天田勝正 に関する国会発言

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1965-03-17 西田信一 本会議 参議院

○西田信一君 本院議員天田勝正君は、去る二月二十七日、急性肝炎のため、こつ然として幽明境を異にせられました。君の訃報は、まさに青天のへきれきでありまして、まことに哀惜のきわみでございます。ここに私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、つつしんで哀悼のことばを申し述べたいと存じます。  天田君は、明治三十九年埼玉県に生まれ、長じて東京物理学校に学ばれましたが、国民大衆の幸福を念ずるひたむきな心情から、いち早く政治に志し、革新陣営に身

1965-03-17 重宗雄三 本会議 参議院

○議長(重宗雄三君) 議員天田勝正君は、去る二月二十七日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。  同君に対しましては、すでに弔詞を贈呈いたしました。  ここに、その弔詞を朗読いたします。    〔総員起立〕  参議院は議員正四位勲二等天田勝正君の長逝に対しましてつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます      ―――――・―――――

1965-03-16 河野義克 議院運営委員会 参議院

○事務総長(河野義克君) 本院議員天田勝正君には、去る二月二十七日午後五時二十七分、急性肝炎のため熊谷外科病院において逝去されました。まことに哀悼の至りにたえません。  本院といたしましては、弔詞を贈呈し、本会議において哀悼演説が行なわれますとともに、法律の定めるところにより、御遺族に対し弔慰金を差し上げるのでございますが、弔詞につきましては、去る三月二日の御葬儀に際し、お手元の資料のとおり、例文による弔詞を贈呈いたしました。  ま

1965-03-16 田中茂穂 議院運営委員会 参議院

○委員長(田中茂穂君) 次に、議員天田勝正君逝去につき弔詞贈呈等に関する件を議題といたします。  事務総長の報告を求めます。

1965-03-09 野知浩之 決算委員会首都高速道路公団に関する小委員会 参議院

○副委員長(野知浩之君) ただいまから決算委員会首都高速道路公団に関する小委員会を開会いたします。  まず、小委員会の異動につき御報告いたします。  本日、横川正市君、稲葉誠一君及び故天田勝正君の補欠として、横川正市君、稲葉誠一君及び中村正雄君がそれぞれ小委員に選任されました。  以上でございます。     —————————————

1965-03-02 西田信一 大蔵委員会 参議院

○委員長(西田信一君) ただいまから大蔵委員会を開会いたします。  すでに御承知のことと存じますが、本委員会理事天田勝正君は去る二月二十七日急逝せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。ここにつつしんで同君の長年にわたる御功績をしのび、各位とともに黙祷して御冥福をお祈りいたしたいと存じます。   〔総員起立 黙祷〕     —————————————

1965-02-19 相澤重明 決算委員会 参議院

○理事(相澤重明君) ただいまから決算委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  昨二月十八日、天田勝正君が委員を辞任され、その補欠として田上松衞君が委員に選任されました。     —————————————

1965-02-17 相澤重明 決算委員会 参議院

○理事(相澤重明君) 次に、去る二月十二日の本委員会におきまして設置を見ました首都高速道路公団に関する小委員会の小委員、小委員長及び副委員長を指名をいたします。  小委員、野知浩之君、北口龍徳君、横川正市君、稲葉誠一君、二宮文造君、天田勝正君、奥むめお君、小委員長に横川正市君、副委員長に野知浩之君、以上でございます。  なお、小委員の辞任の許可及びその補欠の指名につきましては、あらかじめこれを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異

1965-02-12 天田勝正 決算委員会 参議院

天田勝正君 公団側で考えているとかいないとかで、それを指摘しているのではないのですよ。工事担当者が、幾ら建設省の監督だって、地方のトンネル工事等でも、幾ら監督したっても、その施工する当事者、つまり、この場合には建設会社ですが、そういうところで、確たる使うべきところはきちんと使ったのだ。さっき人数が少なくて監督不行き届きの面があるのだと言うが、そのほうの心配が出てくるのは当然でしょう。ですから、それを私は申し上げておるのであって、第一、

1965-02-12 天田勝正 決算委員会 参議院

天田勝正君 関連して。どうも答弁を聞いて、おりますと、歯切れが悪いのだな。これは理事長等も御存であろうと思いますが、ここの工事をする際に、国会側との折衝——当時、西畑理事でございますが、担当の技術者を連れて、こういう申し出があったのです。全部を地下にやりますと三十たしか二億でありました。そういうことであり、いまのごとく一つを地上に一つを地下にすれば十八億である。そうして全部を地上にするならば八億である。そうして、全部を地下にすればこの

