文部科学委員会

2018-05-30 衆議院 全204発言

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会議録情報#0
平成三十年五月三十日(水曜日)
    午後零時三十二分開議
 出席委員
   委員長 冨岡  勉君
   理事 安藤  裕君 理事 神山 佐市君
   理事 亀岡 偉民君 理事 工藤 彰三君
   理事 鈴木 淳司君 理事 川内 博史君
   理事 城井  崇君 理事 浮島 智子君
      池田 佳隆君    石川 昭政君
      上杉謙太郎君    尾身 朝子君
      大見  正君    神谷  昇君
      小林 茂樹君    櫻田 義孝君
      下村 博文君    田野瀬太道君
      高木  啓君    根本 幸典君
      馳   浩君    藤井比早之君
      船田  元君    古田 圭一君
      本田 太郎君    松本 剛明君
      三ッ林裕巳君    宮内 秀樹君
      宮川 典子君    宮路 拓馬君
      八木 哲也君    櫻井  周君
      日吉 雄太君    山本和嘉子君
      伊藤 俊輔君    西岡 秀子君
      中野 洋昌君    鰐淵 洋子君
      金子 恵美君    畑野 君枝君
      串田 誠一君    吉川  元君
      笠  浩史君
    …………………………………
   文部科学大臣       林  芳正君
   国務大臣
   (東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当)       鈴木 俊一君
   文部科学大臣政務官    宮川 典子君
   政府参考人
   (内閣官房内閣審議官)  原  邦彰君
   政府参考人
   (内閣官房内閣審議官)  源新 英明君
   政府参考人
   (国家公務員倫理審査会事務局長)         池本 武広君
   政府参考人
   (内閣府地方創生推進事務局審議官)        村上 敬亮君
   政府参考人
   (総務省総合通信基盤局電波部長)         竹内 芳明君
   政府参考人
   (法務省大臣官房審議官) 加藤 俊治君
   政府参考人
   (文部科学省大臣官房長) 藤原  誠君
   政府参考人
   (文部科学省生涯学習政策局長)          常盤  豊君
   政府参考人
   (文部科学省初等中等教育局長)          高橋 道和君
   政府参考人
   (文部科学省高等教育局長)            義本 博司君
   政府参考人
   (文部科学省高等教育局私学部長)         村田 善則君
   政府参考人
   (文部科学省研究開発局長)            佐伯 浩治君
   政府参考人
   (スポーツ庁次長)    今里  讓君
   政府参考人
   (文化庁次長)      中岡  司君
   政府参考人
   (農林水産省大臣官房審議官)           小川 良介君
   文部科学委員会専門員   鈴木 宏幸君
    —————————————
委員の異動
五月三十日
 辞任         補欠選任
  池田 佳隆君     三ッ林裕巳君
  小林 茂樹君     神谷  昇君
  田野瀬太道君     藤井比早之君
  高木  啓君     本田 太郎君
  平野 博文君     伊藤 俊輔君
同日
 辞任         補欠選任
  神谷  昇君     小林 茂樹君
  藤井比早之君     田野瀬太道君
  本田 太郎君     高木  啓君
  三ッ林裕巳君     池田 佳隆君
  伊藤 俊輔君     平野 博文君
    —————————————
五月二十八日
 教育費負担の公私間格差をなくし、子供たちに行き届いた教育を求める私学助成に関する請願(田畑毅君紹介)(第一二八三号)
 同(松本文明君紹介)(第一二八四号)
 同(志位和夫君紹介)(第一二九四号)
 同(青柳陽一郎君紹介)(第一三〇二号)
 同(笠井亮君紹介)(第一三〇三号)
 同(照屋寛徳君紹介)(第一三〇四号)
 同(宮本徹君紹介)(第一三〇五号)
 同(北村誠吾君紹介)(第一三一二号)
 同(阿部知子君紹介)(第一三七八号)
 同(田中和徳君紹介)(第一四〇六号)
 同(藤原崇君紹介)(第一四〇七号)
 家庭教育支援法の制定に関する請願(斎藤洋明君紹介)(第一三四四号)
は本委員会に付託された。
    —————————————
本日の会議に付した案件
 政府参考人出頭要求に関する件
 文部科学行政の基本施策に関する件
 スポーツにおけるドーピングの防止活動の推進に関する法律案起草の件
