文教科学委員会

2022-04-28 参議院 全90発言

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会議録情報#0
令和四年四月二十八日(木曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 四月二十一日
    辞任         補欠選任
     北村 経夫君     世耕 弘成君
     山下 雄平君     水落 敏栄君
     勝部 賢志君     水岡 俊一君
 四月二十五日
    辞任         補欠選任
     竹内  功君     岡田 直樹君
 四月二十六日
    辞任         補欠選任
     岡田 直樹君     竹内  功君
 四月二十七日
    辞任         補欠選任
     竹内  功君     中川 雅治君
     水落 敏栄君     舞立 昇治君
     吉良よし子君     市田 忠義君
 四月二十八日
    辞任         補欠選任
     世耕 弘成君     長峯  誠君
     中川 雅治君     足立 敏之君
     市田 忠義君     吉良よし子君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         元榮太一郎君
    理 事
                今井絵理子君
                上野 通子君
                堂故  茂君
                宮沢 由佳君
    委 員
                足立 敏之君
                高橋はるみ君
                長峯  誠君
                舞立 昇治君
                丸川 珠代君
                水岡 俊一君
                宮口 治子君
                蓮   舫君
               佐々木さやか君
                横山 信一君
                伊藤 孝恵君
                片山 大介君
                吉良よし子君
                舩後 靖彦君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        武蔵 誠憲君
   参考人
       戸田市教育委員
       会教育長     戸ヶ崎 勤君
       教育研究家
       合同会社ライフ
       &ワーク代表   妹尾 昌俊君
       中央大学文学部
       教授       池田 賢市君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○教育公務員特例法及び教育職員免許法の一部を
 改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
    ─────────────
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元榮太一郎#1
○委員長(元榮太一郎君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日までに、勝部賢志君、山下雄平君、北村経夫君、吉良よし子君及び竹内功君が委員を辞任され、その補欠として水岡俊一君、世耕弘成君、市田忠義君、中川雅治君及び舞立昇治君が選任されました。
 また、本日、中川雅治君、市田忠義君及び世耕弘成君が委員を辞任され、その補欠として足立敏之君、吉良よし子君及び長峯誠君が選任されました。
    ─────────────
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元榮太一郎#2
○委員長(元榮太一郎君) 教育公務員特例法及び教育職員免許法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、本案の審査のため、三名の参考人から御意見を伺います。
 御出席いただいております参考人は、戸田市教育委員会教育長戸ヶ崎勤君、教育研究家・合同会社ライフ&ワーク代表妹尾昌俊君及び中央大学文学部教授池田賢市君でございます。
 この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多用なところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
 皆様から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 次に、議事の進め方について申し上げます。
 まず、戸ヶ崎参考人、妹尾参考人、池田参考人の順にお一人十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、委員長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきください。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず戸ヶ崎参考人からお願いいたします。戸ヶ崎参考人。
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戸ヶ崎勤#3
○参考人(戸ヶ崎勤君) 埼玉県戸田市教育委員会教育長の戸ヶ崎と申します。
 中央教育審議会において、教員養成部会及び「令和の日本型学校教育」を担う教師の在り方特別部会及び教員免許更新制の発展的解消についての審議を行う教育免許更新制小委員会などにおいて、これまで臨時委員を務めてまいりました。
 私の方からは大きく三点、中央教育審議会における審議の経緯、二つ目、法案に対する意見、三つ目、研修の在り方についての意見、以上を申し上げさせていただきたいと思います。
 まず、この法案の背景となりました中央教育審議会における審議のあらましについて説明をさせていただきたいと思います。
 中央教育審議会においては、令和三年二月の文部科学大臣の諮問を受け、特別部会において審議を進めてまいりました。教員免許更新制の見直しについては、諮問の中で先行して結論を得ることを求められたところでございます。
 教育公務員特例法の第二十一条に絶えず研究と修養に努めなければならないというようにありますように、昔から教育界では、学び続ける者のみ教える資格があるとか、また書経の教うるは学ぶの半ばなりといった言葉が引用され、学び続ける存在であることが強くこれまでも期待されてきました。
 特に、ソサエティー五・〇が到来しつつあるなど大きな社会変化が生じている現在、教師が時代の変化に対応して求められる資質能力を身に付けるためには、過去に身に付けた知識技能だけで教職生涯を過ごすのではなく、常に最新の知識技能を学び続けていく必要性は現在高まっていると感じております。生涯にわたって学ぶいわゆるリカレント教育のキーワードは、最終学歴ではなく最新の学習歴、いわゆる学歴の更新、つまり学びのアップデートであります。
 教師は、生涯学習分野においても学び続ける大人というロールモデルになることが期待されていると思います。また、主体的に学び続ける教師の姿というものは、児童生徒にとっても極めて重要なロールモデルであろうと思います。教師は子供たちにとって身近な存在の一人でありまして、その人格形成に与える影響というものは極めて大きいものがございます。私は機会あるごとに、子供たちの出ていく未来を積極的に理解してほしいというふうなことを申してきました。主体的に学び続ける教師の姿を目にすることで、自らも主体的に学び続ける意欲を子供たちが培うことができるのではないかと期待しているところであります。
 特別部会及び小委員会では、大きな社会的変化を踏まえて、教師の学びについてどのような在り方が望ましいのかという基本的なところにまで遡って審議を行ってまいりました。審議の中では、教師として必要な資質能力が保持されるよう最新の知識技能をたゆみなく修得することが重要であるということを確認した上で、次の三点について一致を見たところであります。
 一つ目、教師の主体的な姿勢を重視しながら、個別最適な学びと協働的な学びを教師の学びにおいても取り入れていくということ。二つ目、教師と管理職が積極的な対話を行い、具体的な目標などを共有した上で、体系的、計画的な学びを進めていくこと。三つ目、質の高い有意義な学習コンテンツを整備することなどを通じて、令和の日本型学校教育を担う教師にふさわしい新たな教師の学びの姿を確立していく重要性であります。
 この新たな教師の学びの姿というものは、高度な専門職である教師にふさわしい主体的な姿勢の尊重、学びの内容や例えば現場の経験を重視した学びなど、スタイルの多様性の重視等を鍵としているところでございます。十一月に決定されました審議のまとめにおきましては、こうした姿を支える観点から、公立学校の教師について、研修受講履歴の記録や履歴を活用した受講の奨励などの制度改正を行うことや、また現職研修の更なる充実に向けた国による指針の改正を行うことを求めております。また、研修履歴の記録システムや優れたコンテンツなどを構築していくことも織り込まれております。
