中西啓介 に関する国会発言

← 検索ページへ

221件  /  12ページ  /  1 ページ目

2011-07-06 石破茂 予算委員会 衆議院

○石破委員 あなたは本にこう書いておられますね。書いたことには責任を持ってください。「選挙によって、ある人物なりある党に委ねた以上、原則としてその任期いっぱいは、その人物なり党の判断にまかせるべきである。」そう述べた後で、交代可能な独裁制というふうにおっしゃっておられる。  ある意味ではとか、基本的にはとか、そういう言葉は便利な言葉でして本質をずらすことがありますけれども、あなたのお考えの中核には、選んだ以上は、その期間は自分がやるの

1999-08-12 堀込征雄 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会 衆議院

○堀込委員 民主党の堀込でございます。  あす会期末を控えてこの法案の審議という事態になっているわけでありまして、しかし、この法案の取り扱いについて、実はここまで、まだどうするのかという結論が見出せない中での審議であります。  私は、この取り扱いについては、一にも二にも、提案政党である自民党、自由党両党のこの法案に対する取り扱いあるいは方針が明確でなかったということが、今日、この会期末まで混乱ともいうべき状況を招いている原因だ、こう

1999-07-22 達増拓也 災害対策特別委員会 衆議院

○達増委員 六月下旬の西日本を中心とした大雨による災害でございますけれども、自由党もすぐに中西啓介国土建設部会長を本部長とする対策本部を立ち上げまして、関係議員、地元、連絡をとり合いながら、必要に応じて実際に入ってみたり、また特に被害が多かった広島県については、佐藤公治、地元の自由党の総支部会長でありますけれども、県と連絡をとって、随時、対策、必要な措置をとれるよう体制をとっていたところでございます。  その広島県でございますけれども

1999-02-23 大渕絹子 予算委員会 参議院

○大渕絹子君 一九九三年十二月、細川政権、このとき自民党は野党でございました。そのとき中西啓介防衛庁長官の発言、半世紀前にできた憲法に後生大事にしがみつくのはまずい、こういう発言をして、野党から罷免要求を出されて辞任をしているという経過がございます。  このことも含めて、私は、この発言よりももっと重大な発言である、中村法相の発言は憲法に挑戦をする、まさに憲法をないがしろにする発言であるというふうに思っています。

1998-12-11 佐藤道夫 外交・防衛委員会 参議院

○佐藤道夫君 大変いぶかしいことを平気でおっしゃっていますね。亡くなったのは畠山という次官お一人じゃないんですか。その後の次官、官房長、関係者はいっぱいいるわけです。大臣の方にいたしましても中西啓介、愛知和男、神田厚、お歴々がいっぱいいるわけです。たった一人亡くなってその調査は行き詰まった、そんなばかなことはないでしょう。  ことしの七月、検察のメスが入るまで全然大臣の耳には一言も入っていなかったんですから、なぜあなた方はこういう大問

1998-09-08 佐藤道夫 外交・防衛委員会 参議院

○佐藤道夫君 冗談言っちゃいけませんよ。手間暇がかかるとかそんなことで犯罪者を見逃すんですか。少なくとも起訴するだけの資料は検察庁が集めるんですから、あなた方が手間暇がかかるとか、そういうことを言う問題じゃ一切ありませんよ。  それから、次に大事な問題、第二点目ですけれども、東洋通信機のケースは、調達本部長の一存で決まってしまったんですか。内局に上げていないんでしょうか。何か新聞によると、前回大変怒られた、今度は内々にしておこうと。一

1997-03-24 友部百男 予算委員会 参議院

○証人(友部百男君) そうですが。  小沢一郎、細川護煕、海部俊樹、羽田孜、渡部恒三、市川何だっけな、市川先生、太田昭宏、中西啓介、初村謙一郎、後藤田正晴、亀井静香、あとだれだっけな、竹下先生いましたかね。竹下登先生も言っていましたね。中曽根康弘先生。  とっさの質問でしたので、また思い出したら申し述べます。

1997-03-24 友部達夫 予算委員会 参議院

○証人(友部達夫君) そうですね、まず論文が難しかったですね。私はたまたま、何を書いたかな、要するに今後の政治の問題についてということじゃなかったかと思いますが、それについて書きまして、それで、それが平成六年の十二月、コンテストなんかをやるのということだったんですよ。私は全然知らなかったんですよ、コンテストということを。  それで、一月の五日ごろまでに、十日だったかな、とにかく論文を出してくれと。それでぎりぎりに私、というのは、平成六

1997-03-24 友部達夫 予算委員会 参議院

○証人(友部達夫君) 十三位に登載されることになりましたのはコンテストの結果です。新進党で昭和七年の三月ごろ、あれは二月ごろでしたか、コンテストをやりまして、その結果、十三位に登載されるようになったんであります。  党の幹部といいますけれども、そのときコンテストの、いわゆる面接試験の試験官が中西啓介さんでしたから、中西さんが党の幹部であったかどうかそれは知りませんが、その面接試験のときに会いました。それから米田建三さんですね。米田建三

