本会議
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会
会議録情報#0
昭和四十七年六月十六日(金曜日)
—————————————
議事日程 第三十四号
昭和四十七年六月十六日
午前十時開議
第一 学校教育法等の一部を改正する法律案
(文教委員長提出)
—————————————
○本日の会議に付した案件
川村継義君の故議員野田武夫君に対する追悼演
説
裁判官訴追委員の選挙
公正取引委員会委員任命につき同意を求めるの
件
公害等調整委員会委員長及び同委員任命につき
同意を求めるの件
公安審査委員会委員任命につき同意を求めるの
件
日本放送協会経営委員会委員任命につき同意を
求めるの件
土地鑑定委員会委員任命につき同意を求めるの
件
日程第一 学校教育法等の一部を改正する法律
案(文教委員長提出)
食品衛生法の一部を改正する法律案(内閣提
出、参議院送付)
飛鳥地方における歴史的風土及び文化財の保存
等に必要な資金に充てるための寄付金つき郵
便葉書等の発行の特例に関する法律案(加藤
常太郎君外十五名提出)
宅地建物取引業法の一部を改正する法律案(建
設委員長提出)
自然環境保全法案(内閣提出)
ボリ塩化ビフェニール汚染対策に関する決議案
(田中武夫君外十六名提出)
消防法等の一部を改正する法律案(内閣提出、
参議院送付)
元満州農産検査所職員に対する恩給法等適用
に関する請願外千四百八十三請願
十六常任委員会中懲罰委員会を除く内閣委員会
外十四常任委員会並びに災害対策特別委員会
外七特別委員会において、各委員会から申出
のあった案件について閉会中審査するの件
(議長発議)
午後二時四分開議
この発言だけを見る →—————————————
議事日程 第三十四号
昭和四十七年六月十六日
午前十時開議
第一 学校教育法等の一部を改正する法律案
(文教委員長提出)
—————————————
○本日の会議に付した案件
川村継義君の故議員野田武夫君に対する追悼演
説
裁判官訴追委員の選挙
公正取引委員会委員任命につき同意を求めるの
件
公害等調整委員会委員長及び同委員任命につき
同意を求めるの件
公安審査委員会委員任命につき同意を求めるの
件
日本放送協会経営委員会委員任命につき同意を
求めるの件
土地鑑定委員会委員任命につき同意を求めるの
件
日程第一 学校教育法等の一部を改正する法律
案(文教委員長提出)
食品衛生法の一部を改正する法律案(内閣提
出、参議院送付)
飛鳥地方における歴史的風土及び文化財の保存
等に必要な資金に充てるための寄付金つき郵
便葉書等の発行の特例に関する法律案(加藤
常太郎君外十五名提出)
宅地建物取引業法の一部を改正する法律案(建
設委員長提出)
自然環境保全法案(内閣提出)
ボリ塩化ビフェニール汚染対策に関する決議案
(田中武夫君外十六名提出)
消防法等の一部を改正する法律案(内閣提出、
参議院送付)
元満州農産検査所職員に対する恩給法等適用
に関する請願外千四百八十三請願
十六常任委員会中懲罰委員会を除く内閣委員会
外十四常任委員会並びに災害対策特別委員会
外七特別委員会において、各委員会から申出
のあった案件について閉会中審査するの件
(議長発議)
午後二時四分開議
船
船
船田中#2
○議長(船田中君) 御報告いたすことがあります。
議員野田武夫君は、去る七日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。
同君に対する弔詞は、議長において去る十二日贈呈いたしました。これを朗読いたします。
〔総員起立〕
衆議院は多年憲法のために尽力しさきに外務委員長石炭対策特別委員長の要職につきまた国務大臣の前任にあたられた議員正三位勲一等野田武夫君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげます
—————————————
故議員野田武夫君に対する追悼演説
この発言だけを見る →議員野田武夫君は、去る七日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。
同君に対する弔詞は、議長において去る十二日贈呈いたしました。これを朗読いたします。
〔総員起立〕
衆議院は多年憲法のために尽力しさきに外務委員長石炭対策特別委員長の要職につきまた国務大臣の前任にあたられた議員正三位勲一等野田武夫君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげます
—————————————
故議員野田武夫君に対する追悼演説
船
川
川村継義#4
○川村継義君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員野田武夫君は、去る六月七日逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。