 教員免許更新制につきましては、教師の学びの機会の拡大、教師の資質能力の向上に対する大学の関与の拡大、また良質な学習コンテンツの形成など、一定の成果は上げてきました。しかしながら、十年に一度、特定の期間に免許状更新講習を受講することが、最新の知識技能の修得に向けて投下した時間や労力に対する効率や、またその成果が上がっているのか、常に学び続ける必要があることと教員免許更新制とが本来ひも付くものなのかどうか、教師の研修はアダプティブで個別最適な学びとすべきであるなどの声がありました。
 これらのことから、教員免許更新制につきましては、教師が常に最新の知識技能を学び続けていくという必要性と整合性とは、整合的とは言えないなど、新たな姿の阻害要因となっていることを否定できないため、大学等のこれまでの成果を生かしながら発展的に解消することが適当とされたところでございます。
 中央教育審議会における審議のあらましにつきましては、以上とさせていただきます。
 続きまして、今回提出された法案について、私なりの意見を申し述べさせていただきます。
 今回の法案の内容につきましては、全体として、中央教育審議会の審議まとめを的確に反映していただいているものと考えておるところであります。
 まず、任命権者による教師ごとの研修等に関する記録の作成につきましては、一人一人の教師の学びの足跡であり、学びを振り返りつつ、また適切な目標の設定と現状の把握を行うため、また自律的、体系的、計画的な学びを実現するなど、個別最適な学びを実現する上でのベースとなるものであろうと思います。
 記録の範囲につきましては、多様な内容、スタイルの学びが教師の資質能力の向上に不可欠なものであるということに鑑みることによって、任命権者だけではなく、市町村教育委員会の行う研修や学校における校内研修、授業研究なども含めて、多様な学びの履歴等も含むことができるような仕組みとされることが望ましいと考えております。
 次に、教育委員会、具体的には、校長による教師に対する相談対応、情報提供、また指導助言、いわゆる対話と奨励の仕組みにつきましては、教師のキャリアアップの段階を適切に踏まえつつ、教師本人のモチベーションとなるような形で実施できるようにしてほしいと思っております。一人一人に最適な研修を奨励することが可能となり、教師の資質向上に関する中核的な仕組みとなることを強く望みたいと思っております。
 一方で、こうした研修履歴等の記録や対話と奨励を実効的に機能させるためには、こうしたプロセスが関係者にとって過度な負担となることのないように留意をすることが重要であろうと思っております。つまり、教師の性悪説ではなくて性善説に基づいたプロセス、教師一人一人を信じて寄り添う姿勢、これを大切にしていく必要があると思っております。
 なお、既に多くの都道府県教育委員会において、教職員の国や県の主な研修会の受講を記録した研修の履歴を蓄積していると思いますけれども、養成や研修を厳格化していくという意味ではなく、今後は教師一人一人が自らの成長の足跡を振り返られるような教師の学びのログの仕組みづくりなどができればよいのではないかとも思っております。
 いずれにいたしましても、研修履歴を作成するという手段が目的化することなく、教師の豊かな学びをサポートするものであってほしいと思っております。教職員の育成には、学校組織の特色でありますフラット型でマトリックス構造の組織の長所を生かしつつ、個人としての能力開発だけではなく、意欲向上や教職員が育つような集団としての学び、学び合いの風土づくりも大切であります。
 次に、研修の在り方についての意見を申し上げたいと思います。
 校長が、教師が研修に参加しやすくなるような環境整備や学び合う風土づくりを積極的に行うことが必要であるとともに、教師の学びが画一的、規格的なものに陥らないように、奨励の候補となる研修自体の多様化、つまり地域や学校現場の課題の解決を通したプロジェクト型、PBLですね、の主体的な学びなども大切であると思っております。また、学校における教職員の育成機会のほとんどが管理職の采配の範囲にあり、校長や教頭のリーダーシップ次第で学校内の様々な機会や場面を教職員育成の教材として活用できるとも考えられます。このように、学校組織マネジメントは教職員の育成に大いなる可能性を秘めているとも考えております。
 一方で、管理職の負担増大、特に規模の大きな学校などへの配慮も必要であろうと考えております。
 現在、本市におきましても、お手元にお配りしました指導の重点、こちらです、また研究集録、これらにもありますように、先ほど申しましたプロジェクト型、いわゆるPBLの学びや教育データ利活用など、様々な授業改善や今日的な教育課題等の研究を独自に行ったり、学校の自走を支援したりしております。
 とはいっても、自治体単位では限界がございます。今後は、文部科学省や独立行政法人教職員支援機構においても、できるだけ速やかに、研修履歴の記録システムの構築や、全国の教育委員会や大学等の優れたコンテンツの集約、また情報発信などに努めていただきたいと思っております。
 教員免許更新制につきましては、今回制度としては廃止ということになりますけれども、先ほども申し上げましたとおり、一定の成果は上げてきたと思っております。教員免許更新制の下で生み出されたこうした成果については、新たな教師の学びの姿を構築する上で発展的に継承していくためにも、先ほど申し上げましたが、システムやコンテンツの整備や構築が重要であろうと考えております。
 その際、教師は、実際の授業などですぐに活用できる実践的なもの、つまりハウツー物の要望が強いのですけれども、即時に役立つ内容は本質が失われる可能性があるので、コンテンツベースからコンピテンシーベースでの見直しが必要との意見も多々ございます。大切なことは、教師のスキルアップには、理論と実践の往還や融合、それらを融合する経験が極めて大切であると私は思っております。
 最後に、審議のまとめの重要なメッセージの一つは、学びに専念する時間を確保した一人一人の教師が、自らの専門職を高めていくその営みであると自覚しながら誇りを持って主体的に研修に打ち込むことができるという姿の実現、それを目指していくというものでございます。
 教師は教える専門家でもありますけれども、学びの専門家でもなければなりません。大学や研究機関、また企業等との積極的な連携などにより、その道のプロの方々と教師の出会いの場や教師自身が本物に触れる場、そういった場も増やしていくべきであろうと思っております。その際、大学等での研修内容も今日的な教育課題に応じて転換していく必要もあると強く思っております。
 また、学校における働き方改革、これを一層進めていくとともに、研修履歴の記録の煩雑さによって研修の意欲が衰退していくことのないような工夫もお願いを申し上げたいと思います。
 教師が学ぶことで感じるわくわく感は、間違いなく子供たちに伝播するはずです。この度の法改正が今後の日本の成長の礎となる子供のわくわく感を育むことにつながることを期待申し上げまして、私からの意見表明を終わらせていただきたいと思います。
 ありがとうございました。
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元榮太一郎#4
○委員長(元榮太一郎君) ありがとうございました。
 次に、妹尾参考人からお願いいたします。妹尾参考人。
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妹尾昌俊#5
○参考人(妹尾昌俊君) ありがとうございます。妹尾と申します。
 今日は、貴重な機会をいただきまして、どうもありがとうございます。
 ところで、先生方、今日、お昼はゆっくり召し上がりましたでしょうか、たくさん。いかがでしょうか。といいますのは、国会議員の先生方も本当にお忙しいと思うんですけれども、今現在も、約二万校ある全国の小学校の先生方、本当に給食も早食いでして、もう五分かそこらで食べていると。それで、子供たちのケアをしたり丸付けをしたりとか、いろんなことをされていると、そんな状況にあります。
 後の資料にも載せましたけれども、国の教員勤務実態調査という二〇一六年の正式な調査におきましても、小学校の教員の平均の休憩時間は僅か六分、一日ですよ、ということです。もちろん国会議員の先生方もお忙しいと思いますけれども、多少は談笑したりコーヒーブレークだとかはあると思うんですけれども、日本の先生方は本当にノンストップ労働であるということが、特に小学校と特別支援学校では言えます。まあ中学校も結構似たようなものがありますけれども。
 そういった過酷な状況の中で、そういった人たちにもっと研修せよとか研修の記録を書いてくれということを今しようとしているということについてどう考えるかということを今日は僕は申し上げたいということであります。ですから、そんなに難しい話ではありません。
 今日は資料を用意しましたので、ちょっとたくさんありますけれども、かいつまんでこのパワーポイントの資料を御覧いただければと思います。学び続ける教師を増やすために、今、真に必要なことということでお話をさせていただきます。
