島野武 に関する国会発言

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1992-02-14 鶴岡洋 本会議 参議院

○鶴岡洋君 本院議員栗村和夫君は、一月二十五日、呼吸不全のため東京大学附属病院分院において逝去されました。連続六期宮城県小牛田町長を務め、地方行政のエキスパートとして、農政通として、また文人・文筆家としてもっとに知られた君は、保革七人の激戦となった三年前の参議院宮城選挙区において、有効投票の四八%を占める四十六万余票という圧倒的な県民の支持のもと、初当選め栄に浴されました。ようやく国政の場において君の抱負経倫が実を結び始めたそのやさき、

1979-03-08 岩動道行 予算委員会 参議院

○岩動道行君 予算委員会地方公聴会仙台班につきまして御報告申し上げます。仙台班は、上田委員、鈴木委員、福間委員、吉田委員、藤原委員及び下田委員、それに私、岩動の七名で構成、去る二月二十三日、仙台市において公聴会を開催してまいりました。仙台班の公述項目は、不況問題宮城県沖地震問題、農林水産業及び地方財政の四項目でありまして、それぞれ各界の代表から意見を聴取した後、出席委員から熱心なる質疑が行われました。  以下、公述の要旨につき簡単に御

1978-07-11 島野武 災害対策特別委員会 衆議院

○島野参考人 この衆議院の災害対策特別委員会に参考人として発言の機会をお与えいただきました、私、仙台市長の島野武でございます。  まず初めに、今回の仙台市の地震災害に際しまして、川崎委員長を初め本災害対策特別委員会の諸先生方並びに櫻内国土庁長官、丹羽政務次官をおのおの団長とされる政府調査団の各位におかれましては、早速現地の視察並びに調査をいただきまして、その積極的な熱意あふれる御活動に対しまして、六十四万仙台市民を代表して、深甚なる敬

1978-07-11 川崎寛治 災害対策特別委員会 衆議院

○川崎委員長 次に、一九七八年宮城県沖地震の災害対策について議事を進めます。  本日は、参考人として宮城県知事山本壮一郎君及び仙台市長島野武君に御出席をいただいております。  両参考人には、御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。  本日は、去る六月十二日発生いたしました宮城県沖地震による被害状況並びにその後の諸対策等を踏まえて、都市における震災対策を中心に忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じ

1973-06-15 高鳥修 地方行政委員会 衆議院

○高鳥委員 委員派遣の第二班は宮城県仙台市について調査を行ないましたので、便宜、私からその結果を御報告申し上げます。  このたびの委員派遣は、第一班の報告でも述べられておりますように、現在当委員会に付託されております内閣提出の地方公営交通事業の経営の健全化の促進に関する法律案並びに社会党提出にかかる同名の法律案の審査の参考に資することを目的とするものであります。  調査項目は、第一に、仙台市の経営する公営企業の概況、第二に、仙台市の

1969-06-05 和田静夫 地方行政委員会 参議院

○和田静夫君 どうしてもやはり、立法府で審議をする場合、客観性を持つという条件というものはたいへん大切だと思うんです。この間も、地方財務の中に書かれているいろいろの数字をあげて、交付税課長からいろいろ説明を受けましたが、どうしてもやはり最後のところへいきますと、腹でもって、長年の感覚でもって算定されるということになる。答弁はそれ以上に出ません。そうすると、われわれは、算式が示されない以上は、自治省の官僚の方々はおわかりになるけれども、本

1966-05-12 岡崎英城 地方行政委員会 衆議院

○岡崎委員長 次に、本日は内閣提出にかかる地方公営企業法の一部を改正する法律案、及び安井吉典君外九名提出にかかる地方公営企業法の一部を改正する法律案外二案について、参考人として、前地方公営企業制度調査会委員萩田保君、東京都副知事鈴木俊一君、仙台市長島野武君、全日本水道労働組合副委員長中井高明君の御出席を求め、それぞれの御意見を聴取することにいたしております。  この際一言ごあいさつを申し上げます。参考人各位には御多用中のところ、当委員

1958-07-11 島野武 建設委員会 参議院

○参考人(島野武君) お答えいたします。私現任の市長としまして、こういう不手ぎわがあったということは、まことに申しわけないことと思っております。先ほども申し上げたところでございましたが、これを知りましてから、さっそく中央卸売市場の建築を差しとめまして、先ほど申し上げたような聴聞会あるいは建築審査会の同意を得るという手続を急いで進めておるところでもございますが、今までの、こういった長い間知っておって始末がつかなかったというようなことは、ま

1958-07-11 島野武 建設委員会 参議院

○参考人(島野武君) お答えいたします。火葬場は前からあったものでございますが、仙台市で最近に建設しましたものとしては、屠畜場とごみ焼き場、塵埃焼却場とございます。塵埃焼却場につきましては、これは昭和三十一年に建設をいたしましたので、昭和三十一年六月九日に許可申請を受けまして、これは建築基準法に基きまする手続を踏んで公開聴聞、建築審査会の同意を得まして、六月二十六日に許可をいたしております。  それから、屠畜場でございますが、これは昭

