高木文雄 に関する国会発言
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○野中委員 言わないことを新聞が書いたのかどうか知りませんけれども、伊藤運輸大臣も、何か質問がないと言ってこの間廊下で不足を言っておられましたから、成田空港の感想やら、レプチエンコ問題にも名前が出ましたから政治倫理でお伺いしたいと思いましたが、残念ながら時間がありません。 私は、先般のこの質問におきまして、みずからの政治生命と命をかけて質問をするという言い方で、部落解放同盟に対する税のあり方について質問をいたしました。国税庁は見事に
○北川(昌)委員 先ほども出ましたけれども、いわゆる直接所得補償ということについて、お考えをお聞きしたいと思うのですけれども、経営改善資金それから安定資金、低利融資がされますね。しかし、耕地面積が狭いのです。山村に行きますと段々畑で、昔の三畝とか五畝とかいうのが集約されて何段になっているわけで、そういう面では生産性も非常に低い。よっぽど付加価値の高いものが植えられれば別ですけれども、そう簡単にはいかないわけであります。そうなりますと、今
○西岡瑠璃子君 きのうの毎日新聞の夕刊を拝見いたしますと、もとの国鉄総裁の高木文雄さんが痛烈な言葉を言われております。森林、山が年々荒廃をしていく。原因はいろいろあると思うけれども、農政と林政の基本が全くなっていないところに最大の原因がある。森林はもはや見放されている。最大の問題は山に人がいなくなっていくということで、全く困ったことだ。そして、農水省にお金がないわけではない、このようにおっしゃっています。 私は今の長官のお話を伺って
○工藤(晃)委員 この問題はやればまだまだ切りがありません。 それで、私は残された時間がまだありますから、せっかく皆さんに配った資料もあることなので、引当金、準備金の問題について一、二聞いておきたいと思います。 以前「エコノミスト」の「戦後産業史への証言」で、元主税局長の三人、泉美之松氏、吉國二郎氏、高木文雄氏が、なぜ戦後あんな特別償却とか引当金とか準備金とかできたかといういきさつを語っておられ、大変興味深い内容ですが、そこで高
○小川(国)委員 成田空港駅分が百二十三億円ですね。それから、成田空港から八キロまでのところで約六十億の用地買収をしているわけです。しかもこの鉄道は――では少なくもこの工事にかかるのには、例えば今千葉の北総鉄道というのがございますが、用地買収のされないところはともかくとして、されたところの駅なら駅をつないでその間の住民の利便に供せられる、一時間の距離があれば三十分のところは鉄道を動かせるからそこは工事をやるということはわかるわけなのです
○早川委員 大臣がいなくなってから言うのはおかしいのですけれども、つまりフローの問題とストックから上がる収益が、こういう家計調査報告を見ても、ストックからの収入は入らないのですね。例えば金融資産から実収入を含めてこういう統計にあらわすということがされてない。ところが、一方のいろいろな、間接税、所得平準化だとか日本は世界一豊かになったという宣伝物を見ると、これだけ金融資産を持っているよとかお金持ちはこれだけいるよ。じゃ、そこから生まれる果
○工藤(晃)委員 もう少し説明したいと思うのですが、このみなとみらいの中心的な部分というのは三菱重工の造船所の移転跡ですね。それで移転跡地というのが三十一ヘクタールあったのですが、三ヘクタール残して二十八ヘクタールを売ったわけです。売った相手は横浜市、住都公団、三菱地所ということですが、これは一平米大体二十四万から二十五万ぐらいで売っておりますから、六百八十億円という収入があった。一方、本牧、金沢の市が埋め立てたところ、合わせまして五十
○塩出啓典君 きょうは時間もございませんので、一つだけお願いをしておきたいことは、税金が大変重い、相続税のために山を切らなくちゃいかぬ、結局、木材の価格は低いからどんどんたくさんの面積を切らなくちゃいかぬ。こういうようなことで税制というものが林業経営にも大きな圧力になっておるという、こういうことが最近問題になっております。 六十年度の税制改正においては相続税の延納期間を五年延長して二十年にするとか、こういうような一部の前進は見られて
○上田耕一郎君 僕はこの連載の七、三月十九日号を読んであらっと思ったんですが、「林業税制の改正に向けて、著名な大蔵省OBが、活発に動いている。高木文雄・元国鉄総裁」、元大蔵次官、主税局長高木文雄さんが財団法人森とむらの会を主宰されている。副会長は国土庁次官だった下河辺淳総合研究開発機構、NIRAの理事長だというんですね。それでつまり、元大蔵次官と元国土庁の次官のお二人が会長、副会長になって、罪滅ぼしの意味もあるんだそうですよ、罪滅ぼしの
