杉原荒太 に関する国会発言

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2001-03-29 田英夫 外交防衛委員会 参議院

○田英夫君 一九五六年の日ソ共同宣言というのは、まさに戦後の日ソ、今のロシアとの関係を進めていく上のスタートであった。非常に重要な、しかも国交回復ということをやったスタートですから、しかも当時五一年にサンフランシスコ平和条約でアメリカを中心にしたいわゆる西側陣営と平和条約を結んだと。これに対して、冷戦構造になっていた中でむしろソ連から日本との国交正常化を望んだというそういう中で出てきたんです。  これは私ごとですけれども、実は日ソ国交

1992-04-16 田英夫 外務委員会 参議院

○田英夫君 私が申し上げているのは、そういう記述がありますから外務省としても十二分にその歴史的な事実を、サンフランシスコ条約でのやりとりなどをお調べになっていていただきたいということを申し上げたいわけです。当時、もう米ソの間の対立というのが大変鋭くなっていましたから、常にそのことを底流にあると考えなければいけないので、日ソの問題あるいは日米の問題だけではないということも重要なことだろうと思います。  一九五二年の七月三十一日に国会で決

1982-04-01 戸叶武 外務委員会 参議院

○戸叶武君 問題は、一国の外交の中において一番重要なのは、やはり領土の問題です。民族の自主独立というものが民族運動の原点です。それにもかかわらず外務省は慎重ですが、おととしの十二月、自民党の機関誌の月刊誌に聡明な通産官僚に書かせている、北方領土の原点は下田条約にありというような間違った考え方は外務省も賛成しないと思うが、自民党においては一つの憲法改正のそれが領土返還のエネルギーの根源とでも思っているような仕方をしますが、この黒船外交の桐

1982-01-25 徳永正利 本会議 参議院

○議長(徳永正利君) さきに院議をもって永年在職議員として表彰されました元議員杉原荒太君は、去る二十日逝去されました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。  同君に対しましては、すでに弔詞を贈呈いたしました。  ここにその弔詞を朗読いたします。    〔総員起立〕   参議院はわが国民主政治発展のため力を尽くし特に院議をもつて永年の功労を表彰せられまた国務大臣としての重責にあたられました元議員従三位勲一等杉原荒太君の長逝に対しつ

1974-07-31 河野謙三 本会議 参議院

○議長(河野謙三君) この際、国会議員として永年にわたり在職せられました前議員の表彰についておはかりいたします。  国会議員として二十四年の長きにわたり在職せられました森八三一君、松澤兼人君、中山福蔵二君、杉原荒太君、田中一君、古池信三君、成瀬幡治君、田口長治郎君、足鹿覺君、故木檜三四郎君、故井上知治君に対し、院議をもってその永年の功労を表彰することとし、表彰文及び表彰状の贈呈方は議長に一任せられたいと存じますが、御異議ございませんか

1974-05-30 宮崎正雄 運輸委員会 参議院

○委員長(宮崎正雄君) この際、委員の異動について御報告いたします。  江藤智君が委員を辞任され、その補欠として杉原荒太君が選任されました。     —————————————

1973-07-13 田英夫 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 参議院

○田英夫君 これは、かつて一九五六年、鳩山さんが日ソ共同宣言を締結をされて国交樹立というところまで日ソ関係を前進をされたこの時点に比べると、現在はもう国内の状況も、あるいは日本を取り巻くさらに世界全体の状況も非常に違うと思うのですね。で、ちょうど鳩山さんがあのいわゆる国交回復をされた段階では、はっきり申し上げて、時の総理大臣でありながら、その話し合いを始めることを自民党内にさえ隠しておられなければならなかったという状況があったことを、私

1970-04-23 杉原荒太 外務委員会 参議院

杉原荒太君 私は、ごく簡単に一問だけ質問します。先ほどの森委員の質問なさった文化事業に要する予算規模なんですがね。予算の裏づけ、それに関連することを一つだけ。  それは、ことしの、四十五年度の予算を見てみますと、外務省の協力団体といいますか、この外務省が委託してやらせておる団体に対するいろいろ補助金というか、これを見てみますというと、国際文化事業協会という岸さんが主宰しているのがある。それに対する四十五年予算での補助金は、ほかの団体

