坂田道太 に関する国会発言
3,755件 / 188ページ / 1 ページ目
○小熊委員 ありがとうございます。 先ほど櫻井議員も質問されていましたけれども、私は、大臣が言ったNGOとの競争みたいなところは、逆に、切磋琢磨してお互いに相乗効果を上げていくというふうに解釈をしましたし、私は今まで、まあ、JICA本体そのものがどうかは別として、協力隊の隊員がやってきたこと、積み上げてきたことというのは、さっきの文化発信と同じで、非常に大きなものがあったと思いますし、そもそも、歴史をひもとくと、この創設のときに国会
○津田弥太郎君 極めてポイントになる点でありまして、山下委員、これまでの審議を聞いていただいておると思うんですが、例えば一昨日の委員会でも、答弁者の方から数々申し上げてきているわけであります。 賦課方式の公的年金制度においては、引退世代の給付を支えるために現役世代、将来世代が保険料を給付することが制度存立の大前提である、制度への信頼が不可欠の要素であるということ、これはもう委員も同意をいただけるのではないかと思うわけであります。
○委員以外の議員(辻泰弘君) 年金事務にかかわる経費に対する財政措置に対する御質問をいただきました。既に小林委員からも御披露いただいたところではございますけれども、若干歴史的に振り返りつつ御答弁申し上げたいと思います。 昭和十六年に出されております「労働者年金保険法解説」という本を振り返りますと、昭和十七年に創設されました労働者年金保険法においては事務の執行に要する費用を国庫負担することとされたわけでございますけれども、それについて
○吉村剛太郎君 正にそのとおりで、若干付け加えさせていただけば、あのときの武蔵丸は闘争心はゼロですよ、けがした相手と。そこをやっぱり思いやるというのが武士道であり、日本の伝統ではないかな、相手を敬うということではないかなと、私は個人的にそんな思いがしておる次第でございます。これで、まだ三項目、二項目ぐらいしか、あと二、三時間欲しいんですが、せっかく西岡先生おられますので、ちょっと御質問もさせていただきたいと、このように思いますが。
○牧野委員 歴代の法務大臣の名簿を取り寄せてみました。片山哲さん、吉田茂さん、中村梅吉さん、植木庚子郎さん、田中伊三次さん、小林武治さん、前尾繁三郎さん、倉石忠雄さん、奥野誠亮さん、坂田道太さん、秦野章さん、最近では梶山静六さん、後藤田正晴さん等々のすばらしい重鎮の皆さんのメンバーがここには歴代の法務大臣として並んでいる。 それから、本会議を開いたとき、大体、内閣総理大臣の隣には歴代、法務、外務、大蔵、農林とずっと座ってきたんですよ
○河村国務大臣 昭和二十七年、坂田道太大先輩、これは趣旨説明ですか、こういう形でお述べになったということ、現実にはその幅が狭まっているということ、これは、教材費等々についてはできるだけ地方の裁量という声の中でそういうふうになっていったわけであります。しかし、今もって義務教育費、この無償の憲法の精神にのっとって、国民のすべての人に対して教育を保障する、教育の機会均等、その水準を維持する、この基本的な義務教育国庫負担制度の創設当時の基本理念
○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。 御提出の法案につきまして質問をいたします。 これまでかなりいろいろな角度からの審議がございましたから、重なる部分もあるんですけれども、確認の必要もございますので、幾つか質問をしていきたいと思います。 義務教育費国庫負担法は、昭和二十七年ですね、国会でも審議されております。あなたたちの大先輩である坂田道太委員、後の文部大臣でございますが、このように述べておられます。「憲法上
○駒崎事務総長 まず最初に、元議長坂田道太先生に対する弔詞贈呈の件につきまして、議長から報告がございまして、弔詞を朗読されます。 次に、イラク人道復興支援活動及び安全確保支援活動実施特別措置法第六条第一項の規定に基づき、自衛隊の部隊等による各活動の実施に関し承認を求めるの件につきまして、石破国務大臣から趣旨の説明がございます。これに対しまして、二人の方々からそれぞれ質疑が行われます。 本日の議事は、以上でございます。
○武部委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決定いたしました。 なお、坂田道太君に対する弔詞は、本日の本会議において、議長からその贈呈を報告し、弔詞を朗読されることになります。 その際、議員の方は御起立願うことになっております。 —————————————
○武部委員長 これより会議を開きます。 まず、元議長坂田道太君逝去につき弔詞贈呈の件についてでありますが、去る十三日、元議長坂田道太君が逝去されました。 ここに謹んで哀悼の意を表します。 弔詞につきましては、前例に従い、お手元の印刷物のとおりの特別弔詞を贈呈いたしたいと存じます。 この際、事務総長の朗読を求めます。 〔事務総長朗読〕 衆議院は 多年憲政のために尽力し 特に院議をもってその功労を表彰され さき
