市川崑 に関する国会発言

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2014-02-26 茂木敏充 予算委員会第七分科会 衆議院

○茂木国務大臣 二〇二〇年に開催されます東京オリンピック・パラリンピック、まさにクールジャパンを世界に発信する絶好の機会である、こんなふうに考えております。  前回の東京オリンピック、これが一九六四年、昭和三十九年ですから、委員がお生まれになる十年前ということになるんですけれども、市川崑監督が「東京オリンピック」という記録映画を残しております。非常にいい映画ですので、一度ごらんになられたらどうかとお勧めをいたします。  最終日、男子

2013-11-05 茂木敏充 経済産業委員会 参議院

○国務大臣(茂木敏充君) 前回の東京オリンピック、一九六四年でありますけれども、当時の様子、映画でいいますと「三丁目の夕日」であったりとか、市川崑監督が記録映画も作っておりますけれども、やはりあれを境に日本は、そして東京は大きく変わったと。単に東京だけではなくて、日本全体にそういったオリンピックの効果が裨益したと、そんなふうに思っております。  我々は、オリンピックを成功させることはもちろんでありますが、現下の最優先課題であります福島

1975-03-28 山中吾郎 大蔵委員会 衆議院

○山中(吾)委員 その辺はひとつ責任を持ってやってもらいたいと思うのであります。  それで、今度のたばこの値上げの法案が提案されると新聞に報道されたことについて、これは週刊読売ですが、これに対する民衆の反応というのが出ておるわけです。国の政策は民衆に学ぶべきだと思うので御紹介をして、専売公社においてももう少し国民の立場に立って考えてもらいたいという希望を申し上げたいと思うのです。  これを見ますと、たばこをのまない者、のんでいるけれ

1974-04-08 須原昭二 予算委員会第三分科会 参議院

○須原昭二君 そういう答弁が出てくるであろうと予期をして、実は私も若干医学、薬学に関係がございますから申し上げておきたいと思うんです。  この点については今後問題になるところと思いますから、答弁は必要はございません。ただし、御認識をいただいておきたいと思うわけです。  ここに実は「私は赤ちゃん」という、松田道雄さん、有名な方の岩波新書から出ている本です。この一ページを開きますと−この本は、そもそもいまから十年前でしたか、市川崑監督が

1970-04-24 大原亨 文教委員会 衆議院

○大原委員 問題は残っていますが、きょうといたしましては最後の質問にいたしますが、自治省は顧問団に入り、事務次官が協力している、あるいは全国知事会の事務局長の宮内さんは、自治体五十三団体との関係が深いわけでしょうね。だから、これはどうも逃げておったほうがいいということで逃げておるらしいけれども、そういうことでなしに、いままでだって調査すると言っているんだから、誤りを追及することはできるわけだけれども、ひとつ私が明らかにしておきたいことは

1970-04-24 大原亨 文教委員会 衆議院

○大原委員 それでは、第一条の経済的な権利の複製権ということになりますね。そういう事実がありとすれば、複製権の侵害になる、こういうことですね。——準備委員会の事務局長で、地方自治体館の館長をやっていらっしゃる宮内氏、前から要求しておったのですが、きょうお見えになっておらぬ。お年寄りですけれども、この人に事実を聞くのが一番いいのですが、私は、具体的な事実をやらないと法律論にならぬから、あなたを責めるというのじゃなくて、聞くわけです。ここに

1970-04-01 安達健二 文教委員会著作権法案審査小委員会 衆議院

○安達政府委員 現在、現行法におきましては、実はその辺はまだ明確でございません。現行法の二十二条ノ三の「活動写真術又ハ之ト類似ノ方法二依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸、学術又ハ美術ノ範囲二属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス」ということでございまして、制作したる者は、これは衣がある字が書いてございますが、衣のあるなしは現行法では問題ではないわけでございますが、そういうことであいまいになっておるわけでございます。したがって、私が

