羽生三七 に関する国会発言

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2004-05-19 田英夫 憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会 参議院

○田英夫君 金指さんは先ほど大変懐かしい名前を挙げてくださって、木村禧八郎さんとか羽生三七さんとか、私がちょうど出てきたころおられまして、予算委員会などで本当にすばらしい質問をしておられましたが、ああいう方が、まあこれ、内々の問題で、逆にこっちが反省しなくちゃいけないんでしょうが、本当に少なくなってしまったといいますか、もう本当に木村さんが立つ日は政府側は緊張していたという、これは現実に見ておりますから、そのとおりだと思います。   

2004-05-19 金指正雄 憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会 参議院

○参考人(金指正雄君) 金指と申します。今日はお招きいただきましてありがとうございます。  三番目ということになりますと、大体、大方論点は出尽くして、私があえてしゃべることも余りなさそうな感じがいたしますが、私は一応新聞社、元新聞記者を、政治記者をやっておったという肩書で出ていますので、若干、少し、何といいますかな、角度を変えてお話をして、御参考になればと存じます。  私が政治記者をやって、六年前に新聞社辞めて、今大学の教師をやって

2003-07-10 田英夫 外交防衛委員会 参議院

○田英夫君 一九五四年の六月二日、参議院、正にここ参議院の本会議場で、防衛庁設置法それから自衛隊法、この二つが可決、成立しております。つまり、自衛隊がここで発足をしたと。  その同じ本会議の後で、本会議の中で、自衛隊の海外出動をなさざることの決議というものが可決されております。これは、鶴見祐輔さんが、この方は緑風会のメンバーですが、当時、緑風会が参議院の第一党であったわけですけれども、その緑風会を中心にして議員から発議された決議であり

2001-03-06 北澤俊美 予算委員会 参議院

○北澤俊美君 時間の配分もありますから少し先へ行きますが、しかし河野外務大臣、あなたもつい先ごろロシアとの交渉の中で嫌な思いをされた。したたかですよ。  私は、総理の政治的基盤ががちっとしたときに初めてやるべきであって、今はその時期じゃないと思います。(「野党が足を引っ張るからだ」と呼ぶ者あり)私は、今変なことを言っていますが、かつて日ソ交渉をおやりになった鳩山総理のときは、今ここにおいでになるのは、その鳩山総理の参謀役は河野さんのお

1994-10-27 古堅実吉 安全保障委員会 衆議院

○古堅委員 この自衛隊法の一部改正案は、日本国憲法の平和原則を守るかどうか、そのことが問われる重大問題を含んでいます。  それで、総理にお尋ねいたします。  一九五四年六月二日に参議院本会議は、「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」を採択いたしました。それは、「本院は、自衛隊の創設に際し、現行憲法の条章と、わが国民の熾烈なる平和愛好精神に照し、海外出動はこれを行わないことを、茲に更めて確認する。」と述べています。  これは

1993-04-15 土井たか子 政治改革に関する調査特別委員会 衆議院

○土井委員 承れば承るほど、企業と団体の政治献金はやめにするということをはっきりした方が、これは何を言うよりも説得力があるし、お互いの身の潔白をただしていくことになると思います。そして、違法行為であるということがはっきりした場合には責任をとるというのは当然じゃありませんか。だから違法行為を犯した議員というのはやはり政治の場所から去るということがお互いの心得事であって、この二つをはっきりさせるということが私は大事だと思います。  最後に

1992-05-29 田英夫 国際平和協力等に関する特別委員会 参議院

○田英夫君 ここに速記録がありますけれども、私も何度も読んでみました。どう考えても、例えば「我が国が不当に侵略された場合に行う正当防衛行為であつて、」、つまり自衛隊がやることはですよ、「正当防衛行為であつて、それは我が国土を守るという具体的な場合に限るべきものであります。幸い我が国は島国でありますから、国土の意味は、誠に明瞭であります。」、こう述べておられる。それから外へ出ることがいわゆる海外出動だと、そういう定義までここに述べておられ

1992-04-16 田英夫 外務委員会 参議院

○田英夫君 歴史の中でもう一つ秘密協定で定かでなかったヤルタ協定、これも南樺太とクリル諸島をソ連領にするということがそのとき既に約束をされていたわけですが、表現を見ると、南樺太はソ連に返還をする。それからクリル諸島はやはり表現が違うのですね。引き渡すというような日本語にすればそういう表現を使っているわけで、明らかにヤルタ協定に参加をした三首脳も千島、クリル諸島は日本が軍事的に占領したものじゃないというか戦争によって割譲してもらったものじ

1986-01-27 加藤木理勝 議院運営委員会 参議院

○事務総長(加藤木理勝君) 御説明いたします。  本日は、冒頭、元議員羽生三七君逝去につき哀悼の件でございます。議長から、既に弔詞をささげました旨を報告いたしました後、弔詞を朗読されます。その際、一同側起立をお願いいたします。  次に、日程第一 国務大臣の演説に関する件でございます。  中曽根内閣総理大臣から施政方針に関し、安倍外務大臣から外交に関し、竹下大蔵大臣から財政に関し、平泉国務大臣から経済に関し順次演説がございます。