 めくっていただきまして、一ページ目は私の自己紹介になっていますので、また後でよかったら御覧いただければと思います。五人子供おりますので、本当に今真っただ中です、子育ての、いうところであります。
 二ページ目ですね、今日お伝えしたいことは三点あります。
 一点目は、教員免許更新制をやめることには賛成、歓迎いたしますということです。ただし、何が本当に反省点だったのかということをしっかり振り返らないと、また同じ過ちをすることになるだろうということをきつく申し上げたいと思います。
 二点目、研修記録や校長等による指導助言を今回法で義務化するということなんですけれども、それは不要であろうと、不要であるということを申し上げたいと思います。是非、参議院では免許更新制に関する規定の削除のみ行っていただいて、教育公務員特例法関連は衆議院に突き返していただきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします。
 三番目、研修記録の義務化などよりも、国、国会議員の先生方と文部科学省あるいは、本当各省庁もそうですけれども、もっとやるべきことたくさんございます。この四月の当初でも担任が発表できない学校があるんですね。それだけ先生方が不足です。昨日も「クローズアップ現代」やっていましたね。そういった中で、まさに休憩も取れない、大変だと、教員不足もあるというところの中で、教師の資質能力もっと、これも、ICTも大事だ、あれも大事だと言うのはいいですけれども、全然リソースが付いていっていないという状況でございます。そこをまた強調したいと思います。
 めくっていただきまして、次の三ページは目次ですので、一点目の免許更新制について簡潔に申し上げます。四ページ目です。何が反省点だったのかということで、二点整理をして申し上げます。
 第一に、何のための、じゃ免許更新制だったのかがそもそも曖昧であったということです。あるいは、その目的ないし目的らしきものに対して本当に効果的だったのかどうかの検証も甘いままだったということだと思います。
 戸ヶ崎さんがさっきおっしゃっていただいたことと重なります。最新の知識技能を身に付けて教師力をアップしてほしいということが一つの狙いだったわけなんですけれども、十年に一回だと付いていけないと、それだけでは駄目だということであります。ですから、目的あるいは、それに効果的だったのかという点でチェックをしないといけないということです。
 二点目、たとえ効果があったとしても、マイナスの方が大きかったら意味がないわけですね。当たり前の話です。今回は、免許更新制、当然良さもありますよ、大学でいい授業が受けられる、それは良さもあります。それは僕も分かりますけれども、マイナスの影響の方がきっと大きかったんだろうなと思います、講師不足を助長しましたと。あるいは、十年の期限付ということになりましたので、教員免許ってそんな軽いものでしたっけというようなイメージを学生さんにも若い方にも広めているわけですね。あるいは、やらないと教壇に立てなくなるわけですから、免許更新受けないと、教員の主体性とか自発性、自学といったのはそっちのけの制度です。これをしっかり反省しないといけないということです。これと同じことが教育公務員特例法の改正でも言えるだろうということが僕のポイントです。
 次のページです。五ページ目でその特例法について申し上げます。
 六ページ目ですけれども、研修記録の義務化等が不要だと思う理由その一なんですけれども、先ほどの免許更新制のときの議論を思い出していただくと、じゃ今回も何のためにこれ改正しているんですかというところが甚だ分かりません。曖昧なままです。記録を付けていろんな振り返りにする、ポートフォリオにしていくって、これは僕も別に反対しているわけではありませんが、じゃ記録を付けたからといって先生方の学びが本当に豊かになるのかって、そんな簡単な世界ではないわけです。私、このために今回数人の校長とインタビューをして意見交換してまいりましたが、皆さん共通していたのはそういうことです。別に記録はあっていいけれども、あったところで何なのということであります。
 二点目ですね。ここに書いてありますように、今回の、じゃ法改正の目的何だということで衆議院の議論を参考にしますと、免許更新制がなくなって先生方本当に大丈夫ですかと言われちゃうということで、発展的解消ってよく分からぬ用語使っているわけですけれども、なので、大丈夫ですよということが言いたいがために、じゃ研修記録ちゃんと付けて研修を受けさせていますから、だから免許更新制の廃止には賛成してくださいというふうに多分おっしゃったんでしょう。だけれども、じゃ、この記録があるからといって教員の資質保証になるのかというと、そんなことは論理的におかしい話です。加治佐先生のことは僕は大尊敬していますけれども、ここのロジックはおかしいということを申し上げたいと思います。
 例えばで書いていますけれども、医師でも弁護士でも保育士でもいいですけれども、非常に問題がある方がいらっしゃったとしましょう。その方、研修履歴たくさん見せられてですよ、僕みたいな保護者がですね、このお医者さんなり保育士さんが研修をたくさん受けているから保護者のお父さん、お母さん、安心してくださいと言われたって、安心できるわけがない。当たり前ですよね。ですから、教員の質の保証とか問題のある先生に対する対処というのは別の手段でやらないといけないんであって、今回の法改正は無用です。
 次のページです。そういったことを僕はヤフーとかにも書いていますのでまたよかったら御覧いただければと思いますが、今日のポイントは申し上げます。
 八ページ目です。次に、不要だと思うその二なんですけれども、副作用なりマイナスの方が大き過ぎるだろうということを申し上げたいと思っております。
 副作用、四つぐらい申し上げます。四つ、五つ、四つぐらい申し上げますが、一つ目は、一つは、地方自治、地方分権の理念をないがしろにする改悪であるということです。これは衆議院でも余り議論されておりませんので、是非参議院の皆さんには重視していただきたいです。
 分権改革のときに何が重視されたかというと、国による過剰な義務付けとか枠付けはもう取っ払おうと、住民に近いところでしっかり責任を持った行政をしてもらおうということが理念だったはずなのに、今回またわざわざ法改正して、研修履歴付けろとか校長は指導助言しろということを義務付けるわけですね。これやってないと校長は法令違反ということになります。何でわざわざ法で、わざわざそんな細かいことまで書かないといけないんでしょうか。あるいは、文科省から言われないと動かないとか、教育委員会の自主性とか学校の自主性、自律性、こういうのをもっと大事にしないといけないのであって、コロナの休校中もそうですけれども、教育委員会のICTの話もそうですが、戸ヶ崎さんのように非常に熱心に、戸田市のように進んだ自治体もあります。それも確かなんですが、非常に受け身的で主体性が乏しかった教育委員会も一部にあります。
 このように、法でいろいろ義務付けて、どんどん文科省の言うとおりに動いてくださいという方法は駄目です。これは令和どころか昭和のままです。令和の日本型学校教育という、名前だけ令和なんですけど、全然アップデートできていないということは申し上げたいと思います。
 次のページ、九ページ目です。これも昭和的な発想なんですけれども、副作用のその二なんですけれども、いまだ文部科学省は個人頼みのアプローチをやっているということです。
 この図に描きましたが、今般の法改正の前提といたしましては、教員一人一人の資質能力が高まったらそれで安心だというものなんですけれども、もう御案内のとおり、いろんな複雑化していますので、一人一人の個人力、もちろんこれも大事ですが、個人の力だけでは駄目です。限界があります。学校のチームとして、組織としての力を高めないといけない。あるいは、これソーシャルキャピタルとかプロフェッショナル・ラーニング・コミュニティーとか、そういういろんな専門用語で言われていますけれども、要するに、同僚性だとか教職員間の関係性が良くないといけないということを重視しないといけない、こういうアプローチに転換しないといけないのに、いまだ個人個人で頑張れと言っているというところは時代錯誤も甚だしいと思います。
 マイケル・フランという著名な教育学者も、もう全部は読みませんけれども、こういうふうに書いてあって、校長の本当に時間が無制限にあるかのような教育改革が行われているということ、これは主にアメリカを指して言っていますけれども、日本もそういった同じ轍を踏もうとしているということを申し上げたいと思います。
 十ページ目でございます。副作用のその三なんですけれども、残念ながら、適切な指導助言ができる校長ばかりではないという。私は、大多数の校長はいい方だと思っていますよ。よく知っています。知っていますが、一部に問題のある方もいらっしゃって、先ほど戸ヶ崎さんも、今回の改正が教師のモチベーションになるようなものにしないといけないというのはおっしゃるとおりなんですが、逆にモチベーションを下げてしまうという運用がされてしまう可能性がすごくあるわけです。
