子君及び長峯基君が選任されました。
また、去る一日、長峯基君が委員を辞任され、その補欠として坂野重信君が選任されました。
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この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
去る四月二十七日、吉川春子君が委員を辞任され、その補欠として緒方靖夫君が選任されました。
また、去る四月二十八日、前川忠夫君及び佐々木知子君が委員を辞任され、その補欠として岡崎トミ子君及び長峯基君が選任されました。
また、去る一日、長峯基君が委員を辞任され、その補欠として坂野重信君が選任されました。
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石
石渡清元#2
○委員長(石渡清元君) 理事の補欠選任についてお諮りいたします。
委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
石
石
石渡清元#4
○委員長(石渡清元君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
都市計画法及び建築基準法の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に、沖縄開発庁振興局長襲田正徳君、国土庁土地局長小林新一君、通商産業大臣官房商務流通審議官杉山秀二君、中小企業庁長官岩田満泰君、建設省建設経済局長風岡典之君、建設省都市局長山本正堯君、建設省道路局長大石久和君及び建設省住宅局長那珂正君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
石
石
石渡清元#6
○委員長(石渡清元君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
都市計画法及び建築基準法の一部を改正する法律案の審査のため、来る十一日午前九時三十分、本委員会に、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科客員教授伊藤滋君、都市プランナー・法政大学法学部非常勤講師野口和雄君、神戸市長笹山幸俊君及び日本福祉大学情報社会科学部教授片方信也君、以上四名を参考人として出席を求め、その意見を聴取したいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
石
石
石渡清元#8
○委員長(石渡清元君) 都市計画法及び建築基準法の一部を改正する法律案を議題といたします。
本案の趣旨説明は既に聴取しておりますので、これより質疑に入ります。
質疑のある方は順次御発言願います。
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質疑のある方は順次御発言願います。
上
上野公成#9
○上野公成君 私は、自由民主党それから保守党を代表いたしまして、都市計画法について主に質疑をさせていただきます。
都市計画法もいろいろ理屈を言いますと非常に細かいところに入るわけですけれども、私は、非常に私から見ると常識的だと思うことについて大臣の御見解をお聞きしながら、この法案について幾つかお尋ねをしたいと思います。
まず、都市計画法でございますけれども、都市計画法は大正八年にできました。八十一年前に公布されたわけでございますけれども、その法律が片仮名の法律で戦後もずっと残っておりまして、昭和四十三年に今の都市計画法ができるまでこの法律が続いていたわけであります。四十三年に法律を変えたそのときと現在の経済的な背景がもう全く違う状況なので、その辺の認識についてまずお伺いをさせていただきたいと思います。
昭和四十三年当時といいますと、東京オリンピックが三十九年に終わりまして、都市が大変スプロールをして、非常に都市集中も激しいダイナミックな時期だったわけでございまして、そんなときに、大変都市が無秩序になっていくので何とかしなきゃいけないということでこういう法律になったわけであります。
大臣のお地元、選挙区じゃないわけですけれども、豊中市に庄内地区という地区がございます。大阪から見るとちょうど川の北側のところなんですけれども、これは大変なスプロールの結果できた地域であります。大阪の門真なんかにもあるわけでありますけれども、文化住宅とか、関西は非常にそういった意味でスプロールの激しい傷跡ができているわけであります。
特に豊中の庄内地区へ行ってみますと、道路が大体一間ぐらい、二メーターぐらいです。住宅の間口も一間半とか、そういう形であります。地図で見ますと、意外と整然としていまして、ちゃんとした都市計画でできたんじゃないかなということですけれども、行ってみますと、道路は二メーターぐらい、間口は一間半ぐらいですから、前の家から向こう側に飛び移れるんじゃないかと思うほどであります。
あの地域は、近くにも市場がありまして大変住みやすいということもあるんだと思いますけれども、いつまでたっても次から次へと新しい人が入ってきて、なかなか新しい状況にならない。多分、最近私は行っていませんけれども、今でもそんなに違わない状況じゃないかと思うわけであります。火事があったら大変じゃないかと思うんですけれども、人がいっぱい住んでいますから、ぼやぐらいでおさまってしまう。消防自動車なんかとても入れないような、そういう状況であります。
そういう無秩序にやっておりますとそんな状況を何とかしなきゃいけないということで、開発をするところと、開発をしないと言うとちょっと語弊があるかもしれませんけれども市街化調整区域と、こういうような分け方をしたんじゃないかと思います。そういう都市計画にいろんな問題ができてきて今回の改正になったということじゃないかと思います。
今の状況を考えてみますと、状況は全く違っておりまして、今大都市に人口が集中してくるような状況ではとてもないわけでありまして、恐らく都市計画法がなくてもそんなに活発な状況にないんじゃないか。どちらかというと、もう少し建物が建ちやすいとか経済をこれから活性化するためにも少し緩めた方がいいんじゃないかと、そういう状況ではないかと思うわけであります。
私は、今まで規制緩和の議論がありましたが、経済的な規制はなるべくやらない方がいい、しかし社会的な規制はやはり必要だと、基本はそうかもしれませんけれども、社会的な規制でも規制はなければないほどいいんじゃないかなというふうに思っておりまして、そういった意味で、この都市計画法の規制というのは社会的な規制の代表的なものでありますけれども、やはり状況を考えてみますと、本来は、こういう一部の改正じゃなくて、もっと抜本的な弾力的な都市計画ができるというような状況にしないと新しい時代に対応できないんじゃないかなと思うわけでございます。
私の考え方としてはそういうことでありますけれども、どうも昭和四十三年の当時と現在、都市計画法を改正されようとするこの時期の経済的な状況その他は大変違っているんじゃないか、これを同じような考え方でやるのではちょっとまずいんじゃないかなというふうに思うわけでありますけれども、当時の状況と今の状況の違い、背景といいますか、そういうものについての大臣の御認識をまずお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →都市計画法もいろいろ理屈を言いますと非常に細かいところに入るわけですけれども、私は、非常に私から見ると常識的だと思うことについて大臣の御見解をお聞きしながら、この法案について幾つかお尋ねをしたいと思います。
まず、都市計画法でございますけれども、都市計画法は大正八年にできました。八十一年前に公布されたわけでございますけれども、その法律が片仮名の法律で戦後もずっと残っておりまして、昭和四十三年に今の都市計画法ができるまでこの法律が続いていたわけであります。四十三年に法律を変えたそのときと現在の経済的な背景がもう全く違う状況なので、その辺の認識についてまずお伺いをさせていただきたいと思います。
昭和四十三年当時といいますと、東京オリンピックが三十九年に終わりまして、都市が大変スプロールをして、非常に都市集中も激しいダイナミックな時期だったわけでございまして、そんなときに、大変都市が無秩序になっていくので何とかしなきゃいけないということでこういう法律になったわけであります。
大臣のお地元、選挙区じゃないわけですけれども、豊中市に庄内地区という地区がございます。大阪から見るとちょうど川の北側のところなんですけれども、これは大変なスプロールの結果できた地域であります。大阪の門真なんかにもあるわけでありますけれども、文化住宅とか、関西は非常にそういった意味でスプロールの激しい傷跡ができているわけであります。
特に豊中の庄内地区へ行ってみますと、道路が大体一間ぐらい、二メーターぐらいです。住宅の間口も一間半とか、そういう形であります。地図で見ますと、意外と整然としていまして、ちゃんとした都市計画でできたんじゃないかなということですけれども、行ってみますと、道路は二メーターぐらい、間口は一間半ぐらいですから、前の家から向こう側に飛び移れるんじゃないかと思うほどであります。
あの地域は、近くにも市場がありまして大変住みやすいということもあるんだと思いますけれども、いつまでたっても次から次へと新しい人が入ってきて、なかなか新しい状況にならない。多分、最近私は行っていませんけれども、今でもそんなに違わない状況じゃないかと思うわけであります。火事があったら大変じゃないかと思うんですけれども、人がいっぱい住んでいますから、ぼやぐらいでおさまってしまう。消防自動車なんかとても入れないような、そういう状況であります。