先生は、五月半ば、からだの不調を感じて入院されましたが、病は以外にも重く、治療に専念するのやむなきに至りました。
その後、病状は日を追って快方に向かい、なくなられた当日にも、「もうだいじょうぶだよ」と、お顔に笑みさえ浮かべておられたとのことですが、無情にも病状が急変し、ついに永遠の眠りにつかれたのでありまして、先生の訃報に接した私は、大きな衝撃と深い悲しみに心を打たれたのであります。
私は、ここに諸君の御同意を得まして、議員一同を代表し、つつしんで哀悼のことばを申し述べたいと存じます。拍手
野田先生は、明治二十八年二月、熊本県飽託郡天明町にお生まれになり、長じて名門熊本中学を経て早稲田大学法学部に進まれました。在学中、雄弁会、新聞学会あるいはアジア学会等学内活動を通じて直接大隈侯の高邁な理想と気概に触れ、若い血を燃やさずにはいなかったのであります。とりわけ、新聞学会発会の際、老侯が、「新聞記者は社会の木鐸である。ベンは剣より強し。正義と信念を一堅持して民族の指導者たる自党をもって戦え」と、烈々たる反骨精神を吐露して学生を激励されました。この言に先生は強烈な感銘を受け、そのときすでに新聞記者たらんとする決意を固め、対照十二年、大学卒業とともに、朝日新聞社に入社されました。政治部記者として先生は、持ち前の闘志と俊敏さをもって手腕をふるわれ、気鋭の記者としてつとに名をはせましたが、他面、常に紳士的態度を堅持し、内外の信を集められました。
昭和九年、後の立憲民政党総裁町田忠治氏が商工大臣に就任された際、先生は懇願されてその秘書官となりました。これが、先生が政界に入る契機となったのであります。
昭和十一年二月、第十九回衆議院議員総選挙が行なわれるや、当時、「腕の喜三郎」とうたわれた立憲政友会総裁鈴木喜三郎氏の選挙区である神奈川県第二区をあえて選んで立候補されました。選挙民にとって先生は全く未知の存在であり、敗戦を覚悟の上で選挙戦に臨みましたが、言論一筋に訴えるその至情は、選挙民の心をしっかりととらえるところとなり、みごと初当選の栄誉を獲得され、拍手ここに青年代議士野田武夫君がはなばなしく登場したのであります。しかしながら、その直後二・二六事件が起こり、以来わが国はかつて見ない変転と多くの困難にあい、議会政治もまたきびしい試練を経てまいりました。
このような困難な情勢の中で、先生は予算委員会理事、総合計画局参与、商工省参与となるなど、議員としての職責をよく果たしてこられました。
わが国に平和が回復するや、先生は大いに志を伸ばそうとされましたが、そのやさき不運にも公職追放の指令を受けて、雌伏を余儀なくされました。しかし、この間にあっても、憂国の至情いよいよ厚く、わが国の過去を顧み、現状を探り、他日を期しておられたのであります。
この長い苦難の時期を経て、昭和三十年には再び本院に復帰されましたが、かねて郷土熊本に対する愛着の人一倍強かった先生は、郷党の熱心なすすめもあって、昭和三十八年の第三十回総選挙からは選挙区を熊本県第一区に移して当選し、今日に及んでおります。
野田先生は、長い風雪に耐え抜いた真の政党政治家であり、気骨の政治家として独自の地歩を築かれ、国政の進展に大きな足跡を残されました。
本院においては、予算、外務、商工等各委員会において活躍され、特に、昭和三十二年及び三十七年には外務委員長にあげられ、また、昭和四十一年には石炭対策特別委員長に就任されましたが、委員長として、党派を越えて公正な立場を堅持し、各党の意見を十分に聞き入れ、円満にして充実した審議に心を砕き、よくその重責を果たされたのでありまして、名委員長としてその名を臨めたことは周知のことであります。拍手
昭和三十八年には、第二次池田内閣の総理府総務長官に任命され、引き続き第三次池田内閣にも再任されました。この間、各省庁間における諸問題の調整に当たるとともに、特にオリンピック東京大会の準備に努力され、アジアにおける最初のオリンピックを成功させる上に大きな役割りを果たされました。また、昭和四十三年には、第二次佐藤内閣の自治大臣、北海道開発庁長官として入閣し、その才幹を遺憾なく発揮されました。
自由民主党においても、総務、代議士会長あるいは外交調査会副会長となり、党の運営、政策の立案に大きな尽力をいたされました。
特に、野田先生は、中国問題については党内におけるかけがえのない権威者でありました。昭和三十年、超党派からなる中国訪問議員団として訪中し、毛沢東主席、周恩来総理と会談をして、戦犯釈放、遺骨の送還など諸問題の解決に当たられ、また、昭和三十七年にも、高碕達之助氏を団長とする経済使節団として北京を訪れ、いわゆるLT貿易の開始あるいは新聞記者交換の実現に果たされた役割りも特記すべきところであります。拍手
そして、昨年七月には、党内に設置された中国問題調査会会長の重職につかれ、わが国の重要な政治課題となった日中国交回復のために日夜奮闘し、十月には日中国交正常化決議の野田試案を提示し、党内の意見調整に当たるなど、文字どおり生命をかけて尽瘁してこられました。