 今回の前提は、指導力のある校長が教員を引き上げてくれるはずだという、非常にお花畑的な楽観論で動いているわけですね。こうではなくて、一部、本当に初任者や若手の教員をやっぱり潰してしまっているんですね。これ教員不足にも関係しているんですけれども、若手の方がんがん辞めています。こういうところを考えないといけないのであって、しかも特別支援学校等では、二百人、三百人、もっと教職員数いるんですよ。これ三百人、一々対話できりゃいいですけれども、それだけでもう二か月、三か月ですわ。全然こういうことも考えていないということで。
 ですから、文科省がまだ、やったらどうですかと、こう提案するぐらいだったらいいですよ。法律で義務付けろって言っているから僕は怒っているんであって、しっかりこの辺りを参議院の皆さんには考えていただきたいということです。
 次の十一ページ目は、諏訪先生の研究を引用しておりますけれども、これは小学校の教員から寄せられたアンケートの記述の一部です。全部は読みませんけれども、非常にこういうネガティブなサポートをしてしまっている校長もいますよということはもう古くから分かっていることなんですね。現在もそうです。そういうことも含めて考えないといけないということです。
 十二ページ目です。副作用④ですけれども、今回の改正は、もうこういうふうに管理をしないと、あるいは校長等から指導をしないと教員は学ばないぞというような教師不信のメッセージを伝えてしまっている、これは免許更新制と同じ過ちを犯しているということを申し上げたいと思います。
 ⑤は、皆さんも御案内のとおり、書類仕事を増やしているということ、特に教育委員会職員も多忙なんですね、すごく。更に多忙にしてどうするんでしょうかということを申し上げたいと思います。
 十三ページ目、結論といいますか、まとめですけれども、プラスの効果よりもマイナスの効果の方がきっと大きいだろうということで、さっさと、この改正は不要であろうということです。まさに、再考の府というふうに参議院は言われていますので、もう一回考えるということを是非していただきたいなというのが私の意見です。
 十四ページ目、じゃ何を本当にするべきなのかということについて幾つかだけ、とても時間がありませんけれども、申し上げたいと思います。
 十五ページ目、これは僕がアンケートをして、現場の先生方の生の声です、直近の、この三月、四月の声です。コロナ対応とかICT対応等で非常に大変だと、トイレに行く暇もない、授業で使う教具の準備もない、まともに人間らしい働き方ができるような職場にしてほしいと、悲痛な声がたくさん寄せられています。こんな中で、非常にぎりぎりの中、頑張っています。
 十六ページ目ですけれども、こんな余裕のない職場でまた書類作業を増やしてどうすんねんという話でありまして、今学校に必要なのは、研修管理ではなく、労務管理と定数改善です。是非この辺りをよく考えていただければと思います。
 十七ページですけれども、以前の調査でも、授業準備する時間が足りないとか生活にゆとりがないと多くの方がおっしゃっていました。
 これと同じような調査、まねをしまして私はこの三月に同じように、十八ページ目に、やりましたけれども、やはり多くの先生が非常に余裕がない状況で、授業にも自信がないと言っていたり、あるいは職場の人間関係、上司等も含めて、悩んでいます。こんな状況ですので、ここをまずは改善しないといけないということです。
 しかも、十九ページ目です、教員の精神疾患が多いというのはもう御案内のとおりですけれども、特に、実は二十代、三十代の方の長期療養、精神疾患が増えているんですね、すごく。
 こういうのも含めて、もう書類作業を増やすよりは、この方々のケアを校長、教頭はしてもらわないといかぬ、いけないわけですよ。何により優先順位を置くのかということです。
 二十ページ目ですけれども、この四月に、これも先生方から声を集めました。教員不足、このように、当面教務主任が担任を兼務しますというお便りを保護者に出した、そんな声もあります。あるいは、授業の見通しが立たない、こんな状況もあるんですね。まずこういう状況を改善しないといけないということを申し上げたいと思います。
 あと、時間が余りありませんので少しだけ申し上げます。二十一ページから、じゃ何をするのかということで、私の私案で五つほど申し上げたいと思います。
 一点目は、校長の本務というのは、研修履歴を見て指導助言するんじゃなくて、いろんな授業とか児童生徒のケアだとかを見ながら指導助言をしたらいいんですね。ですから、研修履歴よりも校長、教頭らが人材育成にもっと時間を掛けられるように、書類作業はむしろ減らさないといけないということを申し上げたいと思います。
 二番目、これは働き方改革も関係しますけど、先生方のやっぱり、ゆとり、時間を取り戻す必要があります。
 特に、小学校では持ち時間数が多過ぎます。これ、高校では十五こま、週平均十五こま平均なのに、小学校の先生は多くが、半分以上が、半分ぐらいが二十六こま以上持っているんですね。もう出ずっぱりです。だからトイレに行く暇もないんです。この中学校と高校の格差はおかし過ぎるというのが誰にとっても明らかで、こういうことを許しているのが義務教育標準法なので、義務教育標準法の改正こそ国会で議論するべきでありまして、この特例法の議論をしている暇じゃないということを申し上げたいと思います。
 附帯決議で、じゃ書けばいいじゃないか、衆議院でも書いているよということですけれども、このぐらいの書きぶりでは全く、文科省、駄目だと思います、を動かすには。もっと具体的に、持ち時間の上限も含めて、抜本的に標準法の見直しを含めて、着手早期にせよと書いてください。是非お願いいたします。
 次の図は僕の方の本にも書いていますが、いろんなこと、荷物負わせて、もう船が沈んでいるような状態だと。あるいは、二十三ページは、苅谷先生も似たようなことをおっしゃっています。
 二十四ページ目、お開きいただければと思いますけれども、三つ目は、今本当に講師不足で、本当に講師の今度、質保証というのが全然できていないわけですよ。しかも、それを即戦力に使っているわけですから、まず、質の保証云々言うんだったら、ここを何とかしないといけないということです。
 四番目ですね。自学や自発的な学びを歓迎するようなインセンティブづくりですね。GoToトラベルやっている暇があったら、GoToリードといって、読書したらちょっと補助してくれるみたいな、そんなことも含めて、もうちょっと柔軟な施策こそやっていただきたい。
 二十六ページは、校内研修の活性化こそが肝であるということも申し添えたいと思います。
 あとは質疑応答で応じます。よろしくお願いします。
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元榮太一郎#6
○委員長(元榮太一郎君) ありがとうございました。
 次に、池田参考人からお願いいたします。池田参考人。
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池田賢市#7
○参考人(池田賢市君) よろしくお願いいたします。中央大学の池田賢市といいます。よろしくお願いいたします。
 今日はこのような機会を与えていただきまして、誠にありがとうございます。
 今回の改正案につきまして、まず、これまでの免許更新制度がどうだったのかという点について述べたいと思います。
 結論としては、ほとんどいいことはなかったという印象です。あと、制度設計そのものにも大分問題があったなということです。
 今大学では教員養成課程など担当しておりますけれど、教員養成を主とした学部ではない限りは、学生たちは本当に卒業まで苦労して単位を取り、またそれにプラスアルファで教職の単位を取り、かなり苦労しています。で、教育実習に行くし介護等体験もするしということで、ようやく免許取得にたどり着いたんですけど、ところが、それ十年間しか有効じゃありませんとなると、しかも、仕事続けたければ十年に一度それなりの費用を払って講習を受けて合格しないと続けられないということになってしまいますので、まあ法的には正しい言い方ではないんですけど、任期付きの仕事というイメージを学生に与えたということは確かです。また、教員の多忙化がなかなか解消しないとなれば、やはり教員志望者は減っていくということになるかなと思います。
 ただ、二〇〇六年の中教審答申でも、ではと言ったらいいのかな、免許の更新については、教員として日常の職務を支障なくこなし、自己研さんに努めている者であれば、通常は更新されることが期待されるものと述べられていたんですけれど、どういう状況なら支障なくこなしているのかということの基準は明確ではありませんし、また、実際に講習を担当している大学側の方に受講している先生方の勤務状況が知らされているわけではありません。この人が支障がない人なのかどうかと分からないわけで、そうなってくると、結局、免許更新できるかどうかと常に不安な状態に置かれているんではないかというふうに思います。
 あと、制度運用上の問題で、細かい点はいろいろ指摘できるかと思うんですけれど、私が聞いたところ、私に直接相談を受けたんですけれど、その人は三十四歳、五歳で先生として正規採用されたんですね。ところが、初任者研修と免許更新講習を今同時に受けているんですけど、どうなんでしょうかということです。これ本当に不思議なんですという話をしてくれました。ちょうどその年齢になっちゃったわけですね。そんなおかしなことが当初は起こっていた。まあその後いろいろその辺は調整をしていったわけですけれど、結局、微修正、微修正を繰り返していかないと続かない制度だったということかなというふうに思っています。