そういう無秩序にやっておりますとそんな状況を何とかしなきゃいけないということで、開発をするところと、開発をしないと言うとちょっと語弊があるかもしれませんけれども市街化調整区域と、こういうような分け方をしたんじゃないかと思います。そういう都市計画にいろんな問題ができてきて今回の改正になったということじゃないかと思います。
今の状況を考えてみますと、状況は全く違っておりまして、今大都市に人口が集中してくるような状況ではとてもないわけでありまして、恐らく都市計画法がなくてもそんなに活発な状況にないんじゃないか。どちらかというと、もう少し建物が建ちやすいとか経済をこれから活性化するためにも少し緩めた方がいいんじゃないかと、そういう状況ではないかと思うわけであります。
私は、今まで規制緩和の議論がありましたが、経済的な規制はなるべくやらない方がいい、しかし社会的な規制はやはり必要だと、基本はそうかもしれませんけれども、社会的な規制でも規制はなければないほどいいんじゃないかなというふうに思っておりまして、そういった意味で、この都市計画法の規制というのは社会的な規制の代表的なものでありますけれども、やはり状況を考えてみますと、本来は、こういう一部の改正じゃなくて、もっと抜本的な弾力的な都市計画ができるというような状況にしないと新しい時代に対応できないんじゃないかなと思うわけでございます。
私の考え方としてはそういうことでありますけれども、どうも昭和四十三年の当時と現在、都市計画法を改正されようとするこの時期の経済的な状況その他は大変違っているんじゃないか、これを同じような考え方でやるのではちょっとまずいんじゃないかなというふうに思うわけでありますけれども、当時の状況と今の状況の違い、背景といいますか、そういうものについての大臣の御認識をまずお伺いしたいと思います。
中
中山正暉#10
○国務大臣(中山正暉君) もう都市工学の専門家でいらして、建設省の御経験もおありの先生でございますから、私なんかごく経験的、哲学論的な話しかできませんで恐縮なんでございますが、私も昭和三十八年に大阪市議会に出まして、三十九年がオリンピックでございました。大阪駅新駅周辺区画整理事業というのが紙一枚で、減歩率を幾らに決めて、それから清算金の問題とかいろんな、九十三万ヘクタールでしたか、そこへ今度はオリンピックが始まりまして、それでど真ん中を抜き取り買収しました。区画整理、紙一枚で引っ越していくところと、それから抜き取り買収で新幹線を早くオリンピックまでにつけなきゃいけないからというので大混乱した。新米の市議会議員でございましたが、私どもまで動員されまして、交渉を小学校の教室で地元市議会議員としてやってくれなんと言われて駆り出されたことを覚えております。
戦前の大阪の例を出していただきましたので、戦前の大阪というのは三百六十万の市民でございまして、今二百六十三万で百万人減りました。先生のお話でございましたように、バブルが崩壊する前、いわゆる昭和三十五年ごろからではないかと思いますが、経済繁栄の時代というのが来ましてどんどんバー、キャバレーなんかができて、今の庄内なんというのは、北新地とかそういうところに近いというので、新地のおねえさん方がタクシー代も安いので川を越えたところへどっと集中をした。今の先生のお話を伺いながら庄内を頭に思い浮かべ、こういう都市づくりはしょうないこっちゃななんて冗談を言い合いながらあの地区を思い起こしておりました。
あの辺は、豊中市の北の方は大変豪華な塀を引き回したような家があったりして、それがいわゆる大正十三年以来市域拡張をしていない大阪市の私は責任だとよく市議会議員時代に言っておりました。
例えば、東大阪市というのも、布施とか枚岡とかそういうところを全部まとめて東大阪市にしてしまいましたから、もう大阪市の周りに高い塀ができたみたいになってしまいまして、それで都市計画の専門家なんかがいわゆる衛星都市にはおりませんで、大阪市には立派な専門家がおりますが口が出せない。
私は、昭和四十四年に国会へ出ましたときに豊中の市長と地方行政委員会でやり合ったことがあります、バスを豊中へ出せと。合併しなさいと私が言いましたら、合併するわけにはいかぬけれどもバスや地下鉄は延伸させろなんという話がありまして、いわゆるゼロとゼロが一緒になったってゼロじゃないですかと。だから、やっぱり大阪という中心を持って、それで市域拡張をしてと。
私は一九六七年にモントリオールの万博へ行きました。ドラポーという向こうの市長に、今度の大阪万博に来てくださいと言って手を出しましたら、大阪万博と首をかしげられたんです。何で首をかしげるのかと。あれは吹田万博でしょうと言われたんです。それで、私は大阪市の財政総務委員会で、大阪の吹田万博に三十三億円の金を出すと言いますから、何でよその市域に金を出すんだ、地方財政法違反ではないかと、内山という財政局長でしたが、議論をしたことがあります。それじゃ寄附だと言う。赤字の大阪市が何で寄附をするんだと。私は万博に反対というんじゃない。ドラポー市長に大阪万博じゃない吹田万博だと言われたぞという話をして、だからというので、私は万博を機会に大阪市と吹田市を合併しようという看板を立てたら、大阪市議会議員の領土意欲だ、領土拡張侵略主義だなんて言われたことがございました。
これからの地方の時代に今度のこの改正案というのは、先生が今非常にうまい御表現をなさいました。社会的な規制は少しはないといかぬというお話がありました。そんな意味で、大阪市みたいな指定都市のトップにいって、財政規模は一番上が東京都、その次が大阪市、三番目が北海道、四番目が大阪府でございますから、大阪市と大阪府というのは逆転現象が起こっております。財政規模は大阪市の方が大きい。その大きいところが小さいところへ閉じこもっている。
私は、今度は介護保険で百六十八ぐらいの市町村が合併するなんという話がありますが、こういう都市計画なんかでもっとどんどんいわゆる中核都市と周辺がいかに連携をしていくか、そしてその地域に密着した市町村というのがいかに建設省それから都道府県とあうんの呼吸でやっていくかという、そういう形のものが今度の改正案じゃないかなと、役所の説明を私自体そしゃくしながら承っているわけでございます。
現行の都市計画法は、昭和四十年代の高度経済成長の過程で都市へ急速に人口や諸機能が集中して、市街地の無秩序な外縁化、いわゆるスプロール化が始まりまして、今お話のありました庄内なんというのはまさにドーナツ部分、ドーナツの真ん中は人口がどんどん抜けていって周辺地域にドーナツ化したという全国共通の課題が深刻化し、緊急対応することを眼目として私は制定されたものと思っております。
その後、三十年以上が経過し、経済社会状況が大きく変化しましたし、また人口動態については都市への人口集中が今は鎮静するという逆転現象が起こってきました。
それから、全国的に少子高齢化が進行しまして、私どもの地元大阪市内なんかでも、十三の商店街なんというのは、シャッターをおろしましたら二階で寝ていましたのが、今はシャッターをおろしたらみんな豊中とかそういうところへ家を持って、シャッターをおろしたら二階は倉庫になっているような形になってしまいました。
そういう産業立地につきましても、交通通信網の整備やモータリゼーションの進展に伴いまして都市計画区域の外側も含めて広域的な立地が進展をしてきております。国民の意識につきましては、多様な住まい方を望む意識が高まるとともに、住民みずからが町づくりに主体的に参画しようとする動きが広がっておりますし、各地域の固有の自然的な環境や景観の保全、さらには地球環境の保全の要請が高まっておりますところから、今回の改正はこれらの状況の変化に的確に対応すべく、時代もそういう意識がみんなの中に育ってきたように思いますから、それを調整する機能みたいなものが社会情勢の変化に伴う今回の改正案ではないかな、かように考えております。
この発言だけを見る →戦前の大阪の例を出していただきましたので、戦前の大阪というのは三百六十万の市民でございまして、今二百六十三万で百万人減りました。先生のお話でございましたように、バブルが崩壊する前、いわゆる昭和三十五年ごろからではないかと思いますが、経済繁栄の時代というのが来ましてどんどんバー、キャバレーなんかができて、今の庄内なんというのは、北新地とかそういうところに近いというので、新地のおねえさん方がタクシー代も安いので川を越えたところへどっと集中をした。今の先生のお話を伺いながら庄内を頭に思い浮かべ、こういう都市づくりはしょうないこっちゃななんて冗談を言い合いながらあの地区を思い起こしておりました。
あの辺は、豊中市の北の方は大変豪華な塀を引き回したような家があったりして、それがいわゆる大正十三年以来市域拡張をしていない大阪市の私は責任だとよく市議会議員時代に言っておりました。
例えば、東大阪市というのも、布施とか枚岡とかそういうところを全部まとめて東大阪市にしてしまいましたから、もう大阪市の周りに高い塀ができたみたいになってしまいまして、それで都市計画の専門家なんかがいわゆる衛星都市にはおりませんで、大阪市には立派な専門家がおりますが口が出せない。
私は、昭和四十四年に国会へ出ましたときに豊中の市長と地方行政委員会でやり合ったことがあります、バスを豊中へ出せと。合併しなさいと私が言いましたら、合併するわけにはいかぬけれどもバスや地下鉄は延伸させろなんという話がありまして、いわゆるゼロとゼロが一緒になったってゼロじゃないですかと。だから、やっぱり大阪という中心を持って、それで市域拡張をしてと。