さきに、北京においてあの歴史的な米中首脳会談が行なわれた面後の二月二十九日、野田先生は、本議場において、自由民主党を代表して質問演説を行ないました。その中で、米中共同声明を高く評価するとともに、日中国交正常化に積極的に取り組むべきことを説き、アジアの平和、ひいては世界の平和のためにぜひともこれが実現を期さなければならないことを、条理を尽くして堂々と述べられましたが、思えば、これが野田代議士の長い政治生活の最後を飾る演説となったのであります。
先生が、柔軟な対中姿勢を基調として、ただに党内のみならず、広く国民的合意を得るために献身的な努力を傾注されたことは、高く評価され、いつまでも語り継がれていくものと信ずるのであります。拍手
かくて、野田先生は、本院議員に当選すること前後八回、在職二十二年二カ月の長きに及び、その間、国政に尽くされた功績はまことに偉大なものがあります。
思うに、野田先生は体躯こそ小柄でありましたが、豪放らいらくにして、まさに古武士の風格を備えたきっすいの政党政治家でありました。
先生は、小学生時代病弱であったため、御両親は中学への進学を断念させようとされたのでありますが、ついに君のたっての懇願をいれざるを得なくなりました。しかしながら、その君が在学中の五カ年を無欠席で卒業されたのであります。
「天地自から拓く」、これを先生が座右の銘としておられたのは、精神力の偉大さ、とうとさを当時身をもって学び取られたからでありましょう。拍手
政治家として、難問に直面するたびに、先生は、「人間は当たって砕けろだよ」と言いながら、敢然として事に当たり、全力を傾注してこれが実現をはかってこられました。しかも、事がなるや、それをみずからの功とせず、謙虚にして、いささかもおごることがなかったのでありまして、これこそ政治家の範とすべきものと信じます。拍手
しかし、他面、先生はこまやかな愛情とあたたかい包容力を持った方でありました。子供を集めて柔道大会を開いたり、また野球チームをつくって総監督となるなど、ときに童心に帰り、あるいはまた、好んで若者と談論されていたのでありまして、みずからを「元祖ヤングパワー」と称して、いつまでも衰えぬ若さを誇っておられたのも、この生活実感が言わせたものといえましょう。常に新鮮な感覚と若々しい実行力を持ち続けた野田先生が、永遠の青年政治家と評されたのも、けだし当然のことであります。
「中国問題を解決しないで死ねるか」、これは、いままさに生命のともしびの消えようとするその瞬間まで執念を燃やし続けておられた政治家野田武夫先生の悲願でありました。
「日中問題で言いたいことがあるんだ。のどまで出ているんだが出てこない。どうしても出てこない。」これは、病のため意のままにことばにあらわすことができなかった先生が、のどをもどかしそうに押えながらの最後のことばでありました。私は、野田先生の政治家としてのきびしさをあらためて思い知らされ、その胸中を察し、痛恨やる方ないものを覚えずにはおられません。七十七歳にしてその生涯を静かに閉じていかれた野田武夫先生の最後こそ、真に政治家らしい政治家の終えんであったと申せましょう。
われわれ国会議員は、先生の十分に果たし得なかった志を継いで、必ずや国家国民のために全力を尽くすことをお誓いしたいと存じます。拍手
わが国内外の情勢が重大な時期に直面しているこのときにあたり、余人をもってかえることのできない野田武夫先生をいまにわかに失いましたことは、国原国民のため、はかり知れない大きな損失であり、まことに惜しみても余りあるものがあります。拍手
ここに、野田君の生前の功績をたたえ、その人となりをしのび、心から御冥福をお祈りして、追悼のことばといたします。拍手
————◇—————
裁判官訴追委員の選挙
この発言だけを見る →先生は、五月半ば、からだの不調を感じて入院されましたが、病は以外にも重く、治療に専念するのやむなきに至りました。
その後、病状は日を追って快方に向かい、なくなられた当日にも、「もうだいじょうぶだよ」と、お顔に笑みさえ浮かべておられたとのことですが、無情にも病状が急変し、ついに永遠の眠りにつかれたのでありまして、先生の訃報に接した私は、大きな衝撃と深い悲しみに心を打たれたのであります。
私は、ここに諸君の御同意を得まして、議員一同を代表し、つつしんで哀悼のことばを申し述べたいと存じます。拍手
野田先生は、明治二十八年二月、熊本県飽託郡天明町にお生まれになり、長じて名門熊本中学を経て早稲田大学法学部に進まれました。在学中、雄弁会、新聞学会あるいはアジア学会等学内活動を通じて直接大隈侯の高邁な理想と気概に触れ、若い血を燃やさずにはいなかったのであります。とりわけ、新聞学会発会の際、老侯が、「新聞記者は社会の木鐸である。ベンは剣より強し。正義と信念を一堅持して民族の指導者たる自党をもって戦え」と、烈々たる反骨精神を吐露して学生を激励されました。この言に先生は強烈な感銘を受け、そのときすでに新聞記者たらんとする決意を固め、対照十二年、大学卒業とともに、朝日新聞社に入社されました。政治部記者として先生は、持ち前の闘志と俊敏さをもって手腕をふるわれ、気鋭の記者としてつとに名をはせましたが、他面、常に紳士的態度を堅持し、内外の信を集められました。
