災害対策特別委員会
⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。
会
会議録情報#0
令和元年十月一日(火曜日)
午前八時五十分開議
出席委員
委員長 望月 義夫君
理事 福井 照君 理事 藤丸 敏君
理事 堀井 学君 理事 三ッ林裕巳君
理事 三原 朝彦君 理事 岡島 一正君
理事 岡本 充功君 理事 濱村 進君
秋本 真利君 小倉 將信君
小里 泰弘君 大岡 敏孝君
金子 恭之君 神山 佐市君
木村 哲也君 小寺 裕雄君
小林 史明君 高村 正大君
佐藤 明男君 坂本 哲志君
笹川 博義君 杉田 水脈君
田野瀬太道君 谷 公一君
中曽根康隆君 根本 幸典君
百武 公親君 藤井比早之君
船橋 利実君 古川 康君
宮路 拓馬君 吉川 赳君
池田 真紀君 奥野総一郎君
菊田真紀子君 近藤 和也君
高木錬太郎君 中島 克仁君
森山 浩行君 谷田川 元君
早稲田夕季君 江田 康幸君
富田 茂之君 桝屋 敬悟君
田村 貴昭君 畑野 君枝君
森 夏枝君
…………………………………
国務大臣
(国土強靱化担当)
(防災担当) 武田 良太君
内閣官房副長官 西村 明宏君
内閣府副大臣 平 将明君
農林水産副大臣 伊東 良孝君
経済産業副大臣 牧原 秀樹君
内閣府大臣政務官 今井絵理子君
農林水産大臣政務官 河野 義博君
国土交通大臣政務官 佐々木 紀君
政府参考人
(内閣官房内閣審議官) 松本 裕之君
政府参考人
(内閣府政策統括官) 青柳 一郎君
政府参考人
(総務省大臣官房審議官) 谷 史郎君
政府参考人
(総務省自治行政局公務員部長) 大村 慎一君
政府参考人
(総務省総合通信基盤局電気通信事業部長) 竹村 晃一君
政府参考人
(消防庁審議官) 鈴木 康幸君
政府参考人
(厚生労働省大臣官房審議官) 迫井 正深君
政府参考人
(厚生労働省社会・援護局長) 谷内 繁君
政府参考人
(農林水産省大臣官房危機管理・政策立案総括審議官) 岩濱 洋海君
政府参考人
(農林水産省大臣官房生産振興審議官) 鈴木 良典君
政府参考人
(農林水産省大臣官房参事官) 上田 弘君
政府参考人
(林野庁森林整備部長) 小坂善太郎君
政府参考人
(経済産業省大臣官房審議官) 河本 健一君
政府参考人
(中小企業庁事業環境部長) 奈須野 太君
政府参考人
(国土交通省大臣官房建設流通政策審議官) 林 俊行君
政府参考人
(国土交通省大臣官房技術審議官) 東川 直正君
政府参考人
(国土交通省水管理・国土保全局長) 五道 仁実君
政府参考人
(国土交通省住宅局長) 眞鍋 純君
政府参考人
(気象庁長官) 関田 康雄君
政府参考人
(環境省環境再生・資源循環局長) 山本 昌宏君
衆議院調査局第三特別調査室長 武藤 裕良君
―――――――――――――
委員の異動
九月十二日
辞任 補欠選任
宮川 典子君 森山 裕君
同月十三日
辞任 補欠選任
中谷 真一君 小里 泰弘君
稲津 久君 濱村 進君
遠山 清彦君 國重 徹君
同月二十日
辞任 補欠選任
國重 徹君 江田 康幸君
佐藤 英道君 桝屋 敬悟君
同月二十六日
辞任 補欠選任
森山 裕君 秋本 真利君
十月一日
辞任 補欠選任
大隈 和英君 木村 哲也君
金子 俊平君 佐藤 明男君
神山 佐市君 笹川 博義君
小林 史明君 吉川 赳君
高木 啓君 古川 康君
谷 公一君 小寺 裕雄君
鳩山 二郎君 百武 公親君
近藤 和也君 谷田川 元君
山岡 達丸君 奥野総一郎君
江田 康幸君 富田 茂之君
田村 貴昭君 畑野 君枝君
同日
辞任 補欠選任
木村 哲也君 大隈 和英君
小寺 裕雄君 谷 公一君
佐藤 明男君 中曽根康隆君
笹川 博義君 藤井比早之君
百武 公親君 鳩山 二郎君
古川 康君 高木 啓君
吉川 赳君 小林 史明君
奥野総一郎君 山岡 達丸君
谷田川 元君 近藤 和也君
富田 茂之君 江田 康幸君
畑野 君枝君 田村 貴昭君
同日
辞任 補欠選任
中曽根康隆君 金子 俊平君
藤井比早之君 神山 佐市君
同日
理事稲津久君九月十三日委員辞任につき、その補欠として濱村進君が理事に当選した。
―――――――――――――
八月五日
一、災害対策に関する件
の閉会中審査を本委員会に付託された。
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
理事の補欠選任
政府参考人出頭要求に関する件
災害対策に関する件
令和元年八月から九月の前線に伴う大雨(台風第十号、第十三号及び第十五号の暴風雨を含む。)による災害の被害を踏まえた災害に強い国づくりの推進に関する件
――――◇―――――
この発言だけを見る →午前八時五十分開議
出席委員
委員長 望月 義夫君
理事 福井 照君 理事 藤丸 敏君
理事 堀井 学君 理事 三ッ林裕巳君
理事 三原 朝彦君 理事 岡島 一正君
理事 岡本 充功君 理事 濱村 進君
秋本 真利君 小倉 將信君
小里 泰弘君 大岡 敏孝君
金子 恭之君 神山 佐市君
木村 哲也君 小寺 裕雄君
小林 史明君 高村 正大君
佐藤 明男君 坂本 哲志君
笹川 博義君 杉田 水脈君
田野瀬太道君 谷 公一君
中曽根康隆君 根本 幸典君
百武 公親君 藤井比早之君
船橋 利実君 古川 康君
宮路 拓馬君 吉川 赳君
池田 真紀君 奥野総一郎君
菊田真紀子君 近藤 和也君
高木錬太郎君 中島 克仁君
森山 浩行君 谷田川 元君
早稲田夕季君 江田 康幸君
富田 茂之君 桝屋 敬悟君
田村 貴昭君 畑野 君枝君
森 夏枝君
…………………………………
国務大臣
(国土強靱化担当)
(防災担当) 武田 良太君
内閣官房副長官 西村 明宏君
内閣府副大臣 平 将明君
農林水産副大臣 伊東 良孝君
経済産業副大臣 牧原 秀樹君
内閣府大臣政務官 今井絵理子君
農林水産大臣政務官 河野 義博君
国土交通大臣政務官 佐々木 紀君
政府参考人
(内閣官房内閣審議官) 松本 裕之君
政府参考人
(内閣府政策統括官) 青柳 一郎君
政府参考人
(総務省大臣官房審議官) 谷 史郎君
政府参考人
(総務省自治行政局公務員部長) 大村 慎一君
政府参考人
(総務省総合通信基盤局電気通信事業部長) 竹村 晃一君
政府参考人
(消防庁審議官) 鈴木 康幸君
政府参考人
(厚生労働省大臣官房審議官) 迫井 正深君
政府参考人
(厚生労働省社会・援護局長) 谷内 繁君
政府参考人
(農林水産省大臣官房危機管理・政策立案総括審議官) 岩濱 洋海君
政府参考人
(農林水産省大臣官房生産振興審議官) 鈴木 良典君
政府参考人
(農林水産省大臣官房参事官) 上田 弘君
政府参考人
(林野庁森林整備部長) 小坂善太郎君
政府参考人
(経済産業省大臣官房審議官) 河本 健一君
政府参考人
(中小企業庁事業環境部長) 奈須野 太君
政府参考人
(国土交通省大臣官房建設流通政策審議官) 林 俊行君
政府参考人
(国土交通省大臣官房技術審議官) 東川 直正君
政府参考人
(国土交通省水管理・国土保全局長) 五道 仁実君
政府参考人
(国土交通省住宅局長) 眞鍋 純君
政府参考人
(気象庁長官) 関田 康雄君
政府参考人
(環境省環境再生・資源循環局長) 山本 昌宏君
衆議院調査局第三特別調査室長 武藤 裕良君
―――――――――――――
委員の異動
九月十二日
辞任 補欠選任
宮川 典子君 森山 裕君
同月十三日
辞任 補欠選任
中谷 真一君 小里 泰弘君
稲津 久君 濱村 進君
遠山 清彦君 國重 徹君
同月二十日
辞任 補欠選任
國重 徹君 江田 康幸君
佐藤 英道君 桝屋 敬悟君
同月二十六日
辞任 補欠選任
森山 裕君 秋本 真利君
十月一日
辞任 補欠選任
大隈 和英君 木村 哲也君
金子 俊平君 佐藤 明男君
神山 佐市君 笹川 博義君
小林 史明君 吉川 赳君
高木 啓君 古川 康君
谷 公一君 小寺 裕雄君
鳩山 二郎君 百武 公親君
近藤 和也君 谷田川 元君
山岡 達丸君 奥野総一郎君
江田 康幸君 富田 茂之君
田村 貴昭君 畑野 君枝君
同日
辞任 補欠選任
木村 哲也君 大隈 和英君
小寺 裕雄君 谷 公一君
佐藤 明男君 中曽根康隆君