私は一九六七年にモントリオールの万博へ行きました。ドラポーという向こうの市長に、今度の大阪万博に来てくださいと言って手を出しましたら、大阪万博と首をかしげられたんです。何で首をかしげるのかと。あれは吹田万博でしょうと言われたんです。それで、私は大阪市の財政総務委員会で、大阪の吹田万博に三十三億円の金を出すと言いますから、何でよその市域に金を出すんだ、地方財政法違反ではないかと、内山という財政局長でしたが、議論をしたことがあります。それじゃ寄附だと言う。赤字の大阪市が何で寄附をするんだと。私は万博に反対というんじゃない。ドラポー市長に大阪万博じゃない吹田万博だと言われたぞという話をして、だからというので、私は万博を機会に大阪市と吹田市を合併しようという看板を立てたら、大阪市議会議員の領土意欲だ、領土拡張侵略主義だなんて言われたことがございました。
これからの地方の時代に今度のこの改正案というのは、先生が今非常にうまい御表現をなさいました。社会的な規制は少しはないといかぬというお話がありました。そんな意味で、大阪市みたいな指定都市のトップにいって、財政規模は一番上が東京都、その次が大阪市、三番目が北海道、四番目が大阪府でございますから、大阪市と大阪府というのは逆転現象が起こっております。財政規模は大阪市の方が大きい。その大きいところが小さいところへ閉じこもっている。
私は、今度は介護保険で百六十八ぐらいの市町村が合併するなんという話がありますが、こういう都市計画なんかでもっとどんどんいわゆる中核都市と周辺がいかに連携をしていくか、そしてその地域に密着した市町村というのがいかに建設省それから都道府県とあうんの呼吸でやっていくかという、そういう形のものが今度の改正案じゃないかなと、役所の説明を私自体そしゃくしながら承っているわけでございます。
現行の都市計画法は、昭和四十年代の高度経済成長の過程で都市へ急速に人口や諸機能が集中して、市街地の無秩序な外縁化、いわゆるスプロール化が始まりまして、今お話のありました庄内なんというのはまさにドーナツ部分、ドーナツの真ん中は人口がどんどん抜けていって周辺地域にドーナツ化したという全国共通の課題が深刻化し、緊急対応することを眼目として私は制定されたものと思っております。
その後、三十年以上が経過し、経済社会状況が大きく変化しましたし、また人口動態については都市への人口集中が今は鎮静するという逆転現象が起こってきました。
それから、全国的に少子高齢化が進行しまして、私どもの地元大阪市内なんかでも、十三の商店街なんというのは、シャッターをおろしましたら二階で寝ていましたのが、今はシャッターをおろしたらみんな豊中とかそういうところへ家を持って、シャッターをおろしたら二階は倉庫になっているような形になってしまいました。
そういう産業立地につきましても、交通通信網の整備やモータリゼーションの進展に伴いまして都市計画区域の外側も含めて広域的な立地が進展をしてきております。国民の意識につきましては、多様な住まい方を望む意識が高まるとともに、住民みずからが町づくりに主体的に参画しようとする動きが広がっておりますし、各地域の固有の自然的な環境や景観の保全、さらには地球環境の保全の要請が高まっておりますところから、今回の改正はこれらの状況の変化に的確に対応すべく、時代もそういう意識がみんなの中に育ってきたように思いますから、それを調整する機能みたいなものが社会情勢の変化に伴う今回の改正案ではないかな、かように考えております。
上
上野公成#11
○上野公成君 そこで、今までの都市計画法のいろいろな問題について少し大臣にお聞きいただきたいと思います。
私は群馬の選出で、高崎市の出身でありますけれども、その高崎市に隣接して前橋市という県庁所在地があります。それとちょうど三角形の位置に伊勢崎市というのがございまして、この圏域で大体百万ぐらいの人口がいるんじゃないかと思います。その真ん中に玉村町という町がございます。ここで、都市計画区域でございますけれども、たしか平成三年か四年に線引きをしました。
そのときの、平成三年の人口が二万五千人でございます。平成十年ですから、七年間に三万六千三百人、五割はふえておりませんけれども四割強の人口がふえております。そのふえた一万二千人弱の人口の市街化区域でふえたのがたったの六百五十九人です。市街化調整区域で実に一万六百六十四人ふえている。市街化調整区域は開発を調整する区域で、市街化区域は市街化を推進する区域だということでありますけれども、全く逆の結果になっているわけでございます。
そして、この調整区域がなぜふえたかというのは、既存宅地というのを認め過ぎたということがあるわけです。結果的に一万数千人が川に挟まれた三つの市の人口、その大きな市に行く通勤圏になるわけですけれども、調整区域ですから、下水は流域下水道が玉村町にあるものですから多少の整備はしているわけですけれども、道路も整備を何もしない、調整区域だから後々になっている、こういうような状況でございまして、この七年間それを放置しておった、またそういう制度だという、今までの都市計画法というのが大変問題のある制度じゃないかなというふうに思うわけでございますけれども、こういう経済状況に合っていないという状況をひとつお考えいただきたい。
大臣にこの点についていろいろお聞きしようと思ったんですけれども、これはちょっと飛ばしまして、そういう状況があるということだけお話しさせていただいて、そこで、今最初に言いましたように、今の時代に合った制度にしなきゃいけないという点で私は不満はあるわけですけれども、こういうことがなくなる可能性があるという意味では今回の改正は一歩前進だというふうに言っていいと思います。
私も何度もこの都市計画法を改正しろということをこの委員会でも、予算委員会でも言ったことがあるんですけれども、なかなか腰を上げていただけませんでした。大臣のときに腰を上げていただいたということは大変すばらしいことだと。本当の価値観からいうとそうすばらしくないかもしれませんけれども、過去のことを振り返りますと大変画期的なことではないかなというふうに思っております。
そこで、その一つが市街化区域と調整区域の線引きを三大都市圏の既成市街地だとか近郊整備地帯、それから政令指定市、これ以外のところについては線引きをしなくてもいい、選択制にしたということがこの法律の一つの大きな改正点であります。このことは、今の玉村町のような状況にならないという点で非常にいいことだと思います。
しかし、現在、都市計画のこういった線引きをしているところを、一たん線引きをしたら不必要になっても今の玉村の例のように、それだけ人口がふえたら市街化区域に早く入れて必要な道路や何かも整備できるような体制にしなきゃいけないわけでありますけれども、それをなかなかやらない。
そういう意味で、この法律そのものは建設省が変えたからいいわけでありますけれども、実際に選択制になったところで、不必要になった市街化区域と調整区域のえり分け、これを実際に地方分権に移行する中で都道府県が本当にこの法律の趣旨を酌み取ってやってくれるかどうか。
建設省は法律だけ改正した、あとは地方の責任だということだけではどうも責任逃れになるのじゃないかなと思うわけでありますので、要するにこの法律をつくっていただいたら、その趣旨に沿って建設省がいかに不必要になった線引きというものを変えていくか、そういう指導がどれだけできるか、こういうことがこの法律が本当に生かされる点じゃないかと思うわけでありますけれども、建設省が各都道府県その他の地方公共団体を本当に指導していただけるかどうかというのをお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →私は群馬の選出で、高崎市の出身でありますけれども、その高崎市に隣接して前橋市という県庁所在地があります。それとちょうど三角形の位置に伊勢崎市というのがございまして、この圏域で大体百万ぐらいの人口がいるんじゃないかと思います。その真ん中に玉村町という町がございます。ここで、都市計画区域でございますけれども、たしか平成三年か四年に線引きをしました。
そのときの、平成三年の人口が二万五千人でございます。平成十年ですから、七年間に三万六千三百人、五割はふえておりませんけれども四割強の人口がふえております。そのふえた一万二千人弱の人口の市街化区域でふえたのがたったの六百五十九人です。市街化調整区域で実に一万六百六十四人ふえている。市街化調整区域は開発を調整する区域で、市街化区域は市街化を推進する区域だということでありますけれども、全く逆の結果になっているわけでございます。
そして、この調整区域がなぜふえたかというのは、既存宅地というのを認め過ぎたということがあるわけです。結果的に一万数千人が川に挟まれた三つの市の人口、その大きな市に行く通勤圏になるわけですけれども、調整区域ですから、下水は流域下水道が玉村町にあるものですから多少の整備はしているわけですけれども、道路も整備を何もしない、調整区域だから後々になっている、こういうような状況でございまして、この七年間それを放置しておった、またそういう制度だという、今までの都市計画法というのが大変問題のある制度じゃないかなというふうに思うわけでございますけれども、こういう経済状況に合っていないという状況をひとつお考えいただきたい。
大臣にこの点についていろいろお聞きしようと思ったんですけれども、これはちょっと飛ばしまして、そういう状況があるということだけお話しさせていただいて、そこで、今最初に言いましたように、今の時代に合った制度にしなきゃいけないという点で私は不満はあるわけですけれども、こういうことがなくなる可能性があるという意味では今回の改正は一歩前進だというふうに言っていいと思います。
私も何度もこの都市計画法を改正しろということをこの委員会でも、予算委員会でも言ったことがあるんですけれども、なかなか腰を上げていただけませんでした。大臣のときに腰を上げていただいたということは大変すばらしいことだと。本当の価値観からいうとそうすばらしくないかもしれませんけれども、過去のことを振り返りますと大変画期的なことではないかなというふうに思っております。
