丹羽喬四郎 に関する国会発言
571件 / 29ページ / 1 ページ目
○赤嶺委員 防衛庁は、これまでのいろいろな経過や、そういう合意があったにもかかわらず、下地島空港について自衛隊を配置したいという動きが陰に陽に行われてまいりました。住民の意向は皆さんの立場を受け入れていないということをはっきり申し上げておきます。 次に、同じ問題で外務大臣に伺います。 下地島空港というのは、もう御承知のことですけれども、一九七一年に当時の琉球政府行政主席屋良朝苗氏と、当時の総理府総務長官山中貞則氏、運輸大臣丹羽喬
○小泉親司君 私は、こういう計画進めていて、大臣がそういうのを知らないというのは私は重要な問題だと思いますよ。実際に防衛施設庁ではこういうことをどんどんどんどん米軍と一緒になって進めちゃう。これは重大な問題だということを指摘しておきます。 もう一つだけ取り上げたいので質問させていただきますが、下地島空港の米軍使用問題。 二十一日に茂木長官は下地島空港に行かれた。私は後塵拝して二時間後に見させていただきましたが、そこで茂木大臣に私
○小泉親司君 日本共産党の小泉でございます。 今日は国土交通委員会で質問の機会を与えていただきまして、ありがとうございます。 私は成田空港のいわゆる民営化法案について質問をさせていただきたいと思います。 具体的な質問に入る前に、私はまず基本的な問題について国土交通大臣にお尋ねしたいと思います。 成田空港は、御承知のとおり、農民の土地の取上げがありまして、大変激しい運動が繰り広げられてまいりました。私は、決してこの運動は暴
○平野貞夫君 いずれまた来週、決算委員会の総括がありますので、これは総理にも外務大臣にも聞いて、もし事実がなければ、これは雑誌を訴訟するとか、そういう措置をとってもらわなければ政治の権威にかかわると思います。 しかし、田中外務大臣も、一時はこの問題に非常に関心を持っていたと公式に発言をされている。今でも、事務方はないと言っている、否定しているという程度のことを言っておるわけですが、私は、大臣のお話ですが、この上納は確信的に推測できる
○松尾官平君 総理らしいお上手な答弁でございますが、アクセルとブレーキがなければ、これはどうしようもないので、それはそのとおりなんです。私は、今回の措置の効果を上げるために、ブレーキペダルから足を少し離しておいてアクセルを踏むようなことを、国民にわかりやすく示すべきではないかということを申し上げたいのでありますが、きょうの質問の主題の新幹線問題の時間がなくなりますので、以上でこれは終わります。 さて、ここで古い話を持ち出して恐縮なん
○多賀谷委員 労働者供給事業について、昭和二十七年二月に職業安定法施行規則の改正がありました。その際、その及ぼす影響が極めて大というので、いよいよ施行になりました当時、私ども、当時は労働委員会と言いましたが、労働委員会で審議をしたわけであります。 久しぶりに昭和二十九年二月十九日の労働委員会議録を見ますると、ここには丹羽喬四郎君、雄哉君のお父さんであります。それからかつて内務省神社局長、北海道長官をしておりました池田清さん、これは鹿
○大久保事務総長 まず最初に、議長から、故丹羽喬四郎先生に対する弔詞贈呈の御報告がございます。次いで久保先生から追悼演説がございます。 次に、行政監理委員会委員任命につき同意を求めるの件について、議長からお諮りいたします。共産党が反対でございます。ただし、六名の委員のうち、市川さんと八木さんについては賛成、その他の委員については反対ということでございます。反対がございますから、採決は起立をもって行います。 次に、日程に入りまして
○細田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 なお、丹羽君に対する弔詞につきましては、お手元に配付いたしてあります特別弔詞を、理事各位の御了承を得まして、葬儀当日、議長から贈呈していただきましたので、御了承願います。 ————————————— 衆議院は多年憲政のために尽力しさきに建設委員長公職選挙法改正に関する調査特別委員長の要職につきまた国務大臣の重任にあたられた議員正三位勲一等丹羽喬四郎君