笹川 博義君 藤井比早之君
百武 公親君 鳩山 二郎君
古川 康君 高木 啓君
吉川 赳君 小林 史明君
奥野総一郎君 山岡 達丸君
谷田川 元君 近藤 和也君
富田 茂之君 江田 康幸君
畑野 君枝君 田村 貴昭君
同日
辞任 補欠選任
中曽根康隆君 金子 俊平君
藤井比早之君 神山 佐市君
同日
理事稲津久君九月十三日委員辞任につき、その補欠として濱村進君が理事に当選した。
―――――――――――――
八月五日
一、災害対策に関する件
の閉会中審査を本委員会に付託された。
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
理事の補欠選任
政府参考人出頭要求に関する件
災害対策に関する件
令和元年八月から九月の前線に伴う大雨(台風第十号、第十三号及び第十五号の暴風雨を含む。)による災害の被害を踏まえた災害に強い国づくりの推進に関する件
――――◇―――――
望
望月義夫#1
○望月委員長 これより会議を開きます。
理事補欠選任の件についてお諮りいたします。
委員の異動に伴い、現在理事が一名欠員となっております。その補欠選任につきましては、先例により、委員長において指名するに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →理事補欠選任の件についてお諮りいたします。
委員の異動に伴い、現在理事が一名欠員となっております。その補欠選任につきましては、先例により、委員長において指名するに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
望
望
武
武田良太#4
○武田国務大臣 このたび国土強靱化担当・内閣府防災担当大臣を拝命した武田良太であります。
防災は国家の基本的かつ極めて重要な任務であると認識しており、災害対策を担当する大臣として、いつ起こるかわからない災害に備え、常に緊張感を持って職務に当たってまいる決意であります。そして、国家百年の大計として、災害に強くしなやかな国づくりを進めてまいる所存です。
望月委員長を始め理事、委員各位の御指導、御鞭撻を賜りますようお願いを申し上げます。
まず、被害状況の報告に先立ちまして、このたびの台風及び豪雨によりお亡くなりになられた方々にお悔やみを申し上げるとともに、被災された方々に対し、心よりお見舞いを申し上げたいと思います。
九月九日午前五時前に強い勢力で千葉市付近に上陸した台風第十五号の影響により、伊豆諸島や関東地方南部を中心に、記録的な暴風となりました。この暴風により、九日の七時五十分には約九十三万件の停電が発生するとともに、停電に伴う、約十四万戸の断水や携帯電話の通信障害が発生したほか、公共交通機関の運休など、市民生活に大きな影響が生じました。この台風により、きのうまでに、人的被害及び全壊百十九棟、約二万棟を超える一部破損等の住家被害が報告されております。
政府としては、台風が接近する前の九月六日に山本前防災担当大臣が出席して関係省庁災害警戒会議を開催して警戒態勢を確保したほか、地方自治体や関係機関への注意喚起を行うなど、緊張感を持って対応に当たってきたところであります。
台風による被害が生じてからは、九月十日に内閣府情報先遣チームを千葉県に派遣し、被災自治体や関係省庁との連携体制を整え、被災実態の把握や被災された方々のニーズの掌握に努めました。また、関係省庁災害対策会議及び千葉県に派遣された政府職員間での連絡調整会議を連日開催することなどにより、関係機関相互の緊密な連携と協力のもと、停電復旧、断水解消、通信確保等の災害応急対策に全力で取り組んでまいりました。
長期化する停電に対しましては、発電機車約三百四十台により重要施設への緊急的な給電を行ったほか、各電力会社からの応援を含む約一万六千人の体制で復旧作業に当たりました。また、停電復旧の支障となる倒木の除去を強力に進めるため、自衛隊の部隊が最大一万人で対応できる態勢を確立し、昼夜を問わず作業に当たってまいりました。こうした活動により、一部の復旧困難な箇所を除き、高圧配電線の復旧を二十四日までに完了したところであります。
また、被災者の生活支援としては、食料、飲料、ブルーシート等、被災された方々の命と生活環境に不可欠な物資を予備費を活用してプッシュ型で支援するとともに、自衛隊などによる応急給水や入浴支援、自衛隊に消防職員、消防団員も加わってのブルーシートの展張作業等に取り組んできたところであります。引き続き、現場主義を徹底し、被災した地域の課題等に、地元自治体と緊密に連携し、取り組んでまいります。
住まいの確保は生活再建の第一歩です。このため、被災市町村において、災害救助法等の支援制度の運用に関する助言や説明会を開催したほか、暴風により壊れた屋根等の被害への対応として、被災者生活再建支援金、災害救助法による応急修理や国土交通省の防災・安全交付金を活用した切れ目ない支援を実施することといたしました。さらに、罹災証明書の交付のため、住家の被害認定調査について弾力的運用を行うなど、被災者に寄り添った取組を行っております。
また、八月下旬には、前線と湿った空気の影響で九州北部地方を中心に記録的な大雨となり、八月二十八日の明け方には佐賀県、福岡県、長崎県に大雨特別警報が発表されました。この大雨により六角川水系牛津川が氾濫するなどし、佐賀県を中心に床上浸水千六百七十八棟、床下浸水三千八百五十七棟など多くの浸水被害が発生したほか、断水等のライフラインへの被害、鉄道の運休等の交通障害など、住民生活にも大きな支障が生じました。加えて、浸水により佐賀県大町町の鉄工所から流出した油が家屋や農地に流入いたしました。
政府としては、八月二十八日早朝に佐賀県内の河川で氾濫のおそれが高まったことを受け、総理大臣官邸の危機管理センターに緊急参集チームを招集し対応を協議したほか、同日午前中には佐賀県へ内閣府情報先遣チームを派遣して、地元自治体と緊密に連携しつつ災害応急対策に当たりました。また、三十一日には山本前防災担当大臣を団長とする政府調査団を佐賀県へ派遣し、政府として被害状況を直接把握することに努めました。
特に、油による家屋被害に対しては、被害拡大の防止等のため、国土交通省等によるオイルフェンスの設置や、防衛省等による油吸着マットの設置、回収など、各省庁が連携し、九月十日までに緊急対策を完了させたところであります。
家屋の浸水等により多くの方々が避難所での生活を余儀なくされたこと等を踏まえ、被災者の生活支援として、食料、飲料、クーラー、段ボールベッド等、被災された方々の命と生活環境に不可欠な物資について、予備費を活用してプッシュ型で支援をしてきたところであります。
また、生活再建の第一歩である住まいの確保としては、被災市町村において、災害救助法等の支援制度の運用に関する助言や説明会を開催したほか、油流出の被害への対応として、罹災証明書の交付のための住家の被害認定調査において油による被害を加えて判定することが可能であるとしており、被災者生活再建支援金を始めとする各種支援制度により、被災者の生活再建を支援してまいります。
私も、これまでに千葉県、佐賀県などの被災地を訪れ、今回の災害が市民生活に大きな影響が出ている実情をこの目で確認し、被災者の皆さんから切実な思い、そしてさまざまな課題や御要望を承ってまいりました。被災された方々の不安なお気持ちに寄り添い、きめ細かな被災者支援を引き続き進めてまいります。
このほかにも、九月二十一日ごろからは、台風第十七号により西日本を中心に大雨が観測されました。この台風に伴い宮崎県延岡市では竜巻が発生するなど、人的被害、住家の被害のほか、公共土木施設、農林水産業等へも被害が発生したところであります。
このような中、被災自治体において財政面に不安なく復旧復興に取り組んでいただくため、台風第十号、第十三号、第十五号及び第十七号を含む本年八月から九月の前線等に伴う大雨による災害について、激甚災害に指定する見込みであります。今後は、指定政令の手続を速やかに進めてまいります。