 平成三十二年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会特別措置法及び平成三十一年ラグビーワールドカップ大会特別措置法の一部を改正する法律案起草の件
 スポーツ基本法の一部を改正する法律案起草の件
 国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案起草の件
 スポーツへの障害者の参加の更なる促進のため「障害」の「害」の表記について検討を求むるの件
     ————◇—————
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冨岡勉#1
○冨岡委員長 これより会議を開きます。
 文部科学行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 この際、お諮りいたします。
 本件調査のため、本日、政府参考人として内閣官房内閣審議官原邦彰君、国家公務員倫理審査会事務局長池本武広君、内閣府地方創生推進事務局審議官村上敬亮君、法務省大臣官房審議官加藤俊治君、文部科学省大臣官房長藤原誠君、生涯学習政策局長常盤豊君、初等中等教育局長高橋道和君、高等教育局長義本博司君、高等教育局私学部長村田善則君、研究開発局長佐伯浩治君、スポーツ庁次長今里讓君、文化庁次長中岡司君及び農林水産省大臣官房審議官小川良介君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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冨岡勉#2
○冨岡委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    —————————————
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冨岡勉#3
○冨岡委員長 質疑の申出がありますので、順次これを許します。川内博史君。
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川内博史#4
○川内委員 川内でございます。
 林大臣、よろしくお願いいたします。
 日大のアメフト部の問題や、あるいは、ずっと続いております加計学園の問題等、私立学校をめぐるさまざまな問題については、本委員会としてもしっかりと、その問題点が何なのか、どういうふうにすれば、子供たちの育ちや、あるいは若者の学び、研究というところが十分になされるのかということについて、しっかりその方策を委員会としても示していかなければならないというふうに思うんですが、そのためにも、ケーススタディーとして、個別の事案について、しっかりと事実を国民の前に明らかにしていくという責務が委員会にはあるのではないかというふうに私としては思います。
 そこで、加計学園のことについて、まだまだ謎が、あるいはわからない部分が、あるいは事実がどうなのかということが国民に示されていないので、きょうも聞かせていただきたいんですけれども、まず、先ほど理事会で、平成二十七年の四月二日に、愛媛県文書によれば、柳瀬当時の秘書官が、首相官邸に加計学園の方々や愛媛県、今治市の方々の来訪を受けて、獣医学部の新設についての会合を持ちましたよということが愛媛県文書に記載をされている。
 そのときには、柳瀬秘書官の参考人質疑での御答弁によれば、当時、文部科学省から首相官邸に出向していた内閣官房内閣参事官が同席をし、その後明らかにされた愛媛県文書の中では、発言もしていらっしゃるわけですね、発言をしたとされているわけです。
 本委員会の委員長のお取り計らいで、文部科学省に対して、この平成二十七年四月二日の会合の前後、文科省から内閣官房、官邸に出向していた内閣官房内閣参事官から事前の報告メールあるいは事後の報告メールあるいは報告の文書等があったのではないかということで、網羅的に調査をすべきであるということで、理事会から文科省へ依頼をさせていただき、そして文科省がそれを受けて追加的な御調査をいただいたというふうに思いますが、先ほど理事会では御報告があったわけですが、本委員会所属の委員の先生方にも、文部科学省としての調査の結果をまず御報告いただきたいというふうに思います。
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藤原誠#5
○藤原政府参考人 お答え申し上げます。
 去る四月二十日に公表いたしました「愛媛県等が官邸を訪問したとされていることに関する事前連絡等の有無及び当該連絡に関する文書の存否についての確認について」に関しまして、先週の本委員会の理事会での協議を踏まえまして、個人ファイル等について文部科学省として補足的に確認を行いました。