昭和九年、後の立憲民政党総裁町田忠治氏が商工大臣に就任された際、先生は懇願されてその秘書官となりました。これが、先生が政界に入る契機となったのであります。
昭和十一年二月、第十九回衆議院議員総選挙が行なわれるや、当時、「腕の喜三郎」とうたわれた立憲政友会総裁鈴木喜三郎氏の選挙区である神奈川県第二区をあえて選んで立候補されました。選挙民にとって先生は全く未知の存在であり、敗戦を覚悟の上で選挙戦に臨みましたが、言論一筋に訴えるその至情は、選挙民の心をしっかりととらえるところとなり、みごと初当選の栄誉を獲得され、拍手ここに青年代議士野田武夫君がはなばなしく登場したのであります。しかしながら、その直後二・二六事件が起こり、以来わが国はかつて見ない変転と多くの困難にあい、議会政治もまたきびしい試練を経てまいりました。
このような困難な情勢の中で、先生は予算委員会理事、総合計画局参与、商工省参与となるなど、議員としての職責をよく果たしてこられました。
わが国に平和が回復するや、先生は大いに志を伸ばそうとされましたが、そのやさき不運にも公職追放の指令を受けて、雌伏を余儀なくされました。しかし、この間にあっても、憂国の至情いよいよ厚く、わが国の過去を顧み、現状を探り、他日を期しておられたのであります。
この長い苦難の時期を経て、昭和三十年には再び本院に復帰されましたが、かねて郷土熊本に対する愛着の人一倍強かった先生は、郷党の熱心なすすめもあって、昭和三十八年の第三十回総選挙からは選挙区を熊本県第一区に移して当選し、今日に及んでおります。
野田先生は、長い風雪に耐え抜いた真の政党政治家であり、気骨の政治家として独自の地歩を築かれ、国政の進展に大きな足跡を残されました。
本院においては、予算、外務、商工等各委員会において活躍され、特に、昭和三十二年及び三十七年には外務委員長にあげられ、また、昭和四十一年には石炭対策特別委員長に就任されましたが、委員長として、党派を越えて公正な立場を堅持し、各党の意見を十分に聞き入れ、円満にして充実した審議に心を砕き、よくその重責を果たされたのでありまして、名委員長としてその名を臨めたことは周知のことであります。拍手
昭和三十八年には、第二次池田内閣の総理府総務長官に任命され、引き続き第三次池田内閣にも再任されました。この間、各省庁間における諸問題の調整に当たるとともに、特にオリンピック東京大会の準備に努力され、アジアにおける最初のオリンピックを成功させる上に大きな役割りを果たされました。また、昭和四十三年には、第二次佐藤内閣の自治大臣、北海道開発庁長官として入閣し、その才幹を遺憾なく発揮されました。
自由民主党においても、総務、代議士会長あるいは外交調査会副会長となり、党の運営、政策の立案に大きな尽力をいたされました。
特に、野田先生は、中国問題については党内におけるかけがえのない権威者でありました。昭和三十年、超党派からなる中国訪問議員団として訪中し、毛沢東主席、周恩来総理と会談をして、戦犯釈放、遺骨の送還など諸問題の解決に当たられ、また、昭和三十七年にも、高碕達之助氏を団長とする経済使節団として北京を訪れ、いわゆるLT貿易の開始あるいは新聞記者交換の実現に果たされた役割りも特記すべきところであります。拍手
そして、昨年七月には、党内に設置された中国問題調査会会長の重職につかれ、わが国の重要な政治課題となった日中国交回復のために日夜奮闘し、十月には日中国交正常化決議の野田試案を提示し、党内の意見調整に当たるなど、文字どおり生命をかけて尽瘁してこられました。
さきに、北京においてあの歴史的な米中首脳会談が行なわれた面後の二月二十九日、野田先生は、本議場において、自由民主党を代表して質問演説を行ないました。その中で、米中共同声明を高く評価するとともに、日中国交正常化に積極的に取り組むべきことを説き、アジアの平和、ひいては世界の平和のためにぜひともこれが実現を期さなければならないことを、条理を尽くして堂々と述べられましたが、思えば、これが野田代議士の長い政治生活の最後を飾る演説となったのであります。
先生が、柔軟な対中姿勢を基調として、ただに党内のみならず、広く国民的合意を得るために献身的な努力を傾注されたことは、高く評価され、いつまでも語り継がれていくものと信ずるのであります。拍手
かくて、野田先生は、本院議員に当選すること前後八回、在職二十二年二カ月の長きに及び、その間、国政に尽くされた功績はまことに偉大なものがあります。
思うに、野田先生は体躯こそ小柄でありましたが、豪放らいらくにして、まさに古武士の風格を備えたきっすいの政党政治家でありました。
先生は、小学生時代病弱であったため、御両親は中学への進学を断念させようとされたのでありますが、ついに君のたっての懇願をいれざるを得なくなりました。しかしながら、その君が在学中の五カ年を無欠席で卒業されたのであります。