そこで、その一つが市街化区域と調整区域の線引きを三大都市圏の既成市街地だとか近郊整備地帯、それから政令指定市、これ以外のところについては線引きをしなくてもいい、選択制にしたということがこの法律の一つの大きな改正点であります。このことは、今の玉村町のような状況にならないという点で非常にいいことだと思います。
しかし、現在、都市計画のこういった線引きをしているところを、一たん線引きをしたら不必要になっても今の玉村の例のように、それだけ人口がふえたら市街化区域に早く入れて必要な道路や何かも整備できるような体制にしなきゃいけないわけでありますけれども、それをなかなかやらない。
そういう意味で、この法律そのものは建設省が変えたからいいわけでありますけれども、実際に選択制になったところで、不必要になった市街化区域と調整区域のえり分け、これを実際に地方分権に移行する中で都道府県が本当にこの法律の趣旨を酌み取ってやってくれるかどうか。
建設省は法律だけ改正した、あとは地方の責任だということだけではどうも責任逃れになるのじゃないかなと思うわけでありますので、要するにこの法律をつくっていただいたら、その趣旨に沿って建設省がいかに不必要になった線引きというものを変えていくか、そういう指導がどれだけできるか、こういうことがこの法律が本当に生かされる点じゃないかと思うわけでありますけれども、建設省が各都道府県その他の地方公共団体を本当に指導していただけるかどうかというのをお伺いしたいと思います。
中
中山正暉#12
○国務大臣(中山正暉君) 今、玉村町の例をお出しになりましたが、土地の問題が絡みます問題というのはなかなか、いろいろ立場によって見方が違いますものですから、小回りのきかないみたいなところが確かに、いらいらするような地域を私もいろいろあちこちで例を見ております。
今度は、そういう意味で、いわゆる地方の時代という、地方に対する意識と、それからまた細かい市町村の意識と、そして建設省が積極的にそういう地域が有利になるような、地域の将来が発展につながるような、そしてまた皆さんが持っていらっしゃる、それぞれのお立場は違いますが、財産権に関係のありますものが有利に展開をしていくような見通しをいかにサジェスチョンしていくかということ、法律の基本にある精神を地域と国と都道府県が三位一体になって一致点を見出すかということを主導的な立場で高い国家的な見地から見て地方に指示する、それが今回の線引きの制度見直しに当たった意味ではないかと思っております。
三大都市圏等の都市計画区域を除きまして線引きの要否を都道府県の判断にゆだねるということにいたしておりますが、都道府県が制度を的確に運用することによりまして線引きの廃止、それからそれを含めまして地域の実情に合った線引きの見直しが行われることがその地域の有効なこれからの歴史をつくっていくことにつながっていくと思っております。
例えば、現在線引きをしております都市であっても、人口や産業の現状、それから将来の見通し等から、線引きを廃止しても無秩序な市街化が進むことがないと判断をいたしましたら廃止することもあり得ることでございまして、実際に検討を始めている地方公共団体も今大分話題に上っておるときでございます。
国といたしましては、線引きの選択制の導入に際し、地方公共団体が制度の趣旨を十分に理解して、見直すべき都市計画は的確に見直しが行われ、制度改正の実が上がるように運用の参考となる具体性を持った指針等を積極的に示してまいる、そんな所存でございます。地域といかに連携を持つか、情報を交換し合うかということが大変重要な問題になってきますし、地域の皆さんの意識を高めていただくというこの法律の効果を私どもは期待いたしております。
この発言だけを見る →今度は、そういう意味で、いわゆる地方の時代という、地方に対する意識と、それからまた細かい市町村の意識と、そして建設省が積極的にそういう地域が有利になるような、地域の将来が発展につながるような、そしてまた皆さんが持っていらっしゃる、それぞれのお立場は違いますが、財産権に関係のありますものが有利に展開をしていくような見通しをいかにサジェスチョンしていくかということ、法律の基本にある精神を地域と国と都道府県が三位一体になって一致点を見出すかということを主導的な立場で高い国家的な見地から見て地方に指示する、それが今回の線引きの制度見直しに当たった意味ではないかと思っております。
三大都市圏等の都市計画区域を除きまして線引きの要否を都道府県の判断にゆだねるということにいたしておりますが、都道府県が制度を的確に運用することによりまして線引きの廃止、それからそれを含めまして地域の実情に合った線引きの見直しが行われることがその地域の有効なこれからの歴史をつくっていくことにつながっていくと思っております。
例えば、現在線引きをしております都市であっても、人口や産業の現状、それから将来の見通し等から、線引きを廃止しても無秩序な市街化が進むことがないと判断をいたしましたら廃止することもあり得ることでございまして、実際に検討を始めている地方公共団体も今大分話題に上っておるときでございます。
国といたしましては、線引きの選択制の導入に際し、地方公共団体が制度の趣旨を十分に理解して、見直すべき都市計画は的確に見直しが行われ、制度改正の実が上がるように運用の参考となる具体性を持った指針等を積極的に示してまいる、そんな所存でございます。地域といかに連携を持つか、情報を交換し合うかということが大変重要な問題になってきますし、地域の皆さんの意識を高めていただくというこの法律の効果を私どもは期待いたしております。
上
上野公成#13
○上野公成君 どうもやはり地方公共団体の方にお任せするというようなニュアンスが非常に強いんですけれども、例えば玉村の線引きというのは、今御説明したとおり、こういうものはとにかく最初にだれが見ても外さなきゃいけないわけですけれども、これも本当に外してくれるかどうか私は実は疑問を持っているんです。
といいますのは、この新しい都市計画法ができましてから大体百二十七万ヘクタールが市街化区域になりました、都市計画でありましたけれども。そのうち、その都市計画区域の見直しをしたのがたったの二万ヘクタールです。一度都市計画をするとほとんど変えないというのが現状なんです。四十三年からもう三十二年間ですけれども、ほとんど見直しをしていないというのが現状です。時間がありませんので、事務局にその数字についてはもうお尋ねしません。間違っていたらそちらから手を挙げてもらえばいいと思うんですけれども。
そこで、なぜ都市計画を変更することをこれほど嫌がるか、それが一番の問題でございまして、と申しますのは、私も建設省にいましたけれども、都市計画をやっている人というのは非常にかたいんですね。これは地方の都市計画課にいる人も、私も県庁に課長で出たことがありますけれども、物すごく頭がかたい。
なぜかというと、これは四十三年までは大臣認可でした。大臣が都市計画を決めていました。その後は知事になりましたけれども建設省が承認する。しかし、承認するということに変わりましたけれども、やはり頭の中からどうしても建設大臣が決めていたということが抜けないものですから、地方公共団体から都市計画の変更をしようと思いますと大変なんです、これは。十年前ぐらいまでも、とにかく都市計画の地方の担当者が来て、稟議書を持ち回って決裁をしていたという事実があるんです。今はとてもそんなことはやっておりません。
ですから、都市計画を変更しようと思っていても、また建設省へ行って大分搾られるから嫌だなと。建設省以外に農林省が建設省以上になかなか厳しいところがありまして、とにかく都市計画の一たん決定したものは、決定をするときはやらなきゃいけないから行きますけれども、それを変更するときにまたあの苦労をするのは嫌だと、こういうのが本当のところじゃないかと思います。
建設省から都道府県の都市計画課長に出て都市計画の変更をしようとした人も同じ思いをしているわけです。建設省にいた人もそういう思いをしているわけでありますので、今大臣からは、いろいろ指針を示されたりガイドラインみたいなものをつくって、なるべく必要のなかったところについては市街化区域の線引きをやめる、こういう指導をされるということであるんですけれども、この辺の頭の切りかえをしないとなかなか地方公共団体の方々も、これは必要ではないと思っても、本当に素直に建設省に上げてこない。そういうことをぜひ大臣に指導していただいて、本当に手続も簡単にして、本当は承認というのもなくした方がいいかもしれないですね。そういうことを指導してやっていただくか、あるいはもうかなり強制的にこういうところはやめなさいと、こういうふうに言うか、この二つのうちのどちらかだと。
前段の今の大臣の答弁でありますと、やはり地方公共団体の自主性といいますか良識でやろうということでありますから、その良識を持った都市計画の部局の方が建設省に来たときには、本当に来てよかった、これからもまた何か変更しようと思ったら喜んで来ようと、こういうことにしていただくのが、これは大臣のぜひ御指導をお願いしたいと思うので、その点についてひとつお願いします。
この発言だけを見る →といいますのは、この新しい都市計画法ができましてから大体百二十七万ヘクタールが市街化区域になりました、都市計画でありましたけれども。そのうち、その都市計画区域の見直しをしたのがたったの二万ヘクタールです。一度都市計画をするとほとんど変えないというのが現状なんです。四十三年からもう三十二年間ですけれども、ほとんど見直しをしていないというのが現状です。時間がありませんので、事務局にその数字についてはもうお尋ねしません。間違っていたらそちらから手を挙げてもらえばいいと思うんですけれども。
そこで、なぜ都市計画を変更することをこれほど嫌がるか、それが一番の問題でございまして、と申しますのは、私も建設省にいましたけれども、都市計画をやっている人というのは非常にかたいんですね。これは地方の都市計画課にいる人も、私も県庁に課長で出たことがありますけれども、物すごく頭がかたい。
