税制問題等に関する特別委員会

1997-06-12 衆議院 全160発言

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会議録情報#0
平成九年六月十二日(木曜日)
    午前九時三十分開議
 出席委員
  委員長 原田昇左右君
   理事 伊吹 文明君 理事 尾身 幸次君
   理事 村上誠一郎君 理事 村田 吉隆君
   理事 赤松 正雄君 理事 日野 市朗君
   理事 佐々木陸海君
      植竹 繁雄君    江口 一雄君
      小野 晋也君    岸田 文雄君
      岸本 光造君    栗本慎一郎君
      実川 幸夫君    滝   実君
      萩山 教嚴君    持永 和見君
      森山 眞弓君    横内 正明君
      石田 勝之君    北橋 健治君
      左藤  恵君    田端 正広君
      谷口 隆義君    中野  清君
      西川 知雄君    原口 一博君
      藤井 裕久君    山本 幸三君
      石井 紘基君    鉢呂 吉雄君
      古川 元久君    佐々木憲昭君
      濱田 健一君    粟屋 敏信君
      岩國 哲人君    土屋 品子君
 出席政府委員
        大蔵政務次官  中村正三郎君
        大蔵大臣官房審
        議官      尾原 榮夫君
 委員外の出席者
        大蔵大臣官房審
        議官      永田 俊一君
        大蔵大臣官房審
        議官      山本  晃君
        大蔵大臣官房審
        議官      中井  省君
        参  考  人
        (東京大学経済
        学部教授)   植田 和男君
        参  考  人
        (シティコープ
        /シティバンク
        在日代表)   八城 政基君
        参  考  人
        (21世紀政策研
        究所理事長)  田中 直毅君
        参  考  人
        (南山大学教授)野田 宣雄君
        税制問題等に関
        する特別委員会
        調査室長    藤井 保憲君
    ─────────────
委員の異動
六月十二日
 辞任         補欠選任
  正森 成二君     佐々木憲昭君
  粟屋 敏信君     岩國 哲人君
同日
 辞任         補欠選任
  岩國 哲人君     粟屋 敏信君
    ─────────────
五月二十二日
 消費税五%の撤回に関する請願(佐々木憲昭君
 紹介)(第三〇六九号)
 同(佐々木陸海君紹介)(第三〇七〇号)
 消費税増税の撤回、生活必需品の非課税に関す
 る請願(藤木洋子君紹介)(第三一四〇号)
同月二十七日
 消費税増税の撤回、生活必需品の非課税に関す
 る請願(瀬古由起子君紹介)(第三一八八号)
 同(木島日出夫君紹介)(第三三〇七号)
同月三十日
 消費税五%の撤回に関する請願(佐々木陸海君
 紹介)(第三四三七号)
 同(木島日出夫君紹介)(第三四八九号)
六月十日
 消費税増税の撤回、生活必需品の非課税に関す
 る請願(春名直章君紹介)(第三八八六号)
 消費税五%の増税撤回と医療へのゼロ税率適
 用、消費税の廃止に関する請願(佐々木陸海君
 紹介)(第三八八七号)
同月十一日
 消費税五%の撤回に関する請願(赤羽一嘉君紹
 介)(第四五〇一号)
同月十二日
 消費税五%の撤回に関する請願(佐々木陸海君
 紹介)(第四八一九号)
 同(春名直章君紹介)(第四八二〇号)
 同(藤田スミ君紹介)(第四八二一号)
 同(大森猛君紹介)(第四八五二号)
は本委員会に付託された。
    ─────────────
六月五日
 二兆円減税に関する陳情書
 (第四〇五号)
は本委員会に参考送付された。
    ─────────────
本日の会議に付した案件
 参考人出頭要求に関する件
 税制及び金融問題等に関する件
     ────◇─────
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原田昇左右#1
○原田委員長 これより会議を開きます。
 税制及び金融問題等に関する件について調査を進めます。
 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。
 本件調査のため、本日、参考人として、東京大学経済学部教授植田和男君、シティコープ/シティバンク在日代表八城政基君、21世紀政策研究所理事長田中直毅君及び南山大学教授野田宣雄君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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原田昇左右#2
○原田委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
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原田昇左右#3
○原田委員長 まず、午前中に御出席をいただいております参考人は、東京大学経済学部教授植田和男君及びシティコープ/シティバンク在日代表八城政基君の両君であります。
 この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。両参考人には、ビッグバンを前提とした二十一世紀に向けての我が国の金融・経済システムのあり方につきまして、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
 なお、議事の順序についてでありますが、まず、両参考人にそれぞれ二十分間程度御意見を述べていただき、次に、委員からの質疑に対しお答えをいただきたいと存じます。
 御発言は着席のままでお願いいたします。
 それでは、植田参考人からお願いいたします。
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植田和男#4
○植田参考人 御紹介にあずかりました東京大学の植田でございます。
 それでは、今御指示いただきましたとおり、最初に私の考えますところを簡単に要約させていただきまして、いろいろな点は、後の質疑応答の中で言及ないし議論させていただければと思います。
 ただ、私は、大学で理論を勉強したり教えたりしておりますもので、金融の実務あるいはビッグバンでは法律等が非常に重要になってくると思いますが、その辺に関しては不確かなことが多くて余りお役に立てないかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
 そこで、最初の要約といいますか簡単な私の意見の紹介でありますが、まず最初に、どうしてこういう金融ビッグバンのようなものが現在の日本において必要になると考えられているかという背景のようなものを簡単にお話ししまして、それから、将来を望んだ場合にどういう改革の方向が望ましいか、さらに、それに照らしてみますと、現在決まりつつあるビッグバンの内容についてどう評価できるか、最後に、それが今後どういう影響を持つと考えられるかというような順序で話してみたいと思います。
 まず、ビッグバンの背景でございますが、いろいろ言われております。例えば金融の国際化、グローバル化、あるいは政治的なところでは冷戦の終結によりますアングロサクソン関連の制度の優位の確立、あるいは金融の技術の変化等であります。いろいろ言われておりますが、私の考えでは、大きく言いまして、金融の技術の変化の影響が非常に大きいというふうに考えております。
 文献を見てみますと、実は百年ほど前に同じ時期がございまして、二十世紀初めのロンドンでは、朝起きた資産家がベッドの中から世界じゅうに電話で金融あるいはもう少し広い商品ないしサービスの売買の発注をするというようなくだりが、例えばケインズの本なんかに出てまいります。これは実は、十九世紀の後半から二十世紀の前半にかけまして交通とか電話、電報等広い意味での技術インフラ等が発展しまして、その上に乗って出てきた動きではなかったかというふうに思われます。