○説明員(高木文雄君) 東北・上越新幹線は計画の当初から起点を東京駅と考えております。それで、東京駅と大宮との間には当初の計画では駅をつくる予定がなかったわけでございますけれども、そのことが上野ないしその周辺の、長年の間東北、上越からのお客様の受け入れ地として発展をしてきた上野周辺の何といいますか衰亡につながるということで、新幹線を東京と大宮とをつなぐに当たって、上野に駅ができないのであれば通さないということになってまいりました。そこで
○説明員(高木文雄君) 私は、現在法律もあることでございますし、いわゆる整備五線が建設されますことにつきましては反対はいたしておらないわけでございます。ただ、建設をされるときに、いわゆる財投方式といいますか、建設費の全部を借入金で賄うということでは、今後予定されております各線ともお客さんの見込みからいいましてその投資のための金利を払ってなおかつ採算がとれるような状態ではないと見るべきだと思いますので、そういう意味で、大変ある意味では身勝
○説明員(高木文雄君) 担当常務が御説明申し上げましたように、私どもまことに歯がゆい思いでおるわけでございまして、御激励を賜りまして、その方向で取り組んでまいりたいと存じます。
○説明員(高木文雄君) いまのとおりであるとすればちょっと適切を欠く説明の仕方ではないかというふうに考えます。私どもは、能率のいい貨物に切りかえたいというふうに考えておるわけでございまして、むしろ何とかしてもっと御利用がふえるような、お客様に御利用いただけるような輸送にかえていきたいという気持ちでございまして、私ども職員の説明、いまのとおりであるとすれば考え方に問題が少しあるなというふうに感じます。
○説明員(高木文雄君) 札沼線の問題は先生多分よく御存じと思いますが、長い歴史があるわけでございまして、前回、鉄道をやめましてバスにかえましてからずいぶんと時間の経過がございます。それで、当時はかなりのお客さんがありましたからそれに相応した本数のバスが走っておったわけでございますが、その後全くお客さんがなくなってしまったという状況でございます。 御利用があれば、それはそのとおりですということで鉄道のかわりにバスを走らすということでご
○説明員(高木文雄君) 同時に、ぜひ民営並みにひとつ助けていただきたい。民営と違う扱いをしておいてやめるなと言われても困るわけでございまして、いまの、いつまでにどうするかという問題は、そういう全体の政策との進みによってはもちろん考え直すこともありますけれども、いまのままではどうにもならぬというふうに、追い詰められた気持ちでおるわけでございます。
○説明員(高木文雄君) いまのような疑問をお持ちになるのはまことにごもっともだと思います。実はバスにつきましては、運輸省あるいは政府の御方針で、五人未満のところはもうどうにも手の出しようがないということでやめていくという御方針をお立てになってきたわけでございますけれども、そうもなかなかいかないということで、実は私の方は民営バスと違いまして、民営バスは大分廃止が進行したようでございますけれども、私の方はまあまあ長年の関係者の方々との御縁も
○説明員(高木文雄君) まず第一の、職員の仕事の縮小と職員の身分の関係でございますが、たまたまめぐり合わせと申しますか、来年の春あるいは再来年の春やめる年回りになる職員が非常に大ぜいおります。したがって、いま三坂常務から申し上げましたような大変大規模な要員削減を計画はいたしておりますけれども、それを実行いたしましてもいまおっしゃる、生首という言葉をお使いでございましたが、生首に及ぶということはまずあり得ないと考えておりまして、その点はこ
○説明員(高木文雄君) 何回か監理委員会に私どもの物の考え方を御説明する機会が与えられておりますが、そういう機会のたびごとに、私から監理委員会に対して、青函トンネルの建設費の負担問題について緊急に結論を出していただきたい、ひとつ勧告の中で、いろいろ問題がありますけれどもその中の一つとして取り上げていただきたいということは繰り返しお願いをいたしております。 私どもとしましては、過去債務の問題あるいは年金による異常負担の問題といったよう
○説明員(高木文雄君) 今回かなり思い切ったことに踏み切りました理由は、確かに赤字ということ、これを解決しなければならないということに一つの踏み切りをする契機があったわけでございますが、さて、では赤字を解消するにはどうしたらいいか、貨物についての赤字を解消するのにどうしたらいいかということを考えますと、やはり何としてもコストを減らさなきゃいかぬ。コストを減らすといった場合に、どこにコストがかかっているか、やはりヤードに大変コストがかかっ
○説明員(高木文雄君) 今回のダイヤ改正の考え方は、約百年続けてまいりました、各ヤードにおいて車両を切り離しまた連結をするという作業の繰り返しを通じて全国どこからでもどこへでも送れるというシステムでありましたものを、一口に申しますと直行型の輸送体系に切りかえようというものでございます。 なぜそういう考え方をとるかと申しますと、貨物輸送が単にシェアだけでなくて絶対量においても減るようになってまいりましたのは四十五、六年からでございます