なぜかというと、これは四十三年までは大臣認可でした。大臣が都市計画を決めていました。その後は知事になりましたけれども建設省が承認する。しかし、承認するということに変わりましたけれども、やはり頭の中からどうしても建設大臣が決めていたということが抜けないものですから、地方公共団体から都市計画の変更をしようと思いますと大変なんです、これは。十年前ぐらいまでも、とにかく都市計画の地方の担当者が来て、稟議書を持ち回って決裁をしていたという事実があるんです。今はとてもそんなことはやっておりません。
ですから、都市計画を変更しようと思っていても、また建設省へ行って大分搾られるから嫌だなと。建設省以外に農林省が建設省以上になかなか厳しいところがありまして、とにかく都市計画の一たん決定したものは、決定をするときはやらなきゃいけないから行きますけれども、それを変更するときにまたあの苦労をするのは嫌だと、こういうのが本当のところじゃないかと思います。
建設省から都道府県の都市計画課長に出て都市計画の変更をしようとした人も同じ思いをしているわけです。建設省にいた人もそういう思いをしているわけでありますので、今大臣からは、いろいろ指針を示されたりガイドラインみたいなものをつくって、なるべく必要のなかったところについては市街化区域の線引きをやめる、こういう指導をされるということであるんですけれども、この辺の頭の切りかえをしないとなかなか地方公共団体の方々も、これは必要ではないと思っても、本当に素直に建設省に上げてこない。そういうことをぜひ大臣に指導していただいて、本当に手続も簡単にして、本当は承認というのもなくした方がいいかもしれないですね。そういうことを指導してやっていただくか、あるいはもうかなり強制的にこういうところはやめなさいと、こういうふうに言うか、この二つのうちのどちらかだと。
前段の今の大臣の答弁でありますと、やはり地方公共団体の自主性といいますか良識でやろうということでありますから、その良識を持った都市計画の部局の方が建設省に来たときには、本当に来てよかった、これからもまた何か変更しようと思ったら喜んで来ようと、こういうことにしていただくのが、これは大臣のぜひ御指導をお願いしたいと思うので、その点についてひとつお願いします。
中
中山正暉#14
○国務大臣(中山正暉君) 確かに、私もその線引きを外す外さないの問題で何度か関与したことがありますので、一遍建設省とか都道府県で筋を引いてしまうとなかなかそれが意識の中で固定してしまうという、先生のおっしゃるとおりだと思います。
これからは、国として高い立場に立って、環境の問題とか周辺の将来性の問題とか、地元の自治体の人は選挙とかそんなものがいろいろ絡みますものですから、いろんな関係で逡巡をされるような場合には、私はやっぱり建設省が国家的な見地、それから地域的な広範囲な立場に立って、その意味での新しい出だしをする意味を持たせるのがこの法律改正の根幹にあるべきだと、もう先生の御趣旨、よく私は徹底をさせなきゃいけないと思っております。
この発言だけを見る →これからは、国として高い立場に立って、環境の問題とか周辺の将来性の問題とか、地元の自治体の人は選挙とかそんなものがいろいろ絡みますものですから、いろんな関係で逡巡をされるような場合には、私はやっぱり建設省が国家的な見地、それから地域的な広範囲な立場に立って、その意味での新しい出だしをする意味を持たせるのがこの法律改正の根幹にあるべきだと、もう先生の御趣旨、よく私は徹底をさせなきゃいけないと思っております。
上
上野公成#15
○上野公成君 ぜひ、そのことがこの法律を改正することと同じかあるいはそれ以上に大事なことだと思いますので、ひとつよろしくお願いしたいと思います。
次に、社会的な規制は、あってしかるべきなんですけれども、できるだけ最低限にした方がいいということを私は申し上げましたけれども、今回の改正の中で規制を強化している部分があります。
それは、準都市計画区域だとか、それから線引きされない、もう全然都市計画に関係ない用途の白地の地域について特定用途制限地域を指定して土地の利用を制限するということです。これは大規模店舗、それから風俗営業店、こういうものを規制するということが本来の趣旨であろうと思います。しかし、これが間違って使われると大変なことになるんじゃないかという懸念でございます。
都市においては、都市だけじゃありませんけれども、どこにおいても、例えば廃棄物の処理施設でありますとか火力発電所、原子力発電所、これはどこかに立地しないと日本の経済も国民生活もうまくいかないと、こういう施設でありますけれども、どちらかというと、その地域の方からいいますと迷惑施設だというように受け取られがちです。そういう運動も大変多いわけであります。本来は、こういったものはまず都市計画の中にきちっと定めると、こういう法律の建前でありますから、これを定めていただければいいんですけれども、なかなかこういうものを定めているという例が少ないわけであります。
そこで、都市局長に伺いますけれども、この都市計画法で、過去五年でいいわけですけれども、そういう本来都市計画で定めるべき施設を都市計画決定した例というのは過去五年間でどのくらいあるか。都市計画決定しないで建築基準法で個別に許可をしたという、王道を歩まなかったそういう例がどのくらいあるかということについてお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →次に、社会的な規制は、あってしかるべきなんですけれども、できるだけ最低限にした方がいいということを私は申し上げましたけれども、今回の改正の中で規制を強化している部分があります。
それは、準都市計画区域だとか、それから線引きされない、もう全然都市計画に関係ない用途の白地の地域について特定用途制限地域を指定して土地の利用を制限するということです。これは大規模店舗、それから風俗営業店、こういうものを規制するということが本来の趣旨であろうと思います。しかし、これが間違って使われると大変なことになるんじゃないかという懸念でございます。
都市においては、都市だけじゃありませんけれども、どこにおいても、例えば廃棄物の処理施設でありますとか火力発電所、原子力発電所、これはどこかに立地しないと日本の経済も国民生活もうまくいかないと、こういう施設でありますけれども、どちらかというと、その地域の方からいいますと迷惑施設だというように受け取られがちです。そういう運動も大変多いわけであります。本来は、こういったものはまず都市計画の中にきちっと定めると、こういう法律の建前でありますから、これを定めていただければいいんですけれども、なかなかこういうものを定めているという例が少ないわけであります。
そこで、都市局長に伺いますけれども、この都市計画法で、過去五年でいいわけですけれども、そういう本来都市計画で定めるべき施設を都市計画決定した例というのは過去五年間でどのくらいあるか。都市計画決定しないで建築基準法で個別に許可をしたという、王道を歩まなかったそういう例がどのくらいあるかということについてお伺いしたいと思います。
山
山本正堯#16
○政府参考人(山本正堯君) 今先生御指摘の産業廃棄物処理施設の過去五年間の件数についてでございますが、平成五年度から九年度までの五年間に都市計画決定されました廃棄物の処理施設は八十三件でございます。一方、今先生がおっしゃいました建築基準法の五十一条ただし書きに基づきまして特定行政庁の許可の対象となる一定規模を超える建築物等のうちの許可を受けた廃棄物処理施設は二百五十九件ということでございます。
この発言だけを見る →上
上野公成#17
○上野公成君 王道でないこと、三倍以上がそういう違うやり方でやっているわけであります。
そこで、都市計画ではやはり正面から本当に取り組むべきだということについて一つお話をさせていただきたいと思います。
東京都の北区に自衛隊の施設がございます。約十一ヘクタールでございますけれども、これは最初は工業地域だったんです。ところが、昭和四十三年ですから都市計画法ができる寸前ですけれども、なぜか住居地域になりました。その十一ヘクタールもの自衛隊の施設が建てかえをしようとするとほとんどのものが既存不適格と、こういうことになったわけでございます。
そして、このような状態がずっと続いてきたわけでございますけれども、平成五年に、この自衛隊の施設が非常に古くなりまして、自衛隊の庁舎、それから隊舎とかいろんなものすべてを全面的に建てかえするということになりました。しかし、住居地域で三階建て以上の庁舎とかというものはつくれないということであります。本来であれば、こういうことはわかっているわけですから、住居地域にするなんということは王道から全く反した話なんです。仮に、これだけの十一ヘクタールもの面積でありますから、そうであれば用途地域を変更して堂々と建てかえができるようにすればいいわけでありますけれども、やはりそういったことをしませんで建築基準法ただし書きで許可をしたと、こういうやり方をしているわけでございます。
そこで、やはり先ほどの迷惑施設を都市計画決定した方がいいんじゃないかということと同じことなんですけれども、こういう例もございますので、なぜそういうことになったかというのももう四十三年のことですからよくわかりませんけれども、やはりもう少し、十一ヘクタールですから、そこだけを工業地域のままにしておいたってよかったわけであります。なぜそんなことにしたかということも、やはりいろんな政治的な当時の背景があったかもしれません。やはり自衛隊も迷惑施設なのかもしれませんけれども、そういうものもきちっと都市計画で正々堂々と位置づけて王道を歩むということがいいんじゃないか、これからはぜひそういう姿勢で取り組んでいただきたいということで、大臣の御見解を。