 これが二度の大きな戦争で中断されまして、さらにその後冷戦等もあって下火になってきたところに、一九八〇年代前半前後から一段とコンピューター、通信技術の発達、さらにそこに冷戦が終結したというようなことがありまして、米国中心に金融の新技術が生まれ、アングロサクソンの制度がそういうもとでいわゆるデファクトスタンダードになり、技術の進展さらに規制の緩和等の動きの中でグローバル化が進み、日本においても金融の国際化、一層の規制の緩和が迫られるということになってきているのだと思います。
 一言最近の金融の技術の性格について申し上げますと、具体例は時間の関係で省きますが、一方で、さまざまな専門化の進展、あるいは今までいろいろ組み合わせて提供されていたような商品、技術が細分化されて提供されているという動きがございますし、さらに一方、細分化されたものが適宜自由に組み合わされて、お客さんのニーズに合ったように変換されるという動きも目立っております。そういう中での一つのインプリケーションは、日本におきます伝統的な業務分野規制が、こういう動きに対して障害になったりあるいは無意味になりつつあるということではないかと思います。
 続きまして、こういう背景のもとで、望ましい規制緩和の方向であります。
 よく言われることでありますが、専門化された商品のそれぞれの市場が自由に発達するということが必要でありますので、まず、金融サービスの価格の自由化が必要であります。さらに、価格が自由につけられるだけではなく、新しい商品が自由に開発されていくということが重要でありますので、そういうような方向にさまざまな規制の緩和等が行われる必要がありますが、中でも業務分野規制の緩和というのは非常に重要であるというふうに思います。基本的には、市場メカニズムがうまく働くためのインフラの整備ということになりまして、具体的には、法律、会計、税制というあたりが基本ではないかというふうに思います。
 さて、そういう動きをにらみつつ、昨年秋からさまざまなところで金融ビッグバンの動きが進んでまいりまして、あしたにも大蔵省関係の審議会の案が出てくるということでありますが、これまでのところ、私が知っている限りで簡単な評価をしてみますと、既に通ってしまいましたが、外為法の改正が非常に大きな影響を持つということが第一であります。
 すなわち、これまで以上に徹底して内外の資本移動が自由になるということでありますので、日本の市場あるいは日本の金融機関のサービスの使い勝手が悪ければ、取引は外国に逃げてしまうというインプリケーションを持ったものであります。したがいまして、この規制緩和措置は、ある意味では日本の金融市場の一層の空洞化をもたらすことになるか、あるいは一生懸命頑張って日本の金融市場をいいものにすれば日本に取引がとどまる、そういう選択をかなり厳しい形で突きつけているものというふうに考えられます。
 価格の自由化が重要であると申し上げましたが、幾つかの典型例あるいは一つの典型例で申し上げますと、株式の委託売買手数料率の自由化という問題がございます。これに関しましては、新聞報道等で見られる限り、明日出てきますのは、例えば来年四月に取引金額五千万円程度のところまで手数料率を自由化する、その後は一九九九年末にかけて完全な自由化を図るということのようであります。時間はかかりますが、望ましい方向で自由化がなされつつあるということかと思います。ただ、もう少し早くやってもよかったのかなという感じを私は持っております。
 業務分野規制緩和の方向としましては、御案内のように持ち株会社を使う方式と業態別子会社を使う方式で、やはり少し時間をかけて進むという方向が見えておりますが、いろいろな制約がついていること、特に保険の分野がさまざまな問題で非常に保守的になっていることが全体のペースをおくらせているという懸念を私は持っております。
 ビッグバンの影響でありますが、まず金融業界の中でいろいろな変化が起こるであろう。端的に申しますと、金融業はこれまで広い意味のいろいろな規制に守られまして進んできた業界であったわけでありますが、その規制が順次取り払われていく、本格的に取り払われるということでありますので、ほかの普通の業界と同じような方向にかなりの程度行くということであります。その意味は、非常に簡単なサービスを提供するだけでは余りもうからなくなるということであります。例えば株式の売買の取次業務程度では、手数料率が非常に低くなると考えられますので、大したもうけは出なくなるということであります。
 どういう場合にもうかるかといえば、明らかなことでありますが、他人がなかなかまねのできないようなイノバティブな商品・サービスを考え提供した者の勝ちということであります。しかし、だれがそういうサービスを提供できるようになるかということを現在の時点で予想するのは非常に難しいことではないかと思います。
 また、違うディメンションで申し上げますと、競争は、例えば外資系の金融機関対日本の金融機関という次元で一つ行われると思いますし、業務分野規制が緩和される方向に行きますので、日本のさまざまな違った業界の間で競争が厳しくなるという次元もございますし、さらに、既存の業界の中で相対的に強い企業と相対的に弱い企業の間の競争が激化し、弱い企業が駆逐されていくという意味で競争が起こるという次元もあるかと思います。場合によっては、三番目の次元がかなり厳しい影響を個別の企業にはもたらすのではないかというふうに私は思っております。
 国民経済へのプラス・マイナスでありますが、参考になりますのはイギリスのビッグバンであります。十年ほど前にやや小さい規模で似たような動きがあったわけでありますが、ビッグバンが始まりまして一年たった後、イギリスのマスコミが、ビッグバンでどういう層が一番メリットを受けたと考えるかというアンケートを実施しております。その結果によりますと、大まかに申し上げますと、最大のメリットを受けるのは、金融業界ではなくて、そのユーザーであるという結果が出ております。例えば最大の票といいますか回答をもらった層は機関投資家であります。これが三二%。それから金融機関以外の資金調達あるいは運用を行うような企業、これが一九%という答えが出ておりまして、ビッグバンの最大のメリットの享受者はユーザーであるということだと思います。
 最後に、ビッグバンへの障害といいますか、あるいはビッグバンが進むに伴って予想される幾つかの問題について触れたいと思います。
 最初に、今の点と関連しますが、ユーザーはメリットを受けるわけでありますが、必ずしも一様にメリットを受けるわけではありませんで、メリットの受け方にも濃淡があるということだと思います。例えば大口のユーザーのメリットの方が小口のそれより大きいということが恐らくあるのではないかというふうに思われます。
 さらに、ユーザーに限らず、一般国民あるいは関連の金融機関の従業員というようなことで申し上げますと、恐らく懸念される影響は、分配の不平等化が進行するということではないかと思います。もちろん、その裏側としまして、広い意味での労働市場の流動化、雇用の流動化、あるいは賃金の伸縮度合いが高まるというようなことがないとビッグバンはうまくいかないということではありますが、そういう意味で、うまくいった場合にはさまざまな問題が労働市場の周りで起こってくる。これにどういうふうに対応するかということは一応考えておかないといけないことではないかと思います。
 二番目に、言い古されたことでありますが、改善はされつつありますが、足元の不良債権問題がビッグバンとの間で問題を起こす可能性があるということは言うまでもないかと思います。
 最後に、現在進行中のビッグバンの評価と関連するわけでありますが、市場インフラの整備をもっと進めないといけないということだと思います。
 法律、会計、税制と申し上げましたが、特に、まず法律につきましては、恐らくことしから来年にかけて提出されるような法案だけでは不十分でありまして、現在検討が始まっておりますような金融サービス法、すなわち金融業全体をにらむような法律の制定が不可欠ではないかというふうに思います。
 あと、税制につきましては、来年四月に先ほど申し上げましたように国際資本移動が一層自由化されるという中で、いいか悪いかは別にしまして、ある種のグローバルスタンダードと余り乖離した税制を維持し続けることのデメリットが目立ってくる可能性があるということと、さまざまな金融商品ないし金融所得間の税率が必ずしも一様でないことからいろいろなゆがみが発生しているという点を是正していく必要があるのではないかなというふうに私は思っております。
 とりあえず、以上で私の話を終えさせていただきたいと思います。拍手
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原田昇左右#5
○原田委員長 ありがとうございました。
 次に、八城参考人にお願いいたします。
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八城政基#6
○八城参考人 お招きにあずかりまして大変ありがとうございます。