八月の前線に伴う大雨や台風第十五号、台風第十七号と、連続して日本列島は災害の脅威にさらされ続けてまいりました。こうした災害に対しては、地域住民の皆様の安全のために、関係省庁が一体となり、被災自治体等の関係機関と緊密に連携し、対応に当たっていくことが極めて重要であると認識しております。
引き続き、災害応急対策に全力で取り組むとともに、罹災証明書の早期交付、公的住宅や応急仮設住宅の提供のほか、住宅の応急修理による住まいの確保、災害廃棄物の円滑な処理、なりわいの再建等、政府一丸となって全力で対応してまいります。
この発言だけを見る →防災は国家の基本的かつ極めて重要な任務であると認識しており、災害対策を担当する大臣として、いつ起こるかわからない災害に備え、常に緊張感を持って職務に当たってまいる決意であります。そして、国家百年の大計として、災害に強くしなやかな国づくりを進めてまいる所存です。
望月委員長を始め理事、委員各位の御指導、御鞭撻を賜りますようお願いを申し上げます。
まず、被害状況の報告に先立ちまして、このたびの台風及び豪雨によりお亡くなりになられた方々にお悔やみを申し上げるとともに、被災された方々に対し、心よりお見舞いを申し上げたいと思います。
九月九日午前五時前に強い勢力で千葉市付近に上陸した台風第十五号の影響により、伊豆諸島や関東地方南部を中心に、記録的な暴風となりました。この暴風により、九日の七時五十分には約九十三万件の停電が発生するとともに、停電に伴う、約十四万戸の断水や携帯電話の通信障害が発生したほか、公共交通機関の運休など、市民生活に大きな影響が生じました。この台風により、きのうまでに、人的被害及び全壊百十九棟、約二万棟を超える一部破損等の住家被害が報告されております。
政府としては、台風が接近する前の九月六日に山本前防災担当大臣が出席して関係省庁災害警戒会議を開催して警戒態勢を確保したほか、地方自治体や関係機関への注意喚起を行うなど、緊張感を持って対応に当たってきたところであります。
台風による被害が生じてからは、九月十日に内閣府情報先遣チームを千葉県に派遣し、被災自治体や関係省庁との連携体制を整え、被災実態の把握や被災された方々のニーズの掌握に努めました。また、関係省庁災害対策会議及び千葉県に派遣された政府職員間での連絡調整会議を連日開催することなどにより、関係機関相互の緊密な連携と協力のもと、停電復旧、断水解消、通信確保等の災害応急対策に全力で取り組んでまいりました。
長期化する停電に対しましては、発電機車約三百四十台により重要施設への緊急的な給電を行ったほか、各電力会社からの応援を含む約一万六千人の体制で復旧作業に当たりました。また、停電復旧の支障となる倒木の除去を強力に進めるため、自衛隊の部隊が最大一万人で対応できる態勢を確立し、昼夜を問わず作業に当たってまいりました。こうした活動により、一部の復旧困難な箇所を除き、高圧配電線の復旧を二十四日までに完了したところであります。
また、被災者の生活支援としては、食料、飲料、ブルーシート等、被災された方々の命と生活環境に不可欠な物資を予備費を活用してプッシュ型で支援するとともに、自衛隊などによる応急給水や入浴支援、自衛隊に消防職員、消防団員も加わってのブルーシートの展張作業等に取り組んできたところであります。引き続き、現場主義を徹底し、被災した地域の課題等に、地元自治体と緊密に連携し、取り組んでまいります。
住まいの確保は生活再建の第一歩です。このため、被災市町村において、災害救助法等の支援制度の運用に関する助言や説明会を開催したほか、暴風により壊れた屋根等の被害への対応として、被災者生活再建支援金、災害救助法による応急修理や国土交通省の防災・安全交付金を活用した切れ目ない支援を実施することといたしました。さらに、罹災証明書の交付のため、住家の被害認定調査について弾力的運用を行うなど、被災者に寄り添った取組を行っております。
また、八月下旬には、前線と湿った空気の影響で九州北部地方を中心に記録的な大雨となり、八月二十八日の明け方には佐賀県、福岡県、長崎県に大雨特別警報が発表されました。この大雨により六角川水系牛津川が氾濫するなどし、佐賀県を中心に床上浸水千六百七十八棟、床下浸水三千八百五十七棟など多くの浸水被害が発生したほか、断水等のライフラインへの被害、鉄道の運休等の交通障害など、住民生活にも大きな支障が生じました。加えて、浸水により佐賀県大町町の鉄工所から流出した油が家屋や農地に流入いたしました。
政府としては、八月二十八日早朝に佐賀県内の河川で氾濫のおそれが高まったことを受け、総理大臣官邸の危機管理センターに緊急参集チームを招集し対応を協議したほか、同日午前中には佐賀県へ内閣府情報先遣チームを派遣して、地元自治体と緊密に連携しつつ災害応急対策に当たりました。また、三十一日には山本前防災担当大臣を団長とする政府調査団を佐賀県へ派遣し、政府として被害状況を直接把握することに努めました。
特に、油による家屋被害に対しては、被害拡大の防止等のため、国土交通省等によるオイルフェンスの設置や、防衛省等による油吸着マットの設置、回収など、各省庁が連携し、九月十日までに緊急対策を完了させたところであります。
家屋の浸水等により多くの方々が避難所での生活を余儀なくされたこと等を踏まえ、被災者の生活支援として、食料、飲料、クーラー、段ボールベッド等、被災された方々の命と生活環境に不可欠な物資について、予備費を活用してプッシュ型で支援をしてきたところであります。
また、生活再建の第一歩である住まいの確保としては、被災市町村において、災害救助法等の支援制度の運用に関する助言や説明会を開催したほか、油流出の被害への対応として、罹災証明書の交付のための住家の被害認定調査において油による被害を加えて判定することが可能であるとしており、被災者生活再建支援金を始めとする各種支援制度により、被災者の生活再建を支援してまいります。
私も、これまでに千葉県、佐賀県などの被災地を訪れ、今回の災害が市民生活に大きな影響が出ている実情をこの目で確認し、被災者の皆さんから切実な思い、そしてさまざまな課題や御要望を承ってまいりました。被災された方々の不安なお気持ちに寄り添い、きめ細かな被災者支援を引き続き進めてまいります。
このほかにも、九月二十一日ごろからは、台風第十七号により西日本を中心に大雨が観測されました。この台風に伴い宮崎県延岡市では竜巻が発生するなど、人的被害、住家の被害のほか、公共土木施設、農林水産業等へも被害が発生したところであります。
このような中、被災自治体において財政面に不安なく復旧復興に取り組んでいただくため、台風第十号、第十三号、第十五号及び第十七号を含む本年八月から九月の前線等に伴う大雨による災害について、激甚災害に指定する見込みであります。今後は、指定政令の手続を速やかに進めてまいります。
八月の前線に伴う大雨や台風第十五号、台風第十七号と、連続して日本列島は災害の脅威にさらされ続けてまいりました。こうした災害に対しては、地域住民の皆様の安全のために、関係省庁が一体となり、被災自治体等の関係機関と緊密に連携し、対応に当たっていくことが極めて重要であると認識しております。
引き続き、災害応急対策に全力で取り組むとともに、罹災証明書の早期交付、公的住宅や応急仮設住宅の提供のほか、住宅の応急修理による住まいの確保、災害廃棄物の円滑な処理、なりわいの再建等、政府一丸となって全力で対応してまいります。
望
望
望月義夫#6
○望月委員長 この際、お諮りいたします。
