建設委員会

1969-03-14 衆議院 全188発言

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会議録情報#0
昭和四十四年三月十四日(金曜日)
    午前十時五十五分開議
 出席委員
   委員長 始関 伊平君
   理事 大野  明君 理事 金丸  信君
   理事 草野一郎平君 理事 田村 良平君
   理事 井上 普方君 理事 岡本 隆一君
   理事 吉田 之久君
      伊藤宗一郎君    池田 清志君
     稻村左近四郎君    進藤 一馬君
      丹羽喬四郎君    葉梨 信行君
      廣瀬 正雄君    古屋  亨君
      堀川 恭平君    森下 國雄君
      山口 敏夫君    金丸 徳重君
      島上善五郎君    福岡 義登君
      渡辺 惣蔵君    小川新一郎君
      北側 義一君
 出席国務大臣
        建 設 大 臣 坪川 信三君
        国 務 大 臣
        (経済企画庁長
        官)      菅野和太郎君
 出席政府委員
        経済企画庁総合
        開発局長    宮崎  仁君
        建設政務次官  渡辺 栄一君
        建設大臣官房長 志村 清一君
        建設省計画局長 川島  博君
        建設省道路局長 蓑輪健二郎君
        建設省住宅局長 大津留 温君
 委員外の出席者
        専  門  員 曾田  忠君
    ―――――――――――――
三月七日
 委員加藤常太郎君辞任につき、その補欠として
 山口敏夫君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
三月十一日
 国道一六号線八王子市稲荷坂通りの拡幅に関す
 る請願(小山省二君紹介)(第一八八二号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
三月六日
 研究学園都市移転年次計画の早期確立等に関す
 る陳情書(第一七
 一号)
 明石・鳴門架橋促進に関する陳情書外十一件
 (第一七二号)
 同外一件
 (第二一四号)
 道路の新設改良費等増額に関する陳情書
 (第一七三号)
 近畿自動車道泉南海南線の建設に関する陳情書
 (第一七四号)
は本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 公聴会開会承認要求に関する件
 地価公示法案(内閣提出第六二号)
 公営住宅法の一部を改正する法律案(内閣提出
 第二六号)
 建設行政の基本施策に関する件
     ――――◇―――――
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始関伊平#1
○始関委員長 これより会議を開きます。
 地価公示法案を議題とし、提案理由の説明を聴取いたします。坪川建設大臣。
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坪川信三#2
○坪川国務大臣 ただいま議題となりました地価公示法案につきまして、提案の理由及びその要旨を御説明申し上げます。
 近年における地価の高騰は、基本的には、産業、人口の急激な都市集中等による土地需給の著しい不均衡に基づくものでありますが、さらに、土地は、他の諸財と異なり、合理的な市場価格の形成がきわめて困難であることから、不当なつけ値による取引価格が容易に一般化し、実勢を越えた地価の高騰をもたらしている場合も多いものと認められます。
 このため、公共用地の取得価格も公共事業相互間において必ずしも統一されているとはいいがたく、しかもこの公共用地の取得価格が周辺に影響を与えて一般の地価水準を引き上げているとの批判も少なくないのであります。
 このような事態に対処するためには、土地取引がひんぱんに行なわれる都市地域の標準地について、その正常な価格を公示する制度を確立して、適正な地価の形成に寄与する必要があるものと考えられるのであります。
 この制度の確立につきましては、昭和三十九年五月、衆議院本会議における地価安定施策の強化に関する決議で御指摘を受けまして以来、政府といたしましても種々検討を重ねてまいったのでありますが、昨年十一月住宅宅地審議会からの地価公示制度の確立に関する答申もあり、ここにその成案を得るに至りましたので、この法律案を提出することといたした次第であります。
 次に、この法律案の要旨を御説明申し上げます。
 第一に、この法律は、都市地域において、標準地の正常な価格を公示して、一般の土地取引価格に対して指標を与え、及び公共用地の取得価格の算定等に資し、もって適正な地価の形成に寄与することをその目的といたしております。
 第二に、土地鑑定委員会は、建設省令で定める市街化区域内の標準地について、毎年一回、二人以上の不動産鑑定士等の鑑定評価を求め、その結果を審査、調整して判定した正常な価格を、標準地の面積、形状、利用の現況等とともに官報で公示し、あわせて関係市町村において一般の閲覧に供することといたしております。
