迫水久常 に関する国会発言

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2017-06-08 保岡興治 憲法審査会 衆議院

○保岡委員 先ほど辻元幹事が御発言になったことにちょっと触発されてお話しします。  私は、この平和国家日本が、戦争を終結して新しい第一歩を踏み出した、これは天皇陛下の御聖断あってのことと思っております。  終戦間際にした広島、長崎に原爆が投下される中で、宮中の地下十メートルの十五坪ほどのお部屋で、総理大臣以下関係閣僚、そして陛下がそこで会議を持たれて、いわゆる御前会議です、これは二回にわたって行われている。一回は、ポツダム宣言を受諾

2005-01-24 武部勤 本会議 衆議院

○武部勤君 私は、自由民主党を代表いたしまして、総理の施政方針演説に対する代表質問を行います。(拍手)  残念ながらこのような中で代表質問をしなければならないことは、国民の皆様方に対して極めて申しわけない、そういう思いでありますが、やむを得ません。  昨年は、まさに「災」の一字をもって象徴すべき、大きな自然災害が内外に相次いだ年でありました。国内では、豪雨、台風、新潟中越地震による死者・行方不明者は二百三十七人に上り、国外では、イン

1980-11-11 秦豊 内閣委員会 参議院

○秦豊君 余り行管庁長官としての最高判断に想像がまじっちゃいけませんよ。  これは自民党のある熊本県選出の代議士の発言なものだから特に名を秘しますけれども、こういう発言が堂々と大見出しで活字になっている。これだけの大蔵人脈と大物がいて南が廃止されでもしたら末代までも熊本は笑い物になるよと、これはかなり長官もよく御存じの中堅以上の代議士の発言ですがね。その一連の報道の中に、たとえばとして園田現厚相、園田前国土庁長官、そして元防衛庁長官坂

1977-08-03 栗原俊夫 逓信委員会 参議院

○委員長(栗原俊夫君) この際、御報告いたします。  皆様すでに御承知のとおり、本委員会委員でありました迫水久常君は、去る七月二十五日、病気のため逝去されました。まことに哀惜痛恨にたえません。ここに委員各位とともに同君の長年にわたる御功績をしのび、謹んで黙祷をささげ、御冥福をお祈り申し上げたいと存じます。  御起立をお願いいたします。黙祷願います。   〔総員起立、黙祷〕

1977-07-30 岸田實 議院運営委員会 参議院

○事務総長(岸田實君) 議員迫水久常君には、去る七月二十五日、急性心不全のため、同愛記念病院において逝去されました。謹んで御報告申し上げます。  本委員会の理事懇談会におきましては、協議の結果、お手元にお配りしてあります案文の弔詞を院議をもって贈呈するととと決した次第でございます。  なお、去る六月三十日に逝去されました故議員神田博君及び去る七月十七日逝去されました故議員高田浩運君に対しましては、本委員会の理事懇談会の決定に基づき、

1977-07-30 中西一郎 議院運営委員会 参議院

○理事(中西一郎君) 故議員迫水久常君に対する弔詞贈呈の件を議題といたします。  事務総長の報告を求めます。

1977-07-30 新谷寅三郎 本会議 参議院

○新谷寅三郎君 本院議員迫水久常君は、今月二十五日卒然と逝去されました。まことに痛恨のきわみであります。  私は、同僚議員各位の御同意を得まして、議員一同を代表し、謹んで追悼の辞をささげたいと存じます。  迫水君は、明治三十五年八月、東京都に生をうけ、少年時代から俊秀の誉れ高く、第一高校学校を経て、大正十五年、東京帝国大学法学部を卒業と同時に大蔵省に入り、自来、昭和二十年、銀行保険局長を最後に同省を退官されるまで、大蔵官僚としてきわ

1977-07-30 安井謙 本会議 参議院

○議長(安井謙君) 御異議ないと認めます。  議長において起草いたしました弔詞を朗読いたします。    〔総員起立〕  参議院は議員正三位勲一等迫水久常君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます。     —————————————  弔詞の贈呈方は、議長において取り計らいます。      —————・—————

1977-07-30 安井謙 本会議 参議院

○議長(安井謙君) 議員迫水久常君は、去る二十五日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。  つきましては、この際、同君に対し、院議をもって弔詞を贈呈することとし、その弔詞は議長に一任せられたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1976-10-07 森勝治 逓信委員会 参議院

○委員長(森勝治君) ただいまから逓信委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  細川護煕君、西村尚治君、迫水久常君及び藤原房雄君が委員を辞任され、その補欠として原文兵衛君、土屋義彦君、岡田広君及び塩出啓典君が選任されました。     —————————————

1976-05-06 田口一男 社会労働委員会 衆議院

○田口委員 じゃこの問題は、ひとつ研究課題ということでお願いをしておきたいのです。時間がありませんから最後に一点だけ。  この援護法は、いまさら私が申し上げるまでもなく、いわゆる国と権力関係、雇用関係にあった者を対象にする、こういうふうになっておることは承知をしておるのですが、もう前々から一般戦災者、内地におる戦災者に対しても、これは当然、国の責任で宣戦布告をし、また戦争終結をしたのだから、援護措置を講ずべきではないかというので、わが

1976-01-29 森勝治 逓信委員会 参議院

○委員長(森勝治君) 委員の異動について御報告いたします。  竹田四郎君、細川護煕君、亀井久興君、矢原秀男君及び竹田現照君が委員を辞任され、その補欠として森中守義君、迫水久常君、高橋邦雄君、山田徹一君及び川村清一君がそれぞれ選任されました。     —————————————

1975-12-23 竹田現照 逓信委員会 参議院

○委員長(竹田現照君) 質疑の途中でございますが、委員の異動について御報告いたします。  迫水久常君及び木島則夫君が委員を辞任され、その補欠として佐多宗二君及び中村利次君が選任されました。     —————————————

1975-12-23 竹田現照 逓信委員会 参議院

○委員長(竹田現照君) ただいまから逓信委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  対馬孝且君及び佐多宗二君が委員を辞任され、その補欠として竹田四郎君及び迫水久常君が選任されました。     —————————————

1975-12-16 多田省吾 法務委員会 参議院

○委員長(多田省吾君) ただいまから法務委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  佐多宗二君、前田佳都男君が委員を辞任され、その補欠として迫水久常君、遠藤要君が選任されました。     —————————————

1975-12-11 竹田現照 逓信委員会 参議院

○委員長(竹田現照君) 質疑の途中でございますが、委員の異動について御報告いたします。  迫水久常君が委員を辞任され、その補欠として佐多宗二君が選任されました。     —————————————

1975-12-11 竹田現照 逓信委員会 参議院

○委員長(竹田現照君) ただいまから逓信委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  宮田輝君が委員を辞任され、その補欠として迫水久常君が選任されました。     —————————————

1975-12-09 竹田現照 逓信委員会 参議院

○委員長(竹田現照君) 委員の異動について御報告いたします。  迫水久常君が委員を辞任され、その補欠として宮田輝君が選任されました。     —————————————

1975-12-09 竹田現照 逓信委員会 参議院

○委員長(竹田現照君) ただいまから逓信委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  青井政美君及び松岡克由君が委員を辞任され、その補欠として迫水久常君及び大島友治君が選任されました。     —————————————

1975-11-20 竹田現照 逓信委員会 参議院

○委員長(竹田現照君) ただいまから逓信委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  昨日、斎藤十朗君が委員を辞任され、その補欠として松岡克由君が選任されました。  また、本日、迫水久常君が委員を辞任され、その補欠として青井政美君が選任されました。     —————————————