本件調査のため、本日、政府参考人として内閣官房内閣審議官松本裕之君、内閣府政策統括官青柳一郎君、総務省大臣官房審議官谷史郎君、総務省自治行政局公務員部長大村慎一君、総務省総合通信基盤局電気通信事業部長竹村晃一君、消防庁審議官鈴木康幸君、厚生労働省大臣官房審議官迫井正深君、厚生労働省社会・援護局長谷内繁君、農林水産省大臣官房危機管理・政策立案総括審議官岩濱洋海君、農林水産省大臣官房生産振興審議官鈴木良典君、農林水産省大臣官房参事官上田弘君、林野庁森林整備部長小坂善太郎君、経済産業省大臣官房審議官河本健一君、中小企業庁事業環境部長奈須野太君、国土交通省大臣官房建設流通政策審議官林俊行君、国土交通省大臣官房技術審議官東川直正君、国土交通省水管理・国土保全局長五道仁実君、国土交通省住宅局長眞鍋純君、気象庁長官関田康雄君及び環境省環境再生・資源循環局長山本昌宏君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →本件調査のため、本日、政府参考人として内閣官房内閣審議官松本裕之君、内閣府政策統括官青柳一郎君、総務省大臣官房審議官谷史郎君、総務省自治行政局公務員部長大村慎一君、総務省総合通信基盤局電気通信事業部長竹村晃一君、消防庁審議官鈴木康幸君、厚生労働省大臣官房審議官迫井正深君、厚生労働省社会・援護局長谷内繁君、農林水産省大臣官房危機管理・政策立案総括審議官岩濱洋海君、農林水産省大臣官房生産振興審議官鈴木良典君、農林水産省大臣官房参事官上田弘君、林野庁森林整備部長小坂善太郎君、経済産業省大臣官房審議官河本健一君、中小企業庁事業環境部長奈須野太君、国土交通省大臣官房建設流通政策審議官林俊行君、国土交通省大臣官房技術審議官東川直正君、国土交通省水管理・国土保全局長五道仁実君、国土交通省住宅局長眞鍋純君、気象庁長官関田康雄君及び環境省環境再生・資源循環局長山本昌宏君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
望
望
岡
岡島一正#9
○岡島委員 おはようございます。
国会はまだ開かれておりませんが、きょうは閉会中審査ということで、今般の大雨、八月、九月の大雨によって起きた、台風十号、十三号、十五号などによる影響、被害などについての質疑を行いたいと思います。
冒頭に、この一連の大雨の中で亡くなられた方にはお悔やみを申し上げ、また、被災され大変お困りになっている多くの方々にはお見舞いを申し上げたいと思います。
きょうの質問でありますが、私は、立憲民主党、国民民主、社会保障、無所属の会を代表して、立国社といいますが、きょう初めて立国社という形の会派での質問となります。
きょうは初めて尽くしであります。十月一日、大臣も初めての答弁でしょうし、また、消費税が上がります。さまざまにきょうは節目の日ですので、きちんと節目となるような質疑にしたいと思っています。
その中で、今般の一連の台風の中で行政や自治体を含めてさまざまにいろいろな問題点があることは、報道など、また、私は両方とも各地を、両方というか、佐賀にしても千葉にしても各地を細かく回りましたが、現場からの声に基づく指摘がたくさんあります。しかし、そのことを全てここで一つ一つ指摘するということだけでは事の本質に迫れないというふうに思います。
そういった中で、きょうは、災害対応の本質に当たる部分、根幹に当たる部分について、まず冒頭からお話をしていきたい、質疑をさせていただきたいと思っています。
この間、大臣始め役所の方々には、懸命に千葉県を含め佐賀県、対応されてきたこと、それには私たちも感謝申し上げておりますが、しかし、それだけでは足りなかったことがあるだろうという視点を持っております。
まず、私は、台風十五号が上陸した、まさにその近辺に住んでおります。千葉市付近ということは、あそこは市原市と千葉市などの境でありますが、物すごい台風でありました。きょうは、台風十五号、そのことについて主に私は質疑をしていきたいと思っています。
九月九日午前五時前、東京湾、千葉市付近に上陸したというこの台風十五号は、首都圏から静岡県に大変大きな被害をもたらしました。当初、朝、私が気づいたのは夜中、大体、寝ていなかったんですけれども、十二時ぐらいから物すごい音がし出しまして、それから早朝までということでしたけれども、当初、この台風による被災状況などは、たまたまですが、私が住んでいる市原市で、ゴルフの練習場のネットが民家に倒壊した、今もそのままです。また、山倉ダムというダムにつくられている、日本でも恐らく一番大きな水上のソーラー発電、火災した、あるいは、君津市で高圧送電塔が二基倒壊し森林に倒れた、そういった映像がテレビの報道の場で出てきました。
しかし、これは比較的、マスコミにとっては映像取材をしやすい、被災の表層の一部であったということが刻々とわかってきます。それ以上に深刻な被災状況が明らかになってきます。
先ほど大臣も御指摘されたように、首都圏では、最大で九十三万戸を超える停電が起きました。そして、それは結果、広域に長引きました。さらに、通信網が遮断されました。あるいは、断水が続き、徐々に判明してきました。今になっては明らかになってきましたが、家屋の損壊、一部損壊だけでも二万二千を超えています。そして、農業被害も、少なくとも千葉県だけでも今や四百億円に迫る被害が出ている。神奈川県横浜でも本牧埠頭などで大きな産業インフラが破壊され、そして、東京の伊豆諸島などでも六百軒余りの損壊があった。あるいは、茨城県の原子力施設の、研究所の冷却塔が倒れる。静岡では、橋が崩落し、そして学校施設が破壊される、屋根が飛ばされる等々、大きな被害が出ました。
今回の特に台風十五号で言えることは、私は当初からそれを申し上げてきましたが、地域やその県、町にとっての大動脈、例えば、コンビナートが破壊されるとか、大きな川がどんと破壊され洪水になるとかいうことだけでなく、地域の一番家庭に近いところの生活インフラ、いわば毛細血管のように張りめぐらされた生活インフラが破壊されたという実態が特徴でした。
そんな中で、私は、きょう、安倍総理始め官邸が本当にきちんと対応したのかということを問わなければなりません。
きょうは、西村官房副長官に来ていただいています。本来なら、安倍総理に聞かなきゃならないし、菅官房長官にお伺いしたいことがたくさんあります。しかし、官邸を代表して、今回被災中にもかかわらず内閣改造が行われたということは、前の閣僚、前の官邸の経験を継承して今の内閣として過去も含めて答弁できるという前提が当然あるだろうということも含めて、西村官房副長官に来ていただきました。
今回、台風十五号、この猛威に対して、すごい、九百五十五ヘクトパスカルですか、南鳥島のときに、上陸したときも九百六十という大変大きな台風、これを最小限に食いとめる、被災状況とかを含めて、それを食いとめるための備えを、安倍総理含め、きちんと体制をとっていたのでしょうか。特に内閣として総理大臣がとっていたのか、それを官房副長官としてお答えください。
この発言だけを見る →国会はまだ開かれておりませんが、きょうは閉会中審査ということで、今般の大雨、八月、九月の大雨によって起きた、台風十号、十三号、十五号などによる影響、被害などについての質疑を行いたいと思います。
冒頭に、この一連の大雨の中で亡くなられた方にはお悔やみを申し上げ、また、被災され大変お困りになっている多くの方々にはお見舞いを申し上げたいと思います。
きょうの質問でありますが、私は、立憲民主党、国民民主、社会保障、無所属の会を代表して、立国社といいますが、きょう初めて立国社という形の会派での質問となります。
きょうは初めて尽くしであります。十月一日、大臣も初めての答弁でしょうし、また、消費税が上がります。さまざまにきょうは節目の日ですので、きちんと節目となるような質疑にしたいと思っています。
その中で、今般の一連の台風の中で行政や自治体を含めてさまざまにいろいろな問題点があることは、報道など、また、私は両方とも各地を、両方というか、佐賀にしても千葉にしても各地を細かく回りましたが、現場からの声に基づく指摘がたくさんあります。しかし、そのことを全てここで一つ一つ指摘するということだけでは事の本質に迫れないというふうに思います。
そういった中で、きょうは、災害対応の本質に当たる部分、根幹に当たる部分について、まず冒頭からお話をしていきたい、質疑をさせていただきたいと思っています。
この間、大臣始め役所の方々には、懸命に千葉県を含め佐賀県、対応されてきたこと、それには私たちも感謝申し上げておりますが、しかし、それだけでは足りなかったことがあるだろうという視点を持っております。
まず、私は、台風十五号が上陸した、まさにその近辺に住んでおります。千葉市付近ということは、あそこは市原市と千葉市などの境でありますが、物すごい台風でありました。きょうは、台風十五号、そのことについて主に私は質疑をしていきたいと思っています。
