安井誠一郎 に関する国会発言

← 検索ページへ

41件  /  3ページ  /  1 ページ目

1986-04-23 秋山長造 本会議 参議院

○秋山長造君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員元本院議長安井謙先生には、去る三月十日、急性心不全のため忽焉として逝去されました。まことに痛惜哀悼にたえません。  ここに、皆様のお許しを得て、議員一同を代表し、謹んで追悼の言葉を申し述べたいと存じます。  安井先生には、昨春風邪をこじらせて肺炎と肝機能障害のため入院され、秋一たん退院して自宅療養に努めておられたのでありますが、その後の経過思わしからず、十二月に至り、中

1985-05-13 竹下登 補助金等に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(竹下登君) まず一つ御指摘の問題といたしましては、やはり財政事情の問題が大きな要因であるということを否定するものではございません。この今回の措置というのは、先ほど申しましたように、六十年度予算のいわば概算要求のときにさかのほってくるわけでありますが、その際までに出ました行革のサイドからの意見というのは、臨調答申あるいは行革審意見というもので、言ってみれば地方と国との費用負担のあり方についての議論の中で二分の一超の補助率につい

1985-04-22 竹下登 補助金等に関する特別委員会 参議院

○国務大臣(竹下登君) 確かに生活保護の問題、社会保障の問題、これにつきましてはいわば国と地方の最終的には費用負担のあり方ということで、生活保護に限って言えば七対三という結論に暫定措置としてお願いすることになったわけでありますが、私どもが議論しております間におきましても、昭和二十一年に厚生省がたしか七億、八億でございましたか、大蔵省が二億ぐらいが大体この予算のおさまりどころだろうと、こう考えておった。そうしたら進駐車から三十億と、当時は

1985-04-08 竹下登 大蔵委員会内閣委員会地方行政委員会文教委員会社会労働委員会農林水産委員会運輸委員会建設委員会連合審査会 衆議院

○竹下国務大臣 御案内のとおり、その第一次答申の中では明瞭に外してございます。これは、当時はいわゆる金額の一割削減措置という答申でございます。したがって、極めて件数が多くて金額の小さいものを含みます補助金等の個々につき、すべてに改善策を示すことは事実上困難なことから、各省ごとに総枠を設定する手法でその削減を図ったものであります。したがって、生活保護費につきましては金額が非常に大きいことから、この方式の対象とすることはその際は適当でなかっ

1985-04-03 竹下登 大蔵委員会 衆議院

○竹下国務大臣 昭和二十一年以前はこれは五分五分でありました。それから一時、数カ月の間、日本が敗戦国で極度な貧困状態になったとき、全額国庫補助であった時代が数カ月ございます。それから二十一年の予算の際、もとより当時はいわゆるGHQの間接統治下にあったときでございますが、大蔵省がおさまりを二億に考えておった。そして厚生省が七億でございましたか、におさまりを考えておった。そうしたらGHQから、やはり三十億にすべきだ、こういうことがサゼストさ

1985-03-27 竹下登 大蔵委員会 衆議院

○竹下国務大臣 渋沢さんの立論の根拠を踏まえまして、この法律をつくるに当たって私どもも部内で議論をいたしました。これは蛇足でございますが、昭和二十一年、現行憲法が制定された折、そして二十二年、いわゆる生活保護。それまでは生活保護費とは言っておりませんが、地方と国とが五分五分であった。しかし、やはりこういう憲法の精神にのっとっていった場合に、これは見直すべきだ。その中で当時の、もうお亡くなりになりました安井誠一郎元東京都知事が厚生事務次官

1985-03-14 竹下登 予算委員会 参議院

○国務大臣(竹下登君) 行政が総合的、効率的に行われますためには、国と地方の団体がそれぞれの機能と責任を分かち合いながら、まさに相互協力をしましていわゆる公経済を支える車の両輪である、こういう考え方の上に立って、国と地方との財政は税源配分、交付税交付金、補助金等、まさに密接な関係を有しておるという状態にあります。国と地方の機能分担と費用分担のあり方の問題につきましては、やっぱり国と地方の財政状況等も踏まえて幅広い見地から議論を尽くしてい

1985-02-18 竹下登 予算委員会 衆議院

○竹下国務大臣 これは特に生活保護の問題は、今のような第一次臨調の際も、いわば額としては対象としないでおります。私は、今回の予算編成に当たりまして、生活保護の国庫負担率に関する論議というのは旧生活保護法制定、昭和二十一年であります。このことは先ほども不規則発言で出ておりましたので、私にこれを詳しく教えていただいたのは本委員会の委員、奥野誠亮先生であります。その昭和二十一年の当時からの経緯をつまびらかに私どもは勉強をさしていただきました。

1970-06-10 西宮弘 社会労働委員会 衆議院

○西宮委員 この融資の問題はまことに大事な問題です。もちろん局長の答弁をまつまでもなく、自己資金を造成するというのが第一であることは当然でありますが、融資なしにはやれない。そこでいま私がお聞きをしたいのは購買事業——いま局長が言われたようないろいろな事業に出しておられることは十分承知をしております。特に問題になるのは購買事業なんですよ。それで購買事業に対して、特に店舗をつくるとか、そういう点についてぜひ道を開いてもらいたいというのが、こ