○議長(河野洋平君) 御報告することがあります。 元本院議長坂田道太君は、去る十三日逝去されました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。 つきましては、議院運営委員会の議を経て坂田道太君に対する弔詞を贈呈することといたしました。これを朗読いたします。 〔総員起立〕 衆議院は 多年憲政のために尽力し 特に院議をもってその功労を表彰され さきに本院議長の要職につき またしばしば国務大臣の重任にあたられ終始議会政治の発展
○鮫島委員 有事のときの備蓄体制について聞いたんですよ、今後想定される。今後、先ほど内閣官房の方も、国内保護法制を充実していくと。その中で当然食料備蓄のあり方も今後検討していく課題ですよということとの関連で、食料の備蓄というのは有事を想定したら四カ月というのが国際常識ですよと。これは、種をまいてから収穫するまで四カ月かかるからということで、四カ月。 先ほど、学識経験者に検討してもらったというけれども、その学識経験者に有事を想定した備
○森内閣総理大臣 これもたびたび衆議院、参議院でも御質問がございましたのでお答えを申し上げたと思いますが、時間を奪うようなことがあってはいけませんので思い出していただきたいと思いますが。 私は、父が戦争から帰ってきまして、そして仏壇の前に私が招かれて、当時、私を育ててくれるべきであった母親が亡くなり、死ぬと思って行っていた父親が帰ってきて、そして私に対して、これから自分は滅私奉公でいくんだ、息子だと思わないから、そのつもりで父親に対
○国務大臣(森喜朗君) 滅私奉公というのは何か古いとよく言われるんですけれども、小学校一年生のとき母親を亡くしまして、そして父親が昭和二十年に終戦の後にトラック島から引き揚げてまいりました。その先年に母が戦争の終結も知らないで死んでいきました。小さな、当時まだ私は二年生でございましたので、弟もおりましたし一つ上の姉もおりました。父が帰ってまいりまして、当然自分が生きて帰ると思っていなかったわけですから、その自分の妻が子供たちをしっかり教
○河村(建)委員 おはようございます。自由民主党の河村建夫でございます。 それでは、去る二月十四日に小杉文部大臣より教育行政全般に関する所信があったわけでありますが、これに関しまして幾つかの質問を行いたいと思います。 まず、教育改革の取り組みについてであります。 このたび、橋本総理大臣からの御指示もあり、教育改革プログラムが策定をされたところでありまして、文部省、大臣のもとで発表されました。今回の所信表明におきましても、大臣
○堀委員 私は、昭和三十三年五月一日に告示の行われました第二十八回総選挙に社会党公認候補として立候補いたしまして、五月二十五日に当選をいたしました。途中、政策審議会長をやっておりまして、地元にほとんど帰らないでやっておりましたら、一回、第三十四回総選挙に落選をいたしましたけれども、その後も引き続きこの国会に送っていただきまして、一九八五年の十二月三日に二十五年永年勤続の表彰をいただきましたので、そこから起算いたしますと、実在職三十二年六
○堀委員 いや、法制局はいいです。 実は学者の中にも二つの意見がございます。そして、私の意見に賛成の方は、佐々木惣一さんとか田畑忍さんは私の意見に同じでございますが、東京大学の多くの憲法学者の皆さんは、議院内閣制だから、要するに今の議員が提出したものとみなしていいのではないかという解釈が、実は今総理がおっしゃった議案の中に法律案を含める、こういう認識になっておるようであります。 実はちょっと私自身の過去の経験を一つ申し上げますと
○米沢委員 私は、やみ資金までかき集めてでないと政治が行われにくい、そのやはり一番大きな問題点は、やはり派閥問題に直面するんではないかと思います。自民党の内政干渉にわたるかもしれませんが、しかし自民党が政権政党である限り、これは日本の政治の問題として考えなければならぬ問題だと思います。 福田元総理の言をかりれば、今日派閥というものは盤踞して動くことなし、自民党初代総裁の鳩山一郎さんも、派閥解消は天の声と言われた。二代目の石橋湛山さん
○大内啓伍君 私は、民社党を代表して、当面の国民の最大関心事である佐川問題と今後の政治改革並びに内政の最重要課題である景気対策に絞って質問いたします。 その前に、新たな事態として、昨日明らかになった米大統領選挙の結果について一言お尋ねいたします。 これまでの共和党政権以上に厳しい対日姿勢を示してきた今回の民主党クリントン氏の誕生は、今後の日米関係並びに米中関係に何らかの変化をもたらすことが予想されます。現に、クリントン氏は、私は
○山原委員 義務教育費国庫負担法の原点といいますか、それに帰ってちょっと申し上げたいのです。 昭和二十七年にこの制度ができました。私も当時県の教育委員をしておりまして、文部省あるいは国会へ何度も要請に来たことを覚えております。このとき衆議院の文部委員会で賛成討論をやったのが後の文部大臣の坂田道太氏でございます。彼はこういうふうに討論しております。 「憲法上重要な国民の権利であり、義務であるのみならず、わが国文教政策の根幹でござい