○細田委員長 これより会議を開きます。 まず、議員丹羽喬四郎君逝去の件についてでありますが、去る三月三十日、茨城県第三区選出議員丹羽喬四郎君が逝去されました。 ここに謹んで哀悼の意を表します。 丹羽君に対する追悼演説は、本日の本会議において行うこととし、演説者は、日本社会党の久保三郎君にお願いいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○久保三郎君 ただいま議長から御報告がありましたとおり、茨城県第三区選出議員丹羽喬四郎先生は、去る三月三十日逝去されました。まことに痛恨の念にたえません。 ここに議員各位の御同意を得て、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手) 丹羽先生は、明治三十七年、東京都赤坂青山に生をうけられ、長じて旧制水戸高等学校を経て東京帝国大学経済学部に進み、昭和五年に同大学を御卒業になりました。 そして、高等文官試験
○議長(保利茂君) 御報告いたすことがあります。 議員丹羽喬四郎君は、去る三月三十日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。 同君に対する弔詞は、議長において去る四月五日贈呈いたしました。これを朗読いたします。 〔総員起立〕 衆議院は多年憲政のために尽力しさきに建設委員長公職選挙法改正に関する調査特別委員長の要職につきまた国務大臣の重任にあたられた議員正三位勲一等丹羽喬四郎君の長逝を哀悼しつつしんで弔
○松本委員長 これより会議を開きます。 この際、御報告申し上げます。 本委員会の委員でありました丹羽喬四郎君が、去る三月三十日、逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。 ここに、謹んで委員各位とともに哀悼の意を表し、御冥福を祈るため、黙祷をささげたいと存じます。 御起立をお願いいたします。——黙祷。 〔総員起立、黙祷〕
○内藤功君 それじゃあそれは結構です。 もう一つの問題は、空港の平和的利用についてのお尋ねであります。 まず、航空局長に伺いたいんですが、昭和四十七年の四月に時の運輸大臣の丹羽喬四郎氏、千葉県の当時の副知事、それから当時の公団の総裁、これを乙として、それから三里塚平和塔奉賛会会長佐藤行通氏を甲として、両者間で文書をもって取り決め書というのが決められて、その三条一号でたしか空港の軍事利用はしないということについての明確な明文がかわ
○鈴切委員 昭和四十六年の十二月二十八日に環境庁長官から運輸大臣あてに「環境保全上緊急を要する航空機騒音対策について」という勧告が出されているわけであります。それは離発着についてもかなり厳しい注文をつけておりますが、それに対して昭和四十七年三月二十九日に運輸大臣丹羽喬四郎氏から環境庁長官大石武一氏あて「航空機騒音緊急対策について」、東京国際空港にはこういう条件で今後やってまいりますと、こういう内容が入っております。特に離発着の規制という
○奥野委員長代理 これより会議を開きます。 委員長の指名によりまして、私が委員長の職務を行います。 この際、お諮りいたします。 委員長丹羽喬四郎君より、委員長を辞任したい旨の申し出があります。これを許可するに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○笹山委員長代理 ただいま委員長に当選されました丹羽喬四郎君は本日御出席になっておりませんので、引き続き、私が委員長代理として理事の互選を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○笹山委員 御異議なしと認めます。よって、丹羽喬四郎君が委員長に御当選になりました。 ————◇—————
○山田(芳)委員 動議を提出いたします。 委員長の互選は、投票によらないで、丹羽喬四郎君を委員長に推薦いたしたいと存じます。
○笹山委員長代理 ただいま委員長に当選されました丹羽喬四郎君は本日御出席になっておりませんので、引き続き、私が委員長代理として理事の互選を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○笹山委員 御異議なしと認めます。よって、丹羽喬四郎君が委員長に御当選になりました。 ————◇—————