小渕恵三 に関する国会発言
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○議長(額賀福志郎君) 本日表彰を受けられました他の議員諸君の挨拶につきましては、これを会議録に掲載することといたします。 ――――――――――――― 阿部 知子君の挨拶 二〇〇〇年六月の初当選から二十五年、この度、永年在職の表彰を頂きましたこと、厚くお礼申し上げます。 徳洲会の勤務医であった私に社会民主党から立候補のお誘いがあった時、その背を押して下さったのは、今は亡き徳田虎雄理事長でした。弱い立場の患
○参考人(目加田説子君) ありがとうございます。 本日は、本当に貴重な場にお招きいただきまして、特に地雷とクラスターの問題について説明をせよということでお声掛けいただきましたので、できる限り時間内に具体的なポイントも含めまして御説明させていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。 お手元に「人道的軍縮について」というタイトルの資料が届いているかと存じます。今の土井参考人とかなり重複する部分もございますので、その辺はは
○武井副大臣 この件ですけれども、前回私は不在にしておりまして、それは大変おわびを申し上げますが、前回の委員会で委員が資料としてこのツイートを提示されたということを伺っております。 この中で、私は、台湾とは国交がなく、外交を政府が担うことが難しく、実質的に自民党がそれを担ってきましたということを確かに書いたところでございますが、これについて若干補足をさせていただくことで御質問にお答えしたいというふうに思います。 前提として、この
○山岸委員 大臣、心のこもったお話、御答弁、ありがとうございます。是非よろしくお願いいたします。 今、沖縄の政治家の皆さんということで議論してまいりましたけれども、実は、この世代間の問題というのは、沖縄だけではなくて、本土、日本全体の政治家も同じであって、もっと深刻なんだろうなというふうに思っています。 我々沖縄政策に取り組んでいる国会議員にも、三つの世代が同じようにございます。直接戦争体験がおありだった野中広務さんですとか山中
○西銘国務大臣 お答えいたします。 かつてですと、山中貞則先生とか、小渕恵三先生とか、橋本龍太郎先生とか、野中広務先生とか、そうそうたるメンバーが沖縄応援団としていたなということを四十年近い政治の場に身を置いている者としては感じております。 そういう意味では、もう復帰五十年ですけれども、復帰のときにはまだ生まれていなかったという国会議員も大分増えてきておりますし、沖縄に対する熱量は、トータルで見ると、私が政府に入る前、自民党の沖
○小渕優子君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員竹下亘先生は、去る九月十七日、七十四年の生涯を閉じられました。 その日は、くしくも自民党の総裁選が告示をされた日でした。来る衆議院選挙を間近に控え、派閥の行く末や総裁選についても様々な御指導や御心配をいただいていたばかりであり、にわかにその訃報を信じることができませんでした。 先生は、平成三十年暮れに体調を崩され、入院して治療に専念された後、一時は御快癒に向かわれ、
○篠原(豪)委員 私は、この九六年四月の日米合意は、前年九月に大変痛ましい事件が起きたことがきっかけになったということは間違いないと思っているんですが、また、同年二月に出された東アジア・太平洋安全保障戦略、いわゆるナイ・レポートですね、これが重要だったんだろうというふうに思っています。 対ロ同盟を主眼とした日米同盟が、冷戦終結によって、当時の言葉で言うと漂流していたということでございます。そして、同じ年の四月、日米首脳会談で日米安全
○茂木国務大臣 まず、小渕委員おっしゃるように、今、日本だけではなくて、世界経済全体、落ち込み、深刻でありまして、四―六の数字、おっしゃっていただいたように二八・一。十二年前のリーマン・ショックのときは一七・八でしたから、それと比べても圧倒的に大きい数字でありまして、しかも、リーマン・ショックのときは先進国がマイナス、しかし、途上国、新興国はプラスという状況でしたが、今回は残念ながら全体がマイナス。そういった中で、内需もそうなんですが、
○国務大臣(茂木敏充君) 元紛争国、途上国での地雷の除去、公明党の皆さんも熱心に取り組んでおられる、よく承知をいたしております。そして、私にとっても大先輩でありまして政治の恩師であります小渕恵三元外務大臣、総理大臣も誰よりも熱心に取り組んできたテーマであると、こんなふうに考えております。 我が国は、地雷除去支援につきまして三つの支援方針、第一に深刻な地雷・不発弾被害を受けている国の除去活動に対する継続的な支援、そして第二に地域協力、
○茂木国務大臣 ありがとうございます。 小渕委員のお父様、小渕恵三元総理が外務大臣を務められていた、たしか二十二年前だと思いますが、私、当時、外務委員会の一番若い理事でありまして、当時の小渕外務大臣に日米関係の強化について質問させていただいた。今でも鮮明に覚えておりますが、今、新しい時代を迎える中での日米の関係の強化にもつながります今回の日米貿易協定、日米双方にとってウイン・ウインで、かつバランスのとれた協定になっていると考えており