 あと、講習内容についても違和感がありました。最新の子供の変化を先生たちに話すみたいな、そういう講習内容が設定されているわけなんですけど、大学の特徴の大きな一つは、子供がいないということなんですよね。つまり、立場は逆じゃないかということです。子供の変化も含めて最近のいろんな教育の実情をよく知っているのは現場の先生たちなのであって、むしろ学ばなくてはいけないのは大学の方でしょうという、そういう違和感を持ちました。
 また、更新講習は大学教員の働き方にも大きく影響しました。更新講習自体は夏休み期間中に設定されることが多いですし、また通常の土曜日とかですね。特に夏休み中は、大学の先生方、自分の研究時間に充てたりするんですけれど、更新講習担当となると、その時間のやりくりがすごく難しくなってくるということになります。その辺も大学へのインパクトがかなりあったということです。
 しかも、その免許更新のための講習をやっているわけで、その先生をどう評価するのか、評価を付けて合格か不合格かということをやらされるわけでして、そうすると非常に精神的な負担も大きいということで、結局、講習の在り方もやや形式的なものにならざるを得なくて、全員合格にしていくという措置を、じゃ、どうやってとろうかという、そういう悩みになっていくということかなと思います。
 そんなもろもろのことを考えますと、今回更新制度自体が廃止になるということは、まずは良い判断がなされたというふうに思っています。
 その上で、少し求めたいことといたしまして、今所持しているいわゆる新免許状と、あと旧免許状で、それが失効している先生たちというか元先生たちがいらっしゃるんですけれど、再度免許状の授与を希望する場合の手続は、是非簡素化しておいてほしいというふうに思います。
 授与審査に当たっては各教育委員会で求めることもいろいろ違ってくるんだろうと思いますけれど、今も参考人の方々で触れていただいていますけど、学校現場は本当に多忙で人が足りないんですよね。となってくると、免許をかつて所持していて教員として勤務し得る、希望しているという人がなるべく簡単な手続で学校で働けるようにしてほしいなというふうに思っております。
 これが免許更新制についての、ごくごく簡単ですけど、私なりの評価です。
 次に、研修の在り方についてお話をしたいと思います。
 これも、改正案の第二十二条の五の第二項第四号のところです。つまり、任命権者に研修等の記録が義務付けられているわけですけど、何を記載していくかというときに、任命権者が必要と認めるものと規定されている点に関してです。
 これに対しては迷うところもありますが、記録するのであれば、法定研修も含めて全ての研修等の取組にした方がよいんじゃないかなというふうに思っております。その理由は次のとおりです。
 もし記載するものとしないものとを分けるとすると、その判断のための基準が必要になります。しかし、そういう基準を一律に決めて適用していくことが可能かどうかということ、あと、研修などの取組は今目の前にいる子供たちが抱える課題からスタートするものなので、どんな取組も学校現場にとっては必要に決まっているんですよね。必要だからいろんな形で行っているんです。それに対して、どのような基準で記載する必要があるかないかを判断するのはとても難しい。
 その判断するためには、その記録をどう使うのかということが明確でないと、じゃ、これは書こう、書かないとなってくると思うんですけれど、記録を基にして対話に基づく指導助言ということになるんでしょうけれど、だとすれば、指導助言に不必要な研修等の取組があるということになってしまいます。そもそも、学校とか学級の課題から出発して、校内研修を始めとして各教員の様々な取組があるわけですから、どれも必要なことで、そこの線引きは難しいだろうというふうに思っています。
 さらに、もし記載するものとそうでないものとを区別するとなっていくと、本来自主的あるいは主体的であるはずの研修の取組に対して、資質向上のために認められるものとそうじゃないものということをかなり明確化するというそういう作業が必要になってきて、それが任命権者にできるかどうかと、してよいかどうかという問題があるかなと思います。
 いかに活用するかという点と関連するんですけれど、この記録を取った場合には注意しておくべきこととして、記録の閲覧者の範囲をどうするかということかなと思います。結論的に言うと、もちろん個人情報ですから、本人と、それから管理職と、そして任命権者という範囲に限っておくことが必要かなと思います。いずれにしても、個人情報ですので、漏えい防止とかそういう細心の注意を払う、そういう制度をしっかりつくっておかないとまずいだろうというふうに思っております。
 研修は、法律にあるとおり、権利であり、また義務であるとも書いてありますけれど、そういう趣旨ですけれど、権利としてしっかりと保障していくこと、これ教員という仕事を続けていくためにはとても大切なことですけれど、その観点からいうと、臨時的任用の先生たちですね。今すごく学校現場はそういう先生たちで回っているんですけれど、臨時的任用の先生たちにも研修の機会は保障されなければいけないだろうと思っています。もちろん強制になってはいけませんけれど、その点も注意しておく必要があるのではないかなと思っております。
 これまでの話にも出ておりましたけれど、今学校は研修する時間さえないほどの多忙の中にあります。これは国際比較調査などでも明らかにされていることです。研修の充実は専門職としての教員には不可欠でありますから、まずは教員が働く環境の整備が必要になるだろうと思います。その上で、様々な形での研修の保障が実現できるような、そういう制度設計を望みたいというふうに思います。それぞれの現場の必要に応じて、自由な学びの機会が、勤務として、あるいは勤務場所を離れる場合も含めて、かなり幅広く保障されていく必要があるのではないかなというふうに思っています。それが現実的に課題に応えるということですし、先生方のやる気にもつながってくるのではないかというふうに思っております。
 最後に、やや一般的な言い方になるんですけれど、教育という行為における評価とか成果の在り方とか、あるいは教員として信頼されるってどういうことかということについて少し述べたいと思います。これは、ある学校の先生から聞いた一つのエピソードからお話をしたいと思います。
 その先生は、四十年前、高校生でした。高校の古典とか漢文の授業で、これが一体何の役に立つんだろうか、どんな意味があるんだろうか、とても不思議というか、何でだという気持ちがあって、その担当の先生にそう聞いたそうです、どんな意味があるんだ。そうすると、担当の先生の答えは、今に分かるということだったそうですね。ええっと思いますね。今だったらこれちょっとあり得ない回答かもしれません。説明責任どうなっているんだとなるかもしれませんけど、でも、四十年後の今、本当に分かったと。ようやく分かった、あの先生いいこと言っていた、いい授業だった、あれはいい先生だったんだということですね。遅いと思うかもしれませんけど。
 当時、もし数値化できて、すぐ分かるような成果によって教員評価がなされていたとしたら、もう取り返しが付かないですよね。もちろん逆のこともあります。ああ、いい先生だなと思っていたけど、しばらくたって、ううん、どうだったのかなということもそれは起こります。なので、まあそんなエピソードを聞いたんですね。
 このことから、三つの事実が指摘できるかなと思います。
 一つが、教育という行為の効果測定は非常に難しいということです。もちろん、だから何もしなくていいというわけではない、そう言いたいわけではないんですけど、非常に慎重に行う必要があるだろうということです。
 二つ目が、この授業にどんな意味があるのかという疑問を持つ時間的、精神的ゆとりがあったということですね。教員の方にも、自分の授業を振り返って、今目の前にいる子供たちに何をどう伝えようかとか、今自分はどんな存在としてこの子たちの前にいるんだろうかとか考えていたと思うんですね。その究極の答えが多分今に分かるだったんだと思うんですけど、これは自主的、主体的な研修の前提ですよね、こういう余裕がないとですね。で、その反省的思考の中からいろんな課題が見えてくるということになるのではないかなと思います。
 ただ、今こんなこと考えていたら教科書終わんないになるし、生徒の方も、何でこれやっているんですかって言っているうちに授業は進んじゃうので、置いていかれちゃうということになっています。いろんな意味で多忙化です。
 あと三番目、授業に対する疑問を教員にぶつけることができるくらいに、教員と生徒との間に信頼関係があったということです。これも、じゃ、どうやって信頼が築かれていくんだろうかということですね。多少ノスタルジックに過ぎたかもしれないし性善説だと言われるかもしれないんですけど、ただ言えることとしては、信頼される教員であるということは、子供たちといかにたくさん関わっているかということ、たくさんの声を聞いているかということに懸かっているのだということです。もちろん、研修の大切さはもう大前提で、それを保障する制度の重要性も大前提なんですけれど、でも保護者として、うちの子のことをちゃんと見てくれていますかと、声聞いてくれているんですかという、そこが一番大事なことですよね。