九月九日午前五時前、東京湾、千葉市付近に上陸したというこの台風十五号は、首都圏から静岡県に大変大きな被害をもたらしました。当初、朝、私が気づいたのは夜中、大体、寝ていなかったんですけれども、十二時ぐらいから物すごい音がし出しまして、それから早朝までということでしたけれども、当初、この台風による被災状況などは、たまたまですが、私が住んでいる市原市で、ゴルフの練習場のネットが民家に倒壊した、今もそのままです。また、山倉ダムというダムにつくられている、日本でも恐らく一番大きな水上のソーラー発電、火災した、あるいは、君津市で高圧送電塔が二基倒壊し森林に倒れた、そういった映像がテレビの報道の場で出てきました。
しかし、これは比較的、マスコミにとっては映像取材をしやすい、被災の表層の一部であったということが刻々とわかってきます。それ以上に深刻な被災状況が明らかになってきます。
先ほど大臣も御指摘されたように、首都圏では、最大で九十三万戸を超える停電が起きました。そして、それは結果、広域に長引きました。さらに、通信網が遮断されました。あるいは、断水が続き、徐々に判明してきました。今になっては明らかになってきましたが、家屋の損壊、一部損壊だけでも二万二千を超えています。そして、農業被害も、少なくとも千葉県だけでも今や四百億円に迫る被害が出ている。神奈川県横浜でも本牧埠頭などで大きな産業インフラが破壊され、そして、東京の伊豆諸島などでも六百軒余りの損壊があった。あるいは、茨城県の原子力施設の、研究所の冷却塔が倒れる。静岡では、橋が崩落し、そして学校施設が破壊される、屋根が飛ばされる等々、大きな被害が出ました。
今回の特に台風十五号で言えることは、私は当初からそれを申し上げてきましたが、地域やその県、町にとっての大動脈、例えば、コンビナートが破壊されるとか、大きな川がどんと破壊され洪水になるとかいうことだけでなく、地域の一番家庭に近いところの生活インフラ、いわば毛細血管のように張りめぐらされた生活インフラが破壊されたという実態が特徴でした。
そんな中で、私は、きょう、安倍総理始め官邸が本当にきちんと対応したのかということを問わなければなりません。
きょうは、西村官房副長官に来ていただいています。本来なら、安倍総理に聞かなきゃならないし、菅官房長官にお伺いしたいことがたくさんあります。しかし、官邸を代表して、今回被災中にもかかわらず内閣改造が行われたということは、前の閣僚、前の官邸の経験を継承して今の内閣として過去も含めて答弁できるという前提が当然あるだろうということも含めて、西村官房副長官に来ていただきました。
今回、台風十五号、この猛威に対して、すごい、九百五十五ヘクトパスカルですか、南鳥島のときに、上陸したときも九百六十という大変大きな台風、これを最小限に食いとめる、被災状況とかを含めて、それを食いとめるための備えを、安倍総理含め、きちんと体制をとっていたのでしょうか。特に内閣として総理大臣がとっていたのか、それを官房副長官としてお答えください。
西
西村明宏#10
○西村内閣官房副長官 今、岡島委員から、台風十五号の被災に関する思いをしっかりお聞かせいただきました。
その上で、官邸としてしっかり対応をとっていたのかという御指摘でございます。
台風十五号に関しましては、台風が接近する前の九月六日に、防災担当大臣が出席しまして関係省庁災害警戒会議を開催いたしました。
そしてまた、停電の解消に時間を要している状況などを踏まえまして、関係省庁災害対策会議を計十二回開催するなど、関係省庁が緊密に連携して対応に当たってきたところであります。さらに、全閣僚が出席する閣僚懇談会の場も活用して情報共有や関係省庁の連携の確認を行うとともに、総理からは、関係閣僚に対し必要な指示が行われてきたところでございます。
政府としましては、適切な警戒態勢のもと、万全の災害応急対策を講じてきたものと認識しております。
この発言だけを見る →その上で、官邸としてしっかり対応をとっていたのかという御指摘でございます。
台風十五号に関しましては、台風が接近する前の九月六日に、防災担当大臣が出席しまして関係省庁災害警戒会議を開催いたしました。
そしてまた、停電の解消に時間を要している状況などを踏まえまして、関係省庁災害対策会議を計十二回開催するなど、関係省庁が緊密に連携して対応に当たってきたところであります。さらに、全閣僚が出席する閣僚懇談会の場も活用して情報共有や関係省庁の連携の確認を行うとともに、総理からは、関係閣僚に対し必要な指示が行われてきたところでございます。
政府としましては、適切な警戒態勢のもと、万全の災害応急対策を講じてきたものと認識しております。
岡
岡島一正#11
○岡島委員 本当にそうだろうか、私は、官房副長官の答弁を聞いても、今もそう思います。
この台風に当たって、私はラジオをよく聞いていました。災害のときはラジオを、今ではインターネットも含めて、ただ、今回は携帯電話の遮断もありましたので、ラジオというのが一番手段としては有効でした。
この台風の情報について、気象庁は台風十五号の首都圏への影響などをきちんと総理にも報告していたのかどうか、それをまず前提として気象庁に伺いたいと思います。
この発言だけを見る →この台風に当たって、私はラジオをよく聞いていました。災害のときはラジオを、今ではインターネットも含めて、ただ、今回は携帯電話の遮断もありましたので、ラジオというのが一番手段としては有効でした。
この台風の情報について、気象庁は台風十五号の首都圏への影響などをきちんと総理にも報告していたのかどうか、それをまず前提として気象庁に伺いたいと思います。
関
関田康雄#12
○関田政府参考人 お答えいたします。
上陸した日、九月九日の朝でございますけれども、私から、台風第十五号の進路、それから、この台風十五号により伊豆諸島や千葉県で暴風が観測されたことなどについて、総理に御報告させていただいたところでございます。
この発言だけを見る →上陸した日、九月九日の朝でございますけれども、私から、台風第十五号の進路、それから、この台風十五号により伊豆諸島や千葉県で暴風が観測されたことなどについて、総理に御報告させていただいたところでございます。
岡
岡島一正#13
○岡島委員 気象庁はその日の、九日の十時過ぎに総理とお会いになっていると首相動静も含めて確認してありますが、八日の夕方、気象庁の緊急記者会見でこのように気象庁は発表していました。
台風十五号が強い勢力を維持して静岡県から関東地方に上陸する見込みで、首都圏を含め記録的な暴風のおそれがあるとして、夜になって接近とともに世界は変わると気象庁が述べていました。それほどに世界が変わる、まさに恐れを感じる、まあ、かけ言葉ですけれども、怖いとか恐れとか、そういうことを感じるほどのメッセージでした。強烈なメッセージでした。
そういう大きな被害が想定されるような台風が来るということを気象庁は発表していましたが、これについて確認します。そうですね、気象庁。
この発言だけを見る →台風十五号が強い勢力を維持して静岡県から関東地方に上陸する見込みで、首都圏を含め記録的な暴風のおそれがあるとして、夜になって接近とともに世界は変わると気象庁が述べていました。それほどに世界が変わる、まさに恐れを感じる、まあ、かけ言葉ですけれども、怖いとか恐れとか、そういうことを感じるほどのメッセージでした。強烈なメッセージでした。
そういう大きな被害が想定されるような台風が来るということを気象庁は発表していましたが、これについて確認します。そうですね、気象庁。
関
関田康雄#14
○関田政府参考人 お答えいたします。
ただいま御質問いただいた件は、気象庁が九月八日の十一時から開催いたしました記者会見におきまして、台風第十五号の特徴に関する記者からの質問に対し、日中は比較的穏やかですが、台風接近とともに一気に世界が変わってきますと説明を行ったものでございます。
この説明は、今回の台風が大きさが比較的小さいため、現在は晴れていても、今後、台風の接近に伴って短時間のうちに急激に状況が変化して暴風雨になるということを伝えることを意図したものでございます。
