安井謙 に関する国会発言
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○大幡委員 もう一つ紹介しますと、この第四十回国会のやりとりですが、先ほど紹介した新井さんの答弁もある、こういう中で、当時の自治大臣の安井謙さんもこう言っているんです。政治活動というものはでき得る限り自由に言論、文書によってできることが好ましい、選挙運動自体も、できる限り窮屈な感じではなく明朗にやられるように、選挙法も考えなければなりません、政党の選挙活動というものにつきましては、相当制限の枠を広げまして、かなり自由にやり得るというふう
○証人(村上正邦君) 第一点でございますが、小山前議員につきましては今捜査中でもございますし、このことについてはそごを来してはいけないと思いますので控えさせていただきますが、第二点は、古関さんに具体的に頼んだかどうかと、選挙を。思えば、平成四年の最初のときに古関さんから、村上さんは、私も安井謙先生をよく知っているけれども、参議院の独自性についてよく頑張ってくださっていると、いろいろ協力していきたいと、何か協力することがあればという話があ
○証人(村上正邦君) 小山前議員、非常に有能な、私の秘書時代は私を支えていただきました。私も、もともと秘書経験から議員になった者であります。ですから私も、私の仕えていた先生が私を議員として育てていただいた、私はこの先生に対して御恩返しするということになれば、私も自分の、仕えてくれた、有能な国会議員としての素質があるならば、同じように議員に育てていくことが、私が育てていただいた先生に対する私は御恩返しだと、そういう思いで村上、小山という関
○細田委員 厳正にお願いしたいと思います。 KSDでございますが、この事業団は、歴史をひもとくと、川上為治先生とか安井謙先生が理事長を務めておられました。目的もしっかりしておりました。しかし、古関理事長になり、これまた長い期間を経て、これが横領、背任、贈賄、そういったことに発展するというとんでもないことになっておるわけでございます。 私は、この点につきまして、厚生労働省がしっかりと対応をとっていかれますように重ねて、本会議でもご
○加藤武徳君 お許しをいただきまして一言御礼のごあいさつを申し上げたいと存じます。 ただいまは、永年在職のゆえをもちまして、院議をもって表彰の栄を担わしていただき、かつまた、皆様を代表して土屋義彦先生から御懇篤な祝辞を賜りまして、まさに感激いっぱいでございます。 思えば、昭和二十五年六月、第二回参議院議員通常選挙におきまして当選の栄を担わしていただき、安井謙先生、郡祐一先生、上原正吉先生、あるいはまた多くの方々と御一緒に当選をさ
○事務総長(加藤木理勝君) 御説明申し上げます。 本日は、冒頭、議員元本院議長安井謙君逝去につき哀悼の件でございます。議長から、既に弔詞をささげました旨御報告の後、弔詞を朗読されます。その際、一同側起立をお願いいたします。次いで、秋山長造君から哀悼演説がございます。 次に、日程第一 国務大臣の報告に関する件でございまして、中曽根内閣総理大臣から帰国報告があり、これに対しまして、野田哲君、黒柳明君、山中郁子君、関嘉彦君の順で質疑を
○秋山長造君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員元本院議長安井謙先生には、去る三月十日、急性心不全のため忽焉として逝去されました。まことに痛惜哀悼にたえません。 ここに、皆様のお許しを得て、議員一同を代表し、謹んで追悼の言葉を申し述べたいと存じます。 安井先生には、昨春風邪をこじらせて肺炎と肝機能障害のため入院され、秋一たん退院して自宅療養に努めておられたのでありますが、その後の経過思わしからず、十二月に至り、中
○議長(木村睦男君) これより会議を開きます。 議員元本院議長安井謙君は、去る三月十日逝去されました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。 同君に対しましては、議長は、既に弔詞をささげました。 ここにその弔詞を朗読いたします。 〔総員起立〕 参議院はわが国民主政治発展のため力を尽くされさきに参議院議長として憲政の発揚につとめ特に院議をもつて永年の功労を表彰せられまた国務大臣としての重任にあたられました議員従二位勲
○委員長(二宮文造君) 委員の異動について御報告いたします。 安井謙君の逝去に伴い、本委員会は委員が一名欠員となっておりましたが、去る三月十三日、その補欠として中西一郎君が選任されました。 また、本日、抜山映子君、大坪健一郎君及び林ゆう君が委員を辞任され、その補欠として中村鋭一君、吉村真事君及び谷川寛三君がそれぞれ選任されました。 ―――――――――――――
