田口助太郎 に関する国会発言

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1964-09-15 田口助太郎 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(田口助太郎君) 配給のほうは、私のほうの直接の所管ではございませんが、十数年間映画界に首を突っ込んでおりますので、大体の見当はつくと思うのですが、配給収入を時間的に早く回収するという考え方に立ちますと、非常に現在の映画界では、何億という金を、みずてんで、見ないうちに契約するということは困難だろうというふうに推測します。しかし、あがったら幾らというような形、あるいは最低保証はこのくらい、歩合ではこのくらいというような形で、ある程

1964-09-15 田口助太郎 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(田口助太郎君) お答えします。  私たちも、与えられた予算で、あれを突破するようなものをつくりたいという熱意はあります。しかも、技術はもう進んでおりまして、音についても、色彩についても、あの当時はない時代で、現在はできておりますから、そういう点からは負けない。もちろん、これは映画自体が進んだので。ところが、やはりフィルムが不足する。おそらく、当時の記録はよくわからないのですが、フィルムというものは、もっとふんだんに使ったと思

1964-09-15 田口助太郎 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(田口助太郎君) 私のほうとしては、技術映画という、別に——現在契約している範囲内でやればできる、それ以上のものをつくるというためには予算が不足する、映画というものの性格はそういうものです。建物でも同じだと思います。建築をするのでも、あの大きさでもっと安くできると思いますが、特に映画というものは、いいものをつくろうとすれば非常に金がかかる。そこで、一番現在困っているのは何か。よりいいものをつくるのには、より人間を鍛えたい。たとえ

1964-09-15 佐藤尚武 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○委員長(佐藤尚武君) オリンピック東京大会準備促進に関する調査を議題にいたします。  本日は、前回に引き続き、東京オリンピック記録映画に関する件等について調査を進めます。  なお、本件調査のため、委員長は、オリンピック東京大会組織委員会事務総長与謝野秀君、東京オリンピック資金財団理事長靱勉君、同事務局長近藤直人君、日本体育協会東京オリンピック選手強化対策本部本部長大島鎌吉君、東京オリンピック映画協会会長田口助太郎君、以上の方々に参

1964-08-31 田口助太郎 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(田口助太郎君) お答えします。  このスポーツものというものは、初めから予定が多いものですから、とったフィルムから再編集してアナウンス原稿を書くということで、一応基本方針としては、この本でやっておる。しかし、その本どおりになかなか役者が動くというわけではありませんで、そのとおりにいいものができるというふうにはまいりませんので、もう一ぺん、とったあとで今度つくり変えるという形をとって進んでおります。

1964-08-31 田口助太郎 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(田口助太郎君) はい、そうです。

1964-08-31 田口助太郎 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(田口助太郎君) とにかく、与えられた予算のワク内で最高のものをつくりたいという考えでありまして、もしふえれば、より以上ベターのものができると思います。しかし、どうしても出なければ、その限界を守って最高のものをつくりたいというふうに考えております。ただ、もし出るならば、それはわれわれ決してむだづかいではなくして、フィルムはよけいにかかるのだ、それだけいいものができるということは言える。どうも出なければ、やっぱりその範囲内でやる以

1964-08-31 田口助太郎 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(田口助太郎君) お答えいたします。私のほうの、文部省のほうの予算を組んだのは三年前で、私たちはノー・タッチであります。これはIOCと話し合って文部省が組んだのだと思いますが、われわれ映画のほうから別に予算を出して、その技術的検討のもとに出したと思っておりません。これは、あくまでもお役所的に組んだというふうに考えております。しかし、大体見せられて、この程度でできるのじゃないかということで引き受けたことも事実であります。ただ、だん

1964-08-31 田口助太郎 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(田口助太郎君) 憲章にいう技術映画と、河野委員の言われる技術映画とはちょっと違う。日本の次代の人にほんとうのスポーツの技術を勉強させるのだ、それをテキストに使うのだというような観点の映画というようなものは、この記録映画としては考えておりません。もちろん中にはありましょうけれども、先ほど申しましたとおり市川氏はアップ、アップ、顔をねらっておりまして、おしりのほうからとるというような考え方でとっておらない。したがって、根本的には技