 具体的には、平成二十七年四月二日に愛媛県等が官邸を訪問したとされていることに関する文部科学省への事前連絡及び事後連絡に関する文書の存否につきまして、去る四月二十日に公表した調査の対象となっております十二名に加えまして、当時の大臣官房長、官房総括審議官、官房総務課長、この三名を加えた合計十五名を対象といたしまして、個人ファイル、個人フォルダ、メール、それから共有ファイル及び共有フォルダに関連する文書があるか否かにつきまして、現在の官房総括審議官、総務課長、その他関係官で構成される調査チームによって確認をしたところでございます。
 その確認の結果でございますが、平成二十七年四月二日に愛媛県等が官邸を訪問したとされていることに関する文部科学省への事前連絡及び事後連絡に関する文書につきましては、その存在は確認できなかったところでございます。
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川内博史#6
○川内委員 愛媛県等が官邸を訪問したとされていることに関する事前連絡等の有無及び当該連絡に関する文書の存否についての確認について、追加的な調査を行ったと。
 この愛媛県等の等には、加計学園は当然入っているんですよね。
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藤原誠#7
○藤原政府参考人 お答え申し上げます。
 委員御指摘のとおり、愛媛県等の等につきましては、加計学園も含まれているところでございます。
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川内博史#8
○川内委員 官房長は初代内閣官房内閣参事官として官邸に御出向をされていらっしゃったわけですから、仕事のやり方というのはその人それぞれいろいろあるんだろうというふうに思うんですけれども、重要な事柄については、本省にこういうことだよと報告を普通はするんじゃないかなというふうに思うんですけれども、文科省から官邸に出向されている出向参事官というのは、官邸参事官というのは本省に報告しないものなんですか。全く報告もせず、野放しで勝手なことをしているんでしょうかね。どうなんでしょうか。
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藤原誠#9
○藤原政府参考人 お答え申し上げます。
 委員御指摘のとおり、当時角田参事官が所属しておりました官邸連絡室でございますが、私は小泉政権の当初在職していたという事実はございます。
 そのときの仕事のやり方についてのお尋ねでございますが、私としてはいろいろなやり方で必要に応じて本省との連絡をとったという事実はございますが、その私のやり方と角田参事官のやり方については、ちょっと、角田参事官が具体的にどういうふうにしていたかについては承知していませんので、比較はできないということでございます。
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川内博史#10
○川内委員 文部科学省にとっては獣医学部の新設というのは非常に重大な関心事項である、さらに、これは予算委員会等でも文部科学省から答弁がなされているわけですけれども、官邸に出向している官邸参事官というのは本省との連絡調整を期待されているということですから、この柳瀬秘書官との会合について、加計学園等との会合について、私は、報告をしないなどということが普通の常識では考えられないのではないか、したがって、どこかにその痕跡が残されているのではないかということを想定するんですが、現状まで、調査していただいたら、存在を確認することはできないということなんです。
 これは、後日、追加的な調査の調査結果を文書で出していただいて、さらに、本委員会としても吟味をさせていただきたいというふうに思うところでございますが、今回、追加的調査をしていただいた調査手法等を含めて文書でお出しいただけますか。
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藤原誠#11
○藤原政府参考人 お答え申し上げます。
 委員御指摘の今回の調査について紙で取りまとめる件につきましては、これから準備させていただきたいと思います。
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川内博史#12
○川内委員 官房長、済みません、何回も何回も同じようなことを尋ねて大変恐縮なんですけれども、御調査をいただいたのは、四月二日であろうとされる会合の事前あるいは事後の報告、あるいは連絡について網羅的に調査をしたよということなんですけれども、この四月二十日の文部科学省の調査報告書に出てくる概要とか、その他の文書があるわけですけれども、四月二日のこの会合に関連するであろうと思われる文書、何一つない、存在を確認できない、出てきたのは唯一、一通、このメールだけです、これだけなんですわという、文部科学省としては今そういう状況なんでしょうか。
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義本博司#13