 これもある先生から聞きました。家庭訪問に行って、何か学校に要望することがあるのかと聞いたところ、そこのおばあちゃんから、ともかく、先生もいろいろ大変だろうけど、うちの孫を笑顔にしてくれと言われたということですよね。それに尽きるということです。
 その先生がどんな研修を受けたのかということだけでは信頼は得られないということですし、研修研修で今度は逆に忙しくなって子供の話聞けないでは本末転倒になってしまうので、その点をしっかり見据えた制度設計をしていかなければいけないのではないかというふうに思っております。
 私の発言は以上です。ありがとうございました。
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元榮太一郎#8
○委員長(元榮太一郎君) ありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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堂故茂#9
○堂故茂君 自由民主党の堂故茂です。
 参考人のお三方には、貴重な御意見をいただき、誠にありがとうございました。
 それでは、早速質問に入らせていただきます。
 中央教育審議会の教員養成部会や教員免許更新制小委員会の臨時委員を務められた戸ヶ崎参考人にまずお伺いしたいと思います。
 今回の政府提出の法案には、研修記録の作成や資質の向上に関する指導助言等の義務付けなど、新たな教師の学びの姿に向けた方策を実施することにより教師の個別最適な学びを効果的に進められる条件が整うなど、教員免許更新制を発展的に解消することが盛り込まれています。
 これまでの教員免許更新制については、ちょっと先ほどもお話がありましたが、大学が現職の教師の資質の向上に継続的に関わるという意味で大きな役割を果たしてきた面もあると考えますが、まず教員免許更新制について、戸ヶ崎参考人がその成果とこれまでの課題をどのように評価されているのか伺いたいと思います。
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戸ヶ崎勤#10
○参考人(戸ヶ崎勤君) いわゆる教員の研修のその成果というものについては、なかなか短期間で測れるような、またそれが表現できるようなものではないというふうに思いますけれども。また、この研修制度そのものというものも、個人のスキルアップだけではなくて、やっぱりチームの力のアップというものについても様々つながっていく研修というものが多くあるんではないかなというふうに思っています。
 学校現場で日常的に行われている復命というこういう制度があるわけですけれども、そういった行為で研修の成果といったものをお互いに教員同士で共有したりですとか、また校内研修の中に積極的に生かしたりするというようなことをもって様々な成果の、その運用というんですかね、そういったものについても可能になるんではないかなというふうに考えています。また、学びのその成果が確認、それぞれが確認をすることによって、教師の学ぶ意欲そのものも一層喚起できて、学校全体の教育力の向上にもつながる可能性があるのかなというふうにも思っております。
 一方で、そういった研修の成果そのものを早めにどんどん生かしていこうということになると、先ほど申し上げましたけれども、どうもハウツーの方につながっていってしまう、そういうような懸念もありますので、できれば、子供観ですとか、また教師観に関わるような、いわゆる、何というんですかね、教育哲学的な、そういうような研修なんかも必要であるんではないかなというふうに思っています。
 多様ないずれにしても研修を積み重ねて、自分自身の研修の履歴といったものを振り返って成長を自覚して新たな課題を生み出していくという学びの、学び続けるプロセスというのを確立していくことがいずれにしても重要ではないかなというふうに思っております。
 以上です。
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堂故茂#11
○堂故茂君 いいところもあったけれども改善していかなきゃいけない、そのために発展的に解消したというふうに理解いたしました。
 それでは続いて、戸田市教育委員会の教育長として教員の資質向上のために尽力をされております戸ヶ崎参考人にはそうだと思いますが、この新たな制度においては校長がそれぞれの教師に対し個別最適な研修の受講を奨励することとされていますが、もちろんこの研修を受講すること自体が大事なのではなく、今ほどもちょっとお話触れられましたが、研修により得た知識技能を学校現場において発揮することが何よりも大事ということだと思うんです。
 各教師が研修の受講により得た成果を学校現場でしっかりと確認できる運用が望ましいと考えますが、具体的にどのような方法が考えられるか、御意見を伺いたいと思います。
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戸ヶ崎勤#12
○参考人(戸ヶ崎勤君) 先ほども申し上げましたけれども、学校のその研修の成果というものについては、それぞれ個人で見られるものと、それから学校全体の組織のスキルアップということで見られる両面があるのかなというふうに思っております。
 その面で考えていくと、やはり学校全体のチーム力を上げることによって個人のスキルアップにもつながっていくというようなものもありますので、これからの研修の成果の運用というものは、学校全体のその研修、まあ学校力というんですかね、学校力、チーム力のアップをもって成果の運用を見ていくということもありますし、もちろん個人のスキルアップを研修の奨励ですとか相談ということに、その学校長の指導等に、あとはお互いの同僚性の発揮というのもあるのかなというふうに思いますけれども、そういった総合的な取組によってそういう成果の運用というものが確認できていくのかなというふうに思っております。
 以上です。
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堂故茂#13
○堂故茂君 ありがとうございます。
 ちょっと質問が重複するかもしれません。次に、校内研修について各参考人にお伺いしたいと思います。
 教師の方々が日常的に活動をなさっている学校現場における研修をどのように活性化していくかということがとても大事だと思います。校内研修を充実させるためには、するためには、学校の管理職や教育委員会等の関係者はどのようなことに取り組んでいくことが必要なのか、また、その実現のためにどんなサポートが必要で考えられるのか、各参考人の御意見をお伺いしたいと思います。
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戸ヶ崎勤#14
○参考人(戸ヶ崎勤君) 先ほども触れましたけれども、本市の学校の校内研修というものは、特色として、産官学、これと連携した研修というものがそれぞれの学校で自走を始めております。これまでは、とかく校内研修のテーマというと、一般的に各教科に関すること、これが中心になっていたわけですけれども、最近は、まさに産官学の指導者を積極的に奨励して、プロジェクト型の学び、そういったものとか、全教科に関わるカリキュラムマネジメントというもののテーマが多くなっているかなというふうに思っています。
 当初は、教育委員会の方で産官学のレシピを作って学校の方にそれを提示して、ある意味、そのコンテンツとか人材といった材料、原材料というものは教育委員会で用意するから料理は学校でしてほしいというそういう仕組みを取っていたんですけれども、最近は、どっちかというと各学校が自走を始めていて、学校独自で産官学と連携しているというケースも大変多くなってきているところでおります。言うなれば教育委員会は、今までの指導と管理というそういった視点ではなくて、まさに学校の自走を支援していくファシリテーター役に最近は徹しているのかなというふうに思っているところであります。
 校内研修における、私、これは個人的なキーワードとして思っているのは、もう全員で更に共有をして継続していくという、この三つの言葉が大事なキーワードというふうに思っておりますので、単なる研修によって知を共有するというだけではなくて、大切なことは、自分の目の前にいる子供たちがいかに伸びているか、変化しているかということをお互いに共有していくと、間違いなく子供たち伸びてきているねということを共有することも次への校内研修へのモチベーションにつながるので、非常に重要なことかなというふうに認識しております。
 以上です。
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妹尾昌俊#15
○参考人(妹尾昌俊君) 三点ほどポイントがあるかなと思っております。
 一点目は、言うまでもないことですけれども、しっかり研修等を勤務時間の中で打ち込めるような時間と精神的なゆとりを確保するということだと思います。あしたの授業準備どうしようか、不安だといった中で研修を入れられても、やはりやらされ感が募ったり、さっさと授業準備したいんだけどということになりますので、その辺りは大きな問題であろうと思っております。