1964-08-31 田口助太郎 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(田口助太郎君) お答えいたします。  映画というものは、かければ幾らでもかかります。劇映画の場合でも、まあ一千万くらいから何億とかける映画、外国にいけば何十億もかける映画というようなものがあります。したがって、映画は、予算面から見ると制限がないというような性格の商品であります。あるいは、芸術といいましょうか。したがって、ある程度の限界は当然守らなければならない。  しかし、日本の国民に出して、あるいは私たちがいままで記録映

1964-08-31 与謝野秀 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○参考人(与謝野秀君) オリンピック記録映画の製作に関する今日までの経過につきまして概略の御説明を申し上げます。  この記録映画は、ローマオリンピック大会が行なわれます前から監督の黒沢明氏をお願いするという方針が立てられておりました関係上、この制作も、東宝及び日映新社という両社に制作を委託されるということに大体内定しておったのでありますが、一方、黒沢監督が種々の都合から監督を引き受けることがむずかしくなったという事情がございました。ま

1964-08-31 佐藤尚武 オリンピック準備促進特別委員会 参議院

○委員長(佐藤尚武君) オリンピック東京大会準備促進に関する調査を議題といたします。  本日は、東京オリンピック記録映画に関する件等について調査を進めます。  なお、本件調査のため、委員長は、オリンピック東京大会組織委員会事務総長与謝野秀君、同事務次長佐藤朝生君、同報道部長富永正信君、東京オリンピック資金財団理事長靱勉君、同事務局長近藤直人君、東京オリンピック記録映画総監督市川崑君、東京オリンピック映画協会会長田口助太郎君、日本体育

1959-02-26 早川崇 大蔵委員会 衆議院

○早川委員長 次に読売映画社取締役社長田口助太郎君にお願いいたします。

1947-12-10 松岡駒吉 本会議 衆議院

○議長(松岡駒吉君) 御異議なしと認めます。よつて動議のごとく決しました。  委員の氏名は参事をして報告せしめます。     〔参事朗読〕  隠退藏物資等に関する特別委員    加藤 勘十君  足立 梅市君    清澤 俊英君  田中 健吉君    武藤運十郎君  池谷 信一君    梶川 靜雄君  佐竹 新市君    北浦圭太郎君  本多 市郎君    水田三喜男君  辻  寛一君    鍛冶 良作君  村上  勇

1947-12-09 田口助太郎 本会議 衆議院

田口助太郎君(続) そのときの常任委員会においては、全部委員長の横暴を鳴らし、もつと民主的にやれという声が非常に多かつたのでありますが、(「ヒヤヒヤ」)委員長はこれに耳をかさずに起ち上り、ほとんど速記もとれない状態であつたと思うのであります。それにもかかわりませず、單独に採決をとりました。しかしながら、その採決たるや、実に違法であり、不当であり、ほとんど成立していない状態だつたと思います。(拍手)かりに成立いたしておりましたといたしま

1947-12-09 田口助太郎 本会議 衆議院

田口助太郎君(続) 農民党の北君が質問中に、委員長は突如として、この質問を打切りも何もしないで、ただちに採決を宣する――宣しもしないのであります。ただ採決をとるといつてやつたのであります。そのときに……。     〔発言する者多し〕

1947-12-09 田口助太郎 本会議 衆議院

田口助太郎君(続) 農林常任委員会を不法に開きまして、ちようどそのとき農民党の……。     〔発言する者多し〕

1947-12-09 田口助太郎 本会議 衆議院

田口助太郎君(続) ただいま農林委員会において、農林委員長は……     〔「何です、それは」と呼び、その他発言する者多し〕

1947-12-09 田口助太郎 本会議 衆議院

田口助太郎君 議事進行に関して発言を求めました。     〔発言する者多し〕

1947-12-09 松岡駒吉 本会議 衆議院

○議長(松岡駒吉君) 休憩前に引続き会議を開きます。  田口助太郎君より議事進行の申出があります。五分間に限つてこれを許します。     〔田口助太郎君登壇〕