藤山愛一郎 に関する国会発言

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2026-04-14 松沢成文 外交防衛委員会 参議院

○松沢成文君 日本ならではの役割を果たすということでしょうけれども、私はパキスタンのように行動すべきだと思いますよ。本当は外務大臣や総理大臣がもっともっと動くべきなんですが、ただ、両大臣はこうやって国会の拘束もありますし、どおんと特使で行って、もう何週間も、ピストン外交をやるぐらいの、それぐらいの特使が欲しいんですけれども、物理的には無理でしょう。だからこそ特使が必要なんですよ。それも、実務者レベルではなくトップレベルの政治的ウエートを

2024-05-21 高良鉄美 外交防衛委員会 参議院

○高良鉄美君 配付資料四で触れられた、一九六三年四月の大平・ライシャワー会談についてのアメリカ側の文書の配付資料五を御覧ください。  これは大平外相との会談内容をライシャワー大使が本国に報告した文書です。有識者委員会の報告書二十二ページでも紹介されています。このアメリカ側の文書の重要部分の日本語訳が矢部さんの先ほどの本にあります。配付資料六の二十六ページからです。ちょっと読み上げます。   アメリカ側の記録によれば、一九六三年四月四

2015-08-24 アントニオ猪木 予算委員会 参議院

○アントニオ猪木君 先日の委員会でも質問させてもらいました。外務大臣、法制局長官、砂川事件ですが、多分もう、私もテレビを通じていろいろこのことに関して聞いていると、私なりの考え方もありますが、もういいんじゃないかという気もするわけですけど、でも、やはりこれはきちっと、これをちゃんとした言葉でもらわないとということで、この前、この件は、質問をしたときに、外務大臣はその公文書自体は認識していない、法制局長官はそういう報道があることを知ってい

2015-08-19 山本太郎 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 参議院

○山本太郎君 生活の党と山本太郎となかまたち共同代表の山本太郎です。  永田町ではみんな知っているけれどもわざわざ言わないことを、午前に引き続き質問したいと思います。今回は、もう一つアメリカのリクエストを皆さんに御紹介したいと思います。パネル、お願いいたします。(資料提示)  このパネル、政府・与党が今回の集団的自衛権容認の根拠にした砂川事件の最高裁判決そのものが実はアメリカのリクエスト、指示によるものだったということを表す資料でご

2015-08-05 アントニオ猪木 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 参議院

○アントニオ猪木君 今日はお許しをいただきました。元気ですか。元気があれば何でもできると。でも、ちょっとこの暑さでは元気が萎えてくるような感じがしますが。熱中症も、一万何千人が搬送されたと、また二十五人以上の方が亡くなられたという。この間、外交防衛でも言いました、私の熱中症は去りました、御安心くださいと。どういうことかというと、恋の熱中症でしたということで。  本当に、毎日、各テレビ局が七十周年ということで、戦争中のフィルムを放映され

2014-03-14 椎名毅 法務委員会 衆議院

○椎名委員 ありがとうございます。  人材交流という意味でいうと、民間との人材交流、血を入れていくということをぜひお願いしたいな、引き続き御検討していただきたいなというふうに思います。  最後に少し、多分質問をしている時間はないので、コメントだけさせていただこうかなというふうに思います。  一年ほど前に、さきの通常国会、一年前の通常国会でも少し問題となりました、ちょうど報道があったんですね。改めて実は取り上げてみようと思って、砂川

2009-05-27 吉井英勝 内閣委員会 衆議院

○吉井委員 私、あわせて外務文書の方を見ておきたいんですけれども、砂川事件をめぐって東京地裁が五九年三月に米軍基地の存在を違憲として被告を無罪とした、有名な伊達判決というのがあります。これに関して事件の元被告が、最高裁、内閣府、外務省に、日本側の公文書を二〇〇九年三月に開示請求したんですね。これに対して三機関とも、そういう文書は存在しませんと不開示を決定しました。  ところが、二〇〇八年四月、昨年四月ですが、新原昭治氏の砂川事件をめぐ

2004-03-10 尾辻秀久 予算委員会 参議院

○尾辻秀久君 それでは、昭和三十三年十月、小長谷大使、当時の、が藤山愛一郎当時の外務大臣に出した、これは文章だな、これの七ページ、最初の方に何と書いてあるか読んでください。

2004-03-01 加藤尚彦 予算委員会第三分科会 衆議院

○加藤(尚)分科員 大変な努力をしないと投票率というのは上がらないけれども、総務省の皆さんや外務省の皆さんの努力だけではもちろん達成できない。要は有権者ですよね、有権者の意識。まあ、政治が悪いと投票率が下がるというから余り言えないことだけれども、やはり投票率を上げるということはとても重要な仕事だと思っています。  比例の方は、洋上選挙ではファクシミリとかいって、小選挙区制もということなんですけれども、総務省も今後、海外の方々については

1999-05-17 加藤修一 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会 参議院

○加藤修一君 要は、サボっていると言われてもしようがないですよ、千九百七十数年ですから。国内の法律との整合性、そんなにかかるんですか。それは別の機会にまたやります。  非核三原則についてお聞きしたいんですけれども、ライシャワー氏は一九八一年に、核搭載船などの通過は核持ち込みに当たらないとする口頭了解が一九六〇年に当時の藤山愛一郎外相とマッカーサー米大使の間にあったと。また、一九六三年に大平氏に、外相ですね、口頭了解に沿った見解を示すよ