この発言だけを見る →そこで、都市計画ではやはり正面から本当に取り組むべきだということについて一つお話をさせていただきたいと思います。
東京都の北区に自衛隊の施設がございます。約十一ヘクタールでございますけれども、これは最初は工業地域だったんです。ところが、昭和四十三年ですから都市計画法ができる寸前ですけれども、なぜか住居地域になりました。その十一ヘクタールもの自衛隊の施設が建てかえをしようとするとほとんどのものが既存不適格と、こういうことになったわけでございます。
そして、このような状態がずっと続いてきたわけでございますけれども、平成五年に、この自衛隊の施設が非常に古くなりまして、自衛隊の庁舎、それから隊舎とかいろんなものすべてを全面的に建てかえするということになりました。しかし、住居地域で三階建て以上の庁舎とかというものはつくれないということであります。本来であれば、こういうことはわかっているわけですから、住居地域にするなんということは王道から全く反した話なんです。仮に、これだけの十一ヘクタールもの面積でありますから、そうであれば用途地域を変更して堂々と建てかえができるようにすればいいわけでありますけれども、やはりそういったことをしませんで建築基準法ただし書きで許可をしたと、こういうやり方をしているわけでございます。
そこで、やはり先ほどの迷惑施設を都市計画決定した方がいいんじゃないかということと同じことなんですけれども、こういう例もございますので、なぜそういうことになったかというのももう四十三年のことですからよくわかりませんけれども、やはりもう少し、十一ヘクタールですから、そこだけを工業地域のままにしておいたってよかったわけであります。なぜそんなことにしたかということも、やはりいろんな政治的な当時の背景があったかもしれません。やはり自衛隊も迷惑施設なのかもしれませんけれども、そういうものもきちっと都市計画で正々堂々と位置づけて王道を歩むということがいいんじゃないか、これからはぜひそういう姿勢で取り組んでいただきたいということで、大臣の御見解を。
中
中山正暉#18
○国務大臣(中山正暉君) 私は、国の存立の基盤の四本の柱というのは国防と治安と外交と教育の中身だと、こう思っております。そういう意味で、国を守る組織というものに対する特別の配慮というのは、自衛隊というものがあるものでございますから、命をかけて日本を守ろうとしている人たちに対する配慮というのは国の政治の中で私は基本的に大切にしなきゃいけないものだと思うんです。
〔委員長退席、理事市川一朗君着席〕
また、産業廃棄物というのは、人間の体でも栄養を摂取する部分と排せつする部分は一体になっていますから、私は、都市の機能の中でもそういうものは一体。しかし、現実の問題で、産業廃棄物処理場を、それは必要だと言うけれども、それじゃあなたの家の横につくらせてくれと言うと反対だと、こう言う。そういう風潮が世の中にありますので、そういうものこそ大所高所から、地方自治体と一般の市町村と相談をしながら住民の理解を得るための努力というのは私はむしろ建設省が率先垂範をしなきゃいけないんじゃないかと。
そういう説得の重要性というのと、それから国家として、それからまた地方自治体としての組織としての形というのは、もうこれは先ほど申しました人間の体の機能と一緒で、住民にそういう理解をしていただくためのこの法律の広報、それからそういうものの趣旨を徹底する必要があると思います。
今の先生の御指摘の自衛隊の問題もいろいろあったようでございますけれども、当時の資料によりますと、昭和三十九年以降の区部の都市計画街路の再検討にあわせて用途地域の検討を行いまして、この一環として当該地区についても周辺地域の土地利用状況を踏まえて工業地域から住居地域に変更をしたという記録が残っておるようでございますが、その辺はこれからの対応には心してかかるべきだと思っております。
この発言だけを見る →〔委員長退席、理事市川一朗君着席〕
また、産業廃棄物というのは、人間の体でも栄養を摂取する部分と排せつする部分は一体になっていますから、私は、都市の機能の中でもそういうものは一体。しかし、現実の問題で、産業廃棄物処理場を、それは必要だと言うけれども、それじゃあなたの家の横につくらせてくれと言うと反対だと、こう言う。そういう風潮が世の中にありますので、そういうものこそ大所高所から、地方自治体と一般の市町村と相談をしながら住民の理解を得るための努力というのは私はむしろ建設省が率先垂範をしなきゃいけないんじゃないかと。
そういう説得の重要性というのと、それから国家として、それからまた地方自治体としての組織としての形というのは、もうこれは先ほど申しました人間の体の機能と一緒で、住民にそういう理解をしていただくためのこの法律の広報、それからそういうものの趣旨を徹底する必要があると思います。
今の先生の御指摘の自衛隊の問題もいろいろあったようでございますけれども、当時の資料によりますと、昭和三十九年以降の区部の都市計画街路の再検討にあわせて用途地域の検討を行いまして、この一環として当該地区についても周辺地域の土地利用状況を踏まえて工業地域から住居地域に変更をしたという記録が残っておるようでございますが、その辺はこれからの対応には心してかかるべきだと思っております。
上
上野公成#19
○上野公成君 そういうまま子扱いを自衛隊にするようなことは、ぜひきちっと取り組んでいただきたい。
それから、都市計画というのは、最初に申し上げましたように経済の状況を一番反映しているわけです。地価の監視区域というのがございました。地価と都市計画というのも本当に密接な関係があるわけであります。
監視区域については、昭和六十二年に監視区域を指定していた市町村が四十一だったんです。これがだんだんふえていきまして、六十三年のバブルが絶頂になるころが四百二十。バブルの絶頂というのは平成元年とか言われておりますから、絶頂の前の年が四百二十です。平成五年、もう大分バブルが崩壊したときに千二百十二。その十月に千二百。バブルが崩壊しているのに監視区域をどんどんつくっているんです。完全におさまっても、その翌年、六年になっても千百市町村。平成七年が三百三十。平成八年で百二十二。今はもうほとんどなくなったと思います。
これは、高熱で解熱剤をやらなきゃいけないんだけれども、どうも熱が下がって平熱になっているのに解熱剤をやっていて、平熱以下になっているのにもやっているという、こういうような感じなんです。
これは土地政策ですから建設省の問題じゃありませんが、これと都市計画というのは表裏一体なんです。ですから、都市計画も、先ほど言いましたように、できるだけそういう経済の情勢に合わせて弾力的に臨機応変にやっていく、そういうことがぜひ必要でありますけれども、今までもお話ししましたように、とてもそういう状況ではなかったので、ぜひ経済の状況に合わせて臨機応変な都市計画の変更をやっていただく、そして、これは抜本的な改正では私はないと思いますので、そういう本当の抜本的な改正に向けてのお取り組みをぜひしていただくということで、大臣の御決意を最後にお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →それから、都市計画というのは、最初に申し上げましたように経済の状況を一番反映しているわけです。地価の監視区域というのがございました。地価と都市計画というのも本当に密接な関係があるわけであります。
監視区域については、昭和六十二年に監視区域を指定していた市町村が四十一だったんです。これがだんだんふえていきまして、六十三年のバブルが絶頂になるころが四百二十。バブルの絶頂というのは平成元年とか言われておりますから、絶頂の前の年が四百二十です。平成五年、もう大分バブルが崩壊したときに千二百十二。その十月に千二百。バブルが崩壊しているのに監視区域をどんどんつくっているんです。完全におさまっても、その翌年、六年になっても千百市町村。平成七年が三百三十。平成八年で百二十二。今はもうほとんどなくなったと思います。
これは、高熱で解熱剤をやらなきゃいけないんだけれども、どうも熱が下がって平熱になっているのに解熱剤をやっていて、平熱以下になっているのにもやっているという、こういうような感じなんです。
これは土地政策ですから建設省の問題じゃありませんが、これと都市計画というのは表裏一体なんです。ですから、都市計画も、先ほど言いましたように、できるだけそういう経済の情勢に合わせて弾力的に臨機応変にやっていく、そういうことがぜひ必要でありますけれども、今までもお話ししましたように、とてもそういう状況ではなかったので、ぜひ経済の状況に合わせて臨機応変な都市計画の変更をやっていただく、そして、これは抜本的な改正では私はないと思いますので、そういう本当の抜本的な改正に向けてのお取り組みをぜひしていただくということで、大臣の御決意を最後にお聞きしたいと思います。
中
中山正暉#20
○国務大臣(中山正暉君) 確かに、監視区域を設けましたのは、日本を売ればアラスカからチリまで買えるなんという、それを全部含めてGNPだなんて言っていた時代がありました。ですから、それを何とか規制しようというのが、今解熱剤の話がありましたが、本当にそういう意味での国と地方との連携、それから経済問題、土地価格の問題とかそういうものをいかに連動させて緊密に連絡をとりながら建設省が主導的な立場をとって、そういうものに対して役所の中でも、縦割りと言われていますが、そういうものを一体化して、今度は、来年の一月六日から国土交通省ということになりますから、動きは私は少しはやりやすくなるんじゃないか、こういうふうに思っております。