 私は、三つの点について申し上げたいと思います。第一は企業経営の、特に銀行を含めた世界のグローバリゼーションについてのコメント、第二は経営に対するチェック機能としてのコーポレートガバナンス、第三はビッグバンについて、この三つについて意見を申し上げたいと思います。
 知識集約型産業であり情報産業でもある金融業こそ、二十一世紀に向かって高い成長率が期待される成長産業であります。しかしながら、我が国の金融機関は、九〇年代の初めから長年にわたって不良資産問題を抱え、数年後に迫っている日本版ビッグバンに向かっても積極的な対策を出せないでいるのが現状であります。世界の金融機関はグローバリゼーションの道をまっしぐらに進んでいます。特に欧米の有力銀行は、ますます高度化する金融商品を武器に、グローバル化する企業さらには個人の絶え間なく変化する金融ニーズにこたえつつあります。
 行政の介入の程度の高い産業ほど国際的競争力に欠けることは否定できません。銀行は、サービス産業のうちでも行政によって最も強く規制されてきた業界です。自動車、エレクトロニクスなどの先端技術を駆使して発展してきた産業は、いずれも規制の少ない、したがって政府による保護が少なかった産業であります。
 規制のない業界では、自由な競争が行われる結果、市場参加者である企業間の格差がつきやすく、生産コストが安く品質のすぐれた製品をつくることによって、企業は大きくなり、利益を上げることができます。自由な競争の行われている業界は、当然のことながら海外においても十分競争できる体質を持っています。米国のビッグスリーに対して常に脅威を与えてきた日本の自動車産業、また世界の市場をほとんど支配するようになった家電メーカーなど、そのよい例と言えましょう。国際的競争力を持つこうした企業は、グローバルな企業として、国内経済の不況などをしり目に着実に業績を高めています。それに比べて、産業の性格がドメスティックであり、外からの競争にさらされることの少なかった業界は、国際的な競争力もなく、業績面でも低迷を続けています。
 政府の規制、保護のために真の競争が行われてこなかった業界では、規模が大きく市場の占有度が高ければ、みずから業界のリーダーとなることはできます。しかし、業界での市場占有度と業績とは必ずしも同じものではありません。日本の大手銀行が世界の十大銀行のうち七行までを占めていても、外国人に映る邦銀のイメージは、残念ながら、内輪の論理と、海外で安値を提供することによってひたすら規模の拡大に努めてきた集団だと思われています。
 日本企業のグローバリゼーションは、企業の行動を日本的な内輪の論理からグローバルなスタンダードに転換することから始めなければなりません。このことを強く実感として持っているのは、日本に進出している外国企業であります。最近でこそ業界の閉鎖性は海外からの圧力もあって多少変化しつつありますが、本質はほとんど変わっていません。米国に次ぐ世界第二位の国民総生産を誇る国でありながら、海外から日本への直接投資額は、この数年来、平均して年間十億ドルにも達していません。この額は先進工業国の中でも最も低く、台湾よりも低いものです。一方、米国への外国からの直接投資は年間五百億ドルから六百億ドルに達しており、また英国でも二百億ドルを超えています。いずれも日本の二十倍から五十倍の水準にあります。
 かつては、日本への外資による直接投資を抑えることは、ビジネスの機会を日本の企業にとどめることになり、したがって日本の国益に資することになるといった誤った考えすらありました。消費者が求めている質のよい商品・サービスを安い価格で提供すれば、消費需要が伸び、経済が活性化され、新しい雇用機会が生み出せるといった発想はほとんどありませんでした。
 法律や行政の裁量による規制が張りめぐらされた社会では、消費者のニーズを満足させるような本当の意味での競争が行われていません。日本では、一見激しそうに見える国内の業者間の競争を過当競争と呼ぶことがありますが、その実は内輪の競争であり、そうした業界では真に消費者のニーズにこたえるような競争が行われてきませんでした。
 東京市場がニューヨークやロンドンとともに、世界の三大金融センターの一つとならなかった理由を幾つか挙げることは可能です。しかしながら、この数年来の経験から、私たちは、日本的な論理が金融という最も国際的な市場では通用しないことを知りました。法律上の規制、監督官庁と企業との緊密な関係、行政の下請的な業界団体の存在、そうした業界団体による民民規制など、これらはすべて、日本の企業が内輪の論理のもとに消費者や利用者の立場よりも業者の利益を優先してきた環境的背景であります。市場で成功するか失敗するかは、最終的には消費者によって決定されることを忘れていたのではないでしょうか。
 二十一世紀に向かって我が国の金融機関が日本の経済力にふさわしい役割を果たすためには、みずからのリスク管理能力を格段に改善しなければなりません。世界で活躍する日本の企業を含むグローバルな企業の金融ニーズを満たすためには、金融機関同士の膨大な額に及ぶ決済業務、単純な為替取引、さらには金融派生商品を含む革新的な仕組み商品など、顧客の必要とする商品・サービスを積極的に提供する必要があります。
 この数年来、金融機関や事業会社が引き起こした巨額損失事件は、結局、リスク管理の失敗が原因と言わなければなりません。リスク管理は、「将来再びこうした事件を起こさないよう経営陣が一丸となって努力します」といった決意表明では解決できるものではありません。まず、リスクの存在とその程度について検証しなければなりません。それぞれの取引について、貸し出しであれ、為替の取引であれ、銀行にとって受け入れ可能なリスクの程度がどのくらいのものであるかをまず確定し、リスクをその範囲内にとどめるためのモニタリングの方法を設ける必要があります。例えば銀行からの融資については、それぞれの産業と特定顧客の信用リスクの程度を査定し、その限度を超えないようなチェックシステムを設け、常にモニタリングをすることになります。日ごとに複雑になる金融取引ばかりでなく、経営者はあらゆる種類のリスクにさらされています。人を信用するとかしないとかいった問題ではなく、リスクをいかに管理するか、そのために必要なシステムを持っているか、経営トップがシステムを十分活用しているかが問題であります。
 次に、経営に対するチェック機能としてのコーポレートガバナンスについて申し上げます。
 日本ではコーポレートガバナンスが何であるかほとんど理解されていません。日本の経営者の頭には、会社はいわゆるステークホルダー、つまり利害関係者のものだとする考えが強いようです。この考えを突き詰めますと、会社の経営を担っている者はつまり日々の経営に当たっている経営陣である、経営陣がステークホルダーの利益を代表しているという主張になります。経営者は会社経営の責任を持たない他の利害関係者を無視し、自分たち以外の者からの経営への介入を嫌うことになります。事業会社が銀行からの借り入れに依存していた時代には、銀行が事業会社へのチェック機能を果たしてきたと言われています。しかし最近では、企業の主たる資金ソースが間接金融から直接金融に移ったこと、銀行自体の業績が悪化したことなどから銀行の影響力は落ち、銀行によるチェック機能が働かなくなっています。
 本来なら、経営の失敗は、株式市場で大量の売りを浴びせられて株価の暴落という結果になるはずでありますが、日本では必ずしもそうではありません。株式市場によるチェックも十分とは言えません。また経営の失敗の結果株価が長い間低迷していても、経営者が経営責任を問われることはまれであります。理由の一つは、企業がお互いに株を持ち合っているため経営者の失敗を批判しにくいためであるかと思われます。
 最近の一連の不祥事件では、経営者の責任が厳しく問われており、経営トップが引責辞任に追い込まれるケースが多いようです。何十年間かのサラリーマン生活の結果やっとたどり着いたトップの地位を、いとも簡単に失ってしまうわけです。我が社に限ってそんな不祥事件が起きるはずがないと思うことは最も危険であります。組織の上で会社経営に対するチェック機能がきちんと働くようにすることが、経営者自身の身を守ることになります。
 コーポレートガバナンスが機能するためには、株主、取締役会、会社経営幹部の三つの主体が会社の経営管理に重要なかかわり合いを持ち、三者の間に緊張関係が保たれることが必要であります。この十年来、米国の企業の取締役会の構成や役割が大きく変わっています。取締役会の構成は、三分の二以上が非常勤取締役で占められている会社がふえております。また取締役会の役割は、日々の経営についての審議機関ではなく、実際の経営に当たっている上級役員とははっきり区別されています。上級役員の経営のあり方について評価し、取締役会の承認、決裁を要する事項を取り上げています。取締役会の主たる役割は、会社経営陣、特に米国で言うCEOの業績を評価し監督することにあります。