○義本政府参考人 お答えいたします。
 四月二十日、それから先ほど官房長が答弁しましたように、更に個人ファイル、個人フォルダについても調査させていただきまして、見つかりましたのは、委員御指摘のとおり、当時内閣府に出向した職員の方から文科省の方に送られてきたメール一通でございます。
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川内博史#14
○川内委員 今、高等教育局長にメール一通でございますと断言されると、非常に寂しいみたいな思いがするわけですけれども、財務省の方では、ない、ない、廃棄したと局長が四十三回答弁をし、財務大臣も十一回廃棄したと答弁をした応接記録が九百五十何ページ出てきているわけですね、やはりありましたと。その応接記録も改ざんされているのではないかということが、きのうあたりから報道で言われておりますけれども、加計学園問題で提出されているこの愛媛県文書、地方自治体や地方公務員には記録がちゃんとある、記憶もある。他方で、政府あるいは国家公務員には記憶もなければ記録もないという。
 私は、霞が関といえば、一般の国民からすれば、ねえ、委員長、仰ぎ見るような存在じゃないですか。めっちゃ優秀な人たちがお国のために頑張っているところだねと、そういう場所だと思いますよ。それが、いや、ありません、ありません、記憶もないんですという、普通の常識で考えたらあり得ない事態がずっと続いている。
 まさに、国家的な危機ではないかというふうに思いますが、真実を解明するためには、とにかく記録をまず見つけていただくしかない。そこを、私たち本委員会に所属するメンバーは記録を取っかかりに議論をしていかないと、何か水かけ論とか決めつけだけしていてもしようがないので、きょうは事実関係を淡々と聞かせていただきます。
 この愛媛県文書の十七ページに、平成二十七年三月三日の加計学園関係者と愛媛県との打合せ、ここに今、二月二十五日に総理と加計学園理事長が十五分面談したよという記述があるわけでございまして、これは加計学園も総理も、いや、そんなことはありません、会っていませんというふうに否定をしていらっしゃるわけですが、もしかしたら、この加計学園と、加計孝太郎さんと安倍総理大臣の面談に、文科省、農水省から出向していた内閣官房内閣参事官が同席していたんじゃないかなというふうに思うんですけれども、農水省、それから文科省、それぞれお尋ねをいただいておりますので、回答していただきたいと思います。
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義本博司#15
○義本政府参考人 お答えいたします。
 愛媛県から参議院予算委員会に提出された文書、先ほど先生御指摘の文書に記載のある平成二十七年二月二十五日とされる総理と加計理事長との面談については、総理が二月二十五日に加計理事長と会ったことはないと国会で答弁されているというふうに承知しております。
 なお、この面談につきまして、当時文部科学省から内閣官房に出向していた内閣参事官に改めて確認いたしました。その結果、平成二十七年二月二十五日とされる面談については覚えがないとの回答をいただいているところでございます。
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小川良介#16
○小川政府参考人 お答え申し上げます。
 五月十日に、内閣官房からの指示を受けまして、農林水産省から当時官邸に内閣参事官として出向していた職員に対して直接確認を行ったところでございます。
 その結果、まず第一に、日にちは記憶が定かではないということですが、平成二十七年四月の官邸での会合については、当時の柳瀬秘書官からの求めに応じ自分も同席したと記憶しておりますが、その他の面会につきましては同席した記憶はないとのことでございました。
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川内博史#17
○川内委員 さらに、この面談の記述のところを読みますと、柳瀬首相秘書官から、改めて資料を提出するよう指示があったので、早急に資料を調達し、提出する予定というふうに記述がございます。
 柳瀬秘書官はこの会合に同席をしたんじゃないか、平成二十七年二月二十五日ですね。同席をして、そして資料の提出を求めたんじゃないかなというふうに思うんですが、内閣官房に、柳瀬さんに御確認をいただいて御回答くださいというふうにお願いをしてございます。聞き取った結果を御報告いただきたいと思います。
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村上敬亮#18
○村上政府参考人 特区制度の運営にかかわることということで、内閣府の方で本人に確認をしてまいりましたので、お答えを申し上げます。