この発言だけを見る →ただいま御質問いただいた件は、気象庁が九月八日の十一時から開催いたしました記者会見におきまして、台風第十五号の特徴に関する記者からの質問に対し、日中は比較的穏やかですが、台風接近とともに一気に世界が変わってきますと説明を行ったものでございます。
この説明は、今回の台風が大きさが比較的小さいため、現在は晴れていても、今後、台風の接近に伴って短時間のうちに急激に状況が変化して暴風雨になるということを伝えることを意図したものでございます。
岡
岡島一正#15
○岡島委員 ということは、気象庁は、コンパクトなれど大変強風の吹く大きな台風であるということは総理には九日の十時過ぎには伝えていたということになります。
各省庁や総理の対応などを見てくると、各省庁ともに、翌六日、情報収集に取り組む情報連絡室を設けていきました。しかし、これはあくまでも、事務的に役所が情報収集に当たるために構築するものです。しかし、これはあくまでも、役人の判断で行われている。
そういった中で、今回、これまで、大臣の最初の冒頭の話にもなかった言葉ですが、関係閣僚会議が一度も開かれていません。関係閣僚会議、普通、これまで多くの場合、大災害に際しては必ず開かれてきました。特に、台風などは上陸の前後に早々と開かれてきたのがこれまでの事実です。
本来、基本的に、地震とは違いますけれども、地震はいつ起こるかわかりませんが、台風は、今気象庁が説明があったように、八日には、上陸すれば世界が変わるとわかっている。しかも、首都圏、来年オリンピックを控えている、政府はおもてなしの場所と言っている、そこに直撃するということがわかっていたにもかかわらず、通例開かれてきた関係閣僚会議、災害対策のまず第一歩だと私は思いますけれども、開かれなかったこと。
西村官房副長官、私は、これを開くのは政治家の責任だと思います。まさに政治判断だと思います。政治主導を発揮する災害での第一歩だと思います。これが開かれなかったこと、事実ですか。そして、どう思われますか、安倍総理を含めた官邸の代表として。
この発言だけを見る →各省庁や総理の対応などを見てくると、各省庁ともに、翌六日、情報収集に取り組む情報連絡室を設けていきました。しかし、これはあくまでも、事務的に役所が情報収集に当たるために構築するものです。しかし、これはあくまでも、役人の判断で行われている。
そういった中で、今回、これまで、大臣の最初の冒頭の話にもなかった言葉ですが、関係閣僚会議が一度も開かれていません。関係閣僚会議、普通、これまで多くの場合、大災害に際しては必ず開かれてきました。特に、台風などは上陸の前後に早々と開かれてきたのがこれまでの事実です。
本来、基本的に、地震とは違いますけれども、地震はいつ起こるかわかりませんが、台風は、今気象庁が説明があったように、八日には、上陸すれば世界が変わるとわかっている。しかも、首都圏、来年オリンピックを控えている、政府はおもてなしの場所と言っている、そこに直撃するということがわかっていたにもかかわらず、通例開かれてきた関係閣僚会議、災害対策のまず第一歩だと私は思いますけれども、開かれなかったこと。
西村官房副長官、私は、これを開くのは政治家の責任だと思います。まさに政治判断だと思います。政治主導を発揮する災害での第一歩だと思います。これが開かれなかったこと、事実ですか。そして、どう思われますか、安倍総理を含めた官邸の代表として。
西
西村明宏#16
○西村内閣官房副長官 政府といたしましては、これまでも、台風の勢力等の気象の状況や被害の状況等を踏まえて、適切な体制を構築し、災害応急対応に当たってきたところであります。
繰り返しになりますけれども、台風十五号につきましては、台風の接近前から防災担当大臣が出席した関係省庁災害警戒会議を開催したほか、関係省庁災害対策会議を計十二回開催するなど、関係省庁が緊密に連携して対応に当たってきたところであります。さらに、全閣僚が出席する閣僚懇談会の場も活用しまして情報共有や関係省庁の連携の確認を行うとともに、総理からは、関係閣僚に対し必要な指示が行われてきたところであります。
政府といたしましては、適切な警戒態勢のもと、万全の災害応急体制を講じてきたものと認識しておりまして、いずれにいたしましても、それぞれの災害の状況を総合的に勘案して適切に対応しているところでございます。
この発言だけを見る →繰り返しになりますけれども、台風十五号につきましては、台風の接近前から防災担当大臣が出席した関係省庁災害警戒会議を開催したほか、関係省庁災害対策会議を計十二回開催するなど、関係省庁が緊密に連携して対応に当たってきたところであります。さらに、全閣僚が出席する閣僚懇談会の場も活用しまして情報共有や関係省庁の連携の確認を行うとともに、総理からは、関係閣僚に対し必要な指示が行われてきたところであります。
政府といたしましては、適切な警戒態勢のもと、万全の災害応急体制を講じてきたものと認識しておりまして、いずれにいたしましても、それぞれの災害の状況を総合的に勘案して適切に対応しているところでございます。
岡
岡島一正#17
○岡島委員 なぜ開かなかったのかという理由については答弁をいただいていない。開いたことで十分だったというお話だと思います、今のお話は。関係省庁の会議であり、懇談会で話したと。
しかし、それだけではありませんでした。対策本部、国の災害に対する対策本部も設けられていません。
きょう、こちらに資料を一枚配付させていただきました。内閣府から確認をとって、今回出しております。
災害対策本部というのは、これまで、特に昭和三十六年、災害対策基本法が施行されてから昨年までの統計ですが、大きな災害があるたびに災害対策本部を国は設けてきました。それに先じて今申し上げた関係閣僚会議なども開かれている中で、これまで三十三回、この資料を見たらわかります、三十三回の対策本部、ずらっと開かれてきました。
この対策本部は、まさに政治家が先頭に立って、今の法律だけでは決して社会に対応できない、これは間々あることです。特に災害は、何があるかわからない、経験値を持たないことが起こる。官僚がそこに対応し切れない、それは当然です、法のもとでできることを努力する。しかし、それを超えたことが起こるのが災害です。想定外が想定内、当たり前が災害です。だから、どう対応をとるかということを考えるときには、災害対策本部を設け、政治家が主導していくということだと思います。
三十三回開かれていますよ、災害対策基本法のもと。これが開かれませんでした。官房副長官、総理も含めた官邸を代表してお答えください。
この発言だけを見る →しかし、それだけではありませんでした。対策本部、国の災害に対する対策本部も設けられていません。
きょう、こちらに資料を一枚配付させていただきました。内閣府から確認をとって、今回出しております。
災害対策本部というのは、これまで、特に昭和三十六年、災害対策基本法が施行されてから昨年までの統計ですが、大きな災害があるたびに災害対策本部を国は設けてきました。それに先じて今申し上げた関係閣僚会議なども開かれている中で、これまで三十三回、この資料を見たらわかります、三十三回の対策本部、ずらっと開かれてきました。
この対策本部は、まさに政治家が先頭に立って、今の法律だけでは決して社会に対応できない、これは間々あることです。特に災害は、何があるかわからない、経験値を持たないことが起こる。官僚がそこに対応し切れない、それは当然です、法のもとでできることを努力する。しかし、それを超えたことが起こるのが災害です。想定外が想定内、当たり前が災害です。だから、どう対応をとるかということを考えるときには、災害対策本部を設け、政治家が主導していくということだと思います。
三十三回開かれていますよ、災害対策基本法のもと。これが開かれませんでした。官房副長官、総理も含めた官邸を代表してお答えください。
西
西村明宏#18
○西村内閣官房副長官 今回は、被害の状況等を総合的に勘案して非常災害対策本部は設置していないものの、発災当初より国土交通省や自衛隊の連絡員を千葉県庁等に派遣したのを皮切りに、その後も、内閣府や経済産業省等の連絡員や専門的な知識を有する者を順次千葉県庁や各市町村に派遣して、被災地のニーズを踏まえたさまざまな支援策を講じてきたほか、政府の過去の災害経験を踏まえて、被災自治体の初動態勢の確立に向けた助言等も行ってきたところでございます。
