内藤誉三郎 に関する国会発言
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○浮島委員 公明党の浮島智子です。 私は、いわゆるこの給特法案について、四月の十日、本会議にて石破総理に質問させていただき、その後、六回にわたって質問の機会をいただきました。本日は、総理に、中学校の三十五人学級の早期実現に絞ってお伺いをさせていただきたいと思います。 母校である二田尋常小学校の恩師、草間道之輔先生を生涯尊敬していた田中角栄総理は、昭和四十九年に教員人材確保法の制定をリードいたしました。六回の質疑を通じて、私は、今
○浮島委員 是非、しっかりと一体となって取り組むようにお願いをさせていただきたいと思います。 今年は戦後八十年、昭和百年の年ですけれども、今改めて、私は二人の文部省関係の方の言葉を思い出しております。 そのお一人は、研究者から文部官僚になった日高第四郎氏。七十八年前の衆議院教育基本法の委員会において、今日の日本を復興させるものは、現在戦争にも責任のある私どもの力というよりは、何も知らなかったこれから来る若い人たちの力によって、日
○藤村委員 経緯はそういうことであったと。 ただ、例えば我々の政党組織であっても、今私の隣に前代表もおりますが、いろいろな人事をするときに、この人は本当に適材適所で、大変この人を引っ張ってきたいというポストがあったときに、しかし、たまたま今、国会の特別委員会の委員長をやっている、委員長というのは中立的な立場で云々となれば、欲しい人材であっても、そこはやはり遠慮をするといいますか、次の機会にと考えるのが一般的であり、今文科大臣御紹介が
○山原委員 昭和三十六年に免許法改正が行われましたときに、当時の内藤政府委員、後に文部大臣の内藤誉三郎さんですが、「そこでせっかく免許状を取った者が教諭に採用されないという事態になりますと、これは非常に本人を失望させますので、そういうことのないようにいたしたい」との国会答弁をされています。やはりそのことに文部省はしっかり責任を持ってもらいたいということを、この際私は強く指摘をしておきたいのです。 この問題について当面の切実な要求とな
○竹内(猛)委員 筑波大学についてお話があったからちょっと申し上げますが、これは後でひとつ調査してもらいたい。入学規則の十一条、十三条その他たくさんありますけれども、これすべてが憲法に抵触するおそれがある。それは、内藤誉三郎さんが文部大臣のころにも、僕はあの文部省のオオカミとかトラとか言われたあの人とやり合った。あと十分もあれば僕も参っちゃったというようなね。 大学の入学の規則の中に、学生の中には二十歳以上の人たちもいますよ。二十歳
○上田参考人 先ほども申し上げましたが、学問の系統性とかある場合には発達段階ということ、これはかつての文部大臣も強調されましたけれども、そういうことで結論づけられて、こういう改変と申しますか、改訂が行われるわけでございますが、しかし、それが多くの人たちの中で論議され、今御質問ありましたようにそれに関する専門家の意見も慎重に聴取するという過程を経れば私は文句がないと思うのですけれども、それができていない。できないにもかかわらず急がれるとい
○粕谷照美君 私は、文部省はもう道徳教育重視だなんということを指示できないと思いますね、そういう態度では。文部大臣、こういうことは、国会に現職当時に行ったことについて前事務次官が証人喚問を受けるなんというようなことは、これ大変なことですね。そういう意味できちんと、これはよくないことだということをおっしゃっていただきたかったということを申し上げます。 それで、どうも文部省関係にそういうことがあるんではないかというのもおかしいんですけれ
○議長(徳永正利君) 投票の結果を報告いたします。 投票総数 百七十二票 白色票 六十三票 青色票 百九票 よって、内閣総理大臣中曽根康弘君問責決議案は否決されました。(拍手) —————・————— 〔参照〕 賛成者(白色票)氏名 六十三名 阿具根 登君 青木 薪次君 赤桐 操君 茜