 第三に、公共事業の施行者が公共用地の取得価格を算定する場合及び不動産鑑定士等が土地を鑑定評価する場合には、公示価格を規準としなければならないこととし、収用委員会が収用する土地に対する補償金を算定する場合にも、公示価格を規準とした価格を考慮しなければならないものといたしております。
 第四に、建設省に土地鑑定委員会を設置し、地価の公示に関すること及び不動産鑑定士試験に関すること等の事務を行なわぜることといたしております。この土地鑑定委員会は、委員七人をもって組織し、そのうち六人は非常勤としております。これらの委員は、両議院の同意を得て建設大臣が任命することといたしております。
 第五に、標準地の鑑定評価等に伴う土地の立ち入り及びこれによる損失の補償、土地鑑定委員会の鑑定評価命令等、地価の公示に関して必要な事項を定めております。
 第六に、この法律は、本年七月一日から施行することとし、最初に行なう地価の公示は、施行の日から十月をこえない範囲内において別に定める日に行なうことといたしております。
 以上がこの法律案の提案の理由及びその要旨でありますが、何とぞ慎重御審議の上、すみやかに御可決くださるようお願い申し上げます。
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始関伊平#3
○始関委員長 以上で本案の趣旨の説明は終わりました。
 本案に対する質疑は後日に譲ります。
     ————◇—————
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始関伊平#4
○始関委員長 公営住宅法の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。
 質疑の通告がありますので、順次これを許します。葉梨信行君。
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葉梨信行#5
○葉梨委員 公営住宅法の一部を改正する法律案を審議するに先立ちまして、二、三、住宅に関します統計数字並びにこれまでの国の住宅政策について伺ってみたいと思います。
 第一に伺いたいことは、戦争が終わりまして足かけ十五年になりますが、昭和二十年の末期あるいは二十一年の初頭における日本の現在の領土内における人口並びにその当時における住宅不足戸数は何戸ぐらいであったか、お伺いしたいと思います。
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大津留温#6
○大津留政府委員 終戦直後の住宅の不足戸数でございますが、戦災によりまして滅失した住宅数が二百十万戸ございます。これに、建物疎開によりまして取りこわした住宅が五十五万戸、それに、復員並びに海外の居留日本人が引き揚げてまいりましたので、それによる需要が六十七万戸となっております。それに、戦争中住宅の建設がストップしておったような状況で戦争中の供給不足、そういうものを加えまして、終戦時におきます住宅不足数は四百二十万戸というふうに算定されております。
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葉梨信行#7
○葉梨委員 そういう状態から現在に至ったわけでございますが、昭和二十年の戦争を終わってから四十三年一ぱいくらいまでにどれくらいの住宅が建ったか、その数をお示し願いたいと思います。
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大津留温#8
○大津留政府委員 昭和四十三年度末、つまり今月末現在で、推定も含めますが、終戦以来約千四百六十万戸建設されたと推定されます。このうち、公的資金によるものが五百六万戸、それから民間自力によるものが九百五十六万戸の見込みでございます。
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葉梨信行#9
○葉梨委員 いまの御答弁からしますと、終戦直後いろいろな要因から不足したと見込まれていたのが四百二十万戸、それが現在に至ってみますと、結果としては一千万戸も多い千四百六十万戸ということでございますが、この住宅建設が年々行なわれた。統計的に見まして、その二十数年間のうち急激に建設がふえたとか、あるいはなだらかにふえてきたとか、その傾向はどうでございましょうか。
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大津留温#10
○大津留政府委員 終戦直後は、先ほど申しましたような住宅の絶対不足でございましたので、応急的な住宅建設が非常に盛んでございました。したがって、昭和二十一年、二十二年、二十三年という時期は、この数からしますと相当な戸数が建っております。昭和二十四、五年ごろからいわゆる恒久的な住宅建設が始まりまして、したがって戸数もそれほど建たないということでございましたが、それから年々建設戸数はふえて今日に至っておるというような状況でございます。