先生のお話にございましたように、そういう土地使用、収益、処分という三つの私的な権利が一つになって、それが財産価値になって土地に対する大きなこだわりがある日本でございますので、その意味で私は、十分な配慮をしながら地方との連携を緊密にする、地方分権と言いますけれども、任せきりにするのではなしに、地方分権が両々相まって日本じゅうの地方分権の均衡がとれるような中央官庁としての務めを果たさなければならないんじゃないか、かように考えております。
この発言だけを見る →先生のお話にございましたように、そういう土地使用、収益、処分という三つの私的な権利が一つになって、それが財産価値になって土地に対する大きなこだわりがある日本でございますので、その意味で私は、十分な配慮をしながら地方との連携を緊密にする、地方分権と言いますけれども、任せきりにするのではなしに、地方分権が両々相まって日本じゅうの地方分権の均衡がとれるような中央官庁としての務めを果たさなければならないんじゃないか、かように考えております。
上
末
末広まきこ#22
○末広まきこ君 自由民主党の末広まきこです。
女性や高齢者や障害者に優しい町づくりを必ず実現させたいという切実な思いでこの都市計画法に素人ながら取り組んでみました。まことに難しくて歯が立ちにくいというのが勉強してみた実感でございます。もう途中でくじけそうになりましたが、とにかく女性や高齢者、障害者のためにいい町をつくりたい、この一念で、三十分の時間を切ってしまっておりますが、どうぞよろしくお願いしたいと思います。
都市計画法が制定されました昭和四十三年と今とを比べますと、確かに都市を取り巻く経済社会状況はがらりと一変しております。都市計画中央審議会は、高度成長期の都市化社会から安定・成熟した都市型社会への変化という表現で整理していらっしゃるようです。
私は、この間の変化は次の四つに整理できるのではないかと思います。まず第一に人口集中が停滞して安定化したこと、第二に地方分権と市民参加、第三に自動車の普及によるライフスタイルの変化、そして第四に地球環境の保全であろうかと思います。
まず、今回の改正の意義について、地方分権を前提とした今回の改正によって地方の独自性が発揮できることになったことと市民参加の重要性が確認されたことについては高く評価したいと思います。今まで都市計画の事務が国の事務であるということを前提に都市計画制度が組み立てられていたことを考えますと、これは大きな転換であり、個性ある町づくりを進める上では貴重な第一歩と認識しております。
それで、一問目はもう飛ばします、時間の関係で。一九九二年に改正された都市計画法で市町村に対してマスタープランづくりが求められたわけですが、これはいつまでにやれという期限を切っていないんです。
それで、八年たって現在の進捗状況はどうなのか、市町村の戸惑いの声といったものも実際には聞こえてまいりますが、課題は何であるのかというところを御報告願いたいと思います。
この発言だけを見る →女性や高齢者や障害者に優しい町づくりを必ず実現させたいという切実な思いでこの都市計画法に素人ながら取り組んでみました。まことに難しくて歯が立ちにくいというのが勉強してみた実感でございます。もう途中でくじけそうになりましたが、とにかく女性や高齢者、障害者のためにいい町をつくりたい、この一念で、三十分の時間を切ってしまっておりますが、どうぞよろしくお願いしたいと思います。
都市計画法が制定されました昭和四十三年と今とを比べますと、確かに都市を取り巻く経済社会状況はがらりと一変しております。都市計画中央審議会は、高度成長期の都市化社会から安定・成熟した都市型社会への変化という表現で整理していらっしゃるようです。
私は、この間の変化は次の四つに整理できるのではないかと思います。まず第一に人口集中が停滞して安定化したこと、第二に地方分権と市民参加、第三に自動車の普及によるライフスタイルの変化、そして第四に地球環境の保全であろうかと思います。
まず、今回の改正の意義について、地方分権を前提とした今回の改正によって地方の独自性が発揮できることになったことと市民参加の重要性が確認されたことについては高く評価したいと思います。今まで都市計画の事務が国の事務であるということを前提に都市計画制度が組み立てられていたことを考えますと、これは大きな転換であり、個性ある町づくりを進める上では貴重な第一歩と認識しております。
それで、一問目はもう飛ばします、時間の関係で。一九九二年に改正された都市計画法で市町村に対してマスタープランづくりが求められたわけですが、これはいつまでにやれという期限を切っていないんです。
それで、八年たって現在の進捗状況はどうなのか、市町村の戸惑いの声といったものも実際には聞こえてまいりますが、課題は何であるのかというところを御報告願いたいと思います。
山
山本正堯#23
○政府参考人(山本正堯君) 市町村のマスタープランにつきましては、現在、平成十一年十二月現在でございますけれども、六百九の市区町村において策定済みでございます。策定市町村数は順次着実に増加しつつあるという状況であろうかと思います。
この市町村マスタープランは、市町村がみずから決めます都市計画の基本方針でございまして、それぞれの市町村の自主性を極力尊重するために手続、内容ともに自由度の高いものになっております。また、市町村マスタープランを策定すること自体が都市計画への住民参加を促進する機会でもあるということで、大変重要な役割を担っているということでございます。
市町村によりましては、こういうことでございますので、シンポジウムや公聴会の開催でありますとかパンフレットの作成でありますとか、いろんなところを通じまして地区別の整備構想を作成するなど、独自の取り組みに十分な時間をかけておる、こういう状況であろうかと思います。
しかし、先生今御指摘のように、市町村によっては組織体制が大変脆弱であるといったような点でありますとか、あるいは地元住民との合意にかなり時間がかかっておるといったような点でありますとか、また、先ほどもお話がございましたように、十分な独自色を盛り込みたいということで、独自色が盛り込めずになかなか苦慮しているといったようなところもあるというふうに考えております。
したがって、市町村における人材の育成とか他の事例を研究することがこの市町村マスタープランをより地域に密着した内容の濃いプランとしていくためには大変効果的であるということでございますので、私どもといたしましても、優良な事例の紹介でありますとか等を通じましてこの市町村の取り組みを支援していくということに努力していきたいというふうに考えておるところでございます。あるいはまた、さらにこういう必要な点検、見直し等を支援することによりまして順次市町村マスタープランの策定をふやしていきたいというふうに考えておるところでございます。
この発言だけを見る →この市町村マスタープランは、市町村がみずから決めます都市計画の基本方針でございまして、それぞれの市町村の自主性を極力尊重するために手続、内容ともに自由度の高いものになっております。また、市町村マスタープランを策定すること自体が都市計画への住民参加を促進する機会でもあるということで、大変重要な役割を担っているということでございます。
市町村によりましては、こういうことでございますので、シンポジウムや公聴会の開催でありますとかパンフレットの作成でありますとか、いろんなところを通じまして地区別の整備構想を作成するなど、独自の取り組みに十分な時間をかけておる、こういう状況であろうかと思います。
しかし、先生今御指摘のように、市町村によっては組織体制が大変脆弱であるといったような点でありますとか、あるいは地元住民との合意にかなり時間がかかっておるといったような点でありますとか、また、先ほどもお話がございましたように、十分な独自色を盛り込みたいということで、独自色が盛り込めずになかなか苦慮しているといったようなところもあるというふうに考えております。
したがって、市町村における人材の育成とか他の事例を研究することがこの市町村マスタープランをより地域に密着した内容の濃いプランとしていくためには大変効果的であるということでございますので、私どもといたしましても、優良な事例の紹介でありますとか等を通じましてこの市町村の取り組みを支援していくということに努力していきたいというふうに考えておるところでございます。あるいはまた、さらにこういう必要な点検、見直し等を支援することによりまして順次市町村マスタープランの策定をふやしていきたいというふうに考えておるところでございます。
末
末広まきこ#24
○末広まきこ君 ある商店街の活性化でなかなか意見集約ができないでいたときに、いろんなところ、やっていらっしゃって成功した現場を見せて歩いたところが、帰ってきたら議論がわっと一気に盛り上がったということがありますので、やっぱりなかなか観念だけでやりとりしていくのは限界があるのではないのかなと思いますし、今おっしゃったように、スタッフの育成ということも重要な課題ではないのかなとつくづく思う次第でございます。
町づくりが現場においてなかなか進んでいかない原因としてさまざまなことが指摘されております。
例えば、制度面について言えば、欧米では計画なきところに開発なしという理念が定着している一方、日本では未線引き都市計画区域、いわゆる白地地域、計画なければ開発オーケーというこんな解釈がまかり通って、計画がないのをよいことに土地所有者は土地を自由に開発して建物を建てられる結果になっています。本来町づくりというのは、地権者が勝手に土地を利用して処分するということではなくて、地権者みずからがマナーを守り、町づくりのビジョンに沿って土地を活用すべきであると考えます。
町づくりの理念について、この計画法には残念ながら見当たらないんです。公共性という都市計画法の大前提になる理念を前文で堂々とうたうべきだと私は思ったのでございますが、大臣はどのようにお考えでしょうか。