1970-04-14 杉原荒太 予算委員会第二分科会 参議院

杉原荒太君 わかりました。

1970-04-14 杉原荒太 予算委員会第二分科会 参議院

杉原荒太君 それは立法措置関係からいえば、別に従来の改正などをしないでも実施は可能なようなことですか、どうですか。

1970-04-14 杉原荒太 予算委員会第二分科会 参議院

杉原荒太君 いや、まるっきり。そんなに広く士気高揚全般のことを聞いているんじゃない。さっき言ったじゃないですか、それだけでいいんですよ。死傷の場合についての具体的の措置について答えりゃいいんですよ、あなた聞いたでしょう。私は、それだけ答えりゃいいんですよ。

1970-04-14 田代一正 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(田代一正君) ただいま長官からもいろいろ御説明いたしましたように、ことしの予算の一つの目と申しますか、それを隊員の人間尊重ということに置いたわけでございます。従来ともすれば防衛庁の予算と申しますと、大体装備関係が中心になって予算が始まり予算が終わるというのが通例でございましたけれども、ことしは中曽根長官の御意向も非常にございまして、アクセントを人間の尊重ということに置いたわけでございます。そのためには、一つは隊員の処遇改善と

1970-04-14 杉原荒太 予算委員会第二分科会 参議院

杉原荒太君 ごく簡単に一問だけ。それは自衛隊におられる方々は、普通の公務員と違って、訓練その他日常の業務に従事する場合でも非常に危険に遭遇する場合が多い。そうして現実にまたその危険が発生して、生命身体に、つまり死傷者を出したという場合がよくあるんじゃないかと思うんです。その場合に対するあとの始末といいますか、救済的な措置ですね、これが実際上従来足りないというか、十分でないうらみがあったように思う。これにはいろいろな事情がありましょう。

1970-04-14 杉原荒太 外務委員会 参議院

杉原荒太君 四月二十何日だったですね。それを中心にして何らかことがあるようです。それはどんなことか知らぬが、それは別に情報として外務省では取っておられないのですか。

1970-04-14 杉原荒太 外務委員会 参議院

杉原荒太君 それ以上私はこういう問題に立ち入りたくはないのですね。これは私、一つのごとく参考として聞きたい。レーニンのたしか誕生百年祭が近く来るのじゃないですか。

1970-04-14 杉原荒太 外務委員会 参議院

杉原荒太君 一つだけお尋ねします。これは大臣からでなくて、担当の事務官からでけっこうです。  最近、ソ連の国内情勢について、何らかわれわれが注意しておらなければならぬようなことがありはせぬかということを、これは私の個人的な感想ですが、それをもって質問するのですが、ソ連の政府や党の要人が病気だという説があったようですが、それからもう一つは、これまたそれだけにまず限定して言いますと、その要人の病気説というものは、私は何かの新聞で読んで実

1970-03-17 杉原荒太 外務委員会 参議院

杉原荒太君 委員長、いいですか、ごく簡単に。  先ほどの森委員からの質問の中にもあるいは含まっておったかと思いますけれども、私がはっきりちょっと承知しておきたい点は、ブラジルの政府として、日本の政府に対してこれについて遺憾の意を表するというような、あるいは陳謝というか、とにかくその前提としてはブラジルの国が国際法的に見ても相当の保護を与える責任があるという、それを認めた前提のもとに措置をとったかどうかという点、その点をちょっとお尋ね

1970-03-11 松本賢一 決算委員会 参議院

○委員長(松本賢一君) ただいまから決算委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  去る一月二十日、松澤兼人君が辞任され、その補欠として和田静夫君が、一月二十三日、二木謙吾君が辞任され、その補欠として佐藤一郎君が、一月二十八日、上林繁次郎君が辞任され、その補欠として沢田実君が、二月十三日、岡三郎君、戸田菊雄君及び林虎雄君が辞任され、その補欠として北村暢君、藤田進君及び安永英雄君が、同十七日、佐藤隆君が辞任され

1969-03-29 杉原荒太 予算委員会第一分科会 参議院

杉原荒太君 御異議ないと認めます。  それでは、主査に小林章君、副主査に片山武夫君を指名いたします。     ―――――――――――――   〔小林章君主査席に着く〕

1969-03-29 杉原荒太 予算委員会第一分科会 参議院

杉原荒太君 ただいまから予算委員会第一分科会を開会いたします。  本院規則第七十五条により、年長のゆえをもちまして、私が正副主査の選任につき、その議事を主宰いたします。  これより正副主査の選任を行ないますが、選任は投票によらずして、主宰者にその指名を御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