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葉梨信行#11
○葉梨委員 いまも申し上げましたように、最初の予測よりもずっと建設戸数がふえ、しかもいまもってまだ不足である、住宅に対する困窮者が非常におるという状況でございますが、そういう結果をもたらした原因、要因につきまして、大臣よりお話を伺いたいと思います。
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坪川信三#12
○坪川国務大臣 葉梨委員御指摘になりましたその要因はいろいろございますけれども、御承知のとおり、都市に人口の集中が著しくなってきたこと、あるいは結婚適齢期を控えた人口が世帯数として非常にふえてまいっておること、また、それぞれの所得水準の向上によるところの質的な内容等を含めての需要が非常にふえてまいったというようなことが一つの大きな要因ではなかろうか、こう考えております。
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葉梨信行#13
○葉梨委員 いまの大臣のお話でございますが、そのほかに、家族制度に対する考え方が新憲法の施行によって変わってきた、そうしていままで親子二夫婦、三夫婦一緒に住んでいた家もみんな独立して、それぞれ夫婦単位で家庭を営み、家を要求するようになったというのも一つの大きな社会的な原因ではないかと思うのですが、いかがでありましょうか。
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坪川信三#14
○坪川国務大臣 葉梨委員御指摘になりましたその点は私も全く同感でございまして、現在の新しい憲法下におけるところの各人の基本的人権の尊重というような立場から、また、各自の自由な立場からの欲求というようなものが、これらの需要に大きな精神的な影響を与えておるということは、全く同感でございます。
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葉梨信行#15
○葉梨委員 そこで、現在昭和四十一年から住宅建設五カ年計画が進行中でございますが、この第一次住宅建設五カ年計画を策定したのは何年ごろでございましょうか。
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大津留温#16
○大津留政府委員 四十一年からこの計画が始まっておりますので、それに先立ちます昭和四十年にこの計画は策定したわけでございます。
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葉梨信行#17
○葉梨委員 その四十年に策定された当時における住宅不足は何戸ぐらいに見積もっておられたか、また、計画戸数は何戸になさったか、そしてまた、その計画戸数の内訳といたしまして、公共住宅と民間住宅との実数、あるいはまた、考え方を別にいたしますと、一戸建ての住宅と集団住宅は大体何戸と何戸ぐらいの予想をしておられたか。
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大津留温#18
○大津留政府委員 現行の五カ年計画の策定にあたりまして見込みました住宅不足数でございますが、昭和三十八年の住宅統計調査をもとにいたしまして、そのときの住宅不足数二百七十八万戸をもとにいたしまして、それに加えて五年間にふえるであろう世帯の数、それからまた、五年間に老朽して取りこわすであろう住宅の補充分、それに社会的移動に備えましてある程度のあき家といいますか、余裕を見込みまして、合計六百七十万戸を必要とし、その期間中に六百七十万戸を建設するという計画にいたしたわけでございます。その内訳といたしまして、公的資金による建設が二百七十万戸、民間自力に期待する戸数といたしまして四百万戸をこの内容としております。
 それから、一戸建てと共同住宅の割合という御質問でございますが、計画にあたりまして、そういう一戸建て何戸、共同住宅何戸という計画は実は立ててはいないのでございますけれども、今日までの建設の実績から見ますと、共同建てのものが約三五%、一戸建てのものが六五%の割合になっております。
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葉梨信行#19
○葉梨委員 ことしはその第四年度に入るわけでございますが、四十一年度、四十二年度、また四十三年度と、実績について伺いたいと思います。特に民間の建設計画に対する実績がどんなものであるか、お示し願いたい。
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大津留温#20
○大津留政府委員 四十三年度までの実績でございますが、公的資金による住宅百三十六万戸、民間自力による建設二百三十五万戸という実績になっております。
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葉梨信行#21