このように、国の関係機関はもとより、県や市町村、さらには指定公共機関や関係団体とも緊密に連携して災害応急対応が行われたものと認識しております。
この発言だけを見る →このように、国の関係機関はもとより、県や市町村、さらには指定公共機関や関係団体とも緊密に連携して災害応急対応が行われたものと認識しております。
岡
岡島一正#19
○岡島委員 官房副長官、残念ながら、今の答弁には、なぜ災害対策本部を開かなかったのか、そこまで至らなかった理由が説明されておりません。
そして、今般の特に台風十五号、直近で起きた、これが閣僚会議含め災害対策本部を設ける必要がなかったという理由をきちんと申し上げていただけますか。
この発言だけを見る →そして、今般の特に台風十五号、直近で起きた、これが閣僚会議含め災害対策本部を設ける必要がなかったという理由をきちんと申し上げていただけますか。
西
西村明宏#20
○西村内閣官房副長官 関係閣僚会議含めて、私も出席しておりましたけれども、さまざまな中で、しっかりと中身についての総理からの指示、そしてまた各大臣との連携はしっかりと図られております。
形として災害対策本部がつくられたかどうかということよりも、中身としてしっかり今回の台風十五号の被害に対する対応策は政府としてやっているところでございます。
この発言だけを見る →形として災害対策本部がつくられたかどうかということよりも、中身としてしっかり今回の台風十五号の被害に対する対応策は政府としてやっているところでございます。
岡
岡島一正#21
○岡島委員 本来、総理や菅官房長官にお伺いしなきゃならないことだと思っていますが、この形が何であれ、中身がきちんと対応したということであれば、私は中身について、資料がこんなに積み重なるほど、また、自分自身が千葉県じゅう走り回り、佐賀県も回り、指摘したいことは本当に山ほどを超える山ほどあります。しかし、その前に、最初の一歩としての司令塔がしっかりしていたのかということがとても問われるわけです。
そして、形は違うけれども、中身はしっかりした。官房副長官、私は、災害担当のニュースデスクを五年やったことがあります。普賢岳の噴火もたくさん現場にいました。火砕流にも遭いました。ああいう現場にいる人々、今回でいえば首都圏など、特に千葉県などの住民からすれば、形が見えないのが怖いんですよ。夜のとばりが暗闇として恐怖に感じる。形が見えない。形が見えれば待てるんです。形が見えれば我慢できるんです。これだけの被害が出ているのに、その形が十分だった、災害対策本部も設けなくても大丈夫だった。三十三回開いているんですよ、これまで普通に。
この間、政府が何をしていたか。調べていけば、マスコミ報道にもありますように、内閣改造が行われました。特に、この資料によれば、十一日には、この日はとても私が経験したことのないということで千葉県じゅう走り回っているときでした、ラジオから内閣改造のニュースが流れました。ちょっと待て、うそだろうと、一緒にいる秘書にそんなことあるわけないだろうと思わず言いました。まさに被災地で何が起きているか掌握できていないのが、それがマスコミも含め、あるいは行政も含め、住民も含め、そういう状況の中で内閣改造のニュース。私は耳を疑いました。
そんな中で、九日も十日も十一日も振り返りつつ、十二、十三、見ていくと、総理は、大体夕方から夜八時ごろ、遅くても、ピザを食べて十一時に帰った日もあるようですけれども、早々に引き揚げている。内閣改造が刻々と進んでいった、大臣や副大臣の認証などが行われていった、任命が行われていった、そういった中で起きていたのは、形が見えないでどうなるかわからない、まさに暗闇の中の多くの県民、住民だったんです。
内閣改造をこの時期に断行したというか決行したこと、あるいは普通にやったこと、断行じゃないでしょう、普通にやったように見えます。これについて、正しかったんでしょうか。それを、西村官房副長官、お答えください。
この発言だけを見る →そして、形は違うけれども、中身はしっかりした。官房副長官、私は、災害担当のニュースデスクを五年やったことがあります。普賢岳の噴火もたくさん現場にいました。火砕流にも遭いました。ああいう現場にいる人々、今回でいえば首都圏など、特に千葉県などの住民からすれば、形が見えないのが怖いんですよ。夜のとばりが暗闇として恐怖に感じる。形が見えない。形が見えれば待てるんです。形が見えれば我慢できるんです。これだけの被害が出ているのに、その形が十分だった、災害対策本部も設けなくても大丈夫だった。三十三回開いているんですよ、これまで普通に。
この間、政府が何をしていたか。調べていけば、マスコミ報道にもありますように、内閣改造が行われました。特に、この資料によれば、十一日には、この日はとても私が経験したことのないということで千葉県じゅう走り回っているときでした、ラジオから内閣改造のニュースが流れました。ちょっと待て、うそだろうと、一緒にいる秘書にそんなことあるわけないだろうと思わず言いました。まさに被災地で何が起きているか掌握できていないのが、それがマスコミも含め、あるいは行政も含め、住民も含め、そういう状況の中で内閣改造のニュース。私は耳を疑いました。
そんな中で、九日も十日も十一日も振り返りつつ、十二、十三、見ていくと、総理は、大体夕方から夜八時ごろ、遅くても、ピザを食べて十一時に帰った日もあるようですけれども、早々に引き揚げている。内閣改造が刻々と進んでいった、大臣や副大臣の認証などが行われていった、任命が行われていった、そういった中で起きていたのは、形が見えないでどうなるかわからない、まさに暗闇の中の多くの県民、住民だったんです。
内閣改造をこの時期に断行したというか決行したこと、あるいは普通にやったこと、断行じゃないでしょう、普通にやったように見えます。これについて、正しかったんでしょうか。それを、西村官房副長官、お答えください。
西
西村明宏#22
○西村内閣官房副長官 政府といたしましては、新しい内閣改造と別に、しっかりと、災害対策に関しましては各関係省庁そしてまた防災担当大臣含めて対応策をしっかりとやっておりますので、そこと内閣改造を絡めた話ではないというふうに認識しております。
この発言だけを見る →岡
岡島一正#23
○岡島委員 内閣改造の間、災害対策に空白はなかったというのであれば、認証式をやっている時間、呼び込みをやっている時間、このときの指揮は役人がとっていたんでしょう。
冒頭申し上げましたが、災害は想定外が想定内、それにどう対応するか。
私がテレビ局に入って教わったことは、二十四時間三百六十五日、何があっても対応できるようにしておけと。台風が来れば、ニュースデスクのころはほとんど泊まり込みでした。働き改革のもと、それがいいかどうかは別として、ずっと、ほとんど泊まり込みでした、一週間。それが備えだと思っていました。
今のところ、まだ官房副長官は、なぜ開かなかったのなぜを答えていません。答えているのは、やったことで十分だったということだけです。
かつて二十年前、小渕内閣では、九月三十日、私、そのときちょうどニュースデスクでした、東海村の原子力発電所で臨界事故が起きました。初めての日本での臨界事故でした。小渕総理は、翌日に予定していた内閣改造を延期しました。野中幹事長もその判断を推していました。臨界事故、そして住民の被災、不安、見えない不安、特に放射能は見えませんから、そういったことに鑑みて、当時の自民党、小渕内閣はそれを延期したんです。その決断の中で対応された。
そのことに学ぶことは今回ないのでしょうか。官房副長官、お答えください。
この発言だけを見る →冒頭申し上げましたが、災害は想定外が想定内、それにどう対応するか。
私がテレビ局に入って教わったことは、二十四時間三百六十五日、何があっても対応できるようにしておけと。台風が来れば、ニュースデスクのころはほとんど泊まり込みでした。働き改革のもと、それがいいかどうかは別として、ずっと、ほとんど泊まり込みでした、一週間。それが備えだと思っていました。