「天地自から拓く」、これを先生が座右の銘としておられたのは、精神力の偉大さ、とうとさを当時身をもって学び取られたからでありましょう。拍手
政治家として、難問に直面するたびに、先生は、「人間は当たって砕けろだよ」と言いながら、敢然として事に当たり、全力を傾注してこれが実現をはかってこられました。しかも、事がなるや、それをみずからの功とせず、謙虚にして、いささかもおごることがなかったのでありまして、これこそ政治家の範とすべきものと信じます。拍手
しかし、他面、先生はこまやかな愛情とあたたかい包容力を持った方でありました。子供を集めて柔道大会を開いたり、また野球チームをつくって総監督となるなど、ときに童心に帰り、あるいはまた、好んで若者と談論されていたのでありまして、みずからを「元祖ヤングパワー」と称して、いつまでも衰えぬ若さを誇っておられたのも、この生活実感が言わせたものといえましょう。常に新鮮な感覚と若々しい実行力を持ち続けた野田先生が、永遠の青年政治家と評されたのも、けだし当然のことであります。
「中国問題を解決しないで死ねるか」、これは、いままさに生命のともしびの消えようとするその瞬間まで執念を燃やし続けておられた政治家野田武夫先生の悲願でありました。
「日中問題で言いたいことがあるんだ。のどまで出ているんだが出てこない。どうしても出てこない。」これは、病のため意のままにことばにあらわすことができなかった先生が、のどをもどかしそうに押えながらの最後のことばでありました。私は、野田先生の政治家としてのきびしさをあらためて思い知らされ、その胸中を察し、痛恨やる方ないものを覚えずにはおられません。七十七歳にしてその生涯を静かに閉じていかれた野田武夫先生の最後こそ、真に政治家らしい政治家の終えんであったと申せましょう。
われわれ国会議員は、先生の十分に果たし得なかった志を継いで、必ずや国家国民のために全力を尽くすことをお誓いしたいと存じます。拍手
わが国内外の情勢が重大な時期に直面しているこのときにあたり、余人をもってかえることのできない野田武夫先生をいまにわかに失いましたことは、国原国民のため、はかり知れない大きな損失であり、まことに惜しみても余りあるものがあります。拍手
ここに、野田君の生前の功績をたたえ、その人となりをしのび、心から御冥福をお祈りして、追悼のことばといたします。拍手
————◇—————
裁判官訴追委員の選挙
船
藤
船
船
船田中#8
○議長(船田中君) 御異議なしと認めます。よって、動議のごとく決しました。
議長は、裁判官訴追委員に山本弥之助君を指名いたします。
————◇—————
公正取引委員会委員任命につき同意を求めるの件
公害等調整委員会委員長及び同委員任命につき同意を求めるの件
公安審査委員会委員任命につき同意を求めるの件
日本放送協会経営委員会委員任命につき同意を求めるの件
土地鑑定委員会委員任命につき同意を求めるの件
この発言だけを見る →議長は、裁判官訴追委員に山本弥之助君を指名いたします。
————◇—————
公正取引委員会委員任命につき同意を求めるの件
公害等調整委員会委員長及び同委員任命につき同意を求めるの件
公安審査委員会委員任命につき同意を求めるの件
日本放送協会経営委員会委員任命につき同意を求めるの件
土地鑑定委員会委員任命につき同意を求めるの件
船
船田中#9
○議長(船田中君) おはかりいたします。
内閣から、公正取引委員会委員に有賀美和子君を、公害等調整委員会委員長に小澤文雄君を、同委員に五十嵐義明君、上原達郎君、金津良雄君、田中康民君、藤崎辰夫君及び若林清君を、公安審査委員会委員に谷野せつ君を、日本放送協会経営委員会委員に伊藤義郎君及び新里善福君を、土地鑑定委員会委員に有泉亨君、樺山俊夫君、櫛田光男君、黒澤清君、嶋田久吉君、三澤勝君及び吉野公治君を任命したいので、それぞれ本院の同意を得たいとの申し出があります。
まず、公正取引委員会委員、日本放送協会経営委長会委員及び土地鑑定委員会委員の任命について申し出のとおり同意を与えるに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →内閣から、公正取引委員会委員に有賀美和子君を、公害等調整委員会委員長に小澤文雄君を、同委員に五十嵐義明君、上原達郎君、金津良雄君、田中康民君、藤崎辰夫君及び若林清君を、公安審査委員会委員に谷野せつ君を、日本放送協会経営委員会委員に伊藤義郎君及び新里善福君を、土地鑑定委員会委員に有泉亨君、樺山俊夫君、櫛田光男君、黒澤清君、嶋田久吉君、三澤勝君及び吉野公治君を任命したいので、それぞれ本院の同意を得たいとの申し出があります。
まず、公正取引委員会委員、日本放送協会経営委長会委員及び土地鑑定委員会委員の任命について申し出のとおり同意を与えるに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
船
船田中#10
○議長(船田中君) 御異議なしと認めます。よって、いずれも同意を与えるに決しました。