1965-02-11 天田勝正 大蔵委員会 参議院

天田勝正君 遺憾であっても、しようがない。きょうはやめましょう。

1965-02-11 天田勝正 大蔵委員会 参議院

天田勝正君 おかげさまで十分延ばしていただきましたので……。これは重要でありますから、私のほうからお願いしておくことでありますが、どこの責任とか言っておらないで、日銀のほうから通産省やあるいは大蔵省、こういう面にも働きかけていただく。かつは、大蔵委員会でありますから、われわれのほうからも政府側に注意を申し上げて、何とか、どこの責任であるのないのと言っていたのではらちがあかないので、何とか改善しなければだめだと思う。  具体例をあげま

1965-02-11 天田勝正 大蔵委員会 参議院

天田勝正君 きょうの質問は時間の関係で飛び飛びにならざるを得ないのですが、それで唐突に飛びますが、過日東南アジアを私回りまして、これが三度目でございますが、いつも日本からの企業進出に対して私は注意しながら実は見てまいりました。ところが、どこでもあることですが、国内においても過当競争をずいぶんやるし、外国に行っても過当競争をやる、こういう始末で困ったものであります。これを決してあなたの責任だとか日銀当局の責任という意味で私は質問するので

1965-02-11 天田勝正 大蔵委員会 参議院

天田勝正君 宇佐美総裁、これは委員会の内輪話ですが、昨日の打ち合わせで実は私は二十分という時間をいただいているわけです。いま九分しかなくなってしまった。あなたが帰られる時間を私のほうも守りたいと思う。そうしますと九分ですから、私の質問が当然舌足らずになって本意でないことになりますし、あなたのほうにおかれても本意でないかもしれないけれども、イエスかノー式に答えていただきませんと、とても、質問が一問くらいで終わってしまう、こういうことにな

1965-02-10 天田勝正 決算委員会 参議院

天田勝正君 ですから、私は、あとの固定資産のほうも同じことで申し上げたいのですが、二宮君ですか、とにかくありますから、私はあとの機会にします。ほかの方のも、大臣の出席云々という注意がありましたから、以上考えておいてもらう。

1965-02-10 天田勝正 決算委員会 参議院

天田勝正君 ほかの人が迷惑しますから、どうしても事柄がいままでさんざんやって理解ができないから、私の説明が長くなって、ほかの委員各位に迷惑をかけているわけだ。そこで、まあそういう答弁を聞いておるととてもらちあかないのですよ。私は、だからこっちから申し上げます。あなたがわからなければわからないでいいです。政務次官に聞いてもらってもいいのだが、問題はそうじゃないのですよ。それはちゃんと税務署に行って調べて、いかがですかと聞いてごらんなさい

1965-02-10 天田勝正 決算委員会 参議院

天田勝正君 いや、それは調べ直してください、大蔵委員会のあれにあるから。

1965-02-10 天田勝正 決算委員会 参議院

天田勝正君 いやいや、そのときの大蔵省の答弁だよ。

1965-02-10 天田勝正 決算委員会 参議院

天田勝正君 もうすでに委員長から御注意がありましたから、大急ぎで質問をいたしますが、ただ一点先に私が指摘しておきたいのは、結局われわれが質問しているのですから、あとで——まあその職に携わっている人個人を別に責めているわけではないのです。ですから、そういうつもりでひとつこれからの質問にお答え願いたいのですが、さっき江守局長が横川委員や小酒井委員に答弁したことを聞いておりますと、国有財産でもあるいは契約を取り消したりその金を返させたりと、

1965-02-09 天田勝正 大蔵委員会 参議院

天田勝正君 まだ時間がありますから、一言要望だけしておきます。それは、実際私は消費者の立場に立って、いま申し上げたようなことを言ったんですけれども、まことにこれは困難なんですよ。困難だって、消費者の立場に立てば、それはとんでもない話なんですから、将来とも、いろいろと言ってみたところで、なかなかこれは実際的には骨が折れます。私は要望しておくんですが、水分にしたって、本来四等米で通るものを、水分だけが悪いから規格外のほうだ、こうなんだ。一