 大きく分けて取締役会の役割には、第一に、CEOの業績を評価し年俸、ボーナスを含めた報酬を決定することです。CEOの後継者計画を検討し助言する。そしてCEOがその役割を十分に果たしておらず、さらにCEOとしてその地位にとどめておくことが株主の利益に反すると判断される場合には更迭することになります。
 第二は、事業計画、利益計画並びに重要な事業戦略を審議し承認を与えることであります。配当案を審議し承認を与えることもその一つであります。
 第三は、取締役会の議長は、通常、常勤の役員である会長が務めています。そこで取締役会は、議長の取締役会の運営についての評価を行います。また取締役候補者の選択と株主総会への推薦を行います。
 第四は、企業内にすべての法律、規則を遵守するシステムが存在し、効果的に機能しているかをチェックすることが役割であります。
 コーポレートガバナンスが機能するためには、非常勤取締役によって構成される監査委員会、外部の監査法人、内部の監査部の三つが協力する体制をつくる必要があります。我が国でも、一九九三年の商法改正の際、三人の監査役のうち一人以上を外部監査役とすることが義務づけられましたが、監査役が十分にその役割を果たしているとは一般的に思えません。
 私は、日本の企業でも、米国のような非常勤取締役だけで構成される監査委員会を設けるとともに、内部監査部をCEOと監査委員会の指揮命令下に置き、ラインからは独立させる必要があると思っています。取締役会監査委員会は少なくとも四半期に一回の頻度で開かれ、CEOは委員会に出席して委員の質問に答えなければなりません。監査の中心は業務監査であり、内部監査人グループが、リスクの程度に応じて年一回ないしは二、三年に一回行った監査の結果を報告いたしております。また会計監査に関しては外部の監査法人が監査に当たっていますが、監査法人の選択は監査委員会の推薦に基づいて取締役会が決定し、株主総会の承認を得ています。
 最後に、ビッグバンについてでありますが、最近まで、金融ビッグバンについての議論は、何のためのビッグバンであるのか目的がはっきりしませんでした。東京市場を世界の三大金融センターの一つにするためとか、大手の銀行を国際的に競争できる強い銀行にするとか、あるいは銀行を欧州のユニバーサルバンクのような総合金融サービス会社に育てるためとか、いろいろな意見が聞かれました。しかし、やっとこの数カ月の間に調査会、審議会での議論が煮詰まって、ビッグバンによって達成すべきものが何であるかコンセンサスができつつあるように思われます。多くの人の意見が、市場に競争原理を導入して、事業会社、消費者がより安いコストで、自分たちが必要とする金融サービス、金融商品を自由に選択できることが目的であるということにまとまりつつあるようであります。
 私自身も、数カ月前まではビッグバンの行方について懐疑的でありました。たとえ業態間の垣根を取り外しても、これまでのように規模の大きさとか売上額を中心とした、利用者の利益を忘れた競争では、市場の活性化につながらないばかりでなく、既得権益をかたくなに守ろうとする業界の体質も変わらないのではないかと思っていました。海外からの評価も、日本の金融市場が海外での劇的な変化に比べてこの十年来ほとんど変わっていないことを見て、今回もかけ声だけで終わるのではないかといったものでありました。しかし、最近では、こうした懐疑的な声は余り聞かれません。私も、ビッグバンは画期的な変化を銀行、証券、保険を含むすべての金融サービス業にもたらすものと期待しています。
 そう考える理由は、ビッグバン構想で言われていることを実行しなければ、我が国の金融サービス業の地盤沈下はますます進み、事業法人や個人の利用者からそっぽを向かれてしまうことは明らかだという認識が高まってきたためだと思います。来年四月以降、外国為替についての規制が緩和されれば、コストが高く、使い勝手の悪い国内でのサービスを利用する人が少なくなることは言うまでもありません刀それでは東京市場の空洞化に一層の拍車がかかることになります。金融制度改革は、ぜひとも成功させなければなりません。もちろん、東京市場が魅力のある市場に変われば外国金融機関の積極的な参加が予想されます。
 これまで行政の規制と保護のもとに置かれてきた産業は、とかく市場の規模を所与のものとして限定して考えてきました。つまり、業界の参加者は決まったサイズのパイを分け合う、あるいは競って取り合うという発想です。どうしても必要な規制は残すとしても、利用者が求めている新しい商品・サービスが安いコストで提供されるならば、市場の規模は飛躍的に大きくなるはずであります。そこに新しい雇用機会が生み出されます。ビッグバンによって、ロンドンの金融機関に勤める人の数が飛躍的にふえました。また世界の金融サービス業が年々生み出す付加価値の伸び率は、この十年来、世界のGDPの成長率の三倍近くになっています。我が国の金融業も、一日も早く過去の負の遺産から決別して成長の道に歩むべきだと考えています。ありがとうございました。拍手
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原田昇左右#7
○原田委員長 ありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
    ─────────────
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原田昇左右#8
○原田委員長 これより参考人に対する質疑に入るのでありますが、理事会協議により、最初に、あらかじめ申し出のありました質疑を行い、その後、自由に質疑を行うことといたします。
 なお、発言は自席から着席のままで結構です。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。岸田文雄君。
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岸田文雄#9
○岸田委員 自由民主党の岸田文雄でございます。
 本日は、両参考人の方々、本当にお忙しいところ貴重な御意見を聞かせていただきまして、まことにありがとうございます。
 まず、私は、このビッグバンということにつきまして、両参考人にお伺いさせていただきたいと存じます。
 お二人の参考人のお話を聞いておりまして、植田参考人のお話は、まさにこのビッグバンにつきまして、なぜビッグバンなのか、あるいは効果あるいは影響、こういったものがどうなのかというようなお話であったかと存じます。また八城参考人のお話も、最後の部分で、ビッグバンについて、何のためのビッグバンなのかということについてコンセンサスができつつある、安いコストで事業会社や国民が金融サービスを受けられる、利用者の視点に立つことが重要だというようなお話があったかと存じます。そして植田参考人のお話の中にも、ビッグバンにおきましてその最大のメリットを受けるのはユーザーであるというようなお話がございました。このあたり、お二人のお話、共通する部分があったかと思うわけでありますが、八城参考人もおっしゃっておったように、コンセンサスは大分できつつあるのではないかという気がいたします。
 例えば今月発表されました産業構造審議会の産業金融小委員会の中間報告というものがあるわけでありますが、これを読ませていただきましても、金融関係の業界、金融関係者をその供給者という位置づけをし、そして一方、産業界等をユーザーという位置づけをした上で、このユーザーの視点に立脚しつつ望ましいビッグバンを提言しなければいけないというような問題提起をしているわけでありますし、またこれは先月でありますけれども、アメリカの方はもっとストレートでありまして、アメリカ財務省が、金融制度改革法案というのを提出するに当たりまして消費者の利益ということを強調して、金融制度改革によりまして競争が促進されましたならば消費者は最大で百五十億ドルのコスト削減も可能であろうと、具体的な数字を挙げてこのコスト削減というものを強調しているわけであります。
 きょう、こういったお二方の参考人のお話、あるいはさまざまな場面で行われております議論を聞いておりましても、このビッグバンが目指すもの、その最大の目的、メリット、これは利用するユーザー側の金融サービスにおけるコスト削減であるというような議論が行われているということを感じるわけであります。