今のところ、まだ官房副長官は、なぜ開かなかったのなぜを答えていません。答えているのは、やったことで十分だったということだけです。
かつて二十年前、小渕内閣では、九月三十日、私、そのときちょうどニュースデスクでした、東海村の原子力発電所で臨界事故が起きました。初めての日本での臨界事故でした。小渕総理は、翌日に予定していた内閣改造を延期しました。野中幹事長もその判断を推していました。臨界事故、そして住民の被災、不安、見えない不安、特に放射能は見えませんから、そういったことに鑑みて、当時の自民党、小渕内閣はそれを延期したんです。その決断の中で対応された。
そのことに学ぶことは今回ないのでしょうか。官房副長官、お答えください。
西
西村明宏#24
○西村内閣官房副長官 岡島委員の問題意識、思いはしっかり受けとめさせていただきます。
ただ、先ほどから繰り返しになりますけれども、関係省庁災害対策会議、そしてまた閣僚懇談会を活用して、しっかりとした対応策を政府としてとってまいりました。
この発言だけを見る →ただ、先ほどから繰り返しになりますけれども、関係省庁災害対策会議、そしてまた閣僚懇談会を活用して、しっかりとした対応策を政府としてとってまいりました。
岡
岡島一正#25
○岡島委員 残念ながら、対策本部などを設けなかった理由になっていない。災害対策本部を三十三回も過去に開いていたのに、今回できていない中で、これを開かなかったこと、普通、これは災害対策基本法に依拠しながら設けていくものだと思います。
武田防災大臣にも伺わせてください。
そういう災害対策について、任命されたばかりで、あるいは被災中に任命されたという中で対応されてこられたことは、そのことには敬意を表します。しかし、この災害対策本部を設置しなかったこと、大臣としてどのように思われますか。司令塔がない中で、現場だけで対応している、その状況をどう思われますか。
この発言だけを見る →武田防災大臣にも伺わせてください。
そういう災害対策について、任命されたばかりで、あるいは被災中に任命されたという中で対応されてこられたことは、そのことには敬意を表します。しかし、この災害対策本部を設置しなかったこと、大臣としてどのように思われますか。司令塔がない中で、現場だけで対応している、その状況をどう思われますか。
武
武田良太#26
○武田国務大臣 委員におかれましては、きょうは早稲田委員も御出席でございますけれども、十三日、わざわざ大臣室までお越しいただきまして、現地の被災状況、そしてその他さまざまな御意見を賜りましたことに、厚くまずは御礼申し上げたいと存じます。
我々、就任する前の山本大臣のもとで関係省庁災害警戒会議というものを開催しておりまして、停電の解消に時間を要している状況等を踏まえながら、その対策会議を十二回にわたり開催するなど、関係省庁が緊密に連携して対応に当たってきたところというふうに伺っております。
その間、内閣府としては全員総力のもとに万全を期す体制で臨んできたということに間違いはございません。
この発言だけを見る →我々、就任する前の山本大臣のもとで関係省庁災害警戒会議というものを開催しておりまして、停電の解消に時間を要している状況等を踏まえながら、その対策会議を十二回にわたり開催するなど、関係省庁が緊密に連携して対応に当たってきたところというふうに伺っております。
その間、内閣府としては全員総力のもとに万全を期す体制で臨んできたということに間違いはございません。
岡
岡島一正#27
○岡島委員 要するに、私の質問は、西村官房副長官に対しても武田大臣に対してもですが、なぜ開かなかったのかということにあります。
災害対策基本法は、昭和三十六年に制定されました。ことし、この時期は伊勢湾台風から六十年。あの伊勢湾台風の被災を受けて、本格的に災害対策に乗り出す中で基本法ができました。それに準拠して、大きな災害になる、それには、三十三回対策本部を設ける、それ以上に関係閣僚会議を開くことがありました。
災害対策基本法に照らし合わせて、開かなかったこと、ほかの三十三回と比較して今回は開かなくてよかったのか、大臣、お答えください。
この発言だけを見る →災害対策基本法は、昭和三十六年に制定されました。ことし、この時期は伊勢湾台風から六十年。あの伊勢湾台風の被災を受けて、本格的に災害対策に乗り出す中で基本法ができました。それに準拠して、大きな災害になる、それには、三十三回対策本部を設ける、それ以上に関係閣僚会議を開くことがありました。
災害対策基本法に照らし合わせて、開かなかったこと、ほかの三十三回と比較して今回は開かなくてよかったのか、大臣、お答えください。
武
武田良太#28
○武田国務大臣 非常災害対策本部につきましては、御承知のように、非常災害が発生した場合において設置することができるということでありますが、非常災害と認められるかどうかにつきましては、死者・行方不明者その他の人的被害、住家被害等の被害の程度や災害の態様から総合的に判断してきたところであり、最近では、平成二十八年の熊本地震、平成三十年七月豪雨において設置されたところであります。
しかしながら、平成二十九年九州北部豪雨でありますとか、平成三十年の北海道胆振東部地震においては非常災害対策本部というものは設置されていないということであります。
総合的に判断されたということであります。
この発言だけを見る →しかしながら、平成二十九年九州北部豪雨でありますとか、平成三十年の北海道胆振東部地震においては非常災害対策本部というものは設置されていないということであります。
総合的に判断されたということであります。
岡
岡島一正#29
○岡島委員 もう余り時間がありませんが、災害対策基本法の中で、その被害状況などを鑑みて判断していくということであります。
災害対策基本法ができたのは昭和三十六年、私が四歳のときです。大臣は生まれておられないかもしれません。そのときの社会状況、社会インフラの状況、日本の気候、地球の気候、天気予報の精度、被災を予測する能力、さまざまな社会インフラの変容、大きく変わってきています。
その中で、昭和三十六年当時からこれまでの間、いろいろな対応を国もされてきたでしょうが、しかし、気候変動、今回も気候変動が大きな要因ではないかとも言われています。あるいは、風速によって被害が、気象庁が冒頭説明したように、コンパクトだけれども、それゆえに東京湾で強風になる、台風の特質。そういったものを一つの災害対策における、特に災害対策本部を設けるときの基準として、ないならば判断するしかない。それが必要かどうかを判断しなきゃいけない。
官僚は、ないから判断できない、そういう側面を持っている。頑張って運用していってもできないことがある。そこを超えて、ないものはつくらなきゃならないんじゃないか、時代に即したものに変えていかなきゃいけないんじゃないか。それが政治判断であり、政治主導だと私は思います。
武田大臣、その点どう思われるか、最後にお願いしたいと思います。
この発言だけを見る →災害対策基本法ができたのは昭和三十六年、私が四歳のときです。大臣は生まれておられないかもしれません。そのときの社会状況、社会インフラの状況、日本の気候、地球の気候、天気予報の精度、被災を予測する能力、さまざまな社会インフラの変容、大きく変わってきています。
その中で、昭和三十六年当時からこれまでの間、いろいろな対応を国もされてきたでしょうが、しかし、気候変動、今回も気候変動が大きな要因ではないかとも言われています。あるいは、風速によって被害が、気象庁が冒頭説明したように、コンパクトだけれども、それゆえに東京湾で強風になる、台風の特質。そういったものを一つの災害対策における、特に災害対策本部を設けるときの基準として、ないならば判断するしかない。それが必要かどうかを判断しなきゃいけない。
官僚は、ないから判断できない、そういう側面を持っている。頑張って運用していってもできないことがある。そこを超えて、ないものはつくらなきゃならないんじゃないか、時代に即したものに変えていかなきゃいけないんじゃないか。それが政治判断であり、政治主導だと私は思います。
武田大臣、その点どう思われるか、最後にお願いしたいと思います。