 報道でも、ある、ない、話題になっている会議でございますが、柳瀬元秘書官に確認をしたところ、まず、同席はしていない、それから、面会について総理から話を聞いた覚えもなく、指示も受けていない、したがいまして、こうした面談を踏まえて資料の指示をしたということもございませんという回答が改めてございました。
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川内博史#19
○川内委員 さらに、愛媛県文書二十ページ、平成二十七年三月二十四日、「首相官邸において、柳瀬首相秘書官らと加計学園関係者(田丸相談役、渡辺事務局長)との間で、獣医師養成系大学の設置について協議」という記述がございます。
 「柳瀬首相秘書官ら」、こう書いてあるんですね、三月二十四日。「ら」というのは複数だということですから、これも柳瀬秘書官に御確認をいただいておりますけれども、まず、加計学園関係者は、田丸相談役、渡辺事務局長で間違いがなかったかということを確認していただきたいと思います。さらに、「ら」というのは誰なんですかということも教えていただきたいと思うんです。
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村上敬亮#20
○村上政府参考人 内閣府の方で確認した結果をお答え申し上げます。
 柳瀬元秘書官に確認をしたところ、具体的にどなたがおられたかということを明確には覚えていないということではありますが、恐らく事務局長の方はいらっしゃったんじゃないかというふうに、そういう気がいたしますというふうに回答を得ております。
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川内博史#21
○川内委員 秘書官側はどなたがいらっしゃったかは覚えていらっしゃらないということなんでしょうか、この三月二十四日の会合については。
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村上敬亮#22
○村上政府参考人 お答え申し上げます。
 国会でも本人が御説明していたと思いますが、二月、三月ごろお会いしたということについては覚えているようでございますが、詳細については記憶のあやふやなところもございまして、官邸側の同席者が誰かということについても明確な記憶はないということのようでございます。
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川内博史#23
○川内委員 この面会、協議の際の愛媛県文書によれば、柳瀬首相秘書官のコメントとして、県や今治市と一緒に内閣府の藤原地方創生推進室次長に相談されたいと発言が書かれておりますが、柳瀬秘書官は、この三月二十四日の会合において、藤原さんに相談するといいよというふうにアドバイスをされたという記憶はあるのでしょうか。
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村上敬亮#24
○村上政府参考人 お尋ねのとおりのポイントで本人に確認をいたしましたところ、どのタイミングかはっきりと覚えているわけではないようでございますが、国家戦略特区の担当は、内閣府に事務局があり、藤原次長であるという旨の説明はしたということを覚えているようでございますけれども、それに対しまして、藤原次長の方に直接連絡をしたり依頼や指示をしたということはないということでございました。
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川内博史#25
○川内委員 同じくこの二十ページに、加計学園から内閣府の藤原次長との相談日程が四月二日十一時三十分に調整できたとの連絡があったと今治市から報告があった、要するに、藤原次長との面談のセットは加計学園がしたと。それで、それを今治市に連絡して、今治市が愛媛県に、何かセットできたらしいから一緒に行きましょうというふうに連絡をしたんでしょうと。
 したがって、藤原次長の、四月二日とされる国家戦略特区の説明会合は加計学園がアポをとってきたというふうに思われるんですけれども、今までの説明では、誰がアポをとってきたかわかりませんわという説明だったんですけれども、こういう愛媛県文書も出て、藤原さんも更に記憶が戻られていらっしゃるのではないかというふうに思います。
 四月二日とされるこの会合は、加計学園側からアポイントが入ったということでよろしいかというのを確認してくださいと言ってあるんですけれども、どうでしょうか。
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村上敬亮#26
○村上政府参考人 お答え申し上げます。
 まず、前後関係もございますので、四月二日かどうかということでありますけれども、本人は引き続き明確に日付について記憶はないようでございますが、これまで出てきた文書等を見ますと、四月のころお会いしていたということは前から御説明していると思いますが、そういうことであれば四月二日であろうと思うということでございました。