1970-04-01 安達健二 文教委員会著作権法案審査小委員会 衆議院

○安達政府委員 オリンピック映画の場合、この映画の著作権の帰属は——帰属と申しますか、著作権の所有は市川崑さんでもなく、東宝でもなく、オリンピック財団でもなくて、何か製作者、オリンピック映画製作委員会とか、そういうような何か法人のようなものをおつくりになったと思いますが、そこに著作権ができて、そしてその著作権、あるいは著作権の一部であるいわゆる配給権か、あるいはその他の権利をも東宝のほうがお買いになったというような関係でございまして、あ

1965-03-25 鈴木強 予算委員会 参議院

○鈴木強君 それから、オリンピック映画の問題でございますが、河野大臣はこれに対していち早く批判を加えられております。これは当時、組織委員会から市川崑さんに委嘱をして記録映画をつくるという、あの例のIOC憲章との関係ですね、やったものと思うのですよ。それで、その結果が組織委員会等にもあまり連絡がなく進んでおったというような経過になっているようですね。それで、文部省はこれを推薦映画にしないというようなことから、もうすでに各全国においてそれぞ

1965-03-23 川崎秀二 体育振興に関する特別委員会 衆議院

○川崎(秀)委員 国体の開催地の問題も一つの問題だと思っております。  先ほど私、質問をいたしませんでしたが、オリンピック映画の問題については当委員会では、実はあの最中に神宮球場の使用の問題について結末がつきそうな——結末がついたのですが、そのちょうど盛りであったものですから、オリンピック映画の問題は委員会としてはあまり論及せず、ことにオリンピック組織委員会が二十四日か、あしたか、いよいよ最後の結論を出される。これを静かに見守るととも

1965-03-17 川崎寛治 文教委員会 衆議院

○川崎(寛)委員 ちょっと関連して……。文部大臣が記録性がない、こういうことで、すでに試写会でわれわれが見た東京オリンピックという映画が不適当だ、こういう御判断のようでありますが、ただいま三木委員からも言われましたように、このことの経過には、やはり実力者の河野前オリピック担当国務大臣が発言をして変更になっておる、その過程がきわめて不愉快であります。また問題の本質をかえってゆがめてしまうのではないか、こういう意味で、せっかくのオリンピック

1964-08-31 市川崑 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(市川崑君) いま、そのお答えをする前に、ちょっと申し上げておきたい点がございますが、私が先ほど予算のことは心配ないというように申し上げたのは、もう心配だらけでしてね。私がそれを考えますと、もう演出のほうができないというような状態なものですから、もうそんなことじゃ、お金のことは知っちゃいない、そう自分で思っているわけです。そのほうの心配はむしろ田口さん、それから与謝野さんにしていただく。私はむしろ創造的なものをやるというようなこ

1964-08-31 市川崑 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(市川崑君) いま河野さんからおっしゃいましたように、私も、オリンピックの全貌というものは、とにかく科学が進歩しまして、テレビその他で——あるいは実際に競技場に行ってごらんになる方もあるわけですけれども、ほんとうの意味のオリンピックの全貌というものは、この記録映画にとどめを刺さすんじゃないか。しかもなお、記録映画はそういうところにキーポイントがあると、私もそう信じて、いま制作の構想を練っておるわけなんですけれども、映画と申します

1964-08-31 市川崑 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(市川崑君) いま与謝野さんから御説明になったように、着々と記録映画の構想は固まりつつあるんでありますけれども、私といたしましては、予算その他の点は、何も心配しておりませんのです。ということは、その方面のことは、与謝野さんとか、プロデューサーの田口さんとかに、もうおまかせして安心しておりまして、いま、この映画をどういう意義ある映画にするか、そのことに専心しているのが現状であります。ただ、少し事務的に、機材その他がまだ手元に入手で

1964-08-31 佐藤尚武 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○委員長(佐藤尚武君) オリンピック東京大会準備促進に関する調査を議題といたします。  本日は、東京オリンピック記録映画に関する件等について調査を進めます。  なお、本件調査のため、委員長は、オリンピック東京大会組織委員会事務総長与謝野秀君、同事務次長佐藤朝生君、同報道部長富永正信君、東京オリンピック資金財団理事長靱勉君、同事務局長近藤直人君、東京オリンピック記録映画総監督市川崑君、東京オリンピック映画協会会長田口助太郎君、日本体育