 二点目といたしましては、やはり先生方が主体的にしっかりやりたいテーマで研究をするということだと思います。多くの学校はそうできていますけれども、授業研究とか教科指導に少し偏りがちなので、それをいろんなテーマでやっていく。これだけ若手の先生方が都市部では特に増えていますので、例えば若手の先生方の相談に乗っていこうみたいなことなんかも含めてやられるといいと思いますし、教科指導以外のいろんな事務作業の仕方とか行事の進め方とか、そんな校内研修もあってもいいのかなと思っております。私自身も、働き方改革だとか業務改善、たくさんの校内研修を御支援しております。
 三つ目といたしましては、しっかり自分たちがアップデートしていくというか、自分たちの教育観とか指導観を批判的に振り返っていく、批判的リフレクションというんですけれども、そういった必要性をしっかり感じられる研修にする必要があって、単に知識を得てよかったねというんじゃなくて、自分たちの今までの前提だとか固定観念というのを疑っていく、更新していくということが大事だと思います。
 私の資料で、もう細かくは申し上げませんが、二十六ページに少し関連データも載せておりますけれども、実は高校の先生は、小学校と比べて持ちこまも少ないし本当は時間のゆとりが部活動以外はあるはずなのに校内研修すごく少ないんですね。それは、もう自分は教科の専門性があるから、ほかの教科の先生からそんなに学ばなくていいだろうと思っている先生が多いんです。でもこれは大きな間違いで、本当に、教科横断的な学びも含めて、教職員同士でどんどん学んでいくという必要性をしっかり先生方に感じてもらう必要性があると思っていて、その辺りも含めてしっかり考えていく必要があると思っております。
 以上です。
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池田賢市#16
○参考人(池田賢市君) 私の感じ方としては、まず学校の中が自由な議論の場になっていないと校内研修は活性化しないだろうということです。いろんなテーマをちゃんと自由に設定できて、それを校長なり教育委員会なりがサポートしてくれるということがないといけないかなと思っています。そのためには、子供についてじっくりと職員室の中で情報交換し合えるとか、あるいは家庭の様子などもしっかりと把握しているとか、その辺の連絡も密に取っているとか、いずれにしても、職員室の空間が、自由に物が言える、みんな対等な立場として物が言える、そういう雰囲気づくりをまずはしていくことが必要だろうと思っています。
 以上です。
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堂故茂#17
○堂故茂君 最後に戸ヶ崎参考人に、私も何回かお邪魔しましたが、独立行政法人教職員支援機構、これは全国の先生方の、ある意味では大変、この発信、働き方、研修の中核的な役割担っていると思うんですが、この機構への期待、こういう研修が大事だということになる場合は、この果たす、国全体として果たす役割の大切さみたいなのを簡潔にお話しいただけますか。
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戸ヶ崎勤#18
○参考人(戸ヶ崎勤君) もう一言で言うと、大変すばらしいというか、参考になるようなコンテンツが近年非常に充実してきているなというふうに思っております。
 ちなみに本市においては、一定の期間、エデュケーションウイークというものを設定して、そこで、そのいわゆるNITSを、その動画を見るような期間をつくったりとか、また個人個人で、その研修のときに自己研修ということでそれを見るような機会を増やしているところです。
 私自身、実はその動画にも出演させていただいたことはあるわけですけれども、その中で、ただ単に動画というのは一方通行になることが多いわけですけれども、そのときに、自分が出演したときには、何か意見や質問があった場合には是非寄せてくださいというような、可能な限り双方向になるような努力をしてみたわけですけれども、そうすると、やっぱりこの部分はどうなんでしょうかというような意見がたくさんいただいたということの経緯がありますので、これは今後に要望するものとしては、是非、少しでも双方向性のものができるといいなというようなこととか、あとは、自治体間一つずつ、それぞれ個人とか自治体だけで見ているんではなくて一緒になってそれを見て、お互いで研修し合うような教育委員会も超えた取組があってもいいのかなというふうにも思いますし、今後のそのコンテンツの活用だとかそういうものについては、大いに基礎的なものから高度なものまで様々期待ができるかなというふうに思っております。
 あくまでも研修の中核として、是非ハブの機能も教職員支援機構には果たしていただければというふうに思っております。
 以上です。
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堂故茂#19
○堂故茂君 ありがとうございました。終わります。
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宮口治子#20
○宮口治子君 立憲民主党の宮口治子でございます。
 お忙しい中、参考人の皆様には貴重なお話をいただきまして、本当にありがとうございました。
 三名の皆様にお伺いさせていただきたいと思います。
 私には重度の広汎性発達障害の子供がおります。その中で、保護者として、特別支援学校の先生方が常日頃どれほど大変かという、頭が下がる思いで十二年間先生方を見詰めてまいりました。そして、校長先生が替わるたびに教員の先生方の雰囲気が変わって、そして対応もがらりと変わってしまうようなさまも実際に感じてまいりました。
 その中でですけれども、親ばかと言われるかもしれませんが、障害を持つ兄弟が私もほかにいたことで、ほかの子供たちが障害に対する理解のある優しい子に育ってくれているんではないかなというふうに感じておりました。障害を抱える子に対する理解を深めていくためには、障害を抱える子供と共に学ぶインクルーシブ教育を進めていく必要があるのではないかと強く思っています。
 このインクルーシブ教育がなかなか進まないというのは、それに対応できる教員が少ないことにも一因があるのではないかと思います。全ての教員の先生がインクルーシブ教育への理解、そして進め方について研修を受けていく必要があると感じますが、私の母校でインクルーシブの話を教員の先生にした際に、講習とか研修ももちろん大事だけど、やはり知識のある専門の先生が常にいらっしゃって、そのときそのとき違うケースでいろんなことが起こってきますので、その対応を私たち教員も学びたいし、教えてほしいということを言われました。
 この点について、お三方はどのようにお考えなのかをお聞かせください。
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戸ヶ崎勤#21
○参考人(戸ヶ崎勤君) お手元の資料に、「指導の重点・主な施策」の一番、これは十ページですか、そこに、本市においても、これは全ての教員に対しての指導の視点として、「インクルーシブ教育の充実に向けて」というこういうパンフレットも作ってはおるんですけれども、まさに私の思いとしてみると、特別支援教育というのは教育の原点であるという強い思いがございます。
 それぞれ特別支援教育の中で培っていくもの、指導してきているものというのは、必ずや通常の中にも、教育の中にも生かされるものであるというような思いとか、また特別支援教育というのは、どうも一部の教員、先ほどお話ありましたように、一部の特定の先生だけのスキルアップで行われていくというような傾向というのが強いわけですけれども、そうではなくて、やっぱり様々な最新の科学的な知見だとかそういったものも取り入れながら、本当にそれが根拠があるものなのか、まあエビデンスとまでは言わないまでも、様々な最先端の知見を持ちながら取り組んでいくこととともに、大学なんかについても、私機会あるごとに申し上げているのは、もうこれからの教師になる教師というのは、ICTの利活用と特別支援教育は標準装備にしてほしいということは強く申しております。
 そのぐらいにこの特別支援教育というのは全ての教師にとってまさに標準装備で、誰もがきちっとした指導ができるようなシステムというのをつくっていかなくてはいけないのではないかなというふうに思っております。
 以上です。
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妹尾昌俊#22
○参考人(妹尾昌俊君) ありがとうございます。
 私も、是非、本当、全ての先生方にこのインクルーシブ教育なり特別支援教育の部分はしっかり学んでいただきたいとは思っております。
 例えば、特別支援学校だけではなくて普通学級におきましても、例えば小学校では、掲示にすごくこだわって、たくさん貼られている先生いらっしゃいます。それ、ただ、ある障害のある方、児童にとっては非常に混乱して大変だったり、あるいは、せっかく一人一台端末があって、本当に障害だとか特性に応じて個別最適な学びができるにもかかわらず、その辺りの理解がないために非常につらい思いをしている子たちがいたり、あるいは不登校ぎみになったりしているケースなんかもありますので、多くの先生方に是非こういった研修等は大事だろうと思います。