○葉梨委員 聞くところによりますと、民間分としての実績は計画を上回っている、ところが、公共住宅については、予定のとおりのテンポで進んでないという話を聞いておりますが、事実はどうでございましょうか。
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大津留温#22
○大津留政府委員 先生御指摘のように、民間自力建設は、民間の非常な御努力によりまして計画を上回る実績を示しております。公的資金による住宅の実績は、三年度を終えたところで五〇%をちょっとこえた程度でございます。民間に比べましてややおくれております。四十四年度にこれを回復すべく五十七万三千戸というものを計画いたしまして、これが予定どおりにできますならば、四十四年度末におきましては七一・八%まで達成できる。したがいまして、最後の四十五年度に二八%余を残すわけで、これはやはり相当な努力を要すると思いますけれども、何とかこれは一〇〇%達成いたしたいというふうに考えております。
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葉梨信行#23
○葉梨委員 単純に計画を五で割ってみますと、年間二〇%の率で伸びていかなければいけないのが、最終年度に二八%も建設しなければならないというのは、非常に無理な計画だと思う。計画自体が無理であったのか、あるいは計画は妥当だったけれども、何かいろいろな阻害要因があったのか、その点御説明願いたい。
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大津留温#24
○大津留政府委員 この計画の策定にあたりまして、各年度の建設戸数でございますが、これは御承知のように、民間におきましても、あるいは政府施策におきましても、過去の実績からいたしましても年々一定の割合で伸びてまいっておりますので、したがいまして、毎年度五分の一ずつというわけではございませんで、一定の率をもって伸びていくという計算でございます。したがいまして、最後の年度におきましては二〇%をこえる二七、八%という達成が、それほど無理な計画ではないというふうに考えております。
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葉梨信行#25
○葉梨委員 その点についてもう少し伺ってみたいのですが、最終年度に二八%建てなければならぬというのは、計画を策定したときから予想されておったことでしょうか。それとも、いまになってみて、算術計算で引いてみたら二八%残ったということでしょうか。
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大津留温#26
○大津留政府委員 この五カ年間を一定の伸びでいくといたしますと、最もなだらかなといいますか、自然な伸びからいいますと、最後の年に二六、七%残っておるならば、きわめて自然にいくと思います。二八%余でございますから、これはそれよりも一そうの努力をしなければいかない、こういうように思います。
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葉梨信行#27
○葉梨委員 いままでのお話を伺いますと、計画に実績がややおくれておるということだと思いますが、公共住宅と民間住宅の数の比率など、あるいは民間のほうはどんどん建っていくといういままでの実績からしますと、政府の住宅政策がおくれておって、どちらかというと、日本人は、庭のついた一戸建ての家に住みたいという、好みといいますか、欲求があると思うのですが、その欲求からして、民間依存の持ち家主義にもたれかかっているのではないか、こういうふうに感ずるのです。いいか悪いか別にしまして、そういうような傾向で現在に至っていると私は考えるのでございます。
 そこで、民間自力建設というものについて少し伺ってみたいと思いますが、建て売り住宅がございます。建て売り住宅と申しましても一流の電鉄会社が分譲しております土地つきの非常に質のいい住宅から、群小の業者の住宅に至るまで、いろいろございますけれども、第一次五カ年計画で建ちました住宅のうち、建て売り分がどれくらいあるか、お示し願いたい。
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大津留温#28
○大津留政府委員 民間自力建設のうち、お示しのような建設業者が建てて分譲したその数、ちょっと資料を持ち合わせておらないのでございますが、推定で申し上げますと、約二割程度じゃなかろうかというふうに思います。
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葉梨信行#29
○葉梨委員 民間自力建設の住宅の理想的な姿、結局、敷地が何坪ぐらいで、間取りが幾部屋ぐらいあれば、憲法に保障された快適な暮らしができるか、建設省として考えておられる理想像はどんなものでございましょうか。
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