○山原委員 そこで、先ほどの答弁によりますと、さて、その免許状を取得をされ、また過去において取得をされておる方、あるいは認定講習等によって取得された方がこれだけたくさんおいでになるわけですが、その中で三十六年以降については毎年二百人ないし二百五十人の採用であったというふうに聞きますが、その後、現在は調査をしていないからわからない、こういうことですね。だから相当数の、大半の人々と言っていいでしょうか、結局免許状取得をいたしましても採用にな
○委員長(堀内俊夫君) この際、委員の異動について御報告いたします。 内藤誉三郎君、藤田進君及び小野明君が委員を辞任され、その補欠として田代由紀男君、瀬谷英行君及び赤桐操君が選任されました。 ─────────────
○議長(徳永正利君) 投票の結果を報告いたします。 投票総数 二百二十二票 白色票 百二十四票 青色票 九十八票 よって、三案は可決されました。(拍手) —————・————— 〔参照〕 賛成者(白色票)氏名 百二十四名 安孫子藤吉君 井上 吉夫君 井上 孝君 井上 裕君 伊
○伊賀委員 総括いたしまして大臣に最後に伺います。 内藤誉三郎さんは、現役の教員を再教育するために教員養成大学を各ブロックごとにつくるのだといってこの本の中で、大変息巻いてという表現もどうですか、おっしゃっておられるわけです。いま局長の話を聞くと、兵庫と上越と鳴門と三つしかつくらない。これは二階から目薬を差すようなものでして、経費を使うだけで実効は何にもないじゃないですか。そうすると、私が指摘しましたように、たとえば兵庫教育大学は神
○伊賀委員 ここに前の文部大臣をやっておりました内藤誉三郎「戦後教育と私」という最近の本がありまして、これにこう書いてあります。「文部省が長い間、懸案としてきた現職教師の再教育を目ざす新構想の大学院にも比重を置いた教育養成大学は、ブロックに一ヵ所設置を目標にスタートし、五十五年春に兵庫教育大学が開校、五十六年に上越教育大学が開校、五十九年には鳴門市にも教育大学が誕生する。一般の大学院と異なり、ここでは小・中・高の現職教師を二年間(修士課
○議長(徳永正利君) 投票の結果を報告いたします。 投票総数 百八十四票 白色票 百三十票 青色票 五十四票 よって、公職選挙法の一部を改正する法律案は可決されました。(拍手) —————・————— 〔参照〕 賛成者(白色票)氏名 百三十名 安孫子藤吉君 井上 吉夫君 井上 孝君
○議長(徳永正利君) 投票の結果を報告いたします。 投票総数 二百三十七票 白色票 百二十九票 青色票 百八票 よって、三案は可決されました。(拍手) —————・————— 〔参照〕 賛成者(白色票)氏名 百二十九名 安孫子藤吉君 井上 吉夫君 井上 孝君 井上 裕君 伊
○正森委員 そこで伺いたいと思いますが、予算委員会でわが党の榊議員も聞きましたが、社団法人の教科書協会の会長の稲垣房男氏は、昭和五十一年から五十五年までに表向きは旧石井派の蓬庵会、五十五年からは国民政治協会――自民党の政治資金団体だそうでありますが、ここにそれぞれ献金したことにして、実際は政治家個人に合計一億円以上の献金をしておりました。この献金は昭和四十年ごろから始まり、五十年までは大手七社が夏、冬それぞれ計四、五百万円でございました
○議長(徳永正利君) 投票の結果を報告いたします。 投票総数 二百三十六票 白色票 百二十八票 青色票 百八票 よって、三案は可決されました。(拍手) —————・————— 〔参照〕 賛成者(白色票)氏名 百二十八名 安孫子藤吉君 井上 吉夫君 井上 孝君 井上 裕君 伊
○副議長(秋山長造君) 投票の結果を報告いたします。 投票総数 二百三十二票 白色票 百三十一票 青色票 百一票 よって、本案は可決されました。(拍手) —————・————— 〔参照〕 賛成者(白色票)氏名 百三十一名 安孫子藤吉君 井上 吉夫君 井上 孝君 井上 裕君
○議長(徳永正利君) 投票の結果を報告いたします。 投票総数 二百三十七票 白色票 百三十三票 青色票 百四票 よって、本案は可決されました。(拍手) —————・————— 〔参照〕 賛成者(白色票)氏名 百三十三名 安孫子藤吉君 浅野 拡君 井上 吉夫君 井上 孝君 井上 裕
○議長(徳永正利君) 投票の結果を報告いたします。 投票総数 二百三十三票 白色票 百三十票 青色票 百三票 よって、本案は可決されました。(拍手) —————・————— 〔参照〕 賛成者(白色票)氏名 百三十名 安孫子藤吉君 浅野 拡君 井上 吉夫君 井上 孝君 井上