 そこで、お二方にお伺いしたいと存ずるわけですが、そういったものがビッグバンにおきます最大のメリットあるいは目的であるとしたならば、今、日本の国におきましてこのビッグバンに絡む議論において懸念されている事柄として、このビッグバンが推し進められていったならば、日本の不良債権等を抱えている金融機関は、この動きの中で生き残っていけないのではないか、東京市場が魅力的なものになったとしても日の丸はほとんど見られないような状況になってしまうのではないか、いわゆるウィンブルドン現象が進んでいくのではないかということが言われているわけであります。
 しかし、先ほど言いましたようなユーザーのメリットというものがビッグバンにおける最大のメリットであり、目指すところであるとしたならば、ある程度このウィンブルドン現象があっても、これはいたし方ないという言い方もできるのではないかという気がいたします。もちろん、日本の金融機関が整理されたり、統合されたりということになるならば、失業の問題ですとか金融不安ですとか破綻処理の問題ですとか、そういった真剣に考えなければいけない問題はあるわけでありますが、大きな議論の流れ、そしてビッグバンというものを国民にしっかりと理解してもらうということを考えた場合、そしてビッグバンは何を目指すかということを考えた場合に、ユーザーというものを強調すれば、このウィンブルドン現象はある程度はいたし方ないと考えるべきではないかということも考えられるのではないかという気がいたします。
 ビッグバンが目指すもの、ユーザーの利益、そしてウィンブルドン現象、このあたりの兼ね合いにつきまして両参考人はどのようにお考えか、お聞かせいただけますでしょうか。
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植田和男#10
○植田参考人 お答えいたします。
 いろいろな側面があると思いますが、まず基本的に、非常に自由な競争が行われるように日本の金融市場がなった場合に、少なくともその一部に外資系の金融機関が入ってきてサービスを提供するということは、自然な、非常に健全な姿ではないかと思います。
 御質問の趣旨をさらに拡張解釈させていただいた場合に、それが、例えばイギリスの金融業の一部の業態に見られるように、日本の日の丸をつけた会社がほとんどなくなってしまうというような事態にまで進んで、さらにそこからユーザーにとってマイナスが生まれるのかどうかというようなことかと思うのですけれども、イギリスの場合は、特に伝統的な証券会社につきましては、非常に小さい資本で経営していたということがビッグバンの直前の状態であります。しかも、そこに、新しい資本が入ってくるということに対する非常に厳しい規制があったわけであります。これをビッグバンでかなり自由にしたという中で、イギリスの証券会社がどんどん買収されていったという状態が起こったというふうに私は理解しております。
 これに対しまして、日本の金融機関のかなりの部分、あるいは少なくとも大手のところをとってきた場合には、国際的に見ましてかなりサイズの大きい金融機関であるかと思います。したがって、これのほとんどが外資系の金融機関等に買収されてしまうというような事態は考えにくいというふうに思います。一部がそういうふうになる、あるいは買収という形ではなく外資系の金融機関等が進出してくる、それで日本でのシェアを上げてくるということは、多分そうなると思いますが、それが日本の金融機関を席巻してしまうという事態にはならないというふうに私は思っております。
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八城政基#11
○八城参考人 お答えいたします。
 私は、金融機関のこれからの変化は、コスト構造を変えなくてはならないと考えているのです。ですから、今までのように、コストが高いものでも商売を続けられるという状態は許されなくなるだろう。つまり、環境が変わるので、競争に負けるものが必ず出てくることは避け得ない。ですから、先生のおっしゃった、負けるものが出てくるというのは仕方のないことだ。
 しかしながら、英国で起きたようなことは恐らK起きないだろう。理由は、日本に外国金融機関が入ってきて、必要とする人たちを備えることは非常に難しい。つまり、勤めている者が一つの金融機関から簡単によそに移る、そういう人たちは依然としてまだ少ないということが一つあるかと思うのです。もう一つは、経営の考え方が非常に違う。したがって、日本に入ってくるのと英国に進出するのとでは大きな違いがある。つまり、市場の期待も、それから利用者の考え方も違ケし、企業と金融機関との関係も外国には見られない長い間のいわゆる密接な関係というのがありますから、もちろん株を持っているとか持っていないということを除外視してもそういう関係はありますから、新たに入ってきた外国金融機関が日本の金融機関と同じような関係を事業法人との間につくることはそう簡単ではない。
 ですから、外国の金融機関が入ってくるにしても、非常に特徴のあるサービスあるいは商品を提供する、そういうことにすぐれたところが入ってくる。業界で申しますと、恐らく普通銀行分野では余りないのじゃないか。むしろ投資銀行とか証券業あるいは保険という分野では、外国からの東京市場への進出、日本への進出というものは考えられるというふうに思います。一応それだけ、今のところはお答えとさせていただきます。
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岸田文雄#12
○岸田委員 どうもありがとうございました。
 今、お二方のお話を聞いておりまして、英国の場合とは違うんだというお話で共通していたかと存じます。ぜひ日本の金融機関も、このビッグバンの中で名誉ある地位が占められるように頑張っていただかなければいけないと思うわけでありますが、それに絡みまして、一つ思うことでお伺いしたいと存じます。
 今、日本におきまして、今国会におきまして、純粋持ち株会社というものが戦後五十年の歴史を経て解禁されるというようなことが行われたわけでありますが、その中にあって、金融持ち株会社というものは、今議論が引き続き別途続けられておる最中であります。この金融持ち株会社に対する考え方、日本の金融機関がビッグバンを迎えようとする東京市場において、海外の金融機関と対等に戦うために、金融持ち株会社というものは大変大切だということをおっしゃる方がおられます。少なくとも欧州型のユニバーサルバンキングに対抗するために、もっと自由に金融持ち株会社というものを利用するべきだということをおっしゃる方もおられるわけであります。しかし一方で、この金融持ち株会社、特に都銀等の産業支配力が強まるということに対する懸念から、日本においてどうあるべきなのか、ある程度制限をするべきではないかというようなことも言われております。
 金融持ち株会社というものをめぐる議論、これにつきましてお二人の参考人はどのようにお考えか、お聞かせをいただけますでしょうか。
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八城政基#13
○八城参考人 金融持ち株会社の議論は最近煮詰まって、もう決まったように新聞で拝見いたしておりますけれども、持ち株会社というのは、米国の場合を例にとりますと、普通の持ち株会社と銀行持ち株会社、いわゆる英語ではバンク・ホールディング・カンパニーと言っておりますが、かなり違うものなのですね。
 日本ではどうも持ち株会社というと全部一緒の議論が今までされてきた嫌いがあるように思うのですが、その違いというのは、産業分野での持ち株会社というのは、頂点に持ち株会社があって、その下にみんな整列して子会社なり孫会社があるという非常にすっきりした形なんです。
 ところが、金融持ち株会社は、金融産業についての固有な理由によってつくられてきた経緯があります。一九五八年だったと思いますが、バンク・ホールディング法というのができて、それによっていろいろな銀行が持ち株会社をつくったのですが、これは事業経営上どうしても必要だというために持ち株会社をつくったという経緯があります。例えば銀行では許されていない証券業に進出をしたいというので持ち株会社をまずつくって、その下に銀行とは別の証券子会社をつくった。しかし、証券については依然としてグラス・スティーガル法がありますから、非常に制約のある活動しか現在でも許されていないのです、徐々に緩められてはおりますけれども。
 日本についての金融持ち株会社の必要な理由は、銀行を初めとして金融機関に、銀行以外の金融機関も含めてですが、将来自分たちが何をするかということについての選択肢を与えるという意味で非常に重要だと思うのです。私自身は、金融持ち株会社を新しくできるようにすることは、みんなが同じことをするなら何の意味もない。今までのように全部が同じ業務を、十一の都市銀行があればほとんど内容が変わらないといったようなことを将来とも続けるなら、持ち株会社をつくる意味は余りないと思っているのですが、自分の得意とする分野、あるいは自分がこういう分野ではぜひとも業界の中ですぐれた商品・サービスを提供し業績を上げるんだ、そういう戦略があるなら、その戦略のもとに持ち株会社を利用する。ですから、戦略が先になければならないというふうに思っています。