次に、公害等調整委員会委員長及び同委員及び公安審査委員会委員の任命について申し出のとおり同意を与えるに賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
この発言だけを見る →次に、公害等調整委員会委員長及び同委員及び公安審査委員会委員の任命について申し出のとおり同意を与えるに賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
船
船
船
船
丹
丹羽兵助#15
○丹羽兵助君 ただいま議題となりました学校教育法等の一部を改正する法律案について、提案の趣旨を御説明申し上げます。
まず第一は、専修学校制度の創設であります。
現行の各種学校制度は、その対象、内容、規模等においてきわめて多様なものを、学校教育に類する教育を行なうものということで、一括して簡略に取り扱っております。
よって、この際、当該教育を行なうもののうち、所定の組織的な教育を行なう施設を対象として、新たに専修学校制度を設けようとするものであります。
第二は、私立幼稚園の振興であります。
私立幼稚園は幼稚園全体の約七割を占め、幼稚園の普及発展に大いに貢献しておりますが、そのうち三分の二は宗教法人立と個人立であります。これらの中には施設、教員組織など教育を行なうための条件が不十分なものがあり、一般に財政事情が苦しいために父兄負担が過重になる傾向があります。一方、現行法のたてまえは、公の助成は学校法人立のものに限られています。そこでこの際、学校法人以外の者によって設置された私立幼稚園の健全な発達をはかるため、これについても公費による助成措置を講ずることができることとし、あわせて、その学校法人化を促進する必要があります。
次に、法律案の内容について申し上げます。
その一は、掌校教育法第一条に掲げる学校以外のもので、職業もしくは実際生活に必要な能力を育成し、または教養の向上をはかることを目的として所定の組織的な教育を行なう施設は、これを専修学校とし、他の法律に特別の規定があるもの及び外国人学校は除くこととしております。その二は、専修学校には、高等課程、専門課程または一般課程を置くこととし、その三は、専修学校の名称、設置等の認可、設置者等に関する規定を整備しております。その四は、国または地方公共団体の助成対象となる学校法人のうちには、当分の間、学校法人立以外の私立幼稚園等の設置者を含むものとし、さらに補助金を受ける私立幼稚園等の設置者は、補助金を受けた翌年度の四月一日から起算して五年以内に、当該学校が、学校法人立になるように措置するものとしております。その五は、日本私学振興財団の貸し付け等の対象に、当分の間、学校法人及び民法第三十四条の法人以外の私立幼稚園等の設置者を含めることとしております。
最後に、この法律は、公布の日から起算して三カ月を経過した日から施行することとし、この法律施行の際、現に存する各種学校で専修学校の教育を行なおうとするものは、その設置認可を受けることにより、専修学校となることができることとしております。
本法律案の起草にあたっては、各党の意見を十分に尊重しつつ慎重に検討した結果、成案を得ましたので、ここに全会一致をもって文教委員会提案として本法律案を提出した次第であります。
何とぞすみやかに御可決くださいますようお願いいたします。拍手
—————————————
この発言だけを見る →まず第一は、専修学校制度の創設であります。
現行の各種学校制度は、その対象、内容、規模等においてきわめて多様なものを、学校教育に類する教育を行なうものということで、一括して簡略に取り扱っております。
よって、この際、当該教育を行なうもののうち、所定の組織的な教育を行なう施設を対象として、新たに専修学校制度を設けようとするものであります。
第二は、私立幼稚園の振興であります。
私立幼稚園は幼稚園全体の約七割を占め、幼稚園の普及発展に大いに貢献しておりますが、そのうち三分の二は宗教法人立と個人立であります。これらの中には施設、教員組織など教育を行なうための条件が不十分なものがあり、一般に財政事情が苦しいために父兄負担が過重になる傾向があります。一方、現行法のたてまえは、公の助成は学校法人立のものに限られています。そこでこの際、学校法人以外の者によって設置された私立幼稚園の健全な発達をはかるため、これについても公費による助成措置を講ずることができることとし、あわせて、その学校法人化を促進する必要があります。
次に、法律案の内容について申し上げます。
その一は、掌校教育法第一条に掲げる学校以外のもので、職業もしくは実際生活に必要な能力を育成し、または教養の向上をはかることを目的として所定の組織的な教育を行なう施設は、これを専修学校とし、他の法律に特別の規定があるもの及び外国人学校は除くこととしております。その二は、専修学校には、高等課程、専門課程または一般課程を置くこととし、その三は、専修学校の名称、設置等の認可、設置者等に関する規定を整備しております。その四は、国または地方公共団体の助成対象となる学校法人のうちには、当分の間、学校法人立以外の私立幼稚園等の設置者を含むものとし、さらに補助金を受ける私立幼稚園等の設置者は、補助金を受けた翌年度の四月一日から起算して五年以内に、当該学校が、学校法人立になるように措置するものとしております。その五は、日本私学振興財団の貸し付け等の対象に、当分の間、学校法人及び民法第三十四条の法人以外の私立幼稚園等の設置者を含めることとしております。
