田尻宗昭 に関する国会発言

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2010-10-26 齋藤健 環境委員会 衆議院

○齋藤(健)委員 自由民主党の齋藤健です。  まずは、松本大臣、御就任おめでとうございます。  十月十九日の本委員会での松本大臣のごあいさつを拝聴いたしまして、多くの点で共感の思いをいたしました。とりわけ、大臣としての取り組み姿勢をお話しになったところで、   私は、以前、地球は先祖から受け継いだものではなく未来の子供たちから預かっているものであるというアメリカ先住民の言葉を聞いたことがあります。私は、今の大人が子供たちのために何

2004-11-09 佐藤謙一郎 環境委員会 衆議院

○佐藤(謙)委員 環境と経済の統合、これは耳ざわりのいい言葉ですけれども、振れ過ぎたものを真ん中に戻そうというのは、私は統合という言葉ではないと思うんですね。もうちょっとニュートラルな、五分と五分の闘いの中で今まで闘ってきたことをやめようというのは、これは統合かもしれません。余りにも経済優先の、そういう社会の中で環境というものが今力を持とうとしている。その力を、しっかりと環境大臣が先頭に立って、統合という言葉を超えた何かを我々は見つけ出

2001-10-25 渕上貞雄 国土交通委員会 参議院

○渕上貞雄君 私は、ただいま議題となりました海上保安庁法の一部を改正する法律案につきまして、反対の立場から討論をいたします。  今回の改正案は、第一義的にはいわゆる不審船対策とされています。当時、社民党は、政府による自衛隊の海上警備行動発令を批判するとともに、領海の警備は海上保安庁の任務であり、今回のような事態に備えるために、海上保安庁による沿岸警備体制をさらに充実することを主張し、その後の高速船艇の配備等の対応については支援してきた

1989-06-21 粕谷照美 環境特別委員会 参議院

○粕谷照美君 その調査をされました調査の信頼性ということについて御質問いたします。  田尻宗昭さんという方が東京都公害研究所次長をしていた当時に、ビルの解体現場のアスベスト濃度を測定したところが、解体現場から五十メートル離れたところで基準の十六倍、中では六十四倍の石綿を測定したという報告があります。現在では除去対策が進んでこれよりも低い数値になっていると言われておりますけれども、撤去業者の中には規律を守らない業者もいて必ずしも信頼でき

1988-11-02 近江巳記夫 交通安全対策特別委員会 衆議院

○近江委員長 これより会議を開きます。  交通安全対策に関する件について調査を進めます。  本日は、海上交通の安全に関する問題について参考人から意見を聴取いたします。  御出席願っております参考人は、社団法人日本海難防止協会専務理事野呂隆君、元東京都水質保全部長田尻宗昭君、社団法人日本船主協会理事長山元伊佐久君、社団法人日本パイロット協会理事・横須賀水先人会副会長坂元比君、全国釣船業組合連合会専務理事田井幸通君、社団法人関東小型船

1988-07-28 中路雅弘 運輸委員会内閣委員会交通安全対策特別委員会安全保障特別委員会連合審査会 衆議院

○中路委員 海事専門の関係者でも、こういう衝突事故では五分間の初期行動が勝負だと言われているのですね、油の海水を飲んでしまうわけですし、あるいは体が弱る、おぼれる、そういう溺死を次々するわけですから。後の質問で取り上げますけれども、こうした初期において、通報も二十一分かかってからしか通報ができない、信号施設も持っていながらこれも使わない。子供や婦人を含んだ多数の民間人を犠牲にしたこうした事故について、私は心から糾弾をしたいと思うわけです

1987-08-21 金子みつ 環境委員会 衆議院

○金子(み)委員 いろいろ伺ってみますと、それは公害保健行政みたいな感じになりますね。そうなってきますと、本来なら公害保健行政とでも申しますか、公害の問題、医療の問題、保健の問題、養護の問題というようなことは環境庁と厚生省と両方のお役所の仕事のように考えられます。これはどういうふうに進めていったら両方の役所がうまくいけるのかどうかわかりませんが、そんな感じがいたします。ですから、自治体の場合でも保健所が公害福祉事業をするのが本来の役割で

1987-05-25 市川正一 商工委員会 参議院

○市川正一君 それにしても、その玄界灘の荒波の影響をもろに受ける外海に膨大な量の石油を備蓄するこの計画は、最初から無謀なものなんです。海上保安庁から東京都の公害研究所の次長になりまして、そして海の乱開発に警告をずっと行ってきておる田尻宗昭氏が、新聞紙上でこう述べております。「白島や上五島は、海の恐ろしさを知らない人が机上で立案して「世界初の海上CTS」だとかナンセンスなことを言う。」、またこうも言っております。「巡視船を門司の七管まで回

1986-04-24 田尻宗昭 建設委員会 参議院

○参考人(田尻宗昭君) 大体そのようだと思います。  もう一つつけ加えますと、今まではようやく船舶同士はかわしていたんですが、そこへ一つの航路障害物ができることによってその流れがどこかにやっぱり圧迫をされます。そこで心配するのは、大型船と小型船が同行、並行して走る場合に、吸引作用と言いまして小さい船の方がぐっと引きつけられるということがあります。ですから、そういう現象が起こらないような配慮をしなければいけない。恐らくそういうことは危険

1986-04-24 田尻宗昭 建設委員会 参議院

○参考人(田尻宗昭君) 同感でございます。ただ、一言申し上げるならば、そういう東京湾の海の安全対策の総合化、総合対策の確立ということは、言うべくして非常に私は難しいと思います。私は海洋人の一人として、残念ながら日本は海洋国家としては恥ずかしいほど海洋政策はおくれておると思います。  これはもう時間がありませんから一々申し上げませんけれども、私たちは現場でそれを痛感し続けてまいりました。その意味では、この東京湾の海上の総合安全対策を確立