○委員長(二宮文造君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 議事に先立ち、一言申し上げます。 既に御承知のことと存じますが、本委員会の委員として長くその職責を果たされてまいりました安井謙君は、去る三月十日、急性心不全のため逝去されました。同君の急逝は、まことに哀悼痛惜にたえません。 ここに皆様とともに同君をしのび、謹んで黙祷をささげ、心から哀悼の意を表しまして、御冥福をお祈りいたしたいと存じます。 それでは、皆様の
○大出委員 今おっしゃった最後の指導というのは公なのかどうかわかりませんが、文章を見ますというと何とも書いていませんからね。だれがとも何とも書いてない、文章が書いてあるだけで。非公式なのかもしれませんが。私の調べた限りでは、文部省が直接というのはないですね。確かに安井謙さん初め国会議員、柔道の将来を考える方方が集まって一生懸命御努力された時期があります。文部省じゃない。ほっぽっといたわけですね、文部省というのは。 そこで、長い答弁に
○委員長(二宮文造君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る十二月十四日、佐藤昭夫君、石井道子君、杉元恒雄君、竹山裕君、藤田栄君及び松岡満寿男君が委員を辞任され、その補欠として宮本顕治君、藤田正明君、安井謙君、河本嘉久蔵君、徳永正利君及び石本茂君がそれぞれ選任されました。 また、去る十二月十六日、上野雄文君が委員を辞任され、その補欠として寺田熊雄君が選任されました。 また、
○委員長(二宮文造君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る十一月二十七日、岡野裕君及び石井道子君が委員を辞任され、その補欠として石本茂君及び河本嘉久蔵君がそれぞれ選任されました。 また、去る十二月十一日、寺田熊雄君が委員を辞任され、その補欠として上野雄文君が選任されました。 また、本日、石本茂君、河本嘉久蔵君、徳永正利君、藤田正明君及び安井謙君が委員を辞任され、その補欠と
○委員長(二宮文造君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る十一月十五日、竹山裕君、松岡満寿男君及び出口廣光君が委員を辞任され、その補欠として石本茂君、河本嘉久蔵君及び安井謙君がそれぞれ選任されました。 ―――――――――――――
○委員長(二宮文造君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る六月二十四日、小山一平君及び大川清幸君が委員を辞任され、その補欠として安永英雄君及び私、二宮文造が選任されました。 また本日、石本茂君、河本嘉久蔵君及び安井謙君が委員を辞任され、その補欠として竹山裕君、松岡満寿男君及び出口廣光君が選任されました。 —————————————
○委員長(大川清幸君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨十二日、岡野裕君、松岡満寿男君及び宮本顕治君が委員を辞任され、その補欠として徳永正利君、安井謙君及び佐藤昭夫君が選任されました。 また本日、石本茂君が委員を辞任され、その補欠として出口廣光君が選任されました。 ─────────────
○委員長(大川清幸君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る五月三十日、山中郁子君、岡野裕君及び吉村真事君が委員を辞任され、その補欠として宮本顕治君、徳永正利君及び河本嘉久蔵君が選任されました。 また、去る五月三十一日、柳川覺治君が委員を辞任され、その補欠として石本茂君が選任されました。 また、本日、徳永正利君及び安井謙君が委員を辞任され、その補欠として岡野裕君及び松岡満寿
○委員長(大川清幸君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨二十二日、倉田寛之君及び水谷力君が委員を辞任され、その補欠として安井謙君及び徳永正利君が選任されました。 また、本日、石本茂君が委員を辞任され、その補欠として石井通子君が選任されました。 ─────────────
○委員長(大川清幸君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る四月二十三日、井上孝君、工藤万砂美君及び柳川覺治君が委員を辞任され、その補欠として園田清充君、藤田正明君及び安井謙君が選任されました。 また、去る四月二十四日、山中郁子君、出口廣光君及び吉川芳男君が委員を辞任され、その補欠として宮本顕治君、石本茂君及び河本嘉久蔵君が選任されました。 また、去る五月九日、園田清充君が
○委員長(大川清幸君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る十八日、近藤忠孝君が委員を辞任され、その補欠として宮本顕治君が選任されました。 また、去る十九日、川原新次郎君、竹山裕君及び吉村真事君が委員を辞任され、その補欠として藤田正明君、河本嘉久蔵君及び石本茂君が選任されました。 また、昨二十二日、園田清充君、藤田正明君及び安井謙君が委員を辞任され、その補欠として井上孝君、