最後に、この法律は、公布の日から起算して三カ月を経過した日から施行することとし、この法律施行の際、現に存する各種学校で専修学校の教育を行なおうとするものは、その設置認可を受けることにより、専修学校となることができることとしております。
本法律案の起草にあたっては、各党の意見を十分に尊重しつつ慎重に検討した結果、成案を得ましたので、ここに全会一致をもって文教委員会提案として本法律案を提出した次第であります。
何とぞすみやかに御可決くださいますようお願いいたします。拍手
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船
船
藤
藤波孝生#18
○藤波孝生君 議事日程追加の緊急動議を提出いたします。
すなわち、この際、内閣提出、参議院送付、食品衛生法の一部を改正する法律案を議題となし、委員長の報告を求め、その審議を進められんことを望みます。
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船
船
船
船田中#21
○議長(船田中君) 委員長の報告を求めます。社会労働委員長森山欽司君。
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〔報告書は本号末尾に掲載〕
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〔森山欽司君登壇〕
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〔報告書は本号末尾に掲載〕
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〔森山欽司君登壇〕
森
森山欽司#22
○森山欽司君 ただいま議題となりました食品衛生法の一部を改正する法律案について、社会労働委員会における審査の経過並びに結果を御報告申し上げます。
本案は、近年、農薬による食品の汚染、食品添加物の安全性等食品に関する多くの問題が提起され、国民の重大な関心事となっている一方、現行の食品衛生法によっては、必ずしも十分に対応できない面もあるため、食品の安全確保、営業者責任の強化、検査制度の充実等、所要の改正を行なおうとするもので、そのおもな内容は、
第一に、安全性に疑念のある食品等につき、販売の禁止等の規制を強化し、厚生大臣及び都道府県知事は、それぞれ、営業者が順守すべき措置に関し基準を定める等、営業者責任を強化すること。
第二に、必要に応じ製品検査を受けることを命ずることができる等、検査制度の改善を行なうとともに、新たに指定検査機関の制度を設けること。
第三に、食品等に関する表示制度を整備するとともに、広告についても公衆衛生の見地から必要な規制を行ない、かつ、野菜等の洗浄剤の規格を定めることのほか、所要の規定を整備すること。等であります。
本案は、四月二十八日本委員会に付託となり、本日の委員会において質疑を終了し、採決の結果、原案のとおり可決すべきものと議決した次第であります。
なお、本案に対し、附帯決議を付することに決しました。
以上、御報告申し上げます。拍手
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この発言だけを見る →本案は、近年、農薬による食品の汚染、食品添加物の安全性等食品に関する多くの問題が提起され、国民の重大な関心事となっている一方、現行の食品衛生法によっては、必ずしも十分に対応できない面もあるため、食品の安全確保、営業者責任の強化、検査制度の充実等、所要の改正を行なおうとするもので、そのおもな内容は、
第一に、安全性に疑念のある食品等につき、販売の禁止等の規制を強化し、厚生大臣及び都道府県知事は、それぞれ、営業者が順守すべき措置に関し基準を定める等、営業者責任を強化すること。
第二に、必要に応じ製品検査を受けることを命ずることができる等、検査制度の改善を行なうとともに、新たに指定検査機関の制度を設けること。
第三に、食品等に関する表示制度を整備するとともに、広告についても公衆衛生の見地から必要な規制を行ない、かつ、野菜等の洗浄剤の規格を定めることのほか、所要の規定を整備すること。等であります。
本案は、四月二十八日本委員会に付託となり、本日の委員会において質疑を終了し、採決の結果、原案のとおり可決すべきものと議決した次第であります。
なお、本案に対し、附帯決議を付することに決しました。
以上、御報告申し上げます。拍手