1997-02-21 栗原博久 法務委員会 衆議院

○栗原(博)委員 警察庁、ひとつしっかり、徹底的にやってください。  次に、やはり議会政治の根幹にかかわる問題でありますが、今回の問題で、友部容疑者が新進党の比例代表の公認であった。それについて、私は、公選法違反ということを視野に入れて捜査当局は捜査に着手しているものと期待しております。  それで、今回、このオレンジ共済をバックに、友部容疑者が参議院選挙の順位を引き上げる工作として複数の新進党幹部に四億五千万の金を使ったということを

1997-02-17 村上誠一郎 予算委員会 衆議院

○村上委員 我々は、政治改革のときに、これは衆議院の小選挙区と比例もそうなんですけれども、公認と比例の順位と政党助成金の配分で当落が決まってしまうわけですね。ある面では党幹部が非常に強くなる、こういうのは政党政治にとって大変なゆゆしき問題だということで、我々は最後まで反対したのですが、何と守旧派とレッテルを張られてしまった。ところが、いみじくも、残念ながら、ハウスの違う参議院でこういう問題が起こってしまった。これは本当に、何というのです

1996-06-12 筆坂秀世 金融問題等に関する特別委員会 参議院

○筆坂秀世君 メーンバンクとしての責任があるというケースは当然ありますね。ただし、直系ノンバンクの場合には設立母体ですから、これは当然メーンバンクとして以上の責任があるわけですよね、いわば直接支配しているわけですから。その場合に、いわゆるメーンバンク責任じゃなしに母体行責任で通常やられてきたというのは、これは既にこれまで答弁があったことですね。問題は、住専の場合に今おっしゃったような議論があったようです。  寺村参考人が、銀行局長在職

1996-04-26 筆坂秀世 予算委員会 参議院

○筆坂秀世君 九三年の五月十九日に、当時の寺村銀行局長が中西啓介元衆議院大蔵委員長の朝食勉強会で講演をされているんですよ。私そのテープを聞いて、これ起こしたのを持っていますが、よくわかりました、何で母体行主義が親が複数だと貫けないか。  寺村さんはこうおっしゃっているんです。一人の親なら、このノンバンクがおかしくなると、親の銀行が面倒を見ないと親の銀行が怪しいと、自分の、母体行の信用にかかわるから必死になって面倒を見るというんです。し

1995-12-07 横光克彦 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 衆議院

○横光委員 日本社会党の横光克彦でございます。  平成六年一月二十九日に一応政治改革四法案が成立したわけでございます。曲がりなりにもと言っていいんじゃないかと思いますが、成立いたしました。爾来、二年になろうとしておるわけでございますが、このことは言わずもがなのことでございますが、こういった政治改革法案、本来ならば、私たち政治家が正しい倫理観を持ち、公正なる判断力さえ持ち合わせていればこのような法案は必要ないわけでございます。しかし、残

1995-06-17 中西啓介 予算委員会 衆議院

○中西証人 中西啓介君を励ます会という事務局の方々が取り仕切ってそのパーティーを開いてくれたわけでございます。確認団体としての届け出もしていただいたわけでございますが、当初本も相当つくりましたし、かなりの経費がかかったという話は聞いております。残った分は、六団体だったと記憶しておりますが、寄附をしていただいて、きちっと届け出もしているからという報告も、もう十年近い前の話ですから、保存義務も過ぎておりますのでそういう関係書類もないと思いま

1995-06-17 中島洋次郎 予算委員会 衆議院

○中島(洋)委員 今、フェスクコーポレーションが買ったことも知らないし、本人も御存じない。  ここにイ・アイ・イの別荘を購入された方のリストがある。長期信用銀行の名前もあります。フェスタコーポレーションの名前もある。そして、購入者「フェスタコーポレーション」とある横に実質買い主「中西啓介」とある。契約住所はフェスタの住所。連絡先電話番号は議員会館の部屋。小川さんの名前が出ている。きちんと詳しい契約内容まで出ています。  ハウスタイプ

1995-06-17 中西啓介 予算委員会 衆議院

○中西証人 ただいまの委員長の御質問にお答えを申し上げます前に、このたびの私の議員辞職に際しまして何かと御迷惑をおかけし、また、お騒がせをいたしましたことを、国民の皆様、立法府のかつては同僚であった方々、そして、選挙区の長年御支持をいただいた皆様にまず深くおわびを申し上げたいと存じます。  また、本日は貴重なお時間を費やしていただきまして、私の証人喚問という事態に際しましてもお騒がせをした点、心からおわびを申し上げたいと思います。

1995-06-17 佐藤観樹 予算委員会 衆議院

○佐藤委員長 それでは、お尋ねいたします。  旧東京協和信用組合理事長高橋治則氏は、三月九日の当委員会において、あなたとの関係について、あなたが議員秘書であった当時からの友人であること、昭和六十二年七月から平成七年一月まで千代田区のマンションをあなたに賃貸していたこと、イ・アイ・イ・グループが中西啓介君を励ます会のパーティー券六千万円分を購入したことなどを証言しております。また、あなたの公設秘書が設立に関与した会社に対し、イ・アイ・イ

1995-06-17 中西啓介 予算委員会 衆議院

○中西証人 はい、中西啓介でございます。

1995-06-17 中西啓介 予算委員会 衆議院

○中西証人 はい、中西啓介でございます。