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岸田文雄#14
○岸田委員 ありがとうございました。
 植田参考人、何かございますでしょうか。
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植田和男#15
○植田参考人 持ち株会社の意味でありますが、二、三点あるかと思います。
 今の八城参考人のお話にもありましたように、それを私なりの言葉で申し上げれば、新しく有望な成長分野のようなところに素早く経営資源を投入していくというような経営判断が迅速にできるために、一応活用しやすい制度かなということが一つあるかと思います。
 それとオーバーラップいたしますが、特に日本のような、労働市場が余り伸縮的でないあるいは一社の中で賃金の体系が非常に固定的であるというような経済におきまして、分社化、特に対等の立場で兄弟会社のような形で分社化をしていくということ、それによって兄弟会社であっても賃金体系はかなり異なったものにする、有望な分野においてはかなりのインセンティブをつけるようにそれを使っていくというようなことにも有用ではないかというふうに思います。
 それから三番目に、先ほど来申し上げておりますような業務分野規制を、ある方向で緩和していくという動きにも沿ったものではないかなというふうに思っております。
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岸田文雄#16
○岸田委員 ありがとうございました。
 さらに、日本の金融機関の競争力ということでお伺いするのですが、今、日本の金融機関の競争力ということで大変懸念されている問題に不良債権の問題がございます。お二人の参考人も触れられていたかと存じます。この不良債権の問題を何とかしなければいけないと盛んに言われるわけでありますが、日本のビッグバンというものは、本家本元のイギリスのみならず、世界じゅうの金融制度改革と比べましても、大変膨大な実験を行っているのではないかというようなことが言われています。
 それはなぜかといいますと、膨大な不良債権を抱えて、この不良債権の処理もしなければいけない。それと同時に、金融制度改革、イギリスのような証券業界に焦点を合わせたものではなくして、金融界全般の制度改革も行おうとしている。加えて、中央銀行の改革も同時に行おうとしている。そして、大蔵省を初めとする監督庁も変えようとしている。監督庁の改革、中央銀行の改革、金融制度全般の改革、そして不良債権の処理、この四つを同時並行してやろうとしている。この四つを順番に、段階的にやった国というのは世界じゅうに幾つもあるわけですが、日本はそれを四つ一遍にやろうとしている。これは大変な実験を今日本の国で行おうとしているというような言われ方をされているわけです。不良債権の処理の問題は大変重要な問題でありますが、このほかの三つと同時並行に行われようとしている日本の状況につきましてどのようにお考えか、お聞かせいただけますでしょうか。
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八城政基#17
○八城参考人 その前に、先ほどちょっと言い残したことがございますので。
 持ち株会社のことを簡単に申し上げますが、金融機関の持ち株会社は何が違うかといいますと、米国の場合ですと、例えば州際業務を許されていないということで、ニューヨークにある銀行はカリフォルニアに出られないとか、イリノイに出られないというときに、持ち株会社をつくって、その下に別の国法銀行を設けるとか、そういった業務上非常に必要なことをやるために便宜的に使っているというケースがたくさんあるのです。ですから、余り固定的に考えないで、業務を最も効果的に進めるために利用しているという面があることをつけ加えるべきであったかと思っています。
 第二は、不良債権の解決とビッグバンとの関係です。
 不良債権問題は、米国でも全く同じことがあったわけですが、違いは、銀行そのものが一生懸命償却を早めたということもありますけれども、米国の銀行監督機関、つまり国法銀行ですと財務省の中にあります通貨監督庁、州法銀行ですと州の銀行監督当局が非常に強い圧力をかけた。それプラス、持ち株会社を持っているようなところ、海外業務をやっているところについては、実は連邦準備制度が同時に監督をしているわけですが、これがみんな物すごい圧力をかけて、早く償却をしろというふうにしたのです。ですから、米国の不良債権問題は二年で片づいている。
 日本の場合には、そういう圧力がかからなかったし、金融監督をしている政府当局というものがそれだけの人材を備えていない、あるいは厳しく対応しなかった。むしろ東洋的な解決がいいのだ、ソフトランディングがいいのだといったことが実は裏目に出てきたということだと思うのです。
 ですから、それとの関連で申し上げますと、金融制度改革、これからのビッグバン、それから中央銀行の制度改革等々お話があった点は、時間をかけてやるのがいいのか、それとも一挙にやってしまうのがいいのか。私は一挙にやった方がいいと思っているのです。それに時間をかけますと、なしましに、最初に意図したことができなくなって、その間にいろいろ既得権益だとか修正が出る。その時間が実は余りないのではないかと私は思っているわけです。一挙に東京市場を改革し、そして魅力のある市場にする。日本経済を支えるに足る金融制度、金融機関をつくるためには、一挙に思い切ってやった方がいい。
 そのために多少問題があれば、それは国がそういう問題に対する解決をする。例えば不良資産が焦げついて金融機関が破綻をするというときには、二〇〇一年まではペイオフをしないということを決めているわけですから、これは国の負担において解決するということも考えなくてはならないのではないか。しかし、そうならないと思います。もう不良債権問題は峠を越したというのが私の見方です。
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植田和男#18
○植田参考人 不良債権問題との関連に絞ってお答えします。
 御質問にありましたように、金融ビッグバンで競争が非常に厳しくなるという中で、既に経営が芳しくないという金融機関がスタート時点で存在するということは、予想されるような明らかな問題を持っていると思います。これに対する一番よい解決方法は、例えば来年四月から本格的にビッグバンが始まるということに合わせまして、現在、ある基準で切りまして、それより下の状態にある金融機関をすべて整理してしまうということであります。そういう極端な手段はとれないと思いますが、それに近い方法が望ましいとは思います。
 しかし、それをやろうとしますと、特に銀行あるいは保険という分野でありますと、要するに純資産がマイナスあるいはマイナスに近いという状態、ある銀行がそういうカテゴリーに属する、あるいは保険会社がそうであるといたしますと、お金が足りないわけであります。したがいまして、よく言われることでありますが、だれかが負担しなくてはいけないということになります。だれかというのは可能性は恐らく三つしかありませんで、預金者ないし保険の契約者が責任をとるということか、話が出てきましたように公的資金を投入する。三番目に、業界の内部で、いわゆる奉加帳方式のようなことも一つの方式でありますが、関連の金融機関が資金を拠出する。この三つかなというふうに思います。
 三番目は、強い者が自由に自分の創意工夫で強くなってよいという金融ビッグバンの哲学と相入れないような気がいたしますので、三番目をゼロにするということは不可能だといたしましても、それを積極的に使うということは難しい、あるいはビッグバンと矛盾するというふうに私は思います。したがいまして、一か二ということになります。どちらがよいかということは、私、申し上げるのは避けさせていただきたいと思いますが、そういう厳しい問題があるということであります。これをどうしても避けるということになりますと、恐らく当局が考えておりますように、現在から将来にかけての業務純益を使って少しずつ不良債権を償却していくという動きになるのかなというふうに思います。
