野田武夫 に関する国会発言
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○内閣総理大臣(中曽根康弘君) 田川議員の御質問にお答えを申し上げます。 まず、松村謙三先生との関係について御質問がございまたが、松村先生は、私が最も尊敬している政治家でございます。松村先生は高橋達之助先生とともに、日中関係の打開に生涯を使われた方でございます。 その前は高崎先生がおられ、それから松村先生が引き継いだのでございますが、私は、高崎先生のころから先生に非常にかわいがられ、また松村先生からも引き続いてかわいがられた一人
○岩佐委員 これまでの法案では、たとえば前回昭和四十四年度提出の法案の審議に当たっては、当時の野田武夫自治大臣は、地方公共団体は、この改正法の施行を契機として、すべて当然に定年制に関する条例を設けなければならないものではなく、あくまでも当該団体における人事管理の実情から見て、定年制を必要と認める場合において、条例で定年制を設けることができるとしたものでありますと答弁をされております。また当時の長野士郎行政局長も、定年制を施行、そういう必
○池田(克)委員 「オリンピック五輪模様などの乱用防止策について総理府長官の通達」というのが昭和三十九年の四月二日に出ておりますね。オリンピックという名前は明らかに国際オリンピック委員会の独占物である。「その使用は、オリンピック競技大会に関係ある活動に限定され、とくにいかなる種類を問わず、商業目的に使用されることは厳禁されているものである。」こういうふうに当時の野田武夫総務長官が通達を出しているんですね。またそれを受けて文部事務次官内藤
○大出委員 冒頭に正示委員長に承っておきたいのですが、珍しいことですけれども、給与法を抱えて寝てしまおうなんて話が出てきましたり、参議院の方で防衛二法が通らないと困るから、それまで参議院に給与法を送らぬでおこうじゃないかなどということが耳に入ってくるものですから、それならついでだから審議でもとめて二日ばかりここへ座っていようかという気にもなるのです。私に前科があるそうで、地方公務員の定年制法案、私トップバッターで地方行政でやり合って、野
○中曽根証人 そのことは、たしか四十七年の二月ごろだったと思いますが、野田武夫先生から、萩原さんが応援したい、あるいはおまえとよりを戻したいというような話がありまして、一回萩原邸へ行ってみないかという話がありました。私は、先輩の野田先生のおっしゃることですから、では一緒に伺いましょう——例の四十三年の佐藤三選のときに私らは拒絶して以来、萩原さん、永田さんとは、資金援助も絶たれたし、そのままになっておったわけです。しかし、先輩の野田先生が
○塩出啓典君 まあ私たちも、こういうような事件が起こるということは、やはり一田中角榮氏だけが悪いというものではない、こういうまあ現在の政治機構、そういうものは、大きな目で見れば自民党だけではない、われわれにもやはり政治家の一人として、その責任はあると思いますし、われわれ決してだれが悪い、彼が悪いという、そういう個人攻撃をすることが一番いいということを考えているわけではないわけでありますが、実はこの自民党の総裁選挙の問題につきまして、これ
○稻葉国務大臣 おしまいの方からやりましょう、二番目の方から。 児玉、中曽根の関係について、私は立ち会っているから、昭和四十三年だと思うが、佐藤さんの三選のときに萩原吉太郎さんとそれから永田雅一さん、児玉ば出ていなかったけれども。そしてこっちの方は中村梅吉さんとか私とか中曽根さん、それから櫻内さん、大石さん、山中貞則さん、野田武夫さん、それはぴしっと記憶はきわめて定かなんです。それで財界の人から佐藤三選に中曽根派をまとめてくれぬかと
○大出委員 大臣は、いま地方公務員法二十四条をおとりになりましたが、ここで「職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定められなければならない。」これが原則なんですね。「その他の事情を考慮して」「生計並びに」という。だから生計費が実際どうなっているかというところから調査をして考慮する。その考慮の枠というのがどこまでが考慮なんだ、それは一〇%なのか、二〇%なのか、三〇%なのか、
○大出委員 大体与える影響も考えずに、人事院が不用意にこういう出し方をするというのは迷惑ですよ。前に地方公務員に対する定年制法案を出したことは御存じでしょう。私は、地方行政委員会に頼まれて、トップバッターを引き受けて、二日間この委員会をストップさして、野田武夫さんがその当時の自治大臣で、岡山県知事か広島県知事か何かになった例の長野さんが行政局長で答弁できやしない。私は、二日間質問席に座っていて、とうとうこれはつぶれてしまったという経過が