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船
船
船田中#24
○議長(船田中君) 御異議なしと認めます。よって、本案は委員長報告のとおり可決いたしました。
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飛鳥地方における歴史的風土及び文化財の保存等に必要な資金に発てるための寄附金つき郵便葉書等の発行の特例に関する法律案(加藤常太郎君外十五名提出)
この発言だけを見る →————◇—————
飛鳥地方における歴史的風土及び文化財の保存等に必要な資金に発てるための寄附金つき郵便葉書等の発行の特例に関する法律案(加藤常太郎君外十五名提出)
藤
藤波孝生#25
○藤波孝生君 議事日程追加の緊急動議を提出いたします。
すなわち、この際、加藤常太郎君外十五名提出、飛鳥地方における歴史的風土及び文化財の保存等に必要な資金に充てるための寄附金つき郵便葉書等の発行の特例に関する法律案を議題となし、委員長の報告を求め、その審議を進められんことを望みます。
この発言だけを見る →すなわち、この際、加藤常太郎君外十五名提出、飛鳥地方における歴史的風土及び文化財の保存等に必要な資金に充てるための寄附金つき郵便葉書等の発行の特例に関する法律案を議題となし、委員長の報告を求め、その審議を進められんことを望みます。
船
船
船田中#27
○議長(船田中君) 御異議なしと認めます。よって、日程は追加せられました。
飛鳥地方における歴史的風土及び文化財の保存等に必要な資金に充てるための寄附金つき郵便葉書等の発行の特例に関する法律案を議題といたします。
この発言だけを見る →飛鳥地方における歴史的風土及び文化財の保存等に必要な資金に充てるための寄附金つき郵便葉書等の発行の特例に関する法律案を議題といたします。
船
船田中#28
○議長(船田中君) 委員長の報告を求めます。逓信委員長高橋清一郎君。
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〔報告書は本号末尾に掲載〕
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〔高橋清一郎君登壇〕
この発言だけを見る →—————————————
〔報告書は本号末尾に掲載〕
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〔高橋清一郎君登壇〕
高
高橋清一郎#29
○高橋清一郎君 ただいま議題となりました加藤常太郎君外十五名提出にかかる、飛鳥地方における歴史的風土及び文化財の保存等に必要な資金に充てるための寄付金つき郵便葉書等の発行の特例に関する法律案につきまして、逓信委員会における審査の経過並びに結果を御報告申し上げます。
本案は、飛鳥地方における歴史的風上及び文化財がわが国古代の貴重な歴史的文化的遺産であることにかんがみ、その保存等に関する事業の円滑な実施をはかるため、当該事業を行なっている飛鳥保存財団が必要とする資金の一部に充てることを寄附目的として、寄附金つき郵便切手を発行することができるようにするものであって、お年玉つき郵便葉書及び寄附金つき郵便葉書等の発売並びに寄附金の処理に関する法律の特例を定めるものであります。
なお、この法律は、公布の日から施行することとしております。
本案は、自由民主党、日本社会党、公明党及び民社党の四党共同提案にかかるもので、六月十六日当委員会に付託され、同一提出者を代表して小渕恵三君から提案理由の説明を聴取した後、水野清君から補足説明があり、質疑、討論もなく、直ちに採決の結果、本案は賛成多数をもって原案のとおり可決すべきものと決した次第であります。
以上、御報告申し上げます。拍手
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この発言だけを見る →本案は、飛鳥地方における歴史的風上及び文化財がわが国古代の貴重な歴史的文化的遺産であることにかんがみ、その保存等に関する事業の円滑な実施をはかるため、当該事業を行なっている飛鳥保存財団が必要とする資金の一部に充てることを寄附目的として、寄附金つき郵便切手を発行することができるようにするものであって、お年玉つき郵便葉書及び寄附金つき郵便葉書等の発売並びに寄附金の処理に関する法律の特例を定めるものであります。
なお、この法律は、公布の日から施行することとしております。
本案は、自由民主党、日本社会党、公明党及び民社党の四党共同提案にかかるもので、六月十六日当委員会に付託され、同一提出者を代表して小渕恵三君から提案理由の説明を聴取した後、水野清君から補足説明があり、質疑、討論もなく、直ちに採決の結果、本案は賛成多数をもって原案のとおり可決すべきものと決した次第であります。
以上、御報告申し上げます。拍手
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