 その上ででございますけれども、実は、アポイントメントにつきましては部下に任せていたということでございまして、本人はいずれにせよ、通常そういう形をとっていたようでございますが、誰から具体的にアポイントメントがあったかどうかは部下でないとわからないということのようでございます。
 そこで、当該スタッフの方に改めて確認を申し上げました。そのところ、スタッフの方も、今治市、愛媛県、加計学園、この三者が来るということについては明示的に認識をしていたようでございますが、恐縮でございますが、この時期は多数の自治体の来訪と日程調整を同時にこなしていたものでございますから、この今治市、愛媛県と彼ら自身が思っていた面会について、いつ誰がどのような形でアポが入ったかは思い出せないと。逆に言えば、加計学園である可能性も否定はしていないということではございますが、そこは正直よくわからないということでございました。
 いずれにせよ、藤原元次長もスタッフも、これまでの構造改革特区の流れから、当然、これまでに内閣府に特区提案をされ続けている提案者であり、今治市等の自治体の方々たちが中心だと、若干先入観もあったのかもしれませんけれども、そういうふうに認識していたということもあって、アポにつきましてもそういう流れなのかなということを推測していたのかもしれませんが、実際のところは、今回確認をしてみたところ、正確には、アポを受け入れたスタッフ本人が、済みません、そこのところは思い出せません、こういうことでございました。
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川内博史#27
○川内委員 なるほど、だんだんわかってきました。
 そうですよね、アポなんというのは、大体、その方が直接やるわけではなくて、スタッフの方が、部下の方がおやりになられる。何月何日の何時に誰それが来るということを確定させていくわけですね。
 四月二日を確定させる方法、私、今わかりました。そのスタッフの方に、愛媛県、今治市、加計学園、要するに、面談のアポを確定させたそのスタッフの方に、四月二日でよろしいかと、平成二十七年四月二日でそのアポイントはよかったかと、あなたの記録の中にそれが残っているだろうということを確認して、教えていただけますか。
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村上敬亮#28
○村上政府参考人 お答えを申し上げます。
 当時のスタッフが絶対誰かということはわからないわけでございますが、恐らく、当時、文科省から出向していた方ではないかということで、本人には昨晩もう一度確認をしてみました。
 本人は、明示的に、今回の愛媛県の新文書も読んだ上で、どうですかということでお尋ねを申し上げましたけれども、もともと、先ほど御指摘をいただいたメール、これが文科省さんの方からの調査では出てきておりまして、そのときにも本人に対して調査をさせていただいているわけでございますが、基本的には印象は同じようでございまして、はっきりと記憶はないが、こういうふうにはっきり残っている以上、私がつくったメールであろうと思うと。
 愛媛県の新文書に関して言えば、名刺も残ってございますので、恐らく私もいたんだろうと思いますと。
 そういうことであればそうなんだろうということは、はっきり本人も言っておりますけれども、やはり、アポがどうだったかとか、それが誰だったかということについては、ちょっと思い出せないということでございました。
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川内博史#29
○川内委員 だから、まだこの四月二日の会合については、政府としては会合として認めていないということですよね、要するに。世間でそう言われているからそういうものなのかなと政府としても思っているというだけの話で、政府としてまだ事実認定をしていただいていない。
 これ、委員長、どう思います。大変なことだと思うんですよね。これだけの大問題で、政府として事実を確定させないわけですからね。こんなことがあり得るんだろうか。
 次へ行きましょう、ちょっと時間もないので。
 愛媛県文書十九ページには、加計学園が、平成二十七年三月八日、山本順三参議院議員を励ます会に出席した下村文科大臣と面談との記載もございます。本委員会にも下村大臣も所属していらっしゃいますし、お聞きするのは忍びないんですけれども、愛媛県文書に出ていますので、とにかくこれは、一個一個、全部事実確認しないといけないと思いますので、聞かせていただきます。
 下村大臣は、山本順三参議院議員を励ます会に御出席されたとき、加計学園と面談をされたのでしょうか。
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