 ただし、今先生方に求められる資質能力というのはどんどん高度化していて、全ての人にスーパーマン的、スーパーウーマン的に求めるのはやはり無理があるだろうと思っております。おっしゃっていただきましたように、非常に専門性の高い方が近くにいてアドバイス、スーパーバイズをしてくださるという関係があるというのは非常に大事なことなので、それを同じように、例えばICTの物すごい得意な方がすぐ近くにいるとかそういうことも含めて、全ての教員に平均値を上げたり基礎的なところは大事なんですけれども、とがった部分は誰かがいればいい、あるいは近隣校でも構いませんけれども、そういった部門を整備する必要があるだろうと思っております。
 以上です。
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池田賢市#23
○参考人(池田賢市君) インクルーシブ教育につきましては、まずはその定義といいましょうか、国連の障害者権利条約含めまして、一体何をインクルーシブ教育と世界は言っているのかというところは徹底的に、それこそ研修でもいいんですけど、理解をしていくべきだろうというふうに思っています。
 場所を絶対に分けないということが大前提ですから、場所を分けてしまったら、どんないいことをやってもそれはインクルーシブではないということです。分けないで、じゃ、どうやってやるのかという問題、それが合理的配慮ということですよね。インクルーシブ教育はインクルーシブソサエティーを目指しているためにやっているわけですから、社会に出て個別個別で生きていますかということですね。みんなそれぞれ支え合いながら生きているわけで、学校にいるときから分けてしまって、大人になって果たして関係つくれますかということですね。
 これも、エピソードばっかりだと言われるかもしれない、こんなエピソードがあって、ある勉強会のときに、いや、やはり障害について自分は知識がないからなかなか難しいんだと、だから、やっぱりそういう知識を学んでからじゃないと難しいですよという話をしたと。そうしたらその保護者が、そんなに難しいなら何で聞いてくれなかったんですかということですね、聞けばいいじゃないですかと。本当にこの子がこのクラスにいることが大事だと思っているんであれば、いるために何だって聞くでしょう、いろんなことをやるでしょう。やらないということは、受け入れないということですよねということですよ。
 以上です。
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宮口治子#24
○宮口治子君 ありがとうございます。
 私も本当にそのようにまさに思っていて、やはり、世の中、今多様性の認める、いろんな人がいるんだというのを認めていく中でそういう人たちを排除して教育してきて、一体いつの時点で受け入れられるんだと思っていましたので、是非私もそこはしっかりとこれからも訴えていきたいと思います。
 続いてなんですけれども、子供たちがその人格とか個性をどのように開花していくのか、させていくのか、教員は常に向き合っていかなければいけないんだと思います。まだ習ってない漢字を書いちゃいけないなど、学校の勉強を進めている子のやる気を邪魔してはいけないし、一方で、家庭環境とかその他の要因で勉強に気が向いていない子のやる気を引き上げてやるという必要もあります。画一的な教育ではなく、個々に応じた教育というのが必要であると思っていますが、まずこの点についてどう思われますでしょうか。
 そして、そのような教育を進めていくためには、先ほどから出ています教員の技量も今以上に上げていかないと対応ができないのではないかと考えます。このような教員の技量向上について、先生方の負担にならないように実現させていくにはどうすればよいかを少しお聞かせいただけたらと思います。
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元榮太一郎#25
○委員長(元榮太一郎君) どなたに答弁を求めますか。
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宮口治子#26
○宮口治子君 三名に、それぞれで。
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戸ヶ崎勤#27
○参考人(戸ヶ崎勤君) まさに、教室の中には様々な子供たちがいるということの認識というんですかね、そこをしっかりとまずは教師は理解をしなくてはいけないだろうと。これは単なる、たくさんのいろんな子供たちというのは、発達障害とか特異な才能とかそういうものだけではなくて、家庭の文化資本のものだとか多様な特性を持つ子供だとかって、いろいろな、もうまさに多様な子供たちがいるわけで、それぞれの子供たちが開花するように、従来でいうと、日本の教育というのは落ちこぼれ対策ということはよくやっていたんですけれども、いわゆる吹きこぼれ対策というんですかね、そういう子に足踏みをさせちゃっていたりだとか、そういうような反省等もあるのではないかなというふうに思っています。
 ですから、もうまさに誰一人取り残されない、そういう教育というのは、本気になって、今もう待ったなしで進めていかなくちゃいけないだろうというふうに思っているわけですけれども、そこに教師がきちっと指導に追従できるのかということになってきたときに、先ほど妹尾さんがおっしゃっていたように、全てにスーパーマンというかマルチなものを教師に求めさせるというのはなかなかできませんので、簡単に一言で言えば、多様な教師集団というんですかね、そういったものをつくっていくということが大事で、やっぱり得意不得意、誰にでもあるわけですから、そういう専門性をお互いが高め合い、磨き合いながら多様な集団をつくっていくというのが非常に重要なことだろうというふうに思っております。
 以上です。
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妹尾昌俊#28
○参考人(妹尾昌俊君) 二点ほど申し上げたいと思います。
 おっしゃるところは私もすごく共感しております。その上で二点ですけれども、一点目といたしましては、もっと子供の意見表明といいますか、子供たちのしっかり意見、気持ちが聞ける学校になっていかないといけないと思っております。その辺り、非常に今までの学校弱かった部分がありますので、先生たちのことを一方的というわけではないですけれども、きちっと静かに聞くのがいい子ですみたいなことではなくて、しっかり子供たちの意見、声を表明できるような機会等をもっと保障していくというのが一点目です。
 二点目は、やはり個々の子供たちのそのやる気とか個性を伸ばしていくためには、学校で一番やっている最大のものはやはり授業です。授業を見てどうなのかということであって、もちろん研修も大事ですけれども、研修以上に大事なのは、授業がいかに改善するか、授業の中で子供たちを引き上げていくかということだと思いますが、なかなか自分だけでは自分の課題だとかを気付かない部分が当然ありますよね。
 そういった部分では、今、教頭職が、本来、教頭、教える頭ですから本当は先生方の頭といいますか先生方のコーチにならないといけないわけですけれども、御案内のとおり、副校長、教頭が本当に事務作業に追われていて、ほとんど先生方の人材育成だとか授業を見に行けてないんですね。この問題を何とかして、やはり教頭の負担軽減を進めつつ、あるいは教頭を二人体制にするとかいろんな施策を打ちつつ、教頭先生方がもっと授業をもう少し気楽に見て、こんなことをもうちょっとどうだとか、あるいは先生方にコーチングといいますか、一方的に押し付けるんじゃなくて先生方の課題だとかをヒアリングして聞いていくような、そういった人材育成ができるといいんじゃないかなと思っております。
 以上です。
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池田賢市#29
○参考人(池田賢市君) 今の問題については、子供観ですかね、子供をどういう存在として見ているのかということが大きく問われなければいけませんし、また学力観ですね。学力って何かということで、まず学力については、どうしても、今の日本の学校教育がずうっと培ってきたのは、個人所有できるという発想だと思うんですよね。関係性の中でこそその力みたいなものは発揮されるのであって、個人の中に蓄積している何か、この人は何かができるとかできないとかということではなくて、関係の中でどうやって生きていくかということですね。そこにこそ焦点が当てられるべきだと、そういう教育になっていくべきで、そのときに、個に応じた個別最適化ということが果たしてどこまでマッチングするかどうかというのはまた難しいところだと思っています。
 あと、子供は教えないと学ばないと思っている可能性もあるんですけど、そんなことはないということですね。子供はそもそも主体的で、学びたいというか、いろんなものに関心があります。学校経験経れば経るほどどんどんその意欲が失われていくということになっていくので、そういう自由に物が言えるとか考えることができるということの方が先かなというように思っております。
 以上です。
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