1986-01-27 木村睦男 本会議 参議院

○議長(木村睦男君) これより会議を開きます。  さきに院議をもって永年在職議員として表彰されました元議員羽生三七君は、昨年十二月三十日逝去されました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。  同君に対しましては、議長は、既に弔詞をささげました。  ここにその弔詞を朗読いたします。    〔総員起立〕  参議院はわが国民主政治発展のため力を尽くされ特に院議をもつて永年の功労を表彰せられさきに農林委員長懲罰委員長の重任にあたられま

1985-04-05 栗山尚一 予算委員会 参議院

○政府委員(栗山尚一君) 十二月八日の参議院沖縄返還協定特別委員会における質疑でございますが、  ○羽生三七君 ほんとうなら、この核抑止力、抑止政策に関連する問題をここで議論したいのですが、時間の関係でただいまの問題を続けますが、核弾頭そのものは沖縄返還後なくなるかもしれませんが、しかし、核のシステムや部隊は存在すると思いますね。これはなくなるのかどうか、もしこれが存在すればいつでも持ち込める可能性を持っておると思うんです。それに関連

1983-03-15 勝又武一 予算委員会 参議院

○勝又武一君 国債発行が始まりました四十年以降、私は参議院の予算委員会の会議録を中心に丹念に勉強してみました。わが党の羽生三七、木村禧八郎両氏を初めとして私がいま言ったようなことをずっと指摘をしているわけですよ。そして国債の利子を払うために国債を発行することになるのじゃないか、国債の歯どめはどうか、財政法四条は守られるのか、こういうことを具体的に質問をしておるんです。当時の佐藤総理、福田、水田蔵相を初めとしてこの国債発行は大丈夫だと、一

1977-06-09 寺本廣作 外務委員会 参議院

○委員長(寺本広作君) この際、委員会を代表いたしまして、このたび御退任になります伊藤五郎君と羽生三七君の長年にわたる外務委員としての御活躍と御労苦に対しまして、感謝の気持ちの一端を申し述べたいと存じます。  伊藤君は、衆議院議員、次いで本院議員として二十四年の長きにわたって在職され、この間、外務政務次官として活躍されたこともありますが、本院では、沖繩及び北方問題に関する特別委員長を経て、昭和四十八年には外務委員長に選任され、その職責

1977-06-09 羽生三七 外務委員会 参議院

羽生三七君 先ほど申し上げた、領土問題は重要であって返還を求めるのはいいが、事あるごとに領土問題、領土問題だけ言っておってもだめだと。それはタイミングを見てやるべきで、一つ一つの日ソ間の問題に領土問題をくっつけてはだめだという、この問題についての御感想を承っておきたいと思います。

1977-06-09 羽生三七 外務委員会 参議院

羽生三七君 ただいまの点は今後の御努力を期待して次の問題に移ります。  次の問題は主として領土問題でありますが、実は、今度の日ソの漁業交渉で領土問題に悩まされたことがいかに大きかったかということを、これは政府当局のみならず、国民の皆さんが痛切に感ぜられたと思います。そして皆、口を開けば領土問題と言う。領土の重要な問題であることはわかっておりますが、そう簡単に解決できる性質のものではない、非常にこれはむずかしいものであるということを、

1977-06-09 羽生三七 外務委員会 参議院

羽生三七君 最初に漁業に関する問題を一問だけお伺いしまして、それから後は、ソ連に関係するその他の問題について、私の見解を述べながら御所見を承りたいと存じます。  最初の漁業問題というのは、これはすでに多くの方から述べられたことでありますが、日本が漁業実績を強調して国際世論に訴えることで現状維持を図ろうとしておる、これが政府の外交の基調をなしていることが問題ではないか。ところが、海洋自由の原則あるいは秩序が全く崩壊しているにもかかわら

1977-06-09 寺本廣作 外務委員会 参議院

○委員長(寺本広作君) ただいまから外務委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  本日、安永英雄君及び渡辺武君が委員を辞任され、その補欠として羽生三七君及び小笠原貞子君が選任されました。     —————————————

1977-06-08 寺本廣作 外務委員会 参議院

○委員長(寺本広作君) この際、委員の異動について御報告いたします。  本日、羽生三七君及び川村清一君が委員を辞任され、その補欠として竹田四郎君及び安永英雄君がそれぞれ選任されました。     —————————————

1977-06-07 寺本廣作 外務委員会 参議院

○委員長(寺本広作君) ただいまから外務委員会を開会いたします。  この際、委員の異動について御報告いたします。  去る六月六日、斎藤栄三郎君、源田実君、青井政美君、中山太郎君、吉田忠三郎君、安永英雄君、大塚喬君及び渡辺武君が委員を辞任され、その補欠として大島友治君、矢野登君、伊藤五郎君、高田浩運君、羽生三七君、川村清一君、対馬孝且君及び小笠原貞子君がそれぞれ選任されました。     —————————————

1977-05-17 寺本廣作 外務委員会 参議院

○委員長(寺本広作君) ただいまから外務委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  去る五月十二日、寺田熊雄君が委員を辞任され、その補欠として田中寿美子君が選任されました。  また、去る五月十三日、田中寿美子君が委員を辞任され、その補欠として田英夫君が選任されました。  また、本日、中沢伊登子君及び羽生三七君が委員を辞任され、その補欠として田渕哲也君及び青木薪次君がそれぞれ選任されました。