 しかし、現在の経営悪化行は、かなり長期の期間をかけませんと、業務純益で不良債権を償却するというところに至りません。したがって、そういう中で金融ビッグバンを始めるということは、そういう経営悪化行の問題をさらに厳しくするか、あるいは金融ビッグバンにブレーキをかけるという手段をとらざるを得ないというような、やはり非常に難しい問題に突き当たるというふうに思っております。
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岸田文雄#19
○岸田委員 ありがとうございました。
 不良債権に関しましては、お二人の参考人、少し認識、その感覚のお違いが出ていたような気がいたしました。
 続けさせていただきます。
 このビッグバンの議論の中で一つ大きな議論になっておりますのが、財政投融資制度。日本にあります国家金融制度であります財政投融資制度をめぐる議論であります。このビッグバンの議論が盛んに行われている中にあって、財政投融資制度に対する議論が余り詰められていないのではないか、どうもその部分について真剣に議論が積み重ねられていないのではないか、不足しているのではないか、そんな声が聞こえできます。ビッグバンの流れの中で、やはりこの財投制度にも何らかの改革を行わなければ、金融制度自体がゆがみを生じてしまうというような声があるわけであります。
 しかし、私は、一方で大変興味深い議論といたしまして、本当にこのビッグバンを行ったならば、本当の意味で日本の金融市場が、東京市場が魅力的なものになって、そして日本の金融機関が力強くよみがえって日本の国民は総合的な金融サービスを、魅力的なサービスを手にすることができるわけでありますから、例えば貯金だけを扱ってくれるような郵便局は国民は相手にしなくなるのではないかというようなことをおっしゃる方があるわけであります。
 ですから、今のビッグバンの議論の中で、この財投制度、あるいは特に郵政事業等の議論があるわけでありますが、この部分はそんなにさわらないとしても、本当にビッグバンが進んだならば、魅力的な金融サービスに国民の目は行ってしまう。今の財投制度あるいは郵政三事業のままであったならば、じき国民はそういった制度に魅力を感じなくなって見捨ててしまう。要は、今は金が集まってしようがないと言われている郵貯を初めとするああいう制度にしましても、そのうち金が集まらなくなる時代も来るのだというような言い方をされる方もおられるわけであります。
 これはビッグバンというものに対する考え方の違いかもしれませんが、そういう両極端の議論があるわけであります。このビッグバンというものは、金融技術の競争であると同時に信用力の競争だとも言われているわけでありますが、国家という信用を背景としました財政投融資制度、この制度のあり方をビッグバンの中でどう考えるべきなのか、お二人の参考人に御意見を承れますでしょうか。
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植田和男#20
○植田参考人 大変難しい問題でありますが、私の考え方を簡単に申し上げれば、貯蓄の部分と融資の部分、両方合わせまして公的金融の制度はやはりある程度必要な部分は存在するというふうに思います。しかし現状は、必要な部分あるいは必要な程度と比べまして大きくなり過ぎているということではないかなというふうに思います。
 大きくなり過ぎているという理由は二種類ありまして、たまたま短期的に数年とか五年程度の単位で、特に不良債権問題との絡みで、国家の信用をバックにしているという部分が例えば郵貯にとっては非常に有利に働いているというような側面が一つだと思います。二番目に、過去に非常に有益なサービスを提供してきた公的金融機関があり、それを可能にするような制度があり、しかし民間の金融機関あるいは金融市場が十分発展した、あるいはこれから発展しつつあるという中では、場合によっては不要だという部分がいまだに残っているという部分があるような気がいたします。
 前者の部分については、例えば何らかの方法によって不良債権問題が解決していくとか、民間の競争力が競争の中で拡大、上昇していくという中で規模が縮小していくという動きは出てくるかと思いますが、後者の部分については、現時点に立って、何が必要か、何が必要でないかということをもう一度反省しまして、必要ない部分を切るということが重要ではないかなというふうに思っております。
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八城政基#21
○八城参考人 私は、先ほど岸田先生が言われた、こういう意見もあるという意見を持っている人間であります。
 というのは、郵便局と民間の金融機関の競争というのは、実はごく一部での競争でしかない。つまり入り口のところで、預金を、貯金を集めるというところで競争がある。それ以外の分野ではほとんど競争はないわけです、出口の方は民間の金融機関は関係ありませんから。そういう意味で、入り口のところで郵貯が多額の資金を国民から集めているというところに批判を向けるのは過ちだと思うのですね。
 つまり、銀行が魅力のある商品とサービスを提供するなら、実はごく限られたサービスしか提供できない郵貯を問題にするのはおかしい。今までのような銀行の行き方なら、確かに巨大な競争相手で恐ろしい相手と思うのは仕方がないと思いますけれども、一人の人が生まれてから死ぬまでありとあらゆる金融サービスを提供することが実は可能なのですね、それぞれの生涯の段階に合わせて。学生であれば、まず学生への学資の融資から始まって、学校を出るころになったらクレジットカードを発行し使ってもらい、そして住宅融資をし、そして将来お金がたまったらその老後に備えた資金の運用をするといった、ビッグバンで構想されているようないろいろなサービスができるようになれば、郵貯を目のかたきにし、あるいは我々との競争が有利な条件で、つまり税金を払っていないということをよく言われますけれども、私はそれは実は余り重要な議論ではないというふうに思っています。
 特に、日本の金融機関が不良債権問題を解決できないでビッグバンが起きると困るというのは、実はそれも間違っていると思うのですね。金融機関は赤字を出すことを恐れてはいけない。早く赤字を出して不良債権問題を解決してしまえば、いろいろなサービスができるようになるのだ。それは同時的、並行的にやっても一つもおかしくないことであるというふうに私は思っています。
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岸田文雄#22
○岸田委員 八城参考人、貴重な御意見ありがとうございました。
 今の御意見の中で、逆に郵貯あるいは現状の財投制度に御注文等がありましたらつけ加えていただけますでしょうか。
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八城政基#23
○八城参考人 私は財政投融資の方は専門家でありませんが、ただ、公的ないろいろな機関が、投融資を受けた相手がどういうふうな経営状態にあって、果たして十分効率的な経営をしているかどうかということがわからないのは、国民から見ると非常に不満である。したがって、資金の調達についても、それぞれの機関が起債をして、十分経済的に成り立つものだということを証明することによって市場から資金を集めることも重要な選択肢ではないかというふうに思います。
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岸田文雄#24
○岸田委員 どうもありがとうございました。
 お二人の参考人、本当に貴重なお話を聞かせていただきまして大変勉強になりました。心から感謝を申し上げまして、質問を終わらせていただきます。
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原田昇左右#25
○原田委員長 次に、中野清君。
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中野清#26
○中野(清)委員 新進党の中野清でございます。
 きょうは、八城先生、植田先生、貴重な御意見ありがとうございます。両先生の御発言を踏まえまして、幾つか御質問をさせていただきたいと思います。
 まず最初に、日本版ビッグバンについてお伺いをしたいと思っております。
