佐野憲治 に関する国会発言

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1992-05-20 渋谷修 建設委員会 衆議院

○渋谷委員 以前も申し上げましたけれども、私も今回のことに取り組むに当たって、この都市計画法が昭和四十三年に審議され、成立したときの議事録をずっと読んでみました。これは大変な量でなかなか読むのも骨が折れたわけでありますけれども、このときに、私どもの佐野憲治という当時建設委員会の理事でございますけれども、この方が、今回ここでもう相当な時間にわたっての審議が行われたわけですが、権限移譲の問題についてやりとりをした内容は、もうここにほとんど、

1992-02-26 渋谷修 建設委員会 衆議院

○渋谷委員 今のような形で、現行制度にやはり幾つか欠陥もある、それについては手直しをしていかなきゃならないというようなことのようでございますから、それはそれでよくわかるわけでございますけれども、地方に条例ができることについて、建設省の課長補佐の方ですから名前はあえて申し上げませんけれども、自治体でそういう条例をつくることについて、今の法制度の中で十分対応できる手段というのは全部そろっているんだ、自治体にとって必要なのはビジョンづくりだ、

1980-04-23 木間章 建設委員会 衆議院

○木間委員 私はここに五十年の法改正のときの議事録を持っておるわけであります。わが党の佐野憲治代議士、私の選挙区の先輩でございまして、佐野先生が亡くなられて、その後私が出させていただいた関係で、佐野先生の国会活動と二十年近く一緒にやってきた立場でもありますが、その佐野先生が、零細権利者の保護の問題で論議をされております。そのときの仮谷建設大臣の御答弁をちょっと申し上げてみたいと思います。「事業計画を立てる場合において、これは人数から言え

1978-04-27 大久保孟 議院運営委員会 衆議院

○大久保事務総長 まず最初に、議長から、故佐野憲治先生に対する弔詞贈呈の御報告がございます。次いで綿貫先生から追悼演説がございます。  この後、日程に入りまして、日程第一につきまして、木野社会労働委員長の御報告がございます。全会一致でございます。  次に、日程第二、第三を一括して議題といたします。始関内閣委員長の御報告がございます。日程第二の委員長の報告は修正でございます。採決は分けて行います。日程第二は社会党、共産党が反対でござい

1978-04-27 細田吉藏 議院運営委員会 衆議院

○細田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。  なお、佐野君に対する弔詞につきましては、お手元に配付いたしてあります特別弔詞を、理事各位の御了承を得まして、葬儀当日、議長から贈呈していただきましたので、御了承願います。     —————————————  衆議院は多年憲政のために尽力しさきに公害対策並びに環境保全特別委員長の要職にあたられた議員正四位勲二等佐野憲治君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげます

1978-04-27 細田吉藏 議院運営委員会 衆議院

○細田委員長 これより会議を開きます。  まず、議員佐野憲治君逝去の件についてでありますが、去る四日、富山県第二区選出議員佐野憲治君が逝去されました。  ここに謹んで哀悼の意を表します。  佐野君に対する追悼演説は、本日の本会議において行うこととし、演説者は、自由民主党の綿貫民輔君にお願いいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1978-04-27 綿貫民輔 本会議 衆議院

○綿貫民輔君 ただいま議長から御報告がありましたとおり、本院議員佐野憲治先生は、去る四月四賞、東京慈恵医大付属病院において逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。  私は、ここに皆様の御同意を得て、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手)  佐野先生御入院と伺い、私がお見舞いに参りましたのは、つい先ごろの三月末のことでありました。ちょうど国会中継をじっと見ておられた先生は、「もう元気になったよ、国会

1978-04-27 保利茂 本会議 衆議院

○議長(保利茂君) 御報告いたすことがあります。  議員佐野憲治君は、去る四月四日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。  同君に対する弔詞は、議長において去る十二日贈呈いたしました。これを朗読いたします。     〔総員起立〕  衆議院は多年憲政のために尽力しさきに公害対策並びに環境保全特別委員長の要職にあたられた議員正四位勲二等佐野憲治君の長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげます     ——————————

1978-04-05 伏木和雄 建設委員会 衆議院

○伏木委員長 これより会議を開きます。  この際、謹んで御報告申し上げます。  長い間本委員会の委員あるいは理事として御活躍されました佐野憲治君が、昨四日逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。  ここに、委員各位とともに佐野憲治君の御冥福を祈り、謹んで黙祷をささげたいと存じます。  全員御起立願います。——黙祷。     〔総員起立、黙祷〕

1977-10-15 田中正巳 予算委員会 衆議院

○田中委員長 時間ですから、また後で。  これにて阿部君の質疑は終了いたしました。  次に、佐野憲治君。

1977-06-09 地崎宇三郎 地方行政委員会 衆議院

○地崎委員長 これより会議を開きます。  この際、請願取り下げの件についてお諮りいたします。  本日の請願日程中、日程第三二二から第三二七の行政書士法改正に関する各請願につきまして、紹介議員であります板川正吾君、川俣健二郎君、佐野憲治君、藤田高敏君、古川喜一君及び湯山勇君から取り下げ願が提出されております。本各請願の取り下げを許可するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1977-03-24 和田静夫 地方行政委員会 参議院

○和田静夫君 道路公団の総裁が午後の日程があるようでありますから、午前中若干の質疑をいたしたいと思います。  三月四日に衆議院の建設委員会で社会党の佐野憲治議員が北陸高速自動車道における降雪、凍結、それらのための規制措置や被害について全般的な質疑を展開をいたしました。で、私は本格的な議論の発展につながっていき、対応策がつくられていく、そのことを求めてきょうはフォローしていきたいと思うんです。  まず、わが国において高速道路上での豪雪

1977-03-04 北側義一 建設委員会 衆議院

○北側委員長 佐野憲治君。

1977-02-26 坪川信三 予算委員会 衆議院

○坪川委員長 これにて瀬野君の質疑は終了いたしました。  次に、佐野憲治君。

1977-02-16 坪川信三 予算委員会 衆議院

○坪川委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。佐野憲治君。

1975-06-04 天野光晴 建設委員会 衆議院

○天野委員長 佐野憲治君。     〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕

1975-03-26 天野光晴 建設委員会 衆議院

○天野委員長 佐野憲治君。

1975-03-18 金丸信 建設委員会 参議院

○国務大臣(金丸信君) 実は、建設委員会の佐野憲治委員からそんなような話も出たわけでございますが、これはこの法律を四党でつくるとき議論もあったところだと私も思うわけでございますが、その以下のものはどうもつかないんじゃないか、ことに都市の中の問題で、そんな広い土地はないんじゃないかというような考え方もあるが、しかし、それを今度千にしたらどうだと、こういうことになりますと、またそれ以下はどうなるんだと、こういうようなことで非常に議論があった

1975-02-19 天野光晴 建設委員会 衆議院

○天野委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。佐野憲治君。

1975-02-19 天野光晴 建設委員会 衆議院

○天野委員長 佐野憲治君。