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例えば、制度面について言えば、欧米では計画なきところに開発なしという理念が定着している一方、日本では未線引き都市計画区域、いわゆる白地地域、計画なければ開発オーケーというこんな解釈がまかり通って、計画がないのをよいことに土地所有者は土地を自由に開発して建物を建てられる結果になっています。本来町づくりというのは、地権者が勝手に土地を利用して処分するということではなくて、地権者みずからがマナーを守り、町づくりのビジョンに沿って土地を活用すべきであると考えます。
町づくりの理念について、この計画法には残念ながら見当たらないんです。公共性という都市計画法の大前提になる理念を前文で堂々とうたうべきだと私は思ったのでございますが、大臣はどのようにお考えでしょうか。
中
中山正暉#25
○国務大臣(中山正暉君) 夢とか理念とかいうのは、一生懸命法律で書きましてもなかなか難しいものだと。皆さんの呼吸が合っていくこと、まあ夢がなければ計画はない、計画がなければ実行はない、実行がなければ成功はない、成功を持つためには夢がなければいけないなんていうことわざがありますけれども、その意味で、先生のおっしゃるように、日本のそれぞれの個性を持った町づくり、これが、夜中にNHKを見ましたら、歴史の町づくりなんという、非常に個性的な町に対する世間の注目が社会的に集まっているときだと思います。
この間も大阪の天六の商店街で夫婦橋というのを、もう高速道路になっているんですが、その高速道路になった下にわざわざ夫婦橋という橋を復元しました。これは、川も何も流れていないんですが、皆さんがそれを非常に楽しく商店街の活性化のためにやっていらっしゃるのを見まして、こういうことを、ほのぼのとして、大阪市が四千万ぐらい出したんだと思いますが、そんなことをやっております現場に私も呼ばれまして、非常にいい企画だと思いました。
そういう町づくりというのは、地方公共団体と地域住民が主体となってそれぞれの地域ごとに目指すべき都市の将来像とか都市計画の目標を充実すること、また、その目標の達成に向けて、解決すべき課題が何かを公共団体と地域住民があらかじめ町づくりビジョンを具体化して、その具体的なビジョンに基づいて都市計画を定めることが重要だと思います。
都市計画マスタープランということを明示することによりまして、都市計画への住民の理解が高まり、個別の都市計画の決定に当たりましてはその円滑な決定が期待できるほか、その決定された内容については住民みずからが町づくりのルールとして受け入れて遵守することに大いに貢献をする法律ではないかと思っております。
既成市街地の再構築と都市間の連携、それからまた経済活動の活性化に寄与する都市の整備、それから地球環境問題などの新たな潮流への対応、こういうものを新しい都市政策の観点からこの理念の中に読み取っていただきたい、こういうふうに法律の改正案についての考え方を持っております。
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そういう町づくりというのは、地方公共団体と地域住民が主体となってそれぞれの地域ごとに目指すべき都市の将来像とか都市計画の目標を充実すること、また、その目標の達成に向けて、解決すべき課題が何かを公共団体と地域住民があらかじめ町づくりビジョンを具体化して、その具体的なビジョンに基づいて都市計画を定めることが重要だと思います。
都市計画マスタープランということを明示することによりまして、都市計画への住民の理解が高まり、個別の都市計画の決定に当たりましてはその円滑な決定が期待できるほか、その決定された内容については住民みずからが町づくりのルールとして受け入れて遵守することに大いに貢献をする法律ではないかと思っております。
既成市街地の再構築と都市間の連携、それからまた経済活動の活性化に寄与する都市の整備、それから地球環境問題などの新たな潮流への対応、こういうものを新しい都市政策の観点からこの理念の中に読み取っていただきたい、こういうふうに法律の改正案についての考え方を持っております。
末
末広まきこ#26
○末広まきこ君 たとえ自分がその土地を所有していても共有財産であるという、そういう心の部分を基本理念として次回ぜひお取り組みいただきたいなと思います。我々日本人に一番欠けていることではないのかなと思うんです。
さて、いよいよ人に優しい町づくりについてお伺いしたいと思います。
今回の改正案からは、二十一世紀の日本の都市の姿というのは大変見えにくうございます。経済成熟化や人口の少子化、高齢化からはコンパクトな町づくりとか、あるいは持続可能な、サステーナブルという言葉が使われて、そういう題目は出てまいるんですが、具体的にはそれではどんなイメージの都市なのか。大臣に二十一世紀の日本の都市のイメージについて、大変大きな質問をしますが、手短にお答えをいただければと思います。
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今回の改正案からは、二十一世紀の日本の都市の姿というのは大変見えにくうございます。経済成熟化や人口の少子化、高齢化からはコンパクトな町づくりとか、あるいは持続可能な、サステーナブルという言葉が使われて、そういう題目は出てまいるんですが、具体的にはそれではどんなイメージの都市なのか。大臣に二十一世紀の日本の都市のイメージについて、大変大きな質問をしますが、手短にお答えをいただければと思います。
中
中山正暉#27
○国務大臣(中山正暉君) おっしゃるとおり、これからバリアフリーの問題とかユニバーサルデザインとか、いわゆる既成市街地の再構築、それから先ほど申しました都市間の連携とか、経済活動の活性化に寄与するような都市の整備とか地球環境問題など新たな潮流への対応とか、今先生がおっしゃった優しい町づくりというのは、妊婦の方にも身体障害者の方にも視覚障害者の方にも安心して歩いていただける町づくりと、日本はそれぞれ地域が特徴を持っておりますので、そういう特徴を持った都市が人の郷愁を呼び覚ますような、それからまた思い出を若い人につくってあげられるような町で、何年たってからでも若いときはこうだったなとみんなが思い出を共有できるような町づくりというのがこれからの個性ある町づくりで優しい町になるべき要素じゃないかと思っております。
この発言だけを見る →末
末広まきこ#28
○末広まきこ君 今大臣は、まさしく、安心して歩ける、そして特徴がある、金太郎あめではいけないんだ、自分が年老いたときに思い出を持って語れる町でなければいけないんだということをおっしゃったと思うのでございます。これは、今後どんどんと議論を広げていっていただきたい。これからの都市の具体的なイメージを国としても固めていくことが必要であろうかと。きょう大臣に一回手短に聞いただけではなかなか煮詰まるような話ではないと思います。
今まで建設省が町づくりをしていますと言っても、実際にはハードなインフラの整備にかかわる町づくりしか視野に入れていませんでした。都市計画制度の見直しを契機に、この際、国として都市の具体的なイメージを検討するための部局はないんですかと建設省に伺いました。ないんですね。そういうソフトなところを議論したり考えたりするところがないんです。
そういうソフト面の開発をやらないと優しさはとてもじゃないけれどもイメージで出せません。そういうソフト面の開発を試みてはどうかと考えますが、大臣の御所見をお伺いします。
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そういうソフト面の開発をやらないと優しさはとてもじゃないけれどもイメージで出せません。そういうソフト面の開発を試みてはどうかと考えますが、大臣の御所見をお伺いします。
中
中山正暉#29
○国務大臣(中山正暉君) 先生のお話のように、日本は城下町、幕末には二百七十四名ぐらいの大名がおりまして、旗本が三十名少しおりましたが、それぞれその地域を自分の理想の町にした。外国と違いまして、都市国家を築いて城壁の中に住宅をつくったんじゃなくて、城の外側に町づくりをしたみたいなところがありますから、それには攻めにくいように道路をわざと曲げてみたり、いろんな個性があります。
それと現代の社会とが合わないようなところがありますが、そういうものを地域の民間の方々にお寄りいただいて、東京も一遍やりましたが、いわゆる都市再生の諮問委員会みたいなものをつくって、やわらかく考えていらっしゃる、いろんな夢を持っていらっしゃる方の夢を行政に取り入れていこうというような私は動きが建設省では最近盛んになってきていると思います。やがて三大都市圏、大阪、名古屋とやっていく考えを持っておりますけれども、そんな意味で、石原慎太郎知事にも江戸城を復元したらどうかなんて言っているんです。
名古屋の方々は城を見て、地域の方々も町のシンボルを見て育ってこられた。私は、東京でさえそういういろいろ歴史的な雰囲気をよみがえらせるような町づくりみたいなものには、民間のソフト、それから役所のハード、そのソフトとハードを組み合わせていって、民間の知恵を拝借しながら先生のおっしゃるような潤いのある町といいますか、そんなものをつくっていったら末広がりになっていくんじゃないかと思っております。
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名古屋の方々は城を見て、地域の方々も町のシンボルを見て育ってこられた。私は、東京でさえそういういろいろ歴史的な雰囲気をよみがえらせるような町づくりみたいなものには、民間のソフト、それから役所のハード、そのソフトとハードを組み合わせていって、民間の知恵を拝借しながら先生のおっしゃるような潤いのある町といいますか、そんなものをつくっていったら末広がりになっていくんじゃないかと思っております。