 御承知のように、市場の自由化、市場の透明化、市場の国際化、この三つが基本になっている日本版のビッグバンが今動いているわけでございますけれども、いわゆる国境を取り払い、内外無差別ということで、仲間内の論理はもはや通用しなくなったと思うのでございます。特に先ほど八城先生が御指摘になりましたように、コンセンサスとして、市場に競争原理を導入して、事業会社、消費者がより安いコストで自分たちが必要とする金融サービス、金融商品を自由に選択できるようになるという考え方については、私は同感でございます。そして八城先生のおっしゃったとおり、ビッグバンの構想で言われていることを実行しなければ、日本の金融サービス業の地盤沈下はますます進み、来年以降の外国為替の規制が緩和されれば、コストが高く使い勝手の悪い国内でのサービスを利用する人は少なくなって、東京市場の空洞化がますます進むと思っております、そういう中で、先ほどのアメリカでも二年間で不良債権がなくなったというような点を考えてみれば、今日までの日本の政府や金融機関は、不良債権の処理も、新しい時代に向けた体制の整備も、極言すれば何もしないで過ごしてきたのではないかと思わざるを得ないのでございます。
 その中で、金融空洞化の解決策としても、日本版のビッグバンをぜひ実効あるものにしなければならない。それには、まず日本が自分たちの仲間内のひとりよがりの内輪の論理から転換すべきという御視点について、本当に同感を持ちながら、幾つか御質問をさせていただこうと思います。
 まず第一に、八城先生にお伺いいたします。
 二〇〇一年までに日本版のビッグバンを行おうとしております。この改革を全面的に一挙に推進するビッグバン方式に果たして我が国の金融機関が耐えられるだろうか、お伺いしたいと思うのです。それからさらに、二〇〇一年という期限にとらわれないで改革を前倒しで行うべきではないだろうか。
 それから二つ目としては、一部業界からは激変緩和の要望も出ておりますが、これについてどうお考えになっていらっしゃるか。私は、業界という垣根の中での施策は今までもありましたが、本当の意味での競争ではないのではないか。ですから、これにどう対処するか、問題があると思います。
 それから、もう一つ八城先生にお伺いしたいのは、ビッグバンは何のためにするのか。これは預金者や投資家そして国民のために行うわけでございますけれども、ビッグバンの過程で必ず改めなければならないこと、逆に、やってはならないこと、これは何だろうか。この点についてまずお伺いしたいと思います。
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八城政基#27
○八城参考人 最初の御質問ですが、二〇〇一年というその期限にとらわれず前倒しをしたらどうだろうかという点でありますけれども、業界によってはその影響は大き過ぎるという心配を多少されているどころがあるように思うのです。特に保険は少し時間が欲しいというようなことを言われているように、これも紙上で拝見するのですが、私は、多少一年ぐらい延びても、改革をするとかというときにはそれを全面的にしてしまった方がいい。一部分をなしましにだんだんやっていくという方法よりかも、いつということをはっきり時間を決めて、そしてそのときに一挙にしてしまうという方式をとった方がいいのではないか。これはこれまでの不良債権問題の処理の仕方についても同じでありますし、時間をかけたことは決してよくなかった。ですから、やるべきときにはどんどんやってしまうことがまず第一。
 二番目には、いわゆる激変緩和ということをよく言われますけれども、本当にそのことによって大きな影響が出て社会的にも問題が起きるような場合、例えば保険の場合にそういうことがあるのかどうかよく存じませんが、保険に従事しておられるたくさんの方々が急に困る、職がなくなるというようなことがあっては、もしかすると社会的にも問題になるかもしれない。とするなら、そういうためには多少の時間を置いて、そして改革を進めていく、つまりビッグバンを進める。それも余り長くするといつの間にかそれこそ気の抜けたサイダーのようになってしまうと思うので、徐々にやるというよりかも、時間をはっきり確定して、そして一挙にやるということの方が大切でないかというふうに思います。
 それから、ビッグバンについて、こういうことをやってはいけないということはあるかという御質問ですが、私は、ビッグバンそのものがどうも余りはっきりしていなかったために、いろいろな意見があって、冒頭にも申し上げましたが、英国型のようなビッグバンは、実は証券業についてのビッグバンなのです。
 それからもう一つは、日本の銀行が弱くなったから国際的に競争ができるようにするということを考えている人もいますが、私は、利用者、消費者のためになるような商品・サービスを提供するように金融機関がみずからの考え方、体質を変えていくことが目的だとすると、規制を外し、自由な競争をさせて、そして企業間に格差が出ることはどうしても仕方がない、それが最終的な目標に沿うものだというふうに考えています。
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中野清#28
○中野(清)委員 ありがとうございました。
 そういう先生の御意見を踏まえまして、実は植田先生にお伺いしたいと思うのです。
 日本版のビッグバンの問題点の中に、先ほど岸田議員もおっしゃっていましたけれども、公的金融の問題が抜け落ちているのではないだろうかと私は思っております。いろいろと先ほど来御意見がございましたけれども、一つには、民間と公的金融、特に郵政との問題については、競争条件がイコールフッティング、対等になっていないのではないか、そういうことがあると思うのです。それからもう一つは、財投につきましても、私は、情報の開示が不明確だ。これだけの予算があって、お金を使っているこの財投について国民が何も知らされていない。この点について、この公的金融の問題というものについてのビッグバン等の対応についてどうお考えか、第一点にお伺いしたいと思います。
 それからもう一点は、これも今岸田議員がおっしゃったので、私簡単にお伺いいたしますけれども、不良債権処理の問題、先ほど先生方のお話ございました。そして、岸田議員も四つの実験を一遍にやるのだというので、できるかどうかと。私は、そのとおりだと思います。その中で不良債権処理の問題を一番前提にして、先ほど八城参考人はある程度峠を過ぎたとおっしゃっておりますけれども、国際的にも国民も、専門家の皆さんの立場では先が見えますけれども、まだ具体的に先が見えていない、信用していないといいましょうか、そういうふうに思いますけれども、植田先生、これの重要性についてお伺いしたいと思います。
    〔委員長退席、尾身委員長代理着席〕
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植田和男#29
○植田参考人 財投のことに関しましては、先ほど岸田先生の御質問に対するお答えの中で申し上げたので重複しますが、やはり幾ら民間の金融機関が努力してもどうしようもないという部分は一部に残ると思います。
 郵便貯金の方でありますと、大分改善されてきましたが、例えば利子率の問題等、あるいは民間の金融機関では進出できないような地域での店舗網の配備ができるというようなことであります。このようなことを考えますと、民間の金融機関では提供できないようなサービスは何か、先ほど申し上げましたが、そこをきちんと明らかにして、そこは国家で提供していく。それ以外の部分についてはやや縮小、あるいはかなりの縮小を図るという方向が私は本来望ましいものというふうに考えております。郵便貯金の方はやや大きくなり過ぎた、そう思っておりますし、融資の方で見ますと、必要な部分は依然としてあるとは思いますが、大企業でもう既に国家からの融資を必要としなくなっているところにも依然として融資が続いているというようなところも散見されまして、これらについても整備の余地があると思います。
 二番目の、不良債権問題は峠を越したかどうかというあたりの話でありますが、これは極めて判断が難しいかと思います。それで判断が難しい一つの大きな理由が、おっしゃいましたように、ディスクロージャーがそれに関して十分なされていないということであります。しかし、私の判断では、例えば銀行という部門に限りますと、処理策が第一歩といいますか、固まりつつあると見ますか難しいわけでありますが、日債銀の問題と北拓の問題、一応ある程度進展しつつあるというふうに見ますと、この二つだけで、量的には日本の銀行部門で持っている不良債権問題のかなり大きな部分を占めるというふうに思っております。したがいまして、これが望ましい方向で解決されていけばかなり不透明感は晴れると思います。
 ただ、それでも陰の部分が残るというのは確かでありまして、したがいまして峠を越したかどうかは難しいわけでありますが、かなり重要なステップを踏み出したということであります。それで、残った部分についても、先ほど申し上げましたような手当てが必要か、手当てをしないとまだ霧が晴れないという部分は若干残るということだと思います。
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