1958-07-11 島野武 建設委員会 参議院

○参考人(島野武君) お答えします。市の公告式条例によりまして、三日前に市役所前の掲示板にこれを公告するということになっております。

1958-07-11 島野武 建設委員会 参議院

○参考人(島野武君) 仙台市長の島野武でございます。きょうは、仙台市の中央卸売市場の建築に関連します建築基準法の執行上における問題に関する件について、ということで、お呼び出しをいただきまして、御説明のために参上いたしたのでありますが、実は、この件につきましては、ことしの五月の二十七日に、宮城県の知事職務代理者である西宮副知事から仙台市長にあてまして、仙台市の中央卸売市場建築敷地の位置について、建築基準法上の違反があるやに聞いておるのであ

1958-07-11 岩沢忠恭 建設委員会 参議院

○理事(岩沢忠恭君) これより建築基準法の執行上における問題に関する件を議題にいたします。  まず、参考人の方にごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ、遠路わざわざ本委員会のために御出席を願い、厚くお礼を申し上げます。本委員会においては、国会開会中から、建築基準法の執行上における問題として、仙台市、仙台市営中央卸売市場に伴う問題を調査して参り、七月三日には建設省当局から本件について概略の説明を聴取し、当局に対して質疑

1958-07-08 上林忠次 建設委員会 参議院

○委員長(上林忠次君) 御異議ないと認めます。  なお当日の委員会の案件は建築基準法の施行上における問題に関する件とし、出席を求める参考人は、前回決定した仙台市長島野武君及び仙台市建設局庶務課長関山幸作君の両名といたし、その手続等についてはこれを委員長に一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1958-07-08 上林忠次 建設委員会 参議院

○委員長(上林忠次君) 閉会中における委員会の閉会、並びにその際出席を求める参考人に関する件についてお諮りいたします。  去る七月三日の委員会において、継続調査要求が承認された場合は、七月十日に委員会を開き、建築基準法の施行上における問題に関する件について、仙台市長島野武君、及び仙台市建設局庶務課長関山幸作君を、参考人として本委員会に出席を求める御決定を願ったのでありますが、その後諸種の事情により当日の委員会の開会が不可能となりました

1958-07-03 上林忠次 建設委員会 参議院

○委員長(上林忠次君) 速記をつけて。  建築基準法の執行上における問題に関する件につきましては、ただいま政府当局に対し質疑を行なったのでありますが、なお不十分な点もありますので、継続調査要求が承認された場合は来たる七月十日の本委員会に、仙台市長島野武君、仙台市建設局庶務課長関山幸作君を参考人として出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1957-07-11 長谷川保 文教委員会 衆議院

○長谷川委員長 これより会議を開きます。  本日は新潟大学におけるツツガムシ病原菌の人体接種問題について調査を進めます。  調査の進め方について申し上げます。参考人としてはお手元に配付いたしてあります名簿の四君を予定しておりましたが、桂重鴻君より病気のため欠席する旨の連絡がございましたので、御了承願います。  それではこれより参考人より意見の聴取に入りますが、委員長よりごあいさつを申し上げます。参考人各位には御多用中にもかかわらず

1957-07-09 長谷川保 文教委員会 衆議院

○長谷川委員長 この際お諮りいたします。第二十六回国会以来、本委員会において調査を進めております新潟大学におけるツツガ虫病原虫の人体注射問題に関し、桂重鴻君、田中ハル君、平光吾一君及び島野武君の四名を参考人として来たる十一日の本委員会に招致し、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1955-07-13 島上善五郎 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 衆議院

○島上委員長 岡崎栄松の方には、そういう書き直した投票、しかも鉛筆の色が違ったり筆跡が違ったりする投票が相当あって、それが総体で三百票余りある。片方の島野武候補には五、六票である。市長選挙と市会議員選挙が同町ですから、間違える票が多少あることは避けがたいと思いますけれども、片方が五、六票で片方は三百票以上あるということは、私どもから考えまして少し変だと思います。星参考人はそうい点疑問を抱かなかったかどうか。

1955-07-13 島上善五郎 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 衆議院

○島上委員長 それでは私から三浦法制部長にお伺いしますが、そこに書き直した投票用紙の写真がたくさんありますので、それを一つ参考にごらんになっていただきたいと思いますが、何でも、承わるところによりますと、そのような投票が岡崎栄松には三百票余り、島野武には四、五票あった。それで四、五票あるいは二、三票ということはあり得るのでありますが、三百票もあったということは、普通の状態ではちょっと脅えられない。その写真をよくごらん願えばわかりますが、の

1955-07-13 千賀勝治郎 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 衆議院

○千賀参考人 それは無効といたしました。それは「島野武がんばれ」と書いたのが第四投票区に三枚、「岡崎栄松くたばれ」と書いたのが四枚だったと記憶いたします。これは両方とも余宇記載として無効だというふうにしたはずでございます。