○大出委員 法律上書いてなければないのです。それはあたりまえじゃないですか。あなた方はずるいから、かつて地方公務員法ができたときに、六大都市に定年制条例があった、ところが地方公務員は法律によらなければ首切れないんだから、鈴木俊一さんあてに私は官公労事務局長のときに文書を出した、公務員法や地方公務員法違反じゃないかと言って。そうしたら騒ぎになって、あわててあなた方は六大都市の定年制条例をみんな取り崩した。私に書いてよこしましたよ。だから、
○大出分科員 私の方は非常に慎重でございまして——横浜市の方々に出てこいと言う、三人お伺いしましたよ。おたくの方の出席者も全部ここにございます。やりとりも全部これは速記的にメモをとっておる。全部わかっている。厳重注意もヘチマもない。 あなたはラスパイレスを後から申し上げるとおっしゃったが、そんなことは、私も給与を十二年もやっているので、官公労事務局長から勘定すれば昭和二十四年からやっているのです。人事院ができる前からやっているのだか
○細谷委員 いまの答弁で、自治省のいわゆる交付税についての基本的な方針、態度は変わっていないということであります。 それではお尋ねいたしますけれども、四十四年の一月六日に、当時の大蔵大臣と、なくなりました当時の自治大臣野田武夫さんとの間に覚え書きがあります。その覚え書きの第一項に「当分の間、相互に、地方交付税の率の変更を求めることはしないこととするとともに、」と書いてあります。大臣にお尋ねしたいのでありますが、覚え書きは四十四年であ
○田澤委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 弔詞につきましては、お手元に配付いたしてあります特別弔詞を、去る九日の理事会の御了承を得まして、葬儀当日、議長から贈呈していただきましたので、御了承願います。 ————————————— 衆議院は多年憲政のために尽力しさきに外務委員長石炭対策特別委員長の要職につきまた国務大臣の重任にあたられた議員正三位勲一等野田武夫君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をさ
○田澤委員長 これより会議を開きます。 まず、議員野田武夫君逝去の件についてでありますが、去る七日、熊本県第一区選出議員野田武夫君が逝去されました。 ここにつつしんで哀悼の意を表します。 野田君に対する追悼演説は、本日の本会議において行なうこととし、演説者は、日本社会党の川村継義君にお願いいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○櫻内委員長 これより会議を開きます。 この際、つつしんで御報告申し上げます。 多年にわたり、当委員会の委員あるいは理事として委員会審査のために御尽力せられ、またその間二度にわたり外務委員長として御活躍なさいました委員野田武夫君が去る七日逝去されました。まことに痛恨のきわみであります。 ここに哀悼の意を表し、御冥福をお祈りするために黙祷をささげたいと存じます。御起立をお願いいたします。 〔総員起立、黙祷〕
○川村継義君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員野田武夫君は、去る六月七日逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。 先生は、五月半ば、からだの不調を感じて入院されましたが、病は以外にも重く、治療に専念するのやむなきに至りました。 その後、病状は日を追って快方に向かい、なくなられた当日にも、「もうだいじょうぶだよ」と、お顔に笑みさえ浮かべておられたとのことですが、無情にも病状が急変し、ついに永遠の眠りにつかれ
○議長(船田中君) 御報告いたすことがあります。 議員野田武夫君は、去る七日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。 同君に対する弔詞は、議長において去る十二日贈呈いたしました。これを朗読いたします。 〔総員起立〕 衆議院は多年憲法のために尽力しさきに外務委員長石炭対策特別委員長の要職につきまた国務大臣の前任にあたられた議員正三位勲一等野田武夫君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげます ————
○国務大臣(野田武夫君) ただいまの附帯決議につきましては、御趣旨に沿って善処いたします。
○国務大臣(野田武夫君) ただいま議題となりました昭和四十二年度及び昭和四十三年度における地方公務員等共済組合法の規定による年金の額の改定等に関する法律等の一部を改正する法律案について、その提案理由とその概要を御説明申し上げます。 政府は、恩給の年額を増額するため、恩給法等の一部を改正する法律案を今国会に提出し、御審議を願っておりますが、これに伴い地方公務員の退職年金制度についても、恩給法等の改正内容に準じて所要の措置を講ずるととも
○国務大臣(野田武夫君) ただいまの附帯決議につきましては、その趣旨を尊重し、明年度までに検討を尽くしてまいりたいと存じます。