1999-04-21 前田哲男 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会公聴会 衆議院

○前田公述人 前田哲男でございます。  自衛隊と日本の安全保障に関心を持つ者として、審議中の日米新ガイドラインに基づく関連国内法に対し、反対する立場から、幾つかの疑問点、問題点を指摘してみたいと思います。  今お述べになった隅野参考人の御意見と基本認識を共有しながら、しかし、この場では私は、本末転倒、法の下克上という、この関連法案にあらわれた民主主義に反する法の運営に危惧の念を抱きながら、その点から指摘してみたいというふうに考えます

1997-05-29 西垣昭 外務委員会 参議院

○参考人(西垣昭君) 大事なことですから、ちょっと二、三分話をさせていただきたいと思いますが、OECFの出融資を行う際の要件を定めました基金法第二十一条、これは昭和三十七年の改正でありますが、国会におきまして、「その開発事業に係る事業計画の内容が適切であり、その達成が確実であると認められる場合」という規定を変えまして、「その達成の見込みがあると認められる場合」に現在なっているわけでございます。  その際の国会の議論の中で、当時の経済企

1997-03-06 真鍋賢二 予算委員会 参議院

○真鍋賢二君 それでは、中国問題に入りたいと思います。  本年は日中国交正常化二十五周年の記念すべき年に当たるわけであります。  私も、一九七二、三年ごろの田中内閣当時、大平外務大臣の秘書をしておりまして、田中総理やまた大平外務大臣、藤山愛一郎日中友好協会会長等々といろんな連絡をとって外交交渉に当たったわけであります。もはや二十五年の年月が過ぎたかなと思って感慨無量のものがあるわけであります。当時の中国側の首脳といたしましても、毛沢

1993-10-28 斎藤文夫 商工委員会 参議院

○斎藤文夫君 まだ実は長官にいろいろお尋ねしたいんですけれども、衆議院との約束がありますから、どうぞ御退席ください。そのかわり、かわりの方から御答弁を願います。  経済企画庁の今までの、特に不況に入りつつある段階からのGNPの見通しが極めてずさんであり甘かった、私どもはたびたび今までも指摘をしてきたところでございます。元来、三・三%を目標としたのは、要するに税収見込みを六%に見込まなければいわゆる年間予算が組めない、それだから名目成長

1992-05-26 波多野里望 国際平和協力等に関する特別委員会公聴会 参議院

○公述人(波多野里望君) お答えいたします。  人的な面で日本の国際貢献が非常におくれていることは御承知のとおりであります。大変残念ではありますが、それは事実であります。  PKOに類するものとしましては、もう今から三十年以上前の一九五八年に既にレバノンの内戦のときに人を出してくれと言われたのに、当時は藤山愛一郎さんが外務大臣でありましたけれども、断りました。それ以来何度がお誘いがありまして、そのうちに、何度も断っているうちにお誘い

1989-12-05 佐藤嘉恭 外務委員会 参議院

○政府委員(佐藤嘉恭君) 御質問の趣旨は、戦後外務大臣に民間人が起用されたことがあるかというふうにお受けとめをいたしますが、新憲法のもとで国会に議席のない方が外務大臣に起用されましたのは、岸内閣時代の藤山愛一郎外務大臣、二期お務めいただきまして約三年間でございます。それから、大平内閣のときに大来佐武郎外務大臣、期間は短うございましたが約八カ月外務大臣をお務めになっておりますが、この二つのケースがございます。

1989-12-01 久保亘 税制問題等に関する特別委員会 参議院

○委員以外の議員(久保亘君) 御指名でございますので、お答えを申し上げます。  先生は経済学を御専攻になりまして、また藤山愛一郎先生のところにもいらしたと伺っております。大変これらの問題について御見識の高いお方でありますから、私が申し上げるのは素人の議論になるのかもしれませんけれども、私は学者がいろいろと御意見をお持ちになりますことは、これは当然だと思っております。大内先生はいろいろな会合等で私も存じ上げております。  「社会労働評

1986-04-17 大原亨 社会労働委員会 衆議院

○大原委員 いよいよ最後の質問者ですが、今浦井委員から話がありましたことで、そのこと自体は共産党中心の動きであると思いますが、その前にも経過があるのでありまして、これは議事録に残りますから、一言申し上げておきます。  私が初めて衆議院に出ましたのが昭和三十三年であります。三十四年の社会労働委員会で、これは岸内閣の当時でありますが、外務大臣の藤山愛一郎君、この方の御出席をいただきまして二時間余り質疑応答をしております。これは今日想像でき

1986-03-07 岡田正勝 予算委員会第二分科会 衆議院

○岡田(正)分科員 大臣、ありがとうございました。  これも初耳でございますが、私が大臣を存じ上げておりますのは、学校は最高学府の東大を卒業され、そして福島県会議長までお務めになりまして、その後三回も参議院の地方区を戦い抜いてこられたというまさに長老中の長老でございまして尊敬申し上げておるのでありますが、村で北鮮に行かれる人があって、村を挙げてみんなで盛大に送別会をしてあげたんだ、こういう経験を持っていらっしゃる国会議員の方は恐らく大

1986-02-21 岡田正勝 予算委員会 衆議院

○岡田(正)委員 ありがとうございました。まあそう言わざるを得ないと思いますが、事ほどさように問題は複雑怪奇でございます。どうぞひとつ国民の納得できるような立派な案が一日も早く成立をして、国民の皆さんに褒めてもらえるような結果を生み出したいものと私も考えておりますので、せっかくの御努力をお願いをいたします。どうぞ官房長官、結構ですから。ありがとうございました。  ちょっと資料を配ってください。これから北朝鮮にいらっしゃいます日本人妻の