1986-04-24 田尻宗昭 建設委員会 参議院

○参考人(田尻宗昭君) 東京湾というところは船舶の避難錨地としては、数を減らしてそしてそこに入ってくる船舶の大型船舶に一つの歯どめをかけるならば、東京湾は非常に静かなところでございます。したがって、錨地としては必ずしも悪いとは申しません。  しかしながら、非常に大事なことは、東京湾は南風が非常に強く吹くという特性を持っておりますから、船舶はともすればいかりだけで台風や暴風雨には頑張っているわけですけれども、そのいかりというのは現在必ず

1986-04-24 田尻宗昭 建設委員会 参議院

○参考人(田尻宗昭君) 私の感想としましては、ただいまの谷先生の御意見は、それはそれとして一般的には私は同感できる部分がございます。しかしながら、それには条件があると思うんです。例えば非常に制約されていないかなり余裕のある水面で航路障害物に逆に交通の流れを、例えば中央分離帯と言えば非常によくわかると思いますけれども、道路の中央分離帯のような役目をさせて、そうして北へ行く船と南へ行く船を右側通行させるというようなことはあり得ると思うんです

1986-04-24 田尻宗昭 建設委員会 参議院

○参考人(田尻宗昭君) 評価はしておりますけれども、根本的なことは変わっていない。つまり、東京湾の避難錨地が現在でも足りない、それを減少させるという点は変わっていないということを申し上げております。

1986-04-24 田尻宗昭 建設委員会 参議院

○参考人(田尻宗昭君) 大体承知しております。  しかしながら、四十九年の報告書は、一部修正はされたものの基本的には非常に正しいと思っております。なぜかなれば、それぞれに使われたデータは建設局の報告書が独自に打ち出したものではなくて、その前から日本海難防止協会がつくったようなデータ、例えば船が走錨して乗り上げることを防ぐためには、いかりを入れる場所はそういうような湾岸や橋から二マイル、つまり三・六キロ離しなさいというようなデータ、ある

1986-04-24 田尻宗昭 建設委員会 参議院

○参考人(田尻宗昭君) 私は、基本的には、もうこれ以上東京湾の水面を減少させるような計画には原則的には賛成できません。しかしながら、比重が全然違います。といいますのは、東京湾の中で、さっき谷先生もおっしゃいましたけれども、川崎、横浜の沖合が最も過密でございます。これはもう圧倒的にあそこに集中している。なぜかなれば、川崎港は日本でも恐らく最高に油の受け入れの多いところでございます。横浜港は日本で神戸と並んで最も国際的にも大きな港、つまり京

1986-04-24 田尻宗昭 建設委員会 参議院

○参考人(田尻宗昭君) 東京湾の危険の状況についてまずお尋ねですが、例えば日本海難防止協会という大変権威のある海の専門機関がございます。ここの報告書の中に、浦賀水道は幅が七百メーターである、しかしながら年々タンカーが大型化してきまして、その七百メーターの幅に現在のタンカーの操船能力は超えていると。  例えば二十万トンタンカーでは、かじをいっぱい切りましても一千メーターの旋回幅が要ります。例えば、ラッシュ時には前後にもう船がひしめいて走

1986-04-24 田尻宗昭 建設委員会 参議院

○参考人(田尻宗昭君) 海上保安庁二十二年間の経験をもとにいたしまして、若干の御説明をさせていただきます。  東京湾の現状は、御存じのとおり京葉、京浜二大コンビナートが立地いたしまして、日本の工業出荷額の約三割、日本の原油輸入量の四割という大きなシェアを示しております。当然のことながら、こういうような工業地帯に入ってくる船が大変過密になってまいりました。我が国最高の過密と言っても過言ではないと思います。例えば昭和五十七年、浦賀水道の出

1986-04-24 小山一平 建設委員会 参議院

○委員長(小山一平君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。  東京湾横断道路の建設に関する特別措置法案の審査のため、本日、参考人として財団法人高速道路調査会常務理事武田文夫君、神奈川労災職業病センター所長田尻宗昭君、東京湾横断道路海上交通安全調査委員会委員長谷初蔵君及び元木更津市金田地区区長連合会会長桐谷新三君の出席を求めて、その意見を聴取することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1985-03-14 上田耕一郎 予算委員会 参議院

○上田耕一郎君 さて次に、これはやっぱり建設省のこの「民間活力の活用について」の中に「東京湾横断道路」、これがあるわけです。「第九次道路五箇年計画期間内(六十二年度まで)に調査を完了し、建設に着手する方針」だと、こうなっているんですね。あと二年で調査完了して建設するというのが建設省の方針なんです。その前提となるのには「船舶航行の安全確保、環境の保全、地元のコンセンサス等残された課題の解決を図る。」と書いてあるんですけれども、この航行安全

1985-03-08 山原健二郎 予算委員会第一分科会 衆議院

○山原分科員 この地域、また尻尾崎沖はよく気象の激変のあるところだと言われております。港外への避難の必要も出てくるわけですね。風が強くうねりが高い、そういうときたまり場のない、今おっしゃったのは岸壁にくっつけているわけですからね、従来計画であればたまり場があるわけですけれども、今度は東側にくっつけるということでしょう。たまり場のないタグボートがこういう風雨あるいはうねりが高いときに思うような働きができるかという点も問題になると思います。