○小池晃君 日本共産党の小池晃です。 会派を代表して、安倍総理大臣に質問します。 総理は、参議院選挙後、憲法の議論を行うべきだというのが民意だ、これが国民の審判だと述べましたが、改憲勢力の議席が発議に必要な三分の二を割り込んだのが今回の選挙結果です。期限ありきの早急な改憲には賛成できない、これが民意にほかなりません。 日本共産党は、野党統一候補として勝利をした十名の議員の皆さんを心から歓迎します。参院選を共に戦った市民と野党
○重徳委員 ぜひ取組を進めていただきたいと思います。 科学技術予算というのは、本当に数兆円規模で非常に大きな予算なんですけれども、どう使いこなすかというのが、本当に精通している、現場のわかる国会議員がまず少ないと思うものですから、かつて、それこそ、小渕先生の御尊父であられる小渕恵三総理のときに、小渕内閣のときに、有馬朗人東大総長を文部大臣に登用するなんということをされて、そういう研究現場がわかった方を登用するということで大分改革も進
○米村参考人 着席したままで失礼をいたします。 本日は、この審査会にお招きをいただきまして発言の機会を与えていただきまして、大変感謝申し上げます。 ただ、私は、今現在、二〇二〇年東京オリンピック組織委員会のチーフセキュリティーオフィサーとして、オリンピックセキュリティー全体を統括する仕事をしております。これは、国の行う情報活動ともいささか関係がございますが、直接情報活動にタッチしているものではありません。あわせて、実務の経験から
○荒井委員 きょうは、この機会を与えていただきまして、ありがとうございます。 今まで私もアイヌにかかわる施策についていろんな措置で携わってまいりました。その意味では、今回このアイヌ新法の法制定というのは感慨深いものがあるんですね。 もともとアイヌにかかわる国の政策というのは、一九八五年、随分昔ですけれども、一九八五年、中曽根政権で、中曽根総理が、日本人は単一民族であるという発言をたしかアメリカでしたんだと思いますけれども、それに
○穀田委員 その歴代歴史認識ということについていいますと、そういう歴史認識について、韓国のこの間の問題について反省をしたということについて、今の安倍政権がその話を述べたことは、少なくともありません。 ことしは、日本の韓国への植民地支配への反省、痛切な反省と心からのおわびということで、日韓両国の公式文書で、小渕恵三当時首相と、一九九八年ですね、そして金大中大統領による日韓パートナーシップ宣言から二十年の、二十周年の節目の年であります。
○国務大臣(野田聖子君) 尊敬する片山先生からの御質問なので、通告いただいていないんですが。 まず申し上げておきたいことは、これは議会でお決めになっていることなので、議会の方で十二分に御議論いただければいいなと思います。 ちょっと話がそれるんですけど、私が最初にお仕えした総理は小渕恵三総理大臣でありました。いつもおっしゃっていたのは、一番しんどいのは党首討論だと。本当に前の日は眠れないし、それだけもうすごい真剣勝負なんだなという
○阿部知子君 立憲民主党の阿部知子です。 私は、ただいま議題となりました予算委員長河村建夫君解任決議案につきまして、立憲民主党・市民クラブ、希望の党・無所属クラブ、無所属の会、自由党、社会民主党・市民連合の五会派を代表し、提案の趣旨を説明いたします。(拍手) まず、案文を朗読いたします。 本院は、予算委員長河村建夫君を解任する。 右決議する。 以下、その理由を申し上げます。 日ごろより、大変温厚かつ誠実なお
○國場委員 総理、ありがとうございました。 続きまして、総理に、沖縄振興に対する思いも伺ってみたいと思います。 歴史を振り返りますと、ことしは明治百五十年ですが、沖縄は、明治十二年に沖縄県の誕生となりました。さきの大戦では住民を巻き込んだ地上戦により多くのとうとい人命が失われ、二十七年間の米軍統治が続きました。本土は一九五二年のサンフランシスコ講和条約で主権を回復して高度経済成長へと突き進みましたが、同じころ、沖縄県には本土から
○政府参考人(井内正敏君) 国旗及び国歌に関する法律を所管する内閣府としての認識を申し上げます。 法制定時の平成十一年八月九日に出されました小渕恵三内閣総理大臣談話にもありますとおり、国旗と国歌はいずれの国でも国家の象徴として大切に扱われているものであり、国家にとって、なくてはならないものであります。また、国民のアイデンティティーのあかしとして重要な役割を果たしているものでございます。我が国の国旗はもとより、いかなる国の国旗もひとし
○高井委員 そのことがやはり、沖縄県知事初め沖縄県民の皆さんからのコメントでは、なかなか受け取られていないということだと思います。 改めて、この沖縄サミットの、小渕恵三元総理は出席できなかったわけでありますが、そのとき決めたことは本当に大英断だったと思います。そういった気持ちをもう一度、もちろん政府が中心となっていきますように、ぜひそこはくれぐれもお願いいたします。 それでは、松本大臣は結構でございます。 次の問題に移ります