1969-07-15 和田静夫 地方行政委員会 参議院

○和田静夫君 私は、両方ともかつて交渉の相手方でありましたからよく知っている方々ばかりですし、ある意味ではたいへん親しくしてもらいましたからあれですけれども、そうすると、この人たちを呼んでからの話になればなるのですがね、私がいままで昭和二十九年から定年制の問題に携わってきて、そうしてその過程で、三十年代、藤井さん、角田さんそれぞれ——藤井さんなんか新潟へ行かれるまでの過程でよく接触して定年制の論議をしました。一方、当時東京都知事の安井誠

1966-02-09 二宮文造 決算委員会 参議院

○二宮文造君 これは当初からかっこうの住宅地なんです。これは予定の線なんです。といいますのは、全日本観光株式会社は、当初は安井誠一郎氏やその他入っておりました。ところが、社長が代がわりしまして、そして、具体的に仕事を始めたのは、現在の社長のときから仕事を始めておるわけです。当初の埋め立て許可をとったその時点と、具体的に事業に着手した時点との会社の考え方は、もう変わっているわけです。というのは、その会社は、ここにバイパスが入るという路線を

1963-06-11 岩間正男 法務委員会 参議院

○岩間正男君 今度の選挙は、今度だけではありませんが、最近は公明選挙の名で腐敗堕落の選挙が行なわれている。私は当委員会でも三回にわたって青森県尾上の町長選挙にまつわる公明選挙の問題をただしたのであります。あのときにも警告しておいたが、昨年六億ほどの予備費を使って公明選挙ということを展開したが、公明選挙そのものが腐敗堕落を招く温床になっているような節がある。ここに現段階の日本の特徴があります。だから、そういような形で、もとを正すということ

1963-06-04 岩間正男 法務委員会 参議院

○岩間正男君 これは、私たちの調べた範囲内でも、相当事実があがっていますよ。福祉係長というようなことでやっているけれども、実際は閑職だ。同じ職場の人たちのうわさを聞きますというと、ほとんど仕事らしい仕事はしていなかった。飯田自身は、「安井氏には書生をしていたころから恩義がある」「自分は選挙運動に携わっている」ということを常に自慢話にしていて、故安井誠一郎氏の都知事選挙と衆議院選挙、安井謙氏の参議院選挙、あるいは東知事の選挙など、あらゆる

1963-06-04 岩間正男 法務委員会 参議院

○岩間正男君 これは、昭和二十三年、故安井誠一郎氏が第一回公選都知事として当選した直後と聞いておりますが、間違いございませんか。

1962-02-02 福田一 議院運営委員会 衆議院

○福田委員長 これより会議を開きます。  本日の本会議におきまして、故安井誠一郎君及び故大矢省三君に対し贈呈した弔詞につきまして議長から御報告があり、次いで弔詞を朗読されますが、その際は、前例により議員の方及び議場におられる方は御起立を願うことになっておりますから、御了承を願います。     —————————————

1962-02-02 原彪 本会議 衆議院

○原彪君 ただいま議長から御報告がありました通り、本院議員正三位勲一等安井誠一郎君は、去る一月十九日の未明、病をもって東京都立大久保病院において逝去されました。  私はここに諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、つつしんで哀悼の言葉を申し述べさせていただきます。(拍手)  安井君は、長らく東京都長官、東京都知事に在職せられ、私どもにとってもきわめてなじみ深い方でありました。ことに、私にとっては同郷の先輩であり、中学校、高等学校、大学

1962-02-02 清瀬一郎 本会議 衆議院

○議長(清瀬一郎君) 御報告いたすことがございます。  議員安井誠一郎君は、去る一月十九日逝去せられました。議員大矢省三君は、同日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。  安井誠一郎君に対する弔詞は、去る一月二十七日、大矢省三君に対する弔詞は、去る一月二十九日、議長においてそれぞれ贈呈いたしました。今これを朗読いたします。   〔総員起立〕    安井誠一郎君に対する弔詞  衆議院は議員正三位勲一等安井誠一

1962-01-31 福田一 議院運営委員会 衆議院

○福田委員長 次に、去る十九日、東京都第一区選出議員安井誠一郎君が、また同日、大阪府第一区選出議員大矢省三君が逝去されました。ここにつつしんで哀悼の意を表します。  つきましては、両君に対する弔詞は、去る二十三日の理事会の御承認を得、葬儀当日に議長からそれぞれ贈呈していただきましたから、御了承願います。     —————————————

1960-12-13 市川房枝 本会議 参議院

○市川房枝君 私は池田総理に対して幾つかの質問を申し上げたいと思います。  第一は、選挙中に池田総理が有権者に対してなさいました「私はうそを申しません」という公約について伺いたいと思います。池田総理は、選挙の終わりごろテレビのスポットで「私はうそは申しません」と言って頭をお下げになったですね。私はそれを見て非常にうれしく思いました。というわけは、二、三年前のことでありまするが、本院の同僚議員であります永野護氏が運輸大臣をしておられまし

1959-08-10 加瀬完 地方行政委員会 参議院

○加瀬完君 だから、あなた方自身、この事件の、特にその払い、戻し問題は、自転車振興会の独断によって金銭の支払いをしたという認定をしているじゃないですか。認定をしておるにもかかわらず、一体振興会そのものに対する処断と県に対する処断というものを比べたときに、振興会の方に一体どれだけ重点を置いて処罰をしておるか、軽いじゃないか、こういう点を聞きたいのです。それは、自転車競技法の臨時特例に関する法律の一部の改正に関する附帯決議というのがこの参議